マルメロ家だいすき日記2022〜2023   作:大野 紫咲

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季節の移ろいと共に、紫咲へ告げられた青雨の気持ち。
それを受け入れた時、青雨の体にとある変化が……?

おっとりいちゃいちゃな、一次創作への橋渡し的エピローグです。


とあるタマミツネの日記《エピローグ》

 早いもので、あれから季節は移り変わり、秋を迎えようとしていた。

 タマミツネを本丸に迎えたい、なんてことを話し始めてからはや四ヶ月。

 折角迎えるのならば、この場所のことも私のこともうんと大好きになってくれればいい、とは思ったけれど、想像以上の愛を注いでくれるようになった彼が、今私の隣で、人の形を取りながら毛繕いに勤しんでいた。

 巨大なタマミツネの姿から人の姿に化けて過ごしていても、もう力の制御はお手のものになったらしく、辺りがびしょびしょになる事もない。気兼ねなくこの本丸の屋敷へ出入り出来るようになり、私の隣にいられるようになった事を、彼は大変喜んでいるらしく、頭上の赤い耳が時々ぴぴっと機嫌良さげに揺れていた。

 

(……いや、普通に髪を梳かしてるだけなのに毛繕いはおかしいか。でもなんか、中身がタマミツネだって思うと毛繕いに見えるんだよなぁ)

「何見てるんだ」

「えっ、あっ、いやっ、何でも! 相変わらず綺麗だなぁって思って」

「そういうあんたは、相変わらず歯の浮くような台詞が得意だな」

「ええ!? そんなに言ってる!?」

 

 セイは物静かで表情は動かないけれど、考えていることは随分とわかりやすい。硬い装甲に覆われた尻尾の下側の、紫色の艶やかな毛が、縁側の床板を掃くようにふぁさっと一回揺れた。ふ、と小さく口元が微笑んで、穏やかな翡翠の目が私を見つめている。秋の落ち葉を思わせる長髪が風に流れて、吹き流しのように舞っている中で微笑む顔はとても優しくて、私は人間の姿の彼にも、うっかり見惚れてしまうのだ。

 

「そんなに妙か?」

「いや妙とかじゃなくて。化ける時って、髪の毛の色とか体とか服装も、自由に変えられるんだね」

「あんた達にバレてしまったら、和泉守(いずみのかみ)の格好をしている意味は別にないからな」

 

 初めて私の目の前に、人の姿で現れた時のセイは、兼さんを模した格好をしていて黒髪だった。一番私の近くにいることが多い刀剣男士をモデルにしたらしい。

 ただ、本丸のみんなへの自己紹介も済んだところだったので、確かにこれ以上兼さんの髪色を真似る必要はなくなった。竜の時の体色に合わせれば赤が似合いなのだろうが、さりとて黒髪も素敵だし、と私が甲乙つけ難さに唸っていると、「ではこれでどうだ」と赤と黒が混じった褐色らしい髪色にしてくれたのだ。

 

「やはり黒の方が良かったか」

「ううん。私この色好き。セイの体の色だもん」

「青の方が好きなんじゃないか? 俺が言うのも何だが、転生してくる前は、青色の竜は何故か随分人間どもの評判が良かったぞ。あくまで魔法で化けた身でしかないとはいえ、見せてやれなくもない」

「青ももちろん好きだよ。でも、私のために無理にあるがままの色を変えなくっていい。セイはセイであるだけで綺麗だから、どんな色でも私きっとうっとりしちゃう」

「……そうか」

 

 ぐるん、と大きな尻尾を巻き付けて、青雨は私の腰とお尻を巨大な尻尾で抱き寄せるようにしながら、大柄な身をさりげなく傍へ寄せてきた。時々、無意識でやってしまうらしい。やっぱり、耳と尻尾は正直だ。

 

「……嘘じゃないよ?」

「お前が嘘が吐けるほど器用な奴だとは思っていない」

 

 あまりに正直な評価に思わず笑い声を上げながら、私は明るめの赤い着物を纏った広い肩口に、頭を寄せる。ほんの少し、磯や潮風の香りがした。

 

「この本丸とか山にある湖って淡水だよね? どうして青雨から海の香りがするんだろ」

「海か。たまに、水路を開いて見物に行く。俺は、潮水の中でも泳げるからな。鯨や海豚の群れも見たことがある」

「えー! すご! いいなぁ」

「俺にとって、水は記憶が溶け込んだ媒体でもある。お前が眠れない晩には、鯨の鳴き声を録ってきて聞かせてやろう」

「そんなことできるの……?」

「お前達の機械でやる“録音”はよくわからんが、俺が水と泡を使ってやるこれも、多分同じことだ」

 

 立てた青雨の指先に、ぷわっと緑色の泡が現れる。くるくるとゆっくり回転しながら、陽の光にきらきら薄い膜を輝かせた泡に、そっと耳を近付けると、ここからは遥か遠いはずの潮騒が確かに聞こえてきた。

 本丸でも景趣のシステムを変えれば、周りを海にできるしいつでも皆に海水浴をさせてあげられるけれど、この音は青雨が自分の目で見てきた、青雨だけの海の音なのだ。きっと。

 

「素敵だね。私がここから動けなくても、青雨の見てる世界を見られるんだ」

「……お前ら人間が遊びに行くほど面白いものは、きっとないぞ?」

「他の人がどう思おうと関係ないよー。私は、セイが好きな景色を一緒に共有できるのが嬉しいの。それに、私が好きな物のこともいっぱい喋っちゃうと思うし」

「別にかまわん」

「迷惑じゃない? だって青雨は、人間のことがあんまり好きじゃないんでしょ」

 

 少し考えるように遠くを見ながら、青雨は翡翠色の目を微かに眇め、ややあって隣にいる私の手を黙って取った。

 

「人間は、確かに愚かだとは思う。だが、それで言えばお前を好いている俺も同じことだ。今の俺は、神でいることは辞めた。ただの妖獣の身で、人間のことを愚かだの何だのと断ずる筋合いもない」

「……」

「……それに、お前達の作り上げたものを、どうしても憎めない。そこに在る生活の音や想いに、近寄ればつい耳を傾けてしまう。まあ、だから俺は神には向いていないのかもしれないがな」

 

 昔もよくそう言われた、と独りごちてから、青雨はふわあと大きな欠伸をした。日向のぽかぽかした日差しを浴びながら、眠そうにぽわぽわと目を細めている。タマミツネの時と同じ艶やかで美しい尻尾の紫の体毛は、水の霊力のおかげで濡れた時の柔らかさを保ちながらも、日に当たって毛布のようなふわふわの触り心地だった。

 それに包まれ、私は思わず微笑みながら髪に手を伸ばした。まだ人の姿に顕現して日が浅く不器用な青雨は、兼さんとは違って、顔の横の長い毛を結んでおらず下ろしっぱなしだ。けれど、教えればきっとすぐに出来るようになるだろう。

 

「青雨は、きっと好奇心旺盛な神様なんだね」

「好奇心……? 俺は、下手をすれば迫害されるから、必要に駆られて人間のことと文化を学んでいただけだ」

「そうかもしれないけど。でも、知ろうとしてくれたでしょ。昔も、この本丸に来てからも。そうじゃないと、私に会いにここまで来てくれないでしょう」

 

 人差し指で、形の整った鼻先をちょんとつつく。すると。

 

「それは……人間への興味とは違う。お前のことが好きだからだ」

 

 唐突にさらりとそう言われて、何も飲んでないのに咽せかけた。

 どうしてそうなった!? と慌てふためく私の前で、表情を変えない青雨は、自分がどれほど重大なことを言ったのかをまるで分かっていないような顔で、きょとりと耳の生えた頭を傾げ、尻尾だけをふさふさ動かしながら私に言った。

 

「お前が好きだ」

「……」

「お前のことが、好きだ。だから、もっと知りたい」

「……」

 

 じっ、と翡翠色の瞳から視線が注がれている。大真面目だ。

 青雨が、素直でいい子なのは知っていた。出逢う前から大好きだった。私だけのタマミツネに、愛してもらえたらどれだけいいかとも思っていた。けれどまさか、こんなにもあっさりと。

 目の前の現実を信じられずに、唖然と固まってしまった私を見て、青雨の尻尾の動きが不安そうに止まった。

 

「……俺の言葉は、これで合っているか?」

「あっ、合ってるよ!? ものすごく合ってる! これ以上なく合ってるけど!」

 

 いけない。折角気持ちを伝えてくれたのに、私が挙動不審すぎて不安にさせてしまった。

 慌ててそう言い返すも、自分の話す言葉に自信が持てなかったらしい青雨は、心配そうに目を眇めて問い返してきた。

 

「俺のような、(ケダモノ)に想いを寄せられるのは嫌か」

「うううううううううんう!?!? そんなことないよ!?」

「『うん』か『ううん』なのか、どっちなんだ」

 

 両手を握り、ずいと顔を寄せながら、青雨が眉を顰める。普段だったら大歓喜だけど、今はそのイケメンすぎる顔をこちらに近付け過ぎないで欲しい。余計パニックになってしまうから。

 必死で言葉を捻り出しながら私は言った。

 

「ええと……えっとえっとNo!」

「……それは、外国語か?」

 

 綺麗な髪を肩に流したまま、緩やかに首を傾げられる。あちこちの水を渡り歩いて物知りの青雨でも、英語は詳しくないらしい。であれば。

 私は両腕で胸の前にばってんを作りながら、こう言った。

 

不是(いいえ)!」

「……ああ、なるほど。それならわかる。嫌ではない、ということだな」

 

 安堵したように穏やかな微笑みが浮かんで、不安気に動きを止めていた尻尾が、またふぁさふぁさと振られ始める。

 出身が中国系の信仰にも由来しているらしい青雨は、日本にも古くから流入してきた中国語が、少しなら理解できるようだ。

 僅かの間にめまぐるしく変わった表情に驚きながらも、私は大柄な体にぎゅっと抱きついて頭を撫でた。

 

「嫌なわけないでしょう。だから、そんな不安そうな顔しなくて大丈夫。私も、青雨が隣にいたら嬉しい。ありがとう。大好きだよ」

「そうか。それならいい」

「ふふ」

「……」

「どうかした?」

「いや……人間の番は、何をすれば番らしく見えるのかを考えていた。今度夜翰に聞いてみるとしよう」

「そこまでしなくっていいよ!?」

 

 再び遠くへ視線を戻して、ぼんやりと何かを考えている真面目さに、思わずずっこけそうになった。青雨は、近付いてみると意外とゆるんとした穏やかな神様で、たまに何を考えているのかわからないだけに、前途多難そうだ。でも、そこが面白いところだとも思う。

 

「う〜ん……じゃあさ。いつもは私が青雨に寄り掛かってばっかりだから、今度はセイが私の膝に横になって」

「???」

「ここに頭を乗せるの。人間の姿だったら、少し楽でしょ」

 

 モンスターの姿でもいくらでもやってあげるけど、と笑いながら私が膝を叩くと、青雨は縁側に横になって、ごろりと赤髪の頭を乗せた。こちら側を向いた頭を、髪を漉くようにして撫でていると、青雨はリラックスしたように目を細め始めた。

 

「これも人間の番がやるのか」

「まあ番だけとは限らないけどね。どこか撫でて欲しい場所ある?」

「みみの……つけね……」

「はいはい」

 

 もう半分くらいうとうとしているので、可笑しくなりながら私はつるりとした葉っぱのような耳の付け根や後ろ側を、マッサージするように指先で解しながら、もう片方の手で青雨の前髪を撫でた。すると……

 

(……あれ。あれれ?)

 

 ふと変わった手触りに違和感を覚えてから、私は目を見開いた。タマミツネの顔に付いているのと同じようなヒレ型の耳は、いつのまにか真っ赤な毛に覆われたふさふさの犬のような耳に変わっていた。紫毛だった尻尾も、鱗に覆われた部分がなくなって、真っ赤な襟巻きみたいな狐の尾に変わっている。これじゃ本格的に、狐が人間に化けたみたいだ。青雨なんだけど、一部の外見が全然違ってしまっている。

 魔法のような現象にぽかんとしていると、覚えのある声が聞こえた。

 

「おや。前世の姿を取り戻したんじゃなぁ」

 

 すとっ、とどこからともなく音を立てずに庭に降り立ったのは、本丸のこんのすけ……ではなく、狐神の伽々未さんだった。すやすやと寝息を立てる青雨を起こさぬよう、とことこ縁側に近付いてきた伽々未さんに、私も小声で話しかけた。

 

「伽々未さん、セイの知り合いなの?」

「ちぃとばかし、昔に因縁があっての。彼をタマミツネを通してこの世界まで転生させたのは儂じゃよ」

「まあ、ヨルくん達の時も同じパターンだったから、もしかしてと思ったけど……」

 

 次から次へと行き場のない子をうちに連れて来て、私は迷子相談所か何かか。

 楽しいから別にいいけども、と呆れながら笑っていると、伽々未さんは小狐姿のまま、ひくひくと鼻を青雨に近付けて匂いを確かめながら言った。

 

「前世のそやつは竜神じゃが、化け術を教えたのは儂じゃからな。人に化けると狐の耳と尾が生えるんじゃ」

「なるほど……?」

「心を開く相手に出逢い、“物語”が定着すれば、転生してきた存在はおまんの前に本当の姿を現す。この短期間で、よくぞ良い主となり得たな。紫咲よ」

 

 褒めてもらえたけど、全然ピンとこない。というか、私は可愛い子が次々我が家と本丸にやって来てくれるおかげで、得しかしていないような気がする。

 

「まだ全っ然わかんない事だらけだけどね!?」

「まあまあ、それはおいおい知っていけばよい。何せ……勝手な願いですまんが、そやつは儂にとってもとりわけ気に掛かるというか、心配のタネじゃ。おまんが側にいれば、それだけで安心じゃよ。青雨を頼んだぞ」

 

 そう言って、いつも細めている目を微かに開け、金色の瞳を覗かせた伽々未さんの表情に、こころなしかハッとなった。

 上手く言えないけれど、いつものらりくらりとした伽々未さんの、こんな表情は初めて見たのだ。どこか切ないような、懇願するような。それは青雨のこれからの……いや、彼にとっては「これまでに」経験してきた出来事と、何か関係があるのだろうか。

 私は掌で守るように青雨の頭を撫でながら、こくりと頷いた。

 

「わかりました」

「よい返事じゃ。あ、ちなみにそやつは、狐の術と融合しておるが、スキンシップのツボは犬に近いでの。撫でられて喜ぶ場所は大体犬と一緒じゃ。参考にするとよい」

「貴重な情報どうも!?」

 

 大事なのかどうなのか全くわからない事を言い残して、伽々未さんは空の上へと去って行った。三日月おじいちゃんもだが、この方も大概食えない神様だと思う。

 騒いでいた気配を察したのか、柔らかそうな毛に覆われた青雨の耳が時折ぴくぴく動いたが、彼はまだ微睡の海を彷徨ったまま、私の側に大柄な体をくっつけるように丸めて、ぽそりと寝言を言った。

 

「……悪くない」

 

 安らかなその顔があまりに幸せそうで、今はとりあえずこのままでいっかと微笑みながら、私は穏やかな陽射しの中、与えられた情報を参考に、耳周りやおでこを撫でながら、青雨と平穏な時間を過ごしたのだった。




というわけで、独自設定色々込みのごちゃまぜタマミツネシリーズinマルメロ家本丸をお楽しみいただきまして、どうもありがとうございました!
一旦ここで終了ですが、竜神としての姿を取り戻した青雨くんは、主に今後もこの姿として、もしくはタマミツネの姿として本丸二次創作シリーズに登場すると思いますので、お楽しみにです。
他の男士達と青雨のほのぼの絡む話とか、これでやっと書けるようになるわ←

ちなみに狐はイヌ科ですが、通常は犬のように尻尾で感情を表すことはしないそうです←
でもうちの神様たちは、割と耳と尻尾に現れる感情が顕著ですね。だってその方が可愛いじゃない?←

青雨の仲間たちと前世のお話は、湧き次第また書いていけたらなぁと思っています。
そちらは一次創作の予定なので、単体で入ってもらっても楽しめる作品にするつもりですが、こちらの二次創作と繋げて考えて頂くと、より面白いかもしれませんね。
設定だけは既に色々湧いてはいるので、並列してマルメロ家の子達やオメガバース世界の子達との、日常系絡みも書いていく予定です←
これからも青雨とみんなの活躍を楽しみにお待ちくださいませm(_ _)m
ちょっとあの、和風中華風ファンタジーあんま書いた事ないのでどうなるかわからないんだけど、がんばる←
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