マルメロ家だいすき日記2022〜2023   作:大野 紫咲

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まだ出来上がって日の浅い本丸の、超病弱な主を長谷部が看病し、山姥切が主のぬいぐるみと遊んでくれるだけのお話です。
特に何も起こったりはしないです。

・そこまで恋愛っぽい要素はありません

・夢主とその周辺キャラがいっぱい出て来ていっぱい喋りますので、何でも許せる方向けです

・当本丸の独自設定が色々とあります

初掲載はPixivです。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16236567
※2025年から、夜翰さん→ヨアさんへの設定変更につき、小翰さんの名前を小羽に変えております!


マルメロ家×夜恵城【本丸】
小さな本丸の、超病弱な主と不思議なぬいぐるみの話


「……」

「……」

「……長谷部、あの」

「は、はい?」

 

 妙な緊張感の漂う、布団が敷かれた座敷部屋の中。

 急須から茶を注ぐ青年——へし(きり)長谷部(はせべ)をじっと注視していた、当本丸の審神者(さにわ)こと紫咲(ムラサキ)は、急須に添えた男の大きな手が微かに震える様を見て取ると、まっすぐに顔を上げて声を掛けた。

 

「そんなに、私の前で緊張しなくてもいいんだよ?」

 

 布団の上で、部屋着姿のまま上半身を起こしたムラサキを、藤色の目が驚いたように見つめ返す。

 へし切長谷部は、この本丸に来た二十五振目の刀。まだ顕現して日は浅いものの、主への忠心は噂に聞いていた通り余りあるもので、出逢った時からこうして自ら甲斐甲斐しく、床に伏せる主の看病をしに訪れてくれる。

 そんな彼の、主という存在に対してやや鯱鉾(しゃちほこ)ばっているとも取れる態度が、今のムラサキの言葉を受けて、初めてほんの少し揺らいだ。

 暖かな午後の陽射しが障子越しに落ちて、ムラサキの肩に掛かる羽織を優しく照らしている。

 

「申し訳ありません……っ、主の前で粗相をしてお気を遣わせるつもりはなかったのですが」

「いやいやっ、全っ然なんも粗相なんかしてないし! でも何か……失敗して嫌われるのを凄く怖がっている、ように見えて」

 

 虚を突かれたように、長谷部の顔へ驚きの表情が浮かぶ。

 ムラサキの観察眼に自信はなかったけれど、強いて言うならば恐怖——忠誠の中に漂う、捨てられる事への恐れのようなものを、彼女は嗅ぎ取っていた。

 だから、それを伝えようと手を伸ばす。怖がらなくていい、完璧にしなければなどと思わず只ここに居ていいのだと、安心させるように。

 急須の上の手を細い指で掴むと、言葉はなくともその心持ちを察したのか、彼はひとつ息を吐いて、照れた様に和らいだ表情を覗かせた。

 こんな無邪気な顔もする、とムラサキは少し目を見張ってみせる。 

 

「いえ、大丈夫です。お心遣い痛み入ります。不器用な俺が茶を淹れるには、些か肩に力が入り過ぎていたようで。そんなところまで主に見破られてしまうとは、俺もまだまだです」

「別に私、布団の上にお茶ひっくり返してぶち撒けられたとしても怒ったりしないよ? 色々してもらってる身で」

「さすがにそこまでではありませんよ!?」

 

 熱いのでお気を付けて、と渡される掌はやはり少し震えていたが、桜色の湯呑みを受け取りながら、ふふ、と口を付けて微笑むムラサキを見て、先程の発言が冗談の一つだと理解した長谷部も、釣られたように少しだけ笑い声を上げた。

 

「長谷部でも、お茶溢しそうなくらい緊張とかするんだね」

「そりゃしますよ。何せ、俺にとってはこの姿でお仕えする初めての主ですから、結構ガチガチに……って、そんな話はどうでもよくてですね!」

「いや、なんか長谷部は、私執事でも雇ったかしら? ってぐらい一生懸命仕えてくれるから……そんなに肩の力入れなくていいし、今みたいに多少フランクな付き合いが出来た方が嬉しいよ、私」

「そう、でしょうか……?」

 

 脚を崩せばよいのに、布団の傍で礼儀正しく正座する姿を目にしながら、ムラサキは再び彼の手元を眺め、闘い慣れした手だ、と思う。

 鍛錬や戦闘の連続でマメやタコが出来た、逞しい手。どうしてそんな強い手の持ち主が、病気がちの小娘(三十路近いが少なくとも見た目は)一人に、震えねばならない程緊張する必要があるのだろう。

 そう思ったムラサキだが、もしかしたら向こうも、距離感を計りかねていたのかもしれない。心配は常日頃から痛いほど感じるけれど、今は何かこう、生の本音のようなものを聞き出せたのが、ムラサキにとっては嬉しい瞬間だった。

 何せ、刀剣たちとの間柄はおろか、この本丸自体も運営が始まったばかりで、日が浅いとかいうどころじゃないのだから。

 こぢんまりした自室の中、遠い目になりながらムラサキが呟いた。

 

「まさか審神者業を始めてひと月目に、一ヶ月のうち半分近く寝込む羽目になるとは……」

「主はもう十分頑張っておられますっ! そのお身体を押しての鍛刀と、各種出陣への指令と隊結成に内番の指示まで……っ」

 

 すかさず身を乗り出さんばかりに褒めちぎる長谷部を前に、ムラサキは羽織の袖をぱたぱたと振る。小柄な体に、大きめの作りをしたその袖はかなり余っている。

 

「や、私はやってって頼んで様子見に行ってるだけだからっ。やってくれてるのはみんなと職人さん達でしょ? 部屋から出られない間は、伝令も長谷部とかまんばちゃん頼みだし……」

「うう、主のお使いになる霊力を少しでもお身体の休養や治療に当ててくだされば、主も早くお元気になられるかもしれないというのに、俺はなんとふがいない……!」

「大丈夫、上限が極端に低いだけだから私の! 長谷部やみんなは何も気にすることないよ!」

 

 袖で覆って涙を流しそうな勢いの長谷部を慌てて止めてから、ムラサキはふーと吐息をつくと、ぱたんと長い髪で仰向けに転がった。平凡な色の瞳に、格子型の天井の木目が映り込む。

 

 そう、この本丸最大の要にして最大の問題は——ここの審神者があまりにも貧弱過ぎる事である。

 元々ムラサキは、未来や異なる世界軸を行き来する、いわゆる異世界間移動の能力と実績を買われ、他の世界での生活や仕事と兼業する形で、この審神者業にスカウトされた人間だ。

 が、そう言うと聞こえはいいものの、単純に言うと「なんでか知らないが異世界を都合よく渡れる」という特異性を好条件として雇われただけで、それ以外の能力に関しては、平均どころか下から数えた方が早い。

 加えて生来の病弱さに、霊力の消費や審神者業の負担によって拍車が掛かっているようで、調子の良い時はともかく、悪い時は中途半端な微熱や体調不良が続きいくら休養すれども治らず、業務に本腰を入れられないという有様である。

 そのへんの事情を考慮され、最初からあまり重い任務は任されていないので、マイペースに続けてくれていいと上からは言われているが——正直、頼むばかりで何の役にも立てない審神者というのは、かなり情けない。

 

「折角、私も体力作りのためにみんなと一緒に走り込みとかしよっかなって思ってたのにな」

 

 つまらなさそうに横向きで膝を抱えると、そんなムラサキに長谷部はやや心配したような、それでいて呆れたような目を向ける。

 

「主……熱も下がり切らないうちから無茶はやめてください。まずは調子のいい日に鶯丸と縁側で日向ぼっこするぐらいのところから始めて頂かなくては」

「そんなレベルから!?」

「もしくは、短刀連中と一緒に柔軟と体操ですかね。それが出来たら厩までの散歩。徐々に距離を伸ばして、最低でも徒歩で本丸を一周出来るくらいになってから、それ以上の運動は考えてください」

「……」

 

 布団を抱えて膨れっ面で黙り込むムラサキを、長谷部は苦笑して覗き込む。年で言えばムラサキもかなり食っているはずだが、その童顔と身長故に年齢以上に見られる事が滅多にないせいで、側から見れば、駄々をこねる妹に説教する兄……のような図に見えなくもない。

 

「主。どうかお気を悪くされないでください。意地悪や馬鹿にして言っている訳ではありませんよ」

「知ってますよぅ」

「衰えた体力を戻すには時間が掛かります。ましてや主は元々の体力が低い方なのですから、尚更時間が必要です。現に、微熱とはいえ二週間近く発熱が続いているんですよ? 熱を出し続ける事でこれ程体力が削られているというのに、まだ室内をうろつき回れるのが不思議なくらいです」

「そこまで言う!? いや表の世界でも仕事休んでるし、熱と怠さ以外何の症状もないんだから! てか打ち解けてからなんか急に言い方がズケズケというか厳しくならなかった!?」

 

 あまりの言い草に空の湯呑みを返却して憤慨するムラサキを、長谷部はしれっと布団から起き上がらせずに押し戻すと、その肩口まで布団を引っ張り上げる。

 

「緊張するな、というのがご命令でしたから。主に親しむ為であれば、この長谷部、僭越ながら多少厳しい言い方は致しますとも」

「う〜〜……」

「今はゆっくり体を休めて、早くお元気になってください。本丸の連中は、皆主の顔を見るのを心待ちにしております」

 

 全て反論の余地もない上に、爽やかな微笑で言われるともうどうしようもない。

 どうやら主が眠りにつくまで、監視してその場を動くつもりのないらしい長谷部の張り切りぶりに、諦めて溜め息をついたムラサキは、背を向けて布団を被ると、横になったまま目を閉じた。

 が。

 

「……」

「……」

「ねえ、長谷部、あのさ」

「はい……?」

「何か面白い話ない?」

「先ほど俺はゆっくり休んでくださいと言いましたよね!?」

 

 就寝姿勢に入って五分も経たないうちに休養を放棄する主に、長谷部のツッコミが爆発するものの、発熱からくる暑さで足回りの布団を蹴っ飛ばしたムラサキも負けてはいない。

 

「だっっってつまらないんだもん! もう何日、自室とその周辺に篭り切りになってると思ってるの! 飽きちゃったよ!」

「飽きた飽きないの問題ではありません!」

「眠らなくてもちゃんと休養する方法はあるでしょ!?」

「それを許可すると主はいつまで経っても携帯端末を弄るだの本を読むだの、結局疲労を溜める羽目になっているからそう言っているんです!眠れなくとも、横になって目を閉じるだけで効果はあるんですから、ちゃんとお休みになってください!」

「じゃあせめて時間切って! 目標もないのに永遠に寝てろなんて地獄だから!」

 

 はあ、と額に手を当てた長谷部が、壁の時計を見やる。

 この主、体が極端に弱いくせに、じっとしているのが苦手なのが問題であった。確かに、下手に無理をさせると悪化の恐れがあるということで、外にも出さず室内での最低限の活動を強いてきたわけだが、どこの景色も見られずほとんど誰とも会えない、という状況が、主にどれ程の退屈をもたらしているかということも、長谷部は理解できている。

 寝ようが起きようが、薬研の調薬した滋養剤を浴びるほど飲もうが、一向に劇的な回復が見られず、苛立ったりべそをかくほどの不安や焦燥に駆られている背中も、勿論傍で見守ってきた。最初は一定の効果を上げていると思われた療養期間も、日が進むにつれ、どうせ何をしても同じなら、好きなことをしたり多少の無理をしてもと、主が投げやりに思う気持ちも理解できる。

 しかし、それはそれとして、どれほど本人が無駄と思おうと、今は主自身の免疫と回復力を信じて、やれることをやってもらう他はない。それを支えるのが近侍たる自分の使命なのだ、と胸に言い聞かせながら、長谷部は口を開いた。

 

「では、あの長い針が次にもう一度六を指す時まで。せめてそのくらいの間でいいですから、何もせず、何も喋らず、目を閉じて横になっていてください」

「一時間でしょ……幼稚園児じゃないんだから、そのくらいは分かるよ」

「それは失礼を致しました」

「でも、そんな風に看病してくれる人に言ってもらうのって、本当に子供の頃ぶりくらいかな。なんか、ちょっと嬉しい気持ちになるよね」

 

 ありがとう、と目を細めて礼を言ったムラサキは、満足そうに深呼吸して目を閉じる。もっとゴネられるかと拍子抜けしてその様を見ていた長谷部は、微かに口元を緩めると、座したまま姿勢を正した。

 

「眠れないのであれば、薬研が見つけて来た『ひーりんぐみゅーじっく』という奴をお流ししましょうか?」

「あれ怖いぐらい効くんだよなぁ……私寝つき悪い方なのに、あれ掛かってると一時間くらいで寝れちゃうんだよね。どこで見つけて来るんだろ。でも、折角効いてるから、昼寝じゃなくて夜寝る時に使いたいかな」

「さようで御座いますね。それでしたら……」

 

 ふと、何かを思い出したように、長谷部はムラサキが布団の脇に積んでいた本の山から、一冊を漁り出す。不思議そうにきょとんと目を瞬かせるムラサキの前へ、その幅広な一冊を翳しながら、長谷部はにこやかに微笑んでみせた。

 

「それでしたら、こういうのはいかがでしょう?」

 

*****

 

「今、帰った」

「ああ。山姥切か」

「主は就寝中か?」

「見ての通りだ。よく眠っていらっしゃる」

 

 その日の夕方。午前中に出発した遠征から漸く帰って来た、主の初期刀こと山姥切(やまんばぎり)国広(くにひろ)は、気配を察して主の部屋の襖を開けるなり、その身に纏う布を翻しながら静かに歩み寄って来ると、枕元に座る長谷部と小声で言葉を交わす。

 普段はどの刀も入る前にノックくらいはするが、こうして主が休んでいることも多い為、忍び足で入って来ることを特段長谷部も咎めはしない。

 お気に入りの人形を抱き、子供のようにすよすよと寝息を立てる主を見て、山姥切はその碧眼を少し驚いたようにぱちくりさせた。

 

「昼間だから、まだ起きているかと思っていたが。茶や薬でも眠れなくなると騒いでいた主相手に、よく寝かしつけに成功したな」

「ああ、それはな……」

 

 山姥切の言葉を受けた長谷部が、いつもの眉間に皺の寄った顔ではなく、楽し気にすら見える表情で苦笑するので、山姥切はますます意外そうな顔つきになったが、長谷部はそれを気に留めることもなく、傍にあった「もういちど読む日本史」と書かれた本を持ち上げてみせた。

 

「主は、歴史の勉強が大層苦手なようでな。これを隣で朗読して差し上げていたら、案の定数頁もいかぬうちにぐっすりというわけだ」

「……なるほど」

 

 その時の様子を思い出したのか、長谷部は声を殺しながら、くっくっと肩さえ揺らしながら笑っている。

 授業中に生徒の眠気を誘うかのような安直な手法に、山姥切は呆れたような、それでいて愉快そうな表情を微かに口元に浮かべたが、あぐらをかいて隣に座ると、ふと思い出したように言う。

 

「しかし、主は苦手と言っていただけで、特段歴史が嫌いという訳ではないだろう。お前だって、話が下手というわけじゃない。刀としての経験を生かして本気で講義すれば、もっと熱心に聞いてもらえるんじゃないのか?」

 

 いつも不愛想なことが多い山姥切から、誉め言葉とも取れる言葉を投げかけられ、今度は隣に座る長谷部の方が面食らう番だった。

 その根が素直な性格に、ふ、と小さく一度笑みを漏らした長谷部は、夕陽に淡く輝く髪をかき上げると、主の寝顔を見下ろした。

 

「そんなことくらい、言われずとも分かっている。主は好奇心旺盛なお方だからな。そうするのもやぶさかではないが、あまり話に気合を入れ過ぎると、今度は主が興奮で眠れなくなってしまうだろう。それでは意味がない」

「それもそうか」

「安らかに眠っていただくことを計算に入れ、わざとつまらない読み聞かせをそのお耳に入れるのも、俺としては当然の務めだからな」

 

 どうも、意図的に眠くなるような読み方をしていたらしい。

 ひとつ頷いて、フードのように被った襤褸布の端を引っ張った山姥切は、小さく呟いた。

 

「まあ、それも含めて、あんたにしか出来ない芸当かもしれないがな」

「? どういうことだ」

「主は、あんたの声が好きだと言っていたぞ」

「!!!」

 

 動揺のあまり、傍の湯呑と急須を引っ繰り返しそうになった長谷部が、すんでのところで取り押さえて音が出るのを防ぐ。

 その様を面白がっているのか、一矢報いたとばかりに布の下から金髪の前髪と瞳を覗かせた山姥切は、何事もなかったかのように、小さく笑みを浮かべて盆を指さした。

 

「見張りなら代わる。そろそろ、薬研の調薬した薬を取りに行く時間だろう」

「あ、ああ。そうだった。茶葉もそろそろ替えてこなければ……すまないが、頼んだぞ」

 

 機を得たりとそそくさ立ち去っていく長谷部の、その耳元までがしっかり赤くなっているのを見届けてから、山姥切はふうと溜め息を吐いて、未だ眠りこける主へと向かい合った。

 写しである自分を出逢った当初から何かと気に掛け、現状最も強き刀剣に育て上げながらも、他の刀剣たちへの配慮や采配も怠らない主に、内心感心はしているが、それにしてもその言動はたまに素直が過ぎるのではないかと思う。近侍になる機会が多いが故に、他の刀剣男士達への誉め言葉もよく耳にする山姥切が、律儀にそれを伝えた時の、他の刀剣たちの浮かれようといったら。姿を見せなくても、主の言葉は十分彼らに響いているらしい。

 どこか、我儘な子供のような……それでいて全くの考えなしという訳でもない、脆いのか強いのか、よく分からない主。

 体を丸めた猫のような寝姿を見ていると、ふと山姥切は妙な気配に気が付いた。

 

(ん……?)

 

 付喪神たる彼には、その発生源はすぐに分かる。主のすぐ傍……その腕に抱かれている、二体の人形だ。白いシャツとジーンズを纏った、白い肌の人形と、デニムのワンピースを纏った、浅黒い肌の人形。揃いのリボンを付けたそれらをじっと眺めた山姥切は、きつくその青い目を細めた。

 

(こいつら、両方とも何か〝憑いて〟いるな……?)

 

 どちらも瞳は青く、髪は短い。すごく似ているという訳ではないが、どことなくきょうだいっぽい雰囲気を纏っている。長谷部からは特に何の引継ぎもなかったので、山姥切は思わず嘆かわしい気持ちになった。

 

(あいつ、こんな妙なものを傍に置いておいて気が付かないとは……)

 

 緊張が走り、自分が今のうちに処理するべきか、と山姥切は一瞬刀の柄へと手を掛けたが――間もなくすぐにその白い指先を解いた。確かに何かの気配を感じるものの、よくよく探ってみると、害意や悪意のような危険なものは感じない。霊というよりは、むしろ座敷童や付喪神を見ている時の感覚に近いような……

 不意に、虚空を見上げている白い肌の人形と、山姥切の目がぱちんと合った。山姥切を見た人形は、明らかに布で作られていると分かるその目で、ぱちこんと瞬きしてみせる。どう見ても、普通の人形ではない。

 

(ああ……)

 

 どうしろと、と頭を抱えたくなった山姥切だが、根のやさしさが手伝ってか、それとも喋り相手がいなくて暇だったのか、気が付けば主の懐にいる人形へ向かって呼び掛けていた。

 

「おい。そこにいては窮屈だろう。こっちに来たらどうだ」

「……!!!」

 

 今度は、瞳以外の場所が明らかに動いた。こてん、と毛糸で作った体で寝返りを打つと、白い肌の人形は毛糸の髪の下から、じーっと山姥切の方を見ている。

 やがて、主の腕に押しつぶされていたその人形は、よじよじと身をよじって己の毛糸製の腕をすぽんと二本出すと、宙に向かって差し上げ、幼い鳴き声らしきものを上げ始めた。

 

「う!」

「……」

「う! う!!!」

「……なんだ。抱き上げて欲しいのか?」

「だうっ、あうっ」

「おい、こら、静かにしろ。主が起きるだろう」

 

 慌てて両手で引っ張り出すと、胡坐をかいた山姥切の膝の上へ移動されてきた白い肌の人形は、ようやく大人しくなる。片手で山姥切の白い布を握り締め、もう片方の手を口元でちゅうちゅう吸いながら、黒髪おかっぱの人形が、不思議そうに山姥切の瞳を見つめていた。

 

「???」

「こうして見ると、人形というよりはぬいぐるみだが……。手作りなのか? 主の力の気配がする」

「ふーん。あんた、ボク達のことがわかるんだ」

 

 膝の上の人形を観察している間に、もう一つの声が話し掛けて来て、山姥切は思わず飛び上がった。跳ねた膝と一緒に飛び上がった白い肌の人形が、きゃっきゃと楽し気に声を上げている。その一方で、まだ主の腕の中にいたもう一体の浅黒い肌の人形が、よっこいしょとその腕を避け、よじよじ布団から這い出してくるところだった。こちらは、手助けなしでも自力で脱出可能らしい。

 

「お前、しゃべれるのか」

「一応ね。ボクがおねえちゃんしてるから」

「おね……女、なのか……?」

「ボクは、一応男。でも、色々あってそいつには女と勘違いされたみたいでさ。そいつなら、ズボン穿いてるけど女で合ってるよ。多分」

 

 まあ別にどっちだっていいんだけど、と澄ましたことを言いながら、浅黒い肌の人形は、しれっと山姥切の膝の上で足を組むと、白い方よりはやや長めのおかっぱを、手で梳かし始めた。各々好き勝手にくつろぎ始める二体を前に、反応に困る山姥切。

 

「というか、お前らなんで揃って俺の膝の上に座るんだ」

「そいつだけなんてズルいだろ」

「そう……かもしれないが……そもそも、何者だお前らは」

「あんたの主に聞いてないの? ボクは小羽(コハネ)。あんたと主を同じくする者。まあ、主というか、ボクらの場合はちょっと特殊なんだけど。そっちはちび」

 

 小羽と名乗った浅黒い肌のぬいぐるみはそう言うが、相方に関する説明が大変雑だ。

 自分は大層な名をもらっておいて、そんな適当なことがあるかと山姥切は思ったが、ちびと呼ばれた方は両腕を振って反応しているので、間違いという訳ではないらしい。

 少しずんぐりむっくりしたちびは、食いしん坊のようでいつの間にか傍の皿にあった煎餅をがじがじと貪っている。スーツの上を煎餅の粉だらけにされたが、もうそれは諦めることにして、山姥切はそのちびと小羽を交互に見比べ、ふと気付いたことを口に出した。

 

「……なあ。あいつをちびと呼ぶが、お前の方が小さくないか?」

「ボクの魂の片割れが華奢な奴だったから、サキがそういう風に作ったんだよ。ボクらにはそれぞれ、モデルになった元の人間がいる。ボクの方が後に生まれたし、あいつとは毛糸の細さも綿の詰め方も違うから、サキも何度か作り直しはしてたけど、同じにはならなかった」

「それなら、その過程でお前達の魂も、元になった人間とは別にして顕現したということになるな」

「完全に別じゃないけどね。本体と繋がってるから、何を考えてるかくらいはわかるよ。こういうの、分け御魂って言うんだっけ。分霊箱って呼んでる世界もあるよね。まあ、ボク達には神格も何もないし、あんた達からすれば妖怪か何かだろうけど」

「けど、主は大事にしてたんだろう。お前達のことを」

 

 動くことは今この瞬間まで知らなかったが、本丸へ来る度に連れて来て、毎晩床に並んで入るほどお気に入りのぬいぐるみならば、物であっても――いや、同じ物であるからこそ、どれほど大切にされてきたのか、山姥切にも想像がつく。

 そう話していると、膝の上に飽きたのか、今度はちびが山姥切の纏う布を掴むと、肩の方に向けてよじよじ登り始めた。

 

「うっ、ぁう」

「おい、落ちるぞ」

 

 肩に乗りたいのか、と手で掴んで乗せてやると、ちびはそこから滑り台のように身を覆う襤褸布を伝い、しゅーっと下りて来て山姥切の膝のすぐ傍に着地した。自分でも何が起きたのか分からないというように、尻餅をついたままきょろきょろ周囲を見回している。

 

「……?」

「ほら、だから言わんこっちゃない……」

「!!!!!」

 

 が、どうやらそれが気に入ってしまったらしく、ちびは再びダダァと駆け寄って来て膝からよじ登ると、肩の上まで行って布を滑り降りようとする。いつの間にかフードが脱げるほど布が引っ張られていたことに慌てる山姥切の傍で、ちびは転がり落ちて遊んでいるし、小羽はあぐらの内側に布の端を引っ張って来てハンモックを生成しようとする始末だ。

 

「うっうー、だぅ。きゃきゃ」

「ボクはここが気に入ったから、ここで寝る」

「おい、この布は滑り台じゃない!  そんなに何回も滑ったらお前の体が汚れるだろう。大人しくしていろ。お前も、俺の布を巣材にして勝手に寝るな! そもそも、あんまりお前らと騒いでいたら、主が……」

 

 と。そこまで告げて布団に目を移した山姥切は、固まった。

 もうとっくに目を覚ましていた主――ムラサキが、何をしているのかと言いたげな目で、布団の中からぱちくりとこっちを見ていたのだった。

 

「まんばちゃん、帰って来てたの……?」

「あっ、主……!これは……!」

 

 誤魔化そうにも隠れようにも、ぬいぐるみ二体にべったりくっつかれ、身動きは取れないし体は菓子の屑だらけだしで、山姥切にはどうしようもない状況だった。そのなりゆきをぽかんと見ていたムラサキは、布団の中で楽しそうに笑い出す。

 

「ふ、ふふっ……。ご、ごめんね。帰って来たのに気付かなくって。おかえり。遠征お疲れ様」

「あ、ああ。成果報告に来たらあんたは寝ているし、代わりにこいつらが……」

「うん。うちの子なんだ。ごめんねびっくりさせて。でも、珍しいね。この子達、いつも誰が部屋に来てても動かないのに。まんばちゃんのことが、よっぽど気に入ったみたいだよ」

 

 そろりと身を起こした主が、首が絞まりそうなほどネクタイをぐいぐい引っ張るちびを見かねて手を伸ばす。

 

「こら。苦しいから引っ張っちゃだめ。それ遊び道具じゃないんだよ。そんなにぐいぐいしたら痛いでしょ」

「……」

「まんばちゃんにごめんなさいしようね」

「……」

 

 膝の上に立ったちびは、思いのほか素直にぺこんと頭を下げると、主の布団へ戻って行った。目を擦った小羽が寝ぼけたまま山姥切の布を引き摺って行こうとするのを、ムラサキは苦笑して引き離す。

 

「ごめん。私が寝てる間にだいぶ迷惑掛けたみたいだね……。ありがとう、遊んでくれて」

「いや、それは構わないが……。その二体は、随分知能や言語能力に差があるみたいだな」

「うん。元になってる本体の、魂の性格や本質に影響されてるみたいでね。どっちも、本体の精神面は大人に違いないんだけど……本体達の思いや隠れた願望が、私が作ったぬいには反映されるみたい。ちびは、ちょっと甘えん坊なの。だからあんまり上手く喋れないけど、周りの人が発する言葉はちゃんと理解してるよ」

 

 その説明に納得したような素振りを見せながらも、被り直した布の下からじっとぬいぐるみを注視する山姥切を見て、ムラサキが不思議そうな顔になる。

 

「……名前、本当にちびなのか」

「ああっ、えっとね。はい、こっちに来てご挨拶して。鈴木・ちび・愛理です。本体の名前は鈴木愛理だから、間にちびが入ってるんだけど、長いからみんなちびって呼んでるんだ」

 

 驚いて瞬きする山姥切の前で、ぶんぶん大きな頭を振って頷くちび。その様子を見ていたムラサキは、嬉しそうに微笑んだ。

 

「もしかして、この子が適当に呼ばれてるんじゃないかって心配してくれた?」

「いや、別に……。由来があるなら、それに越したことはないが。少し気になっただけだ」

「やっぱやさしいねぇ、まんばちゃん」

「どのへんがだ。俺は、写しな上に刀だぞ? 人斬りの道具と仲良くなったところで、こいつには何も利点など……」

「でも、やさしいって感じたから、ちびは遊んで欲しいって思ったんだと思うよ。そうじゃないと、自分から近づこうとなんてしないもの。この子案外人見知りだからね」

 

 主の代わりに布団を陣取って、小羽がすぴすぴと昼寝の続きに入る一方で、ムラサキに両手で抱えられたちび愛理は、山姥切の方へ「だう」と声を上げながら丸々した手を伸ばす。反射的にその体を受け取った山姥切の頭上から、ひらひらと桜色の物が舞った。目に留めたムラサキが、瞳を丸くする。

 

「……おや」

 

 落ちて来る花弁を見て、目をきらきらさせたちびが、山姥切の膝の上から手を伸ばす。その鼻の上に大きな花弁を乗せたちびは、次から次へと降ってくる小さな桜の欠片にも、手を振って大喜びだ。

 

「だう。あー、うー。きゃっきゃっ」

「よかったねー。まんばおにいちゃんも、ちびが好きだってさ」

「なっ……! そういうことではっ……、というか、お兄ちゃんとはなんだ!」

「実際堀川くん達と兄弟だし、丁度いいじゃない? お兄ちゃん役」

 

 複雑な面持ちで山姥切は膝の上のちびを見下ろしているが、その心情はちらちら降る桜に正直に表れている。

 と、そこへ軽く襖を叩く音が響いた。主が起きていることを察した長谷部が、部屋をノックしたらしい。

 

「主、お加減はいかがでしょうか。先ほど、新鮮な梨が手に入ったので、おやつに……」

 

 そう言いながらにこやかに襖を開けた長谷部が、見知らぬ生物たちとの邂逅に固まる。

 

「主、これは……???」

「あ、ええっと……長谷部には紹介まだだったね。私の枕元にいたぬいぐるみ……」

「そっ、それは見ればわかりますが! 動くほどの力を溜めていたとは……主の霊力の賜物ですか?」

「なんなんだろうね。この本丸に連れて来た時は、私が動かそうと思わなくても、この子らの意思で自由に動けるみたい」

 

 謎の現象を警戒してか、ややこわごわと、盆に乗せた果物と茶を長谷部が運んでくる。その匂いを嗅ぎつけて目を覚ましたのか、布団から起き上がった小羽が「梨だ! 美味そう!」と声を上げたので、余計にびくっと肩を震わせてびっくりしていた。

 しゃくしゃく欠片を頬張るぬいぐるみ達と梨を分け合いながらのムラサキの説明に、長谷部はまだぽかんと見慣れないそれらを観察している。

 

「しかし、いくら力の気配が小さいとはいえ、これだけ傍でお世話をしておきながら、この俺が気付かないとは……どうして、もっと早く言ってくださらなかったのです」

 

 不意に、梨を食べる手を止めてじーっと見上げるちびと、山姥切は視線を交わした。

 

「……」

「こいつは、お前が怖かったと言っているぞ」

「おい山姥切! 言葉も発していないくせに出鱈目を言うな!」

「元々喋らないんだ。物同士、何を言いたいかくらい大体分かる。どうせお前のその怒鳴り声をどこかで聞いたのだろう。気配を消すぐらい警戒されても仕方がないな」

「そ、そうなのですか、主……?」

「あ~~……だ、だいじょうぶ。長谷部もそのうち仲良くなれるよ、うん」

 

 しょげかえる長谷部を慰めているムラサキの傍で、ちびと小羽はしっかり山姥切の布に隠れて、その様を見守っている。その二体を片手で支えながら、山姥切は小声で話し掛けた。

 

「大丈夫だ。あいつは、口はでかいが怖くはないぞ」

「だってあいつ、サキ以外の奴には優しくなさそう。人間の本質を見る時は、その人間の親しい相手以外への態度を見ろって、ボクどこかの本で読んだことあるぞ」

「お前は難しいことを知っているな……。まあ、しかし、ああ見えても付き合いは悪くない奴だ。慣れたら仲良くしてやってくれ」

 

 そう小羽にたしなめる山姥切のネクタイを、隣で飽きずに引っ張るちび。珍しく苦笑しながら、観念した山姥切がその青いネクタイを外す。

 

「お前、本当にこの布が好きだな」

「だうっ」

「洗い替えもあるし、一本くらいなくなっても問題はない。そんなに気に入ったならお前にやろう」

 

 ひらひらと猫じゃらしのように布を翳されて、ちびはすっかりご機嫌のようだ。それに気付いた小翰が、すかさず唇を尖らせる。

 

「いいな。ボクも何か欲しい」

「この襤褸は駄目だぞ。俺が使う。こっちの細いやつで二人仲良く遊んでいろ」

「いーじゃん、ケチ!」

「ケチとか言うな。ったく、仕方がないな。今度切れ端でも持って来るから……」

 

 着々と山姥切が仲良くなる様を目にしながら、長谷部がムラサキの傍でずーんと落ち込んでいる。

 

「主……ぬいぐるみと仲良くなる為には、やはり物を積まなければ駄目でしょうか……? それとも、やはり俺ごときでは主の期待には……」

「いや、物に釣られるとも限らないし……っていうか、別にうちの子だからって、長谷部が無理矢理仲良くする必要ないんだよ!? なんか変なプレッシャー感じてない!? 別に、自分から仲良くしたいと思わないのに無理して好かれようとする必要とかないんだからね!?」

 

 大層ややこしい悩みを抱えてしまいそうな長谷部の前で、ムラサキは慌ててどう助言したらいいか考えつつも、己の大切な存在に新たな友人が出来たことに、束の間体調不良を忘れるほどの嬉しさを覚えていたのだった。

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