マルメロ家だいすき日記2022〜2023   作:大野 紫咲

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うちの本丸の京極正宗が、主のスカートのウエストを詰めてくれるだけのお話です。
※審神者の名前は普通に出てます
※作中にカプとかはないけどスキンシップ過剰です
※実装初期の段階で書いてるので、後で口調や呼び方とか変わるかもしれない
※なんでも許せる方向け


京極正宗は主のスカートを詰めたい

 京極正宗が夜恵城本丸に顕現し、数日が経過した頃のことだった。

 いつものように薔薇の髪飾りが優美な装束姿で、廊下で偶然出逢ったにっかり青江と京極正宗が立ち話をしていたところへ、この本丸の主・紫咲(ムラサキ)が通りかかった。

 顕現した時、宝箱の外から声は聞いていたが、それ以降に主本人と面と向かって会うのは、今日が初めてになる。予定外の邂逅にやや緊張しながら、木窓越しに他の男士たちと会話を交わしている主の様子を覗き見た京極正宗は、ぴしりと固まった。

 

「あ、青江……あっ、あの……あの可愛らしい方が、わたくしの新しいあるじさまだというの……?」

 

 主のいる方を指差しながらわなわな震えるという、想像以上の反応に、青江が苦笑する。夏はいつも着流しか、Tシャツにサロペットという楽な格好の主にしては珍しく、その日はちょっと他所行きの装いをしていた。猫の柄が袖についた襟付き半袖シャツに、膝丈の赤いスカート。縛ると頭痛がするからと最近放置しがちだった長髪は、今日はトレードマークの桃のリボンで纏められている。

 驚いたのは京極正宗だけではなかったようで、縁側に面した日中の廊下がにわかに活気付いて騒々しくなった。

 

「主!? 本日はそのスカートなのですか!? いえ、いつものお召し物もそれはそれはお似合いですが、本日は殊更に麗しく光り輝いて見えます!」

「あるじさんかわいい〜! きゅんきゅんしちゃう、それ!」

「おや、随分少女じみた装いだねえ。それもまた、たまには風流じゃないか」

「ううっ……主があいらしかスカート穿いとるばい……俺ぁ嬉しゅうて涙が……」

 

 通りがかっただけで、次から次へと近場の男士達が声を掛けてきて大騒ぎになっているらしいが、皆に囲まれて照れながらも幸せそうに笑う小柄な審神者を見て、京極正宗は不思議そうに、ボブの黒髪をさらりと流し首を傾げた。

 

「どうも驚天動地の騒ぎように思えるのだけど……あるじさまのスカート姿というものは、そんなにも珍しいのかしら」

「ああ、何。うちの本丸の主は、とても体が弱い人でねぇ。布団の中で指揮を取るのが往時な上、部屋の外に出て長時間活動されるのも難しい。近頃もすぐ熱を出すもんだから、熱中症対策とはいえ夏場の冷房がついた室内では、寒くてスカートなんかとても着れたもんじゃなくてね、主は。だから、こうして少しお洒落をされただけで本丸中大騒ぎというわけさ。今日の主は元気だという証拠だよ」

「まあ。そういうことでしたの……」

 

 隣の青江にすんなりと説明されて、京極正宗の顔にやや憂いと同情を帯びた色が浮かぶ。そんな二人の元へも、主はとことこと板張りの廊下を歩いてきて代わりばんこに顔を眺めた。太陽のようににこにこ笑っている主に、青江の表情にも自然と笑みが浮かぶ。

 

「やあ、主。今日は随分と調子がいいみたいだね」

「青江さん。うん、熱は測ってないけど、今日は起きていても大丈夫みたい。ここまで元気なのは珍しいから、久しぶりに可愛い服着てみたくなっちゃった」

「よく似合ってるよ? どこかのお嬢様みたいだ」

「ありがとう!」

 

 みてみて、とくるりと回転して円状のスカートを回してみてから、主は我に返ったように動きを止めると、頬を掻いて言った。

 

「だって、京極ちゃんはすっごくお洒落なんだもん」

「わ、わたくし……?」

「うん。とっても可愛い。私は熱出すから外出も散歩も現実世界じゃろくに行けない体だし、だからお洒落着なんて最近全然着てなかったけど、京極ちゃんの姿を見てたら、家から出られなくてもいいからたまにはお洒落したいなぁ、なんて。まあ、私じゃ全然、京極ちゃんの麗しさには及ぶはずないんだけどね!」

 

 こういうのは気持ちの問題だから、とはにかむように笑った拍子に、主の頭のリボンが揺れた。

 思わぬ言葉に、白い頬を真っ赤にしながら俯いた京極正宗に、主が微笑んで小さく手を振る。

 

「それじゃ、またあとで。京極ちゃん、ゆっくりしてってね」

 

 ご機嫌で庭の方へ向かった主を見送りながら、青江は眩しそうに目を細めた。

 

「よかったねぇ。あんなに具合が良さそうに笑う主は、本当に珍しいよ。うちには数多くの男士が顕現したけど、主が寝込んでいるから、必ずしもやって来てすぐ会えるとは限らなくてね。君は運がいい」

「青江……」

 

 頭一つ分以上抜きん出た青江を、京極正宗は見上げる。本丸に顕現して以来、主との付き合いもそこそこ長い青江の目には、切なく優しい光が宿っていた。

 

「大抵は、顕現しても暫くは交流の機会が持てないことが多いんだよ。うちの主は、自分がいの一番に新しい仲間を出迎えに行きたくても、体が動かずに歯痒い思いをしている人なんだ。今日は自力で、一言でも君と挨拶を交わしに来られたことが、本当に嬉しかったんだろう」

 

 その言葉を聞いた瞬間。驚いた青江が手を伸ばして止めるのも構わず、京極正宗は走り出していた。短刀ではおなじみの機動力を駆使してあっという間に廊下の先にいた主へと追い付き、赤い裏地腰巻きを翻して駆け寄った京極正宗は、ぱっと主のカーディガンの裾を掴む。

 

「あるじさま!」

「わ、わっ。きょ、京極ちゃん? どうしたの?」

 

 急に後ろから引っ張られた主が、多少よろめきながらびっくりして振り返った。

 きょとん、と大きく目を見開く主のことを、未だ少し照れてうつむいていた京極正宗は、思い切ったように見上げて訴える。

 

「あるじさま、あの……裁縫道具を、お持ちではないかしら?」

 

***

 

「ご、ごめんね。京極ちゃんにスカートなんか直させちゃって……」

「よいのです。縋るものには手を差し出さなくては。こちらこそ、わたくしの我儘であるじさまを寒いところでお待たせしてしまってごめんなさいね。すぐに終わらせてみせるから、少しの間辛抱してて頂戴な」

「い、いいのいいの! 毛布あるから大丈夫!」

 

 所変わって、ここは本丸内にある審神者の自室。

 弱冷房のついた部屋で、脱いだスカートの代わりに脚の上へ膝掛け毛布を乗せながら、紫咲は畳の上で、黙々と貸した裁縫道具から糸や針を取り出す京極正宗の動向を見つめていた。

 スカートの色味と同じ、赤い糸を選び針に通して引っ張りながら、京極正宗が言う。

 

「皆と一緒に話している時に、スカートが下がってくるのを気にしておられたでしょう? あるじさま。体格に服の寸法が合っていないのではないかと思って。腰より上の位置で穿きたいのなら、おそらく少し詰めればすぐ済みますわ。できることを放っておくのは勿体無いと思って、思わず声を掛けてしまったの」

「あの一瞬でよくそこまでわかったね……すごいや」

 

 たしかに少し緩いのを気にしながら穿いていたのだが、あの廊下での立ち話の一瞬で、そこまで見抜かれてしまうとは。刀剣男士の洞察力に感服していた紫咲は、自分のスカートを手に器用に針先を動かしていく京極正宗の手つきに、ゆっくりと目を細めた。

 

「お裁縫、上手なんだねぇ」

「名家の嗜みですもの、このくらいはできて当然ですわ。それにしても、現世は便利なものが豊富ですこと。この『スナップ』というもの、素晴らしいわ。これがあれば、縫わずとも好きなように身幅を詰めることができるなんて」

 

 感嘆したように言いながら、京極正宗は現代ではお馴染みの銀の丸い金具を、上に翳して眺める。スカートのウエストを詰めるのであればホックの方が有効だろうが、あいにく裁縫箱に持ち合わせがなく、凸凹の小さなスナップを複数個付けることで対応してもらっていた。

 初めてのはずのそれを、危なげなく指で押さえながら針で縫い付けていく姿を見て、紫咲は毛布の膝を抱えながら、ぽつりと語り始めた。

 

「ほんとはね、そのスカート……もうすぐ私三十だし、年甲斐もなく似合わなくなってきたのかもなぁって、思ってて。買ってからもずっと体調崩してるから、どこにも着て行けるような機会がなくて。則宗さんには『ほぉ、僕と同じ色のスカートなのに捨てるのかぁ』って散々ネチネチ言われたから、結局その気持ちが有難くて捨てるのはやめたんだけど……ウエスト詰めるところまでは、踏ん切りつかずにいたんだ」

「それは御仁の言うとおりだわ。あるじさまに、とても似合っているもの。この薔薇のような真紅の色……年齢や着る機会のことを言い訳にして箪笥に押し込めてしまうには、あまりにも惜しくてよ」

「そう、かな……?」

 

 真剣に針先に視線を注ぎながらも、そう話していた京極正宗は、膝を崩しながらも凛とした佇まいでふと顔を上げ、背筋をすっと伸ばしてまっすぐに紫咲を見る。血のようなジャケットと同じ真っ赤な瞳は、薄暗い部屋の中でも真剣な気色を湛えながら輝いていた。

 

「それに、わたくしは深窓に咲く薔薇の如く気高き刀。わたくしのあるじさまとなる方には、もっと堂々と自信を持って可愛らしくいて頂かなくては」

「京極ちゃん……」

「そのためのお手伝いなら、わたくし何だってしますわ。だってあるじさまは、わたくしを見ていると綺麗になりたくなると、褒めてくださったのだもの」

 

 無邪気にそう言った表情は、気高さの中に滲み出る純粋で健気なものだったが、すぐにそれを引っ込めて得意げにつんと顎を上げてから、京極正宗はスカートを紫咲へと手渡した。

 

「さあ、これでできあがったわ」

「わぁ。ありがと……ん?」

 

 すぐさまスパッツの上にそれを着用した紫咲だったが、肝心のスナップの部分を留めようとして異変に気がつくと、申し訳なさそうに言った。

 

「京極ちゃん、ごめん、これ閉まらないかも……」

「えっ!? そ、そんなはずは」

 

 慌ててもう一度手に取って調べる京極正宗の隣で、紫咲も首を傾げて残りの部品と取り付けられた部品とを見比べていたが、やがて彼は何かに気が付いたかのように、可愛らしい悲鳴を上げてへなへなと畳に膝をついた。

 

「あ、あぁっ!? わ、わたくしとしたことが、スナップの向きを反対にして付けてしまったみたい……」

「あ、そゆことか……それよくあるんだよねぇ。私ですら付ける度に間違えるくらいだから、人の身に顕現して短い京極ちゃんが慣れないのも無理ないよ」

 

 スナップは手縫いでも付けることができる手軽な部品だが、凹凸の向きを間違えて付けてしまうと、留めることができないのだ。すぐに解けば、と紫咲は思ったが、京極正宗はこの世の終わりのような蒼白な顔をして頭を抱えていた。よほど動転して落ち込んでいるようだ。

 

「いいえ! こんな、名族の出でありながらはしたないわ……それも、取れないようにこんなぐるぐるに頑丈に縫い付けてしまって……嗚呼、わたくしとしたことが。どうしましょう、何たる失態かしら」

「落ち着いて。大丈夫だよ。どんなにしっかり縫ってても、糸なんだから鋏があれば切れるって」

 

 手間を掛けさせて、と詫びる京極正宗を何度も励ましながら、紫咲は自分も糸切り鋏を持って間違えた箇所を取り外す。結局は半々に共同作業をすることになり、今度は間違えないようにとわかりやすく地面に正しい向きで置いた部品と、手元の部品とを何度も見比べていた京極正宗は、くすんと鼻を鳴らしながら針先を動かした。

 

「嗚呼……早く綺麗に終わらせて、会心の出来栄えのものをあるじさまにお見せしたかったのに。上手くいかないどころか、体の弱いあるじさまをこんなにお待たせしてしまっているなんて、名族の名が廃りますわ」

「そんな、お裁縫のスナップぐらいで。むしろ私は、京極ちゃんが私のためを思ってお直ししてくれて、さっきからずっと嬉しいのに」

「あるじさま……」

 

 半泣きの京極正宗の前で、紫咲は絶えず楽しそうにしている。そんな主の前で、彼もやっと、はにかんだような笑顔を取り戻した。綺麗に直されたスカートを改めて身につけ、両端のスナップをしっかりと留めた紫咲は、感動しながら腰を摩る。

 

「す、すごい! 落ちて来なくなったよ、感激……」

「いいえあるじさま、これだとまだ緩いわ……本当はもう少し詰めてもよかったくらい……ほら、ここにまだ指が入るじゃありませんの。一体何を召し上がったらこんなにお痩せになるの?」

「治したいんだけど、体質なのでちょっとどうしようもなくてね……とりあえずはこれで大丈夫だよ」

 

 痩せ過ぎに苦言を呈した京極正宗に、紫咲は苦笑いで侘びながら手を合わせる。

 まだ少し緩めとはいえ、これならば秋口などに少し厚めのトップスを併せてスカートにインしたとしても、楽に着ることができそうだ。

 役目を終えてしまい、もじもじと白い手指を合わせる京極正宗を、紫咲は感謝の意を込めてぎゅっと抱き締める。自分と同じく小柄なので、とてもハグしやすい。

 

「ありがとう、京ちゃん。嬉しい。折角直してもらったスカートだもん、あんまりいっぱい着られなかったとしても、絶対大事にする」

「あ、えと……これは、スキンシップ、というやつなのかしら?」

「わ、ごめん、思わず! 嫌だった?」

「いいえ。そんなことは。……あるじさまはあたたかいのね」

「鋭い子だと、ハグしただけで『熱がありますね』ってバレて布団に戻されちゃうんだけどね」

「でしたらわたくしも、そのくらいはすぐわかるようにならなくては」

 

 紫咲の腕の中で、彼はふふふと、小さく囀るように嬉しげな笑みを漏らした。

 部屋の外に出て、まだ散歩の途中だった主の手を自然と取りながら、京極正宗がきらきらした目で振り返ってくる。

 

「あるじさま、今度わたくしに裁縫を教えてくださいな」

「えー? 京ちゃんに教えられるほど上手なんかじゃないよ、私」

「けれど、あるじさまの部屋にあった小さな服は、本丸にいたあのぬいぐるみ達のものなのでしょう? あれを自分で作れるなんて、あるじさまは十分に器用よ」

 

 まだまだ盛りを通り越すことを知らない夏の日差しが、頭上高くで輝いている。

 その中にいても、一人と一振の喋り声は、薔薇の間を舞う蝶々のように楽しげに響いていた。

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