エピローグとなるお話は、本丸で皆が集結した後のちょっとしたわちゃわちゃと、新たな物語への挑戦(?)となっています。
紫咲が皆を「仮の主」の元へ向かわせた真意は、果たして……?
Epilogue.
【Cam_Night Grace Citadel_????_2023_05】
「ええっ!? しばらく滞在を延長したい!?」
『ははは、いやぁ、あの雄狐を追い払ったのを何人かが見ていたようで、もう暫くここにいて奴から村を守ってくれと言われてしまってなぁ。それに、ここに居る生き物の生態には興味深いものも多い。孫娘を見守るついでに、しばらく手合わせで稽古を積むのも悪くないかと思ってな』
「孫娘て。いや、それは別にいいんだけど……で、でもあの、いくら和文化に慣れてるからって大丈夫?」
本丸・
今三日月が滞在している世界は、確かに日本古来の文化に近い風習や街並み・生活様式が残った場所なのだが、それはそれとして独自に発達した技術も数多くあり、いわゆる「日本」という国とは全く異なる。何よりモンスターが跋扈し、それを討伐する機関やハンターが平然と存在している場所では、色々と勝手も違うだろうと、紫咲は戦々恐々としながら尋ねたが、三日月は例の穏やかな声音で、何一つ心配していないかのようにのほほんと答えたのだった。
『なに、案ずるな。のんびりちーずとーすとでも作って待っていてくれ、主。そうだ、土産は何がいい? 矢羽の奴が、このあたりには珍しい大きな卵があると言っていたんだが』
「いやあの、ガーグァの卵とかいらないよ!? そんなん持って帰って来ても厨のみっちゃんと歌仙さんが困るだけだからね!? 間違ってもリオレイアの卵とか拾ってきちゃダメだよ!? 変なもの拾ったら、絶対にギルドに納品して届けるんだよ!?」
『ほう。それは興味深いな。いっそ土産に連れて帰ってみるか』
「ダメダメダメダメダメ!」
せめて凶暴なモンスターから遠ざけようという一心で語った紫咲の言葉は、却って三日月の好奇心を沸き立ててしまったようで、こちらがこれ以上何か言う前に、画面の向こうで望寧が泣いているか何かの音がして、そそっかしく通信は切れてしまった。
半分呆れつつ、半分頭を抱えながら、画面の消えた虚空を眺める紫咲に、廊下の外からやって来た加州清光が話しかけてくる。今日も爪先の真紅のネイルが煌びやかだ。
「どうしたの、主?」
「いや〜……おじいちゃんがね、モンハン世界にしばらく滞在するって言うんだけど、大丈夫かなって……。どうしよう、タマミツネをうちの本丸の池で飼うとか言い始めちゃったら」
「いやいや、いくら三日月でも、さすがにそれはないでしょ」
本丸に実害を及ぼさないところできっちり線は引ける刀だからと、加州は思わず苦笑したが、それでも好奇心に惹かれてふらっとどこかへ出掛けてしまうようなところがある三日月では、完全に否定ができないのも事実だった。
「タマミツネってそんなにでかいの?」
「デカいデカい。いくら池が広いとはいえ、あの日本庭園じゃアワアワのドロドロだよ……ヒレとかもう、怒るとライオンみたいに広がって真っ赤だし、動きも鱗もとにかく体中綺麗で、狩ってる間見惚れちゃうぐらいだから、近くで観察したくなる気持ちは確かにわかるんだけどね」
「へー……そんなに綺麗なら、俺もちょっと見てみたいかも」
「あ、でも確かに、タマミツネの素材で作った加工品とか、加州くん似合いそう」
「え、マジ!? そんなんできんの!? もっと可愛くなるのにぴったりじゃん」
思わずはしゃいだトーンで声を上げる加州を見て、紫咲ははたと、しまったこれでは逆効果だと気付いたが、もう遅い。事実、紫咲もタマミツネがかなり好みのモンスターである事は間違い無いので、ついつい熱弁に力が籠ってしまうのだ。
「主、御八つの時間だ」
そこへ、湯呑みに淹れたほうじ茶と饅頭を盆に乗せて現れた巴形薙刀が、それを紫咲の前へことりと置きながら、会話に加わってきた。胃に弱い紫咲に配慮して、緑茶ではなくほうじ茶を淹れてくるところが、この本丸の巴形ならではである。
「わ〜、おいしそう! ありがとうー、巴ちゃん」
「ふむ……そこまで大きいのであれば、池自体を拡張する必要があるな。石積みも強固なものにして、広げた分水量を……」
「ちょっと待って巴ちゃんまで本気!?!? あの子、気質はおとなしめとはいえ暴れたら手が付けられないんだよ!? 尻尾の一撃で池の沿岸とか抉れそう……」
「お任せください、主。もしそうなればこの長谷部、見事にその妖を斬ってご覧にいれましょう」
「有難いけどそれはそれで問題……っていうかそれは連れて来る意味ないよね!?」
いつの間にか任務から帰って来ていたへし切長谷部に、紫咲はツッコミつつ労いの言葉を掛ける。
「おかえりなさい。向こうは特に異常なかった?」
「ええ、万事滞りなく。手土産に油揚げをいただきましたよ。育児環境に多少の問題はありそうでしたが、それはあの狐神の下支えで何とかなりそうでしたし、遡行軍の影もありません」
「ならよかった……大丈夫だろうとは思ったけど、安心だね」
「ところで、何の話をされていたのです?」
「ああ、えっと……三日月さんが、〝仮の主〟の子供時代にもうちょっと滞在したいって言うから、その世界にいるモンスターの話を色々と……捕獲任務とかあるし、連れて帰って来ちゃったらどうしようって」
「ああ……あいつは確かに自由というか、どこか読めない奴ですからね……」
滞在を延ばすのはまだしも、連れて帰るというのは想定外だったようで、長谷部まで困惑の顔つきを浮かべている。
傍の端末で、巴形と共に調べ物をしていた加州が、主の袖を引っ張った。
「ねー主、さっき廊下を歩いてる時に卵がどうとかって聞こえたけど、こいつのこと? 飛竜種? って書いてあるけど」
「あー……その子ね。その子は問答無用でヤバい」
「卵から孵したとしてもか? 上手く懐かせれば、戦力になりそうな気もするが」
「うーん、どうだろう、凶暴なんだよね、ものすごく……火炎ブレスでも一息浴びせられようもんなら、本丸ごと丸焼けの黒焦げだよ」
「やばっっっ!?」
思わず仰け反らんばかりに驚いた加州の元へ、新たな声が髭切と手を繋ぎながら参戦してきた。
「そーだよ( ˙꒳˙)そいつボクと同じぐらい強いんだから( ˙꒳˙)」
任務帰りの髭切を迎えに行き、そのままこの部屋に連れて帰って来た恵李朱だった。当然、この本丸にいる恵李朱は、髭切が視察に行った先の恵李朱より未来の存在ではあるが、元々が赤子の時代を介さず子供姿のまま転生したのもあって、時間経過による見た目の変化はほとんどない。
髪がくるりと外に跳ねている恵李朱に対し、髭切の髪は顔に添うよう内側に向いているが、金髪の恵李朱と薄黄色の髪を持つ髭切では、髪色やふわふわした雰囲気はよく似ていて、そんなところも一人と一振の似通った性格を象徴しているように感じられるのだった。もっとも、一人は悪魔、一振は鬼切りの刀という、異様な組み合わせではあるのだが。
興味津々な様子で、髭切が端末を覗き込んだ。
「ただいま。異常なかったよ。すごいなぁ主、ここで火竜飼っちゃうの? 本丸が魔界みたいになるねー」
「いやまだ決めてないっていうか飼わないよ!? お疲れ様、ありがとう……」
「でも、主がゲート繋げた別の世界に、もっと黒くて海老みたいな見た目の子が飛んでたよね? 刀が通じるんなら、それよりはいいんじゃないかなぁ」
「Skyの暗黒竜のこと言ってる!? あれはあれでずっと滞空してるからなおさらタチ悪いし、っていうかどっちの竜も私は嫌だよ!?」
すっかり竜トークで盛り上がる面々の中、恵李朱は雌火竜の真似をして口から火を吹き、加州達におおっと驚かれていた。
「ね、すごいでしょー( ˙꒳˙)」
「うーん、でもさぁ、それで本丸を焼くのは無理じゃないー?」
「そんなことなーい。本気出せばいけるよー。それに、ボクはあいつらの真似できるけど、そんな事しなくたって人間でも戦えるよ。ボクの知ってる望寧ちゃんなんか、あいつの上に飛び乗って操って、モンスターに激突するんだから」
「えー、それは強そう」
「あはは、じゃあその竜に乗って僕と勝負してみてよ、恵李朱」
「いいよー、髭切くらいボコボコにしてあげる」
本丸が火の海になることに対するツッコミは誰もないのか……? と思いながら、だんだんと人口(および刀口)の増えつつある座敷部屋で紫咲が過ごしていると、そこへ和泉守兼定と鶴丸国永を連れた夜羽が戻ってきた。廊下を歩いていて、途中で出会ったようだ。長谷部を見つけた夜羽が、真っ先にとてとて走り寄ってくる。現在の夜羽の方がいくらか成長しているとはいえ、長谷部にはその姿はまだまだ幼く可愛げがある。
「はっ、長谷部っ、おかえりなさいっ」
「おお、ただいま。この前言っていた宿題は終わったのか?」
「うんっ、長谷部のおかげでねー、いっぱい書けたんだよ!」
頭を撫でられて嬉しそうにしている夜羽と長谷部を見ながら、鶴丸と和泉守が楽しげに言った。
「おーおー、ヨル坊は相変わらず長谷部が好きだねぇ」
「なんつーか、もーちょい物腰柔らかな刀に懐くと思ったけどなぁ」
「? 長谷部は、やさしいよ?」
「そうだ。こいつが優しいと言うからには、お前らも少しは俺の温情というものに対して認識を改めた方がいいぞ。何せ、夜羽は天使だからな」
「うわー、親バカ」
思わず加州が苦笑して、得意げに夜羽をその腕に抱き上げる長谷部を見ていた。紫咲に教育係を命じられて以来、時に厳しく時に優しい夜羽のお目付け役を自称している長谷部であったが、他の刀から見ると、厳しいどころか八割型でろでろに甘やかしているようにしか思えない。それは、厳しくするまでもなく夜羽が真面目で素直な子供だからという理由も、大いにあるのだが。
気を取り直して、紫咲が鶴丸と和泉守を見上げながら立ち上がった。
「えっと、鶴さんと兼さんとこも異常なし?」
「ああ。こいつに、ピーチパンナコッタ&アールグレイティーフラペチーノを、六杯もおかわりされた事以外はな……」
「ちょっと待ってどんだけ飲んでんの!? いや、お給料は君達のお金だから私がどうこう口出す筋合いもないけど、それは飲み過ぎでしょ鶴さん!? そのうち着物なんか着なくても、フラペチーノの飲み過ぎで全身真っ白になっちゃうよ!?」
「あっはっは。心配ないさ、上に乗ってる渦巻きは白だが、液体の中身は茶色と桃色だったしな! もちろん一滴も溢さずに飲み切ったぜ!」
「そういう問題じゃなくない!?」
げんなりと疲れ気味の和泉守の横で、鶴丸はからからと笑っている。
「ていうか、兼さんはよくそんな長い名前覚えてたね……」
「鶴丸の奴、一杯飲み終える度におかわりして六回とも全部オレが注文言ったんだぞ!? 覚えたくなくても覚えるっつーの!」
「そ、それはお疲れ様……」
結果報告より何よりそちらの方が印象に残ってしまうようなエピソードだったが、ともあれ派遣先の無事は確認できたらしい。ほっとしたように頷いている紫咲の前で、鶴丸がにやにやしながら、和泉守のことを肘でつついた。
「ほら。それよりお前、何か言うことがあるんだろ?」
「! そ、それはその……」
途端、急にどもりがちになり耳を赤らめる和泉守。何かを思い出しているらしいと紫咲は気付いたが、もちろんその内容まではわからない。そんな和泉守に、せっつくように大袈裟に鶴丸が言う。
「ほら〜、あっちの世界で愛理が何か言ってたよな。梅の神に見えるくらい……」
「あ〜〜〜〜! っ、なんでもねえよ、主! 本当になんでもねえからっ! オレ、先に手入れ部屋の様子見に行ってくる!」
「えっ!? ちょっと待って、今日は誰も手入れ入ってないよ!?」
気恥ずかしさのあまりか、紫咲の叫ぶ声さえ耳に入らずずんずん廊下を歩いていってしまう和泉守に、紫咲はぽかんとするばかりだ。鶴丸が肩をすくめる。
「やれやれ、ちょっと揶揄いすぎちまったか。あいつ、帰って来たら主に褒めてもらうって意込んでたし、折角背を押してやろうと思ったのになぁ」
「あ…… そ、そうだったんだ。普段褒め足りなかったかなぁ。兼さんってしっかりしてるっていうか、熱血で戦にも詳しくて、誇りを持ってる分気難しいのかなぁって思ってたから、私が軽率に褒めても喜んでもらえない気がして、なんか距離取りづらくて……」
「あいつは、きみが思うより大分不器用な奴だぜ? まあ、向こうもあんたの不慣れさに戸惑ってんのかもしれないが、これでももう本丸に来て一年は経つわけだし、もう少し堂々とあいつに接してやっても、俺はいいと思うけどな」
振り回してばかりいるようで、見ているところは見ているらしい。鶴丸の観察眼に、紫咲が感心したように頷いていると、そこへもう一人、眩いばかりの金髪の男士が、ふらりと帰ってきた。
「おう。これはこれは、皆の衆お揃いで大所帯だな。賑やかなことだ」
「あ! 則宗さん、おかえりっ。大丈夫? 則宗さんも向こうも大事ない?」
弾かれたように振り返った紫咲に、一文字則宗がその赤いショールを誇らしげに揺らしながら、にっかりと笑いかける。
「このじじいを案ずるとは、お前さんも随分と心配性だなぁ。まあ、異国では辿り着くのに多少苦労もしたが、この程度造作もないさ」
「ごめん。時間遡行ができるとはいえ、面倒なところを頼んじゃって……ていうか、今回みんなに行ってもらった場所、みんな日本じゃない場所ばっかりで大概面倒なところなんだけど……」
「気にするな。今の我々の主はお前さんだ。お前さんの考える事なら、皆信じて付き合おう」
そう言って、則宗は小柄な紫咲の頭を優しくぽんぽんと撫でる。孫を見るような目線と優しい手つきに紫咲はくすぐったくなったが、嬉しそうにその掌を受け止めていた。
「ええっと……これで残りは、あと一振か」
入れ替わり立ち替わりするうちに、部屋の中にはへし切長谷部、髭切、鶴丸国永、一文字則宗、そして結局は加州に促されて戻って来た和泉守兼定の、五振と夜羽が残っていた。そこへ、にわかに風を巻き起こすようにしながら、見慣れた白布の姿が颯爽と歩いてくる。
「主。今戻った」
「おかえりなさい、まんばちゃん」
殊更ほっとした色を滲ませた顔で、紫咲は鉢巻姿の山姥切国広を迎えた。布を羽織った肩の上に、主作のぬいが二体、べったりくっ付いている。帰って来るなり自分に甘えてくるぬいぐるみに、山姥切は苦笑してから、優しくそっと布ごと抱えると、机の上に下ろした。
「あんたが危惧するような異常は、特に起きてない。ヨアの身も無事だし、遡行軍による時空改変の兆候もなかった」
「そう、よかった……って、本来そうあるべき歴史なんだから、大丈夫と思いつつもやっぱりちょっと心配しちゃうよね」
報告を受けた紫咲は、安心したように息を吐きながら、改めてその場に揃った六振(三日月は不在だが)を順番に見つめた。長谷部が静かに、一同を代表して口を開く。
「それで……主。主に関わりのある人間や、この本丸に出入りしている奴らの無事を確かめて欲しいという任務はわかったのですが、何故そのような仕事を我々に与えたのですか? 主のことですから、何かお考えがあっての事なのでしょう。そもそも、彼らを俺達の〝仮の主〟にしたいとは、一体」
「うん……少しややこしい話になるから、詳しい事はみんなが戻ってから話そうと思ってたんだけどね」
上手く話せるだろうかと、紺袴を穿いた着物姿で背筋を伸ばし、紫咲は両指を合わせながら俯く。この本丸には、紫咲の力で様々な時空間にゲートを開いて接続できるという、特別な仕様がある。どこへでも自由に行けるわけではないが、その接続先にいる特定の相手を、紫咲は刀剣達の「仮の主」とし、割り振っていた。
時空を跨ぐ大規模なものとなる作戦に、本当にこの本丸を巻き込むべきなのか否か。紫咲は、家族同然の仲間と共に協議しつつも悩みを重ねたが、結局は万事に備えて、体制を整え話しておくことにした。
隣にいた夜羽の手を軽く握り、紫咲は信頼の目で応える男士達をゆっくりと見上げ、口を開く。
「お願いします。私と、私の大切な人たちの歴史を守るために、力を貸して欲しい」
*****
「っ、主、それは……っ!」
詳しい話を聞き終えた長谷部が、驚愕の表情を浮かべる。皆それぞれ驚いてはいたようだったが、長谷部は意気込むように、紫咲へ尋ねかけた。
「し、しかし、主がここに今居られるということは、そういう事ですよね……?」
「うん。前にヨアさんのいた世界で、〝私という存在が一度消失した〟歴史自体は間違いない。けど、その後皆の尽力があったから、私は今夢女として、この世界に存続してる。そこまでが、本来の流れ。……でも、その脆弱性を時間遡行軍が狙ってきても不思議じゃない」
まっすぐ答える紫咲に、顎に手を当てた則宗が、真剣な声音で小さく呟いた。
「お前さんを潰し、この本丸も、例の世界もなかったことにする……それが奴らの狙いというわけか」
「それで済めばいいけどねぇ。でも主は、世界を跨いで『語れる』特殊な力の持ち主なんでしょ? ただ殺すだけじゃなくて、主を奪ってそれを使えば、最初から審神者と刀剣男士の存在しない世界を構築する、なんてこともできちゃうのかも」
あくまで温和な笑みを浮かべながらも、冷静にそう分析する髭切に向かって、紫咲は息を吐いた。
「最悪の事態では、そうなると思ってる……今はまだわからないけど、もし介入が始まって存在が不安定になれば、私自身がこの本丸にいられなくなる可能性もある。だから万が一のために、みんなには仮の主として力を持ち得る人たちのことを先に知ってもらって、何かあった時に彼らの元へ行って組めるよう、備えておいて欲しい。
それで、子供の頃のみんなのところに行かせたの。もしそこにも遡行軍が先回りしてたら……って思ったけど、さすがにそれはなかったみたいだね」
まだ追い付かないらしい頭で必死に考えていたらしい和泉守が、口を開いた。
「ちょっと待て、えーと……つまりオレは、直生と組んで奴らをぶっ倒せばいいって事だな!?」
「もし本当にそうなったらね!? 今はまだ、みんなも混乱しちゃうだろうから、仮の主にまで事情を話す必要はないけど」
「よっしゃ! そうなりゃオレにできんのは、今のあいつを芯からバキバキに鍛え上げてやる事だけだ。へっへっへ、腕が鳴るぜ」
「お、お手柔らかにね……? 直生くん、一応人間だからね!? 刀剣男士じゃないのよ!?」
「おっと、危ねえ。加減を間違えるところだった」
笑えないミスを照れたように無邪気な笑みで誤魔化した和泉守は、ぽんっと頼もしく紫咲の肩を叩いた。
「安心しろ。あんたの事もあいつも、ちゃーんと守ってやるからよ」
「兼さん……ありがとう」
「若いのは威勢がよくていいねぇ。僕はせいぜい、若いののケツを蹴り上げる役に徹させてもらおう。何、僕も主と同じで、歪なものへの愛には自信がある。たとえ身を粉にしようと、主からの信頼には応えるさ」
すぐ後ろで囃した則宗に、飛び上がるようにして驚く和泉守。意図せず自分から主に触れに行っていたことが、今更ながら恥ずかしかったらしい。
紫咲が小さく笑っていると、同調するように、髭切も柔和に頷いた。
「うんうん。強そうな奴と戦えるって思ったら、僕も楽しみだし。弟にも伝えておかなきゃ。それに、僕は恵李朱と組むってことだよね? あの子強いから、単騎で出ても負ける気がしないよ」
「私、何気に君達の組み合わせを一番心配してるんだけど……弱いって意味じゃなくて、やり過ぎ的な意味で。うっかりお互いのこと斬ったりしないでね?」
「あはは、やだなぁ主。大丈夫大丈夫。悪魔だからって斬ったりしないって」
「そういうところなんだけどぉ!?」
火力は申し分ないが、ちょっとふわふわしていて心配な者同士である。それでも、不思議ちゃん同士通じるものがあるのか、普段の様子を見ていて仲は悪くないと思ったので、紫咲が組ませたのだ。
咳払いをした長谷部に続いて、鶴丸も晴れやかに頷いた。
「そういう事でしたら、俺ももちろん全力を掛けて主の命に報いる次第です。主を奴らの手になど、絶対に渡しませんっ!」
「あ、ありがとう長谷部〜……相変わらず頼もしいね」
「はい! 俺は貴女の刀ですから」
「こっちも忘れずに願いたいねぇ。主が心血注いで考えた作戦には度肝を抜かれたが、相手さんを驚かせるには、まだまだ改善の余地があるぜ。俺に任せてくれれば、驚きの結果をきみに齎そう」
「そ、そんなに驚き要るかな……? まあでもいっか! 鶴さんのアイディアには助けられるし! そう言ってくれて嬉しい。ありがとう」
「任せておけよ。それより、万が一この時空の主に、介入の影響で実際的な支障が出ちまった場合はどうするんだ?」
そう尋ねた鶴丸と皆に向かって、紫咲は隣にいた夜羽の背を小さく押す。セーラー服姿の小柄な少年は、緊張した面持ちで一歩前へ出て、顔を上げた。
「もし私が本丸から消えちゃったり、本丸から弾かれて入れなくなっちゃったりした時は……その時は、現場の指揮をこの子に全部任せます。
他の子達はあくまで仮の主って位置付けだけど、この子は夜恵城の審神者代理ってことになるのかな。だからみんな、これからもよろしくね。私だけじゃなくて、この子のこともあたたかく見守ってあげて。私も夜羽くんも、至らぬところはいっぱいあると思うけど」
「よ、よろしくおねがいしますっ。ボク、一生懸命頑張るから……!」
ひたむきに澄んだ青い瞳を上げる夜羽に向かって、一同が優しく微笑んだのは言うまでもない。
「もちろんだよ。よろしくね」
「おお、ヨル坊もついに審神者デビューという奴かぁ。荷は重いだろうが頑張れよ。俺もエリ坊も、みんながついてるからな」
「主の後継たる者、俺がますます厳しく鍛え直さねばならんな」
「頑張れよ、坊主。指南が必要なら、じじいにも遠慮なく聞くがいい」
「あんまりひょろひょろしてっと、敵にナメられちまうからなー。お前、主と一緒でもうちょっと食った方がいいぞ?」
「夜羽の努力と真面目さは、この本丸の皆が知っている。態度に難がある奴もいるかもしれんが、主に相対するのと同じく、皆力になろうという気持ちは同じはずだ。その信頼を皆から得るような審神者になれるように、期待しているぞ」
「うんっ! みんな、ありがとう……!」
口々に励ます男士達に、夜羽は感激気味で目をきらきらさせている。その手を繋いで、先に部屋を出て行く男士達を見送りながら、紫咲は一振傍に残った山姥切に、声を掛けた。
「さて……まんばちゃんには初期刀として、殊更重圧を感じさせちゃうかもしれないねぇ」
「何という事はない。俺は国広第一の傑作で、あんたの刀だ。それさえわかっていれば、迷う事など何もないだろう。たとえ相手が何であれ、斬るだけだ。俺はあんたに従う。体の具合や日々の生活を都合して、ここまで俺達を導いてきたあんたの姿を、俺は見てきた。苦しくとも、俺達を見限らず向き合い、審神者としてあろうとしてくれたあんたの事をな。期待に応えたいと思うのは、当然のことだ」
「ううっ……なんて頼もしいの、山姥切国広……」
体の弱さ故に満足な働きもできず、常に本丸に太刀続ける事もできず、故に野心も執着も薄く、こんなにゆったりとした審神者に応えてくれて、お礼を言いたいのは紫咲の方である。蹲りながら膝を抱えてそう伝えると、山姥切は傍に腰を下ろして、柔らかく微笑んだ。
「あんたには、執着がないわけじゃない。ちゃんとある。生きたいという気持ちもな。ただ、体がついていかないがために諦めてきた物が多過ぎて、自分の気持ちを無視したり手放したりすることが上手すぎるだけだ。あいつと同じだな」
「あいつって……ヨアさん?」
「ああ。今のあいつとは、知り合ってまだ日も浅いが……子供の頃からあれでは、自分の気持ちを偽るのが上手くもなるだろう。写しである俺が、望んだわけでもないのに偽物呼ばわりされるのとは違って、子供の頃のあいつは、自分の望みで自ら偽物を演じていた。今は違うとはいえ、歯痒いものがあるな」
「そうだね……本当はこうしたいって気持ちが、ちゃんとあるはずなのにね」
その言葉に答えながら、紫咲が切なげに微笑む。
三日月が会いに行っている望寧は例外だが、今の所この本丸には、紫咲の他に夜羽、恵李朱、直生、ヨアの四人が定期的に出入りしている。それぞれ出身時空は違う四人だが、夜羽と恵李朱に関しては双子として紫咲の家で一緒に生活をしているし、直生とヨアも何だかんだで紫咲の家に入り浸っていることが多い。紫咲が時空を開く力を持つ者ゆえの、便利な生活だった。
そしてその全員が、紫咲にとっては愛おしい、大切な者だった。ある者とは子供と庇護者のようでもあり、ある者とは恋仲以上の相棒であり、各々と構築した関係性や感情は日々移り変わってはいるものの、そのすべてを抱き抱えているのが紫咲という人間である。その彼らに、紫咲は「仮の主」としての命運を託すことにした。
「私は……欲張りかもしれないけど、やれるうちは誰も手放したくないんだ。他の人から見たら、何もできてないように見えるかもしれないけど。でも、こうしてみんなと繋がって作っていく物語が、私という人間にとっては、これからの歴史の一部だから。その中で、まんばちゃんのこともみんなのことも、知っていきたいの。
……ごめんね、欲張りのくせに頼りない主で。執着ないとか言いながら、本当はすっごい我儘でしょう、私」
「それも知っていた。あんたが、それをまっすぐに見通して口にできる奴であることもな。あんたは自分が思っているより、ずっと大きく力を引き出せる人間だ。やれる限りで、何でもやってみるといい。ただしあまり無茶はするなよ」
「あーあ、まんばちゃんみたいに胸を張っていられるところ、私も見習わないとなぁ……」
自信のなさのせいか、やたらと自己評価を厳しくする紫咲に、もっと甘えてくれてもいいだろうにと、山姥切は思う。けれど、少しでも対等であらんとするが故に、紫咲は常時熱っぽい体を抱えながらも困ったように笑って姿勢を正したり、またある時は引け目を感じて距離を取ろうとしたりするのだろう。
ふと考えて、山姥切は机の上にいたぬいぐるみ達に目配せをしてから、がばっと大胆にも紫咲の体を片腕で引き寄せた。何の心の準備もなかった紫咲は、あっけなくそのまま山姥切の膝に倒れ込んだ。
「わあっ!? え、え、何、どうしたの?」
「放っておくと、あんたは頑固に休まなさそうだからな。どうせ今回の件も、各地との調整や書類仕事で無理が祟っているんだろう」
「うう、それはその……」
そうだけど、と口答えする気も起きないほどに、強烈な眠気と安心感が紫咲を襲う。久方ぶりに肩の荷が降りたような気持ちで、紫咲はゆっくりと全身の緊張を解いた。こんな本丸の在り方を、否とする審神者もいるのかもしれない。それでも、今は何もかもを忘れて、この膝に沈んでいたい。
静かに人差し指を唇に当てる山姥切の元へ、ぬいぐるみ達が布を運んでくる。それを引き寄せて肩から下へ掛け、やや痩せたように感じる体を、山姥切はそっと撫でた。
「今は眠るといい。あんたが明日を歩めるように守り支えるのも、俺の務めだ」
辛くとも頑なに弱音を口にしようとしない主の、気の抜けきった寝顔に信頼を感じた山姥切は、口元に微かな微笑みを浮かべながら、その静謐な瞳を優しく細めたのだった。
※2025年現在、「オレンジの片割れ」一次創作化に伴い、この設定は無しになりました。申し訳ない…!
今のところ、刀剣男士はオレンジ世界には介入しない予定です。
まあ、元々万が一の事があれば刀剣男士の力を借りるかもしれない、よろしくね!という話だったので、何事もなくて良かったと思ってくだされば…!←
↓
2023年当初のあとがき:
というわけで、全体的に既存読者様向けの内容になってしまい、申し訳なかったのですが……
マルメロ家刀剣乱舞、なんと【オレンジの片割れ】本編への参戦フラグが立ちました!!!いえーいどんどんぱふぱふ!!!←
これがあるので構成に時間が掛かったしギリギリまでめっちゃ悩んだというオチでした…(^p^)(死)
いやー、だってやるって言ったら書かなきゃいけなくなるじゃん!?
未だ知り合って日の浅いジャンルを混ぜて、ただでさえ難しいオレンジを完成させられる自信が全く無かったのですが、映画刀剣乱舞黎明、舞台刀剣乱舞禺伝と通ったら、なんかもう…これはどう考えてもやるしかねえべ…みたいな気持ちになってしまいまして…←
ほぼこの二作で着想と動機を得ましたので、私がオレンジを書き上げるの待つよりは、この二作を先に見て頂いた方が、絶対端的に良的なエッセンスを吸収できると思うのです。私がやるのはあくまでオマージュというか、この二つが先にある事前提での焼き直しです。
私が書かなくても、既にそんなテーマの作品はあると思って頂ければ。
ただ、私の文脈と私のキャラクター(二次も含めて)で書けるのは、私だけだという。ただそれだけなのです。
もしかしたら、その途中で解釈違いに気付いてやめたくなったり、自信がなくなって書けなくなるかもしれません。
だからあくまで、「時間遡行軍の介入がオレンジ世界にあれば」という形で濁しております←
ただ万が一上手く私が話を動かし、その過程に男士達のこともちゃんと書けるくらいに知る事が出来れば、彼らは【オレンジの片割れ】第三部…ムラサキが消えた後の世界で、彼女を取り戻すために登場してくれる予定です。
あくまでメインはセブンスコードなので、ちょこっとの登場だと思いますが…。でも、それにせよ登場の理由が要るからな(だからこその今回の母の日短編でした←)
将来的に「主人公が消える」ことが読者さんにバレている事前提で連載を進めている話は、現状【オレンジの片割れ】が初だと思うのですが←、逆にそのお陰で、その事実を起点に物語も練りやすくなったし、楽しみにして頂き易くなったのではないかと思います。夜羽くんや恵李朱くんみたいに、「ムラサキが消えたという歴史があったから」こそ登場したキャラも、それにまつわる物語も、既に沢山出ていますしね。
というわけで、何とも年表が前後し分かりづらい連載があちこちで同時進行しておりますが、何卒何卒、既にご覧のファンの方にはお楽しみいただけると幸いです。
そしてまだ見ぬ読者様。どうか沼に落ちてくださいお願いします←