指揮官様は愛する御子息の為にお世継ぎ探しに難儀しています・改 作:evengel
私は想像する。
まず最初に感じられたもの。それは意識。私という存在に対する認識…
次に感じられたもの。それは私以外の存在。私に限りなく近く、けれども私とは決定的に違う存在…人類、ヒトそのもの。
やがて血の通う何かと共に私の中に流れ込んできた、記憶…それは私の名前や過去だけでなく、新たな私は彼らによって創造されたのだ、という確信をもたらしてくれた。
(規格外の誰かになってみせる。今度こそ…)
より鮮明になっていく意識が、私の誕生が近いことを告げる。
私に求められる役目、私に向けられる願い、これからの私を待つ日々…そして私を求めて、再び生を与えてくれた存在とは…
私は想像する。
私は想像する…
____________
「ここは…」
私が目覚めた場所は私の想像とは少し違った、ある種の研究所のような所だった。
「…!気が付きました?…貴女のお目覚めを心待ちにしていましたよ!」
そしてそこに居たのは…私の目覚めを喜ぶ可憐な少女が一人だけ。他の気配は何も感じない。
(…小さい…それとも私が大きいだけ?)
限りなくヒトに近い姿で生を受けたからなのか、自分の身体の複雑な重みまで正確に知覚出来る。鏡のような物が見当たらないので容姿は分からないが…少なくとも目の前の少女は私よりもずっと小さかった。
「あっ、ごめんなさい。まずは自己紹介をしないとね…僕は神威。橘 神威と申します」
「神威…さん…」
眼鏡と白衣のような物を身に纏ったその風貌は如何にも研究者という感じだ。そして橘という姓にも私は何故か聞き覚えがある。何より状況から考えて、この少女が私に再び生を与えてくれたヒトなのだろう…
「ふふっ、神威でいいですよ…念のために確認しますが、何か身体の不調は感じていませんか?」
「はい、大丈夫です」
「あぁ良かった!…本当に良かった…」
そう思った途端に目の前の少女…神威の事がどこか愛おしく感じてきた。よく動物は産まれた直後に見た物を親と認識すると言うけれど…私にとっての神威も、そうなのだろうか…?
「…ごほん、ここからが本題です…自分のお名前と、何者なのかを僕に説明出来ますか?」
「えぇ、もちろん」
「では…お願いします」
…いずれにせよ、これから仕える事になる相手に好意を抱けるのは悪いことではない。それに神威はまだ少女なのだから…これからは私が守らなくては。
「大型巡洋艦吾妻、着任しました。特別計画艦だから就役経験が少ないところもありますけど…一生懸命「指揮官」をお守りします。少しは頼りにしてくだされば嬉しいです…うふふ」
「うん…うん!完璧です!カンレキの把握も問題なし…!これなら追加で色々と説明しても大丈夫そうですね…」
私が把握出来ている事と言えばこれぐらいで、これからの事は神威に全て教えてもらわないといけない。今の時代の状況や、この艦隊で私を待ってくれているであろう皆の事も知りたいが、まず一番気になる事と言えば…
「でしたら早速お聞きしたいのですが…もしかしてここは貴女一人だけで?」
「あはは、まさか!僕の他にもKAN-SEN専門の技術研究員はたくさんいますよ。以前は全員でお出迎えしてましたが、かえって緊張させる羽目になっちゃって…皆は外で待ってくれてます」
(以前…ということは私の他にも?)
その事についても質問しようかと思ったが、よくよく考えればすぐにでもわかることだ。産まれた順番は気にならないが、上手く皆と打ち解けられるよう努力しないと…
「…起きたばかりで色々と心配ですよね。でも大丈夫ですよ!…皆いい人だから、きっとすぐにここが気に入ってもらえると思います」
「…ふふっ、そうですね」
…だがひとまずはこの優しく、小さく、強く抱きしめたら壊れてしまいそうな主人について行こう。
「…それでは参りましょうか、吾妻さん」
「はい、指揮官」
____________
いくつかの電子ロックを抜けた先には、たくさんの研究員達が二列になってこちらを待っていた。
「主任、無事に連れて参りました」
「ご苦労様です少尉…何も問題は無かったようですね」
「ありがとうございます。これも主任と皆さんのおかげです」
「滅相もありません」
研究員の中で唯一義手をされているその初老の男性に対し、神威は流麗な所作で頭を下げた。彼がどうやら神威の上司らしい。
「改めまして…お初にお目にかかります、吾妻さん。当施設の主任研究員を務めております、枢木と申します」
「は、初めまして…」
「ふふっ、緊張なさっておいでですね…」
…神威はとても彼の事を信頼しているのが見てとれるが、優しい言葉と和やかな笑顔を向ける彼に対して、私は何故か得体の知れない恐怖を感じた…
「本来であれば当施設の説明も行わせて頂くのですが…指揮官や他の皆様も貴女の着任をお待ちかねですし、明日以降に致しましょうか」
「…?」
そんな彼の発言に私はどこか違和感を感じたので、遠慮なく思った通りに彼へ質問する。
「指揮官…でしたらここにいらっしゃいますよ?」
「あはは…もう終わっちゃった」
「…あぁ、なるほど…確かに目覚めた直後に出会った人物は神威君ですから、彼の事を指揮官だと認識しても不思議ではありませんね」
「…彼?」
…その違和感が驚愕へと変わるのは一瞬だった。
「えぇ、彼…橘 神威君のお父様こそがこの艦隊の指揮官です。愛息子の彼は研究員兼副官という立場になります」
「…と、いうことは…」
「そーです!こんな見た目だけど、僕だってちゃんと男の子ですよ!…でもちょっとだけ指揮官のフリをしてたのは謝ります、ごめんなさい…」
神威は一瞬だけ開き直って、でもちょっぴりおどけた様子でそう言ったが…まさか、信じられない。こんなに可愛らしいのに…
「…もしかして、ショックでした?」
「い、いえ!…確かに驚きはしましたが…」
…いや。大切なことは神威がどんな性格をしているのかをもっと知ることだ。性別なんて何の問題にもならない。
「…これから改めて宜しくお願いしますね、神威」
「はい!こちらこそ!」
それにこの素敵な笑顔は何としても守りたくなる…いや、守ってみせる。心からそう思った。
____________
それから神威の案内で母港へと辿り着いた私を待っていたものは、熱烈そのものの大歓迎だった。新参者故の不安もいくつかあったが、それらも何処かへ吹き飛んでしまいそうな皆の輝かしい笑顔を見れただけで、私はこの艦隊で再び生を授かった事を幸せに感じる。
「うぅ…ありがとう竜胆、だいぶ落ち着いてきたぞ…うぷっ…⁉︎」
「三笠。お前も歳だ、無理するな…この俺が優しく
「また年寄り扱いして…我から見れば、お主とて小童もいいところだと言うのに…」
「…だが幾つになっても活躍出来ると、俺達二人でこれでもかと証明してるじゃないか。そうだろう三笠?」
「そ、そうかなぁ…えへへ…」
そして私の着任を祝っての大宴会が開かれると同時に生じた様々なトラブルを、この艦隊の指揮官である神威の父親はマニュアルでもあるかのような手際で対処している。少しだけお話出来たが、確かに皆の信頼を勝ち取ったのも頷けるお人柄だ。
「ねぇねぇしきかーん!暇〜!宴会もう飽きちゃったよ〜…」
「…まあ熊野君は酒があまり好きではないようだしな…せっかくだから神威達と遊んできたらどうだ?」
「神威はもう皆の相手で忙しそうだし…それに熊野達は指揮官に遊んで欲しいの!ね、鈴谷?」
「えぇ…こんな機会でもないとお願い出来ない事もありますし…ね?」
「…出来るかどうかは別として、話は聞かせてもらおうか」
…それでも一児の父親をしつつ、これだけの異性の部下をまとめあげるのには人並外れた努力と気苦労があるのだろう。基本的に皆の相手は神威に任せて、指揮官は意図的に皆と少しだけ距離を置いているように感じられた。
「やりぃ!んじゃ、指揮官もjuustaやろうよ!やり方なら全部ウチらが教えてあげるからさ♪」
「ジュースタ…あぁ、いわゆる艦船通信というやつだな。神威がたまに見せてくれるよ。皆とても楽しそうで何よりだ」
熊野さんが指揮官におねだりしているのは、そのジュースタ…というアプリ?をやって欲しいということらしい。先程神威にもらった…スマホ?の中には最初から入っていた。後で私も使い方を教えてもらいたい…
「そうっしょ⁉︎実際楽しいよ!…だから指揮官もほら!まずはやってみよ?」
「うーん…悪いが気持ちだけ頂こうかな」
「も〜っ!指揮官ってばどうしてそう頑固かな〜っ⁉︎」
「俺もそれなりには忙しい身でな…すまなんだよ」
「すま…何それ?」
「文字通りすまない、申し訳ないという意味だ。もう我でも使わないぞ」
「俺は十五から使っていたんでな、今更変えられんよ…お前だって急にスマホを使いこなせと言われても困るだろう」
「ふん、それならもう出来るぞ!」
「おいおい、痩せ我慢を…待て、もう?」
「うむ!では論より証拠を見せよう!」
先程まで指揮官に背中をさすられていたと思ったら、急にご機嫌になった三笠さんがご自身のスマホを指揮官に見せた。
「こ、これは…⁉︎LINEが入ってるじゃねぇか⁉︎しかもjuustaもちゃんと…投稿履歴があるだと⁉︎」
「ふふ…いい反応ですね、指揮官…私と神威で手取り足取り三笠様に教えたかいがありました…」
「流石に覚えるのは時間がかかったが…幾つになっても、何でも出来る。そうだろう竜胆?」
「…はぁ…お前が言うと説得力が違うな」
「それじゃ指揮官!juustaやってくれるよね⁉︎」
「そうだな…」
それを見た指揮官は観念した様子で、懐から自身のスマホを取り出し…
\ ワァァァァーッ!/
「いや!やっぱり神威が負けたらやることにしよう!万に一つもないと思うがな!ふはははっ‼︎」
直後に宴会会場の一角で上がった歓声を指差したかと思うと、そちらへ高笑いしながら駆け出していった…
「ま、待て竜胆!…うぷっ…」
「だ、大丈夫ですか?」
「うむ…我はまだ…動かないほうがいいな…」
…それにしても先程から神威の姿が見えないが、あの歓声の中心にいるのだろうか?
「ねぇ熊野。あの歓声は何かしら?」
「神威と綾波がポケモンバトルしてんの!正直熊野も観たかったんだ〜!」
(ポケモン…バトル?)
…この世界の事は分からないことばかりだが、この歓声からしてどうやら人気のある催し物のようだ。
「綾波が勝ったら指揮官もjuusta始めてくれるらしいし、皆も見に行こっ‼︎」
「あっ、待ってください!」
それにまだこの艦隊に居場所を作れていない私としては、誰かに置いていかれるとどうしようもない。私も慌てて後を追った。
「ま、待って…誰か、我の介抱…おえっぷ…」
____________
「レディースアーンジェントルメーン!ポケモンバトルレボリューション、重桜エキシビションマッチ!両者の白熱したバトルもいよいよ最終局面だぁぁぁーっ‼︎」
\ ワァァァァーッ!/
神威と綾波の戦いは二人の手元にある端末から、大きなテレビに向けられた映像で行われている。いわゆるテレビゲームのようだ。ひとまず荒事の類いではなくて安心した…
「夕張君!今北産業!」
「終始神威優勢!
綾波だいばくはつ!
お互い一対一!」
「完璧な説明だ!」
(今ので理解出来るのね…)
「今夜ついに鬼神が無敗伝説に終止符を打つのか!それとも王子がその玉座を死守するか⁉︎歴史的瞬間の訪れに私、実況の青葉も興奮が抑えきれません!」
「青葉さん。お二人が最後のポケモンを選び終わったようです」
「ありがとうございます神通さん!それではお二人、最後のポケモンをボールから出してください!」
「神威…この勝負、もらったです!」
「ふふん…僕の相棒を見てから言ってもらおうか!」
やがて派手な演出と共に可愛らしく、しかし独特の迫力もある二人のポケモン、という不思議な生き物がテレビ画面に映し出された。
「神威のポケモンは御三家が一角、エンペルト!そして綾波のポケモンは…出ましたガブリアスだーっ‼︎」
「…やっぱり温存してたね?」
(エンペルト…!正直予想外です…でも…弱点は問題なくつけるです…!)
そして二人の間にも流れる謎の緊張感にあてられたのか、会場の歓声も鳴りを潜める。いや…むしろ全員固唾を呑んで見守っている、というべきか。
「…解説の神通さん!この組み合わせは如何思われますか⁉︎」
「お互いに相手を一撃で仕留められるわざを持ち合わせたポケモン達です。理想的なわざ構成と育成を行っているとすれば…お互いに持たせているどうぐが勝負の分かれ目となりそうです」
「なるほど…!」
(ツメさえなければ…先手を取られなければワンパン出来るです!)
(頼むぞエンペルト、僕もお腹から声を出すからね…!)
双方のポケモン達が威嚇と睨み合いを幾度となく繰り広げ、少しばかりの時間が流れた頃…勝負は突然動いた。
「先に動いたのは!…やはりガブリアスだ!」
「こっちのどうぐはこだわりスカーフです!」
ガブリアスの じしん 攻撃!
「強烈なじしんがエンペルトを襲うーっ‼︎」
効果は バツグンだ!
「…いえ、耐えました!神威のどうぐは…きあいのタスキ!」
「まさかのワンパンお見通し!そしてそのままカウンターの…!」
「エンペルト!れいとうビームッ‼︎」
効果は バツグンだ!
相手の ガブリアスは たおれた!
「決まったぁァァーッ‼︎」
\ ワァァァァァァァァァァーッ!!!/
私にはよく分からない駆け引きの末、この勝負は一瞬にして幕を閉じた…個人的には神威がこんなに大きな声を出せたのか、という驚きの方が強い。
「くぅっ…完敗です…!」
「ううん、僕もこんなに追い詰められたの初めてだよ!…またバトルしてね!」
「はい!」
「皆様、両者に暖かい拍手をお願いします‼︎」
パチパチパチパチパチパチ…‼︎
二人に対する万雷の拍手と賞賛は数十秒ほど続き…
「すまん皆…少しだけ、少しだけ道空けて…神威!すごいバトルだったぞ‼︎」
「お父さん!…もしかして見てくれてたの?」
「一部始終だけで申し訳ないがな…!ほれ!」ヒョイッ
盛り上がりが落ち着いてきたのを見計らって飛び込んできた指揮官だけが、一人興奮さめやらぬ様子で神威を抱き上げた。
「うわっ!……ねぇお父さん、そろそろ僕が重く感じてきたんじゃない?」
「んな事あるか…よくやったな神威!お前はいつだって、いつだってお父さんの…誇りだよ…‼︎」
「もう、ゲーム一つで大袈裟なんですから…///」
(指揮官…あっ、泣いてる…)
(…いつか神威が反抗期を迎えたら、指揮官様はどうなってしまうのかしら…)
…なんとも言えない空気が流れているが、この艦隊では日常なのか誰も何も言わない。
「…それにしても今のポケモンは綺麗だなぁ。お父さんが知らないやつもたくさんいるし…」
「お父さんも興味出てきた?だったら僕が色々教えるから、皆と一緒にやろうよ!」
「本当か!…なら先に教わりたいものがあってな…」
やがて指揮官は神威を降ろすと、今度こそ懐からスマホを取り出す。
「お父さん、juustaデビューします!」
「えっ⁉︎本当に…」
…そして、そう宣言した瞬間に先程の比ではない歓声が神威の声を完全に掻き消した。
____________
「「「「わーっしょい‼︎わーっしょい‼︎」」」」
「俺が悪かった!今まで皆の催促無視してたのは認めるから!…もう降ろしてくれぇぇぇぇーっ⁉︎」
指揮官の発言を喜んでいるのか。積もる恨みでもあったのか。あるいはその両方か…もちろん全員ではないが、大半のKAN-SENがひたすら指揮官を胴上げしているという光景は奇妙極まりない。
「…この艦隊、賑やかだろう?」
「こんばんは、出雲さん」
「もう覚えてくれたのか。嬉しいよ吾妻」
ひたすら天を上下している指揮官をぼーっと眺めていた私に声を掛けてくれたのは、同じ特別計画艦として先輩にあたる出雲さんだ。
「…そういえば、伊吹さんと北風ちゃんは一緒じゃないんですね」
「別に特別計画艦同士だからといって、常日頃から一緒にいる必要もないさ…最初は私も気にしていたが、ここではすぐ自分の居場所が見つかるよ…ほら、あんな風に」
出雲さんが視線を向けた方を見てみると、北風ちゃんは神威達と一緒に枕投げを楽しんでいた。そして伊吹さんの方は…意外にも指揮官を胴上げし続けている輪の比較的中心に陣取っている。とても楽しそうだ。
「…先に言っておくが私は静かに酒を飲むのが好きなだけだぞ」
「あはは…でも人それぞれで良いと思います。皆さんとても幸せそうですし…」
「…そうだな」
私達はしばらく皆を静かに眺めていたが、やがて出雲さんがゆっくり腰を下ろしたので私もそれに習う。
「…本当は何か困った事がないかと思って、色々と話をしようと考えていたんだが…その様子だと何も心配要らなそうだな」
出雲さんは独り言を呟くかのようにそう言ったが…私は内心その手の事を誰かが言ってくれることを期待していたのだ。
「なら丁度良かったです!」
「ん?」
「困り事…というには大袈裟ですが、どうしてもどなたかにお聞きしたいがあったので…」
「ほう…いいだろう。私も先輩として知り得た事なら何でも答えようじゃないか」
出雲さんが得意顔でそう言ってくれたことを喜びつつ、私はつい先程指揮官が自己紹介してくれた際に生じた疑問をありのままぶつける。
「でしたら…指揮官の奥様について知りたいのですが」
…それを一言告げた瞬間、出雲さんの表情はみるみるうちに切なさそのものを
「…禁句、でしたか…?」
「いや…指揮官も説明しなかった…しな、疑問に思うのも仕方ない…ただ本人と神威の前ではもう言わない方がいいのは間違いないな」
「…分かりました」
出雲さんは少々間を置いて、私が想像した…否、それ以上の家庭事情を教えてくれた。
「指揮官は自らの妻をとても愛しているが、彼女は生まれ付き病弱だったようで…神威のお産がきっかけでこの世を去った。まだあの子が生後1ヶ月のことらしい」
「………」
「…母親の愛も知らず、軍人という一族の業も背負わされているが、それでもあの子は優しい子に育っているよ。指揮官も奇跡だと言っていた…」
これまでの過程で育ちの良さは実感していたが、まさかそんな過去があったとは…
「…だから心配要らない。それにこれからは私達もいる。それでいい…」
…出雲さんはそこまで言い切って、神威の事はもう何も言わなかった。
「…………」
私も次になんて言葉を掛けて良いのか分からなくて、気付けば無邪気に枕投げを楽しむ神威の笑顔を目で追っていた。
「…なぁ吾妻、お前…」
…それから出雲さんは確かに何かを言おうとされて、私の名前を呼んだのだと思う。
「…いや、なんでもない。忘れてくれ」
けれども発せられなかった言葉は初めから存在しなかったのと同じで、それ以上私達の間に会話は無かった。
____________
吾妻の開発終了から一週間が経過する頃には、すっかりこの艦隊も平穏さを取り戻していた。平穏と言ってもKAN-SEN達には毎日出撃してもらっているし、俺自身もデスクワークに忙殺されているが…一方で新たな楽しみも増えた。
《た、食べられちゃう〜!》
その楽しみとは言うまでもなくjuustaである。もちろん皆の投稿も楽しみにしているが、やはり一番好きなのは神威の投稿だ。気になる内容は赤ずきんに出てくる狼に扮した神通に襲われそうになっている神威、と言った構図だ。当然二人とも単なる遊びでじゃれてるだけだが、そうとは気付かずに大慌てしている周囲のリアクションが面白い…というか神通って狼だったのか?狐だと思っていたが。
(…さて、リプライの文面を慎重に考えんとな…)
…皆に直接言われた訳ではないのだが、俺の返信はいつも面白味に欠けていると噂になっている。いわゆるクソリプ疑惑があるらしい…おじさん構文呼ばわりよりも遥かに傷付く…
(…それにしても昼間っから一人、自分の部屋でくつろぐ背徳感たるや、尋常じゃないな…)
もちろんこんな風にのんびりスマホを弄れるというのは勤務時間外だから、という点に他ならない。普段はほぼ執務室に缶詰めなのだが、今に限ってはある理由で神威との共同部屋兼寝室で過ごしている。
トントン
「指揮官。吾妻です」
「どうぞ。鍵は開いているよ」
「失礼します」
その最たる理由として、「大事な話がある。話を聞いて頂いた上で宜しければ許可を頂きたい」という旨の内容を吾妻が直談判をしてきたのは一昨日の話。常日頃KAN-SEN達の悩みや相談事を聞いて一人一人に対応しているが、扱いの差を理由に嫉妬が生まれては厄介なので普段ここまでの特別扱いはしていない。
「お忙しい中お時間を頂戴致しまして、本当にありがとうございます。指揮官」
「そう固くならなくていいさ…待っててくれ、粗茶しかないが…」
「いえ。お構いなく」
「…そうか。ならせめてリラックスしてくれ。どんな話でも秘密は必ず守るよ」
「…はい」
…それでも穏やかではない彼女の真剣な雰囲気に負けて、俺は執務室ではなく未だにほとんどのKAN-SENを招いた事のない自室で話を聞くことにした。
「そうだ、確認なんだが…本当に神威を呼ばなくても大丈夫だったか?」
「あの子も指揮官と同じくらい忙しいですし、何より驚くでしょうから…」
内容によっては俺よりも神威の方が適切な対応が取れると思うのだが、どうにも吾妻は神威を同席させることに対して先日から消極的な様子なのだ。
「それにもし神威にとっては迷惑だったら…そう思うと、どうしても面と向かって言えなくて…」
(…ハッ、まさか…いや…んな馬鹿な話では…)
…とうの本人がそういう態度なのだから、ついありとあらゆる可能性を考慮してしまう。そして父親としてあの子を溺愛するあまり、俺の脳内は口に出すのも恐ろしい推察を何度も導き出していた。
「…それでも、きっと神威の為になることだと信じていますから…指揮官。聞いて頂けますか?」
「…当然だとも」
「では…その…」
一体なんだ…彼女は何を言おうとしているんだ?
「神威の…」
「…神威の?」
「お…」
「…お?」
神威の…「お?」…っていうと…………ハッ⁉︎まさかお嫁さ(ry
「神威の…お、「お母さん」になりたいです!!!」
違った‼︎
予想の遥か上だったッ‼︎
しかも滅茶苦茶斜め上だったッッ‼︎
「…い、いけませんか⁉︎」
…い、いかん。全く…想像もしてなかった。出来る訳ない。神威に「お嫁さん決めて(意訳)」と頼まれた夜の比じゃ…いや、あれも大概だがそもそも俺が悪いのだし…あれ?というかもう吾妻にくっついてもらえば…
「…指揮官?…聞こえていますか?」
「……ハッ!」
いや待て。冷静になるのだ竜胆。神威はまだ10歳だぞ?そして吾妻に至っては…外見ではまず分からないが生後一週間だ。つまりこれは若気の至り。そう、若さ故の過ちだ…
「…すまない、一瞬意識が…」
「大丈夫…ですか?」
「あぁ、もう大丈夫だ。問題ない」
「で、では…!」
「…一旦保留で」
「…ほ、保留…?」
吾妻の方は明らかな肩透かしを喰らったと言わんばかりの表情を浮かれているが、むしろ却下されなかっただけ良かったと思ってもらいたい。それに俺も吾妻も神威の事ばかり考えているという点では同じはずだが、一つ無視出来ない問題もある…
「…吾妻君。一応確認したいんだが」
「…なんでしょう?」
「その…今の発言は…神威のお母さんになりたいというのは…」
「本気です!」
「分かってるよ⁉︎…それはつまり、俺とケッコンしたいと遠回しに言ってることにもなるんだぞ⁉︎」
「……えっ?」
「えっ?」じゃないよ。そこにいたっては考えてもなかったのかよ。
「…君も知ってるかもしれないが、神威は俺と妻の間の子。俺が父親。そして神威の母親とは、即ち俺の妻ということになる」
「………そうでした。そう…でしたね…」
いや待ってくれ。なんで悲しそうなんだ。そんなに嫌?欲しいのは神威だけ?それとも何?これって新しいタイプのNTRプレイか?
「…………」
「…………」
…どうしよう。間違った事を言ったつもりはサラサラないが、正論は時に人を何よりも傷付ける。今がまさにそうだ。早く、何とかしないと…
「…吾妻君。念を押すが…あくまで保留だ」
「…駄目なら駄目だと、率直に言って頂けた方が…」
「それを決めるのは…やはり俺ではないよ」
「……!」
ひとまず、ここはどうにか穏便に事を済ませるべきだ。俺だけの問題ではない。吾妻や神威の人生にも、その他のKAN-SEN達に与える影響も計り知れないのだから、穏便に…
「その…この件に関しては神威の意思を尊重すべきだと思うんだ」
「…はい、そうですね…」
「だから、その…この事は俺から神威に伝えさせてもらう」
「⁉︎…で、でも…!」
「その上であの子に判断してもらわないと、でないと不公平というか…その…分かってもらえるだろうか?」
「……は、はい…///」
今更になって気恥ずかしくなったのか、吾妻は顔から火が出そうな程赤くなっている。それだけの事を言ってしまったんだぞ、もう既に…
「…もちろん神威からの返事も聞く。後日君に一言一句違わず伝えるから、どういう結果になろうともそれで納得すると約束してくれ」
「…分かりました!」
…よし。これで良い。話の着地点としても、倫理的な観点からしてもこれが正解のはずだ。
「…では…私はこれで」
「…分かった」
「その…ありがとうございました、指揮官。失礼します」
吾妻の方も憑き物が落ちたような表情を浮かべて、俺に深く礼をしてから部屋を後にした。
「……ふぅ……」
やれるだけの事はやった。責任から逃げた訳ではないのだ。あとの事は全て神威の決断で決まる。いわゆる運命というやつに…
「………んっ?」
…そしてこれまでの経緯から察するに、神威なら二つ返事で新しい母親を歓迎するだろうという事に気付くのに時間はかからなかった。
____________
そして、その日の夜…舞台は執務室に移る。
「…想像通りだと思うが、見せたい物ってのはこれのことだ」
俺はデスクに備え付けてある鍵付きの引き出しから、「誓いの指輪」が納められた小箱を取り出して神威の面前に置いた。
「…開けてもいい?」
「あぁ、いいとも」
「……わぁっ…!」
待ちきれないとばかりに箱を開けた神威が感嘆の声を漏らしたのを見て、かつての俺が妻にプロポーズをした瞬間を思い出した。
「……すごく、綺麗なんだね…」
「やっぱりお前も実物を見るのは初めてなのか」
「うん…研究員同士の話にはよく出てくるけど、でも本当にそれくらい」
この「誓いの指輪」が指し示すものは人間のそれと同じ。KAN-SENと指揮官が「ケッコン」して夫婦関係にあるという何よりの証明であり、なんとこれを身に付けたKAN-SENは僅かに戦闘力が向上したとの報告もあるという。
「…ねぇお父さん、これを僕にくれるの?」
「…ゆくゆくはね」
「えへへ、楽しみだなぁ…」
…何年後に渡すことになるかはまだ分からないが、そろそろ本題へと移ろう。
「だが…その前にお父さんが使うことになるかもしれん」
「…えっ?」
「…実はな。今日、お前のお母さんになりたいと直談判してきたKAN-SENが…」
「本当⁉︎」
「うおっ」
そこまで言いかけた瞬間、神威はやはり普段からは考えられない程の素早い動きで俺の両手を握り締めた。
「…お父さん、やっと再婚してくれるの?」
「…まぁ正直言って迷ってるよ、色々とね」
「そうだよね…でもお父さん、僕すっごく嬉しいよ!」
「ならよかった。お父さんもひとまず嬉しい」
神威からすれば待ち侘びた報告なのだから、この興奮ぶりも頷ける。むしろ記憶に全く無いはずの実母を蔑ろにしていないのだから、とても気遣いの出来る子だと贔屓目抜きに思う。
「でも両手は離してくれ。ちょっと怖いぞ」
「やだ!誰が僕の新しいお母さんになってくれるか教えてくれるまで離さない‼︎」
「しーっ…まぁまぁ落ち着きなさい、お母さん候補は逃げないよ…教えてもいいが、せっかくだから予想してごらん?」
「えーっ?…うーん…誰だろう、結構難しいなぁ…」
神威はうんうんと唸りつつ、それでも幸せそうに時折頬を緩ませながら色々な事を考えているのだろう。
(…つい忘れちまうが、小学生の男の子なんてこれぐらいが普通だよな)
親子三人で川の字で眠ったり、水入らずで旅行を楽しんだり…俺とてそんな幸せを夢見ることがないとは言わない。妻も…きっと俺と神威両方の幸せを望んでくれるだろう。
「あっ………」
だが幸せそうな様子から一変、何かを感じ取ったかのような表情を浮かべた神威が突然俺の両手を手放した。
「…どうした?」
「………………」
俺の問いかけに答えるわけでもなく、神威はそのまま何かを探すように周囲をキョロキョロと見回している。当然この十年間で一度も見た事の無い反応だ。
「…神威、どうしたんだ?何か分かったのか?」
「……その…なんだろう…」
「…言葉に出来そうか?」
「……多分、違うと思うけど…」
神威は自分でもよく分からないといった様子で、自信なさげに執務室に備え付けてある古い電話機を指差した。
(…これか?…いや、まさかな…)
既に夜もそれなりの時間ではあったし、何よりこれを使って連絡をしてくる人物など両手で数えられるだけの人数しかいない…
ジリリ…ガチャッ
「は、はいっ!こちら、レッドアクシズ…竜胆です」
だから有り得ないと思いつつも電話機の前に立った瞬間、電話が鳴った事に驚愕したまま俺は反射的に電話を取ったのだ…信じられない。
(…今宵は一段と早いな。まさか分かっていたのか?)
驚いた様子の電話の相手も、紛う事なきお上…俺のお父様である。神威の予感は本当に当たっていたのだ!
「えぇ、その…勤務中でしたが、そのような感じがして…」
…もっとも当の本人さえ「まさか当たるとは」と言った表情を浮かべて目を丸くしていたから、俺は神威のおかげです、とは言わないことにした。
(そうか…という事はまさか、神威もいるのか?)
「えぇ…普段はもう休ませていますが、今宵は少々話をしようと思い…」
(言い訳はいい。いるならあの子に代われ)
「…ハッ」
ここに着任したばかりの頃は神威を夜まで働かせてしまい、怒りを買ったこともあったが…今思えば懐かしいな。
「お電話代わりました。神威です」
(うむ、それぐらいでいい…元気にしているか、神威?)
「はい。充実した日々を過ごせています…これもお爺さまのおかげです」
(ははは、…お爺さま、か…歳を取るのも悪いことばかりではないな…)
…神威はわざと受話器を耳から少し離して、俺にも会話の内容がある程度分かるようにしてくれている。俺よりずっと世渡りが上手だ。
(…ここだけの話だ、何か困っている事はないか?)
「困り事ですか?…いえ、特に何も」
(そう遠慮せんでもいい…例えば…勤務時間や労働環境の不満はないか?もしあるなら今すぐにでも調整させよう…竜胆に)
でしょうね。
「ふふっ…ご安心ください。今夜はたまたま呼ばれましたが、普段であればこの時間には私は眠りについています」
(…なら良いが…無理はするな。何かあれば竜胆だけでなく、我々にもすぐ相談するといい。我等全員がお前とお前の父の味方なのだから)
「…ありがとうございます、お爺さま…」
…だがこうした台詞を嘘偽りない本心で言って頂けるからこそ、命を掛けて忠誠を誓う気にもなるというものだ。
(さて…お前はそろそろ休みなさい。私もあと少しだけ竜胆と話がしたい)
「分かりました…お爺さま、よい夜を」
(ふふっ…品が良いな、お前は…)
神威は受話器越しに深々と一礼をしてから、そっと俺に受話器を手渡してくれた。
「…お父様、代わりました」
(あの子は休んだか?)
「えぇ…もう退室させています」
(…信じるぞ)
…そのまま音を立てずに退室してくれれば120点だったのだが、どこか思うところがあるのか神威は何故か執務室に静かに居座っている。こうなるともう俺の言うことも聞かない。
「……では…御用件をお伺い致します」
(つい先程の話だが…ロイヤルの女王から合同軍事演習の依頼が入った)
「ロイヤル…ですか」
そして本題に入ったお父様の口から発せられた国家は今なお絶対王政を貫くアズールレーン陣営の最右翼とも呼べる存在で、ユニオン程ではないが今も昔も重桜とは因縁浅からぬ間柄だ…それも合同軍事演習の依頼と来れば、良からぬ物を感じずには居られない。
「…動機も含め、何かしらの情報はお有りでしょうか?」
(…ロイヤルの指揮官は親衛隊出身の「レオパルド・ヴィンセント」という男が務めている。それ以外は全くもって不明だ。何故このタイミングなのか、どういう軍人なのかさえ…)
(…ヴィンセント…あぁ、そういや名門ではあったな…)
…絶対王政たるロイヤルにはやんごとなき身分の者を守るべく、王家親衛隊という物が存在する。その部隊長として先祖代々続く一族の姓がヴィンセントだと風の噂で昔耳にしたが…確かその頃の部隊長の名はデュランだったはずだ。となるとレオパルドというのは息子だろうか。
(…どうする?お前には何の得も無い一方的な話だ。断るのは簡単だが)
「おおかた私に土を付けて名を上げようという程度の魂胆でしょう…それを分かっていて避けるというのは私の
(…では承諾、という事で返事をするが構わないな)
「えぇ…お願い致します」
我ながら荒れていた昔はよく売名目的に喧嘩を売られたものだが…それにしてもロイヤルか。真意はどうあれ、相手としてはこの上ない。
(…KAN-SEN達を好きに使うのはいいが、これ以上の内乱にだけは発展させるなよ)
「ご安心ください…その為に私と、あの子がいます」
(…お前があの子を副官に付けたいと言った時はどうなるものかと思ったが…今思えば正解だったかもしれん)
「私もそう確信しています」
(ふっ…では向こうからの返事が有り次第、追って連絡する。自慢の艦隊をよく
「ハッ」
最低限の確認と会話を済ませるなり、そのまま電話は切れてしまった。と言っても毎回こんな調子だ。俺としてはもう少し色々と話したいのだが…
「…怒ってる訳じゃないが、席を外してくれても良かったんだぞ」
「…最後まで会話を聞いてたら何か分かるかも、って思ったんだけど…気のせいだったみたい。ごめんなさいお父さん」
「そっか…そういう事ならお父さんも思慮深さが足りなかったな」
「ううん、気にしないで」
ここからは親子の語らい…というより指揮官と副官としての情報共有に移るとしよう。
「さて…電話の内容は合同軍事演習の依頼だ。相手方はロイヤル。理由は不明」
「ロイヤル…」
「今更向こうさんの説明は省くが、指揮官の名前はレオパルド・ヴィンセントというらしい。親衛隊出身の名門だな」
「…レオパルド?」
「あぁ、お父さんもよくは知らないがそれなりの血統なんだろう。まぁ俺達橘一族程では…」
「ちょ、ちょっと待って…」
「…うん?」
俺としてはさっさと情報共有を終えて、演習用の艦隊編成案がまとまったらすぐさま神威と寝ようと思っていたのだが、何故か神威は少し怯えたような様子で俺の話を制した。
「…本当に…本当にお爺さまはレオパルドと仰ったの?」
「如何にも…それ以外は何も分からないようだが確かな情報だ。まさか知っているのか?」
「…故人だよ」
「…何?」
「…レオパルド・ヴィンセントは故人なの…もう亡くなってるの。1ヶ月前に…」
…こんなご時世だ。世界の何処で誰が死んでも不思議ではないが、俺の疑問は当然彼の死因などではない。
「…お父さんもお父様も知らないような事だ。なんでお前が知ってるんだ?」
「…誠さんが前に話してたことがある」
「なんだって?」
「で、でも!ほら、単なる世間話というか…その、確かに不謹慎だけど…風の噂で耳にしただけだって言ってたし、指揮官同士ならお父さんも知ってると思ったから…」
世界各国のKAN-SEN達を管理する指揮官というのはいわばその国家の筆頭海兵とも呼べる存在で、その情報は国家ぐるみでありとあらゆる脅威から守られている。まして指揮官が死亡したなどとは外部に漏らす筈がないが…
「……分かった。そうだったんだな…そんな顔をしないでくれ、お前は何も悪くないよ」
「…ねぇお父さん、本当にこの演習受けるの?」
「受けてしまったんだ。もう確定事項だ」
「……沽券に関わるって言ってたもんね」
「あぁ…それにお前の…いや、誠さんの話が本当なら新しい指揮官がロイヤルを率いているはずだ。その正体と腕前も確かめておかないと」
「…うん…」
理屈では納得していても、神威はやはり嫌な胸騒ぎを感じて仕方ないらしい。もしこの情報を事前に知っていたら、俺とてまずはお上に調査を頼んだと思うが…過ぎた事は変えられない。
「…大丈夫だ。演習には勝って何もかも上手くいく。お前の心配している事は一つ起きさせない…お父さんと皆を信じろ」
「…分かった…じゃあ、編成を考えないと…」
「相手もこちらの戦術全てを把握しているとは考えられん。天龍門で行く」
「…うん。僕も同じ提案しようと思ってた」
「流石親子!気が合うな!」
「もう、調子良いんですから…」
天龍門とは長門を旗艦として天城・飛龍を主力艦隊に配置する事をそれぞれの名前から取った物で、他のKAN-SEN達からも絶大な信頼を置かれている重桜必殺の陣である。神威とは前衛艦の配置を議論するつもりでいたが…まあ今夜はよかろう。
「さて!今夜のお仕事終わり!さっさと寝よう!」
「はいはい、お仕事飽きちゃったんですね…」
(おっと…その前にこいつをしまっておかないとな)
神威が書類などをファイリングしてくれている間に俺はそっと引き出しに「誓いの指輪」をしまって、鍵を掛けた。
「お父さん、戸締りいい?」
「あぁ…んっ?」
そして執務室の窓の鍵もついでに確かめたその時、俺はカーテンからやけに眩しい光が漏れている事に気付く。
「…神威、電気消して」
「えっ?」
「いいから」
「…もう」
呆れる神威に電気を消してもらって、執務室を漏れた月明かりだけが照らすのを確認してから俺は思い切りカーテンごと窓を開いた。
「…おぉ…スーパームーンってやつかな」
「…大きいね」
満月というものはいつ見ても風情を感じずにはいられないもので、気付けば俺のすぐ隣に神威が来てくれた。
「今夜は月が綺麗だな、神威」
…この台詞の意味するところはもはやそこの貴方にも説明不要であろう。
「私、死んでもいいわ」
そしてこれが意外と知られていない返しである。テストには出ないよ。
「…お前もいつかそう言ってもらえるだけの男になれよ」
「うん」
…俺達はしばしこれから先の戦の事を忘れて、親子二人水入らずの月見を楽しんだ。
ここまでのご高覧、ありがとうございました。
次回以降はロイヤル編になります。
不定期更新となりますがこれからもご愛顧頂けますと幸いです。