マルメロ家だいすき日記2022〜2023   作:大野 紫咲

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何ヶ月前の話?ですが、バレンタインの頃に夢主×望寧ちゃんで上げたかったお話です。
うちのオリキャラモンハン主人公と、夢主の紫咲との絡みがありますが、舞台は現代です←
R18ではありませんが、普通にいちゃついたり性的な話はしてますので注意。

遅れたバレンタインデーのお祝いに、市販のチョコレートを味わう望寧と紫咲。
その最中、望寧は紫咲に意外なお願いを…?
モンハン世界では超絶タラシだった望寧ちゃんの、ちょっと意外な過去と一面が見られるお話です。

※望寧ちゃんについての詳しい話は、目次から「其は、いにしへの君」(1)〜(4)をご参照ください。

25.3.17追記
ごめんなさい、望寧ちゃんの前世、特殊能力を持った女の子との間に子供ができた事になってますが、この設定やっぱりなしにします!整合性が、明治という時代にしては全然上手く取れないので!なんか、観念して普通に結婚して子供を作った気がする…。
もしかしたら、望寧ちゃん大正編にGL枠が出てくるかもわかりませんが、とりあえず現状はまだどんな風に彼女の恋人が出てくるか未定です。


その続きは、また今度

 ちょうどバレンタインの頃に風邪を引いて酷く体調を崩してしまっていた私が、ようやく普段並みの生活に復帰できた頃。

 安いのでよければ私の好きなチョコレートをあげる、なんていうほんの些細な約束を、律儀にずっと待ってくれていた望寧ちゃんと、私は自宅でチョコレートを開封していた。ロッテのティーロワイヤル。いつもだったら、ロッテの酒入りチョコレートはバッカス一択なのだけれど、たまたまレジの手前で見掛けて、美味しそうだったのでこれにしてしまった。冬季限定、と薄花色の箱には書かれている。もはや冬季だけじゃなくて一年中売ってくれていいのよ? というぐらい、このシリーズの洋酒入りチョコレートは美味しいのだけれど、冬季限定だからこそ需要もあるんだろう。

 

「ほう、そんなに美味いのか」

「紅茶にブランデーだよ。絶対美味しいでしょ」

 

 買ったことないけど、あたりの味だった。チョコレート自体がミルクティーのような甘味の強い味わいをしていて、中から出てくるブランデーの香りとよく合う。一粒口に入れ、わかりやすく口元を綻ばせながら、望寧ちゃんが目を細めて言った。

 

「今は、廉価でここまで品質の良いチョコレートが作れる時代になったんだな」

「望寧ちゃんは、バレンタインにチョコ貰ったことないの?」

「はは。僕は、母の代からチョコレートを知ってこそ居たものの、此の様な習慣が日本で出来たのは、僕の人生が後半にも差し掛かってからだったよ。息子の秋人(あきと)に貰った事が有る位だ。彼は菓子職人の道を歩んだからね」

 

 そう言って、望寧ちゃんはどこか得意げに微笑んでみせる。

 以前、私は初めてモンハン世界で望寧ちゃんと会った時に、彼女のことを「本来(かんば)望寧(もね)が在るべきだった世界軸からの分岐・IF世界の存在」と説いたのだけれど、実際のところ、この子は「本来の世界軸での生を経験し、記憶を継承した上での転生先の存在」と見た方がいいような気がしてきていた。

 だとすると、この子はモンハン世界に転生する前は一児の母だったこともあったのよな、と不思議な気分になる。特殊な事例なので結婚していたわけではないらしいが、子孫の夜翰さんに血の繋がりが継承されたということは、望寧ちゃんにも子供はいたわけで。もちろん今の私は、そんな子供がいそうな年齢の彼女ではなく、転生後のもっと若い姿の彼女と知り合っているわけだけど。こうしてしれっと世界線の垣根を跨いだ話ができるのは、私が夢女子である特権かもしれない。

 私は、チョコのお供に淹れていたカフェインレスのコーヒーを一口啜った。

 

「え〜、パティシエか。じゃあ、私が用意できる市販のチョコなんかより、断然美味しいの食べてたんじゃないの?」

「何、こういう物は気持ちが肝要だ。君から貰えるのをずっと待っていた。お預けを食らった分、何倍も美味しい。堪能させて頂こう」

 

 そう悪戯っぽく笑って、箱越しに私の手元をちょんちょん指先で触る。食べさせろということらしい。完全な甘えっ子と化した姿にこっちまで微笑ましくなりながら、口元にそっとチョコを運ぶと、指先の体温だけで溶けそうなチョコレートは、あっという間に望寧ちゃんの唇の中に消えて、花の綻びそうな笑顔を残す。

 

「うん。美味い」

 

 狩猟の世界では、狩人として野を駆け、自然界のあらゆる法則に精通し、勇猛果敢にモンスターへと踊りかかるその姿も、こうして私の前にいると、機嫌よさそうに尻尾を振っておやつを待っている犬みたいな、ただの可愛くて食いしん坊の女の子だ。締まった筋肉質の体と両腕は、私が貸した大きめのカーディガンですっかり着痩せしていて、民族調の衣装とはまた違った現代っ子の感じを醸し出している。

 前世で望寧ちゃんが生きたのは大正から昭和だと聞いてるし、その上で渡ったモンハン世界のカムラの里では、現代化した日本とは違う独特の和風文化が発展している。それでもちょくちょく、こうして世界をはみ出て私の住む場所に遊びに来ては、あれもこれもと何にでも好奇心に目をきらきら輝かせているのは、ひいひい孫の夜明(よあ)さんにもまあまあ通じるものがあるよなあ、と思いながら、眺めていた時だった。

 

「それで、その……」

 

 望寧ちゃんが、机で斜向かいに正座したまま、そわそわと所在なげに視線を動かす。それだけで、私はすぐにピンときた。

 

「そういえば、バレンタインのチョコを貰う時にお願いしたいことがある、とか言ってたよね? 何かな? もう時期はだいぶ過ぎちゃってるけど、それでよければ」

「ああ、いや……時期で言えば、特にバレンタインである必要も無かったし、何時でも可能な頼み事ではあるのだが……」

 

 居住まいを正しながら、緊張しつつ言い淀んでいる様子を見る限り、相当言いづらそうな事ではあるらしい。はて、何だろう。ここまで待ってくれたのも私からすればありがたいし、無理難題でなければ、できる限り叶えてあげたい気持ちはもちろんある。

 首を傾げていると、微かな、だがはっきり通る声で望寧ちゃんが一気に言い切ったお願いは、私の予想から遥かにぶっ飛んだ内容だった。 

 

「その……わ、私のことを、抱いて貰えないだろうか」

「……へっ?????」

 

 思わず、頭に大量のハテナが浮かんだ。

 緊張のあまりぎゅっと目をつぶってぷるぷるしている望寧ちゃんを前に、その意味を理解した私は、テンパるあまりとんちんかんな受け答えを返してしまった。

 

「えっ! あの……抱いてってその、……ああ、もしかして富山弁!? 『抱いてやる』で『奢ってやる』ってこと!? 私が富山出身だからって、別に今じゃ若い人こんな言葉使わないし無理に覚えてくれなくっていいんだよ!? 奢って欲しいなら奢ってって言いな!?」

「『抱く』にはそういう意味が有るのか!? って、いや其れは初めて知ったが、今は別にそういう事では無く!」

「あー……あのその、なんていうか、ハグ的な意味ではなくて……その、そういう系統の、抱いてくれって話……?」

 

 具体的な描写を出さずにそれとなく尋ねてみたら、恥ずかしさを必死で堪えるように、こくこくっと微かに赤らんだ顔で頷いている望寧ちゃん。

 ……なんか、既視感。去年くらいにもどっかで見たことあるな、こんな光景。ああ、あれか。夜羽くんにキスを迫られた時のあれかぁ。とか、懐かしんでいる場合じゃなくて。

 

「ちょっと待って、それお願いする相手本当に私で合ってるの!? なんか、こういうのを口に出して言うのもちょっと野暮っていうか逆に薄っぺらい気がするけど、そういうことは好きな人と心と気持ちを通わせ合う積み重ねがあってから、同意の上で一緒にするもんだよ!?」

「ムラサキは私の好きな人なんだから、君が同意さえして呉れれば問題無いだろう!?」

「いや、ま、そらそうかもしれないんだけど!」

 

 両手を握りしめられて、ずいずいと押されるようにカーペットの上を後ずさってしまう。

 確かに、望寧ちゃんのこと一度もそういう目で見なかったかと言われれば、私に限って答えれば嘘になるが、だからっていきなりそんな。まだ会って、二、三ヶ月とかそこらしか経ってないのに。いやでも、世間一般的なカップルだったら付き合って三ヶ月でベッドインする人もいるか? 知らんけど。

 

「で、でも、どうして……? 私が言うのも何だけど、望寧ちゃんってそういうお相手多いんじゃないの? 何も私に頼まなくても、向こうの世界にいっぱい、望寧ちゃんのお取り巻きというか、ガールフレンドみたいな子が」

 

 前に夢渡りをした時、あっちこっちで女にも男にもきゃあきゃあ声を掛けられている場面を、呆れるぐらい目撃している。男の方は望寧ちゃんと女の子の仲をからかっているような感じだったので、恋愛対象は専ら女性なのだろうとは思っていたが。

 すると望寧ちゃんは、ぎくりというように身を強張らせ、面白いぐらい必死で否定し始めた。

 

「!!! そ、それは! いっ、家には入れるが、かといって別にそういう関係では……!」

「……? そなの?」

「皆遊びの分を弁えているし、隣に座って手を繋いだり、肩を抱いたり、その位で満足して呉れるからな。キス……迄はした事があるが、その……それ以上は」

 

 指先をつんつんさせながら、ごにょごにょと吃る姿に素直に驚いてしまった。私の肩を抱いて、平然と他の里人からの揶揄いや誘惑をあしらいながら堂々と歩いていたあれは何だったんだ。あっちの世界であんなタラシぶりを見せつけられたら、そりゃ経験豊富なのかと勘違いしちゃうでしょうよ。

 そう言うと、望寧ちゃんはふるふる首を振って、私を恨みがましそうに見つめてきた。

 

「寧ろ、勝手に経験豊富に勘違いされるから、此方が演じている事の方が多い位だ。今じゃ里では誰も、僕が一度も人と寝た事の無い初心な素人だ等と信じる者は、居なくなって了ったんだぞ」

「いや、だからって期待に応えて大見栄張らなくてもよくない……?」

「分かっては居るんだが……僕なら恋愛関係に於て慣れているし何でも知っていると、期待の目で女子から見つめられたら、ついそう云う人間として振る舞うしかなくなって了うだろう!?」

 

 唾を飛ばしそうな勢いで必死に反論する望寧ちゃん。そうとも限らないと思うけど、周りから植え付けられるイメージ通りについつい振る舞ってしまうというのは、わかることでもあり辛いことでもあると思うので、頷いておいた。豪傑に見える望寧ちゃんにも、そういうところはあるんだな。

 

「でも、そうだったんだね。あんな里のど真ん中の家で、女の子取っ替え引っ替えしてよく問題にならないなぁって、実は勝手に思ってたけど」

「君は誤解し過ぎじゃないかっ!? だいたい、里の若い女子は、結局最終的には男に恋したり嫁いだりする者ばかりだ。……私だって分かっている。一時の気の迷いや戯れの相手に私が成れるのであれば、別にそれでも良いと」

「でも、それはさ」

 

 望寧ちゃんが幸せにならないのではないか、と思う。訝る私に、努めて明るい顔で寂しさを打ち消すようにしながら、望寧ちゃんはにっこり笑いかけた。

 

「何、ずっとは一緒に居られなくとも、彼女達の記憶の一場面にでも成れればそれで良い。例え気持ちや繋がりが永遠に成らずとも、思い出という物は嘘を吐かない。私の心も紛れるし、後悔はないよ」

「望寧ちゃん……」

 

 そういうところが、私から見ていて無性に可愛くて、それでいて寂しい、切ない人だと思う。純粋さを真っ直ぐ持っているだけでは傷付くだけだと分かっていても、本人の瞳はいつも輝きを失わずにきらきらしていて、吹き荒れるような寂しさの中をひたむきに生きている。そんな風の中をじっと耐える彼女の側にせめて寄り添って居たいと、そう思って気が付いたら、望寧ちゃんとはこんな関係になっていた。

 ふと思い出したように、望寧ちゃんは自信なさげに俯いて指先を突き合わせた。短い前髪の下で、落ち着かなく瞳が動いている。

 

「が、私は……私だってその……初めては、大切な人が良い……と、思っている」

「それで私……? や、でも、知ってるかもしれないけど、私は好きな人いっぱいいすぎて、なんというかその、望寧ちゃんだけが相手ってわけじゃないよ?」

「別に、多数と肉体関係を持つ人間が不誠実だと言う訳では無い。が……私は、女を愛する私を受け止めて呉れる人が良い。何れは去って、私を独りにしない人が良い。

……ムゥなら、それが出来ると思ったから」

 

 優しげに目を細めて、望寧ちゃんは微笑んでみせた。なんとまあ。こんな尻軽代表みたいな人間を好きにならなくてもいいのに、という申し訳なさに駆られながら、私は額の汗を拭う。

 

「それは恐悦至極だけれど、買い被りすぎじゃないかなあ」

「君の為人(ひととなり)は、僅かながらこの家の者にもよく聞いているよ。薄情な面も知っている。其れも含めて、僕の大切な人だ」

 

 私よりもすらりと背の高い、けれど超絶高身長の夜翰さんよりは随分と私の間近にある頭を近付けながら、望寧ちゃんが仄かに染めた頬で迫る。赤紫と薄青の双眸が、潤んだまま私を見た。

 

「ダメ、か……?」

「だ、だめじゃないけど! 望寧ちゃんさえよければ、私はその、嫌ではないけど……。でも、抱いてくれってことは、いわゆる受けなんだよね……? 私一応、セブンスコードでちょっとだけそういう仕事はした事あるけど、お得意さんなんて一人か二人だし、ほとんど私が受けになった事ばっかだし、おまけにバーチャルでしか経験してないから、攻めるのはあんまり得意じゃないよ……?」

「う、受け……攻め……?」

 

 ちょっと混乱したような顔で、首を傾げている。

 ふむ。別に知ってなきゃいけないわけじゃ全然ないけど、したいと言う割には、あまり知識の方面には明るくないらしい。ますますリードが私でいいのか不安になってきた。こんな半端者に任せるより、直生くんとかに投げた方が、確実に絶頂させてくれると思うぞ。やってくれるかは別として。

 自分から誘って来たのにおろおろとしてしまう望寧ちゃんを、私は様子見するように一回ぎゅっと抱き締めた。

 

「まあ、あとは……そういうのは、いきなりっていうより、雰囲気も大事だから」

「えっと、雰囲気……其うか。如何すれば良いだろう」

「そんな固くならなくても。普段通りでいいんだよ。でもまあ、折角こんないいものがあるんだし、ちょっとだけ」

 

 私はチョコの箱を掴んでから、手を引っ張って望寧ちゃんを自室の布団の上に座らせると、かちこちになっている彼女の隣に笑いながら腰掛けた。

 

「ほら。望寧ちゃんの大好きなチョコレート。あげるから、こっち向いて」

 

 戸惑いながら半開きになった唇に指先でチョコを押し込んで、ぷるんとした唇にちゅっと口付ける。彼女の方が身長は高いから、私はその膝の上に乗りながら、普段通りに何度か軽く唇を重ねた。

 

「……!」

 

 キスまでは、かなり濃厚なコミュニケーションの一環だが、やったことがある。そう思って、慎重にその唇を口先でつついていると、望寧ちゃんがこくりと微かに喉を鳴らした。

 

「んむ……、あ、の」

「大丈夫。唇、開けていいよ」

 

 そっと隙間を塞ぐように唇を食むと、甘いチョコレートが蕩け出す。遠慮がちに求めてくる唇の先を軽く割って、ハチドリが花に吸い付くようにしながら、ブランデーの香りがする甘い蜜を味わっていく。望寧ちゃんの肩先がぴくっと小さく跳ねた。

 

「苦しくない?」

「っ、ん……へい、き……大丈夫」

 

 おずおずと見つめる瞳が微かに潤んでいるが、嫌というわけではないらしい。

 そっと鼻を擦り合わせるようにくっつけて近付くと、ぎこちない照れ笑いが浮かんで、恥ずかしそうに目を逸らされてしまう。どうも、この先に起こる事を緊張して身構えすぎているようだ。

 

「恥ずかしいの? いつも望寧ちゃんからいっぱいちゅーしてくれるのに」

「だ、だってあれはっ……、ただのキスだから良かったけど、これは違くて、だからっ」

「あれもこれも変わらないよ、ふふ。望寧ちゃんを大好きって思ってするキスに変わりない」

「ムラサキ……。私も、その……ムゥが、好きだ」

 

 その言葉に安心したのか、照れながらもやっと私の体に腕を回して、自分から熱っぽい唇を押し付けてくれる。望寧ちゃんの唇は弾力があって、厚みも少しあって、優しく食むように舌で輪郭を辿ると、いつも震えるように潤んでいる。首筋に手を回して抱き寄せると、耐えかねたように微かな喉声が漏れた。

 

「ん……」

 

 望寧ちゃんはいつもどこか必死で、一生懸命に舌先がこちらを求めようとする。そんなに慌てなくていいというように、不器用ながらも自分の舌と唇で優しく押し包んで、ペースを伺いながらそっと歯茎や口蓋をつついたり、柔らかい唇を食んでみたり、おずおずと差し出される舌先を不意に吸ってみたりすると、だんだん舌の力が抜けて、代わりに喉から漏れる声が増える。

 

「んぅ……っ、んっ……」

「ふふ。えっちな声。もっと聞きたい」

「……!」

 

 とめどない唾液が糸のように繋ぐ口先を離した瞬間、動揺したように息を吸った望寧ちゃんが、ばっと真っ赤に染まった頬を逸らした。

 

「ム、ムゥだって結構声出してるじゃないか……!」

「うん。出してるよ。だって気持ちいいもん。それに可愛い」

「っ……!」

 

 キスや行為の時に出す声がわざとらしいとか言う人もいるけど、こういうのって相手が無言のままだと、逆に遠慮しちゃって出しづらいと思うし、それに声を出す事で気分が盛り上がることもあるだろうと私は思う。だからまあ、恥ずかしくても演技だと思われても、私は自分から見せるのだ。そういう自分を。

 狩猟の時でも視界をしっかり確保できるように、前髪をかなり眉上でぱっつんに切り揃えている望寧ちゃんは、こういう時に表情を隠すものが何もない。サイドの短い髪を片手で必死に弄りながら、望寧ちゃんは鼻の小さな整った顔立ちをおずおずと伏せてみせる。

 

「ムゥは、あの……私が、気持ち悪くはないのか?」

「気持ち悪い? どうして?」

「その……狩りの時には獲物に背中を見せず、里や皆を守る為に闘う事が求められている屈強なハンターが、その……こんな臆病で、弱々しくて、生娘のようになよなよした体たらくでは、と」

「でもそれって、他の人が求める望寧ちゃん像でしょ? 狩場の外に出れば、ハンターだってただの人間なんだから」

 

 はたと顔を上げて私を見つめる綺麗な色違いの瞳の傍に、私は手を添えて覗き込んだ。宝石玉みたいで本当に綺麗。この世に、こんな純粋で綺麗な色を形容する言葉はあるんだろうかって、そう思うぐらいに澄み切っている。思わず浮かんでしまった微笑みを隠しきれずに、私はおでこをこつんとくっつけた。

 

「私は、カッコいい望寧ちゃんも、そうじゃない望寧ちゃんも好きだよ。ここにいるあなたも、過ぎ去った時間を過ごしてきたあなたも好き。時間を巻き戻してあなたの苦しみを癒すことはできないけど、今ここにいる間は、あなたの心をいっぱいにしてあげるから。だから、怖がらないで」

「っ……!」

 

 薄暗い部屋でもわかるくらいに、きらりと光を反射した望寧ちゃんの瞳から、決壊したように涙が零れ落ちる。よく泣く子なのは知っていたけど、思わず動転した。

 

「えっ……! ご、ごめんっ、私何か変なことっ、」

「ムゥ……っ!」

 

 ぎゅっ、と膝の上の私を抱き締める筋肉質な体が、微かに震えていることに驚く。その嗚咽でしゃくり上げる背中を手で摩り、頭を撫でてあげながら、私は涙が濡らす褐色の頬に自分のほっぺたをくっつけた。その瞬間、創造主特有の力で、頭の内側に望寧ちゃんの昔の思い出が映像となって流れ込んでくる。私は思わず目を見開いた。

 

「大丈夫……?」

「済まない……私は、本当は……怖くて」

「うん?」

「人に……性的な意図を持って触れられる事が、怖いんだ。口付け迄は良いんだ。けれどその後が、如何しても……事に及ぼうとすると、頭が真っ白になる。幾ら女性の友人とそうしようとしても駄目なんだ。知識として何をすべきか知っている筈なのに、相手の望みに応えたいと思うのに……私の所為で」

 

 震える拳をそっと片手で握ると、私の体温に応えるようにして拳が柔らかく開いていく。涙に濡れた髪をもう片方の手で優しく整えながら、私は問いかけた。

 

「ごめん、ちょっとだけ見ちゃった。それ、望寧ちゃんの前世に関係があること?」

「だと、思う」

「相手……その時の恋人に、もしかして何か酷い目に遭わされたりした?」

「いや……酷かったのは、私の方なんだ。何時迄も未熟な私は独り立ち出来ないで、リリーの……百合(ユリ)の事を困らせて了った。一緒になる事は出来ないと、分かっていた筈なのに……離れたがる百合を縛り付けるような真似をして、私は」

 

 百合さんというのが、昔の恋人の名前なのだろう。

 両手の指先を私の掌に置いて、望寧ちゃんは涙で潤む瞳を伏せる。その拍子にまた幾つか、涙の粒が掌に落ちた。私はただじっと、その前で言葉を待ち続ける。一つ小さく息を吸った拍子に、望寧ちゃんの胸が微かに上下した。

 

「それで、そんなに離れ難いのならば、一生忘れられぬようにして遣ると……百合は最後に無理矢理私の事を抱いた。だから、此れは私の自業自得なんだ」

「でもそれって、望寧ちゃんの意思を無視してってことじゃないの? 異世界に生まれ変わってもこんなに心の傷が残るほど、痛め付けて……その事実自体は、無視していい事じゃないよ。たとえ恋人同士だったとしても」

「そう、なのかな……。確かに、怖かった。私は、百合との関係に肉体の繋がりは必ずしも必要では無いと思って居た。だから、裸で触れ合う事は有ったとしても、あんな、異形の……」

 

 肩を抱くようにして小さく身震いした望寧ちゃんは、少し落ち着きを取り戻したのか、顔色が悪いながらもなんとか微笑して、瞳を拭いながら私に説明しようと口を開く。

 

「最後に私と契った時、百合には男根が有った。俄には信じられないだろうが、其れが私が秋人を宿すに至った真実だ」

「え……と、望寧ちゃんもその子も、一応は女の子ってことでおk?」

「そうだ。何というか……百合は、『普通の人間』ではなかった。私が男に性欲や恋愛感情を抱かず、寧ろ性愛の対象としての男性を嫌悪していると知って居たとしても、彼女は幾らでも肉体を男性の其れに変化させて、私を犯す事が出来たという訳だ」

「なるほど……?」

 

 なるほどって言ったけど、多分全然わかってない。わかるのは、百合さんが女になれたり男になれたりする摩訶不思議な体の持ち主って事と、その力を使って恋愛対象になり得ない性別の体で望寧ちゃんを犯したのは最低だって事だけだ。

 

必ず出来る(・・・・・)とは言われたが、まさか本当に子が出来るとは思わなくてね。分かったのは旅先だったものだから、随分と慌てた」

「いやそれ、もっと怒っていいところだよ???」

「私を犯したのも追い払ったのも、今考えれば彼女なりの愛だったのかもしれない……とは思うよ。お陰で私は、秋人に巡り会う事が出来たし、こうして君や夜翰にも会う事が出来た。彼女が死んでも、私と百合が生きた証は残っている。残された側は、とんだ迷惑かもしれないがね」

 

 屈託なく笑った望寧ちゃんは、座り直してその膝に私を座らせる。正面から抱きついたままの私を見つめながら、優しく目を細めた。

 

「其れこそ前世の話さ。今更如何こう言っても詮無い事だ。ただ……あの時の事を思い出すと、如何にも体が強張って了って。触れられる度に怯えて了うものだから、にっちもさっちも先へ進めない」

「それはそうでしょうよ……」

「だから、君ならば平気なんじゃないかと思って……思ったのだけれど、矢張り未だ少し早かったようだ」

「当たり前でしょ。苦手な事なのに無理しちゃって。さっきのは嫌じゃなかった?」

 

 一応そう聞いて頭を撫でたが、望寧ちゃんは首を振ってもぞもぞとお尻を動かした。

 

「あれは本当に大丈夫だ。寧ろその……気持ち良くて」

「そう? ならいいけど」

「でも、あの……私が急には出来なくても、嫌わないで居て貰えるだろうか。何時か克服するから、だからっ、その時迄、私を嫌いにならないで欲しい……っ」

「あたりめーだ! 何度も言わせるな! っていうか克服しなくていい! んーな事で嫌いになるわけないでしょーが!」

 

 我慢の限界が来て思わず直生くん口調で怒鳴ると、望寧ちゃんはびくっと体を動かして驚きながら、おずおずと私を見た。

 

「体で愛し合えない人間は、嫌じゃないのか……? 価値がないとか、思わないか……?」

「思うわけない!!! 望寧ちゃんがさっき自分で言ったんでしょ、愛情に肉体関係は必ずしも必要ないって! そりゃ、私はキスとかハグくらいはできたら嬉しいよ。個人的にはその先もできればもっと嬉しいけど、だからってそれは親しさや愛しさを目減りさせる原因にはならないよ」

「しかし、私は……自分から誘っておきながら君に怯えた挙句やっぱり出来ない等と、最低の事を」

「いーい? 一緒に紅茶を飲むつもりで喫茶店に行って、行ったらやっぱり気が変わって抹茶が飲みたくなったなんて、普段のお出掛けだったらいくらでも起こりうる事でしょうが。望寧ちゃんが飲みたいなら抹茶を飲めばいいし、私は紅茶を飲めばいいのよ。それは普通の事でしょ? それで紅茶を飲まないからって怒り出す人間なんか、友達じゃないよ」

「……!」

 

 思わず捲し立てるようにそう言ってしまった私に、望寧ちゃんはまん丸くした目を向けている。その瞳が、再びわかりやすく涙でいっぱいになった。

 

「……有難う」

「お礼を言われるような事は、私は何も言ってないよ」

 

 腕を広げると、次の瞬間、必死なまでにぎゅっと抱き付かれて、布団の上でバランスを崩した私は盛大に後ろにひっくり返る。柔らかい敷布の上に頭から押し倒されて、同じように倒れ込んできた望寧ちゃんの体温が、すぐ体の上にあった。

 

「わぁっ」

「ムラサキ」

 

 もぞり、と身じろぎした望寧ちゃんが、泣いているような笑っているような、そんな表情で私を覗き込んだ。最近は夜寝る時にいつもすぐ傍にある、豆の出来た頑丈な、それでいて案外ほっそりとした掌が、私の頬へと愛しげに触れる。

 

「君が、好きだ。頭の悪い人間で済まないんだが、本当に……好きで好きで堪らなくて、此れしか言葉が出て来ない」

「十分伝わってる。ありがとね。私も望寧ちゃんが好きだよ」

「本当か?」

「言葉とキスだけじゃ、証明できない?」

「まさか」

 

 くすっと笑ってから、望寧ちゃんがおでこをくっつける。私の隣に寝転んで抱き付くと、望寧ちゃんは甘えるように頭を擦り寄せてきた。自分より大柄な子に甘えられていると、とにかく愛しさと可愛さが募って仕方ない。日没後は未だに冷える春の室内も、体温でぽかぽかしていい気持ちだ。

 

「……ムゥ」

「んー? なぁに」

「言っておくが……君との口吸いは、夜明けまでしても飽き足らない位好きだからな?」

「ふふ。わかりました、ありがとう」

 

 改まってそう答えると、本当にわかっているのかと言わんばかりに、望寧ちゃんはむぅっと頬を膨らませて私に迫った。

 

「君の素肌に触れるのも、一緒に風呂に入るのも好きだからな!?!?」

「わかったわかった」

 

 そんな風に睨まれても可愛いだけだ。手を伸ばして頭を撫でると、子供扱いされて膨れながらもべったりと離れずに甘えていた望寧ちゃんは、不意に切なそうに目を伏せた。その切実さを内に秘めるようにして、ほんの少し声が掠れる。

 

「けど、その先は、未だもう少しだけ……いつか必ず、僕とも君とも、分かち合えるようにするから」

「うん、わかってる。また今度ね? 別にその今度はいつになっても、ずっと来なくてもいいけどさ」

 

 思わずそう答えると、望寧ちゃんは勢いよく体を反転させて腕を立て、真剣な顔で私の頭を上から覗き込んだ。

 

「ずっと来ないのは嫌だ! 触れたいんだ、本当に。その気持ちだけは本当だから、僕の努力を汲んで呉れ。頼むから」

「そ、それはわかったけど、無理だけはしないでよ? 望寧ちゃんとえっちな事出来なくても、それは悪いことなんかじゃないし、私はどこかに行ったりしないから」

 

 そんなに一生懸命、慌てたり努力したりしなくていい。

 こうやって、甘えんぼで触れたがりの望寧ちゃんも、私は好きだ。もしかしたらその気持ちの奥にある焦りや不安は切実で、いくら私が拭っても拭い去れないものなのかもしれないけど、だとしても私は、彼女がまた一歩明日を歩いていけるように、その傍に在り続けるだけだ。

 私が通ってきた不安や道筋を、望寧ちゃんもきっと経験している。大事なことだから、大切な人へ向ける気持ちだから、「流されて」欲しくない。ほんの些細なことに思えたとしても、「大丈夫」と思えるまで、納得できるまで立ち止まっていて欲しい。

 人と人だから「違い」はあるのかもしれないけど、少なくとも相手にとって安心感のある相手でいられたらと。時折不安そうに揺れる瞳の彼女を抱き締めながら、私はそう思うことしかできないのだ。




こんな事言ってるけど、きっと近いうちにもっといちゃいちゃするようになるんだろうなって思います←
(望寧ちゃん的には、怖いけど紫咲とはしたいし興味はあるので←)
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