指揮官様は愛する御子息の為にお世継ぎ探しに難儀しています・改 作:evengel
戦時下における兵士の仕事とは待つ事と訓練する事であり、KAN-SENであってもそれは変わらない。いつ来るか分からない、もしかしたら来ないかもしれない有事に備え続けることが兵士の本質であり、KAN-SEN達にとっての「戦闘行為」とは自身の本能を満たすだけでなく、日頃の鬱屈としたストレスを発散出来る一種の祭りでもある。
「………」
嵐の前の静けさをたたえる、重桜海沖…まもなく戦場となる大海原の中心に、重桜の第五艦隊艦隊旗艦、長門はいた。
「長門様。もう間も無く主砲の有効射程圏内に入ります。砲撃の準備はよろしいでしょうか?」
「分かっておるよ、扶桑。今回も余に任せておくといい」
「頼もしいお言葉です…及ばずながらもこの扶桑、お手伝いさせて頂きます」
「ありがとう」
まだ実際に交戦状態に入っていないからとは言え、戦場においてあの長門が僚艦に笑顔を見せた…以前の彼女を知る者であれば誰も信じなかっただろう。
(…そうとも、余はもう一人になる必要などない)
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「…以上が特別計画艦・吾妻開発までの手順だ。今回は前衛艦の前に主力艦の戦術データを収集・回収する運びとなる。出撃任務のあるKAN-SENは当然のこと、それ以外の者にも委託業務を筆頭に活躍して欲しい。開発予定期間は約1ヶ月を目標としている…なに、もうこれで四度目だ。確かに忙しくはなる。しかしその分開発終了の暁には、三日三晩の大宴会を約束しよう」
皆と協力して行う、特別計画艦の開発…出撃の頻度が急増することからある者は祭りのように喜ぶが、ある者は忌み嫌うこの艦隊の恒例行事となりつつある命令。発令の度に皆からの質問攻めや出撃要員に対する一悶着もあるが、誰一人としてこの男の命令は拒まない。
「…では次に、計画艦の早期開発の為に再編した第五艦隊の旗艦だが…」
この艦隊の勇士達が固唾を呑んで男の発表を待つ中、当の方人は余に視線を向けてこう言った。
「長門君。君に任せたい」
「…余、か?」
戦況も落ち着きを見せ、後進の育成という名目で旗艦の座を離れて随分と久しかったから…そう言われた時は嬉しかったような、そうではないような…未だに分からぬ。
「あぁ。長門君が旗艦を務めてもらえるならば他の者も安心し、そして納得するだろう…出来るか?」
「…分かった。お主の判断を信じるぞ、指揮官」
「…決まりだな!…諸君!」
指揮官の言葉通り、皆が余の旗艦を認め、そして褒め称えてくれた…いつも思うが凄い男だ。どんな命令を出しても必ず全て言う通りになるし、ほとんど失敗もない。あったとしても息子や皆がそれを支え、より良い結果に導いてくれる。
「…では続いて第六艦隊だが、こちらの旗艦は予定通り三笠だ。他の主力艦として…」
そして何より…余が一人で背負っていたものを肩代わりして…手を差し伸べてくれた。何度振り払っても、いつまでも、いつまでも。余が信じて、その手を握り返すと決めた時まで…
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余の眼前には今なお人類を脅かす怨敵がおり、余の側方には愛する仲間達がいる。そして、余の背後には…何よりも守りたい人も…
(だから竜胆…余は戦うぞ!何の為に戦っているか、今の余には分かっているのだから!)
再びこの世に生を授かり、カミに与えられたこの力。振るう理由は昔も今も何も変わりない…何の恐れもない!
「余は長門…重桜の長門である!」
雄叫びと共に唸る主砲。響く爆音。水柱と黒煙巻き上がる戦場において、砲塔が開戦の狼煙をあげたばかりだと言うのに、余は早くもこの戦の…否、これからの重桜艦隊の常勝伝説の幕開けを確信していた。
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「吾妻」開発の第一段階として必要な主力艦隊の戦闘データの採取を兼ねているとはいえ、あくまでも本来は海域攻略を目標とした出撃である。一航戦の二人にとってもそれは承知の事であったが、要請があるまではこうして後方で戦況を眺める事を選ぶだけの余裕が赤城にはあった…かつてユニオン・ロイヤルの連合艦隊に奇襲を掛けたあの日のように。
「ねぇ加賀?こうしていると昔を思い出さない?」
「…昔の定義がどれほど前を指すかにもよりますが、少なくとも私の頭に浮かぶ昔は良い思い出ではありません」
「そうね…今となっては消し去りたい過去の一つ、かしら…」
そういうなり水平線の彼方を見つめる赤城に対し、加賀はどういう言葉を掛けるかと一瞬考える。しかし口下手な自分が何かを語るよりは、普段のように聞き役に徹するべきだと考え直して結局口は開かなかった。
「けれど…そうした過去も含めて、受け入れて…そして共に歩んでくれる人がいるかいないかで、未来の質もまた変わってくるんじゃないかと…最近ずっと思うのよ…」
「…指揮官の事ですか?」
「あらぁ…やっぱり加賀はよく分かってるわね…」
「指揮官」が着任してからというものの、姉の口から出る「人」というのは確実に奴のことだ。しかしながらその熱意に呆れる事はあっても、それに見合うだけの強者だとは感じてもいる。人間の割には体格や能力が優れているという理由だけではない。加賀がそう感じるのは俺が「愛」を知っているからだ…とは本人が言っていたことだが、かつて姉が戦の前に語り聞かせてくれた理屈よりは本能的に理解出来た。
「…伊達に加賀も姉様の妹をしている訳ではありません…それに、奴はそれに足る器かと」
「当然よ、赤城の指揮官様だもの…でも加賀にだけは共有してあげてもいいかと思っていたんだけど…最近は天城姉様や大鳳、土佐まで赤城の愛の邪魔を…」
「…………」
またこの調子だ。普段は長門の参謀役や艦隊旗艦なども難なくこなせる優秀なKAN-SENであり、姉としても一人の兵士としても尊敬に値する強者である一方、奴に対してはこうなる。恋は盲目とは言うが…むしろ赤城やそれ以外からもどれだけ妄信的な愛情をぶつけられようが平然としていられることこそが、奴の真の強さやもしれん。
(赤城、加賀!…聞こえるか?)
その時、懐にしまっておいた「式神」から聞き覚えのある声がした。艦載機として使用するものとは異なる連絡用のそれだが…まさかあの大先輩にも使えたとは。
「はい、確かに」
(おお、本当に声が…!ごほん!敵戦力を砲撃で一箇所に集中させた。今こそその実力を遺憾無く発揮してもらおう!)
「御意…赤城姉様」
「聞こえていてよ、加賀…やりましょう」
その言葉を合図に「式神」を艦載機としてカタパルトに接続し、次々とスクランブルを掛ける。目標は既に面前、所詮は砲撃隊の威嚇砲撃程度で満身創痍になる雑魚どもだが、それでも我らに挑んでくる限り結果はただ一つ。
「…戦えば勝つ‼︎」
「あら、懐かしい口癖ね…」
味方に当てぬようコントロールしつつ、解き放った攻撃隊の絨毯爆撃によっていつもと同じように戦局は決した。奴からは手強い相手と聞かされていたので、少々肩透かしな感はあるが…少なくとも吾妻とやらの開発が終わるまでは毎日出撃出来るだろうから、それで充分だ…
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昼夜を通して続けられる決死の海域攻略作戦…という名目で日夜繰り広げられる主力艦達のコンペディション。その勢いは凄まじく、僅か一週間で吾妻用の戦術データ収集は折り返しを迎えていた。
「戦術データ収集第一段階終了。過剰分のデータを前衛艦用として再構築し、完了次第このまま第二段階に突入します」
「第二段階終了までの必要データ量は?」
「残り192万です」
「順調ですね。では当初の予定通り、二週間で行きます」
「了解です、橘少尉」
その他にも必要になるメンタルキューブや設計図、そして膨大な開発資金は全てお父さんの権限で工面してもらえた。連日研究に追われている甲斐もあって、吾妻用の強化ユニットも順当に集まってきている…一つだけ不満点を挙げるなら今後のデータ収集の効率が悪くなるのが予想出来る事だけど、「これからは前衛艦のデータだけを使うから、前衛艦が効率的に戦果を挙げられるよう主力艦の皆様は手心を加えてください」…なんて僕からは口が裂けても言えない。
「少尉、吾妻の艤装開発に目処が立っております。設計図の確認はお済みでしょうか?」
「ええ、拝見しております。あの構図で問題ありません。ですが吾妻に搭載予定の対艦刀は重桜KAN-SENでも使用者の少ない長刀ですので、船体構成の際には専用の剣術プログラミングもお願いします」
「畏まりました…流派は何になさいますか?」
「
「はっ」
それに皆が命を懸けて僕達親子の為に戦ってくれる以上、僕もそれに見合うだけの仕事をしなきゃ。
「それと…蔵王重工様よりご提供頂ける予定のVH装甲鋼板に関する連絡は来ていますか?」
「ご安心ください。今朝方より先方から本日の午後には運送出来るとご一報頂いております」
「ありがとうございます。では吾妻専用の主砲開発を急ぐのみですね」
「その件についてですが…単刀直入に申し上げますと、現行案では吾妻開発完了までに主砲の開発が間に合いません」
もちろん他の研究員の皆も僕と同じ気持ちで毎晩遅くまで懸命に働いてくれている。それ自体には感謝してもきれないけれど、通常の建造と違って「無」から「有」を具現化する開発艦の作業工程には予定外のトラブルも絶えない。
「…原因はなんでしょう?資材不足や期間の延長であれば、私が指揮官に掛け合って…」
「お言葉ですが少尉、そういう次元の話ではないのです」
「詳しくお聞かせくださいますか?」
「ご存知の通り、超甲巡こと吾妻の主砲は試作型の三連装タイプを予定しておりました。しかしながらこの度、榴弾の装填機構に致命的な欠陥が判明しております」
「…改修は?」
「可能ですが…基本構造から変更を加える必要がある以上、最低でも一週間は要します」
「……………」
…この手の報告はやっぱり何回聞いても憂鬱になる。それによりにもよって主砲とは…
「…少尉。ここはひとまず既存の重巡主砲を吾妻に搭載するのが最善かと。船体は共通規格ですから問題なく運用可能です」
少しの気まずい沈黙の後、僕より二回り以上歳上の部下はベテランとして最善策を提案してくれる。否定材料はないし、あとは吾妻の開発長を任されている僕が首を縦に振るだけ…
「…わがままを言ってもいいですか?」
「わがまま?…ええ、構いませんが…」
「ありがとうございます…それでは吾妻の主砲改修を私に一任して頂けませんか?」
…それでも僕の中に確かに存在する、男としてのプライドがその判断を許してくれなかった。
「…少尉」
「我が重桜艦隊で未使用状態の重巡主砲は合計17門。これらを可能な限り分解して新規主砲として再構築し、同様に予備パーツとして保管中の自動装填機構を併用して、欠陥部分を改修します」
「それらを全てお一人でやるつもりですか?」
「他の研究員は別の業務で手一杯です。それに私のわがままですから、私がやらなければ」
「…しかし…」
「現状で投射砲撃が可能な前衛艦はこの重桜艦隊でも吾妻のみです。より多角的な作戦行動立案の為にもその存在は必要不可欠だと私は考えます」
「…お気持ちは分かりました。ですが少尉?いくらなんでもお一人では…」
「だとしてもやりたいんです!お願いします!期日内には必ず間に合わせ…」
「神威後ろ!」
「へっ?」
ぴとっ
「ひゃあああああっ⁉︎⁉︎⁉︎」
柄にもなく熱くなっていた僕の首すじにキンキンに冷えたペットボトルが当てられたその瞬間、僕の思考は停止した。
「おや、冷やし過ぎましたかな」
…もちろん、完全にお仕事モードになってた僕にこんな真似をするのはただ一人しかいない。
「…〜っ!もうっ!主任!今は勤務中ですよ⁉︎」
「だからこそです。仕事はクールにやりましょう…彼は私が」
「助かります…では少尉、後ほど」
「あっ、ちょっと…」
「さぁ神威君。貴方にも少しお話があります」
「うぇぇ…」
…お父さんがそうであるように、僕もこの人に逆らうことが出来ない。弱みとかお給料とか色んな物を握られている…
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「…貴方のことですから、時には無理をしてでも自分の役目を果たすべきだと思ったのでしょう。確かにそうする必要がある時もあります…ですが我々はチームです。その意味は分かりますね?」
「…はい」
「一人で出来る事など貴方のような天才でも限られているのですから、物事を成し遂げたいならば必ず周囲の協力を得るように」
「…はい」
「よろしい」
「でも…」
「ん?」
「…どうしても…どうしても得られそうにない場合は、どうすれば良いのでしょうか?」
「その場合は諦めや妥協も肝心です」
「…そうですよね」
「どれだけ苦痛だとしても時にはプライドを捨てる決断もしなくてはいけませんし…なにより完璧主義だと疲れてしまいますよ?」
「…分かってる…つもりです」
「よろしい…さぁ、着きました。今開けますからね…」
長い長い階段を登り終えた先にあった、開発ドックの頂上へと続く扉。その扉を開けてくれている誠さんの背中はまるでもう一人のお父さんのように見えた。
「ほらご覧なさい、最高の眺めですよ」
「うわぁ…!」
そして誠さんと一緒に、初めて来た開発ドックの屋上から眺める海はより一層雄大で、おまけに母港だけでなく海沿いの街も一望出来る程にとっても見晴らしが良い。
ボォォォーン…
そして、海といえば…
「…あっ、貿易船…!」
お父さんのバイクに跨って、初めてこの母港にやって来たあの日以来…久々に見た貿易船。あれは単なる物資だけじゃない、人の生命や想いまで一緒に運んでくれている。
「この海域の安全性は上層部公認ですからね…貴方と貴方のお父様、そしてKAN-SENの力あっての偉業です」
「…そっか…うん、そうだね…」
「ええ、そうですとも」
そんな当たり前の平和を少しでも取り戻せたという自覚だけで、僕は改めて自分の仕事…というより自分の運命が誇らしく思えた。
「………」
「………」
暖かい日差し、気持ちいい潮風…ここにベッドまで置いてあったらすぐに寝転んだのにな…
「…そうだ、神威君。怒らずに答えて欲しい事があるのですが」
なんて呑気に考えていた矢先、誠さんは和やかな笑顔のままでそんな事を言ってきた。
「むっ…何でしょう?」
「我ながら意地の悪い質問だとは思いますが…貴方は竜胆にとって良い息子だと思いますか?」
「…どう答えて欲しいんですか?」
「ありのまま答えて頂ければ幸いです」
「………」
…誠さんの意図は分からなかったけど、僕は誠さんから求められた通りにありのまま返事をした。
「…お父さんは自慢の息子だっていつも言ってくれるけど…僕はそうは思わない」
「どうして?」
「だって…僕のお父さんは橘 竜胆なんだから。僕がもっとちゃんとしないと、お父さんに迷惑がかかっちゃう…」
身体つきに関しては文字通り天と地ほどの差がある。それは仕方ないけれど、僕にはお父さんみたいな勇敢さもカリスマ性もない。だから必死に勉強だけはやって、士官学校でも主席にしてもらって、博士号も取れたけど…それすらもお父さんの力でそうなったような気がする…
「だからと言って貴方が何もかもをやってのける必要はないでしょう?貴方は私から見ても、いつだってよくやっています」
「よくやってる…僕が?」
「えぇ、これだけは断言出来ます。貴方は周囲からの期待にきちんと応えているのだと」
「そうかな…」
もちろんその事自体はお父さんは泣いて喜んでくれた。そして今、何故かはよく分からないけど誠さんもすごく褒めてくれる。それが嬉しくて、もっと肯定して欲しくて、僕はわざとこう言った。
「僕…本当にお父さんの期待に応えられてるかな?」
「お父さんの、じゃない」
「えっ…」
…それを聞いた誠さんは右手で僕の頭を優しく撫でながら、普段に増して威厳のある声で語ってくれた。
「私達の期待だ。私や部下達やKAN-SENや、みんなの期待だ」
「みんな…」
「…時々、貴方は私達の言葉ではなく、貴方の中の竜胆の言葉だけを聞いているように思えるよ」
それを言われた時、僕はハッとなった…なんだか目が覚めたような気はする。でも、僕の胸に渦巻いてる感情が何なのかさえ全然分からない…あんなに勉強したのにな…
「……誠さん、僕は…」
「いいんだ」
今度は右手と僕の作った左手で、誠さんがそっと僕を抱き寄せてくれた。
「竜胆にならなくていい。貴方には貴方の魅力が、貴方の人生がある…もっと気楽に、自分を生きなさい…神威」
「……うん…」
「素直でよろしい…」
でもきっと、誠さんはずっと前から僕にそう伝えたかったんだ、という事だけは確かに分かった。だからこれでいいんだ…
「…ねぇ、誠さん」
「なんでしょう神威君」
「…その…吾妻の主砲改修、良かったら…」
「えぇ。私達二人ならきっと出来ますよ」
「…本当に⁉︎…いいの?」
「今は貴方が研究主任ですし…なによりも子供を助けるのはいつだって大人の役目ですから」
「誠さん…!」
「ふふっ…さぁ参りましょう橘主任。「みんな」が私達を必要としています」
「…はいっ!」
たまには辛い事もあるけれど、それ以上に幸せで、みんなに愛してもらえる…僕は自分の運命が大好きだ!
____________
神威の抜けた穴を埋める、といった名目で秘書艦に立候補する者は少なくない。事実、書類業務などの補佐を任せられるレベルの者も確かに存在する。しかしそうした特定の誰かを選ぶということは、選ばれなかった者の反感を買うことにもなる。故に俺は神威以外の秘書を付けない。指揮官として選択の多い身ではあるが、この重桜においては「選ばない」という事こそが俺なりの処世術なのだ…なーんて格好つけてるが、俺も独り身だったなら今頃女遊びしまくりだっただろうな…
「…ここらで休憩するか」
すっかり集中力が切れているのが自分でも分かったので、俺はお茶とお菓子でもつまもうと席を立つ。
ジリリリリ…ガチャッ
「…レッドアクシズ重桜艦隊総指揮官、橘 竜胆准将であります」
その刹那。執務室に備え付けられた古い電話機が鳴り響いたのを聞いて、俺は瞬時に電話機を取る。この電話機で俺に連絡を入れられるのは上層部でも極一部の人間だけで、故に一瞬たりとも待たせる訳にはいかなかった。
(久しいな)
…もっとも電話の相手はそうしたお上ではなく、俺と因縁浅からぬ鉄血軍人だというのをその声色と独特の高圧感だけですぐ理解したが。
「ガロア中将、お久しゅうございます」
鉄血のガロア・ヴェインハイムと言えば鉄血海軍の父と称される「ヴェインハイム一族」の末裔であって、その家名と功績は同国において橘一族の比ではない程に神格化された存在である。
(
「お言葉ですが中将。今の私は人修羅ではなく子連れ狼です」
(フハハハ…よく言う…)
既に
「……それで」
(聞く前に答えてやる。いずれ儂の
中将が仰った鉄血語は「子犬」を意味する…が、中将はそもそも動物の犬を飼っていない。中将にとっての子犬とは現鉄血艦隊の指揮官にして、神威にとっての「兄」を指す言葉だ。
「!…では中将、いよいよ…」
(口に出すなリンドー…貴様も重桜も信用しているが、お互い一寸先も見えぬ身だろう)
「…ハッ」
…いずれにせよ、彼をこちらに遣すという事は以前より俺と中将の間で進めていた計画がある程度形になってきたのだろう。そもそもこれを知っている人間も片手で数えられる程で、この回線も100%安全とは断言出来ない。
(…ところで息子は?貴様の隣か?)
「神威は席を外しております」
(そうか…)
中将はそれ以上計画について語ろうとはせず、唐突に神威に関する話題へ変えた。
(…息子は元気か?)
「えぇ。日々健やかに成長しております」
(ニ次反抗期はもう来たか?)
「いいえ…いっそ来なければ良いのですが」
(来ない方が不自然だろう…その時はしっかり受け止めてやれ。貴様なら出来る…儂には出来なかったが…)
「…ありがとうございます、中将」
中将もかつては妻子がいたそうだが、それもセイレーンによって奪われた幸せだ。俺もかつては妻を、そして今では神威を愛してやまぬ以上その孤独な胸中は察するに余りある…
(…無駄話が過ぎた。日程が確定次第また連絡する。他言無用だ)
「中将、お達者で」
(貴様もな…)
そうした過去すら無駄話と断ずる程の、有無を言わせぬ口調のまま電話は切られた。唐突かつ強引な予定だが最重要課題である。こちらも準備をさらに進めておく必要が出来た…
「…休憩終わり」
指揮官という立場でありながら、あまりの平穏さに忘れてしまいそうにもあるが…結局は今もまだ戦時中なのだ。むしろセイレーンという共通の敵が存在することで、第三、第四の世界大戦の火蓋が切って落とされていないだけに過ぎない。起こらなければそれが一番良いが、より良い未来を得る…否、守る為には成すべき事を成さなければならない。
(…皆、もう少しだけ頑張ってくれ…俺も…お父さんも死に物狂いで頑張るから)
…そんな決意を新たにした俺の元へと、新たな刺客が訪れるのはまだ少しだけ先の話だ。
ここまでのご高覧、ありがとうございました。
次の話まで重桜編が続き、その後陣営を視点を変えて物語が進んでいきます。そうして点も含めて今後ともご愛読頂けますと幸いです。