「久しぶりの酒宴で羽目を外したんだろう。珍しく酒場で寝落ちしてしまった」
「で、ついにヤったんですかい?」
「この体で居住棟まで送るのは骨が折れるからな。近場の宿で部屋を借りることにした」
「そんで、その場でヤったんですね?」
「金を惜しんだわけじゃない、本当にひと部屋しか空いていなかった。寝台がひとつだったのも偶然だ」
「でもヤったんでしょう?」
「幸い十分な広さがあったからな、添い寝することにした。ついでに暑かったら上は脱いだ」
「……またヤれなかったようで?」
「殺されるかと思った」
もう何連敗目か分からない戦果報告に、御者は呆れたように息を吐く。別段親身な間柄でもなく、当初は小気味良くさえあったが、こうまで続くと同じ男として同情を禁じ得ない。
死にたがりの騎士擬きと再会したのは数ヶ月前のことだ。旧聖都の災厄が落ち着きを見せた頃、聖都に避難していた自分も帰還者の移送に日夜追われることとなった。そんな折に、あの男は失ったはずの騎士装束を纏い、相方の聖女——例の騎士殺しと揃って姿を現したのだ。
最初は化けて出たのかと驚愕し、次いで他人の空似を疑った。聖都で死ぬはずではなかったのか。よしんば死に損なったとしても、旧聖都の地獄を生き延びたのか。なくした右腕は生え変わったのか、右目はどうした、何より——あの腐りきった眼差しはどこへ消えて失せた。
こちらの当惑を知ってか知らずか、男は相変わらずの鉄仮面を引っ提げたまま、しかしどこか上擦った声音で話し始める。騎士殺しと契りを交わしたこと、騎士に返り咲いたこと、右腕を取り戻したこと——男はもはや騎士擬きでも死にたがりでもなく、名実共に今を生きぬく騎士であった。面白くない。全くもって笑えない。
何より癪に触ったのは、傍に佇む騎士殺しの勝ち誇ったようなニヤけ面だ。最期を看取らせてやったつもりが、逆に揺るぎない絆を結ばれてしまった。これでは単なる手助けだ。胸を鷲掴んだ醜聞を暴露したところで、今や負け犬の遠吠えに過ぎない。この女、全て見越した上で笑ってやがる。紛れもない同類の高笑いに腑が煮え返る思いだった。
「それで、今日は何処へ向かうんですかい?」
それでも、レーベンと御者の腐れ縁は未だに続いていた。数少ない常連客であり、醜男の自分を優先して選ぶ変人である。無碍に扱えるわけもなく、「また世話になるな」などとさも当然のように言われ、すっかり毒気を抜かれてしまった。絆されているようで不愉快ではあったが、写銀器の返礼を兼ねていると己に言い聞かせた。
「傷心を癒せる場所を頼む。貴公なら色々と詳しいだろう。ひと仕事を終えたばかりで今なら金もある」
「前から気になってましたが、アンタはあっしを何だと思って——」
とはいえ、やはり相方の騎士殺しは気に入らない。何とか一泡吹かせてやりたいと考えた矢先に、名案を閃いた。
「いいでしょう。とっておき場所がありやすよ。アンタの傷を癒せて、聖女サマとの関係も進められる理想の場所が」
「本当か?」
「娼館でさあ」
思わず好奇から身を乗り出したレーベンに、御者は意地悪な笑みを浮かべる。
「アンタ、女を抱いた経験は?」
「失敬な。手を繋いだことくらいある」
「ないんですね?」
「この騎士レーベン、助けた村娘は数知れず、だ。何度か食事にも誘われた」
「ないんですね?」
「シスネとも……口付けは済ませた。このまま段階を踏めば彼女もいつかは——」
「ないんですね?」
「…………ない」
でしょうね、と御者は言い放つ。
常に戦地ばかりを行き先に告げ、武装と傷跡を増やし続けた死にたがりである。快楽に耽る暇があったとは到底思えず、騎士の報酬も大方武器やら弾薬やらに費やしてきたのだろう。
「そいつはいけねえ。寝屋でオンナを先導するのは野郎の役目ですぜ。聖女サマもさぞ不安だったに違いねえ」
「そ、そうなのか……」
レーベンは無表情を崩さなかったが、業者は鉄仮面のひび割れを確かに聞いた。
「オンナは大変らしいですぜ。男と違って痛みを伴う、血も出る。下手くそが加減を間違えれば快感どころか拷問の如し、と」
「…………」
「アンタが手を出す前で幸いだった。今なら経験を積めますぜ。無知が祟って初の色事が台無しに、なんてあっしも流石に見過ごせねえ」
何も嘘は言っていない。不安を煽りはしているが。
黙り込んで葛藤するレーベンを尻目に、御者は最後の一押しを口にする。
「そもそも、聖女サマの方は初めてなんですかい? 非の打ち所のない名騎士の相方だったようですが……『前の殿方がよかった』なんて扱き下ろされちゃ目も当てられねえ」
「————っ、案内を頼む」
してやったり、と御者は思わずほくそ笑む。
確かに悪巧みをしたが、悪事に手を染めたわけではない。年頃の男が娼館に通うのはありふれたことでしかなく、むしろ経験を積んでこいと嫁の手で放り込まれる恐妻家もいる。男に純潔さを求めるなど筋違いも甚だしく、好色の騎士コルネイユとまではいかずとも、抱いた女の数は時として雄々しさに直結するのだ。
だが、あの騎士殺しはどうだろうか。胸を掴ませまで懇願してみせた時の、藁にも縋るような顔を思い出す。
「心配はいらねえ。連中なら一から手ほどきしてくれやすので……アンタは何も考えず、ただ身を任せていればいい」
確実に、傷つく。
どこぞの馬の骨が己の所有物に唾をつけた、と理不尽な嫉妬に怒り狂うだろう。脳裏にありありと浮かぶ惨状に御者は一層笑みを深めた。
斯くして、御者の細やかな奸計により、馬車は聖都に向けて走り出す。その計画は二点の見落としさえなければ概ね完璧だったといえよう。当の騎士殺しが時を同じくして聖都に滞在していたこと。何より、
彼女が相方の騎士へと向ける感情は、同類たる御者を持ってしても推し量れないほど常識を逸脱しているのだ。