【二次創作】白聖女と黒騎士【魔女狩り聖女】   作:村人JJ

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偽りの魔性

「貴公、大丈夫か?」

 

 前触れなく膝から崩れ落ちたシスネをレーベンは颯爽と抱き留めた。葡萄酒の香りが鼻につく。つい先日ひと悶着あったばかりなのに、立て続けに泥酔するとは彼女らしくもない。

 この場が宿屋で幸いした。寝台は目と鼻の先にあり、片腕でも支えて寝かせられる。もちろん添い寝は慎むつもりだ。口惜しいが背に腹はかえられない。

 

「今日はもう休みたまえ。俺は逃げも隠れも、言い訳もしない。罰なら何でも受け入れよう。だから、この場は抑えてくれないだろうか」

 

 武器が邪魔だな、とベルトに手を伸ばすと、シスネは自ら留め具を外した。焼夷弾や炸裂弾が床に転がり落ち、レーベンは慌てて片付けにかかる。一歩間違えれば暴発しかねず、彼女が正気ならまず犯さないであろう危険行為だ。やはり酔っていたのか、と思った矢先に衣擦れの音が耳に届いた。釣られて振り返る。

 

「何を——」

 

 シスネは装束の上衣を纏っていなかった。袖のない肌着は首回りが大きく開いており、鎖骨から胸元までが露わになる。思わず息を呑んだレーベンを畳み掛けるように、彼女は肌着の裾を掴み、捲り上げて上体から脱ぎ去った。

 懲罰に立ち会えなかったレーベンは初めてシスネの裸身を目の当たりにする。淡雪のような肌に残る無残な裂傷。赤黒い斜線が純白の雪原を穢し、見るに堪えない痛々しさを放っている。——それが、何だというのだろうか。

 美しかった。それ以外の言葉は不要だった。骨抜きにされた女の裸体である。レーベンは呼吸を忘れて釘付けになった。嫋やかな双丘と、その頂で膨らむ桜色の蕾。心臓が早鐘を打ち始め、下半身は急速に熱を帯び——左の拳を血が滲むまで握った。今にも獣欲に溺れてしまいそうだった。

 

「ま、待ってくれ、湯浴みがしたいのか? ならば浴室まで付き添うから服を……」

 

 くつくつ、と喉の鳴る音がした。白い女が笑っている。自分の動揺する様を目の当たりにして、満足そうに、可笑しくて仕方がないと嘲笑している。清らかな聖女の姿ではない。レーベンは魔性の女を幻視した。

 シスネは蠱惑的な笑みを崩さないまま、乱暴にスカートを下ろして長靴と共に足から抜き去った。次いで長靴下も脱ぎ捨て、生白い脚を惜しみなく披露する。

 

「シスネ⁉︎」

 

 飾り気のない白い下穿きは白磁の肌と同化しており、一糸纏わぬも同然の姿が晒されている。即座に脱いで捨てられた上衣を掴んで、彼女の肩にかけていた。本能による無意識の行動だった。あと数秒でも遅れたら押し倒していただろう。

 安堵したのも束の間、動かない右腕を掴まれて、剥き出しの乳房に添えられた。びくり、とシスネが身体を震わせる。

 そのまま聖性が体内へ流れ込み、死んでいた右腕の感覚が蘇る。掌に伝わる鼓動、熱。ふくよかな肉感と、その先端で隆起する——

 

「————っ⁉︎」

 

 脳が現状を認識するよりも早く、自由を取り戻した右腕でシスネを押しのけた。理解が追いついてしまえば最後、自制できる自信は欠片もなかった。

 咄嗟の行動には力加減が伴わず、突き飛ばされたシスネは床に尻餅をついた。慌てて駆け寄り、屈み込んで目線を合わせる。シスネは明らかに錯乱していた。宥めるように両肩に手を置き、努めて平静を装い話しかける。

 

「すまない……俺は馬鹿だから、貴公の行動の意味はわからない。だが、どうか今は服を着てもらえないだろうか。俺に原因があるのなら後で何度でも詫び——」

 

 言葉を紡ぎ終える前に口を塞がれた。乾いた唇に潤った唇が重なる。口内には粘膜の触れ合う感触。おずおずと差し込まれた舌が口腔を弄り始め——ガチリ、と歯と歯がぶつかり合った。

 行幸だった。痛みのお陰で我に返り、理性を総動員してシスネを突き離す。交わされた唾液が銀色の糸を引き、薄紅の口唇を艶やかに濡らしていた。齧り付かずに済んだのは泣きそうな彼女と目があったからだ。

 愕然と自分を見上げる黒曜石には輝きが宿っておらず、絶望が色濃く浮かんでいた。先刻までの妖艶さは見る影もなく、今にも砕け散りそうで——

 

 

 

「私は抱けないんですか⁉︎」

 

 

 

 羞恥と屈辱に肩を震わせ、恐怖と不安を綯い交ぜにした顔で叫んでいた。魔性など、初めからどこにもいなかったのだ。

 

 

 視線が苦手だった。人前で肌を晒すなど以ての外であり、大浴場で湯浴みをする時は同性同士でも抵抗を禁じ得ない。そんな自分が見せしめの刑罰を耐えられたのは、唯一人、見られたい相手がいたおかげ。だから、今回もきっと耐えられる。今度こそ、彼に見てもらうために。

 

「何を——」

 

 感情を押し殺して肌着を脱いだ。灰色の瞳がシスネを射抜く。視線が腹部から胸元を彷徨い、乳房から乳頭までじっくりと睨め回される。体の火照りが治まらない。全身の血液が沸騰するような恥辱、そして僅かな優越感と高揚感。その興奮がシスネの暴走に拍車を掛ける。スカートから靴下までを脱ぎ去るのに時間は要さなかった。

 

「シスネ⁉︎」

 

 下穿きに手を掛けるよりも早く、脱ぎ捨てたはずの上衣を羽織らされる。どこまでも冷静な対応が癪に触った。シスネは死に物狂いで辱めに耐えているのに、なぜレーベンには気遣いを見せる余裕があるのか。

 思わずレーベンの右腕を掴み、躊躇なく胸に押し当てていた。性感帯を直に刺激されて、痛みとも快感ともつかない感覚に脳が震える。びくりと身体が痙攣した。

 大丈夫、胸を触らせるのはニ度目、絶対に耐えられる。歯を食いしばりながら聖性を練り上げ、一心不乱で注ぎ込む。動き出した掌が乳首に擦れてシスネの口から嬌声が漏れた。淫らな声だった。恥ずかしさのあまり死んでしまいたくなった。それでも、必要なことだから。これでもうレーベンはシスネから——

 

 え?

 

 気づけば床に崩れ落ちていた。数秒遅れて突き飛ばされた事実を理解する。それはレーベンからの拒絶の意思表示に他ならない。視界が暗転、答えの出ない疑問が渦を巻く。

 

 うそ?

 なんで?

 どうして?

 レーベンはシスネが好きなのに?

 レーベンはシスネに惚れているのに?

 レーベンはシスネがいないと動けないのに、戦えないのに、生きていけないはずなのに!

 どうして? どうして⁉︎ どうしてどうしてどうして——

 

「すまない……俺は——」

 

 最後まで耳を傾ける余裕はなかった。謝罪の言葉など聞きたくもなかった。目の前の悪夢を払拭するために、シスネは無我夢中でレーベンの唇を奪う。

 接吻も二度目。既に経験済みのはずなのに、この期に及んで羞恥心は薄れてくれなくて。恐る恐る舌を伸ばした矢先に互いの歯が衝突した。無様だった。心底呆れ果てたのかレーベンは再び離れてしまう。唇を結ぶ銀糸がプツリと切れた。シスネの中で何かが弾けた。

 

 

 

「私は抱けないんですか⁉︎」

 

 

 

 叫んだ。

 感情を爆発させた。

 激情を抑え切れなかった。

 

「言いましたよね! あなたの望むことなら、何でもすると‼︎  抱けばいいじゃないですか⁉︎」

 

 まただ。レーベンはいつもそうだ。

 シスネは本当に苦しくて苦しくて、苦しくて今にも狂ってしまいそうなのに。レーベンは己を見失うこともなく、嫌になるほどの純粋さを見せつけてくる。その度に、シスネは自分の穢さを自覚する。穢いのは自分だけなのだと劣等感に苛まれる。

 

「貧相で失望しましたか? こんな体には欲情できませんか⁉︎」

 

 胸元を指でなぞるようにして訴えた。もっとも、傷痕の有無など些事に過ぎない。  

 肉付きの悪い尻。膨らみの乏しい胸。枯れ枝も同然の手足。起伏のない童女のような体型。そのくせ感度は人一倍で、脇腹に触れられる程度ではしたなく奇声を上げてしまう。誰がこんな体に興奮を覚えるだろうか。——ならば、使い潰せばいい。

 

 

「使い道ならありますよ! どんな激しい色事にも耐えてみせます! 貴方の好みに穢して、嬲って——」

 

 強姦させればいい。

 陵辱させればいい。

 道を踏み外させればいい。

 あとは脅しを掛けて、負い目に付け込んで、二度と自分から離れないように縛り付けて——

 

 

 

 なんて、全部真っ赤な嘘。

 

 

 

「あなたのものにしてくださいよ‼︎」

 

 

 

 涙が零れた。ずっと押さえ付けていた感情が溢れ出した。

 本当は抱きしめて欲しかった。激しく口付けして欲しかった。処女を奪って、滅茶苦茶に犯して、自分のものだと高らかに叫んで欲しかった。

 それなのに。裸も傷痕も曝け出して、痴女のような真似までしてみせたのに。全てはシスネの空回り。失笑さえ買えない彼女は道化ですらない。

 頬を伝う雫を指で拭った。透き通っている。魔女にもなれない。それはまるで、お前には悲劇すらもったいないとシスネをなじっているようで

 あまりにも惨めで、恥ずかしくて、情けなくて。苦しくて苦しくて仕方がなくて。シスネは泣いた。もう消えてしまいたかった。

 

 

 

 

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