「あの馬鹿いったい何なのよ! 寝屋に連れ込む、服は脱ぐ、添い寝する、『寝起きも可愛いな』なんて澄まし顔で言い出す! と思ったら『涎は拭いた方がいい』、挙句は『貴公の重さでは居住棟まで運べない』ときたわ! あれでも騎士なの⁉︎」
「分かった。よく分かったから一度落ち着け。周りの視線が痛い」
愚痴とも惚気ともつかないことを喚き立てるシスネに、エイビスは思わず眉を顰めた。この酒場は行きつけの店なのだ。出入り禁止にされては堪らない。
『話を聞いて欲しいの。お願い』
仕事上がりに呼び止められたのが数刻前。任務で聖都を訪れていたのか、相変わらず物騒な兵器を身に付けた聖女は相方の騎士を連れていなかった。
契りを交わし終えた聖女が単身で行動することは稀である。そこはかとなく重苦しい空気も相まって、つい「何事か」と絆されたのが運の尽き——何のとことはない、毎度の痴話喧嘩であった。
「私も勘違いして手を出しちゃったけど、治るのなら別にいいでしょう⁉︎ 毎日振り回されてるんだから二、三発撃っても許されるはずよ‼︎ ねえ、聞いてる?」
「ああ、すまない。聖女キノノスのことを考えていた」
酔っ払いの戯言を適当に聞き流し、エイビスは果実酒を喉奥に流し込む。思いのほか酒の進みが早い。なかなかの出費となりそうだが、飲まねばやっていられない。
『エイビスっ、今日こそ仲直りしてもらうから!』
肉体言語を交わして以来、シスネはエイビスのもとへ足繁く通い、事あるごとに和解を試みた。「見張りの邪魔だ、話しかけるな」と邪険にあしらわれようものなら、「終わるまで待つから」と片隅で座り込みを始め、対話の門が開くのを粘り強く待った。結果、いつまでも居座られては迷惑だ、とエイビスが折れる形で場所を移すこととなった。以降、シスネはこうして不定期にエイビスと酒を酌み交わしている。
半ば根負けした形に落ち着いてはいるが、エイビスにシスネを許したつもりはない。聞くだけ聞いてやると態度を軟化させたのは、陰で頭を下げ続けたレーベンの尽力によるところが大きかった。
『不躾を承知で頼む。どうか、また話を聞いてやってくれないか』
『彼女の友人は死に絶えた。歳の近い女にしか語れないこともあるだろう。俺一人では——どうにもならないんだ』
そんな相方の献身を知る由もないのか、目の前の聖女はやれ「穢い」だの、「あの男は獣」だの、己が騎士への罵倒を繰り広げている。——今回は酒に呑まれた貴様が原因だろう。偶には我が身を省みろ。
元々苛立ちを禁じ得ない相手なのだ。少しくらい諌めてやるか、とエイビスは語気を強めた。
「確かに添い寝は配慮に欠ける。だが酔い潰れたお前を介抱したのではないか。手まで上げるのは如何なものか」
「だって、寝起きにいきなり裸で迫られて……それに治すのは私なんだから、少しくらい傷をつけたって……」
この女、人の心がないのか。酔いどれとはいえ恐ろしいことを口にする。
「貴様、契りを何だと思っている……そんなことでは遠からず愛想を尽かされかねないぞ?」
「大丈夫、レーベンに付き合える聖女は私しかいないから」
聖性だって合わないでしょ、とシスネは勝ち誇ったように笑ってみせる。どこまでも自分本位を突き進む聖女に、エイビスは冷めた目線を向けた。
「ならば、聖女以外はどうだ?」
「兄には聖女以外の伴侶がいた。忘れたわけではあるまい」
ピタリ、とシスネの高笑いが止む。
「聖女と騎士は恋人ではない、生死を共にするのは魔女狩りの間のみだ」
「自分こそ唯一無二だと浮かれているようだが、契りを結んで心まで通わせたつもりか?」
酒瓶を片手に言葉を失うシスネに、苛立ち混じりに吐き捨てた。
「どうやら何も反省していないようだな」
「————っ」
……今のは言い過ぎたか。
沈黙がその場を支配し、エイビスは堪らず舌打ちする。
お前たちの関係は単なる契りに過ぎない、などと部外者が決めつけることではない。婚姻関係を結ぶ聖女と騎士だって存在するのだ。契りは戦友以上の意味を持たない、と誰が断言できるのか。
シスネは俯き加減に押し黙っていたが、ゆっくりと鎌首をもたげ、
「ごめん、なさい」
「……言葉をかける相手が違うだろう」
しおらしく酒を啜る様子に、エイビスは呆れ半分、安堵半分で答えた。
この女は確かに歪んでいるが、あの曲者の騎士なら喜んで受け入れるのだろう。何より、二人してあの旧聖都の災厄を乗り越えているのだ。心を通わせていない筈がないではないか。——だからこそ、
「そもそも、まだ寝所を共にしていなかったのか。レーベン殿とは恋仲ではないのか? お前が腹を括れば済む話だろう」
添い寝程度で大袈裟に騒ぐな、色事くらい早く済ませてしまえ、と暗に告げてやる。効果は抜群だったようで、シスネは派手に咽返り、赤みの差していた頬を限界まで紅潮させた。
「そっ、そんなことできるわけないじゃない! あなただって処女でしょう⁉︎」
「なっ——大声で何を言う! 私は関係ないだろう⁉︎」
「経験なら私の方が豊富だし、手だって繋いで……く、口付けも済ませたから! 羨ましいでしょ‼︎」
「貴様ァ! そこに直れ、この場で決着をつけてやるぞ‼︎」
思わぬ飛び火がエイビスの堪忍袋へ着火し、戦いの火蓋が切られかけた矢先に、扉に吊るされた鈴の音が酒場への訪客を告げた。
「店主、麦酒を一杯たのむ。ついでに……おっと、そこにおいでになるのは聖女サマですかい? こいつあ奇遇だ」
「その節はどうも」
入って来たのは人相の悪い醜男だった。エイビスの直感が「関わるな」と警鐘を鳴らしたが、隣の聖女は顔見知りなのか、態度を翻して和かな笑顔を浮かべている。——額に青筋を浮かべながら。よく見ると男も憎々しげに顔を引き攣らせていた。
「こちらの方は旧聖都の教会に勤める御者様です。レーベンがいつもお世話になりますね」
「あの騎士サマは上客なもんで。今後も末永くお付き合いさせていただきやすぜ」
「ふふふ——」
「ははは——」
「「はははははははははは」」
(何が可笑しい……)
相方の変人騎士といい、この女、もしやまともな交友関係を築けないのか。面倒ごとを避けられない予感にエイビスは胃が重くなった。
「御二方とも仕事上がりですかい? あっしもたった今ひと仕事終えたばかりでしてね。一杯楽しもうってわけです」
酒瓶を受け取った醜男は睨み合いを打ち切り、どこか上機嫌な様子で麦酒を呷る。含みのある言い回しだったが、その企みは即座に明かされた。
「憐れな騎士サマがいやしてね。意中の聖女サマに背かれること数知らず、この前はようやく寝屋まで連れ込んだと思えば、こっぴどく叩きのめされたとか。いやはや、本当に痛ましい」
聞き覚えのある騎士の話だった。それはつい先刻、目の前の聖女から語り聞かされたばかりの——
「何とは言いやせんが、男って生き物は規則的に発散させる必要がありやしてね。あの騎士サマも相当溜め込んでいたようで——本人たっての希望で娼館へ送ってやりやした」
途端にシスネが能面と化し、御者は楽しそうに唇を歪める。エイビスは状況を追いきれずにいたものの、レーベンが娼館に足を運んだらしいことは理解できた。
実のところ、娼館に通い詰める騎士は決して少なくない。無論、禁止事項でもない。しかしエイビスにとっての騎士像とは、清廉潔白の権化たるレグルスである。娼婦の尻を追い回すなど唾棄すべき騎士の恥晒しであり、彼女はレーベンに失望を禁じ得なかった。次会ったら容赦なく喝を入れてやる、と怒りに肩を震わせた直後、
「色を好むは英雄の性、騎士サマも今頃お楽しみの最中でしょうよ。酒池肉林の宴で何人の女を手篭めにするのや「黙れ」
店内の空気が豹変した。
シスネの手の中で酒瓶が砕け散り、ビシャリ、と葡萄酒が床に赤黒い染みを生む。その眼差しからは一切の光が失われ、どこまでも昏く、暗く濁っていく。彼女の全身から溢れ出す怒気が、殺気が、狂気が、無言の圧力となり酒場を蹂躙し始める。
最初に意識を手放したのは店主だった。無防備にも眼前でシスネの威圧に晒され、ひとたまりもなく床へ崩れ落ちる。次いで嘔吐する者、泡を吹く者、悲鳴を上げる者まで現れ始め、何だ何事だ、誰か騎士を呼べ、と瞬く間に阿鼻叫喚の地獄絵図が誕生する。
「……あの男」
抑えきれない激情が言葉となりシスネの口から吐露される。この場にいない騎士を指しているのは明白だったが、騒動の元凶たる御者は生きた心地がしなかった。麦酒で潤した喉はカラカラに干上り、全身から滝のように脂汗が流れ落ちる。失禁せずに済んだのは奇跡だろう。
調子に乗った。
お遊びが過ぎた。
知らずのうちに虎の尾を踏み抜いていた。
聖女の双眸がこちらを射抜き、ベルトから大型の短銃が抜き放たれた。隣で飲んでいた女騎士は既に昏倒している。恐怖に震える両足は言うことを聞かない。
ころ、され——
「案内しなさい——今、すぐに‼︎」
「何が始まるんです?」
「あとがk……魔女狩りの時間です」
◆
「魔女狩り聖女はハーメルンで生まれました。二次創作じゃありません、甲乙氏のオリジナルです。しばし遅れをとりましたが、今や巻き返しの時です」
「聖女は好きだ」
「聖女がお好き? けっこう。ではますます好きになりますよ。さぁさぁ、どうぞ。ヒロインのシスネレインです。可愛いでしょう? んああぁ、仰らないで。胸がまな板。でも巨乳なんて見かけだけで、夏は暑いし肩は凝るわ、すぐ垂れるわ、ろくなことはない。属性もたっぷりありますよ、どんな性癖の方でも大丈夫。どうぞ読んでみてください。いい性格でしょう? 男も顔負けだ、ヒロイン力が違いますよ」
「一番気に入ってるのは——」
「誰です?」
「カーリヤだ」
「わーっ、何を! わぁ、待って! 67話は読んじゃ駄目ですよ、待って! 止まれ! うわーっ!!」
◆
「ノール村は無事だシスネ。少なくとも今の所はな。この先どうなるかは貴公次第だ。無事助けたければ俺に聖性をくれ。OK?」
「OK!(ズドン!)」
◆
「くたばれこの魔女が! くたばれってんだよ‼︎」
「この手(薬物)に限る」
◆
「聖性なんて必要ねぇ! ——ふへ、聖性にはもう用はねぇ! 聖女も必要ねぇや。ふへへ……誰が魔女なんか。魔女なんか怖かねぇ‼︎」
◆
「今度余計な後書きを書くと口を縫い合わすぞ(自戒)」