指揮官様は愛する御子息の為にお世継ぎ探しに難儀しています・改 作:evengel
本話より一旦ロイヤル編となります。
楽しんで頂けますと幸いです。
…レオパルドが死んでからまだ三日しか経っていないというのに、ニューカッスルから唐突に告げられたその報告は私と陛下を大いに困惑させた。
「…弟がいたの?彼に?」
「はい。確かな情報です」
「…う、嘘よそんなの!…彼とは随分長い付き合いだったし、色々な話をしたけど…そんな事一言も…」
「…故あってヴィンセント一族を去った弟君の存在は、例え陛下であっても知らせる訳にはいかなかったと…現に周囲の者によれば、レオパルド様は自らの死に目にも立ち会わせなかったと言われております…」
「…馬鹿ね…弟が寂しがるでしょうに…」
…私と陛下は「フネ」だった頃から先祖代々王家親衛隊を率いてきたヴィンセント一族を知っているが、いかに盛者必衰といえど近年の没落ぶりは見るも無惨なものだった。病に倒れた実の父を支え、長男として一族の宿命を背負い、皮肉にも私達KAN-SENとの能力差から王家親衛隊そのものの立場を追われて最期を迎えた彼の無念は…あまりにも…
「…それとも兄弟仲、あまり良くなかったのかしら…」
「いいえ…その逆です。レオパルド様は弟君を愛しておられたからこそ、一族の運命を背負わせたくなかったのでしょう」
「…あいつらしいわね、ウォースパイト」
「そうね陛下…安心したわ」
…ここまでの経緯でレオパルド自身の想いは充分伝わった。となれば、後は残された弟がその愛に報いることが出来るだけの器なのかどうかを気にするべきだ。
「…さてニューカッスル」
「何でしょう?」
「その弟君とやらがどんな男か、情報ぐらいはあるんでしょう?」
「こちらに…」
私の言葉をずっと待っていたニューカッスルは、一冊の大きなファイルを取り出した。これに目当ての情報が載っているのは間違いない。
「…一緒に見定めましょう、陛下」
「えぇ…ど、ドキドキするわね…」
私は努めて冷静に、陛下は緊張した面持ちでニューカッスルから手渡された大きなファイルの情報を食い入るように読み進める。
(……至極当然なのだけれど、立場が違えば人生も全然違うものよね)
レオパルドの弟は彼と5つも歳の離れた青年で、ヴィンセント一族の人間ではあるが軍歴一つない。代わりに若き天才パティシエとして世間では名を馳せているようで、ファイルの情報もそれに関する内容が大半だ。スタイルの良さと容姿の美しさ、それと純朴そうな笑顔がレオパルドと瓜二つだが、お世辞にも代役には向いていないだろう…
「…陛下。内容は把握出来た?」
「だいたいね…分かってたけど、やっぱり普通の民間人だわ…」
これらの情報を踏まえて、期待が外れて残念そうにしている陛下に対し私は自信を持って進言した。
「お言葉ですが…陛下。彼を新しい指揮官としてこの艦隊に招いてはいかが?」
「…ちょっとウォースパイト、本気で…」
…陛下も私の熱意に根負けしたのか、却下の代わりに溜息をついてからこう続けた。
「…理由を聞かせて頂戴」
「確かに陛下の仰る通り彼は軍歴一つない正当な民間人だわ。容姿は良いけれど言ってしまえばそれだけで、他に何が優れているとも限らない」
「そりゃまぁ…そうだけど、もうちょっと…」
「でも…世界に一人しか居ないレオパルドの弟よ。階級だけ高い何処の馬の骨よりも、レオパルドが率いるはずだったこの艦隊を継ぐのは彼こそが相応しいと私は思うわ」
「うぅ…」
「…陛下。恐れながら申し上げますが、私もそのように感じております」
こうした場で自分から言葉を発する事のないニューカッスルも珍しく、しかしながら芯の強い口調でそう言い切った。
「ま…待って頂戴!」
「陛下?」
「その…二人の言うことも分かるし、私だって本当はそうしたいけど…でも、彼の意志や立場は考えたの?彼は民間人だってことを忘れてないかしら…?」
そしてこれまた珍しく、陛下は弱った様子でそう言った。普段であれば女王として堂々と、時には一種の傲慢さを以てこの手の決断に対処されるが、やはりレオパルドとその弟のこととなると慎重にならざるを得ないらしい。
「…でしたらデュランに一度確認してみましょう。彼の意志も含めて…でもきっと、彼は断らないと思うわ」
「…いいわよ、それで…」
断らない…というより断れないのだ。ヴィンセント一族の状況を考えれば。それは陛下も痛いほど分かっておられるはず…
「…ニューカッスル」
「はい。手筈の方は何なりと」
「…絶対に強要しないで頂戴ね。相手はずっと私達に忠誠を誓ってくれた、執事も同然なんだから…」
「承知致しました」
…どうか、どうか陛下やレオパルド、そして私の想いも含めて裏切られる事がないように…エゴイズムを自覚しながら、私達はこの決断を下した。
____________
…冷たい雨の降りしきるある夜のことだ。念願だった自分の店を持ち、その経営も軌道に乗ってきた矢先…父上が危篤状態になったと伝えられた事をきっかけとして、私はある一つの決意を胸に十年ぶりとなる実家の敷居を跨いだ。
「……父上、私です」
父上の眠る寝室にたどり着き、喉から搾り出すようにして声を掛けたが…返事はない。
「…父上…?」
気付けば何度もノックしていた。けれど返事がない。昔であればそれだけで叱責されただろうに…
「…父上‼︎」
胸騒ぎを感じた私は許しも得ずにドアをこじ開け、中へ飛び込む。
「……来たか…いや、よく来てくれた…」
…そしてすぐにベットに横たわる父上を見つけた。
「ち…父上…」
記憶にある威厳も、巨大な背中も、もう何も残っていない。医学には詳しくないが、いくつかのチューブだけでこの世に生を繋ぎ止めている父の姿を一目見ただけで、私は恐ろしい後悔の念を感じた…
「…そんな目で見るな。まだ私は死んでいないぞ」
「…申し訳ありません…」
「…大きくなったな、レティス…」
「…はい」
…けれど父上の表情に死に対する恐怖は微塵も感じられず、それどころか私の成長を嬉しそうにされる心の余裕すら見える。
「随分と背も伸びたが…やはりレオパルドの方が大きかったようだ」
「…3㎝しか違いませんが、分かるのですか?」
「分かるとも…腐ってもお前達の父親だぞ」
「父上…」
…こんなに素敵な会話はもっと早くしたかった…
「…すまぬ。今更こんな事を言っても何の罪滅ぼしにもならんな…」
「いいえ…そんなことはありませんよ、父上…」
だが父上もそう思って頂けていたようで、私はそれが無性に嬉しくて…ようやく父上のベッドの近くに置かれた、大きな椅子に腰掛けた。
「…そうか…なら良かった…」
父上は元来口下手で、口数も多くない。その父上がここまで話すのはそれだけ伝えなければならない事があるからだ、というのは想像に難くない。
(…これは…!)
その父上からの言葉を待っている間に、私は近くのテーブルにあった一枚のパンフレットに気が付いた。
「…あぁ…お前の店の物だ…愛読している」
父上の言葉通りパンフレットにはあちこちにシワがついていて、よく読み込まれているのが見て取れる…
「私は…そうだな、トライフルが好みだ」
「…まさか、お召し上がりに?」
「こんな身体だからな、ヴェルデューゴに頼んで買ってもらうが…一日一つ食べるのが、何よりの楽しみだ」
ヴェルデューゴ、というのはこのヴィンセント一族に残された最後の執事である。父上の若い頃から一族の忠誠を誓い続けてきた彼の顔が分からないはずもないが…彼の事だから、私が店を離れる僅かなタイミングで買いに来ていたのだろう。
「…ゴホッ!ゲホッ…」
「ち、父上!」
「……狼狽えるな。もう収まった…見ての通りだ。あと何個楽しめるかは分からん…」
…父上は不治の病だ。私も十年前から知っていた。それを教えてくれたのは他ならぬ兄上で、兄上が長男として王家親衛隊を継いでくれたからこそ、私は今日まで自由きままに生きていられた。
「父上…何か私に大切な話があるのでは?」
だがそれも今日で終わりだ。私はそのつもりでここに来たのだから。
「……話してもいいか」
「お聞かせください」
私の覚悟を感じ取られたのか、父上は子に接するそれではなく、男が男に対する声色を使ってこう仰った。
「ヴィンセント一族は…継がなくていい」
「…えっ?」
予想外の言葉に面食らう私に対し、有無を言わせぬ勢いで父上は続ける。
「私が死んだ後はこの屋敷も売り払う。大した額にはならないだろうが、お前とヴェルデューゴで分けなさい…葬儀も粗末な物でいい。全てが終わればお前も一族の事など忘れなさい」
「…父上…」
「…こんな家名は呪いでしかないのだ。私もレオパルドも運命の奴隷だったが…お前はそうならなくていい。私もレオパルドも…そしてお前の母もそれを望んでいる」
「………」
父上の願いも兄上の想いも全て分かる。この一族の興亡を私は次男という立場で全部見てしまったのだ…だからこそ、そのまま見て見ぬ振りなど出来ない。
「後は私とヴェルデューゴに任せて、お前はお前の道を行きなさい。私は決して良い父親ではなかったが…お前とレオパルドの父親でいられて、とても幸せだったよ」
「…はい…そうさせて頂きます」
…私は今にも溢れそうになる涙を必死に堪えて、今度は自分自身の決意を口にした。
「…父上の仰る通り…この一族ではなく、私は兄上の想いを継ぎます」
「…なんだと?」
「女王陛下もそれを望んでおられますから」
「…バカな⁉︎何故それを…まさか…⁉︎」
…寝室を訪れる直前、ヴェルデューゴから「ロイヤル艦隊の指揮官」としての話を聞かされた。まさかとは思ったが、兄上の無念を晴らした上でヴィンセント一族そのものの…否、父上の栄光を守れる道があるのなら、私に拒む理由はなかった。
「どうかお許しくださいませ。ですがこれは他の誰でもなく、私個人の望みでもあります」
「…本気で…言っているのか?」
「これこそが運命です、父上」
…逆鱗に触れるかと思ったが、そう言い切った途端に父上は憑き物が落ちたかのように笑い出す。
「ハハッ…ハハハハッ!傑作だ!お前も…お前も言うようになった…」
「兄上そっくりでしょう?」
「…素晴らしいな、兄弟というものは…」
…やがて、父上は穏やかな表情のままで締め括りに入られた。
「…ならば女王陛下には私から伝えておく…本来ならいくらでも代わりが居るはずだ。お前一人で気負わなくていい」
「心得ました」
「艦隊に着いてからも連絡は不要だ。そちらが落ち着いた頃を見計らって、こちらから連絡する…それまで何があっても泣くなよ」
「えぇ、分かっておりますとも」
「…ではもう行きなさい、レティス」
「はい…また逢いに来ます。父上」
どうかこれが最期にならない事だけを祈りながら、私は寝室を後にする。
「…ヴェルデューゴ、いますか?」
そして直後に、寝室から離れて待機していた老齢の執事を呼び寄せた。
「レティス様、お待たせ致しました」
「予定通り私が兄上の跡を継ぎます。父上にも納得して頂けました…後の事を頼みますね」
「畏まりました」
「それと…父上は私が看取ります。その時が近付いたら…すぐに教えて下さい」
「ハッ…ではレティス様、お見送りを…」
「不要です。このまま店にも行かなければなりませんし、私も忙しくなってきました」
要件を伝え終えて屋敷を去ろうとする私の背中を見送りながら、忠実なる家臣は呟くようにして言った。
「…ご立派になられましたね」
「…ありがとう。でもこれからなりに行くのですよ」
「失礼致しました…行ってらっしゃいませ…」
そのまま深々と一礼する家臣に私も頭を下げてから、今度こそ屋敷を後にした…
____________
それから間も無く…「指揮官」としてこの艦隊に招かれた私は、早速女王陛下への
「ご主人様。この先で陛下がお待ち兼ねです」
「ありがとうございます、ベルファストさん」
母港までの案内は安全性の確保と機密保持も兼ねて空路で行われた。その際の護衛は現在のロイヤルメイド長であるという、ベルファストという名のKAN-SENが務めてくれた。出迎えに来てくれた時は外出用の正装をしてくれていたのだが…メイド服に着替えた彼女の格好とそのあまりの露出度を一目見て、私は何となく今後が不安になった。
「ふふっ…これから私の事はベルファストとお呼び下さいませ、ご主人様」
「分かりました…ではベルファスト、お願いします」
「畏まりました」
当然そんな感情は表に出さないよう意識しつつ、私はベルファストに女王謁見の間の大きな扉を開けるよう頼んだ。やがて重厚な音色を奏でるかの如く、ゆっくりと扉が開き…直後、視界に飛び込んできた光景に私は衝撃を受けた。
(…うっ…!)
母港に着任して、ベルファストと共に施設を見て回った時にも散々驚かされたが…それでもなお度肝を抜かれる程の、豪華絢爛そのものの空間。繊細な職人の意匠を感じられる煌びやかな装飾の数々が、私の実家よりも遥かに広大な部屋全てに余す所なく施されている。
(…噂には聞いていたが、噂以上の女の園だな…)
そして何より…遥か彼方に見える玉座に
「…よく来たわね!さっさとこちらへいらっしゃい‼︎」
「は、はっ!ただいま…!」
女王陛下のよく通る命令が私を現実に引き戻した。既にベルファストはメイド隊の列の中に戻っている。とにかく陛下の機嫌を損ねる前に御前へと行かなくては。
(…しかし…まさかあの全員がメイドか?一体何人いるんだ…⁉︎)
歩みを進める途中で様々なKAN-SEN達からの視線を感じるのは当然の事だったが、その中で一番多かったものは私の容姿に対する感嘆…つまり見惚れるような視線だった。自惚れているつもりはないが昔から兄上譲りで容姿には恵まれていたから、この手の視線には慣れている…もっとも初対面でも伝わるような謎の忠誠心を視線から感じるのは初めてだが…
「お初にお目にかかります、女王陛下。レオパルド・ヴィンセントの弟、レティス・ヴィンセントと申します。この度は我が一族の汚名を返上する好機を頂き、誠に感謝しております…」
そうこうしているうちに陛下の御前に辿り着いた私は、
「…最終確認するけれど、今回の招集には貴方自身の意志で従ったのよね?」
「はい。私の人生を懸けて馳せ参じました」
「そう…なら今からとても大切な話をするわ。大きい声では言えないから、もう少し近付いて頂戴…」
「は、はい…」
我ながら少々大袈裟だったか、などと振り返る間も無くどこか神妙なご様子の陛下が仰る通りに私は陛下の元へとさらに歩み寄る。
(…実はね。この艦隊にいるほとんどのKAN-SENはレオパルドが死んだ事を知らないわ)
「…えっ⁉︎」
(しっ!…ショックかもしれないけれど、最後まで聞きなさい!)
(し…失礼…)
…私としては既に私が兄上の代わりなのは周知の事実なのだろうと思っていたから、思わず声が出てしまった。
(レオパルドは王族専用の護衛だったもの。だから彼の事を知ってるKAN-SEN自体が数える程しかいないわ…良い男だったけれどね)
(…ありがとうございます)
(実際、あなたこそがやっとこの艦隊に派遣された念願の指揮官だと思ってる者が殆どよ。ましてや昨日まで民間人だったなんて夢にも思ってないわ)
(…………)
今後の立ち回りをどうするべきか…それだけを考える事に必死になっていた私を見透かされるかのように、陛下はこうも仰った。
(…でもね。何も焦らなくていいわ。私も女王だから分かるけれど、統治するっていうのは本当に大変なんだから…むしろあなたが来てくれて大助かりよ)
(陛下…)
「…話は終わり。仕事はこれから覚えればいいわ…背負い過ぎて潰れる前に周囲を頼りなさい。いいわね?」
「…しかと心得ました…」
…何もかもが突然で予想外の連続だが、まさか女王陛下がこれ程までに見ず知らずの私を気遣ってくださるとは。それこそ兄上がこれまでに築き上げた信頼の成せる業だと重々承知しつつも、私個人もまた改めて陛下に忠誠心を示そう…そう思った末に私は懐からとっておきの物を取り出した。
「陛下。どうかこの血判をお受け取り下さいませ」
「け、血判?…え、えぇ…まあ…もらっておくけど…あなた、生真面目なのね…」
「身に余る賞賛であります」
(こういう所はレオパルドと全然似てないわ…ふふっ…)
無事に血判も受け取って頂けたことだし、陛下との謁見もまずまずの様子で終えられそうだ。
「…さて!謁見は一旦この辺にして…早速あなたの新しい仕事を始めるわよ?準備はいい?」
「はい!何なりとお申し付けを!」
そのまま陛下は私に確認を取った上で、これまた通るお声で皆に号令を掛けた。
「皆も待たせたわね!これから新しい指揮官の歓迎会を始めるわよ!」
パチパチパチパチ…
拍手の後、皆は続々と大広間を出て行く。足取りからしてどうやら裏庭へと向かうらしい。
「お茶会のマナーは分かる?」
「えぇ。問題ありません」
「なら何も心配ないわね!…皆もあなたに聞きたい事が山ほどあるみたいだから、経歴とレオパルドの事以外は全部答えてあげなさい!」
「ハッ!」
…この時の私に歓迎会が何時間も続くという驚愕の事実を告げたとしても、同じような返事が出来ただろうか…
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お茶会という名の質疑応答は前述の通り日が暮れるまで続いたのだが、最初のうちは非常に真面目な雰囲気だった。
「では改めて…クイーンエリザベス級高速戦艦。名はウォースパイトよ。陛下との関係性は実の妹という立場ね…覚えておいて欲しいわ」
「把握致しました。ではウォースパイト殿下、ご質問の方はこざいますか?」
「着任早々ではあるけれど、今後の艦隊運用とその展望について。皆に聞かせて頂戴」
「畏まりました…まずはKAN-SENごとの労働格差の改善、それによる艦隊稼働率の向上を目標としています」
「ふむ。何か具体案はあるの?」
「はい。格差と一言で言ってもここはロイヤル。私自身も中流貴族の出身ですから分かるつもりですが、KAN-SENの皆さんにも立場の違いや役職事の違いがあるのは当然です。そうした点も考慮した上でシフト制度を導入しようかと」
「シフト…なるほどね」
「もちろん皆さん一人一人の希望と能力、その日ごとの体調も重々検討した上で後日作成します。不満や相談があればまたその都度お声かけくださいませ」
「ふふっ、そうさせてもらうわ」
「…では次の…」
「指揮官。私の頼みを一つ叶えてもらいたい」
お茶会では一人の質問が終わるのとほぼ同時に次の者が私に声を掛けてきたが、こうした場合の順番一つ取っても彼女達の序列が窺い知れる。
「おっと…ではお名前も含めてお伺いします」
「我が名はキングジョージ5世だ、そして頼みというのは私の妹に会わせて欲しい」
…後に彼女の為にありとあらゆるスイーツを作る羽目になるから言えることだが、思えばこの時から彼女はとても豪胆だった。
「…もう少し詳しく説明して頂けますか?」
「私とてあまり詳しくはないが…」
そんな彼女から私は特別計画艦の事と、彼女の妹である「モナーク」の存在を知ることになる。
「なるほど…いずれにせよ、数日で叶えられるようなものではありませんね」
「だが叶えて頂けるのだろう?」
「えぇ。貴女の力も借りて共に成し遂げましょう」
「ははは、あなたならそう言ってくれると思っていたよ…その調子で私や私以外の者も上手く使いこなすが良い」
「肝に銘じます」
こうした生真面目な雰囲気が続くとどうしても萎縮してしまう者もいたので、この時私は極力場の空気が固くならないように振る舞っていた。
「では次は…そうですね、そちらの貴女に」
「あ…わたし…?」
「はい、貴女です…素敵なレディ、宜しければお名前をお聞かせくださいませんか?」
「えっと…ロイヤルネイビー…名前は…ユニコーン…」
「ユニコーン…よいお名前ですね」
「そう?…えへへ…」
この時は駆逐艦にしか思えなかったユニコーンが実は軽空母で、そして彼女が大切にしているゆーちゃんは勝手に動いて空も飛ぶのだからKAN-SENとは本当に恐ろしい…
「指揮官…あのぉ…」
「はい、なんでしょう?」
「お兄ちゃんって呼んでも…いい?」
そのユニコーンがそう発した瞬間に陛下と殿下、それと何名かの表情が一瞬こわばったが…私に動揺はなかった。
「えぇ、もちろんいいですよ!」
「本当?…やったぁ…!お兄ちゃん、ありがとう…!」
「どう致しまして…貴女や皆さんの為に、素敵なお兄ちゃんになりますからね…私も…」
…とまぁこんな感じで、ここまでは我ながら順調にいっていたのだが…
「ダイドー級軽巡洋艦、カリブディスです。会えて光栄です、ご主人さま♪」
「こちらこそ光栄です、カリブディス…ではご質問の方をどうぞ」
「ご主人さまは何か、「これだけはやってほしくないこと」というものはございますか?」
「と、言いますと?」
「我々ロイヤルメイド隊はご主人さまの専属メイドとして、いつでもどこでもなんでもをモットーにこれからご奉仕させて頂こうと以前より計画していたのですが…やはりご主人さまも大人の男性ですから、見られたくない物があったりですとか〜」
「あはは…私もまだ軍歴の少ない身。恥こそ多い人生ですが、その分隠す物など何もありません。そんな私をこれからお世話して頂けるというなら光栄の極みです」
「本当ですか⁉︎良かった〜…ではご主人さま。これからは何でもお世話させて頂きますね♪」
(…ん?何でも?)
…カリブディスは何も悪くないが、思えばこの辺から若干雲行きが怪しくなり…
「指揮官のこれまでの振る舞いを見せてもらったが…その誇り高さ、
「デュエル…ええ、確かに子供の頃少しだけ遊んでいましたが…」
「やはりか!好きなカードはなんだ?」
「うーん…確か…ダイダロス?だったかな…あの大きな海のドラゴンのような…」
「なるほど!…分かったぞ、指揮官はアトランティスデッキが好きなんだな⁉︎」
「アトランティス…あぁ、確かそんなカードもありましたね…」
「古代の記憶が蘇ってきたようだな!良かった、この艦隊では殆どデュエルの話が出来ないのが悩みだったが…」
(あっ、この流れは不味い)
「指揮官がいる限りこれからその心配はなくなるな!」
「ベルファスト。次の方をお呼びしてください」
「畏まりました…ハーミーズ様。時間です」
「まだだ!まだ私はサレンダーしない!私のターン……離せ!」
「では次の方〜」
「助けて指揮官!……相棒ぉぉぉぉ‼︎」
ハーミーズを生贄に、KAN-SEN達の地獄の暴走召喚は続く。
「ジャベリンです!ジャベリン、指揮官みたいなハンサムな人とずっとおしゃべりしたかったんです!」
「ど、どうも…」
「うん?…気になる子の前でどうしたらいいか分かんないって顔してる〜?えへへ♪」
(これは…そう、「うざかわ」だ。彼女はそういうキャラクターなんだ…そう認識しろレティス…!)
「それでそれで!ジャベリンずーっと気になってたんですけど〜…ズバリ!指揮官は今、お付き合いしている人っていますか⁉︎」
「…それがいないんです。ジャベリン、よろしければ貴女が私の大切な人になって頂けませんか?」
今日が初対面の、しかも自分の上官になる人間相手に恋の話題を振り撒いてきたジャベリンに対して、私は無類の女好きだった兄上の口癖をそっくりそのまま伝えた。
「きゃあ〜!指揮官、いきなりナンパはいけませんよ〜!」
(ベルファスト。後で皆さんには社交辞令の一環だとお伝えください)
(畏まりました)
…それからは好奇心旺盛なKAN-SEN達から「趣味と特技」「休日の過ごし方」「好きなタイプのKAN-SEN」「今までの経験人数」「駆逐艦の妹について」…特に筆舌する程の事ではない項目まで丸裸にされた。
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兄上の存在と私自身の経歴だけはどうにか誤魔化しつつ…しかしながらそれ以外の事は一つを除いて全て暴露することになった恐怖のお茶会を乗り切った私は、そのままKAN-SEN専門の研究員チームの元へと挨拶をする運びとなり今に至る。
「ははぁ…それはご苦労様です…でも流石指揮官、モテモテですね〜」
「ありがとうございます…といっても、場の空気に流されるがままでしたが…」
栄華を極めるロイヤル艦隊ともなればその周辺施設の規模も天井知らずなのだが、幸運にもその研究員チームの総責任者が案内役を買って出てくれた。
「いえいえ!新しい指揮官様のご到着をKAN-SENの皆さんはずっと心待ちにしていましたからね。これからの評価はどうあれ、第一印象をクリアしたというのは素晴らしい事ですよ!」
「そう言って頂けると救われます、ミア中尉」
このミア中尉という女性はこのロイヤル艦隊全てのKAN-SENが使用する兵装の管理を行う研究員達のトップだという。まだ私と同じか下手すれば歳下に見えなくもない程若く美しい人だが…世界とは広いものだ。
「まぁまぁ階級なんて気にしないでください、貴方は指揮官様なんですから」
(買い被られてるな…んっ?)
その時、私はまた自分に向けられた複数の視線に気付く。
(…あっ!こ、こっち見た…)
(あんたの声が聞こえてたんじゃない?)
(かもねぇ…はぁぁ、カッコいい…)
(ねぇねぇ先パイ!手!振ってみてください!)
(えぇっ⁉︎嫌よ、はしたなく思われるじゃない…)
(先パイに気が合ったら絶対振り返してくれますって!ねっ!)
(もうっ…い、一回だけよ⁉︎…)
…会話の中身までは分からないが、一人の研究員の女性が気恥ずかしそうにこちらに手を振っていたので、私も作り笑いを浮かべながら手を振り返した。
「「「キャーーッ!!♡♡♡」」」
「…そのご様子ですと女性には不自由していないようですな?」
「よしてください中尉…私は女性で遊ぶタチではありませんよ」
「意外ッ!」
…この艦隊の不満点があるとすれば、裏方のスタッフさえも女性だけという事だろうか。
「…一つ質問したいのですが、KAN-SEN専門の研究員というのは女性限定の任務なのですか?」
流石にそれを面と向かっては言えない…のだが、思ったよりも失礼な聞き方になった事に言葉を発した後で気付いた。
「その点は国によります。我々ロイヤルではKAN-SENに刺激を与えない事を最優先にしているのでこうなりましたが、珍しい方だとは思います」
「刺激…なるほど」
そして思ったよりも真面目な答えが返ってきた。確かにありとあらゆる意味で同性で接する事にはメリットがあるのかもしれない。
「……それとも殿方一人って案外寂しいんです?」
だがそんな事など内心どうでもよく、本心では気遣いしなくて良い理解者を得たい私の心情を察してもらえたのか、ミア中尉は独特な口調を崩さずにそう聞いてきた。
「…白状します。寂しいです」
「そうですか…でもさっき何人かのKAN-SENに会いましたけど、皆あなたの事を気に入ってましたよ?」
「それは嬉しいんですが…そもそもきっかけからして、私は代役ですから」
「代役?…誰の?」
「私の…殉職した兄上です」
「…その話、最後まで聞かせてもらっても?」
「えぇ…是非ともお願いします」
それから私はこれまでの経緯と自らの心情を全て吐露したが、ミア中尉は黙って受け止めてくれた上に誰にも口外しないとまで約束してくれた…
「…ありがとうございます、ミア中尉。おかげで楽になれました」
「つ、辛かったらこれからもお話聞きますからね…無理しちゃダメですよ…」
「えぇ…」
話を聞き終えたミア中尉はどこかよく分からない感情を持て余していそうなのが見て取れる。
「…では、私は一度母港に戻ろうかと思います。またこれからお世話になります」
「こ、こちらこそ…!」
私は彼女と他の研究員達にも改めて感謝の意を述べてから、指揮官としての細かな業務を習うべく母港と引き返した。
(………は〜っ…!…エリートお兄様の無念と一族の未来の為に、突然未知の世界に飛び込んできたイケメン弟…!皆からキャーキャー言われるくせにノンケなのか男一人で寂しそうにしてる部分もあるとか、そそるわぁ…今度の新刊、これでいこうかな…♡)
____________
施設の把握や指揮官として従事する業務内容の確認を終えた後は、これまた豪華極まるディナーを皆と楽しみ、そして皆の誘いを断って入浴を済ませ…働いているのか遊んでいるのか分からなかった怒涛の一日もようやく終わりを迎えようとしている。
(…ミア中尉のいうとおり第一印象は問題ないはずだ。今後は明日以降の振る舞い次第という所だろう)
既に責任感と共に漠然とした不安も膨れ上がってきてはいるが、未経験の職務に従事する時というのは誰でもそういう感情になるはずだ。
(…荷解きなんて、寝る前にやるものじゃないな)
荷解きもそこそこに用意された寝巻きへと着替え終えた途端、急に眠気に襲われた。
(父上も落ち着いたら連絡を寄越すと仰っていたし…ひとまず休んでもいいじゃないか)
…今日の私は我ながらよくやった。後は明日の私に任せて、早くあのキングサイズのベッドへ…
コンコン
(…嫌な予感ほどよく当たる)
時計を見ればギリギリ日付けが変わる前だ。最後の一仕事をするとしよう…
ガチャ
「はい、どなたでしょうか?」
「夜分遅くに申し訳ありません。必ず貴方様にお渡しするようにと、レオパルド様から頼まれていた物がございます」
今日一日でKAN-SEN達からは色々な呼ばれ方をしたが、私を貴方様と呼んだのはたった二人しかいない。
「貴女は…ニューカッスルでしたね」
「ふふっ…もう名前を覚えて頂けたなんて、とても光栄です」
本来ならばレディーの会話は雰囲気を守ることが最も重要で、自分の立場が上であるからと言って一方的に会話を進める事は御法度だ。
「…失礼。兄上が私に渡したかった物というのは?」
頭でそれを理解はしていても、心は嘘をつかない。
「こちらです…重たいですよ」
ニューカッスルはそんな私の心情すらも汲み取ってくれたのか、柔らかい雰囲気を崩さぬまま一冊の分厚い書物を私に差し出した。
「…これは…?」
「レオパルド様が生前に書き留められていた貴方様への教えをまとめた物になります」
表紙には金の刺繍で「
「…兄上は…自分の死を悟っていたのでしょうか?」
「…レオパルド様はセイレーンの襲撃の際、受けた傷が癒えずにご逝去されました…ですがそのお命が尽きる直前まで、貴方様がこの艦隊を継ぐと信じてありとあらゆる教えを遺されたのです」
「兄上…」
自らの遺体さえ私に見せなかった兄上の文字通りの遺産を、気付けば強く抱き寄せていた。
「…ありがとうニューカッスル。これがあれば…私は、きっと…」
…そのまま頬を暖かいものが伝うのを止められなくて、私は言葉の途中で背を向ける。
「…夜分遅くに大変失礼致しました。お休みなさいませ、貴方様…」
絶妙なタイミングでニューカッスルが部屋の扉を閉めてくれたのを確認してから、私はすぐさま部屋の机に兄上の遺産を置いて表紙を開いた。
《お前がこれを読む頃には、俺はもうこの世に居ないはず…なんて手垢塗れの常套句を、本当に書く事になるとは思わなかったが…許せレティス。お兄ちゃんのおふざけも、これで最後だ》
そのまま無我夢中でページを開き、血眼になって兄上の言葉を読み進める…私と父上を残してこの世を去る事への謝罪、決して長くなかった人生に対する後悔と未練、そして私を導く格言の数々と共に、何枚もの家族写真とハンカチーフが収められていた。
《もしこれを読んでる途中で悲しくなったらこれを使って涙を拭くこと。お前は優しくて少し繊細なだけだ。泣き虫じゃないから心配するな》
「分かってる…分かってるよ、兄さん…」
写真を一枚見るたびに、懐かしく…素晴らしかった幼少期の記憶が鮮明に蘇る。まだ若く強い父上と、美しくご存命だった母上、誰にでも優しかった兄上、小さな私、そして裕福だった我が家…叶ってはならないエゴだと分かっていても、永遠に家族皆で幸せでありたかった…
《…お前には指揮官として守らなくてはならない決まりが三つある。親衛隊の隊長だった俺も同じ事を守っていた。それにこれはヴィンセント一族の掟そのものでもある…覚悟が出来たら次のページを開け》
だが…ページをめくるたびに、胸が熱く…自分の知らない感情が芽生える。
《まず一つは信頼を得るということ。これはありとあらゆる意味で、かつあらゆるものに対してだ。これが無い者は誰からも必要にはされない。かと言ってすぐ得られるものでもないが…幸運にも得る手段自体は幾らでもある。お兄ちゃんが知っている限り全て書き残した。安心して先人に習え》
私は夢中でページをめくる。
《二つ、得た信頼を決して失うな。手に入れるにはあまりにも大変だが、失くすのはとても簡単だ。だが無くせば最後だと思え。こればかりはどうしようもない…疑心、慢心、下心、女心。こいつらは失脚四天王だ。覚えておくように》
兄上特有の言い回しに懐かしさと、何故かほんの少しだけ鬱陶しさを覚えながら…ページをめくった。
《そして三つ目…結果を出せ。これが一番重要だ。方法は何でもいい。必ず記憶だけでなく、記録に残る結果を出せ。これが出来れば誰も文句を言わなくなる。お前はその時まさしく指導者となり、支配者となり、そしてそれはお前の運命になる》
…文書の最後には小さな字で、こう綴られていた。
《いい男になれよ。お兄ちゃんよりも》
「…大丈夫だよ兄さん。何も心配要らない…」
そこまでを読み終えてもまだ半分もいかないManuelを閉じた時、僕の目から涙はもう止まっていた。
「後は僕に任せて」
口に出したのはこれが想いではなく、決意だと自分と兄さんに言い聞かせたかったからだ。
「いい男になります。兄さんより…」
そのまま部屋の本棚の奥底、誰にも分からないように隠した兄さんの魂が、僕の人生を変えるものになるとは…その頃の僕はまだ気が付かなかった。
ここまでのご高覧、誠にありがとうございました。
同様に設定集の方も随時更新予定ですので、ご興味のある方はそちらも含めてお楽しみ頂けますと幸いです。