ノックス・デッカードは筋肉まみれで魔法が使えない、ノックスのことを何も知らない者からすれば「クソカス」と称されても仕方がない人間だが、決して頭が悪いわけではない。与えられた『魔力を打ち消す聖剣』を用いてどう戦うか、どう使えばいいのか、何が弱点なのか、フリードとシオンに叩き潰されながら考えていた。
ただ、頭が悪いわけではないレベルなので思いついた弱点は一つだった。それは、『魔力を打ち消す』ということは『魔力しか打ち消せない』ということ。つまり、『魔力によって操作されている物質』は打ち消すことができないということだ。
そんなこんなで、ノックスが今気にしているのは、今目の前にある岩の大蛇が魔法によって作られたものなのか、岩を魔力によって操作しているものなのか、ということだった。
「でもこれ、どっちにしろ質量で押し負けるよな!?」
『えぇ、避けましょう!』
「大慌てしてみっともないわね」
「初めてだから仕方ないよ」
ドルドと初戦闘のノックスと、千年前の恐ろしい戦場を英雄とともに駆け回っていたはずのルキノスが大慌てしている中、クルスとライラは冷静だった。
クルスの目、その前に魔法陣が展開される。色は黄緑、形は円。何重にも重なったそれには文字や数字が雑多に混じっており、それが光を放つと岩の大蛇も同色の光を薄く纏った。
その直後、クルスが両腕を前に突き出す。すると薄い黄緑の魔力壁がノックス、クルス、ライラを覆うように展開され、岩の大蛇がそれに激突する。
「クルス」
「大丈夫。走れば間に合うよ」
「???」
『ノックス、ついていけばよさそうです』
クルスとライラの会話の意味がわからず首を傾げたノックスだったがルキノスの言葉を聞いて、「まぁわかんなかったらわかってそうな人についていけばいいか」という思考放棄とも言えるべき思考のもとクルスとライラについていく。
そして、魔力壁が音を立てて崩壊した。岩の大蛇は逃げる三人を追うことはせず、そのまま地面に激突して砕け散る。その破片をライラが男らしく粉砕し、ノックスが反射神経に任せて粉砕し、クルスは二人を盾にして難を逃れていた。
「今のは?」
「言ったでしょ、『解析』だよ。込められた魔力量、その質、その向き、その強さ。全部を解析できる」
「つまり俺たちが逃げるのに適切な防御魔法使ったってことか?」
「……意外。結構理解早いのね」
「へへへ……」
『バカにされたんですよ、ノックス』
信じられない、と呆然とするノックスからライラが目を逸らす。ノックスは同年代と話したことがほとんどないため、皮肉というものに無縁も無縁だった。クルスはそんな二人に微笑みつつ、『探査魔法』を周囲に飛ばす。岩や岩の壁などの障害物で三人からはドルドが見えておらず、魔法の発動タイミングもわからない。
情報は武器。格上相手であればなおのこと。ルキノスが『なぜ千年前にいなかったのか』と言ったのは嘘ではなく、クルスが使える『探査魔法』は戦闘という点において非常に重要な役割を担っており、『解析』は更に重要な役割を持つ。
「あ」
「クルス。何かわかったならすぐに指示しなさい」
「僕らを挟んでぺちゃんこにしようとしてるみたい。ははは、どうしよっか」
「え?」
しかし『魔法の詳細がわかる』ということは、『対処できない』ことが事前にわかってしまうということでもある。
三人の左右から巨大な壁が現れる。それはトラバサミのように三人を挟んで潰そうと襲いかかってきた。
(僕の防御魔法じゃすぐに破られる、ライラの『収束』は間に合わない、ノックスは……)
「ノックス! あれ頼める!?」
「あれ……あぁあれか! ルキノス!」
『クルス、範囲は』
「この岩の壁を覆うように!」
『了解』
クルスの指示を受け、ルキノスが魔力を解放する。灰色の空間が岩の壁を覆うように展開されると、岩の壁は崩壊するまではいかず、その速度を低下させる。その隙を逃さず、誰かが指示を出すまでもなく三人は岩の壁から逃れるために走り出した。
「この空間の中、体動かしづらいね」
「言ってる場合じゃないでしょ。ここ抜けたらまた攻撃くるわよ」
「今思ったんだけど、まさかドルドさん俺たち殺すつもりじゃないよな?」
「毎回殺すつもりでくるよ」
「死んでなかったら治るからってね」
『イカれてますね……』
千年前英雄と戦場を駆け回っていたルキノスに『イカれている』と言われるドルド、イカれていた。確かに訓練校には治療室があり、そこに行けばいかなる外傷も時間さえあれば治療することができるが、だからと言って生徒を死ぬ寸前まで痛めつけていいと考える教師は少ない。というよりドルドしかいない。フリードとシオンも流石にそこまではやらない。
そして治療室で治せるのは外傷のみであり、心の傷を癒やすことはできない。死の淵に立たされた生徒が心を折られるというのは珍しい話ではなかった。
「よし、抜けた! 解除する……」
「嘘でしょ!」
「ノックスは解除! ライラは僕が防御魔法で耐えてる間に『収束』!」
三人が岩の壁を抜けると、眼前に岩の砲弾が迫っていた。それは三人を容易く潰せるほどの大きさで、崖の一部分をそのまま切り取って投擲したような、暴力的なものだった。
灰色の空間内にいたため『探査魔法』とのリンクが途切れていたクルスはそれの襲来を察知できておらず、慌てたように正面へ防御魔法を展開する。先ほど使用したドーム型のものではなく、正面からの魔法のみ受け止めることができる平面の魔力壁。
岩の砲弾が魔力壁に直撃し、一瞬で罅が入る。回避行動は間に合わない。指示を受けたライラが右拳に魔力を『収束』させ、ノックスもルキノスを構えて岩の砲弾に打ち付けようとした。
「ノックス! それ魔法で作られたものじゃない!」
「マジか! 頼んだライラ!」
「元からそのつもりよ!」
ノックスが邪魔にならないよう下がったと同時、魔力壁が砕け散る。
「ノックス、もうちょっと下がっておいた方がいいよ!」
「え?」
呆けるノックスを待たず、ライラが拳を振るった。右拳に『収束』された魔力が一気に解放され、ライラの右拳に魔法陣が展開された。色はオレンジ、形状は三角形が二枚重なり合った六芒星。その二枚が不規則に回転し、そこから極太の砲撃が放たれた。それは一瞬にして岩の砲弾を欠片も残さず殲滅させる。魔力の余波が周囲に迸り、呆けていたノックスは面白いくらいに吹き飛ばされた。
「何すんだ!」
「助けてあげたのになんで怒られなきゃいけないのよ」
「なにおう!?」
『ノックス。今のはノックスが悪いですよ。戦場ではいちいち魔法の説明なんてしていられません。こちらで察知し、適切な行動をとらなければ』
「そうか。ごめんなさい」
「え、えぇ……」
「とても素直なんだね……」
ノックスは頭が悪くはないが、単純である。『千年前の戦場にいた』という事実だけで『戦闘に関しては』という枕詞はつくが、ルキノスの言うことはすべて正しいと判断しているのだ。戦闘に関してはフリード、シオンよりもルキノスの言うことを信じている。
故に、『自分が悪い』というプライドが高ければ受け入れられないであろうそれもすんなり受け入れた。あまりにもすんなり受け入れたからかライラは「えっと、私も悪かったわよ……」と目をそらしてもじもじしながら謝罪し、クルスは二人を見てにこにこしていた。
だがここは本物のとはいかないまでも戦場であり、のほほんとしている暇など一切存在しない。
「仲が良さそうで安心したぜ、オイ!!」
のほほんとした空気をぶち壊したのは、ドルド・ゲオルドその人だった。岩陰に潜んでいたドルドは足に魔力を溜め跳躍し、三人の前に轟音とともに着地する。着地点の地面に罅が入り、土埃が巻き上げられた。もはやこれが教師とか嘘だろと言われても仕方ない登場シーンである。
「ゲェッ、ドルドさん!」
「ゲェッ、とはご挨拶だなノックス!! ドァハハハハ!! だがまぁ見事だぜ!! 正直ノックスのそれは単独戦闘向きだと思ってたからなぁ!! お前らのうち誰かはぶっ倒れると思ってた!!」
「単独戦闘向きっていうことは、『単独で動かせるポテンシャルがある』ってことですよ」
「魔力が打ち消されるのは確かに一緒に行動しにくいけど、クルスがいれば何の問題もないわ」
「あったけぇ……」
『今、クルスがいなかったらノックスは使い物にならないと言われましたよ』
嘘だろ、と驚愕に目を見開くノックスからライラが目を逸らす。クルスもクルスで「まぁ多分その通りだね……」と口には出さずとも思っているため特にフォローもせず、「あはは」と誤魔化すように笑っている。ドルドは爆笑していた。
「まぁそうだな。ノックスはちゃんと動かせばかなり強いと思うぜ。んで、自分で考えることもできる。考えなくても反射神経で動ける」
「褒めすぎじゃないですか? 俺の人生はここまでですか?」
「あんたの人生どんだけ認められてこなかったのよ……」
「あれ、僕先生が直接戦闘仕掛けにきたのかと思ったんですけど、もう終わりですか?」
余計なことを、とライラがクルスを睨みつける。ノックスは今褒められた反射神経をフル稼働させ後ろに下がり、ルキノスを構えた。
そしてドルドは悪そうににやりと笑い、右手と左手に魔力を込める。その両手を合わせると、手のひらを打ち付ける乾いた音とともにそれが現れた。
それは訓練室を一瞬で熱気に包む溶岩の柱。赤くドロドロした液体が渦を巻き、ドルドの背後に出現する。
ドルド・ゲオルド。使用魔法は属性魔法『炎』、そして『土』。それらをかなり繊細に組み合わせた『溶岩』。その破壊力は絶大であり、並の生物であれば一瞬にして塵にする。
「ドァハハハハハ!! お前らの前に出てきたのは、第二ラウンド開始の合図だ!! ちょっと本気出すぜ!! 死ぬなよ!!」
「殺さないでくださいよ!!」
「情けないこと言わない! やるわよ!」
「二人とも。僕は命乞いをした方がいいと思うんだけど、どう思う?」
『それを聞いてくれる相手なら効果的でしょうね』
ルキノスの言葉を聞いた三人は顔を見合わせて、諦めたように首を横に振った。