マルメロ家だいすき日記2022〜2023   作:大野 紫咲

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大遅刻ですが、3週間ごしのキスの日短編です……。
相変わらず、主以外の人間もいっぱい出ます。まだ兼さに未満のほんのり兼さに風味。

紫咲の体調がいい時間帯を見計らって、本丸でキスの日選手権を開催した乱藤四郎。
可愛いアピールあり、乱入ありで、大騒ぎしながらも楽しい時間を過ごす一同だったが、紫咲は途中で和泉守兼定の姿が見えないことに気付く。
その後、紫咲が昼寝から目覚めてみると……?

しぶばーじょんはこちら→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20079375


夜恵城本丸第一回キスの日選手権

 本丸の座敷部屋。私室ではなく、庭に面した少し広めのお座敷に、審神者の紫咲が布団を移したのは、弱った身体に良い空気を吸わせる目的もさながら、とある刀の意向があったからだった。

 乱藤四郎。ロングヘアに愛らしいリボンを結んだ、一見して少女のような見かけのその短刀は、布団を膝に掛けたまま上半身を起こした紫咲の前で、楽しげに挙手しながら言ったのだった。

 

「はぁ〜い! あるじさんが回復して座っていられるようになったところで、第一回、夜恵城本丸キスの日選手権を開催しまぁ〜す!」

「キスの日選手権って……もう一週間以上経ってるよ?」

「い〜のっ! だって、あるじさんがあんまりしんどい時に無理してやるわけにいかないでしょ?」

「そんな事言ったら、その選手権自体やる意味あるのかって話に……」

 

 苦笑した紫咲の膝に頭を乗せ、猫が転がるようにして甘える乱。

 さらにその周囲には、ギャラリーらしき短刀達がわらわらと集まって来ている。今日も五匹の虎を連れた五虎退や前田藤四郎、鯰尾藤四郎など、外見的には小さい子供達ばかりだ。おそらく、他の刀にも声を掛けたが都合が合わないか興味がないかで集まらなかったのだろう。単純に、病人の傍ではしゃいで負担を掛けないよう配慮してくれた可能性もある。

 短刀や脇差を除けば、いつも何かと紫咲に付き合ってくれる山姥切国広が、苦笑気味にあぐらをかいてギャラリー参加している。乱に請われたに違いなかった。その膝上には、いつも山姥切に懐いているちび愛理や小翰などのぬい達も一緒だ。何かと紫咲の世話を焼いてくれるへし切長谷部も、他の者から主への求愛の様子には興味があるのか、はたまた監視のためなのか、興味津々で控えている。

 そして、呼ばれたので仕方なく来たと言った風体で、落ち着きなく障子戸のあたりに佇む和泉守兼定の姿があるのが珍しい。

 

(兼さんはこういうの、興味ないと思ったんだけどな)

 

 はて、と内心首を傾げる紫咲の傍で、司会進行役の乱が張り切って紙を捲る。

 

「さて、まずはエントリーナンバー一番! 三日月宗近さん!」

「えっ、ここにいなくない?」

「もうすぐ来るって言ってたはずなんだけど」

 

 まさかのここにいるメンバー以外の名が挙がって皆驚くものの、当の三日月は、普段と変わらぬのんびりした調子で、盆に茶道具を持ってやって来た。手に携えたお重には、茶菓子が入っているらしい。

 

「はっはっは。すまんすまん、待たせてしまったか」

「いや、待たせては……っていうか、それは何?」

 

 しずしずと袴の裾を揺らして座敷に入り込んだ三日月は、紫咲の側に正座すると、盆に乗せてきた茶碗と鉄瓶の湯で、綺麗に抹茶を泡立て始めた。簡易的なものだが、その所作や手つきは周囲が引き込まれてしまうほどに美しい。

 

「そら、できたぞ」

 

 ことりと目の前に椀を置かれて、紫咲は慌てて布団の上に正座する。病人とはいえ、元茶道部の血がこういうところでは抜けない。居住まいを正して、とりあえず略式的に三日月にだけ礼を返すと、紫咲は茶碗を回して正面の絵柄を避け、一口味わった。薄茶のほのかな苦味と甘味が、舌全体に染み渡る。

 

「……結構なお手前で」

(でもこれ、今の所ただのお茶道だよね?)

 

 嬉々として茶菓子を用意し、周りにいた短刀達にも振る舞う三日月の前で、紫咲は何気なく茶碗を置いて、かりんとうを一本指でつまむ。

 すると三日月は、誰も注意していなければわからないのではないかというほど、しれっと茶碗をそのまま手に取り、残った茶を口に運ぼうかと——

 

「おいおいおい! ちょっと待て三日月!」

「ちょっ、それ間接キスというやつなのでは!?!?」

 

 長谷部と紫咲が突っ込むのがほぼ同時だった。きょとん、とした三日月は、やや残念そうな様子すら見せながら茶碗を置いて、いつもの温厚な笑いを浮かべる。

 

「はっはっは、バレてしまったか」

「貴様……! 主に正面切って願う事すらなく無断でその唇を奪おうとするなど!」

「いや長谷部、私の唇そんな大仰なものじゃない……と言いたいところだけど、それ以前に風邪の患者と間接キスしちゃ駄目だよ!? うつっちゃうよ!?」

「この身であれば並大抵の病は移らぬとは思うが……しかし、刀である俺の身をも案じてくれるか。やはり紫咲は優しい主だな」

 

 既に長谷部に両脇を抱えられ、畳の上をずるずる引き摺られながらほっこりと三日月が言うので、紫咲は思わず噴き出してしまった。

 

「しかし……ふむ、間接きすとやらは、則宗はよい手だと言っておったのだがなぁ」

「あのおじいちゃん三日月さんに何邪なこと吹き込んでくれてんの」

「主、俺が行って説教して参ります」

「ああ、ならせめて残りの茶は主に……」

 

 茶碗を返そうとした三日月だが、どこからともなく現れた巴形薙刀が、残された盆に茶碗と鉄瓶を片しながら、そのモノクルをきゅっと指先で持ち上げて告げる。

 

「主にカフェインは厳禁だ。抗菌作用があるとはいえ、今の主の胃の不調に抹茶の成分が合うとは思えん」

「あなや」

「主、俺が新しい茶を淹れて来よう。ほうじ茶がよいか、それとも番茶がよいか」

「巴形! 貴様っ、俺が雑事に囚われている間にやすやすと主お世話係の座を……! しかし三日月をこのまま放っておくわけにも……ええい、覚えていろ!」

 

 非情に茶を片付けようとする巴形に向かって、三日月をずるずる引き摺る背後から長谷部が何か叫んでいた。白鳥のように、白い装束と青い羽根をふわりとゆらして退場した巴形を見送りながら、紫咲がぽつりと呟く。

 

「巴ちゃん、カフェイン警察みたいだな……」

「えーっと……なんか想定外の事態があったみたいだけど、続けてもいい?」

「ま、まだいるの?」

「エントリーナンバー二番! 夜羽くんと恵李朱くんです!」

 

 まさかの、刀ではなく主の後継候補である兄とその弟だった。障子の影に隠れていたのか、てってってと仲良くやってきた黒髪と金髪の双子は、わちゃわちゃと群がる短刀達に混ざって、紫咲の両隣に座を占める。

 

「ボク達はねっ、みんなの分のお願いも込めて、おまじないしようと思って」

「早く紫咲が良くなりますようにって」

「いつもありがとう」

「大好きだよ」

 

 そう言って、紫咲の両頬へちゅっと同時に唇を寄せる。息のぴったりなストレートな愛情表現に、周囲がおおっと湧いた。いつの間にか通りすがりに見物に来ていた一期一振が、羨ましそうに呟く。

 

「これは……私も、一度我が弟達にされてみたいものですな」

「えっ、いち兄もちゅーして欲しいの?」

「もっと早く言ってくれればよかったのにー!」

 

 思いもがけない本音が漏れた一期が、その場にいた藤四郎兄弟たちにもみくちゃにされるという予定外のハプニングが起きたものの、全体的に場は幸せな雰囲気に包まれたので、お礼に夜羽達の頭を撫でながら、紫咲も思わず微笑んでいた。

 一期へのキスの列を抜けてきた前田が、和紙を束ねたメモに何かを書きつけている。

 

「ふむ……純粋な心と愛らしさを基準と考えるに、やはり得点は高いようです」

「前田くん何してるの?」

「あ、はい。一応僕、今回の採点係に任命されておりますので。皆から、感想を聞いて集計しているところです」

「こ、こんなおふざけの企画なのに真面目だねぇ、前田くんは」

「主君に笑顔になっていただくためですから。けれど、反対に我々が、主君と二人のおかげで元気をもらってしまいましたね」

 

 夜羽とよく似た小柄なおかっぱの頭を、労いの意を込めて紫咲が撫でると、前田は照れたようににこっと笑っていた。そんな前田は、未だのどかに賑わっている周囲を伺いつつ、そっと紫咲の耳に口を寄せる。

 

「ところで、乱が準備していたことはこれで全部なのですけど……主君は、もうそろそろお休みになられた方が良いのではないですか。お疲れも溜まっているでしょう」

「ん、そだね。楽しかったし、私はそろそろ……」

 

 一旦横になろうか、と言い掛けたところへ、勢いよく廊下の向こう側からどたどたと走ってくる足音がした。何事かと居合わせた面々が顔を上げる中、一番廊下に近い場所で腕を組んで立っていた和泉守がぎょっとなる。

 

「げっ。おい陸奥守、なんだそのカッコ。水浸しじゃねえか……!」

「いや〜! これは遠征帰りじゃき!おっ、主! 丁度えいところに!」

 

 自分から船に乗り込みでもしていたのか、膝の上まで捲り上げたズボンの裾をびしょびしょに濡らして水飛沫を散らすのも構わず、陸奥守吉行は豪快に笑って畳に上がり込んだ。なお、水滴を散らしているのは陸奥守本人だけではない。彼が抱えたザルの上でびちびち跳ねている、大量の生魚が原因である。紫咲は、あんぐりしたまま口を聞くのが精一杯だ。

 

「む、むつくんそれ、どうしたの……?」

「おう、今日の遠征先ではキスが豊漁でのう? こげんにいっぱい採れたがじゃ! 主は淡白な白身魚は好きじゃろう? たんと食うて栄養付けとうせ! 刺身もえいし、揚げ物もえいのう! 主はどれがいい? なんならわしが今ここで捌いちゃるぜよ! 今日はキスの日なんじゃろう? 出血大さーびすっちゅうやつじゃ! がっはっは!」

「あ……ええと……今はあんまり食欲ないから、厨でみっちゃんに渡しておいで……?」

「ほうか? 残念じゃのう。燭台切と歌仙に頼んじょくき、後で天丼にでもしてもろうたらええぜよ」

 

 若干胃もたれが抜けない病人には、まだ揚げ物はキツい……と紫咲は言いたかったのだが、それを説明する間もなく、陸奥守はまた楽しげに笑いながら、風のように廊下を歩いて去って行った。ザルから溢れて畳の上でびちびち暴れる魚の尻尾を持ち上げながら、しげしげと眺める恵李朱を、鯰尾と夜羽が慌てて止めている。

 

「なまぐさいけど、うまそう( ˙꒳˙)」

「ちょっ、いくら悪魔だからって、そのまま食べたらお腹壊しちゃうよ!?」

「そ、そうだね。みっちゃんと、歌仙さんにお料理してもらおう」

 

 他にも残された魚のおこぼれを、五虎退の五匹の虎や、夜羽の使い魔である猫のベルが取り合って大騒ぎしている。なんとか山姥切がその場の収拾をつけて片付けをしてくれたおかげで、会場はようやく人も刀も捌けて静かになり、山姥切は紫咲の膝に布団を掛け直しながら、ふうと小さく溜息を吐いた。

 

「ご、ごめんまんばちゃん。世話かけて……」

「まったく。あんたはまだ病人なんだぞ。他の刀を喜ばせてやるのもいいが、これ以上悪化しないように治ることだけ考えて、あとは休んでくれ」

「といっても、鱚の襲撃は私にはどうしようもなかったと思うんだけど……」

「まあ、それはそうだが」

「ごめんね、あるじさん。体、辛くなかった?」

 

 気遣うように主催者の乱が尋ねるのを見て、紫咲は安心させるように微笑みながら、優しくその頭を撫でる。

 

「大丈夫、ちょっと疲れちゃっただけだから。まだしばらく休まなきゃいけないとは思うけど、みんなのおかげで元気出たよ。ありがとう」

「えへへ」

 

 その横では、前田がまだ生真面目にメモを取っている真っ最中だ。

 

「鱚……主君への栄養価という点では、陸奥守さんが一等賞ですね」

「すごい大穴だったもんね……MVPは決まった?」

「ええ。一応、皆の投票の結果は出揃いましたが……でも僕は、結果報告にはまだ早いと思います」

 

 筆をしまいながら、前田は首を傾ける紫咲に向かって、思わせぶりににっこりする。

 

「まだ、主君に想いを表明できずにいる刀が、残っていますから」

「あれ……そういえば、兼さんは?」

「あいつなら、途中で抜けていったぞ。大方、陸奥守の遠征班の収穫物を、台所に運ぶ手伝いにでも行ったと思ったんだがな」

 

 片付けに使った雑巾と桶を持ち上げ、山姥切が廊下の方角を不思議そうに振り返りながら言った。そのまま戻って来ないのも、和泉守らしいといえば和泉守らしい。

 元々無理して付き合ってくれてそうだったもんなあ、と紫咲は苦笑しながら、山姥切の忠告に従って、しばらくの間午睡を取ることにした。

 

***

 

 それから、どれ程の時が経った頃だろうか。

 かさり、かさりという軽い何かが触れ合うような物音と、鼻先をくすぐるような感触と、ふわりとした芳しい匂いに包まれて、紫咲は目を覚ました。甘やかだけれどどこか爽やかで、それでいて強い個性を持つ、嗅いだ覚えのある香りだ。

 横向きに寝転んだまま、紫咲がうつらうつらしながら目を開けると、畳に置かれた白っぽいものが視界に映った。艶やかにその身をいっぱいに広げる花弁を前に、きょとんと紫咲が焦茶色の瞳を開けると、そのすぐ側に屈み込んでまた新たな花を置いていた和泉守の鮮やかな青い瞳と、ばっちり視線が合ってしまう。

 

「あ……悪い。起こしちまったか」

「ん……ううん。もうだいぶ寝たと思うし。それより兼さんは何を……」

 

 紫咲が目を覚ましたのは想定外だったようで、和泉守は気まずげに目を逸らす。

 いつもの鳳凰柄の着物の袖に、隠しようもなく、色とりどりの百合の花束が抱えられていた。左手の小脇にそれを抱えて、右手にそのうちの一本を持っているあたり、どうやらこれを紫咲の枕元に置いていたらしい。

 一番近くにあるのは白百合だが、他にも橙、桃色、黄色、薄紅色など、目を飽きさせないほど豊かな色合いの百合たちが、布団から見てあちこちに置かれている。身を起こして眺めてみれば、周囲一帯が点々と置かれた百合の花にぐるりと囲まれて、さながら花畑の中にいるかのようだった。

 繊細なところもある和泉守のことだから、几帳面に円形に並べてあるのかと思いきや、花や葉の向きがバラバラになって置いてあるところに、慣れないことをした戸惑いの跡が見えていじらしい。そんな風に思いながら、紫咲は白い百合を一本手に取り、くるくると指先で回して、狼狽えた様子の和泉守に微笑んでみせた。

 

「もしかして、この花はお見舞い?」

「あ、ああ……まあな。国広が最近熱心に庭で育ててたのを思い出してよ。主はこういうの好きだろう」

「うん! 最近はお庭もあんまり下りられてなかったから嬉しい……ありがとう」

 

 わからないなりに喜びそうなものを探してきてくれたのかと思うと、嬉しさが募る。

 バレたのなら仕方がないと思ったのか、先ほどまでとは対照的に、少し緊張を解いた様子で照れたような笑みを微かに浮かべた和泉守は、残りの花の束を紫咲に渡すと、畳の花をかき分けて少し離れた位置に胡座で腰を下ろした。元々の端正さもあって、花を背負う和泉守の佇まいというのも、なかなか様になっている。

 

「鶴丸には、死人に花を供えてるみたいだからやめろって言われたんだがな」

「んっふふふ。鶴さんが言いそうなことだね。でも、目を覚ましてびっくりするならこのぐらいの方がいいんじゃない?」

「まあ、あんたが喜ぶんならそれでいいけどよ」

「あっ。主さん、起きたんだね。今丁度お茶を淹れてきたところなんだけど、一緒にどう? 兼さんの分も」

「おお、国広。悪ぃな」

 

 和泉守が作業を終える頃を見計らっていたのか、盆に急須と三人分の湯呑みを乗せた堀川国広が、花を踏まないよう器用に避けながら傍へやって来る。普段何かと和泉守の世話を焼いていることもあって、割れ物を盆に乗せていても運び方に如才がない。

 

「わわ、ありがとう、堀川くん。ここまで運んでくるの大変だったでしょ」

「そんな、何てことないよ。結構いいバランス感覚の訓練になるし!」

 

 前向きな姿勢で爽やかにそう言った堀川から、淹れたてのほうじ茶の香りが立ち昇る湯呑みを受け取り、一口啜りながら紫咲は言った。

 

「そういえば、堀川くんにもありがとうね。この百合、堀川くんが育ててくれたんでしょ?」

 

 和泉守の湯呑みに茶を注いでいた堀川は、不意に急須を持つ手を止めてきょとんとしたが、すぐにいつもの無邪気な笑みを浮かべる。

 

「あははっ。植えたのは僕だけど……兼さんも、結構お世話しに来てたよね。あんなに馬当番嫌がってたのに、花が綺麗に咲くようにって堆肥まで運んで来てくれてさ」

「ちょっ、おいっ、国広! 余計な事言うなって!」

 

 熱々の茶を溢しそうになりながら和泉守が慌てていた。動揺でギクシャクと揺れる浅葱色の羽織の肩を見ながら、紫咲はふと素朴な疑問を感じて堀川に問い掛ける。

 

「そういえば、百合だって植物なんだから、すぐに育って花をつけるってわけじゃないよね……? これ、いつぐらいから植えて育ててるの?」

「百合は球根なんだけど、植えるのは秋くらいですね。去年の10月とか11月とかだったかな」

「ええ!? そっ、そんな前から手入れしてくれてるの!? しかもこんなに沢山……ちらっと上の階から見えたけど、道理で庭があんな綺麗に育ってくれてるはずだよ」

「あはは、僕だけの力じゃないけどね。もちろん、みんなで畑当番や庭当番は分担してるから、その中でも特に興味がある刀が、有志で手伝ってくれたりもしたんだけど……でも、兼さんが自分から花の世話に興味を示すなんて珍しいんだよ。僕もびっくりして」

「おっ……おい、もうやめろってぇ……!」

 

 目を丸くする紫咲の前で、和泉守は面白いほど必死で堀川の話を遮ろうと躍起になっている。こんなに前から花の世話に携わっている事をバラされたのは、想定外だったようだ。

 

(たしかに、堀川くんじゃなくて兼さんがそんなに前からお世話に協力してくれてたなんて、ちょっと意外だけど……ううん、ちょっとどころかだいぶ意外)

 

 失礼ながら、言われた主命こそこなすものの、当番の類は手合わせ以外ほぼ嫌々やっているのかと思っていた。特に花や観賞用の植物という、戦には何の役にも立ちそうにない事に自ら立ち入ってくる和泉守の姿など、紫咲にとっては想像もつかない事だ。ぽかんとしたまま、紫咲が口を開く。

 

「私はてっきり、今日堀川くんに無理言って譲ってもらったものかと……ごめんね、兼さん。そんなに一生懸命育ててくれてたなんて、知らなかった」

「たっ、大した事はしてねえよ! 別に植えたのはオレじゃねえから育て方なんてさっぱりだし、追肥だの草むしりだの、そういうややこしい事は全部国広とか他の連中が……」

「でも、よく見に来てくれてたよね。どうやったら綺麗な花が咲くんだって言って液体肥料を買って来てくれたり、アブラムシ用の殺虫剤作ってくれたり……それで今日、僕が手入れをしてる間に、兼さんが庭に来て言うんですよ。陸奥守さんの鱚の山に、何か対抗できそうなものはないかって」

「おい、国広! それは言わねぇ約束ッ……!」

 

 あっけらかんとタネをバラされてしまい、頬を紅潮させそうな勢いで和泉守が声を荒げるが、堀川は苦笑しながら、紫咲の手元にあった花の束を整える。

 

「だって、今日じゃなきゃ意味がない事だったんでしょ? 主さんだって、起きて目の前に何の説明もなくこんなに花があったら、さすがに不審がるだろうし」

「それはそうだが……だからって、お前に頼ったことまでバラされちまったらカッコがつかねぇだろうがよ……」

「兼さんだってお世話に携わってたんだから、実質僕らの共有財産みたいなものだよ。それに他の刀達だって、兼さんが欲しがってたって言えば、喜んで譲ってくれたと思うよ?」

「そうは言ってもなぁ。オレの一存っつーか我儘で、勝手に花を毟らせてくれっつってるようなもんだしよ」

 

 あくまで、バツが悪そうな様子の和泉守だった。どうも、自分が一から十まで育てた訳ではないので仲間達に対して遠慮が働いていたらしい。最初から堀川が育てた花を自分が持って来たような口ぶりで、その裏に自分が関わっていた事をおくびにも出さなかったのも、それが原因なのだろう。

 誰よりも格好良い自負があって堂々としているはずなのに、変なところで成果を隠そうとする。そんな和泉守に、堀川は手持ちの組紐とその場にあった和紙で、紫咲の持っていた花束を簡易的にラッピングしてみせると、ひょいと渡した。複雑な面持ちの和泉守の隣で、堀川が紫咲に笑いかける。

 

「主さん。兼さんは不器用だけど、主さんに花を贈るのは、きっと前からしたかった事だと思うんです。だから、主さんが兼さんの気持ちを汲んでこんなに喜んでくれたのは、僕も嬉しい」

 

 じゃああとは頑張ってね、と意味深な言葉をさらりと残すと、堀川はスラックスの脚で立ち上がる。

 

「お、おい、国広……!」

「あ、そうだ。この百合は萎れる前に回収しちゃうね。折角切り花にしたんなら勿体無いし、本丸のみんなと飾っておくから」

 

 布団周りに散らばっていた花を抜け目なくしっかり拾って抱えると、堀川は何事もなかったかのように去って行ったのだった。後には、仏頂面の和泉守と、どう反応していいかわからない紫咲だけが残される。

 先ほどから戸惑い以外の表情が紫咲に向けられる事がないのだが、それでも手に携えた芳しい花の群れは、紫咲のために用意してくれたものらしい。意を決したように、若干ぶっきらぼうな仕草で、和泉守が片手に握った花束を差し出した。素直に紫咲の方を向けない和泉守の代わりに、かさりと花がこちらに顔を見せるようにして微かに揺れる。

 

「あーと……その……聞いてたからわかっと思うけど、そういう訳だから。受け取って、くれるか」

「えっ。も、もちろん」

 

 差し出した両手の上に、和紙で包まれた軽い花の束がふわりと乗った。柔らかな白や薄桃、艶やかな蘇芳や、ぱっと明るく目を引く黄色や橙。今はまだ布団から出られず、本丸の自室から月の光を浴びて揺れるのを眺めているだけだった百合の花達を、紫咲は嬉しそうに両腕に抱き締めると、ふんわりした表情で匂いを嗅ぐ。

 

「ふふ。可愛い花。こんなにいっぱい百合もらったこと、今までにないや。それにいい匂い。ん〜、すっごくいい匂い。百合って豪勢な香りがするよねえ。甘いんだけど、なんかこう爽やかでさ。着物までいい匂いになっちゃいそう」

「おいおい、そんなにか」

 

 花の中に頭を突っ込みかねない勢いで香りを堪能している紫咲を見て、和泉守が苦笑する。ほんの少し緊張が緩んだ様子を見て取った紫咲は、花に顔を隠すようにしながら、遠慮がちに尋ねた。

 

「あの……これって、キスの日のプレゼントだったの?」

「……まあ、そういうことになるな」

「……」

「わあってるよ! これじゃ、口付けも何も関係ねぇって言うんだろ!」

「ち、違うよ! 別に、そんな風に思った訳じゃなくて!」

 

 わたわたと首を振った紫咲は、部屋着で布団の上に正座しながら花を抱え直す。

 

「キスに直接関係あるかどうかはその……みんなからのももちろん嬉しかったけど、別に関係なくて。どんな贈り物でも、気持ちがあるだけで嬉しかったよって言いたかったの。お花をくれただけで嬉しかったのに、まさか兼さんがそんなに前から、心を込めて育ててくれてたなんて思わなかったから……ありがとう。大事にする」

「大事にするったって、あんまり持ってると熱でへたっちまうぞ、それ」

「へへ、じゃあ花瓶に生けて来ないとね」

「オレに貸せ。まだ熱があんのにふらふら花瓶やら水やら持ってうろつくには早えだろ」

 

 ん、と頷いて花束を和泉守に渡しかけた紫咲は、ふと思いついて手を引っ込めた。

 

「そうだ……」

「ん?」

 

 受け取ろうと片手を出した状態で止まった和泉守の顔面に、紫咲はふっと花束を持ち上げ、ぽふっと花を押し付ける。立ち眩むほどの甘やかで優美な香りが鼻先いっぱいに広がって、百合に半分顔を突っ込んだ和泉守がぱちぱちと瞬きする前で、紫咲は悪戯っぽく笑った。

 

「さっき私が香りを嗅いだ花だから、兼さんにもお裾分けしてあげる。唇じゃなくっても、これだったら香りで間接キスみたいになるかもしれないでしょ? なーんて。回し“嗅ぎ”じゃ、やっぱり全然関係ないかぁ」

「……」

 

 一秒。二秒。三秒。

 きっかり固まってから、和泉守は尻餅をついたままずざざっと後ずさった。とっさに和服の袖で隠した顔が、真っ赤になっている。

 

「だっ!? あ、ああああんたなぁ! 馬鹿か! そういうのは、もっとこう、将来を誓い合った仲とかっ、とっ、特別な奴相手にやるもんだろう!?」

「ん゛っ……ふふふ、そんな大層なもんじゃないよぉ。ヨルくんとかにも普通にやるだろうし。それに、兼さんだって特別な相手だよ? 私の刀だもん」

「だっ、だからぁ! 男の体で顕現してる奴にそういう事ホイホイ言うもんじゃねぇ! あーもーッ……!」

 

 差し出した花をひったくるように受け取って漆黒の長髪を翻しながら、和泉守がずかずか歩いて行ってしまうのを、紫咲は小さく肩を揺らして見送っている。その様子を障子の影から身を隠して見守っていた前田は、同じく隣にいた乱と、満足げにこそこそ話し合っていた。

 

「ね。僕の言った通りだったでしょう」

「うわぁ。和泉守さんって、本当に恥ずかしがり屋さんなんだなぁ」

「遠回しであれ、主君には伝わったみたいでよかったです」

「あれで伝わってるのかなー? でも、あるじさんの反応見る限り、悔しいけど優勝は和泉守さんだね」

 

 ボクらしか見てないけどね、と乱は前田と肩を並べたまま、小さく笑ったのだった。

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