聖剣が筋肉で抜けた   作:酉柄レイム

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第5話

「ノックス、Dクラスの推薦受けたんだって?」

「あぁ。耳が早いな、シオン」

 

 訓練校某所。多くの木々に囲まれ、色彩様々な花が咲いているそこに、フリードとシオンがタバコ片手に立っていた。美しい自然など知ったことかと有害物質を肺に入れては吐き出すという作業を繰り返し、吸い終われば吸い殻を跡形もなく燃やし尽くす。それを数回繰り返しても尽きない話題の内容は、ノックスのことだった。

 

 ノックス・デッカード。つい先日アスト・アウリエと昇格戦を行い、見事敗北した筋肉少年。しかし、昇格戦は勝敗を見るものではなく実力を見るもの。ノックスの力は評価され、見事Dクラスへの推薦を受けた。

 この評価を、フリードとシオンは正しいものだと思っていない。

 

「もっと上だろ、あいつ」

「C、いや、Bはいってもいい」

 

 二人の中でノックスの評価は高かった。それは直接面倒を見ていたからという贔屓目なしで、戦場に立ったことのある身としての評価。

 確かにノックスは魔法を使えないが、そのハンデを補えるほどのフィジカル、そして聖剣がある。聖剣は魔力を打ち消す性質を持っており、更に魔力解放によりその範囲を広げられるともなれば、魔法が使えないというよりは『魔法を打ち消す魔法を使う、フィジカル化け物』と呼ぶべきだと二人は評価している。

 

「ただ、上はどうしても頭が固い。あれだけのパフォーマンスを見せても、やはり魔力を持たない者が上位のクラスに行くのはバツが悪いらしい」

「くっだらねぇよなぁ。なんだ? アホじゃねぇと偉くなれねぇのか?」

「そう言うな。私たちから見れば守らないといけないように見える体裁も、もしかしたら必要なことかもしれんからな」

「さっきフリードも頭が固いだのなんだの言ってたろ」

「罵倒した覚えはない」

 

 言いつつ、シオンはフリードが心底上をバカにしていることを理解していた。フリードとシオンは同じ部隊の隊長・副隊長になる前からの友人であり、お互いのことは誰より理解している。つまり、今フリードが長くなったタバコの灰を落とさずぼーっとしている理由も、すぐに理解できた。

 

「ノックスが自分の手から離れて寂しいってか?」

「……そうだな。それに、心配でもある」

 

 確かDクラスはあの人だろう。続けられたフリードの言葉に、シオンは口角をひくつかせた。

 

 

 

 

 

 ノックスは、大いなる一歩を踏み出していた。

 

『ノックス。歩き方がぎこちないですが、何を緊張しているのですか?』

「ば、バカヤロー! 別に新しいクラス行くからって緊張してねぇよ!」

『流れるような自白……』

 

 そう、ノックスは緊張していた。

 

 昇格戦の後、Dクラスへの昇格を告げられて小躍りし、フリードに教わることが少なくなるのかと寂しくなったり、いやでもあの辛いしごきから離れられるのかと少し嬉しくなったりして今日。

 そういえば、俺誰かと一緒に授業受けるの初めてじゃね? という思考にやっとたどり着いたノックスは、新しい友だちができるかどうか不安になり、かなり緊張していた。

 

『あの後、アストとも連絡先を交換したでしょう? 大丈夫、ノックスは環境に恵まれなかっただけで、ちゃんとしていれば友だちくらいすぐにできますよ』

「あったけぇ……!! そうだよな、ルキノス。俺が縮こまってちゃできるもんもできねぇよな!」

『えぇ! さぁ、その扉を開けて新しい一歩を踏み出しましょう!』

「おう!」

 

 ノックスは扉に手をかけて、勢いよく開いた。

 

 そこには、教卓が一つ、机が三つ。空いている席は一つで、もう二つにはそれぞれ男子訓練生と女子訓練生が座っている。

 男子訓練生。ふわふわした薄い金の髪を肩首の後ろで小さく一つにまとめ、突けば破れるのではないかというほど薄く、白い肌。目には空のように蒼い光を携えて、男にしては華奢な体をしている。名を、クルス・ロー。

 女子訓練生。濃いオレンジのミディアムヘアに意志の強そうな黄色い瞳。教室に入ってきたノックスを一瞬見て目を逸らし、ノックスの心にダメージを与えた。名を、ライラ・エニーキス。

 

 そして、教壇に立っている大男。暗い金髪を逆立てサイドを刈り上げ、青い瞳の目を細め、白い歯を見せてにやりと笑っている。名を、ドルド・ゲオルド。

 

「よぉくきたなァ!! ノックス・デッカード!! ようこそDクラスへ!!」

 

 魔力による攻撃かと勘違いしてしまうほど、声だけで空気が震えた。元々教室にいたクルスとライラは慣れたもので、大声を出すと察知して二人揃って耳を抑えている。

 当然、大声を予測できなかったノックスはモロにダメージを受け、「ぎゃああああ!!!」と情けなく叫んで腰を抜かした。それを見てドルドは大口を開けて笑い、ノックスの下まで歩いて腕を引っ張り上げる。

 

「悪かったな、っと! ドァハハハ!!! 俺はDクラス担任、ドルド・ゲオルドだ!! んで、そっちの二人が!!」

「クルス・ローです」

「ライラ・エニーキス」

 

 そこで言葉が途切れてノックスが首を傾げると、ドルドの視線が自分に向いていることに気づいて慌てて「ノックス・デッカード!! こっちがルキノス!!」と自己紹介する。

 

 それに満足気に頷いたドルドは、そのままノックスを持ち上げてクルスとライラの間の席に座らせて教壇に戻った。

 

(豪快な人だな……)

 

 フリードが落ち着いていたため、テンションの高低差に早くもついていけなくなりそうになっているノックスは、そこでふと気づいた。

 それは、クラスの人数。ノックスはFクラスにいて他クラスの人数は把握していないが、こんなに少ないものなのか? と。

 

(確か、Dクラスって入校した人が配属されるんだよな?)

 

 ノックスの知識に間違いはなく、Dクラスは入校したものが配属されるクラス。にも関わらず今ここにはノックス合わせて三人しかいない。

 

 その答えは、すぐにドルドから告げられた。

 

「先日は昇格戦ご苦労だったな!! 我がクラスからは二名を除いてクラスが変わり、喜ばしいことにFクラスから新たな仲間が加わった!!」

「えっ、クラスが変わったって」

 

 そこまで言って、ノックスは慌てて口を塞ぐ。昇格戦、そして二名を除いてという言葉。クルスとライラ以外が昇格したというのは想像に難くない話であり、ノックスはそれに気を遣って口を塞いだが、二人が気にしている様子はまったくない。

 それはなぜか。

 

「おっと、ノックス!! 別にこいつらだけが昇格できなかったってわけじゃねぇ。むしろ、こいつらだけが残ったんだ!!」

「え?」

「つまり、僕ら以外が落ちたってことだよ」

「Eクラスにね。ま、私たちが昇格できなかったっていうのは事実だけど」

 

(Eクラスって、魔法の何たるかを理解するって段階のクラスじゃなかったっけ?)

 

 そのクラスに、初めての昇格戦を終えて落とされる。それがどれだけ屈辱的なことか、生まれてこの方ずっと一番下だったノックスはなんとなく理解できた。

 同時に、恐ろしく思う。事実ノックスは昇格がもっと簡単なものだと思っていた。ルキノスはDクラスへの昇格を告げられた後『もっと上でもいい』と言っており、ノックス自身もDクラス以上の手ごたえがあった。

 

 しかし現実は、魔力を持っていようと魔法を使えようとも容赦なく落とされる。ノックスは無意識にルキノスの柄をぎゅっと握った。

 

「ノックス! フリードは優しかったろう? だが俺はそうはいかねぇ!! 基礎ができてなきゃ容赦なく叩き落とす!! 基礎ができてねぇやつは戦場に立ったとしてもすぐに死ぬ!! カッコいい魔法の応用を期待してたんならご生憎! テメェらには基礎を死ぬほど叩きこんで、それから昇格してもらう!!」

『ふむ、確かに道理ですね。最後に命を救ってくれるのは、体に染みついた基礎だと言いますし』

「英雄と一緒に戦った聖剣が言うんなら説得力もあんだろ!」

「あぁ、そういえば聖剣なんだっけ。すごい魔力感じると思ったらまさか本当にそうだなんて。あとでお話聞いてもいいかな?」

『えぇ、いくらでも』

「今はゲオルド先生の話聞きなさい」

 

 俺より先にルキノスが友だちになってしまう! と焦りながら会話に参加しようとしたノックスは、ライラの一声により口を閉ざした。同時になんとなく相性が悪そうだなと直感する。

 そもそもノックスに友だちがいたことなど最近までなかったため相性もクソもあったものではないのではと思ったルキノスだが、それを言わないのが彼女の優しさだった。

 

「ちょっとくらいの私語なら別に咎めやしねぇよ。ただ、その私語より夢中になる話題を用意してきてるんだが、どうだ? 聞きてぇか?」

「大魔闘祭のことでしょ」

「っかー!! ライラ、おめぇは面白みがなくていけねぇ!!」

「はは。でもゲオルド先生。この時期なら誰だって察しはつきますよ」

「大魔闘祭???」

『すみません。うちのノックスは誰でもの範疇にいないのです』

 

 大魔闘祭。年に一度、夏の時期に行われる四大国合同のお祭り。各国から魔導師が集い、頂点を競い合う。年に一度ということ、普段見られない魔導師の戦う姿が見られるということ。様々な要因が重なって、知らない人はいないというレベルのお祭りなのだが、世情に疎いどころの騒ぎじゃないノックスはもちろん知らなかった。

 

「ドァハハハ!! 知らねぇなら教えてやる。年に一度夏の時期、今から三か月後に行われる四大国合同の祭りだ!! 各国から魔導師が集い、その頂点を競い合う!!」

「で、毎年訓練生が参加できる特別枠があるのよ。それを狙おうってゲオルド先生はいいたいわけ」

「悉くだなライラ!! その通りだぜ!!」

「でもあと三か月ですよ? Aクラスでもないのに」

「え? じゃあ三ヶ月でAクラスになりゃいいだろ」

 

 あっけらかんとして言ってみせたノックスに、クルスとライラの視線が向けられる。向けられてから、「あ、俺無謀なこと言った」とノックスはすぐに気づいた。どうやら浮かれていたらしいと気を引き締めないし、「やっぱり無理です」と言い直そうとしたノックスの初動は、ドルドの爆笑でかき消された。

 

「よぉし面白れぇ!!! そんならガンガン厳しく行くぜ!! ついてこいよ!!」

「俺はなんてことを……」

『いいじゃないですか、強くなれるなら』

 

 死ななければな、と返したノックスに対する返事はなかった。

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