聖剣が筋肉で抜けた   作:とりがら016

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第6話

 ノックスはクルスとライラとともに、ドルドに連れられて訓練場に来ていた。道中クルスとは会話があったがライラとは一切会話がなく、クルスと会話があったといっても話していたのはほぼルキノスであり、聖剣についてどうこうだとか歴史がどうこうとか、あまり頭がよろしくないノックスが興味のない話であったためまったく会話に入れていなかった。

 

「俺、ノックス・デッカード!」

「さっき聞いたわよ」

 

 何も話さないのはどうかと思い必要のない自己紹介をしても冷たく返される始末。これはノックスが悪い。

 つまるところ、ノックスは向こうからきてくれなければまともに話せないという対人スキルがゴミカス・デッカードであった。

 

「ライラ。せっかく話しかけてくれたんだからもうちょっとまともに取り合ってあげなよ」「あんたは二回目の自己紹介、しかも名前だけを話しかけてくれたって言うつもり?」

『すみません。うちのノックスはコミュニケーションが特別苦手ですので、大目に見ていただけると助かります』

「聖剣にフォローされるって何よあんた。情けないとは思わないの?」

「ぐぅ」

 

 せめてもの抵抗でぐぅの音を出したノックスだったが、返す言葉がなかった。

 ただ今のやりとりでノックスはすべてを理解した。クルスとライラは優しい。

 

 ノックスにフォローを入れたクルスは間違いなく優しい、そしてルキノスの言葉を聞いてちゃんとノックスに話しかけたライラも優しい。自分の手柄ではないがなんとか仲良くできそうなことがわかったノックスはにこにこし始め、ライラに「キモいわよ」と心のない言葉をぶつけられた。

 

「よぉし、いいかお前ら! Dクラスにいるお前らは、ある程度魔法の基礎がわかってる前提で訓練を進めていく!」

「ドルド先生! 俺はあんまりよくわかってないです!」

「ドァハハハハハ!! 正直モンだなぁお前! ただお前には聖剣様がついてる! んで、魔法の基礎は確かに理解してねぇかもしれねぇが、フィジカルの方は十分バケモンクラスだ。そっちで帳尻あってるからとりあえずは問題ねぇ」

 

 そういうもんか、とノックスはあっさり納得した。

 実際のところ、ノックスは魔法の基礎を理解していないというわけではない。そもそも魔法が使えないため魔法使用時の基礎、魔力を込める、魔力を流す、魔力を変換する……それらに必要な魔法の基礎はそもそもあまり必要ない。

 

 しかし、魔法を扱う相手と戦う際に必要な魔法の基礎は理解している。魔法の基礎、というよりは戦いの基礎と言った方が正しい。相手の目線の動き、この位置にこの角度から魔法が撃たれたときの動き方、魔力を込める動作、時間。それらが感覚でわかるようになるまでフリードとシオンから徹底的にたたき込まれた。

 

 故に、ノックスは戦いという点において基礎はある程度できあがっている。

 

「確かに、見たよノックス。アストとの昇格戦。魔法が使えない人がいるって聞いてなんとなく見に行ったけど、フィジカルはかなりすごいよね」

「聖剣……ルキノスって実際に戦場に立った経験あるのよね。それも、魔族全盛期の頃。そんなのと一緒に戦えるんだからあれくらいの動きはできて当然よ」

『えぇ。ノックスは最終的に魔族と戦えるレベルまで成長させます』

「それってどれくらい?」

「お前が知ってる範囲で言やぁ俺とかフリードとかシオンとか、そのレベルだな!」

「やってやろうじゃん?」

 

 目をそらして口の先を尖らせながら言ったノックスのわかりやすい強がりにクルスは笑い、ライラは呆れ、ドルドも笑った。

 周りから散々な反応をされたノックスは「いや、だってバケモンだし……」と呟いてから、ふと気になったことを口にした。

 

「アストはどうなんですか? あいつも十分バケモンですけど」

 

 アスト・アウリエ。ノックスと昇格戦を行い、その実力を知らしめたAクラスの男。雷の魔法を緻密に操り、一瞬ノックスに虚を突かれたが終始自分のペースで戦いを運んでいた。 ノックスから見ればアストは戦いに対する思考、魔法の実力、更にフィジカルも高レベルであり、魔族がどの程度強いのか知らないノックスでも実力は足りているように見えたため出た発言だが、名前が出なかったということはもしかしてあのレベルでも足りないのかと生唾を飲み込む。

 

「いけるぞ」

「いけるんかい」

 

 いけた。

 

「そもそも、Aクラスってのは戦場に出しても問題ないレベルのやつらが配属されるクラスだ」

「じゃあステラもってことか」

「あれ、ステラのこと知ってるの?」

「? おう。食堂で一人寂しく飯食ってたら話しかけてくれた」

「哀れね……」

『ノックスに同情はかなりのダメージなのでやめてあげてください』

 

 気にするな、と言ったノックスの声は震えていた。

 

「つか、クルスこそステラのこと知ってんのか?」

「有名だしね」

「当然でしょ。アストとステラは入学時からAクラスなんだから」

「それもそうか」

 

 ノックスから見ればステラは普通の女の子にしか映っていないが、その実態はアストと同レベルの化け物。入学時からAクラスという離れ業をやってのけている凄腕の魔導師。同学年でその名前を知らなかったのはノックスくらいのものであり、そのノックスでさえ『入学と同時にAクラスに二人配属された』という事実自体は知っていた。

 

 ここでノックスは気づく、もしや、仲良くなるためには共通の話題が必要なのでは? と。

 今までの会話を思い返したどり着いた答えに、ノックスは誇らしげにルキノスを指でつついた。俺も普通に友だちができるかもしれないと言外に込めたその行動に、ルキノスは『よかったですね』と適当に答える。二人は地味に言葉を出さずとも意思疎通をはかれるレベルに達していた。

 

「よぉし、雑談もいいが、そろそろ訓練始めるぞ!」

「……あれ、ここ訓練場でしたよね?」

 

 ノックスが首を傾げながら訓練場を見渡した。

 

 訓練場は障害物が一切ない平地で地面はコンクリート。であったはずなのに、今は地面が土になっており、所々に岩が突き出している。いつの間にか転移でもしたのかと恐怖を覚えたノックスの肩に手を置いたのは、クルスだった。

 

「いつものことだよ」

「訓練の度地形変えるのよ、あの人」

「ドァハハハハ!! どうせ戦場に出るんだ。やれるうちに色んな地形で訓練した方がいいだろ!!」

『ふむ、道理ですね。ノックス、今までの訓練場は足下が安定していましたが、今は違います。体重の運び方、力の入れ方も異なってきますので注意してください』

「まぁフィジカル的なことならなんとかなるだろ」

「ノックスも十分化け物だよ、それができるって」

 

 ノックスからすればフィジカル方面しか鍛えられなかったからそうなっただけで、魔法が使えれば化け物だという判定になるのだが、これはノックスにしかわからない感性である。

 

「んじゃあ今から模擬戦を行う! 相手は俺! お前らはチームだ! 俺に一発でも当てられたらそこで終了、もしくはお前らが全員ぶっ倒れたら終了だ! 開始は10分後! ちゃんと準備しておけよ!」

 

 言って、ドルドは大声で笑いながら三人から離れていった。

 

 ドルドが離れていった後、誰からともなく目を合わせる。(あれ、これ俺から切り出すの?)と変に緊張し始めたノックスを救ったのは、クルスの声だった。

 

「それじゃあ、まずはお互いができることを確認しておこうか」

「お互いがっていうよりは、私たちができることをノックスに教えるってだけでしょ」

『頭を下げなさい、ノックス』

「お願いします」

「あはは、そんなに畏まることじゃないよ」

 

 まずは僕からいくね、と断りを入れてから、クルスが手のひらを上に向ける。するとその手のひらから黄緑の魔力の球体が弾き出された。それを見たノックスが肩をびくっと震わせたのにくすくす笑いつつ、クルスが説明を始める。

 

「僕ができるのは、主にサポート。これは探査魔法(サーチ)って言って、自由に操作できる監視カメラみたいなものかな。周囲にある魔力、地形、そういうのを定期的にスキャンして情報を得ることができる。これの他にも防御魔法、召喚魔法、回復魔法……ある程度のサポート魔法なら使えるって思ってくれればいいよ」

 

 クルスはサポートに長けている代わりに、攻撃魔法が苦手。使えないわけではないが、威力がほとんど出ない。しかしそのサポート魔法の質はAクラスをしのぐほどであり、更に攻撃魔法がなくとも戦えるだけの理由がクルスにはあった。

 

「最後に僕の固有魔法(オンリーワン)解析(ライブラリ)っていうんだけど、これは目で見た対象を詳細に知ることができる。魔力質とか弱点とか」

「ん? もしかしてそれ、さっきの探査魔法で見たやつもいけんのか?」

「ご名答」

「そりゃスゲェな」

『えぇ。戦場でとても重宝されるでしょう。なぜ千年前いなかったのですか?』

「あはは、ごめんね。どうも僕はこっちの時代の方が合ってたみたいだから」

「雑談は後でいいでしょ。次私ね」

 

 あとでならやってくれるんだ、と嬉しくなったノックスにクルスが「いい子でしょ?」と一言添えると、ライラが二人を睨んで黙らせる。

 

「私が得意なのは攻撃魔法。魔力弾(スフィア)砲撃魔法(ブレイカー)、あと防御も得意ね」

「その代わり移動は遅いんだよ」

「……固有魔法(オンリーワン)収束(コンバージェンス)。自分の魔力を一カ所に集中することができる。つまり、攻撃力とか防御力とかの底上げが可能ってことね」

「清々しいくらいに戦闘向きだな」

「何よ、悪い?」

「え? いや、カッコいいなって思ってよ。なんか変な地雷踏んじまったなら悪い」

「……んーん。今のは私が感じ悪かったわね、ごめんなさい」

 

 そっぽを向いて謝るライラに、首を傾げるノックス。その二人を見てクルスはにこにこ笑っていた。

 ライラは魔法が暴力的ということと、性格が少しきついこともあり勘違いされやすい。付き合いづらい、乱暴、冷徹等様々なことを陰口で叩かれたりしているが、ちゃんと話せば普通に優しい女の子。それを知っているクルスは、ノックスが陰口を叩くようなタイプではなさそうなことに安心していた。

 

「んじゃあ最後に俺だな!」

「フィジカル化け物」

「ルキノスが魔法を打ち消せるんだよね」

「あ、はい」

『出鼻をくじかれましたね……』

 

 しかしその通りなので、ノックスは言葉を続けることもなく黙りこくった。それと同時に、ドルドの大声が訓練場に響き渡る。

 

「準備いいか!! 始めるぜ!!」

「いけます!!」

「はい、よろしくお願いします」

「お願いします」

『油断はしないように、ノックス』

「わかってるって」

(流石にフリードさんみたいに魔力弾で埋め尽くすみてぇなことはしねぇだろ)

 

 ルキノスを構え、攻撃に備える。フリードと戦った時の経験を生かし、すぐに回避行動へ移れるよう姿勢を低くし、注意深く前方を見た。

 

 そして、それは現れる。前方の地面が隆起したかと思えば、岩で形成された巨大な蛇が現れた。魔法で生成されたはずのそれはまるで本当に生きているかのように体躯をうねらせ、鼻先を三人に向ける。

 

「さぁ、超えてこい!! 未熟者ども!!」

「うそだろ」

「嘘じゃないんだよ、これが」

「ぼさっとしない! いくわよ!」

 

 油断するなって言いましたよね? というルキノスの冷たい声は聞かないことにして、ノックスは力強くルキノスを握った。


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