それを受け取った主・紫咲の狙いとは…?
前話「幽霊タマミツネの怪」から次話に向けての、繋ぎのお話になります。
弊本丸の独自設定や登場人物の説明が主なので、読み飛ばして頂いても結構ですが、読むとどうやってこの本丸の敷地でモンスターを飼っているのかわかります。
※2025年から、夜翰さん→ヨアさんの修正作業を始めました!
簡単に言えば、マルメロ家本丸は色んな時空と繋がってて、色んな時空の登場人物が出入りできて、みんなそれぞれに力を貸してくれているということです←
「主。今帰ったぞ」
「おかえりなさい、三日月さん!」
転送用のゲートから本丸へ戻った三日月が、
全面が土間で、何の変哲もないがらんとした建物だが、ここは彼女が付喪神の顕現や、特別な術式を行う時に用いている場所だ。少々薄暗いが、木材でこしらえた飴色の天井や壁はつやつやと輝き、祭壇からの蝋燭の灯りを反射している。
儀式場めいた雰囲気だが、体の弱い主は自らここへ来て顕現を行うよりも、寝込んでいる間に札に込めた霊力で、他の男士に代理を頼むことの方が多い。故にここへの出入りも特段禁止されてはおらず、清浄にこそしているものの、そこまで重大な秘密が隠されているというわけでもない。
夏用の薄い袴を風に揺らしてやってきた、この本丸の主こと
「ごめんね。私の我儘で、殊更大変なこと頼んじゃって。大丈夫だった?」
「何の。俺もなかなか楽しめたぞ。ほれ、気をつけて運ぶといい」
「おっとと。大きいなあ、この子」
「主は小柄ゆえ、身に余るだろう。そこまで俺が運んでやろうか」
「いいの、大丈夫大丈夫。ここの真ん中くらいまでなら、何とか私でも動かせるから。一番最初に、私が運んであげたかったんだ」
ならされた土の床の中央に、巨大な円陣が描かれている。その陣に笛を抱えた紫咲がえっちらおっちらと近づくにつれ、和傘状の狩猟笛からぶら下がっていた鈴が、何かに反応するかのようにぽうっと輝いた。
「ようこそ。いらっしゃい」
初めて出迎えた刀剣男士にする時と同じように、紫咲は抱きしめた狩猟笛へ優しく静かに声を掛けると、大きな狩猟笛を陣の上へそっと横たえる。
愛おしげな目を注いで狩猟笛に触れていた紫咲は、しかしすぐに立ち上がり、三日月を傍へ招いてそのまま報告を聞くことにした。
「なるほど。遡行軍が……」
「ところどころに出現する、退治せど倒し切れない妖獣の噂。主の読み通りであったなぁ」
「私は、自分がモンハンの世界を
「そこまでの知能を発達させる獣の数自体が、あの世界にはまだ少ない。人の願いや祈りさえ、歴史改変のために利用せんと四苦八苦しておる遡行軍の奴らが、ましてや獣のそれなどを容易く操れるとも思えんが……油断はできんな」
「今のところ、あちらの世界で実害が出ているのは、モンスターの“
そう言って、行儀悪くごろりと床に寝転んでしまう主を、三日月は微笑ましく、眩しそうな目で見つめていた。
本来、歴史改変による分岐ではなく、そもそもがこの人類の歴史からは大きく異なっている世界線・いわば別世界で起こる事件など、時の政府の管轄範囲内ではない。別世界の人間が死のうが生きようが、この世界の上での歴史を存続させることにのみ重きを置いている政府にとっては、関係のないことなのだ。
その傘下で仕事を引き受けている紫咲にも、「遡行軍が関わっている」という口実がなければ、干渉の許可を得るのは難しかったであろう。それでも、多様な世界を渡り歩く不思議な力を持つ紫咲は、既にその世界を、そこに住む生き物達を、愛してしまっていた。世界が続く限り、傍にいて見守りたいと願う程度には。
そして、その途中で一匹のタマミツネの孤独を見た。
あのままでは、終わりない苦しみの中で荒ぶるままに身を滅ぼしてしまったであろう御霊を、ここへ連れて来て欲しいと願ったのは、完全なる紫咲の我儘だ。
「紫咲」
その時、不意にひょいっと、召喚閣の扉の横から緋袴を着た影が覗いた。
矢羽によく似た褐色肌に、紫がかった濃い黒髪の青年。綺麗に切り揃えた斜めのボブの下から、涼しげな薄青の瞳を向けた青年は、耳飾りを揺らしながら形よい唇を開いた。
「準備、できた?」
「
視線を合わせながらこくりと頷き、立ち上がった紫咲は夜明の手に導かれながら、笛が置かれた円状の魔法陣の手前へ戻った。紫咲が先に座ると、夜明はその背後へやって来て、紫咲の目を布で目隠ししてから、自分は円陣を挟んで紫咲の対になる位置へと移動し、正座で腰を下ろす。
夜明の衣擦れの音が消えたのを合図に、二人はそのまま、片方の手を狩猟笛に触れ、片手で印を結びながら、瞼を閉じて集中し始めた。どこからともなく、陣の中には不思議な光の粉が舞い、横たわっているだけの狩猟笛が、ふわりと飾り帯を風になびかせる。
そのまま、術に没入していく紫咲と夜明を、開いた入り口から座って眺めている三日月の元へ、
「主に文を渡そうと思って持って来たんだけど……今儀式中か」
「俺も、久方ぶりに戻って来たのだから三日月に向こうの世界の話でも聞こうかと思っていたが……出直した方がいいな」
「いや。ここで静かに待っておる分には、構わんだろう。じきに終わるさ」
まるで双子の巫女のように、目を閉じて狩猟笛に宿る魂へと会話を試みる紫咲と夜明の姿を、三人は入り口からじっと見つめていた。もっとも、小柄な紫咲よりも夜明の方が身長は高いので、随分と頭の位置に差がある組み合わせではあったが。
円陣の放つ黄金の輝きに、染め上げられる夜明の黒髪を見ながら、加州がぽつりと言った。
「夜明のやつ、随分様になってるじゃん」
「あいつも、ここへ来てからかなり審神者代理としての腕を上げていたからな」
「いーなー、主と一緒じゃないと使えない術とか。俺妬いちゃうんですけど」
「そう言うな。それに……これは危険な術なんだろう。夜明の力と、主の持つ力の波長とが上手く合わなければ発動できず、御霊の強さに引きずられれば、精神がこちらの世界に戻って来られなくなる可能性もある」
「……まあね。だから余計に、見守ることしかできないのが焦ったいんだけど」
「なに、案ずるな。主は、体は丈夫でなくとも、芯の強さは一等優れている。あの背に思いを託し、俺らはここで信じて待つとしよう」
三日月の言葉に、ひそひそと話し合っていた加州と山姥切は、こくりと頷いて口をつぐんだ。
紫咲は、夜明とは特別に強い繋がりがある。物の心を励起させ、その声を聞き取ることのできる紫咲は、物を透かしたり遠くの光景を見たりできる夜明の“目”の力を借り受けながら、僅かな時間だけ、触れている物に宿った魂の、過去の経験や感情を読み取ることができるのだ。
ただし、深く潜れば潜ろうとするほどに、対象への強い思い入れや霊力が必要となる。紫咲一人でも、ある程度は魂の記憶を読み取ることが可能だが、安定して使うためには、発動時に二人一緒にいる事が望ましい。
あまりに魂の記憶や感情が強烈だと、精神の世界で迷ってしまったり、戻って来られなくなったり、最悪術者が精神汚染を受ける危険性もある。二人一緒ならば、片方が巻き込まれてしまっても、片方が術を切って引き戻すことが可能なのだ。
やがて光が収まり、紫咲はふっと肩の力を抜いて、立てていた指を下ろした。頭の後ろで縛られていた目隠しの紐を、ゆっくりと解く。
術の発動中、魂の世界での光景を見るために必要な“霊視力”は、すべて夜明が担っている。夜明と繋がっている間、その力の代償として紫咲は視力を差し出しているため、術中は失明同然の状態だ。目を閉じていれば関係ないのだが、どうせ何も見えないならばと、瞼の裏の視界に集中できるよう、気持ちの切り替えも兼ねて時々こうして目隠しをしているのだった。
一段落ついたと見た加州が、入り口からすぐさま駆け寄ってくる。
「主。大丈夫? 具合は悪くない?」
「うん。平気。心配してくれてありがとうね」
「まったく。夜翰がいるとはいえ、主も無茶をする。ほら、甘い炭酸水だ。巴形が入れてくれた」
「あはは、竹筒に入ってる! 巴ちゃんも粋なことするねぇ。ありがと、まんばちゃん」
竹の水筒に入った、ほのかに植物の香りが漂う炭酸水を、紫咲はストローで喉に流し込む。それを夜翰にも回し飲みできるよう渡してから、紫咲は言った。
「うん。大体、前に透心の術を使った時と同じ感じだったね。今回は、前よりもうちょっと昔のことまで見えた気もするけど、この子もまだボロボロだし、あとは本人の口から聞いた方が早いかな」
「あれ? この笛に尋ねるのは、これが初めてじゃないの?」
「ああ。それはそうなんだけど……実は三日月さんが前帰って来た時に、幾つかモンスターの落とし物を貰ってて、それに触ったことがあってね」
「ほれ。これだ」
三日月が懐から出して掌に乗せたものを、加州と山姥切は覗き見る。装飾品にすれば映えそうな、艶々した透明な鱗がその手に乗っていた。
「きれーなウロコ。これ、あの狩猟笛に宿ってるタマミツネの?」
「ああ。どうやら、顕現した体が消えてしまう前にこの手で拾ったものは、実体を伴って残るようだな」
「ふぅん。俺は見たことないけど、このタマミツネ、きっとすっごい綺麗な奴なんだろうな」
「それはそれは美しかったぞ。月下の中の泡を纏った舞など、お前達にも見せてやりたいほどだ」
三日月の言葉に、山姥切は想像するように遠くを見、加州はほうと溜息をつく。その様子を見た紫咲は、悪戯っぽく微笑んでみせた。
「それじゃ、見せてあげようか」
「え?」
「主は一体、この笛をどうするつもりなんだ?」
山姥切に尋ねられて、紫咲はゆっくりと慎重に、体を使いながらコトノハナクテを立てて持ち上げる。
「ちょっと……試してみたい事がある。よっこいしょと。でも、それを試すにもこの笛の修復が先だから……夜明さん、今日って望寧ちゃんこっちに来る日だっけ?」
「うん。てか、あんたが呼ばなくても、多分もうすぐ来ると思……」
夜明が最後まで言わないうちに、部屋の外からばたばたと元気のいい足音が走ってくる。迷いなくこちらへ向かってきた足音の主は、ここにいる男衆よりは小柄ながらも、筋肉のついた体つきで、溌剌と駆け込んでくる。獣の素材でエキゾチックに装飾したTシャツとパンツというラフな格好から褐色の肌を露出させた彼女は、夜明と年端の変わらぬ顔をぱぁっと幼なげに輝かせながら、嬉しそうに三日月を見やった。
「三日じいじ! 帰って来てたのか! 会いたかったぞ!」
「おお、望寧。久方ぶりだな」
筋肉質な腕を回して飛びつくように思いっきり抱きつかれ、重い重いと言いながらも、三日月は嬉しそうにその体を抱えて抱き締め返す。
過去のモンハン世界で、三日月が世話を焼いていた時からは遥かに成長した姿——今やいっぱしのハンターであり、紫咲や夜明の友人でもある
その様を、呆れたように夜明は見守っている。
「ったく……あんたは、何歳になっても三日月さん相手には甘えん坊なんだね」
「むう。良いだろう、別に。甘えたい相手には好きなだけ甘えれば良いと、紫咲が言って呉れたんだ。それに、紫咲に審神者の代理を引き受けて此処まで来たものの、幼い頃に慕っていた祖父同然の相手と、まさかこんな所で再会出来るとは思わなかった。時空を超えるとは何とも不思議な経験だが、紫咲や夜明と出逢えたのも、此処の皆と出逢えたのも、何かの縁だろう」
三日月宗近が飛んでいたのは、ちょうどまだ望寧が幼かった頃のモンハン世界の時空だった。あまり干渉せぬよう、それ以降の時代には三日月は樺一家と関わりを持たないようにしていたが、望寧は時々家に現れていた御仁の記憶をしっかり覚えていたらしい。
後に夢渡りでモンハン世界へやって来た紫咲と出逢い、親しくなって彼女の術でこの本丸へと誘われ、三日月と再会しその正体を知った時には、大いに驚きながらも喜んでいた。
以降、彼女の故郷である世界とこの本丸とを自由に行き来しながら、紫咲の審神者業にも力を貸してくれているという訳である。
夜明に向かって唇を尖らせていた望寧は、抱きついていた腕を解いて、今度は嬉しそうに紫咲の側へとぴったり引っ付くと、その顔を覗き込んだ。
「それで? 僕を呼んだのは、そのコトノハナクテと何か関係が? 随分と年季が入った狩猟笛のようだが」
「ん。あのね……この笛を、望寧ちゃんに直して欲しいの」
からん、と涼しげに音色を鳴らす狩猟笛と紫咲を、望寧は左右色違いの瞳で驚いたように見比べた。紫咲は静かに続ける。
「私自身はそっちの世界に行くことができないし、よしんば行けたとして、武器の扱いすら覚束ないだろうしね。モンスターを狩るなんてとてもとても。
でも、今望寧ちゃんが住んでるカムラの里には、優秀な鍛冶屋のハモンさんがいる。それに、望寧ちゃんなら修理に必要な素材を狩ってこられる。……タマミツネの笛を直すのに、タマミツネを狩って来いなんて酷なお願いをしてるのはわかってるんだけどぉ! でももし、里の周辺で悪さをして困らせてる子とかがいれば、そのぉ……」
「あはは。気にするな。紫咲は本当にタマミツネが好きなんだな」
紫咲は、狩りに出向く望寧とは視界を共有できる。ひょんなきっかけで、紫咲との視界共有能力を持つ夜明が、世界線を超えて望寧の体に憑依できるようになってしまったからだ。
それゆえ、紫咲は望寧の狩場において、全体を見渡す監督業のような事もやっているのだが、その過程ですっかり紫咲がタマミツネというモンスターに惚れ込んでしまった事を知っている望寧は、からからと太陽のような笑いを浮かべて、紫咲の肩を叩いた。
「僕らとて、無作為にモンスターを殺戮する為に、武器を振るう訳ではないさ。素材集めの為の戦闘や、人間の生活圏確保を目的とした討伐に赴くにも、自然界に生きる彼らへ対する一つの礼儀を忘れぬよう心掛けている。その辺の向き合い方は、僕らに任せると良い。君は君らしく、我儘を貫いてくれ」
力強く請け負ってくれた望寧に、紫咲は一同と顔を見合わせながら、ほっと笑みを浮かべる。そんな望寧に、三日月は言伝を思い出して口を開いた。
「そうだ。矢羽が言っていたぞ。タマミツネは一頭狩るにも骨が折れる、怪我のないよう十分気をつけてくれと」
「そうか、父上が……。ふふ、過去の世界からすらも、僕を案じて見守って呉れているとは。有難い事だな。今頃何処で旅をしているだろう」
まだ年端もいかぬうちに望寧が独り立ちしてからというもの、父の
もちろん、矢羽は「優秀なハンター」の正体がまさか未来の娘だとは夢にも思わずに三日月に言伝を頼んだのであろうが、その効力は十分だ。
父からの言葉に嬉しげな笑みを浮かべる望寧の様子に、三日月や山姥切達も、思わず頬を綻ばせる。
紫咲はそんな望寧に、三日月が矢羽の力を借りて大切に持ち帰って来てくれた笛を、預けたのだった。
***
それから間もなく。
綺麗に直された狐鈴コトノハナクテが、本丸の紫咲の元へと届けられた。
つやつやとした塗料に包まれた柄は、年季の入った芯の素材を入れ替えて作られたようで、白銀の世界に凛と聳え立つ一本の竹のようだった。ところどころ赤みを帯びているのは、元からの毛の素材を使ってくれているからだろう。
微かに青みを帯びた特徴的な形の鈴は、無事だったものを模して新たに鍛えてくれたのか、全て鏡のように磨き上げられ、破損やヒビもなく傘の下にぶら下がっている。紐も丈夫で切れにくいものに付け替えられ、振るとしゃらんと力強い音が鳴り響いた。
得意げにそれを鍛錬場で振り回してみせる望寧に、紫咲がキラキラした顔を向けたのは言うまでもない。背中から柄を回し、舞うように力強い足取りで狩猟笛の一連の動きを見せた望寧と、地面に立てられた笛を見て、即座に駆け寄った紫咲が口を開いた。
「すご〜い! なんて素敵なの! これはハモンさんにもお礼を弾まなくっちゃ……うおお、幾らぐらいするんだろ」
「あはは。何、ハモンさんも喜んでいたよ。ここまで由緒の有りそうな珍しい笛を触ったのは、久しぶりの事だと言ってね。黙々と砥石を動かしていた。顔にこそ出ないが、職人魂に火を点けてしまったらしい」
「そっかぁ……望寧ちゃんもありがとね。大変だったでしょう、タマミツネとやり合うの」
「何、この位軽いものだ。何せ、熱心なガイドが頭の裏でずっと指示を出して呉れていたんでね。此の体への憑依に慣れた夜翰にも、随分と助けられた」
「あ、あはは〜……ごめんね、私ら二人していつも五月蝿くて」
一人の体に、二人も三人も魂が同居しているような状態で狩りに行くのである。望寧からしたら騒々しくて敵わないだろうと思ったが、さして気にもしていないように、からっとした笑みを浮かべて、望寧は紫咲に笛を差し出した。
ちょうどそこへ、屋敷内での雑用を済ませたへし切長谷部が、主の姿を目に留め颯爽と歩いてくる。
「主。それが例の笛ですか?」
「うん。こんなに綺麗にしてもらって……あとは、私の顕現が上手くいくかだなぁ」
「主の実力ですから。既に何頭かのモンスターは、素材から顕現に成功されているのでしょう? たとえ前例のないことだとしても、挑戦されればきっと上手くいきますよ。自信を持ってください」
「うん。ありがと。だいじょぶだと思うけど、長谷部にも一緒に来てもらっていいかな……?」
「ええ、もちろん。喜んで!」
喜び勇んで返事をした長谷部を伴い、紫咲は望寧と別れて、ガルクの背に乗りながら山奥の湖へと向かった。人が乗れる大型犬のような見た目のガルクは、望寧の世界のオトモ達を何頭か借り受けたものだ。
顕現させたモンスター達の飼育に当たり、
その中でさわさわと音を立てる笹薮の中に立ち入り、紫咲はガルク達を待機させて、清らかな湖の岸辺へと笛を背負ったまま歩み寄った。
夏恒例の炎天下の日差しは相変わらずだが、ここでは山を吹き抜ける風と木陰がある分、随分と涼しく感じられる。夏用の袴姿なら、汗ばむ程度でなんとか耐えられるくらいだ。
薄い麻の着物の袖に包んでいた狩猟笛を、跪いた紫咲は湖の中へとぽんと沈めた。忠犬さながらに背後で直立した長谷部が、その姿を見守っている。
底が見えるのではと思うほど、綺麗に澄んだ深い湖の前で、紫咲は一つ息を吸い、簪で上げた黒髪の下で、額に巻いた鉢巻をもう一度締め直してから、ぱんっと柏手を合わせた。
天つ風よ 土よ
我が手元に いざ
旧きを巡り 新しきを賜り
呼び声に応えし魂よ
この紫咲に
審神者の周りを、不思議な風が取り巻いていく。
風が木々を鳴らす音の中、湖に沈んだ笛が気泡を上げ、次第に眩い光を放つのを、目を閉じたまま気配で感じながら、紫咲は透心の術で見た光景を思い出していた。
淡い水の色が血に染まり、深い孤独の中に漂う一匹の竜。
裏切り者と、何度も水中で叫ぶ悲痛な声が、振り下ろされる武器の金属音にかき消される。
それでも彼がその場を動かなかったのは、彼が優しい竜だからだ。
無抵抗で有り続けたのは、人を傷付けたくなかったからだ。
裏切られたという悲しみが存在するのは、人間を信じたから。信じさえしなければ、悲しむことも傷付くことも、初めからありはしないのに。それでも尚、痛みに苛まれ続けるこの竜は——おろかで、とても優しい。
(だから私は、君に手を伸ばしたい。
我儘だと言われても、傲慢だと言われても、どうしても捨て置くなんて出来ない)
その優しさごと抱き締めるように、紫咲は祝詞を呟く。
「……そなたの名は、
慈悲に満つ
其の立つ土と草木が、
玉雫に込めた願いの、千々に光振り撒く汀に……今、甦れ。」
高く、太陽に向かって光を掬うように掲げた諸手を、もう一度胸の前で叩いた途端。
激しい光の奔流が水底から溢れ出して、湖に大きな飛沫が上がった。
自分で言うのも何ですが、「モンスターそのものを連れて来るのではなく、武器や素材から顕現させる」という設定を考えついた時は、自分天才なのではないかと思ったりした←
そうすれば、霊力供給さえ可能ならエサの問題も解決できるし(百竜夜行を食べるマガイマガドを、どうやってマガイマガドとして飼うかというのが最大の課題として横たわっていた←)、外が悪天候の時は顕現を解いておうちにしまっとくこともできます。完璧。
ちなみに、刀剣「男士」の顕現と同じような技術で顕現している…ということは、当然うちの本丸のモンスター達は全員オスということになります。
もしかしたら今後例外はあるかもですが、基本的にはみんなオス。
今作で紫咲は一番審神者らしい仕事をしているような気がしますが、突然中華的魔術みたいなことをやり始めたのは、完全に魔道祖師の影響です←
あれ好きなんだもん。