指揮官様は愛する御子息の為にお世継ぎ探しに難儀しています・改   作:evengel

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二話以降、前作と比較してシーンの変更・追加などを行なっております。新鮮な感覚でお楽しみくださいませ。


第二話

(……んっ……そうか…もう朝か…)

 

草木も未だ深く眠り、空も白む前…正確に言えば午前四時半、俺は目覚めた。別に年齢のせいで眠りが浅くなった訳ではない。週に3、4回程、俺はこの時間に起きて一部のKAN-SEN達と朝稽古をしている。一応神威もそれを知ってはいるが、参加させた事はまだない。これからもあるかは分からないが…

 

(さて…支度をせんとな、起こさんように…)

 

足音を殺しつつ寝巻きから軍服へと着替え、精神を集中させる。鍛錬の一環とはいえこれから相手取るのは武闘派の重桜KAN-SENだ。何ならその内の何名かは確実に俺を殺しに来ている。

 

「………う〜んっ……」

 

(…全く、昨日はやってくれたな…)

 

部屋を出る前に神威の寝顔を確認してみたが、昨日はやりたい放題出来たからなのか普段にまして気持ち良さそうに熟睡している。

 

(…それじゃあ神威、行ってきます)

 

名残惜しくはあったが、何かの拍子で目覚められる前に念には念をと施錠をしてから俺は素早く部屋を出た。

 

____________

 

朝稽古の舞台となるのは、KAN-SEN用の訓練場である。その設備の規模と質は、かつて俺が教官を務めていた海軍のそれとは比較にならない。模擬弾も当然用意しているが、対セイレーン用の榴弾や一航戦も愛用する式神も導入しての実戦訓練、全自動で射程内の目標に斉射される魚雷に対応する対潜訓練だけでなく、真剣を用いた白兵戦の訓練も可能である。そしてそれらの激しい訓練に耐え切れずに鉄屑と化した艤装の山々、黒く焼き付いた弾痕、打ち捨てられた刀の数々がKAN-SENが本来持つ「兵器」としての片鱗を垣間見せていた。

 

(…今日は偶数だ。ついてる)

 

訓練場では加賀・土佐・榛名・出雲・伊吹・高雄・瑞鶴・川内の八名が組み手の真っ最中だった。二人一組での組み手が訓練前の準備体操として定番ではあるが、これが奇数の日には余った一人と俺が組み手をする事になっている。言うまでもなく骨が折れる。折られたこともある。

 

「…ようやく来たか…皆、ここまでにしよう」

 

その中でもリーダー格の加賀が切り上げの合図を出すなり、各々組み手を終えたKAN-SEN達が続々俺の前へと集まった。

 

「気を付けッ!」

 

ザッ!

 

「休め」

 

かつてのように敬礼を強要するまではないが、それでも号令一つで優秀な兵士を従えるのは格別だ。やはり軍隊はこうでなくては。

 

「では改めて…おはよう諸君。本日も早朝から諸君らの気概を見せてもらい、感動している。これからもその姿勢で訓練に臨んで欲しい」

 

「…主殿、失礼ながら」

 

「伊吹君。発言を許可する」

 

朝の挨拶もそこそこに、恐る恐る口を開いたのは特別計画艦が一隻、重巡の伊吹。その誕生経緯もあって俺としては娘のように思う存在だ…ありとあらゆる意味で誰にも言えたものではないが。

 

「頬が腫れているようですが…虫刺され、でしょうか?」

 

「あぁこれか…伊吹君には分からんだろうが、昨夜悪い虫に刺されちまってなぁ…」

 

「悪い虫…?でしたら伊吹のヨモギを敷いてみてはどうですか?」

 

特別計画艦の特性故にカンレキもなければ、本人の性格も純朴そのものであり、「悪い虫」の意味するところなど知る由もない。たとえこれが頬でなく首筋についていても同じ提案をしてくれるだろう。

 

「ありがとう。だが気持ちだけ貰っておくよ、こいつに付ける薬はないんでな」

 

「しかし…」

 

「い、伊吹!…その辺でいい、これの場合は…」

 

「出雲さん?」

 

そんな伊吹に一声掛けたのも同じく特別計画艦が一隻、戦艦の出雲。産まれ方は同じだがこちらは多少色恋の知識がある。だが性格が同じぐらい初心(うぶ)なのでよく顔が発火している。

 

「…ごほん!指揮官殿、構わず進めて頂きたい」

 

「あぁ、分かったよ」

 

同じように少しだけ頬を赤らめている高雄に催促され、俺は本日の訓練内容を皆に告げた。

 

「普段は海上を滑走している諸君らと言えど、陸戦の機会も充分考えられる。その場合でも通常通りの戦力を発揮出来なければ優秀な兵士とは言わん…よって本日は基礎持久力向上の為、走り込みを行う」

 

「…………」

 

真剣・実弾・白兵戦…そのいずれでもない訓練内容に皆は明らかに不満そうにしている。無論、俺が全てを説明し終えるまで口を挟まないよう普段から言付けてあるので、異を唱える者はいない。

 

「今回は母港外周を…そうだな、六周でいい。艤装を装備したまま六周。一時間以内だ…何か質問のある者は?」

 

ここまで話終えたのとほぼ同時に、瑞鶴と伊吹が手を挙げた。

 

「瑞鶴君。発言を許可する」

 

「刀も帯刀したままでいいんだよね?…それと、今日は本当に走り込みだけ?」

 

「戦闘状況を想定している以上、当然帯刀してもらう…自主練するなとまでは言わないが朝の訓練内容としては充分な運動量だ。ましてや瑞鶴君は今日明日と非番なのだから、オーバーワークには注意しろよ。自身の体調管理も…」

 

「はいはい、分かったよ指揮官。神威だけじゃなくて皆に過保護なんだから」

 

「…この歳になると育児が楽しくてな」

 

「はははっ、お父ちゃんらしいぜ」

 

「川内君。今ぐらいは指揮官と呼んでくれよ」

 

訓練前とは言え、和やかな空気が流れるのは決して悪いことではない。そもそも同じ内容の訓練を人間相手にやれば対応出来るのは一握り、出来たとしてもまず朝食は腹に入らない。

 

「さて…伊吹君、他に聞きたいことがあるのか?」

 

「その…一時間以内に六周出来なかった者は?」

 

「別に出来なかったからと言って罰を与えたりはしないよ。次出来るようになるまで気長に待つさ」

 

(良かった…)

 

「だが…そんなノロマを一軍として出撃させるかと言われれば、な」

 

「「「…………!」」」

 

しかしながら、俺が扱っているのはKAN-SENである。人間よりも優れた兵士でなければ意味がないし、そうでなくとも艦隊保全の為に一度の出撃で投入出来るのは十二隻が最大だ。総勢百隻を超えている現在の重桜艦隊において、この序列争いは今なお激しい火花を散らしている。

 

「…さて、少々お喋りが過ぎたようだな…加賀、頼みがある」

 

「なんだ?」

 

「いない事を願うが…もし途中で倒れている奴を見かけたらここまで運んできてくれ」

 

「分かった」

 

「それ以外では飛ぶなよ」

 

「フッ、うるさい奴…」

 

「…それでは始めよう…走れッ‼︎」

 

ダダダダダッ‼︎

 

俺の号令を合図に、内なる闘志に火を付けたKAN-SEN達が一筋の嵐となって疾走する。艤装を装備した陸上でもその性能は遺憾無く発揮され、数十秒もすればもう誰の背中も見えなくなった。

 

____________

 

それから時は流れ、訓練開始から50分を超えた頃…とうとう六周終えて帰還する者が現れた。

 

「……ハッ…ハッ……ハッ…ハッ…」

 

「ご苦労!…急に止まるな、ゆっくり流せ。艤装はもう外していい」

 

「ハァ……ハァッ…ふぅぅ……」

 

「意外だな、まさかお前が一番乗りだとは」

 

予想外でこそあれど、純粋な賞賛を含めた俺の発言を聞いた当人は、明らかに不満気な感情を込めた眼光を俺へと走らせた。

 

「…何?…意外とな?…では聞くが、誰が一番先に帰ってくると思っていた?」

 

「純粋に身軽な空母組か、軽巡である川内。大穴で高雄かと思っていた」

 

「ふん…確かに姉様の実力は疑うべくもないが、今は空母。私は戦艦だ。地力が違う」

 

「…他の3人については何もないのか?」

 

「眼中にない」

 

「やれやれ…」

 

KAN-SEN達は皆複雑なカンレキをもつものだが、艦種が違えど流石は加賀の実妹。性格も悪い部分がよく似ている…

 

「…土佐、飲めるか?」

 

そして荒い息遣いで姉譲りの豊満を上下させている土佐に対し、俺はスポーツドリンク(のようでいて、神威がKAN-SEN用に成分を微調節してくれたもの)とタオルを手渡した。

 

「相変わらず気が利くな、貴様は」

 

「これぐらいしてやらなければ給料泥棒だ」

 

「ふふふ、そうだな…」

 

受け取ったタオルで一通り汗を拭いた後、土佐はキャップを開けるのが面倒だったのか手刀で栓をぶっ飛ばす。そしてそのまま一気飲みした。手に負えん。

 

「ふぅ…さて、私は貴様にもう一つしてもらわねば気が済まん事がある」

 

「…手合わせをしろというんだろ」

 

「よく分かっているではないか…」

 

引き受ける、など一言も言ってないにも関わらず、土佐は空になったスポーツドリンクを投げ捨てて臨戦体制に入る。

 

(……そういえば土佐にはまだ使ってなかったな)

 

だがこれも仕事だ。どんなKAN-SENの面倒も見る。そして何事からも守り抜く。両方やらなくてはならないのが、指揮官の辛いところだな。

 

「さぁ指揮官…覚悟はいいか?」

 

「俺は出来てる」

 

「…ふっ…!」

 

問答の直後、俺の首をへし折る勢いで土佐が繰り出した回し蹴りを直撃寸前で回避する。耳元で地鳴りのように風を裂く音がするがそんなものに気を取られる間は無く、次々に飛来する鉄拳の嵐をどうにか頭の動きとステップの組み合わせで捌く。

 

「はっ‼︎」

 

(…来たっ‼︎今だ‼︎)

 

このままでは決定打に欠けると踏んだ土佐が、文字通りのフィニッシュブローとして渾身の右ストレートを放った。

 

「…⁉︎」

 

ズパンッ‼︎

 

(これも止められるか…!)

 

俺でもそうするだろうと予測は出来たので、クロスカウンターを試みた。間違いなく意表は突けたものの、土佐はすかさずもう片方の手で俺の拳を受け止める。

 

「…流石に地力が違うな?」

 

「貴様ァッ!」

 

直後に激昂した土佐が俺を力任せに放り投げた。荒れ狂う激流に等しいその力に逆らうことなく、俺はぶっ飛ばされながらそのまま距離を取る。

 

ダダダッ!

 

(チャンスは一度!外せば死ぬ!)

 

すかさず距離を詰めてくる土佐の構えが打撃技のそれなのを確認して、俺も構えに入った。

 

(またカウンターか⁉︎…ならば!)

 

「遅い!」

 

「何っ⁉︎」

 

ゴキゴキゴキゴキ!

 

「ぐぁぁぁぁぁっ…‼︎」

 

今度こそ容赦無く、俺は()められるだけの関節に対してありとあらゆる関節技をかけた。

 

「打撃系など花拳繍腿(かけんしゅうたい)関節技(サブミッション)こそ王者の技よ」

 

「ぐぅっ…これしきのことで…!」

 

「見事な技だったぞ、指揮官」

 

「…えっ、加賀?」

 

どうにか土佐の無力化に成功し悦に浸っていた俺を、突然の加賀の賞賛が呼び戻す。

 

「あ、姉上⁉︎」

 

「面白い物が見れた。お前が一時間以内に戻って来いと言った理由が分かったよ」

 

「いや、そういう意味では…」

 

まさかと思って周囲を見渡すと加賀と土佐以外の六隻、つまり全員が既に帰ってきていた。腕時計で確認したがしっかり一時間以内である。

 

「指揮官!今度は私と!」

 

「ちょっと榛名?私の方が早く帰って来たよね?」

 

「ま、待て榛名!瑞鶴!今度こそ死ぬ!」

 

「…土佐、立てるか?」

 

「あぁ待ってくれ、なら関節を…」

 

スクッ

 

「えぇ姉上…油断しました」

 

(あっさり…)

 

…我ながらこんな相手によく勝てたものだ。次はないかもしれん。

 

「はぁ……各員整列!」

 

ザッ!

 

「諸君らの優秀さには改めて感動させられた、というのが本日の感想だ…今後の訓練内容も吟味しておく。ひとまずはこれで終了しよう…解散!」

 

誰一人遅れず、倒れもせずについてきたことは本来喜ばしいことだ。だが今度は組み手なんか出来ないぐらい全員クタクタにさせよう。俺は内心そう誓いつつ、解散の号令をかけた。

 

____________

 

朝稽古を終え、朝食を済ませた俺は神威と共に艦隊の皆へ吾妻の開発を宣言した。皆の反応はやはり「超甲巡」に対する関心が殆どで、特に巡洋艦の中には複雑な心境を吐露する者も居たが…それすらも神威の手を借りて(なだ)めつつ、どうにか今回も皆の協力体制を得た。

 

「…では第五艦隊並びに第六艦隊を吾妻開発の特化連隊として、以上の面々での編成を確定する」

 

「畏まりました。主任と他の研究員一同にも順次情報を共有しておきます」

 

「頼んだ」

 

その後は開発艦用の実戦データ収集をより効率的に行う為の艦隊再編成、装備の見直し、計画発動による追加の書類業務…それらの仕事に忙殺される形で、俺達は昼食も取らずに執務室に篭る羽目になった訳だが…

 

「…しかし指揮官、お言葉ではありますが…」

 

「どうした?」

 

「いえ…何も夜の分の業務まで済ませる必要はなかったのではないかと…」

 

「ふふっ…それにはちゃんと理由があるのさ」

 

無理をしてまで本日分の仕事を終わらせたその最たる理由として、俺は愛用しているバイクのイグニッション(エンジン掛ける時に挿すアレ)を執務室の机の上に置いて見せた。

 

「…外出許可は貰えたの?」

 

「あぁ、計画発動前だしな…親子水入らずのドライブだと伝えたらお上も許してくれた」

 

「お財布持って行かなくていい?」

 

「当然だとも!内地に降りた後はお父さんなんでも買ってやるからな!」

 

「行きたい所にも連れて行ってくれる?」

 

「ドライブってのはそういうもんだろ?」

 

「…うんっ‼︎」

 

「よっしゃあ‼︎久々に楽しもうな、神威!」

 

「…一応聞くけど安全運転でお願いね?」

 

「さっきから質問が多いなぁ、お前って子は…」

 

「えへへ…」

 

聡明そのものの我が子に細かい説明は要らない。戦争に生きる軍人としてではなく、一組のごく普通の親子として最高の時間を過ごしたいという想いにも理由は要らないだろう…

 

「…あっ…」

 

「うん?」

 

「その…少し用事を思い出しちゃって…」

 

「えっ⁉︎」

 

えっ、なに?俺もうフラれるの?早くない?

 

「あっ、違うの!全然お父さんとドライブ行きたくないとか、そういう訳じゃなくて…でも、大事な用事だから…」

 

「…なるほど…プライベートな用事みたいだが、一応お父さんとしては理由くらい…」

 

「…や、やっぱり、言わなくちゃダメ…?///」

 

(……ハッ‼︎)

 

が、しかし。恋に恋する乙女…ゲフンゲフン、美少年の顔になって頬を赤らめる愛息子を見た俺は全てを悟った…クソッ、「YESマイサンNOパンチ」を教育方針にしている俺とした事が、不粋な真似をしたぜ。

 

「…言わなくて大丈夫だ、行ってきなさい」

 

「ありがとうお父さん!…ちょっと時間かかるかもだけど、なるべく早く…」

 

「いや、なんならそのまま帰ってこなくてもいい…お前の好きにしなさい」

 

「…えっ?」

 

「それが大人になる為の近道だとお父さん信じてるからな…」

 

「えーっと…うん…?」

 

…神威は動揺しているようだったが無理もあるまい。相手が誰なのかは候補が多過ぎて予想も出来ないが、むしろ逢瀬(おうせ)の約束を思い出して、そちらを優先したその男気に俺は敬意を表する!

 

「さぁ!そうと決まれば善は急げだ!今すぐイケてる格好に着替えてビシッと決めてきなさい‼︎もしお前が先に着いたとしても、「今来たばかりだよ」って必ず言うんだぞ‼︎」

 

「…お父さん違うの、用事っていうのは…」

 

「言うな!言わなくていい!早く行け!GO GO GO‼︎」

 

「わぁぁっ⁉︎ちょっと!押さな…」

 

バタン!…ガチャ

 

(…頑張れ…‼︎)

 

神威の腕や服が挟まらないよう慎重に、かつユニオン特殊部隊も青くなるぐらいの勢いで神威を送り出し、俺は執務室の戸を固く閉めた。もう俺に出来る事は何もない…

 

(…はぁぁ…あの子もその気になれば相手はたくさんいるもんなぁ…一体誰が最初に挨拶に来るのやら…)

 

ひとまず「お前に息子はやらん‼︎」は絶対に言う。その気がなくても言う。相場は娘なんだろうが。

 

____________

 

…盛大に勘違いしたお父さんに執務室から追い出された僕は、重たい足取りで大事な用事の為にある人達のお部屋へ向かった…

 

「…ひゃっ⁉︎…やだっ、くすぐったいよぉ…///」

 

「んもぅ神威ったら…じっとしてください、じっと…」

 

…そして今、僕は約束通り翔鶴お姉ちゃんに「採寸」をしてもらっている。お父さん以外の人にこんなに身体を触られたことがないのと、やっぱり少しは緊張しちゃうのもあってやたらとくすぐったい…

 

「…ねぇ瑞鶴、今から下も測るからちょっと神威を抑えてて…」

 

「う、うん…ほら神威?すぐ終わるから、そんなに緊張しないでね?」

 

「あっ、待って待って!ズボンの上からじゃダメ⁉︎///」

 

翔鶴お姉ちゃんは下の丈を測るだけなのに何故かズボンまで脱がせようとしてきたり、瑞鶴お姉ちゃんにギリギリバレないぐらいのちょっとエッチなイタズラをしてくる…実は前にお父さんにも相談してみたんだけど、お父さんは鼻血を出しながら「それは愛情表現だから何も問題ないッ」の一点貼りだった。

 

「…う〜っ、採寸ってまだ終わらないの…?」

 

「はい、もう終わりましたよ」

 

「えっ?…もう?」

 

「あら…もしかしてもっと続けて欲しかった?」

 

「へっ⁉︎あっ、いや…べ、べつに…///」

 

…と、とにかく「採寸」は本当に終わったみたいで、お姉ちゃん達は早速ミシンで着物を縫い始めていた。

 

「それじゃあ完成したら持ってくるから、神威はお部屋で待っててね!」

 

瑞鶴お姉ちゃんはさも当然のようにそういって優しく笑ってくれた。最初は単なる口約束だったのに、それでも嫌な顔一つせず着物を作ってくれるなんて…僕なんて幸せ者なんだろう。

 

「えぇ〜?これからお姉ちゃん達が必死にお裁縫するのに、神威はもう帰っちゃうんですか〜?…お姉ちゃん、なにか面白いお話聞きたいな〜♡」

 

「…翔鶴姉、悪い癖出てるよ」

 

…うん、やっぱりうまい話にはちょっと裏があるのも世の中の常みたい…でも困ったなぁ、面白い話なんて急に言われても…

 

「…あるかも」

 

「えっ、本当に何かあるの?」

 

「うん…でもこれは軍事機密なんだからね?いい?お姉ちゃん達を信じて言う訳だから、絶対に口外しちゃダメだよ?」

 

「わ、分かった…!」

 

「うふふっ…それで?どんなお話かなーっ…」

 

お父さん以外は知らないことだから、これを言うのは流石に迷ったけれど…それでも二人への感謝の意味も込めて、僕はとっておきの話をすることに決めた。

 

「…僕ね、実はお兄ちゃんがいるの」

 

「「………‼︎」」

 

…本当の話をちょっとだけ大げさにした上で。

 

「えっ…それってホントの話?」

 

「うん!僕の大好きなお兄ちゃんだよ!」

 

「ふ〜ん…どんな人?」

 

あ、やっぱり翔鶴お姉ちゃんは信じてないな?よーし…

 

「あのね、一言でいえばすっごく優しい人!確か今年で23だったかな?もちろん僕と同じ重桜軍人だよ!…元だけど」

 

「…元?」

 

「…今はもう退役しているの?」

 

「ううん、今は鉄血にいるの…でも凄いんだよ?18歳の頃に交換留学で渡った鉄血で成功して、今は向こうの指揮官にまでなったんだから‼︎」

 

「ええっ⁉︎…橘一族って鉄血でも出世出来るの…?」

 

「血筋じゃなくてその人の努力あってのものよ…そうでしょ神威?」

 

…これ以上はバレたら本当に処罰されるぐらいの機密事項になってしまうし、瑞鶴お姉ちゃんはともかく、翔鶴お姉ちゃんにはもうお見通しみたいだった。

 

「うん、そうだね…あくまで僕が大好きだからそう思ってるだけで、お兄ちゃんと血縁関係はないんだ」

 

「なーんだ…じゃあ義兄弟ってやつ?」

 

「うん!…それに、お父さん以外に初めて好きになった人だよ!」

 

「……!」

 

…カタッ

 

お姉ちゃん達はミシンを止めずに話を聞いてくれていたのだけれど、ふいに翔鶴お姉ちゃんだけがミシンを縫う手を止めた。

 

「…お姉ちゃん?」

 

「あはは、なんでもないですよ…袖の部分、ちょっと縫い過ぎちゃったかしら…」

 

…普段は考えてる事が読みにくいのに、何故か動揺していることだけは僕でもすぐ分かった。

 

「……よっしゃ!面白い話も聞けたし、今度こそお姉ちゃん達頑張るから、神威はお部屋で…ううん、どうせならお外で遊んでおいで!」

 

「…もういいの?」

 

「もちろん!…それにちょっと翔鶴姉と話したいこともあるし…ね?」

 

「…うん、分かった!僕待ってるね!」

 

それについては瑞鶴お姉ちゃんも思う節があるようだったから、僕はもう何も考えずお言葉に甘えて二人の部屋を後にした。

 

____________

 

「…相手の人は男なんだし、心配しなくても大丈夫よ、翔鶴姉!」

 

「…そんなに顔に出てた?」

 

「うん!…多分神威も気付いたんじゃない?」

 

「そっか…ふふっ、いっそのこと全部気付いてくれればいいのに…」

 

「…まぁ…神威はまだ子供なんだから、そういうのはまだ分からないんじゃないかな…」

 

「そうよね…」

 

「…だけど私達の自慢の「弟」なんだって、そうアピールしたいんでしょ?だったらやるしかないよ!」

 

「…ありがとう瑞鶴…貴女は世界一の妹よ…」

 

「や、やだなぁ翔鶴姉ったら…///」

 

____________

 

「…ただいま!」

 

「神威?…なんだ、もう用事は済んだのか?」

 

「うん!」

 

頼れる副官としてではなく、無邪気な子供の面影を残したままで神威は執務室に帰ってきた。

 

「…お父さんの予想より正直ずっと早かったが…心なしか行く前よりいい顔をしているな?」

 

「えへへ…楽しみが増えたよ、お父さん」

 

「ははっ、そっかそっか…」

 

手元のスマホで確認してみるとまだ数十分ぐらいしか経過していなかったが…これ以上の詮索は無用だろう。

 

「…ヨシ!なら今度はお父さんがお前を楽しませる番だな!…ついておいで!」

 

「はーいっ‼︎」

 

それではここから皆様には俺達の親子水入らずのひと時を…尺の都合上ダイジェストでご覧頂くとしよう!

 

____________

 

ブロロロロ…

 

「ドライブなんて久々だね、お父さん!」

 

「忙しくなる前くらい、たまにはこうして息抜きしないとな!」

 

「そんな事言ってぇ〜本当はお父さんも遊びたかっただけでしょ!」

 

「はははっ、バレたか!そうとも!お父さん精神年齢ならお前より若い自信があるぞ!」

 

「…あっ、お父さん!海見て!」

 

「どうした⁉︎……って何も代わり映えは…」

 

「イルカ!イルカの群れだよ!あの大きな積乱雲の根本の方!」

 

「…おおーっ⁉︎すげぇ群れ!十匹はいるな…!お前は目も良いんだなぁ神威!」

 

「えっへん!…それに誰かさん(お父さん)に似て顔も良いと思うんだけど?」

 

「あぁ、誰かさん(お母さん)そっくりの美形だ!」

 

____________

 

グゥゥゥゥ…

 

「…お父さん、お腹空いたね…」

 

「俺達昼飯抜いたからなぁ…せっかく街に来たんだし、晩飯前だけど何か食べていくか?」

 

「なら僕クレープが食べたい!」

 

「おっ、いいねぇ!…何味がいい?」

 

「チョコバナナ!」

 

「お前は迷いないな〜…それじゃ一緒に入ろうか」

 

「はーい♡」

 

カランカラン…

 

「ありがとうございました〜!…あ、いらっしゃいませ!」

 

「すみません、チョコバナナ味のクレープはありますか?」

 

「はい、ございます!」

 

「ではそれを二つ…」

 

「お姉さん!一番大きいやつを一つ!」

 

「えっ?」

 

「えーっと…お一つ、でいいのかな?」

 

「うん!お父さんと半分こするの!」

 

「…お前って子は」

 

「ふふふ…とても可愛い娘さんですね」

 

「あっ、いやこの子は…」

 

「ありがとお姉さん!よく言われる♡」

 

(…俺も錯覚しそうだぞ、息子ちゃんよ)

 

____________

 

「…さて、そろそろ帰ろうか」

 

「…まだいいんじゃない?」

 

「そうは言っても夕方だしな…皆も心配するかもしれんし…んっ?」

 

「どうしたの?」

 

「いや…こんな所にカラオケあったのか」

 

「…そうだ!最後にカラオケして帰ろうよ!」

 

「…風呂場で歌うのじゃダメか?」

 

「お願い!なんでもデュエットしてあげるから!」

 

「入ろう!!!」

 

「やったーっ♪」

 

そして、数分後…

 

 

「「そびえ立〜つ〜♪その勇姿で〜♪駆け抜け〜ろ〜♪愛の宇宙(そら)を〜♪」」

 

 

…結局のところ俺達のカラオケは異様に盛り上がり、冷や汗ダラダラで帰った後は三笠・天城・長門の御三家に、そして何故か神威は五航戦の二人からも死ぬ程怒られたのは言うまでもない。

 

____________

 

「…なぁ、着替えってそんなに時間掛かるのか?」

 

「もうちょっとだから…!」

 

地獄のような説教からようやく解放されて寝床に戻れた俺に対し、突然神威から見せたい物があると言われ、背中を向けて着替えを待つ事10分弱…

 

「出来た…‼︎」

 

ついにその時は来れり。

 

「どれどれ……ハッ…⁉︎そ、その格好は…⁉︎」

 

…神威が身に(まと)っている艶やかな紅と純白の着物は普段から見慣れているようで、けれど本来の所有者である二人の配色とも異なる。月明かりしかない薄暗い寝室でも繊維の一本一本が丹念に織り込まれているのが分かる、まさに職人仕上げ…そして何より!

 

「…ふふっ…似合わない、なんて言わせませんよ?」

 

最も特徴的な袖の部分で、翔鶴の真似なのか上品に口元を隠しながらそう言った神威はもはや百年に一度レベルの美少女にしか見えず、色んな意味でテンションがおかしくなった俺は思わずこう叫んだ‼︎

 

「七五三!七五三じゃないか‼︎」

 

「おバカッ⁉︎」ボカッ‼︎

 

「ぐふっ…⁉︎」

 

…そして人生初となる愛息子からのマジパンチによって俺は正気に戻った。

 

「…い、いい拳だ…世界を獲れる右だぜ…」

 

「もう!言うことが違うでしょ⁉︎」

 

「……あぁ、凄く似合うよ…」

 

「…うん!それが聞きたかったの!」

 

「…ついでに少しだけ大切な話をするから、そこにおかけなさい神威」

 

「…はい」

 

…神威が五航戦の二人からこれを賜った経緯を探るつもりはないが、たまには威厳のある父親っぽく振る舞うとするか。

 

「いいか神威…お前の気に入っている髪飾り、そして今見せてくれたばかりの着物…それは言うならばお前が信頼されている証拠だと、お父さんは思うんだ」

 

「うん」

 

「これからも気の優しいお前には贈り物をくれる子がいるかもしれない。それは物じゃなくて経験だったり思い出の類いかもしれないが…どんな物でも大切にすると、まずは一つお父さんに約束して欲しい」

 

「分かりました、約束します」

 

「ありがとう…ではもう一つだけ。こんなに素敵な物を賜ったからには、それに相応しいだけの恩返しをしなさい」

 

「恩返し…」

 

「勿論それは物の贈り返しでなくてもいいが、これは礼儀作法云々というより男の子としての義務だ…分かるね?」

 

「…はい!」

 

…外見はともかく、こうした時に見せる顔は確かに男の子のそれだ。俺の伝えたい事も完璧に汲んでくれているようだし、何も心配要らないな…

 

「ならヨシ!…さ、後はそれを脱いで早く寝るとしよう」

 

「えーっ⁉︎もう脱ぐの⁉︎着付け大変だったのに…」

 

「シワをつける訳にもいかんだろ…橘一族の家宝となるべき物なんだから」

 

「…えっ…」

 

「お前が大きくなっていつか着れなくなったとしても、この着物は家宝として俺が守り抜くとも…恩返しとはこういう事でもあるんだぞ、神威?」

 

「…ありがとうお父さん…」

 

「…お前もいつかお父さんになったら、自分の子供にこういう事をしてあげてね」

 

「…約束するよ!」

 

…澪、貴女も見てるかな…俺達の子供はこんなにも早く、毎日立派になっていってるよ…

 

____________

 

…昨日は我ながら大胆かつ強引に振る舞った自覚はあるけれど、少なくともあの子はとても喜んでくれた…そう思う。

 

「…翔鶴姉?」

 

それでもやっぱり皆の前で見せびらかすような真似をする子ではないし、艦隊が本格的に稼働するのも来週からで、稽古も無い非番の日は暇で仕方ない…

 

「わっ、翔鶴姉!お茶こぼれてる!」

 

「えっ?…あっ…ごめんなさい瑞鶴、すぐ拭くから…」

 

「いいよいいよ、私がする…火傷してない?」

 

「大丈夫よ…ありがとう瑞鶴」

 

刀の手入れをしていた妹に指摘されるまで、お茶の淹れ過ぎにも気付かないほどの気の抜けようだ。当然笛の練習にも身が入らなかった…

 

「…今日は朝から心ここにあらず、って感じね…悩みなら聞くよ?」

 

「…貴女には言いにくいわね」

 

「もう!なにそれ⁉︎」

 

「ふふっ…ちょっと元気出た」

 

このまま妹に心配を掛け続けるのは私の望む事ではないし、気晴らしに出掛けるかそれとも昼寝でもするか…

 

トントン…トントントントン…

 

そんな時、やけに慌ただしいノックが来訪者の存在を告げる。

 

「…誰だろ?」

 

「私が出るわ」

 

ガチャッ

 

「はい?」

 

「えへへ……き、来ちゃった…///」

 

…そこには私達の想いを完璧に着こなした、可愛い神威()がいた。

 

「…ふふっ、いらっしゃい…ほら上がって?」

 

「うん…お、お邪魔します…」

 

呼ばずに来たのは意外にもこれが初めてで、何故か髪も呼吸も乱れていたけれど…私はこの子を視界に入れただけで、自分でもびっくりするぐらい自然な笑顔を浮かべているのが分かった。

 

「あれっ、神威?…そんなに息切らしてどうしたの?」

 

「あはは…はぁ…ここに来る途中で…葛城に捕まっちゃって…質問攻めに…」

 

「あー…なるほど…」

 

重桜空母の中でも龍驤に次いで小柄な葛城は、何を隠そう話が長い。良い子ではあるのだが…むしろよく神威が振り切れたなとさえ思う。

 

「…頑張りましたね、神威」

 

「葛城には悪いことしちゃったけどね…でも、どうしても伝えたい大事な用事があったから…」

 

…そう言いながら頬を赤らめる神威を見て、その大事な用事が業務連絡の類いと思う者は居ないだろう…

 

「まぁ…ちょっと待っててね、とりあえずお茶でも…」

 

「あーダメダメ!翔鶴姉はこぼすから!瑞鶴お姉ちゃんに任せてなさい!」

 

「…もう」

 

…おまけに優しい妹が気を利かせて私の退路を断つ。

 

「ううん、お茶はいいよ…お気持ちだけ頂きます。だから…瑞鶴お姉ちゃんも聞いてくれる?」

 

「…うん?」

 

「あの…そのね…」

 

だが神威はそれを制して、気恥ずかしさに小さな身体を揺らしながら…それでも勇気を振り絞ってこう言ってのけた。

 

「ぼ、僕と!…デートしてくださいっ‼︎///」

 

「「……!!」」

 

…きっと、今の私は瑞鶴とは同じ表情をしていない。

 

「…どっちと?」

 

「えっ?」

 

数秒のようで数十秒にも感じられた沈黙の後、おもむろに瑞鶴が神威へ問い詰めた。

 

「私達二人いるんだよ?…まさかデートさえ出来たらどっちでもいいなんて言わな…」

 

「り、両方‼︎」

 

「いよね…えっ?」

 

「…両方(ふたりとも)じゃ…ダメ…?」

 

…咄嗟の事でどちらかを選べなかったのか、それとも選ばれなかった方を傷付けたくなかったのか…いずれにせよなんとも神威らしい答えだ。

 

「…〜っ!よく言った!それでこそ男の子よ‼︎」

 

「ほ、本当⁉︎…じゃあ…!」

 

「うん!…正直両方とは予想してなかったけど、私はOKよ!」

 

「…翔鶴お姉ちゃんは?」

 

「もう…ずるいですよ、神威ったら…」

 

「えへへ…」

 

瑞鶴がどんな返事を予想していたかはともかく、私としても神威を部屋に招き入れた時から答えは決まっていたようなものだ。ならば…

 

「…じゃあせっかく誘ってきたんですから、ちゃんとお姉ちゃん達をエスコートしてくださいね?」

 

「もちろん!…少しだけ手伝ってもらえたら、だけど…」

 

「…!こないだみたいなホラー映画ならお姉ちゃん断るからね⁉︎」

 

「ごめんってば…でも違うよ?お姉ちゃん達じゃないと出来ない事だから…」

 

「…?」

 

____________

 

「て、店長!空から女の子達が!」

 

「あん?……馬鹿野郎‼︎真ん中は男だ‼︎」

 

「ええーっ⁉︎」

 

「ほら、二階の座敷だ‼︎…開けてやれ‼︎」

 

「へ、へいっ‼︎」

 

____________

 

「あいお待ちどう…鴨南蛮とカツ丼、それと天ぷら特盛海老3倍ね」

 

「ありがとうおやっさん!」

 

「うわぁ…!美味しそうだよ翔鶴姉‼︎」

 

「ふふっ、そんなにはしゃがないの…」

 

五航戦のお姉ちゃん二人に抱えてもらう形での遊覧飛行を満喫した後は、お昼ご飯を食べる為にお父さん行きつけのお蕎麦屋さんへと転がり込んだ…もちろん今朝のうちに予約は済ませてある。

 

「しかし…まさか本当に空から来るたぁねぇ…しかもこんな別嬪さん(はべ)らせて、お揃いの袖付き着込んでよぉ…出世祝いかい坊っちゃん?」

 

「えへへ…今日はいいご身分って自覚あるよ♪」

 

お店の大将、愛称おやっさんは僕のお父さん譲りの性格も熟知してくれている。だからこそKAN-SENが入って来ても動じないどころか、絶対に口外しないとまで約束してくれた。

 

「…瑞鶴、まずは自己紹介しておきましょう」

 

「そうね!…初めましておやっさん!私は瑞鶴っていいます!妹の方よ!」

 

「同じく第五航空戦隊旗艦、姉の翔鶴と申します…今日は急な来店になりましたが対応ありがとうございます、おじ様♪」

 

「第五航空…?おぉ…そうかい、アンタらが五航戦っていう嬢さん達か…旦那から話に聞いてる、ゆっくりしていきなよ」

 

「………」

 

自己紹介を済ませた二人が五航戦だと一瞬で理解したという事は、お父さんからも結構詳しく聞いているんだろうけど…大人同士で一体何の話したのかな…というか機密は大丈夫…って僕の言える義理じゃないか。

 

「…で、結局どっちが坊っちゃんの「いい(ひと)」なんだい?」

 

「いきなり⁉︎」

 

「そりゃおめぇ気になるだろ!…で、どうなんだ?」

 

「え、えーっと…」

 

「両方じゃダメ?」

 

「そうそう両方!…えっ⁉︎///」

 

突然の展開に戸惑う僕に入れ知恵するように、口元を袖で隠しながら翔鶴お姉ちゃんがそう言った。

 

「あはは…あっ、でもねおやっさん?ここだけの話、多分私よりも翔鶴姉の方がずっと神威のこと…」

 

「ず、瑞鶴‼︎」

 

「はははっ!…流石は坊っちゃんだ、もう旦那以上の(たら)しかもしれねぇなぁ…」

 

「…褒め言葉?」

 

「あたぼうよ…坊っちゃんは坊っちゃんが思ってるよりずっと多くの人から愛されてるのさ。人間そうじゃねぇと幸せに生きていけねぇからな…幾つになっても、それだけは絶対に忘れなさんなよ…」

 

「…うん!」

 

…おやっさんの言葉通り、お父さんや研究員の皆、KAN-SEN達…そして五航戦のお姉ちゃん達とおやっさん自身も僕を愛してくれてる人の一人だろう。

 

「…じゃ、聞くもん聞けたし戻るかね…後は上手くやりなよ坊っちゃん」

 

「…あっ!待っておやっさん!お金!」

 

「ツケにしとくぜ」

 

…そして僕達に気を遣ってくれたのか、おやっさんは素敵過ぎる捨て台詞と共にクールに去っていった。

 

「…もう、格好良いんですから…」

 

「本当、素敵なおじ様ね…それじゃあ神威、ご好意に甘えてそろそろ頂きましょう?」

 

「…うん、そうだね!」

 

「えへへっ、頂きまーす!」

 

…ちゃんと恩返しになっているかはともかく、僕は五航戦のお姉ちゃん達と心ゆくまでお昼ご飯を満喫したのだった…

 

____________

 

(…この時間になっても帰って来ないという事は…どうやら上手くいったかな…)

 

「旦那様?手が止まっていますよ」

 

「おおっ、すまなんだ…ふんっ…!」

 

久方ぶりに神威の補助無しで指揮官としての業務を遂行していた俺は、戦いの場を執務室から厨房へと移し、そして鳳翔と共に海軍カレーを作っている…な、何を言っているのかわからねーと思うが(ry

 

「ふふっ…旦那様もやはり人の子ですね…そろそろ代わりましょうか?」

 

「いいや…!俺の勝手な気紛れで申し訳ないが、今日は皆に俺の作った飯を食わせたいんだ…!」

 

海軍と言えばカレー。そして今日は金曜日なのだ。それはまあ良しとして、何故俺自らが作ってるかと言えば…指揮官としての業務に疲れたからである。それ以上でもそれ以下でもない。

 

「それにこれは…文句一つ言わず皆の食事を作ってくれる、鳳翔君に対する俺なりの労いでもあるんだからな…!」

 

「まぁ…旦那様ったら…」

 

確かに偽らざる本心だが…総勢百隻をゆうに超えている艦隊規模の調理鍋の重さを甘く見ていた。正直後悔もしている。

 

「…けれど、それ以外の用事もおありなのでしょう?」

 

「…何故分かったんだ?」

 

「話を切り出そうとはしていても、中々言いそびれているご様子ですから…」

 

「…流石、俺をよく知ってくれている…君に嘘は付けないなぁ、鳳翔君…」

 

…そして鳳翔が察してくれた通り、俺は彼女に相談したい事もあったのだ。

 

「…実は君に聞いて欲しい事があってね」

 

「…他人行儀をお辞め頂けるのでしたら、お聞き致します」

 

「分かった…では改めて、鳳翔。お前に聞いて欲しい…これでいいか?」

 

「はい…ありがとうございます、旦那様」

 

「礼を言うのはこっちの方さ…」

 

艦隊のオカンとしてではなく、一人の女性の顔になった鳳翔に対し、俺は早速切り出した。

 

「実は最近…世継ぎの候補者を考えているんだ」

 

「まあ…まだ気の早いお考えではありませんか?」

 

「俺もそう思うよ…だがこれはむしろ、神威の願いと言ってもいい」

 

「詳しくお聞かせくださいませ」

 

「ありがとう、鳳翔」

 

そして俺は慎重に言葉を選びつつ…神威が母親を恋しいと思っていること、俺自身は再婚を考えていないこと、物は揃っているので神威にその気があれば「ケッコン」を認めなくもないこと…それらをありのまま伝えた。

 

「なるほど…それでお世継ぎ探しという訳ですね」

 

「…分かってくれるか?」

 

「えぇ…つまり、若旦那様がお母様を恋しく思われるのは若旦那様がまだ幼いからであって、世継ぎの相手さえ見つかってしまえば自然と愛の矛先もそちらに向くだろう…という事かしら?」

 

「あぁ…詭弁(きべん)だとは分かっていたが、こうも正確に言語化されると…辛いな」

 

「旦那様、あまりご自分を責めてはなりませんよ…一人の親として我が子の願いを叶えたいという想いには、正解という物もないでしょう?」

 

「…ありがとう。救われるよ、鳳翔」

 

正直一番最初に誰に相談するかはかなり迷ったが、これが聞けただけでも鳳翔を選んだ事は間違いなく正解だったと思えた。

 

「どう致しまして…それで、具体的な候補者というのもある程度お決まりですか?」

 

「いや、まだ考えているだけさ…それに最終的に決めるのはあの子だから、俺としては誰が挨拶に来たとしても無下にするつもりはないよ」

 

「あら…私にもまだチャンスが?」

 

「お前からお義父さんと呼ばれるようになるのか?勘弁してくれよな…」

 

「ふふっ…」

 

…話をする度に思うが、素敵な女性だ。もし妻と出会う前に鳳翔に出逢っていたなら…そう思わない事もないが、鳳翔や皆に出逢えたきっかけを考えれば運命とは難儀なものだ。

 

「…でしたら旦那様、一つご提案が」

 

「何なりと言ってくれ」

 

「カレーが出来るまではまだしばらくかかりますし…誰が一番に若旦那様を射止めるのかを予想だけでもしてみては?」

 

「ほう…それはつまり…」

 

「はい、「いめぇじとれーにんぐ」とでも言うのかしら?」

 

鳳翔は珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべてそう提案してくれたが、心の準備というのは確かに事前に済ませておくべきことだろう。

 

「なるほど…ではまずあの子の交友関係を整理して、それから予想してみよう」

 

「というと…駆逐艦と潜水艦が大半で、それと一部の巡洋艦にほんの少しの空母と戦艦…それ以外のKAN-SENはみーんな旦那様に夢中ですものね〜♡」

 

「おいおい、買い被るなよ…概ねそんな感じなんだが」

 

「その中で一番早く動きそうな娘と言えば…やっぱり愛宕さんでしょうか?」

 

「うっ…」

 

…避けては通れない名前だ、分かっていた事だ…過剰なぐらいだが神威への愛情は揺るぎないものがあるし、事実として神威の方も懐いている。個人の見解だが世間的に見ても絶世の美女と言えるだろうし、力量も申し分ない。性格も…いや…

 

「…その…なんだ…一緒になったが最後、あの子の純潔が食い荒らされそうな事を抜きにすれば完璧な相手とは思うんだが…」

 

「ああいうタイプは一度思う存分愉しませれば案外すぐに落ち着きますよ〜」

 

「手遅れなんだよなぁ…」

 

「なら…いわゆる幼妻と呼ばれるかもしれませんが、駆逐艦や潜水艦の子の方がいいのかしら?」

 

「ふーむ…」

 

確かに相性は良さそうだ。誰と一緒になっても神威は真摯な愛を捧げられるだろうし、俺も不満はない…しかし…

 

「…KAN-SENは歳を重ねないからな…いつかあの子が成人して歳を重ねていくにつれ、お互いに戸惑いが生じないだろうか…?」

 

「それは誰に限った話でもありません…そしてその程度で揺らぐなら、それは本当に愛情と呼べるのかしら?」

 

「…深いな」

 

「若旦那様のお相手ですもの、私だって生半可な覚悟で努めて欲しくはありませんよ…」

 

(覚悟、か…)

 

ここまで来て俺の脳裏には二つの名前がよぎったが…それはそれで神威がどちらを選ぶのか、そもそも選べるのかという問題もあったから、俺は口に出さなかった。

 

「…それはそうと…あくまで親心としてですが、旦那様は出来ればこの娘と一緒になって欲しいというお気に入りはいたりします?」

 

「…お気に入りというのは傲慢な気もするが、いないと言うのも嘘になる」

 

「あら…ならこの際ですからその方々もお聞かせくださいませ」

 

「うーん…そうだな…」

 

俺はうっかり前述の二人の名前を出してしまわないよう気をつけつつ、神威の伴侶に相応しい…あるいは俺自身が「お義父さん」と呼ばれても問題ない面子を思い浮かべた。

 

「筑摩君や神通君なんかはしっかりしているし、今はともかく一緒になれば神威の事も立ててくれそうだな…そうだ、比叡君!彼女なんて完璧なんじゃなかろうか⁉︎」

 

「…なるほど、旦那様はやはりお淑やかな女性が好みのタイプのようですね…」

 

「いや、俺好みの相手という訳では…」

 

「違うんですか?」

 

「…違わないが、そういう鳳翔は誰が良いと思う?」

 

「私なら…そうですね、若旦那様は押しに弱い御方ですし…出雲さんや紀井さんのような姉御肌の尻に敷かれるのも、それはそれで良いのではないでしょうか」

 

「あぁ〜いいとこ突いて来たな…」

 

…尻に敷かれると聞いて、出雲はともかく紀井のやたらとデカい尻に文字通り敷かれる神威がすぐさま思い浮かんだ俺は父親失格であろう。

 

「…でも…結局一番は若旦那様が好きになった方と円満に結ばれる事ですね」

 

「そうだな…それは間違いない…俺もそうだったように…」

 

まぁ神威にはこんな間抜けな父親のようにならず、けれども俺と同じように一生を賭けて愛し抜ける相手に巡り合って欲しい…それだけを願いつつ、俺達はもうそれ以上何も語らずにひたすらカレー作りに没頭していった。

 

____________

 

「えっ、今日のカレーは指揮官が作ったのか‼︎」

 

「あぁ、しっかり食え!もちろんおかわりもいいぞ‼︎」

 

「じゃあ夕立のはお肉山盛り!…あとニンジンいらない!」

 

「おっと、後半部分が聞こえなかった」

 

「あーっ⁉︎なんでニンジン入れるんだよ!このバカ指揮か…」

 

「バカ指揮官…?」

 

「鳳翔君」

 

「…や、やっぱりニンジンちょうだい指揮官…」

 

「ほいきた」

 

「ふふっ…お残しは許しまへんで〜♪」

 

…色々と懐かしい台詞と共に、夫婦みたいな手際の良さで夕立のカレーを盛るお父さんと鳳翔さん。どういう気紛れなのかはわからないけど、お父さんの作ったカレーは大好評で群がるKAN-SENは後を絶たない。

 

「あの…しきかん…」

 

「あぁ如月ちゃん、お待たせしました」

 

「その…如月、からいのは…」

 

「大丈夫。ちゃんとリンゴとハチミツで作ったのも用意してあるよ…これなら食べられるか?」

 

「…うん!」

 

「よかったよかった!…競争じゃないからゆっくりお食べ、こぼさないよう気を付けてね」

 

誰にでも優しいお父さんが皆に慕われるのは息子として僕も誇らしい。でも本当は、そんなお父さんを優しく見守る鳳翔さんが甘口の方のカレーを作ったんだろうな…

 

「…そういえば神威ちゃん」

 

「…えっ?あっ、なに?」

 

なんてボーッと見てたら隣に居る愛宕お姉ちゃんから声を掛けられた。ちなみに「今日の四人」は愛宕お姉ちゃん、夕立、山城さん、比叡さん。前者二名が僕の隣で、後者二名がお父さんの隣の席だ。

 

「この間も今日のお昼もお仕事ばっかりしてたみたいだけど…大丈夫?無理してない?」

 

「あはは、たまたま忙しかっただけだよ…ありがとう愛宕お姉ちゃん」

 

前回は本当にお仕事に励んでいたけど、今日に限っては五航戦のお姉ちゃん達とデートする為の口実にしました…とは口が裂けても言えないな…

 

「そう…でも本当に辛い時は指揮官だけじゃなくてお姉さんにも頼って頂戴。お姉さんなんでも聞いて、なんでもしてあげるから…」

 

愛宕お姉ちゃんは色んな感情が混じってそうな表情と声色でそう言ってくれた。

 

「…懐かしいね…半年前もそう言って僕の看病してくれたっけ…」

 

「そっか…もうあれから半年も経ったのね…」

 

今から半年前…風邪を引いて廊下で倒れてた僕を見つけてくれた愛宕お姉ちゃんに、付きっきりで看病してもらって…その時言ってもらえた僕の大好きな言葉の一つ。まだ右も左も分からなかった頃から今日までずっと、愛宕お姉ちゃんは僕の味方の一人だ。

 

「…でもいつの間にかたくさん「お姉ちゃん」が増えてて、お姉さんちょっと悲しいわ」

 

「うっ…愛宕お姉ちゃんのおかげで他の皆にも慣れたから…ってことじゃダメ?」

 

「ふふっ、別に怒ってる訳じゃないのよ?ただ…お姉さんのこと、どう思ってるのかなーってたまに心配になっちゃう…」

 

「………」

 

こんな顔をしている愛宕お姉ちゃんは初めて見たけれど…僕はそれを「寂しい」という感情のように感じた。

 

「…ねぇ愛宕お姉ちゃん、「コレ」ってどこで見つけてくれたの?」

 

「あら、その髪飾り?明石ちゃんのお店で売ってあったのよ。ちょっと高かったけどね…神威ちゃんに似合うと思ったからお姉さん奮発しちゃった♪」

 

「そうなんだ!…じゃあ今度は僕がお返ししてもいい?」

 

「…えっ?」

 

「その…髪飾りみたいに素敵な物とかじゃないけど…いつかきっとお返しするから、だから待っててくれる?」

 

「…!」

 

意を決してそう伝えると愛宕お姉ちゃんは一瞬だけ目を見開いて…そしてすぐ細めた後に僕の頭を優しく撫でてくれた。

 

「ありがとう神威ちゃん…お姉さん、その気持ちだけで充分よ…」

 

「…遠慮しなくていいのに」

 

「そう?…それじゃあ期待しちゃうわよ?」

 

「うん!…待たせる分、絶対満足させるからね!」

 

「はぁぁ神威ちゃん…っ!」ギュウゥゥ…

 

「んむむむっ…⁉︎」

 

…流石は重桜が誇る高雄型。すごい装甲。なのに暖かくて柔らかい…あっ、ダメだもう意識が…

 

「愛宕君。その辺で」

 

「もう!いいところなのに!」

 

「ぷはぁっ‼︎…ひーっ…ひーっ…」

 

…どうにかお空に飛ぶ寸前でお父さんが割って入ってくれた。

 

「殿様、お帰りなさい!」

 

「ただいま山城君…といっても俺はこれから少し研究所の方に行くよ」

 

よく見るとお父さんは結構な量のカレーが入った鍋を片手で軽々と抱えている。15…いや、20kg以上はありそうだけど、やっぱり鍛え方が違うんだなぁ…

 

「カレーのおすそわけですか?なら殿様!山城が運びます!」

 

「ありがとう山城君。でもいいんだ、これは俺が運ぶ事に意味があるからな…また今度お願いするよ」

 

「むーっ…約束ですよ!」

 

「無論だとも」

 

お父さんの言う事はもっともだし、山城さんにカレーを運ばせたら最後だろうからその点でも賢明な判断…なのかな。

 

「それじゃぼちぼち行ってくる…なぁ神威、お前からも何か言付けはあるか?」

 

「んー…じゃあ「夜勤さん達、いつもお仕事ご苦労様です。無理と居眠りだけはしないでね」…そう伝えて頂けますか、指揮官?」

 

「心得た。ではそういう訳だから、皆は気にせずカレーを満喫してくれ…愛宕君も程々にな」

 

「わ、分かってるわよ!」

 

「はははっ、ならいい…それと、比叡君」

 

「はい指揮官様。後のことは全てお任せください」

 

(…うーむ、この実家のような安心感…やはり嫁にいいかも…)

 

…それでもお父さんは比叡さんに返事をする事も忘れて、少し考え事?…をしながら食堂を後にした。

 

「はい神威ちゃん、あーん♡」

 

「えっ?あっ…」

 

「あーん♡」

 

「…はむっ」

 

そしてお父さんという名の監視員がいなくなった瞬間、愛宕お姉ちゃんは僕にカレーを食べさせてくれる。まぁ愛宕お姉ちゃんが僕の隣を引くたび毎回してもらえるんだけど…

 

(…愛宕が羽目を外さないよう見ていろ、という事ですわね…畏まりましたわ、指揮官様…)

 

(うぅ…今日は一段と凄い視線が…)

 

…毎度たくさんのKAN-SENから、そして今日は何故か比叡さんからも色んな感情の篭った視線が僕達に集中していることを、幸せそうな愛宕お姉ちゃんだけがいつも気付かない。

 

____________

 

我が重桜艦隊に所属する技術研究員は、神威を含め総勢14名。艦隊規模に対するマンパワーとしては微々たるものだが、それでも300人を越えていたかつての俺の教え子達から選び抜いた精鋭である彼等の連帯能力、そしてその揺るぎない忠誠心は何物にも変え難い。

 

「…!准将!お疲れ様です!」

 

「「「お疲れ様です!!!」」」

 

「いい反応だ…夜勤ご苦労様」

 

「各員敬礼‼︎」

 

ザッ!

 

「…もういいぞ」

 

「ハッ!」

 

計画発動前である以上、技術研究員と言えど夜勤業務はもっぱら母港の警備員的な側面が強く、何名かの部下はリラックスした様子で業務中だったが…研究所に足を踏み入れた瞬間俺の気配を察知するなり見事な敬礼を送ってくれた。

 

「…失礼ながら准将。その鍋と食器類は?」

 

「よくぞ聞いてくれた。まぁいつも通りの気まぐれだが、今日は金曜という事もあるし差し入れを兼ねてカレーを作ってな。お前達の口に合えば良いのだが…」

 

「本当ですか⁉︎ありがとうございます准将!…おいお前達!准将から海軍カレーの差し入れだぞ‼︎」

 

「…えっ、何だって⁉︎」

 

「あー、それでその鍋か…」

 

「待ってくれ、今日って金曜なのか…?」

 

「お前はそこからかよ」

 

奥の方にいた研究員も次々に俺とカレーの元へと集まってくる。この場に居ない人物と言えばただ一人、この研究所の最高責任者で神威直属の上司たる研究主任のみだ。

 

「電源確認と進捗状況の保存が終わり次第、各自休憩としなさい…それと誠さんはどちらに?」

 

「主任でしたら開発ドックで最終調整中かと思われます」

 

「分かった。少し話してくる…ちゃんと誠さんの分もとっておくように」

 

「了解です!」

 

「うめ……うめ……」

 

「…食い過ぎには注意しろよ」

 

神威とはまた違う意味で可愛い部下達が、子供のような無邪気さでカレーを頬張るのを流し見つつ、俺は開発ドックへと急いだ。

 

____________

 

「失礼致します」

 

開発ドックに設置されたモニターの前にひとり座す男。生身の右手と機械の左手で別々のパネルを弾きながら、しかしそのどちらにも視線を注ぐことはない。彼の視線は吾妻に関する資料の映し出されたモニターにのみ向けられていて、自分の入力する情報などは指先だけが知っていればいいと言わんばかりであった。

 

「…おや、准将でしたか…気付くのが遅くなり申し訳ありません。歳は取りたくないものですな」

 

男の名は枢木(くるるぎ)(まこと)。年齢は58歳、階級は大尉。今でこそ神威とは別の次元での参謀たる存在だが、かつては俺の直属の上官でもあったから運命というものは本当に分からない。

 

「お疲れ様です…失礼ながら、義手の使い勝手は如何でしょうか?」

 

「私の失った左手よりも自由なのではないかと錯覚する程ですよ…貴方と貴方の御子息に仕える我が身が誇らしく思えます」

 

「勿体ないお言葉です…そこまで言って頂けるならあの子もとても喜ぶでしょう」

 

誠さんはかつてのセイレーン侵攻の際に左手を失った、いわゆる傷痍(しょうい)軍人でもある。そのせいで最前線を離れ、技術研究員として活動する事を余儀なくされたが…やがてKAN-SENが開発された事で戦況も落ち着いた上に、後に産まれた我が子が独学で義手を作成するに至ったのだから本当に運命とは(ry

 

「竜胆?」

 

「ハッ、失礼…回想に(ふけ)ってしまいました」

 

「ふふっ…未だに名前で呼ばれるのは苦手なようですな」

 

「…両親が居ない以上、お上と誠さんぐらいしか呼ぶ人間もいませんからね」

 

「だが今ではお前も父親になったのだ。弱音を吐かずしっかりしなさい」

 

「…お父さんの真似ですか?」

 

「ええ、彼ならきっと貴方にそう言ったかと」

 

…そして何より誠さんは我が最愛の父と同期で、おまけに若かりし頃は我が最愛の母を取り合った仲でもあるらしい。世界は広いが世の中とは案外狭いものだ…

 

「…ありがとう誠さん。元気が出ました」

 

「それは何よりです…ところで、今更聞きにくいのですが…ご要件は?」

 

「来週から息子と…それと吾妻の開発を宜しくお願い致します」

 

「双方お任せくださいませ…ついでに開発希望期間もお伺いしておきましょう」

 

「一ヶ月、可能であれば3週間で」

 

「畏まりました」

 

「ご厚情痛み入ります」

 

我ながら無理難題に等しい要求をしているが、俺の愛する部下達はそうした不可能を可能にしてきてくれた歴戦の猛者達だ。海の上で砲火を交わす女達を、陸の上で支える男達がいても良いだろう…時代は変わるものだ。適応出来る奴だけが、いつだって長生きする。

 

「それと…お口に合うかはともかく、差し入れとして海軍カレーを持参しております」

 

「それはそれは…彼らも喜びそうです」

 

「えぇ、先に食べさせた部下達からは好評でした。誠さんも業務が落ち着き次第お召し上がりください」

 

「そうさせて頂きますね」

 

「…では私はこれで…」

 

「…准将。プライベートなお悩みをお待ちなのでしたら、私は相談に乗りますよ」

 

…そして俺の目の前にいる元上司兼、腹心の部下は何も言っていないのに俺の悩みを探り当てたが…今日に限って生憎もう間に合ってしまっていた。

 

「ありがとうございます誠さん。ですがそちらの件に関しては既に鳳翔にだけ相談しております…お察しの通り息子に関する事ですが」

 

「それは失礼致しました。彼女ならば安心でしょう…吉報をお待ちしております」

 

「いつまでお待たせするかは親の私にも…あっ、そういえばその息子からの言付けもあるのですが」

 

「おや…ぜひお聞かせください」

 

どうにか帰る前に神威からの言付けを思い出した俺は、気配はせずとも僅かに海軍カレーの匂いだけが漂う開発ドックの中、隅々までよく聞こえるよう少しだけ大きく声を発した。

 

「…「夜勤さん達、いつもお仕事ご苦労様です。無理と居眠りだけはしないでね」…以上だ。確かに伝えたぞ」

 

「…………」

 

珍しく呆気に取られている誠さんを尻目に、俺は今度こそ振り返る事なく開発ドックを後にした。

 

____________

 

「…まさか……」

 

…パチンッ!

 

ザザザッ‼︎

 

「…私の目も耳も(あざむ)いたのは見事ですが…いずれにせよ盗み聞きはよくありませんね、お前達」

 

「申し訳ございません。主任の分のカレーをお届けしようと思い立ったまでは良かったのですが…つい出来心で」

 

「…日頃の働きに免じて今回は見逃しましょう。ついでにどこから聞いていたのかも白状しなさい」

 

「准将の入室から退室まで。我ら一同内容は全て把握しております」

 

「正直でよろしい…来週からの吾妻開発に関する説明も省けました。それに対する決定事項も今ここで伝えます。各員周知のほどを」

 

「ハッ、何なりと」

 

「吾妻開発期間に関してのみ、研究主任の権限を私から橘少尉へと移行します」

 

「…よろしいのですか?」

 

「…出雲、伊吹、そして北風。これまでの開発計画においても彼は素晴らしい手腕を見せてくれました。この吾妻開発計画を以って、彼の試金石とする予定です」

 

「…そういう事でしたら、我らも全力で少尉をサポート致します」

 

「結構。ではもう下がりなさい…一人残らず、確実にね?」

 

「大変失礼致しました…」

 

ザザザッ!

 

(…さて…私も忙しくなるが…これまで以上に期待していますよ、神威君…)

 

 

様々な大人達の思惑を乗せて更けていく夜を、純粋無垢な少年だけが知る由もない。

 




ここまでのご高覧、ありがとうございました。
ストックはここまでとなっておりますので今後は不定期更新となってしまいますが、可能な限り早めの更新を目指していきます。

今後ともご愛好のほど、宜しくお願い致します。
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