マルメロ家だいすき日記2022〜2023   作:大野 紫咲

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風邪引き記録、その3。
束縛が激しい新参者のヨアさんと、昔よくマルメロ家に出入りしてた古参者の愛理(オメガバース世界じゃない方)が、愛について語るお話。
※2025年から、夜翰さん→ヨアさんの修正作業を始めました!


金の牢、銀の鎖

 サキが熱を出して四日目のこと。

 まだ熱が下がり切っていないとはいえ、随分と体が楽になって身も心も元気を取り戻したのか、サキは布団の中でうずうずし始めるようになった。

 眠くないならせめて横になって目を瞑っていろと言ったのに、もう爛々と目を輝かせて、変わり映えのない窓の雪景色をきょろきょろと眺めている。

 まあ、もう寝込んで四日だ。

 夜も早めに寝てしまうし、いつも家で何かしらの活動をしているムラサキには、もうそろそろ飽きてくるころだろう。とはいえ、ここで油断してウロチョロさせるわけにもいかない。

 体力の回復を喜ばしく思いつつ、ボクはあまりそれを表情に出さないよう意識しながら、イヤホンを差し出した。あまりこっちが手放しで喜ぶと、もう布団から出て何かするとか言い出すからな。

 

「ほら。音楽だったら聴いてていいから」

「ひまだよお」

「隣で喋り相手になってやってるだろ?」

「そうだけど、ヨアさんと喋ったらいっぱいやりたい事出てきちゃう。

早く可愛いヨアさんをいっぱい描きたいし、お話の続きも書きたいし、編み物とか本読んだりしたい」

「気持ちはわかるけど、もうちょっとだけ我慢して」

「このまんまだと、お布団の中でおうた歌っちゃう〜」

「そんなことお父さんゆるしませんよ」

 

 ふざけてそう言うと、案の定ケタケタと笑い出すムラサキ。

 ああ、でも、よかった。

 こんな風に笑うほど元気になったのかと、ここ数日のしんどそうな表情を傍で目にし続けてきたボクは、随分とホッとさせられる。

 思わず掌で優しく頭を撫でると、前髪の下からサキが見上げてきた。

 

「ねえねえ、今日はお風呂で頭洗っていい? いいでしょ?」

「そうだね……その元気があれば大丈夫かな。

湯冷めしないって約束するなら入って洗っていいよ。頭洗って、温まったらすぐ上がって、お風呂上がりにちゃんと髪を乾かすなら、ね」

「約束する」

「なら、よし」

「やったー。一日洗わなかったらもう汗でべたべただよ。早く洗いたいなー」

 

 ごろんごろん布団を転がり回ってから、彼女は大人しく丸くなった。

 「ゆっくりする」とは言っても、人間とは起きて座っていたり、体を動かさずに作業をしているだけで消耗するものだ。

 確かにゲームとか執筆とか読書とか、走ったり動いたりするより楽にできることではあるけれど、それでも無自覚に疲れを溜めてしまうサキを、ボクは放っておくことはできない。

 だからこそ生活に普段以上に厳しい制限を課したりもしたけれど、サキは反抗することなく大人しくしていた。

 

 本当は、ちょっとだけ心配だった。手出し口出ししてうるさい奴だと思われるんじゃないかと。彼女自身、家族に過保護にされるのはまっぴらごめんみたいだったし、分かっていることを何度も言われたりしたら嫌になるんじゃないかと思った。

 けれど、むしろこうして管理されていることに、サキは嬉しそうな顔すらしてみせる。

 こんな風にサキのことを見つめている人は、いるけどいない。

 鯨さんは、サキのパートナーではあるけど、普段の自分の仕事や生活の領域を出てまで、相手のことを助けることはできない。

 遠方の家族や友人は、サキの状況を知らないし、サキ自身がきっと積極的に知らせたいとは思わない。

 何故かボクの前でだけは、サキは大人しく頭を垂れ、勧んで鎖に繋がれる。

 安全に守られた牢の中に居りたがり、自分から監禁されることを楽しんでいる。

 ……ように見える。そんな様子を、少しだけ嬉しいと思ってしまうのは、さすがにボクの独占欲が行き過ぎてしまっているんだろうか。

 

「……いや、だいぶ行き過ぎでしょ、それ」

 

 ボクにそう言いながらも苦笑したのは、眠ったサキを寝室に置いて、リビングの炬燵で一緒に話をしていたアイリだった。

 ちなみにこのアイリは、普段ボクがお世話になっている、鈴木家の愛理さんとは別。どっちも鈴木愛理だけど、このアイリは元々サキや夜羽達と同じ現代の世界で生きる人間だから、オメガバース世界の住人じゃない。結婚もしてないし、あやめさんとは別れて、今はゲストハウスで働いてる。

 ちょっと面倒くさいところもある人だけど、たまにこうやって、同じ世界で顔を突き合わせた時には話す程度の仲だ。

 

 何かを忠告するでもなく、純粋にボクに対して驚きを表したアイリは、サキの足元の方で布団を繋げて眠っている夜羽と恵李朱の頭を撫でていた。

 

「あんただって、昔から結構サキには入れ込んでたって話じゃん」

「そうなんだけどさあ。僕のはこう、相手を管理しようってところまでは行かないというか。相手を自由にする分、自分がそっけないのもある程度許して欲しいし。

まあ、そのへんのバランスが取れてたら、あやめとも今頃うまくいってたのかもしれないけど?」

 

 現実にはうまくいかないものだ、なんて、それこそサキもよく言ってることだけど。

 アイリは、そういう「うまくいかなさ」を背負った存在なのかもしれない。

 社会人としてのリアルを生きているアイリは、ある意味現実離れした生活を送っているサキと、今では距離ができてしまったみたいだけど、それでもこうしてたまにボクの前には遊びに来る。

 酒を飲んでいるわけでもあるまいに、ガラスのコップのほうじ茶をウイスキーのように片手で揺らしたアイリは、にやりと頬を緩めた。

 この感じ、バーチャル世界のバーで飲んでた頃をよく思い出すな。

 

「そんなにサキのことが気に入った?」

「気に入ったっていうか……」

 

 単純に、なんかもう姿を見ていないと落ち着かないのだ。

 一度サキの「消失」を経験しているから余計にかもしれないけど、そうでなくても、元いた世界で警備隊にいた時やプライベートの間中、しょっちゅうサキはボクの視界に入っていた。

 別に好きでそうしているわけじゃないと思っていたのに、気がつくと傍にいるのが当たり前みたいになっていた。

 

「傍にいて……できれば、快適な暮らしをして欲しいだろ。

ボクの横にいて不機嫌な顔されるなんて、そっちの方が御免だよ」

「ふふ、素直じゃないなあ、相変わらず。

あんまり相手に幻想を抱くと苦労するよ? 僕が言うのも何だけど。

衝突する時に離れられないっていうのは、結構苦しいもんだ。もし君が、恋焦がれる相手を神様か何かのように信仰しているのだとしたら、いずれは幻滅を強いられることになるぞ。

僕からすれば不思議だね。君が言うほど相手を好きにならずにいれば、嫌な面を知るリスクなんて取らないでいられるのに」

 

 アイリは皮肉めいた表情で言うけど、そんな損得勘定で人の感情を切り捨てるなんて、無理じゃないだろうか。

 ボクだって、昔はそれができると思っていた。

 感情に流されずに動くこと。一時の迷いに動かされずに、長い目で見て判断すること。

 けれど、実際はそのすべてを飛び越えてしまった。

 とりあえずやってみて、やってから考えた。

 ダメだ、無理だって思っても、行き止まりに当たっても、繋いでいる掌さえ離さなければ、なんとかなるって思ってきた。

 アイリの言う通り、確かにそれでなんとかならない人間関係っていうのも、世の中にはあるのかもしれない。別にそこで無理をすることが美徳だとまでは思わない。

 けれど「なんとかしなくちゃ」って想いを持ち続けること自体は、別に無駄なことなんかじゃないと思う。

 

「ムラサキは、よく出来た人間なんかじゃない。

人を泣かせもするし、傷付けもする。完璧からはいつだって程遠い。

それでもボクは、彼女が好きだ」

 

 目を見てまっすぐに答えると、アイリは少し驚いたような顔をする。

 今度は、ボクの方が自嘲的な笑みを漏らす番だった。

 

「たしかに、自分や相手を正しいって思うのも、盲目的になるのも危険かも。あんたの言う通り。

それを冷静に見れてるアイリは、やっぱりすごいんだって思うよ。……大人なんだろうね」

「いやいや。僕は……大人になっても、君みたいなまっすぐさを、とても持てないから。

ちょっと捻くれてて、それで利口ぶった顔をしてるだけだよ」

「利口なのは、別に悪いことじゃない。その方が要領はいいんじゃない?

それでも……どんなに合理的じゃないって言われても、ボクはボクなりにサキを愛する以外のことなんて、きっとできない。

もしサキのためになるんなら、たとえどんなに憎まれようと引かれようと、幾らでも監禁するし足枷で繋いでもおくさ」

 

 目を丸くした表情で、アイリはコップを置いてボクを向かい側から見た。

 

「すごい自信だね。彼女のためになるって思ってるのは自分だけで、本当はそうなる保証もないのに?」

「今回みたいな場合、ボクは彼女が自分では出来ないことの代わりをしているに過ぎないもの。

まあ、彼女と密にコミュニケーション取れてるのが前提にはなるけどね」

 

 開き直りの末にさらりとそう言って、幻視能力を久々に使ったボクは、炬燵の上に実体のないキャンドルを灯した。アイリの青い瞳にも、オレンジの灯りがちらちらと映り込む。

 俯き、考え込むような表情で、アイリは片側のボブを耳に掛けた。

 

「すごいね。ボクはそこまで自信が持てなかった。だからムラサキとも距離を置いたし……あやめとも」

「真摯に相手を愛すれば済むことだろ?」

「愛だけじゃどうにもならない事もあるんだよ。気まぐれな人間がずっと傍にいて、ずっと相手を好きでいるなんてできない。

それに……さっきも言ったけど、恋が見せる幻想って、冷めちゃったら結構キツいとこもあるよ?」

「だったら、永遠に燃え上がり続けてればいい」

 

 そう言ったら、キャンドルを吹き消しそうな勢いでアイリが噴き出した。

 何が面白かったのかわからないけど、ひとしきりケラケラと笑った後で、オレンジの炎越しにボクに言う。

 

「双方燃え上がってるうちはいいかもしれないけど、そうじゃなくなっても今の愛を持ち続けるって言える?」

「だって、サキが一生懸命、生きているのがわかるから……彼女は、自分がそれなりの苦労や努力をしなきゃ、愛される資格はないって思ってるから。

そうやって頑張ってるところを『視て』ないわけにはいかないだろ」

「じゃあ、彼女が頑張れなくなったら、ヨアはサキを愛さなくなるということ?」

 

 アイリがそう聞くから、ボクは首を振った。その拍子に、左耳の飾りが揺れる。

 

「そうは言ってないけど。どんな彼女だって、彼女は彼女だ。

それを伝えるために、彼女に自分自身を受け入れてもらうために、ボクがいるんだ。

人生幾らでも、酷い日だって顔を上げられない時だってある。そんな時に、彼女に自分を無価値な人間だって思って欲しくない」

 

 ボクは、サキの代わりにお金を稼いでくることもできなければ、向こうの世界の財をこっちでサキに与えることもできない。

 サキの世界の中以外では実体を持たないし、物理的にサキの実生活に介入することも、何かを手助けすることもできず、それこそ「リアル」には何の役にも立たない。

 もしこの先、ムラサキの身に何かがあったとしても、直接的にサキを幸せにし、サキの命を救うような手段をボクやみんなは何一つ持たず……お金や時間を掛けてもらうことこそあれ、返すことは何ひとつできない。そういう存在だ。

 

 それでも、ボクはボクの闘いをする。

 体がなくて、お金がなくて、だからこそできることがある。

 いつでもどこでも、彼女の心に存在すること。

 自分自身の生活があっても、理屈や次元を超えて彼女の傍に駆け付けられること。

 息を引き取るその瞬間まで、隣で手を握っていること。

 そして、何があっても、彼女の味方でいられること。

 

 ふ〜っと息を吐いて、ボクはふと手元の本を捲った。

 

「……古語で、結婚することを『見ゆ』って言うの知ってる?」

 

 ああ、と打てば響くようにアイリが頷きを返す。

 

「昔は、男女が面と向かって顔を見るのはタブーだったからね。御簾越しの顔も知らない相手に恋心を募らせるなんて、ロマンチックなものさ。それがどうかした?」

「だから……。

せめてボクだけは、ムラサキの事を『視て』いたいって、そう思ったんだ」

 

 何もできない存在でも。

 本当には、リアルにいない存在でも。

 ぽつりとそう漏らすと、一瞬の間の後にアイリが言った。

 

「もしかして、サキの先輩の小説読んだ?」

「サキが寝込んでる間、押し入れにあった本を少しね。あれにあった言葉そのまんま、受け売りだけど」

「いいよね。僕も昔結構読んでさ、あやめと一緒に先輩からサイン貰ってきたりしたよ。懐かしいなぁ」

 

 目を細めてそう言ってから、アイリは肘をつきながらボクの方を見つめた。

 

「そうか。ヨアにとっては、そういうことなんだね。

誰かを、誰かの人生を、愛するということは」

「わかんないけど。愛がわかんなくなっても、『視て』いることはできるでしょ。

バカみたいだけど、本当にそう思うんだ。別にいいじゃないか。見えるうちは同じ幻想をいくらでも一緒に視ていればいい。

そうじゃなくなった時は、その『形』が変わるだけで、別に愛がなくなるわけじゃない。

たとえ嫌いになっても、それも全部愛だ。また嫌いじゃなくなるまで、ずっとずっと視てればいい」

 

 ゆっくりと呼吸をして、瞳を開いた瞬間、部屋いっぱいに反響する優しい灯りが、この目に映る。その光は穏やかで、冬の夜の寒さと寂しさをゆっくりと溶かしていくように、部屋を揺らし続けている。

 

「だからできるだけ、この目で視ていたい。

それで、必ずあんたには生きる価値があるって、証明してみせる」

「それ、サキの前で言いなよ……」

「直接言うには、なんか恥ずかしいでしょ」

「今更何を言うんだか」

 

 そこまで言ってたらプロポーズと一緒だよ、と苦笑するアイリに、ボクは胸を張ってみせる。

 

「まあ、ボクはサキがお腹いっぱいって言うくらい、愛し続けるつもりだけどね?」

……それに、ボクがあんたに勝てるのなんて、それくらいだろ」

「勝てる? 何の話?」

「ボクがどう逆立ちしたところで、一緒にいた年数はあんたに勝てないんだから」

 

 聞こえないぐらいの小さい声で言ったつもりだったけど、もちろんしっかり聞こえていたらしく、アイリは不意を突かれたように笑い出した。

 ちょっと呆れたような表情が、こういう時にアイリを妙に大人びた顔にさせる。

 

「そこ気にしてたわけ?」

「別に勝ち負けじゃないけどさ。でも多少は気にするでしょ。サキのこれまでの人生の時間に、ボクがいなかったのはちょっぴり悔しい。

……でも、彼女を愛してる気持ちだけは、絶対に誰にも負けないから」

 

 ぐっと目に力を込めると、アイリはもはや言葉もないと言ったような様子で、唇に軽く笑みを浮かべている。

 

「……どうかした?」

「いや……さっきも言ったけど、ヨアの自信があまりに凄いから、ちょっと呆れてたとこ。さすが、我儘なあの子に選ばれただけのことはあるね?」

「今更でしょ。それに、あんたが彼女やあやめさんの元を離れたのだって、半分は我儘みたいなもんじゃないか」

「おっと、そうだったそうだった。ま、ボクもあの子もお互いに強情だったって事かな」

 

 指を鳴らしたアイリの傍で、ボクはマグカップに残ったお茶を啜る。

 

「それに……こうなれたのは、直生がいてくれたから、だと、思う。

直生なら多分、ボクに同じことを、言うと思うから」

 

 アイリは素直じゃないってボクに言うけど、素直になれなさで言えば直生の前にいる時の方がよっぽど酷い。

 それでも何とかやっていけているのは、お互いの感情に信頼があるからなんだろう。

 人生に一度も二度も全身全霊で人を好きになる機会に恵まれるなんて、ボクはとんでもない贅沢者なのかもしれなかった。

 

「そうか……支え合える相手がいるってのは、いいことだね」

「あんたもさ。支えが要る時は、無理しないでよね。

ボクも、夜羽も……住んでる世界は違うかもしれないけど、相談にぐらいは乗れるから」

「あはは、ありがと。光栄だよ」

 

 恋人とか、パートナーの有無は関係ない。

 たまたま、依存関係如何によってそういう名前がつくこともあるけど、そうじゃなくても思い出すと頑張れる相手っていうのは、いくら居たって悪いもんじゃないし。

 また何かの機に話でもしようと手を振り合って、ボクらは解散したのだった。

 

*****

 

 そして、次の日。

 どうにか平熱の範囲内まで落ち着いたサキを前に、ボクは今度こそ安堵して家事の様子を見守っていた。

 まだ多少ふらふらしていて体力が戻るまでに時間は掛かるだろうし、油断は禁物だけど、これでもう付きっきりで様子を見ている必要はなくなりそうだ。

 ずっと一緒にいたいけど、ボクも週明けには仕事とかレッスンに復帰しないとだし。

 そう伝えると、サキはちょっと残念そうにこう言った。

 

「ヨアさんがずーっと傍に居てくれるんだったら、もっと長く熱出してたかったなぁ」

「バカ。あんなしんどい思い、ずーっと味わう気?」

「それはやだけど……」

 

 唇を尖らせる彼女に、思わず笑ってしまう。

 その表情を見つめて、掌で温かい頬にそっと触れた。

 

「明日は仕事だから、ボクいないけど……ちゃんと無理しないで安静にしててよね」

「無理しないでって、簡単に言うけど難しいんだよぉ。

してるつもりはなくても、結構あれしなきゃ、これしなきゃって……気が付いたら、疲れちゃってて。

今回みたいな事にならないと、意図的に切り上げたり休んだりしないし」

 

 やれやれ。だからいつも、体調を崩すんじゃないのか。

 おずおずと言う彼女に、小さく溜息を溢してボクは言った。

 

「もっと意識的に休憩取って。

どんな事でもそうだけど、たまには人のことじゃなくて、もっと自分の内側の声を優先して。

疲れたとか、今はあれやりたいとか、どんな事でもいいから。もっとワガママになって。

少しは出来てきたかもしれないけど、あんたはまだまだ、自分を甘やかすのが下手すぎる」

「えー……十分甘やかし過ぎじゃない?」

 

 彼女はものすごく懐疑的な様子だったが、ボクからすれば全然甘やかし足りない。

 特に心の面じゃ、もっともっと素直に自由になって欲しいぐらいだ。

 明るく素直なように見えるし、愛理もサキの事は我儘だって言ってたけど、そういう問題じゃないとボクは思う。上手く言えないけど、サキには抑圧されているところだっていっぱいある。それも、付き合いが長くなってきたここ最近だから言えることだ。

 

「なんか心配だね……本当に一人で大丈夫なワケ?」

「ん。だいじょう……」

 

 いつもなら、大丈夫、と言うところだったのだろう。

 けれど、彼女は言い淀んだ。

 言い淀んで……もしかして、さっきボクが言ったことの意味を考えてるんだろうか。

 そして。ムラサキは首を振ると、思い直すように、照れながらこう言い換えた。

 

「寂しいから、できるだけ早く帰って来てね」

「わかった。いいよ」

 

 精一杯のわがままが嬉しくて、ボクは小さな体を引き寄せた。 

 相手の脆い部分を見て安心するなんて、本当にダメダメで嫌な大人かもしれない。ボクは。

 それでもこの心配を、不安でずっと視ていたくて、押し付けがましく頼ってほしい気持ちを、サキはこうやって受け止めてくれるから。

 嫌だって言われるまでは……いいよね、このままで。

 そう思いながら、ボクはせめてサキの表情を見間違えないようにと、パーカーに身を包んだ彼女の頬をそっと両手で挟む。

 

「私って、ヨアさんの一番?」

「あんたはいつでもとびきりボクの一番だよ」

 

 何度伝えても、飽かずに嬉しそうに笑う、あんたのことが好きだ。

 だから、これからも元気でいて。

 大切な宝物を抱きしめるように、ボクは少し痩せたその体を、両腕に包み込んだ。

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