マルメロ家だいすき日記2022〜2023   作:大野 紫咲

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どうしよう!今までタマミツネのヒレのこと、タマミツネの耳だと思って書いてた!!!!!
という作者のミスに、「じゃあ『耳だと思ってたけど耳じゃなかった』SSを爆誕させよう」というアイディアを頂いて書いた作品です。
(ここに至るまでの詳しい話は、本シリーズの『タマミツネ・青雨が本丸にやって来るまでのお話』をご覧ください)
※今話はタマミツネの擬人化が出ます

薬研藤四郎から、主に借りていたイヤホンを代わりに返して欲しいと頼まれた青雨。
あまり使った事がなかったそれを、面白がって自分の耳に嵌めてみますが、何故か音は聞こえず……

Pixiv→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20996996


そこは耳じゃない

 タマミツネの青雨(せいう)ことセイが、夜恵城本丸にやって来て間もない頃のこと。

 既に転生前の姿と記憶を取り戻し、人型の時も自由に狐耳の姿とタマミツネの擬人化とを行き来できるようになった青雨だが、その日はたまたま、タマミツネの擬人化姿で本丸の中をうろついていた。丁度、モンスターとしてのタマミツネの姿で、他の刀との手合わせを手伝ってきたばかりだったからだ。

 モンスターから人の形に戻っても、傷跡は残る。この方が手入れをするにも面積が小さくなるし、薬研も楽だろうと思いながら、青雨は本丸の廊下を歩いた。

 薬房に寄ると、白衣で薬草を調合中だった薬研(やげん)藤四郎(とうしろう)は、案の定呆れたような笑い顔で、自分より倍以上背の高い青雨の頭を、背伸びして撫でた。

 

「やれやれ。自分から治しに来てくれるようになったのは有難いが、俺っちもモンスターの体の事まで、全部わかるとは限らねえぜ」

「人の形なら、皮膚や臓器の構成にそれほど差異はないだろう。お前が治療に困るような怪我はしていないつもりだ」

「はいはい、上手に転んだな」

 

 傷跡から、しれっと青雨の受け身の取り方を褒めてくれた薬研は、いつも通り擦り傷に塗り薬を施す。いつもこの薬房は芳しい草の香りで鼻がむずむずするが、この場所にいる時間も青雨は割に好んでいた。

 大人しく上り框に座っていた、派手目の赤い耳を生やした大男を、歳下の弟にやるように笑って撫でてから、見送ろうとした薬研藤四郎は、ふと机の上のものを取り上げた。

 

「そーだ。悪いけど、もし大将に会ったらこれを返しておいてもらえないか」

「?」

「イヤホンだよ。こっち側を機械に繋ぎ、こっち側を耳につけて音を聴くためのもんだ。俺っちのを今度買い換えようと思ってたんだが、音楽好きの大将が、これを音質いいって気に入ってたからさ。ちょっと試しに借りてたんだよ」

 

 大将とは、主の紫咲(ムラサキ)のことだ。何種類かイヤホンを持っている紫咲から、そのうち一本を借りていたらしい。

 参考になった、と笑う薬研の掌から、コードのついたそれを受け取った青雨は、しげしげと眺める。

 

「まあ、あんたはその自慢の耳がありゃ必要ねえか」

 

 そう言った薬研の元を辞し、廊下を歩いて男士達の歓談用の座敷部屋へ戻った青雨は、いつもおやつや蜜柑が潤沢に置いてある座卓の前へ座ると、小さなイヤホンをちょんとそこへ置いて、両手と上半身を乗り出すように机に張り付き眺めていた。

 いつも、主のスマートフォンから音楽を聴く時は、そのままスピーカーで流して聴いているか、主に触れて水の波動を通すことで聴いている。元来、水に由来する神であった青雨は、紫咲に触れさえすれば、血液の流れや汗を通して、彼女の耳にしていることや考えていることは察知できた。

 

(確かに、俺には必要のないものだが)

 

 だが、青雨は元々、物静かに見えてかなり好奇心旺盛な性格なのである。

 丁度そこに置いてあった紫咲のスマートフォンを借り、見様見真似でイヤホンジャックを繋ぐと、二股に分かれた側を片手で持ち上げた。

 

(これを、耳につけるんだと言っていたな)

 

 こんなに小さいもので音が聞こえるのだろうか、と半信半疑になりながらも、頭上でゆらんと揺れる、紅葉のような耳の根元に、それぞれイヤホンの先端を埋め込む。

 教えてもらったパスワードで画面を開き、アプリを開くところまでは、紫咲がやっているのをよく見ていたので覚えていた。

 然るべき手順で「▶︎」の再生ボタンを押すところまではできた。……はずなのだが、一向に音が流れて来ない。

 首を傾げながら、試しに別のアプリや、動画のサイトに変えてみても同じことである。

 

(やはり、モンスターの耳では拾えない電波か何かが、使われているのか)

 

 しかし、人間に拾えてモンスターに聞こえない音など、聞いたことがない。いや、聞こえない音なら知らなくて当然ではあるが、そんなことがあり得るのだろうか。

 人間の文明の不思議に、青雨が大柄な体を揺らしながらひたすら頭を傾けていると、そこへ一振の刀がやって来た。

 

「おい。何やってんだ、こんなとこで」

 

 刀にもモンスターにも、何かと面倒見がいいことで定評がある和泉守(いずみのかみ)兼定(かねさだ)である。

 最初こそ、主の近くにべったりの青雨と、照れがあってなかなか主の側に寄れない自分を比べてやきもきしていたものの、最近では何かと世間知らずな青雨に対する世話焼き心の方が優ってしまったらしい。

 理解不能な青雨の行動を見て、たまらず声を掛けてきたようだった。

 

「和泉守か。これは、いやほん、と言うらしいんだが知っているか」

「そりゃあ、そのくらいは俺も知ってるぜ」

「音を出すぼたんは、これで合ってるのか」

「ん? 音が出ねえのか?」

 

 こくり、と頷いた青雨が、タマミツネ特有の鱗に覆われた紫色のブラシのような尾を動かすと、和泉守はスマホを触りながら首を傾げた。

 

「んー……ミュートスイッチも入ってねえみたいだし、本体が断線してるとかじゃなけりゃ、普通に聞こえるはずなんだが」

 

 生まれは刀とはいえ、顕現して以降長く現代の機器や言語に触れる生活をしていたので、物覚えの早さも手伝って、流石の和泉守も機械にはそこそこ詳しい。

 ふと、青雨の頭上から音漏れの気配を感じ、おそるおそるそれを摘んで自分の耳に当てた和泉守は、次の瞬間、イヤホンを放り投げそうになりながら盛大に声を上げていた。

 

「——って、爆音で聞こえてんじゃねーか!!!」

「?」

 

 普段はあまり動かない表情の中で、青雨が微かに眉を寄せた事に和泉守は驚いたようだったが、青雨はそれにも構わず、何かぶつぶつとイヤホンを摘みながら呟いていた。

 

「やはり、モンスターには聞こえないということか……それとも、俺の神としての徳に問題があるから……」

「待て待て、お前には聞こえねーのか?」

「わからない……」

 

 モンスターに聞こえず人間に聞こえる音、という青雨の仮説に、和泉守はやはり首を傾げてしまう。特殊電波ならともかく、普段はイヤホンを介さずスピーカーを使えば聴こえるという同じ音楽で、そんなことが起こり得るだろうか。青雨の耳に問題があるのだとしても、今こうして普通に会話できていることの説明がつかない。

 首を捻る人数が一振と一匹に増えてしまったそこに、書類を抱え颯爽と廊下を歩いてきた影が、呆れたように声を掛けてきた。

 

「……何をしてるんだい、君たち」

 

 外から差す陽の光で透き通っているかのような銀髪。内側が青い布のマントを翻して、山姥切(やまんばぎり)長義(ちょうぎ)が仕事部屋から出てきたところらしかった。

 本丸の仲間と交流がない訳ではないが、政府関連の仕事をしている事もあって、内勤が多くしょっちゅう籠り切りになっている。ぶつぶつ文句を言いながらも励んでくれているので、彼は彼で主や本丸に思い入れを持って接してくれているらしい。

 その役職を思い出し、和泉守はおもむろに尋ねた。

 

「長義、お前モンスターのことに詳しかったよな?」

「ああ。政府への報告には、詳しく生態資料を纏めて添付しなくちゃならないからね。それが何か?」

「タマミツネの耳って、イヤホンの音だと聞き取れないとか、そういうことあるか?」

「はあ? そんな訳ないだろう。彼らの聴力は、触覚での振動察知然り、野生動物としての聴覚しかり、俺らよりも遥かに上だ。というか……」

 

 書類を片腕に持ち替えた長義は、救いようがないと言わんばかりの溜息を吐きながら、黒手袋の片手で思いっきり額を押さえた。

 

「……君、そこは耳じゃないんだが」

「へ?」

「タマミツネの頭部に付いているのは“ヒレ”だ。錦ヒレと呼ばれる、興奮状態や疲労によって色が変わる部位だよ。オスの個体だけが持っている特徴だと言われていて、メスに関しては俺も知らないが……とにかく、耳じゃない。それは確かだ」

 

 代わりに間抜けな声を上げてしまった和泉守の隣で、青雨は頭上を見上げながら、ひらんと耳——否、ヒレを揺らしながら、呆然と呟いた。

 

「これ、耳じゃなかったのか……」

「どうしてそうなる!? 大体何でモンスターの君じゃなく、刀の俺が君の体のことを教えてやっているのかな!? 自分の体のことだろう!?」

「いや、その……このヒレでも泡の振動は察知できていたから、てっきり耳なのかと……前世はタマミツネの体ではなかったし」

「……はあ。それもそうか。君はそういう特殊な個体だったね。まったく主も、次から次へと面倒を抱えてくる」

 

 そう口では言いながらも、どこか楽しそうに笑みを浮かべる長義の横で、和泉守はそろそろと青雨の頭のヒレからイヤホンを外した。

 

「ってことは、こっちの耳なら……」

 

 人間の方の耳に、音量調節した両方のイヤホンをすぽっと入れると、目を見開いた青雨のヒレが再びふわっと動いた。耳ではないが、感情に合わせて動く性能はあるようだ。

 

「きこえる」

「やれやれ。よかったな」

「まったく、人騒がせな」

 

 ふぁさふぁさと尻尾を揺らしている青雨のあまりの天然ぶりに、和泉守は隠しようもなく大笑いしており、長義はそれに釣られまいとしながらも唇の端が堪えきれず動いている。

 そこへ、丁度トイレに行っていて席を外していた紫咲が戻ってきた。

 

「あれ。こりゃまた珍しいメンバーが揃ってるね。随分楽しそうだけど、何話してたの? みんなで私のスマホなんか覗き込んで〜」

 

 既に面白そうな気配を察して笑い出しそうになっている紫咲に、和泉守達は何と説明したものかと、頭を抱えたのだった。




何気に我が家の長義くんが初登場ですが、まさかこんな話で出て来る事になるとは思わなかった←
読んでお察しになるかもしれませんが、我が家の長義くんはかなり面白い性格かつ苦労人ポジションです←
薬研くんが何気に青雨をめっちゃ可愛がってくれてるのも可愛い〜……。面倒見がいい子にとって青雨は放っておけないんだろうな、ふわふわしてて←

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