食堂。午前の訓練を終えた生徒たちが集まるそこに、ノックス、クルス、ライラはいた。三人の体に傷はないが、全員がテーブルに突っ伏しており、全身で「限界です」とアピールをかましている。
この三人、ドルドに死ぬほどボコられて治療室で怪我を治し、それから食堂にきている。今は傷がないとは言っても、気持ち的にはボロボロのままであった。
しかし三人のテーブルには空になった器があり、食事はすでに終えている。基礎体力からして違うノックスと、ドルドにやられ慣れているクルスとライラはいくらボロボロにされようと食事が喉を通らないということはない。栄養がなければ更にボロボロになることを知っているからである。
「……強すぎじゃね?」
突っ伏していた三人の中で最初に声を漏らしたのはノックスだった。体の奥底から絞り出したかのようなその声に、クルスとライラが顔だけあげて反応する。
「本当に当たれば終わりだからね。属性魔法自体はそれほど珍しくないけど、溶岩なんてゲオルド先生以外で見たことないよ」
「そもそもおかしいのよあの人。属性魔法は『炎』『水』『風』『土』『雷』の五つって決まってんのよ?」
「私からすれば、既存の枠組から外れないようにする方がおかしいと思うがな」
苦々しい顔でライラが垂れた文句に意見しながら、ライラの隣に一人の女性が座る。
その女性は短い期間であったがノックスの恩師であり、食堂だというのにおかまいなしに咥えタバコのクールで知的な、しかしどこか一般常識が抜け落ちている、現在所属生徒のいないFクラスの担任であるフリード・ガーベラ。
「フリードさん! お久しぶりってわけじゃないですけどお久しぶりです!」
「あぁ、元気そうでよかった。ドルドさんに殺されていないかどうか心配だったんだ」
『殺人の心配がある教師ってどうなんですか?』
「それくらい本気だということで納得してくれ。私は知らん」
フリードはタバコを咥えたまま口の端から紫煙を吐き出し、そうしてから気づく。フリード・ガーベラは興味のある対象以外は思考から外す癖がある。それは常に魔法の法則などについて思考し続けており、その思考へ脳のほとんどのリソースを割きたいためだ。
つまるところ、フリードはこの時初めてクルスとライラを認識した。ライラの言葉に反論してみせたはずのフリードは、信じられないことに『興味のある言葉』だけに反応し、それを発した本人を認識していなかったのである。
「なんだ、ノックス以外にもいたのか。はじめまして」
だからこんなノンデリカシー発言を平気でやってしまう。この発言にクルスは「はじめまして、クルス・ローです」と穏やかに対応してみせ、ライラは「ライラ・エニーキス」と目上の相手なのにも関わらず名前だけ告げて不機嫌そうに対応した。
それに首を傾げるのはフリードである。
「ノックス、ライラは難しい子なんだな」
「フリードさんの方がよっぽど難しい人だと思いますけど……」
『失礼ですよノックス。「あなたは私のような凡人では考えが及ばないほどの高い知性をお持ちのようですから、私があなたの言動行動を理解できないのは恐縮ながら当然のことだとご認識いただけると幸いです」と言うのが正解です』
「ルキノス。実は性格が悪いだろう」
『私は美人ですよ?』
「話も通じないときた。どうやら聖剣様は学に乏しいらしい」
『ノックス、やってやりましょう』
「最初に喧嘩売ったのお前だろ。反省しろ」
『ぐぬぬ』
今のやりとりでクルスとライラは「あ、この人失礼を働こうと思ってやってるわけじゃないんだな」と理解した。ドルドもかなりおかしい部類ではあるため、頭のネジが外れている人間を受け入れるのには慣れているのである。
何より、ノックスを見るフリードの目が二人から見てかなり優しかったことがその理解への後押しとなっていた。
フリード・ガーベラといえば、かなりの有名人である。若くして隊長の座に上り詰めたこともそうだが、どちらかと言えばその性格。興味のないこと以外は本当に興味がない。興味があることに関しては本当に興味がある。
そして、実際にフリードと会った者は数分で「あ、こういうことか」と理解する。クルスとライラも例に漏れなかった。
「さっきはすみませんでした。失礼な態度とってしまって」
「ん? いや、気にしていない。私も食堂でタバコを吸うなんてイカれた行動をとってしまってるからな」
「自覚してんならやめません?」
「自覚してやめられる理性があるのなら、人間はここまで愚かじゃないさ」
『話を大きくしてそれっぽく言って煙に巻くのやめません?』
「わかった、負けた。タバコは消す」
シオンがいないから好き勝手できると思ったのに、と面白くなさそうにぶつぶつ呟きながらタバコの火を無駄に高そうな携帯灰皿にぶち込むフリードを見て、三人は「そういやこの人19歳だっけ」と再認識した。かなりクールで落ち着いて頼りになる印象を受けるが、実年齢自体は三人と約3つしか変わらない。
ただ、それよりもクルスには気になることがあった。それは、ノックスの背で誰よりも人間らしく喋っている聖剣。
「ねぇノックス。いや、ルキノスさんに聞いた方がいいのかな。ルキノスさんって元々人間?」
『え、えぇ!!!?? そ、そそそそそそそんなこと!!! ち、ちなみになんでそう思ったんですか!!!??』
「めちゃくちゃ人間っぽいからだと思うわよ」
「今の反応がそのまま答えになる」
「ルキノスって落ち着いたお姉さんぶってるけどポンコツ臭すげぇよな」
『遺憾』
見た目は剣でもぷんぷん怒っているほど感情表現が豊かであり、それがどこかかわいらしく思え微笑んだクルス。年齢を考えれば千を超えているというのは口には出さず、胸の奥にそっとしまった。女性に年齢の話をするのは御法度だということを心得ているクルスであった。
「ルキノスのポンコツはどうでもいいとして」
『ライラ。全然よくないんですが』
「フリードさんはノックスの顔を見に来ただけなんですか?」
「あぁ、そうだった。ルキノスのポンコツは心底どうでもいいとして、君たちに話があったんだ」
『ノックスぅ……』
「よしよし。あとでめちゃくちゃ綺麗にしてやるからな」
『は? 私は美人ですけど』
「クルス。このあたりに肥溜めあるか?」
「流石にやめてあげて」
調子に乗って優しさを挑発で無碍にしたルキノスを肥溜めにぶち込もうと決意したノックスだったが、心優しいクルスに阻止された。クルスに言われたら仕方ないと肥溜め探しをやめたノックスだったが、『食堂で肥溜めって常識あるんですか?』と煽ってきたルキノスがそれはそれはむかついたため、ノックスはルキノスをしばらく尻置き板にすることにした。
『むぎゅ』
「話ってなんですか?」
「聖剣を尻に……まぁいいか。来週の課外授業についてだ」
「課外授業?」
「そういえばノックスは知らないんだっけ。なんか王国軍の見学に行くみたいでね」
「普通はゲオルド先生から言わなきゃ駄目なことなんでしょうけど」
そういう細かい伝達事項とかはドルドに期待しない方がいい、とノックスは言外に込められた意図を読み取って納得した。と同時に首を傾げる。
正直、ノックスは軍のイメージがあまりついていない。国民であれば誰でも知っているレベルである『大魔闘祭』すら知らなかったノックスが軍などと言われても知っているわけがなかった。
あんぽんたんのノックスが知らない軍。それは多くの少年少女の憧れであり、国、ひいては民を守る英雄のような存在。あらゆる魔法を駆使して魔族や魔物と戦い、歴史に名を刻む。その隊長の座につくことができれば、その家系は一生どころか後生の自慢になるほどの栄誉である。
一言で言えば訓練校に通っていれば興味があって当然のもの。そう、当然である。
「つまり、フリードさんは軍の隊長をしばけって言ってるんですね?」
「どこから『つまり』という言葉が出てきたかわからないが、違うぞ」
「???」
ノックスはその『当然』から外れるため、「フリードさんがわざわざ伝えに来たくらいだから、何か無茶を言ってくるに違いない」という結論に落ち着いた。死ぬほど的外れだったためあっさり正面から否定されてしまい首を傾げるノックスに、クルスとライラの異常者を見る目が注がれる。
「その課外授業だが、五人一組で動くことになっていてな」
「俺たち三人クラスです!」
「なんで嬉しそうにしてるのよ」
「前まで一人だったからじゃない?」
『二人足りないことに気づいていない可能性がありますね』
「俺の尻から声が聞こえる……」
『ぶっ飛ばしますよ』
「いいか? 続き話すぞ」
このまま放置していれば喧嘩を始めそうだったノックスとルキノスを言葉で制し、一つ咳払いしてからフリードが続ける。
「ノックスが言ったとおり、お前たちは三人クラスだ。だから、他のクラスの者と組んでも構わない。ただ、オブラートに包まずに言うがノックスと組もうと思う物好きは少ない」
「オブラートに包まずに言うって言ったじゃないですか!!」
「だから包まずに言っただろ」
「ほんとだ。失礼しました」
「いいよ」
何この会話、僕がおかしいの? いえ、私も理解できないわ。とクルスとライラがアイコンタクトを交わす。ノックスはノリで喋るところがあり、フリードは適当に答える癖があった。二人とも細かいことを気にしたりしなかったりするタイプであるので、意外に相性はいいのである。だからこそ、こうして周りがおいて行かれることがままあった。
そもそも、ノックスに『周り』ができはじめたのは最近のことではあるのだが。
「それじゃああと二人どうしましょうか」
「Eクラスの人に声かける? ちょっとかけにくいけど」
「あー、Dクラスに残ったのってお前らだけだもんなぁ」
「その二人についてだが」
フリードがそこで言葉を切り、三人が首を傾げる。そして、ノックスは気づいた。少し離れた席に、見知った二人がいることを。
フリードがその二人に手招きすると、二人が三人のもとへやってくる。
一人は透き通るような輝きを持つ金の髪を背中まで伸ばし、人懐っこい笑みを浮かべる蒼い瞳の少女、ステラ・ゼルニール。
一人は質の固そうな銀に輝く髪を攻撃的に逆立たせ、月のような黄色い瞳を持つ少年、アスト・アウリエ。
両者ともに入学当初からAクラスに所属する、ノックスの友だちだった。
「ノックスはそうじゃないけど、二人は初めまして! ステラ・ゼルニールです!」
「アスト・アウリエだ。よろしく頼む」
「課外授業の話が出たとき、この二人が『どうせノックスはハブられるだろう』と声をかけに来てくれたんだ」
「わっ、私そんなひどい言い方してないですよ!」
「……!!」
「号泣してる……」
人のぬくもりを知ったノックスは、目から滝のように涙を流した。