いい子で養生するムラサキと、そんなムラサキにべったり甘える望寧の話。
熱を出して、二日目。
ヨアさんが看病してくれたおかげで難を逃れたらしいと昨日は思ったが、どうやらまだ早かったようだ。
寝起きは随分と調子が良く感じたものの、午前中ほんのわずかな時間を布団の外で過ごしただけでダウンしてしまったため、あえなく私は布団の中に連れ戻された。
それにしても、いつも熱を出していても日中活動くらいは問題なく出来るというのに、寝ていなきゃならない程だとは、今回は頑固な風邪だこと。
しかし、体の感覚的にそうした方が良さそうな気配は十分だったので、ここは大人しく従うことにした。
ここ最近、イラスト制作や執筆や下準備をし、更にはファンの人のためにもと思い交流活動や各種投稿作品の閲覧、あとはゲームの進捗にも真面目に取り組んできたつもりだったし、体調も去年に比べて大きく崩れた感じはなかった。
ただ、やはり自覚がなくとも、寒い時期を過ごしてきた負担は寒さが緩み始めた頃に押し寄せるものなのかもしれない。極度の眼精疲労から始まり、目が痛くて起き上がれないぞと思って布団に寝転んだら熱まで出た。そんな感じだ。
しかもまぁ、7.4と言われたらこれまではそんなに苦しくはなかったはずだが、何故か今回は異様にしんどい。これじゃワクチンの副反応に引けを取らないレベルだ。熱が出て怠いだけならまだしも、気持ちが悪くて食欲がない。
こんな7度台前半の熱で食欲を失くすほどだったろうか、自分。
と首を傾げたものの、そう病状を報告したらヨアさんにめちゃ怒られた。
めっちゃ怒られた。
心配してくれてるのはわかるけど、いつもの事と言えばいつもの事だし、そんな怒るほどのことだろうか。
挙げ句の果て、とりあえず完治するまでスマホは時間管理制で、ヨアさんが許可するまで触れないし禁止だと言われた。
怒ると言っても病人相手にそんな烈火の如く叱られたわけじゃなかったが、グラグラと煮え立つマグマを隠しているような表情から、これで嫌だと言えば本当にそのぐらい怒り出しそうな気配を感じたので、私は大人しく頷いておいた。知ってる。この子多分本気でキレたら怖い。
本当に怒らせる前に大人しく従っておくが吉だ。ていうか、私も早く治りたいし。
本当は、天気のいいうちにコンビニに行ってバレンタインの絵を印刷したかったけれど、そんなことが許可されるはずもなく。むしろ、この日の午前中が終わらないうちに調子を崩したので、行かなくて大正解だったかもしれない。
私を家から出すなという指令は他の家族にもしっかりヨアさんから伝令されていたらしく、トイレに行こうと思って立ち上がり廊下に出ると、なんと玄関にびっちり「KEEP OUT」の黄色いテープが縄の如く貼られ、おなじみの双子がでんとその側に立ちはだかって門番をしていたものだから笑ってしまった。
「これは……」
「ピピピピピー( ˙꒳˙)とまれ!どこへ行く!」
「あ……ええと……お手洗いに行きたいんですけど……」
「うむ。とおってよし( ˙꒳˙)」
「それはいいんだ」
けたたましく笛を鳴らし、小さい槍まで持った恵李朱くんが仰々しく言うと、夜羽くんが握っていたテープの端っこを離した。トイレとお風呂場に続く廊下の道が解除される。
「ていうか、こんな寒いところで遊んでたら二人とも風邪引いちゃうよ!?」
「だいじょうぶ、ムラサキが部屋から出ようとする間だけだから」
「それでも体に悪いわ! ほらほら! 廊下は寒いから部屋に戻って! 二人がこんなところにいなくてもお家の外に出たりしないから! ね!」
「「( ˙꒳˙)」」
疑いの目がイタい。どんだけ信用ないんだ私。
とはいえ、昨日回ってきた回覧板を、結局寝込んでしまって回せていないので、これだけは幾ら体調がアレとはいえ何とかしてしまいたい。
大したお知らせがない事を捲って確認し、日付を書き入れて廊下から出ようとすると、案の定恵李朱くんに止められる。
「ピピピピピー( ˙꒳˙)どこへ行く!」
「お隣に回覧板を……」
「む……( ̄^ ̄)」
「ドア開けてすぐお隣だから! 一瞬で帰ります! お願い!」
一瞬口をへの字に曲げたエリくんは、ヨルくんに目で合図する。
傍にいたヨルくんががっちゃんとドアノブを下げる。エリくんは厳かに言った。
「許可しよう」
「ありがとうございます大将」
「5・4・3……」
「早い早い早い!!!」
「恵李朱うぅぅぅ(´;ω;`)閉め出したらムラサキ風邪酷くなっちゃうよぅ(´;ω;`)」
本当にすぐ横の家だったので閉め出されることは避けられたが、ヨルくんが半泣きになる程度には、家から極力出すまじというエリくんの本気が感じられたのだった。それにしても、5秒で行って帰って来られる場所はなかなかないと思うけど。
ウォークマンを探し出して充電させてもらう許可をもらったので、布団に寝ている間は主にそれがお供だった。
とはいえ、熱が高い間はそれを聴く気もあまり起こらなかったのだけど。
窓を開け、昼間の日差しを取り入れた部屋でぐったりしていると、最近しばらくモンハン世界に行けていないせいで暇だったのか、望寧ちゃんが様子を見に来た。
頭の上から褐色の掌を私の額に乗せ、不安そうに覗き込んでいる。
「早く良くなって呉れ給え。君は、僕にチョコレートを呉れる約束だっただろう」
「ああ……冷蔵庫に入ってるよ? って言いたいけど、それ自分で取り出して食べたところで嬉しくはないか。ごめんね、バレンタインにあげるって言ったのに。狩りにも全然行けてないし」
「そんな事はどうだって良い。君が元気になる事が先決だ」
私の頭を撫でてむすっとそう言うと、布団の隣にもぞもぞと潜り込んできた。
すかさず、枕の隣で本を読んでいたヨアさんが言う。
「ちょっと、望寧。サキは休んでるんだから邪魔しないでよ」
「隣で寝転がるだけだ。それに、僕も少し疲れている」
「大丈夫よ、ヨアさん。別に邪魔じゃないから」
小さく丸まって私の胸元に頭を擦り付けてくる望寧ちゃんを、ヨアさんは白けた目で見ている。
私が耳に嵌めたイヤホンとウォークマンを見て、望寧ちゃんは不思議そうに言った。
「その青色の、薄っぺらい小さな箱は何だ?」
「これ? ウォークマンだよ。音が聴ける装置。この時代の音楽は、望寧ちゃんには余り馴染みがないかもしれないけど」
「ほぅ……? レコードやカセットテープとは、随分音質が違っているのだろうな」
なんだか私の耳元に耳をくっ付けて音を聞きたそうにしているので、私のイヤホンを片方分けてあげると、楽しそうに聴き入っていた。
が、私が目覚めて退屈そうにしている時以外は、本当に邪魔する気はなかったようで、望寧ちゃんは私にぴったりくっついてくぅくぅ寝息を立てているだけだった。
時々布団を出て水を飲んだり、起き上がったりすると、望寧ちゃんはもそもそと手探りで私の体を探している。
「う〜〜……?」
「はいはい、ここにいますよ」
「んん……ははうえ……」
寝ぼけて言いながら幸せそうな顔で私にしがみ付いて、また寝息を立て始める。
ハンター生活の時は鳴りを潜めている、子供っぽい表情だ。
普段はがっしりしているはずの頼りがいのある身体が、どうにも小さく見えて、私は思わずその短い黒髪を撫でながら、微笑みを漏らした。
「ふふ。甘えんぼさんだねえ」
「望寧って、サキの前では随分と甘えたがりだよね。あっちの世界にいる時は、皆の前とかじゃそんな顔欠片も見せないくせに」
「安心できる相手になれてるのかな。だったら嬉しいんだけど」
「望寧って、母親とは離れて暮らしてるんだっけ」
「そ。小さい頃から離ればなれだから、寂しかったんじゃないかな」
さっき、お昼ご飯の卵がゆを望寧ちゃんに少し分けてあげたら、「母上の味に少し似ているようで……」「早く元気になって呉れ」と涙ぐんでしまったものだから、さすがのヨアさんも少しびっくりしていたのだ。
預けられた里で立派にハンターとして成長できるくらいだから、元々しっかりし過ぎてあんまり誰かに甘えられるような事もなかったんじゃないかと思う。
私の前では随分可愛らしい顔を見せてくれるので、ちょっと嬉しい。
そう言ったら、ヨアさんは呆れたように小さく息を吐いた。
「サキってさぁ、なんでそう、いつも爆発的に母性を求めてる人間にばっかモテるのかな」
「あはは、昔から良くも悪くも、そういう傾向はあるのかもね……。
甘えられると、ついつい突き放せなくなっちゃう」
まあ、現実にはそれで損をしたり、苦しくなったりしてきたことも沢山あったけど。
そうやって潰れやすい私を、ヨアさんはいつも守ろうとしてくれる。
何も言わないけど、凛とした瞳の奥が警戒するように周囲を見回していたり、ふと布団を見下ろして不安げに私の方を見つめたりすると、瞳の色でそれがわかる。
「……ヨアさんも音楽聴く?」
「あんたが好きな曲だっけ」
「そ。ちょっと古いけどね。私が大学生の時は、いつも聴いてた曲で……」
今じゃiPhoneの容量が余裕で100GBを超えて、それでもダウンロードするアプリによっちゃ少ないなんて言われる時代だけど、私が大学生の頃から使っているウォークマンは3GBしか曲が入らない。
だから必然、いつも傍に置いておきたい曲が入っている。普段は全然聴かないけれど、いつまでも消したくはない、そんな曲達が。
そんな曲に付随する思い出話を、ヨアさんは飽きずに目を細めて、隣で寝転がって聴いてくれていた。
ただ日が上り、落ちていくだけの時間を、布団の中でじっと丸まって過ごす。
本当に、何もせずに、休むことだけに専念する休み方はほとんど初めてだ。
今まで、体に負担を掛けない程度に起きていようと、目を瞑ってじっとしていようと、大して体力は消耗しないのだから違いはないと思っていた。むしろ、じっとしている方が不安で辛くて、精神衛生上は良くないと思っていた。
でも、今回はそうするしか出来なかったし、何よりヨアさんが、そうまでして休んで欲しいと望んでいたから、真摯に想ってくれるその気持ちに応えたいと思った。
一人で養生することは、怖かった。療養だと思った自分自身に、その後の体調で何度も裏切られてしまうから。
でも、ヨアさんと一緒だと不思議と怖くない。それに、去年度重なる病院通いを経て、私はもっと自分を信じることの大切さを知った。
あれだけ検査して何もないと言われたのだから、私の体だって無能じゃない。機能的に事足りているのだとしたら、足りないのは後は基礎体力と、私の心の落ち着きだけだ。
だから、大丈夫。今までの私が、私を蔑ろにし過ぎたんだ。いつまでも贅沢な暮らしが出来るとは限らないけれど、少なくとも今ここには、使える環境と薬がある。助けてくれる家族がいる。それをもっと自覚しよう。やれる事は全部やろう。きちんと信じてうんと手を掛けてやれば、私は私に応えてくれるはず。そう思った。
その日の夜は、鯨さんが大好きなミニオンを金曜ロードショーでやっていて、一緒に起きて見たかったけれど、辛さのあまりそれも叶わなかった。ヨルくん達は楽しんで見ていて、あまりこちらの事を心配させずに済んだ事だけが救いだ。
昼間じっとしていても、夜にはまたそれ以上に熱がぶり返してきて、音楽を聴いているのも辛くなった。私の体は今回の風邪に対して、どうやら徹底抗戦の構えを見せているようだ。夕食後に解熱剤を飲んだはずなのに、熱いし気持ちが悪い。アイマスクなしでは蛍光灯の光が辛くてくらくらする。
もしかしたらずっとこのまま治らないんじゃないのかと、たった二日目にして折れかかる心で、隣の指先をきゅっと握ると、ひんやりした掌がいつも握り返してくれた。
布団から出たり入ったりしなくていいようにと、ヨアさんが淹れてくれたアップルルイボスティーの水筒が、枕の傍にはある。暖かいそれを一口飲んで、こんこんと眠る望寧ちゃんの傍にくっつきながら、また耐える。
「サキ。大丈夫だよ」「苦しいね……」「大丈夫」「愛してるよ」「大好きだよ」
静かな言葉が、優しい掌と唇と一緒に額へ降ってくるのを、朧げな意識の中で何度も感じていた。
こまめに着替えをさせてくれたり、お茶や薬を飲ませてくれたり、体を摩ってくれたり、その度に優しいキスで寄り添ってくれたのを、私は知っている。
一番そう言って欲しいのは、ヨアさんの方だったろうに。
熱が普段の風邪のそれより高いと見て、ヨアさんは部屋の隅に置いてあった熱冷まシートの箱を取ってくると、裏のフィルムをぺらりと剥がした。
「しんどいならこれ、貼ろうか」
「寒くなっちゃわないかな……?」
「額だけだし、大丈夫でしょ」
ひんやりと、貼り付けてくれた薄いシートが急激に熱を奪っていく感触があった。
ものすごい効き目だ。と同時に、3時間近く経ってようやく効いてきたのか、はたまた身体機能が勝利したのか、シートを貼ると同時に急激に体が楽になった。
私は、凍えそうな極寒の季節でも熱に冷却シートは有用だということを初めて知った。
これは素晴らしい文明の利器だ。ありがとう久光。これからも常備しておこう。
寝汗は風邪の引き始めと同じくらい酷かったが、おかげでやや熱が落ち着いた私は、比較的ぐっすりみんなの傍で眠ることが出来たのだった。
***
熱を出して、三日目。
半分剥がれかけた私の熱冷まシートを取ったヨアさんは、寝起きの私と額を付き合わせるようにして言った。
「具合はどう?」
「めっちゃ元気!」
「そりゃ、寝て起きたんだから元気になったようには感じるでしょ……」
「あはは、そりゃそうか」
「ゆっくり休めたんだろうからよかったけど」
少し呆れたように言って、軽く頭を撫でてくれる。
昨日とおとといは鯨が出張中だったが、今日は週末だし、買い物や弁当の買い出しは頼める分気が楽だ。
まあ、不在の時は不在の時で、誰の足音も気にせず眠れるし一人の分しか食事を作らなくて済んだから、体に優しい暮らしでゆっくり休めたのだけど。
望寧ちゃんはまだもぞもぞと寝ていたので、先に起きて朝ごはんに豆サラダ入りの卵焼きを作る。もう短時間なら台所に立つのは大丈夫そうだ。
「まだ油断しないこと」
「はぁい」
ヨアさんに返事をして朝ごはんを食べ、今日も午前中は布団の中でゆっくり過ごすことにする。
まだ怠さはあって寝ていることしか考えられないが、昨日よりはやはり随分とマシな感じがした。
立った時の体の感じが、おとといや昨日とは全然違っている。
体調不良は全然ありがたくも嬉しくもないが、この病弱な体で生まれて唯一よかったと感じることがあるとすれば、病から復帰する度、毎回これ以上なく健康の幸せを感じることができることだと思う。
私などただの風邪が寛解しただけなのに、廊下に出て冬の冷えた新鮮な空気を肺に吸い込み、朝の街を窓の内側から眺めるだけで、まるで自分が世界中から歓迎されるために生まれてきたような、そんな気持ちになれる。
大袈裟どころか嘘みたいと思われるかもしれないが。
いつもいつも健康のありがたみは噛み締めているはずなのに、不調が一つ消えることは私にとって、生まれ変わるにも等しいことなのだ。
結局、このありがたさをいつも忘れて、簡単に壊してしまうのだけど。
でも、あれだけ必死に看病してくれた人がいるのに、こんな新鮮な喜びを容易く蔑ろにしてしまうのは、本当に申し訳ないな。
そう思いながら、私は養生に努めようと、部屋に戻った。
昼間、鯨さんが買ってきてくれた和食のお弁当を美味しくいただける程度には食欲も復活し、ヨアさんも一安心といった様子だったが、なかなか起きて来ないと思ったら、今度は望寧ちゃんの具合が悪いらしかった。
開口一番、怠そうにして私の分けたお弁当を食べている。
「あつい……」
「ひょっとして、私の風邪移ったんじゃ……」
「いや……ここへ来る前から、少し疲れているだけなんだと思ったんだが……君のせいじゃない」
「まぁ、とにかく望寧ちゃんもゆっくり休んだ方がいいね」
見舞いに来た側が見舞われている状況に、ヨアさんは言うまでもなく呆れていたみたいだったが、午後から再度私と一緒に横になった望寧ちゃんは、そんなヨアさんに言い返す余裕もなく、ぐすぐすと駄々っ子になって私にしがみ付いていた。
私は昨日で峠を越えてしまっていたが、他人の病状に関しては、優しくその背中をさすって抱き締めてあげることぐらいしかできない。
「あつい……きもちわるい……やだぁ……」
「うんうん。気持ち悪いのやだねぇ」
「なぁ、君本当にこんなの耐えて平気な顔してたのか!? 信じられない位辛いんだが!?」
「いや、私だって別に平気な顔はしてなかったと思うけど……」
なんだか望寧ちゃんには、余裕で耐えているように見えたらしい。
まあ、程度としては微熱だと思うけど、実際私もかなりしんどかったわけだし、こんなの人によって感じ方は違うしね。
ハンターとして普段ぴんぴんしすぎているせいであんまり体調不良に耐性がないのか、かなりしおらしい顔で望寧ちゃんは私の布団にくるまっていた。
私よりはよっぽど毒とか状態異常とか食らってるはずだけど、それより普通の風邪の方がしんどいんだろうか。謎だ。
ちょっと可哀想になって頭を撫でていると、私にべったり頬をくっつけて甘えたまま望寧ちゃんが言った。
「ムゥは、姉か母親みたいだな。傍にいると安心する」
「えー、そーお? そういえば望寧ちゃん一人っ子だったもんね」
「何と言うか……歳上で、甘えた顔を出来る人間が、私にはあまり居なかった。
里には友人が多いし、ヒノエやミノトも優しかったが……」
「……甘えるにはちょっと恥ずかしかった?」
そう尋ねると、膨れっ面になって頷く。
最近私をあだ名で呼ぶようになった望寧ちゃんは、ひっついたままか細い声で言った。
「……ムゥは、何処にも行かないで呉れるか?」
濡れた睫毛でそんな風に言うものだから、少し面食らってしまった。
それは、今の世界の彼女の心か、もしくは前世の彼女の記憶がそうさせているのか。
いずれにせよ、推し量れない孤独を埋めるように、私は火照った体を抱き返した。
「大丈夫だよ。私は居られる限りは、ずっとここに居るから」
「……本当に?」
「うーん、どうやったら約束できるかわからないけど、約束できたって望寧が思うまで、ずっと一緒にいるよ。ね」
名前を呼んでから頭上を見上げれば、覗き込んでいたヨルくん達がこくこくと頷いた。
この子達とも、もう一年余り一緒にいる。
隣で黙々とページを捲っているヨアさんも、多分話だけは聞いているだろう。
みんな一人がイヤで、ここに来た。ここにいる全員に血の繋がりはないけれど、ここにいる子も、それにいない子も、いつでも好きに帰って来られるように、好きなだけ居られるように、私はこの場所を作ったのだ。
どんなに都合が良過ぎると言われても、それが私にとっての幸せだから。
そう伝えると、望寧ちゃんは安心したように、私の隣でこてんと漸く眠りに落ちた。
「望寧ちゃん、甘えんぼだね」
「起こさないように静かにしてようか」
頭をなでなでするヨルくんとエリくんにまでそう言われていて、ちょっと笑ってしまった。
でもまあ、この家に現れた人間としては二人の方が先輩だろうから、それも無理ないのかもしれない。
おやつの時には、食欲も昨日よりぐんと出て、私が美味しいと言ったアップルルイボスティーをヨアさんはまた準備してくれた。さっぱりとした甘い香りのお茶が、母の送ってくれたエディブルフラワーとアイシングのクッキーによく合う。
食べられる花のクッキーは目で愛でるのも楽しく、風邪のおやつにするのは勿体無いなぁと思いながら、4枚のうち2枚は残しておくつもりだったのに、結局4枚全部をぺろりと食べてしまった。
そして、おやつを食べる前に一度ヨアさんに体温計を渡されて熱を計ったが、汗をかいた直後とはいえ、なんと6.9度にまで下がっていたため、遅れて見舞いに馳せ参じた直生くんをかなり仰天させていた。
「まだ半分寛解とはいえ、7.4度も出しといて3日で下がるなんて、オレが知る限り新記録だぞ!? ヨア、お前何やったんだよ!?」
「別に? 治るまではボクが許可した時間以外スマホ取り上げて、親にも友人にもどこにも連絡させなかったし何もさせなかっただけだよ」
「そこだけ聞いてると束縛のヤバい彼氏なんだけどなあ……」
クッキーを頬張る私の隣で、澄ました顔をしてお茶を啜るヨアさんを見て、直生くんは思わず苦笑していた。でも、君も大概人のことは言えないと思うけど。
そんな直生くんの前で、顔を見合わせた恵李朱くんと夜羽くんは、次々に言った。
「ヨハネ、いっぱいなでなでしてた( ˙꒳˙)」
「いっぱいちゅーしてた( ˙꒳˙)」
「こっ、こらぁ!」
告げ口されて怒るヨハネさんを前に、直生くんが楽しげに肩を揺らす。
「なるほど。愛の薬の力ってわけね」
「いや、実際彼の献身振りはなかなかの物だったぞ。僕でも手本にしたい位だ」
そう言ってこちらに合流した望寧ちゃんは、なんと夜まで一眠りした頃にはすっかり熱が下がっていたのだった。恐るべき回復力。
いつも通りの堂々とした立ち居振る舞いを取り戻して、あの布団の中の気弱な姿は欠片も見当たらない。
やっぱりあれは弱っている時限定か……と思いながら、私は遠い目になった。
「望寧ちゃんはこんなにすぐ熱が下がるのに、なんで私は三日も四日も寝てまだ完治しないんだ……」
「望寧の体は規格外なんだから比べたらダメだよ」
「そうだ。寧ろ愛理の言葉に拠れば、君、早く回復した方なんだろう? しっかり養生し給えよ」
まるでさっきまでの弱り様を忘れているんじゃないかというくらいの泰然さだったが、望寧ちゃんは少し照れたように笑みを浮かべると、お礼をするように、小さく私の頭を抱いて頬にキスを落とした。
「それじゃ、また。ムゥ、次に会う時はチョコレヰトを忘れないで呉れよ」
大正生まれなら、チョコレートはまだそこまで入手困難という訳でもなかったろうに、私がスーパーで買ったたかが200円の市販のチョコを、相当楽しみにしてくれているらしかった。
鼻歌を歌いそうな勢いで元の世界に帰っていく望寧ちゃんを見て、直生くんが私に言う。
「相変わらずモテるねぇ、あんたは」
「いやまぁ、モテ……に入るのか、これは? みんな優しくて、有難い限りだけど」
「それにしても、結構厄介な熱出したって聞いてたから心配してたけど、よかったな、早めに落ち着いたみたいで。ヨハネはほんと、看病にかけちゃとんでもなく優秀みたいだ。オレ以上だよ」
直生くんに素直にそう褒められて不意打ちを食らい、若干照れ臭かったのか、ヨハネさんは思わぬ褒め言葉だと言わん限りに、若干目を逸らして赤くなった顔で言った。
「あとは多分、純粋にムラサキの治癒力が上がってきてる……んだと思う。
この間、ムラサキの体重計ったら、39.5に増えてたんだ。
多分だけど、熱を出す体力が上がった分、治るのも早くなったんじゃないかな。
ほんの少しだけど、風邪ひいてる時以外も、調子が悪い時からの復帰が、前よりも早くなったような気がして……
ま、今回でまた少し減っただろうから、せっせと食べさせないとだけど」
「なるほどな」
夕方、起き上がってアニメを見ることができるほど回復した私の隣で、二人はまだそんな風に何か話をしているようだった。
今晩は、買ってきてもらった食材もあるし、夕飯の準備は作り置きのおかげで楽に終わりそうだ。
やっぱり普段からの家事の積み重ねって大事だな、と思いながら、私は今晩も自分を労って早めに寝れるようにと、気合いを入れ直し台所に立った。
望寧の一人称は、「僕」だったり「私」だったりします。
私の創作の方では「僕」のつもりで書いてたんですが、モンハンのキャラボイスの一人称は「私」だったので、折角だから揺らぐことにしておいてもいいのかなと思って……人称統一はしない感じのキャラにしてます。今のところ。
女学校みたいな外向きのところだと「私」を使ってるし、慌てた時とか何も考えずに喋った時、とっさの時、うっかり甘えが出た時も「私」になってるかな?
どっちも似合うし可愛いのです。