指揮官様は愛する御子息の為にお世継ぎ探しに難儀しています・改 作:evengel
俺は今、夢を見ている…
そう確信したのは目が覚めたらかつて何度も訪れた病院にいたからだ。それだけであれば病院の待合室で寝てしまっていただけ…そう判断されても不思議ではないが、現に今俺の目の前を「俺」が駆け抜けて、分娩室へと入っていった。まだ三十路手前の、若かりし頃の「俺」…今から丁度十年前のことだ…
重桜の名門海軍一族の嫡男として産まれ、幼い頃に両親を亡くしてからは海軍上層部の手で育てられてきた十年前の「俺」は、突如として人類の前に現れた「セイレーン」という脅威に対抗する為に構成された特殊部隊の隊長を務めていた。しかしそうした各部隊や人類の総力を結集した連合艦隊の群も奴等にはまるで通用せず、人類は敗戦を重ねる度に刻一刻と近付く滅亡の予感に身を震わせたものだが…やがて人類が自らの命運を賭けたある兵器を開発し、その力によって奴等を退けたことで人類は滅亡を免れ、人々は束の間の平和に安堵していた…だからこそ、こうして一軍人である「俺」も生命の誕生というこの上ない愛の奇跡に、なんとか立ち会う余裕があった。
「先生!…妻は⁉︎…お腹の中の子は⁉︎」
慌ただしく動く助産師と医者、全ての力を使い果たしてベットに横たわる美しい妻…そしてその腕に愛おしく抱きしめられていた、俺と妻の愛の結晶。
「おめでとうございます、元気な男の子ですよ…!」
「ああっ…あああっ…!
愛おしい我が子。先程まで元気に産声を挙げていたのだろうが、今はもう泣き疲れて眠ってしまっている。
「あなた…」
「ありがとう…本当にありがとう…俺を…俺を父親にしてくれて、ありがとう…!」
…間違いなく俺の人生で一番号泣した日であり、「俺」は顔をくしゃくしゃにして妻の胸に泣きついていたが、それでも妻は優しく「俺」と我が子を抱きしめてくれていた…いい女だった…
「…ねぇあなた…見て下さい…」
「な、なんだ…?」
今なお忘れられない事だが…愛する息子が生まれたその日は真夏であったにも関わらず、朝から土砂降りの雨が降っていた…
「ほら…お日様ですよ…」
「えっ…ああっ…!奇跡だ…!」
だが…我が子が産まれたと同時に土砂降りだった雨は嘘のように止み、天から陽の光が煌々と降り注いでいた…その時、「俺」は確かに確信したのである。
「澪…!俺は…俺達は、神様の子を授かったぞ…!!」
「ええ…私とあなたの子です…」
「神威」…我が子にそう名付けると告げた時に見せてくれた、妻の眩しい笑顔と涙…あぁ…たとえ幻だとしても、もう一度見れて良かった…
……妻がこの世を去ったのは、それから僅か1ヶ月後のことだった。
それから…まるで走馬灯のように、十年間という月日を息子と共に過ごしてきた様々な姿の「俺」を見た。
一人残された者として、親としての責任である子育てに専念すべく、後進の育成という建前を元にかつての主戦場であった海を離れ、安全な内地で教官の任に就いていた「俺」…まだ赤子だった息子をどうにか寝かしつけた後、いなくなった妻に未練を感じてひとり咽び泣いていた「俺」…初めて息子に「ぱぱ」と呼ばれて飛び上がる程喜んでいた「俺」…そして、当時8歳だった息子に一族の掟を告げ、軍人に仕立てあげるべく士官学校へと送り出した「俺」…数えきれない程の選択、数えきれない程の喜びと後悔の中で息を吐く暇も無いまま過ぎ去った十年間だった…
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そして十年後…「俺」は重桜の提督達が一堂に会した事で異様な空気を放つ広大な会議室にて、異動を告げられる。
「私が…重桜艦隊の総指揮官に?」
それは事実上の昇進とも言えたが、「指揮官」と言ってもかつての教官時代とは異なり、これから俺の指揮下に入る部下達は一人たりとも「ヒト」ではないという前代未聞のことだった。
「そう、KAN-SEN達のな…言うまでも無く知っているだろう?」
「KAN-SEN」…飽きるほど長い正式名称を持つ人型機動兵器の一種であり、その原理は世界各国の最高機密である、セイレーンによって齎(もたら)された「メンタルキューブ」なる謎の物質で構成されている。その名の通りかつての大戦で活躍した艦船の名を冠する人型…正確には少女やそれ以上の幼子も含めてセイレーン同様に女性だけが存在するという「人間同然の人型兵器」という存在である。その性能たるや一時的にとはいえセイレーンの攻勢を退け、人類を滅亡の危機から救済する最後の希望と当時は持て囃された程であり、映像では何度も見ていたものの後に指揮官となって実際に彼女達と触れ合うようになる前の「俺」にとっては、奇妙そのものの存在であった。
「…しかし…」
「これは既に確定事項だ。
「他にこの大義を務められる者など最早誰も残っていない…分かってくれ」
「…光栄であります」
…言うまでもなくKAN-SENには人間同様に感情があり、それぞれの擁する主義・主張の対立からかつて内乱を起こした過去があった。これは人智を遥かに超越した力を持つが故に最小限の介入しか行わなかった人類の失策とされ、内乱の終結後に世界各国はKAN-SEN達の本格的な統治に踏み切った。その直接的な統治者たる存在を、便宜上「指揮官」と呼称するのである。
「…して…具体的な任務内容は?」
「重桜KAN-SENの管理、運用…そしてこの重桜で再び内乱が生じることがないよう、彼女らを完璧に統治して欲しい…手段は問わん」
「必要と判断した場合に限るが、こちらで政治的な工作も出来る。無論この事も最重要機密であるから、お前の嫌うメディアへの露出も皆無だ。心配は要らぬ」
そして指揮官を海軍総出でバックアップすることにより、KAN-SEN達への圧力を維持したまま反乱のみを防止する…このような
「ご
「お前の口からそんな台詞が聞けるとはな」
「
「…だとしても「お父様方」はよせ、まだ会議中だ」
「ハッ」
…もっとも、俺と上層部の関係はどの国のそれとも異なる特異なものであるが。
「宜しい。では本日付けで貴官を…」
「申し訳ありませんがこの件は私一人の手に余りますので、私が推薦する人物を副官として私の元に付けて頂けないでしょうか?」
「何…?」
それに「俺」はこの瞬間を待っていた節がある。紛れもなく人生最大の転機だが、同時にチャンスでもあった。うまくいけば一族の更なる繁栄に繋がるこの機を逃す手は無い。例えそれが他者からは親のエゴイズムにしか見えなかったとしても、俺にとってこれはまさに運命だと感じていた。
「…お前の息のかかった人間など、十中八九予想出来るが…言ってみろ」
「ありがとうございます…では…」
勿論、幼少期から海軍の秘蔵っ子であったが故に出来た数々の無茶もある。周囲や上層部から非難される事も日常だったが、結局は最終的に許可の降りなかった事案の方が少ない。
「私の息子、
「…はぁ…」
…だがこればかりは一世一代の賭けだった。むしろこの要求が通ると本気で思っていた辺りが「俺」という人間の滅茶苦茶さを何よりも表しているといえよう。
「…一応聞くが、他の人間では駄目なのか?」
「ええ。あれとても橘の男です。自分の産まれた家の運命がどういう物かは分かるような歳になりましたし、私も人の親としてそのように育ててきました」
成人していないのは言うまでも無く、小・中学校の義務教育さえ放棄させた上でわずか二年という歳月で正規軍人へと押し上げた…そう、かつての「俺」と同じか、或いはそれ以上に過酷な運命を「俺」は自らの意思で息子に強いてきた事は既にこの場にいる全員が知っている。
「…そうまでして息子を手元に置いておきたいのか?」
「その親心は否定しませんが…私自身、息子の能力こそこの上無く艦隊の参謀として相応しいと自負しております。失礼ながら、息子が博士号を取得した論文にはお目通し頂けましたでしょうか?」
当然、まだ幼い息子を目の届く範囲に置いておきたいというのは本心だった。しかしそれだけの理由ではない。息子は一族の歴史で見ても信じられない程の所謂「神童」とも呼ぶべき存在で、未だ完全な解明には至っていない「メンタルキューブの構造解析とその軍事利用」に関する第一人者であり、十年後にはKAN-SENの使用する艤装の研究・開発チームの主任の座が約束されているとまで上層部に言わしめていた。「未成年だから」などと、世論の影響や上層部の面子でこれだけの才能を埋もれさせるのは愚策に等しい。ましてや愛する息子であれば尚更…というより使える物を全て使ってこそ戦争だ。
「あぁ…当然だ、目を疑ったよ…まさか貴様からあれだけの息子が産まれてくるとはな、誰が分かるものか…」
「俺」の親代わりとして特に世話を焼いてくれた提督の一人が、皮肉とも称賛とも取れるような複雑な口調でそう呟いた。
「…よかろう…橘准将、貴官の提案を許可する」
やがて、提督達のトップに君臨する総司令官が遂に沈黙を破り、「俺」の要求に対して許可を出したのである。
「しかし…」
「先にも言った通り、他に適任者もおらん…当人はこの場に居ないが、親子揃って一族の業を背負う覚悟が決まっているのだろう?」
「はっ…必ずやご期待に応えてみせます」
重桜のトップから自身とその愛する息子の双方を認められた「俺」は確かに震えていた。自らとこの場にいない男が背負う重圧に対する恐怖では無く、武者震いのそれだった事を強く覚えている。
「分かった…ではもう下がれ…後の事は我々の仕事だからな…」
「…失礼致しました」
筆舌に尽くし難い胸中を味気ない言葉の裏に隠したまま、提督に促されて「俺」が背を向けて退室しようとする。そして、重々しく開かれた扉が閉まりきる直前…
(……!)
そこで初めて、「俺」が俺を見た。息子の誕生から十年間分の記憶を亡霊のように再体験した俺の事も、最初から気付いていたぞと言わんばかりにニヤリと笑って、そしてこう言った。
「あの子が呼んでるぞ、お父さん」
そう指摘されて俺は我に返ると、確かにどこから俺を呼ぶ息子の声が響いてきた…どうやらこの夢も、もう終わりを迎えるらしい。そして、新しい今日が始まる…
(あぁ…今戻るよ…)
やがて、目も眩まんばかりの光に包まれる。あの日、息子が産まれた時と同じだけの天の光の中で、段々と我が子の声が大きく、鮮明になっていくのが分かった…
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「……さん?…もう、お父さん?早く起きて…」
「おはよう神威!」
「わぁぁっ⁉︎」
思えば随分前から起こされていた気がするが、それでも一向に目を覚さなかったはずの父親が突然飛び起きたことに神威は慌てふためき、バランスを崩して倒れそうになる。
「っと…危ない危ない、大丈夫か?」
朝っぱらから派手にすっ転ぶ寸前の所で神威をそっと抱き抱え、どうにか事なきを得た。
「んも〜…起きてたの?」
「…まあついさっきな…」
仮に起こされなかったとしたら、俺はずっとあの幸せな夢の中に引き篭もっていたのだろうか?
「…何か悪い夢でも見た?」
「いや、いい夢だった…お前にも見せたいような…やっぱり見せたくないような」
「もう、なにそれ?」
だがそんな胸中までは流石に知る由も無い神威は、朝っぱらから柄にも無くセンチな事を言う父親に困惑しているようだったが、都合良くその頭に話題を変えられるある物が着いていた。
「それはそうと神威…今日はおしゃれだな?ほら、その髪飾り」
「えっ?…あっ、もう気付いたの?流石お父さん!」
神威は嬉々として、おおよそ10歳の男の子が付けていると本来は不釣り合いな程に小綺麗な髪飾りを見せてくれた。
「…そういうの持ってたっけ?」
「えへへっ、これは昨日愛宕お姉ちゃんに貰ったの!可愛いでしょ〜♪」
「そ、そうか…愛宕お姉ちゃんに、ね…」
神威の口から出てきた女の名前はかつての高雄型重巡洋艦二番艦の愛宕…そう、KAN-SENのことである。流石に高雄型のように著名なKAN-SENの説明はもはや不要であろうと思われるのでここでは詳細を省くが、着任から半年が経過した現在でも神威と俺に対するKAN-SEN達のアプローチは絶える事がない。まあ嫌われるよりはずっといいが…
「その様子だと随分気に入ってるみたいだが…もしかすると他の子に嫉妬されるかもしれないな?」
「えっ⁉︎…あー…どうしようお父さん…これ皆の前じゃ外した方がいいのかな…」
嫉妬、という単語を聞いて途端に不安そうになる神威。重桜の女特有のありとあらゆるちょっとしたトラブルを想定したのかもしれないが、いかにKAN-SENと言えど結局有事の際以外は大多数が年頃の少女達だ。それに神威の交友関係は駆逐と潜水艦、それと愛宕のような一部の「そういう人達」が大半であり、髪飾り一つで露骨に嫉妬されるような事はまあ考えにくいだろう。
「はははっ…冗談だよ、愛宕君の為にも付けたままにしておきなさい。大丈夫だ、何かあったらお父さんが何とかする」
「本当…?本当に大丈夫?」
「信頼と実績豊富なお父さんに任せろ、というかここの指揮官は多分お父さん以外には無理だ」
「それは…うん、僕もそう思う…」
それに対し俺は艦隊を統治する最高責任者として、神威には少し荷が重たいであろう重桜のお姉様方の面倒を見るのが大切な仕事の一つである。そもそも重桜の指揮官には求められる物が非常に多い。まず有事の際に体で止められる程度には強くなければダメ。信用を得る為には誠実でなければダメ。ここまではまあ分かるとしても、彼女達のアプローチを無下にすると大変な目に遭うので女に興味がないとダメ。かといって女誑しもこれまた大変な目に遭うのでダメ。これらの四項目をどれか一つでも欠いた日には斬られる・刺される・ヤられるの重桜三段活用によって即刻ゲームオーバーであろう。人生とは常にコンテニュー無しのハードモードなのだ。
「…ところで神威、今何時だ?」
まあ軍人としても大人としても、何よりも大切な事は時間を厳守する事である…厳守出来てるとは言ってない。
「あっ、そうだった!もう7時半ですよ!皆、朝ご飯食べたくてずっと待ってるんですからね!」
予想通り完全に寝坊である。いや、まあ今日に限っては許して欲しいのだが…一応補足しておくと、俺が号令を掛けるまで、誰も朝食に箸を付けてはならない暗黙の了解がこの艦隊にはある。そうしろと命じた事は一度も無いが、気付いたらそうなっていた。
「分かった、すぐ着替える…えーっと、俺の軍服…」
「全くもう…すぐ脱ぎ散らかすんですから…はいこれ」
「いやぁ、すまんすまん…」
綺麗に折り畳まれた洗い立ての白い軍服に袖を通し、親子揃って素早く身なりを整える。軍人歴は俺の方がずっと長いので流石に着替えそのものは俺の方が早いが、一方で神威は既に俺よりもネクタイを結ぶのが上手い。父親としての威厳ががが。
(……しかしまぁ、いつになったら俺に似るのかな…)
自分の小さな頭をすっぽりと覆う軍帽で髪飾りまで隠れてしまわないように微調整する神威。そしてそれを全身鏡越しにぼんやりと見つめる俺。あーでもない、こーでもないとお洒落に気を遣う神威は今風に言うと「男の娘」と言われる程の美少年で、俺に少しも似ていない事が父親としては少し複雑な心境だ。
「…よし、完璧!」
「おお可愛…よく似合うぞ」
勿論本人もかなり気にしているので、少なくとも父親の俺が気安く可愛いなどと発言するのはNGだ。油断するとすぐ拗ねるのだが、そこがまた堪らなく可愛(ry
「お父さん?」
「はっ…いや、何でもない…とりあえず着替えも済んだし、食堂に行こう」
「はーいっ!」
ふとした瞬間の勘の良さも何処となく女のそれのように感じつつ、俺達は食堂へと急いだ。
ここまでのご高覧、誠にありがとうございました。
プロローグは後半を含めた二部構成となっておりますので、興味を持たれた方は後半もご高覧頂けますと幸いです。