夢小説風味ではありますが、あくまでこれは弊本丸の話であり、かなりご都合なポリアモリー観念をがっつり導入した話になりますので、苦手な方はご注意を。
前後編まとめたものがpixivにあります→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20100281
風邪を引いたことをきっかけに、身に余る優しさを受け続けた病弱な審神者・紫咲は、それまであまり関わりのなかった和泉守兼定への恋心をどんどん加速させていく。
それでも、複数愛者という自分の特性や気持ちの不安定さから、好意を曖昧にしか伝えられずにいたが、ある日、和泉守の方から紫咲に話をしたいと言ってきて……?
前半は、現世の自室で紫咲が看病されていた頃の回想がほとんどです。
3〜4日の間、38度近い熱を出した後も、しつこく風邪は居座っていた。
目覚めた朝は一旦熱が引いたかに思えるが、朝を食べて間もなくすれば、徐々に頭痛と倦怠感に襲われ起き上がることができない。もう、自分がどうやって日中机の前に座っていたのか、どうやって布団を離れ生きていたのか、何故家事やゲームといった日常の活動を行うことができたのか、そんな事さえ思い出せないほどの暗く長い日々が、十日もの間続いた。
病院に担ぎ込まれるほどの重症ではないが、飲める薬をすべて飲んで日々療養を重ねたところで、安心できるほど好転することもない。このままいれば良くなるのか、果たして悪化の前触れか、一向に不明瞭でただいつまでも終わりの見えない状態が、逆に審神者である紫咲の体力と精神力を削っていた。
そんな中、初期刀の山姥切や世話係の長谷部が主を案じざるを得なかったのはもちろんのこと、それに加え、本丸に移動することすらできずに現世で伏せっている紫咲の元へまでわざわざやって来て、何かと世話を焼いていた一振の刀の姿がある。
和泉守兼定。本丸が発足して半月後には顕現していたものの、ごく最近になって紫咲と近しく話すようになった刀だ。馴染みの浅葱色を肩に羽織った装束で、交流が浅いはずの紫咲相手にややぎこちなさを見せつつも、日夜献身的に、彼は不安がる彼女の傍へ寄り添っていた。
「うーん……小康状態ってところだが、目に見えて良くなった感じもねえなあ。食欲は?」
「無理やりなら食べられるけど、あんまりない……頭も痛くなってきたし、昨日とあまり変わらないかな」
「まだ下がりそうにねえなー。もう布団に入っとけよ、主」
朝食後、寝起きは下がっていた体温が再び上がってくると共に襲い来る倦怠感と眠気に従い、紫咲は和泉守に促されるまま、大人しく布団に横になろうとした。布団に入る前に、力の入らない体を叱咤して台所で薬を飲み、水を汲み、体を温めるためにケトルで沸かした白湯で漢方薬を口に運んで、ぐったりと肩を落としながら、紫咲は俯いたまま、ぽつりとあること問い掛けた。
「カネサン」
「ん?」
「……もし私が具合良くなってきたら、兼さんもうここに来てくれなくなっちゃう?」
「はっ……はぁあああ!?」
審神者の突然のネガティブ思考に虚を突かれるあまり、最近の和泉守は、最早返事をする度に反射で怒鳴り声になりつつあるが、そんな訳ないと口にするより先に、紫咲の目にみるみる涙が盛り上がるのを見て、和泉守は盛大に慌て始める。
「誰がんな事言ったんだよ! んーな訳ねーだろ!!!」
「仮病じゃないんだよ。構って欲しいから具合悪くなってるわけじゃなくて、熱もそんなに高くないけど、家事も何とかできるけど……でも、本当に辛くて。布団の上から動けなくて」
「んなもん、あんたの顔色見てデコ触ってりゃあいくらでもわかるわ! わかってんだよ。だから……あー、泣くな! 泣いたらまた熱上がっちまうだろうが! いや待て、この場合は上げた方が得策か……?」
ほとほとと涙を落として、俯きながら鼻を啜る紫咲を前に、大混乱しつつも必死で熱を下げる方法を模索していた和泉守は、少し迷った末に、軽く指先で紫咲の肩に触れた。ぎこちなく、隣で抱き寄せるようにしてその肩を摩る。身長差と体格差がすごいので、和泉守が羽織姿で隣に寄り添っていると、親鳥が羽の下に雛を庇っているかのようだ。
和泉守は、多少おろおろと途方に暮れて、その長い結わえた髪を時折弄りながらも、懸命に紫咲を安堵させようと口を開く。
「あんたのところを離れて、他の何処に行く宛があるっつーんだよ」
「うぅ」
「大丈夫だ。あんたの言葉が嘘だなんて思ってない。心細いのもわかってる。心配すんな。病の時は、殊更気落ちするもんだ。今までだって居てやったろ?」
「そ、だけど……」
「けど、なんだよ」
「傍にいる理由がなかったら、一緒にいてくれるのって、難しいのかな」
ぽつりと漏らした紫咲が、指輪を嵌めた和泉守の大きな右手を持ち上げた。長い睫毛を見開いた和泉守の隣で、紫咲はしばらく寄り掛かって休みながら考え込むように目を閉じていたが、そのうち先程の薬が少し効いて、体に力が戻ってきたらしい。再び瞼を開けた時には、ここ二週間近くは見られなかった光が、その目に微かに宿っていた。初夏だというのに冬用のカーディガンを羽織ったまま、長く寝込んだことで草臥れてしまった部屋着姿で、それでも紫咲はしっかりと背筋を伸ばし、和泉守の目を正面から見つめる。
「私まだ、兼さんのことちゃんとよく知らないけど、もしかしたら主命を聞いてくれてただけかもしれないけど、辛いって言った時に一緒に居てくれて嬉しかった。
でも私は欲張りだから……もしちゃんと元気になれたら、もっと色んな事知りたいし、私が好きな事もいっぱい教えたい。何が好きで、何が面白くて、この世界のどんな事に幸せを感じるのか。頑張ったら褒められたいし、私もいっぱい褒めたい」
「主……」
「伝えたいことがいっぱいあるの。だから、その……うぅん。上手く言えないけど、これからも近くに居られたら私は嬉しいなって、思っただけ」
一気に言い切ってから、紫咲は疲れたようにころりと横になると、布団脇にいる和泉守の掌を握り直してから目を閉じた。
傍に居てくれる。その手を振り払わずに、厭うこともなく衰弱した主を励まし、見守っていてくれる。和泉守兼定がそんな刀だと、紫咲は思っていなかった。
戦事に関係のない用事で、何故ここまで和泉守に甘えたくなったのか、自分でもはっきりした理由はよくわからない。ただ、兄貴分らしい笑顔や頼り甲斐のあるところ、自信家の割に主の前では時折狼狽えたところを見せるのが可愛らしくて、もしかしたら手を伸ばせば応えてくれるのかもしれないと、期待してしまった。
うつらうつらしながら、紫咲は考える。
それでも敢えて理由を求めるとすれば、きっかけは、和泉守が直生に——紫咲の大切な相手に、似ているという事だった。
動機としては最低かもしれないが、それに気付いた時から、そして直生と和泉守が楽しげに交流を持つようになってからずっと、気になってはいた。
怖いし気難しそうだし、戦と指令に関する事以外は興味がなさそうだと思っていた刀が、直生に屈託なく剣術を教えてくれる姿を見て、この刀はもしかしたら、私が気付いてないだけで私が思うよりずっと優しくて、ひょっとしたら自分とも仲良くしてくれるのではないか、と。
そうこうしている間に風邪と疲れを拗らせて体調を崩し、想像以上に具合が悪くなってしまったので、少しずつ距離を縮めたり様子を見たりする予定が、どさくさに紛れてなりふり構わず和泉守に甘えていたのだが。
まっすぐな強さが好きで、それでいて壊れそうに繊細な儚さと美しさもある事を知って、憧れた。それが恋であろうとなかろうと、その背中を見ているのが好きで、自分はただ愛したいと思った。優しくされると尚更好きになる。
ただその資格が、審神者としても人としても自分にあるのかはわからなくて、わからないままに、元主のことや新撰組について書かれた本を図書館で借りてみたり、他の本丸の和泉守兼定をアニメや小説で見てみたり。
つい最近のこととはいえ、いつも和泉守のことを追いかけて考えている時点で、ああなんだこれ、もう立派に恋じゃないか、と紫咲自身は思ったけれど、ただ一方的に気持ちを押し付けるのは違う気がして、憧れは胸に咲いたままにした。
この間柄がいずれどうなるにしろ、ただ真っ直ぐに見つめていられればそれでいい。魅力を知れただけで自分は嬉しい。そんな気持ちだった。
全身の力が入らず、苦しくてたまらない夜、和泉守は遠征にも行かず、付き添って紫咲の部屋にいてくれた。
その晩は、全国的に豪雨で、深夜になってもしとしと雨の降る夜だった。
いつも一緒に寝ている夜羽や恵李朱も一緒に、繰り返す火照りと寒気で眠れない紫咲の不安を和らげようと、音楽を聴きながら、彼女の傍にごろりと転がって雑魚寝している。
やがて夜羽達が寝落ち、自動再生の曲が終わっても尚、紫咲は眠れる気配がなく、一人目覚めていた。胃やお腹も変に引き攣って、眠りに落ちかけてはびくっと体を震わせて覚醒する。一体自分はいつまでこんな熱を出していればいいのだろう、何かの病気だろうかと、何度退けても這い上がってくる不安に、もう一週間以上押し潰されてきた。紫咲の人生においては毎度の事なのに全く慣れず、いくら必死に生きても自分を大切にしても、不調は長引いてしまう。三日四日、一週間と治る兆しが一向に見えないうちに、前向きだった気持ちは次第に闇に閉ざされて、足を引き摺り込む蟻地獄の最中にいるような、誰とも共感しようがない不安と悲しさに襲われるのだった。
そんな時、苦しげに寝返りを一つ打つと——背筋を伸ばして座る、傍らの和泉守と目が合った。
眠ければ寝ていいと言ったのに、連日の演習での戦闘で疲れているにも関わらず、本当に寝ずの番をしてくれているようだった。胡座で座ったまま、ただ静かに窓の外の雨を眺めていた和泉守は、ちらと目だけを動かして紫咲の方を見ると、静かにその鮮やかな浅葱色の瞳を和らげる。話す気力すらない紫咲を、安心させ慮ってくれるかのような優しさが、黙っていてもその目に滲んでいた。
『あんたが寝付くまで起きててやるって、約束したろ』
静かな微笑みが、口元に浮かんでいる。
心を読んだかのようにそう言われ、体を上向きにして見上げながら、紫咲も微かに口を開く。
『でも、兼さんの体に障っちゃうよ。あんま無理しないで』
『病人が何一丁前に心配なんかしてんだ。オレはあんたよりよっぽど丈夫だっての』
屈託のない声で、和泉守が笑い飛ばす。
不安でいっぱいな夜に自分が最後まで眠れず取り残されてしまうのは怖くて堪らないという、紫咲の我儘を聞くためだけに、和泉守は生真面目にも起きてくれていた。平気だ、必ず良くなると優しく頭を撫で、紫咲が苦しくなって布団から手を出すと、黙ってその上に掌を重ねてくれた。
その気配を——黒々とした髪が浅葱色の羽織の上いっぱいに広がり、余った長髪が静かな夜の光の中で畳の上に撓む佇まいを、確かに紫咲は覚えている。
物言わぬ姿にどれ程感謝して、どれ程枕を涙で濡らしてしまったかも、忘れられそうにない。
実際のところ、現実世界で自分を物質的・精神的に支えたのは家族の助力や薬なのだろうが、和泉守と本丸の仲間にも命を救われたと、紫咲は思った。
和泉守自身は特にそんな風には思っていないかもしれないけれど、紫咲にとっては恩人ならぬ恩刀だ。どう大切にしたらいいのだろう、という思いばかりが募って、「近くに居て欲しい」という中途半端な要望になった。
それに和泉守が思いもがけない形で応えたのは、紫咲が漢方薬の効果で漸く復調の兆しを見せ始めた、その翌日のことだった。