※独自設定色々あり
※女審神者(紫咲)がいます。よく喋ります
※修行後の本丸台詞などの記載があります。ネタバレ注意
※既に付き合っている兼さにですが、二次・オリ含め主に伴侶が複数いるハーレム設定
※解釈違いはUターン推奨です
本丸での植物世話係を担当していた和泉守は、育てていたポインセチアを主に贈る事に。
その途中、加州達との会話をきっかけにして、和泉守は修行に向けた心境を語り出す。
病弱な主の事を案じつつも、今、本当に行くべきなのかと迷っていた背中を押され、和泉守は主に決意を伝えて、修行に赴くのだった。
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2023年の年の瀬も迫ったある日。
雪化粧に彩られた庭で、椿の手入れをしていた和泉守兼定は、どんよりとした雪雲の空に顔を上げた。光の少ない灰色と白の景色の中でも、墨を塗ったような黒い髪が、背中から流れてよく映えている。
根元の乾燥を防ぐ為に、庭の落ち葉を竹箒で集めて椿の木の下へ掃き寄せていく音が、じゃっじゃっと寒空の下に響く。
和泉守は、霜で少し赤くなった指先に息を吐きかけながら、木から花ごと落ちた椿を拾い上げて、くるりと回しかけた。
(あとの仕事は、っと……)
振り返った先の縁側に、ポインセチアの鉢植えがある。午前中までは晴れていたので、他の植物と一緒に肥料をやる際、日光浴の代わりになればと外に出しておいたが、本来ポインセチアは熱帯の植物で寒さには弱い。
温度の高い室内へ戻すべく、和泉守は鉢と水受け皿を両手で抱えながら、何往復か廊下を歩いた。
(まったく、何でオレがこんな事してるんだか)
思わず苦笑が漏れる。
花の世話は、最初は相棒の堀川国広に付き合わされて、渋々手伝っていた事だった。
そのうちに、京極政宗や実休光忠、花の世話や植物を愛好する刀がだんだんとこの本丸にやって来て、率先して世話に精を出すようになると、本丸に生息する植物は日本の固有種か否かを問わず増え続け、今では季節ごとにあちこちで、色とりどりの花や緑を楽しめるようになっていた。
これだけ人手ならぬ刀手が増えれば、特段和泉守が花の世話係に回る必要もない。
漸く面倒から解放されるとばかりに、そこで止めてしまえば良かったのだが、止めようにも何となく止められない理由が出来てしまった。この本丸の主の存在だ。
(この葉っぱ、まあまあ色づきがいいな。後で主の部屋に持ってくか)
障子の内側に並べて置いた鉢の下から、何枚かの葉を大きな手で掻き分けて、和泉守が吟味する。
ポインセチアは、葉の色づき一つ取っても、まあまあ拘りが必要だ。日照時間が短い冬になると一部が赤く色付き始めるのだが、逆に日当たりが悪すぎても葉が茶色くなって枯れてしまう。
寒い所が苦手だが、さりとて暖房の直風には弱く、水をやり過ぎると根腐れし易い。
お陰で、置き場所一つ探すにも一苦労だと思いながらも、個性豊かで手の掛かる花を育てる度、どうにもそれが主の姿に重なるような気がして、和泉守は思わず唇に笑みを浮かべた。
「兼さんじゃん。何やってんのー、そんなとこで」
丁度そこへ、廊下を歩いてきた加州清光が、愛用のマフラーを首元に巻きながら軽く手を上げた。その隣には、煎餅の袋を抱えた大和守安定の姿もある。どうやら、これからおやつの時間にでもするようだ。
「おお、お前らか。丁度良かった。向こうの部屋、もし空いてるんだったら鉢植え何個か置かせてくんねーか? ここだと寒くてよ。ちょっとでも誰か居る時間が長い部屋の方が、暖かいだろうし」
「ええー? 別にいいけどー。兼さんもマメだよねぇ」
「わっ。葉っぱがとんがってる。かわいー。これ、何て言う名前?」
「ポインセチアだとよ。誰が持って来て種蒔いたのか知らねーけど、クリスマスに飾る植物なんだとさ」
先の尖った艶の良い葉っぱを指先で触れて遊んでいた大和守に、和泉守が説明する。
二振に手伝ってもらいながら、南向きで障子戸のある日当たりがいい座敷部屋に鉢を移動させた和泉守は、ついでに二振と共に炬燵に入って暖を取る事にした。
「うー、寒かったぁ」
「お疲れー。はい、これ蜜柑剥いたよ」
「おう、ありがとな」
綺麗にマニキュアの塗られた指先で、次々に炬燵の上の蜜柑を剥いていく加州の掌から、和泉守はそれを受け取って一つ頬張った。外仕事で疲れた体に、柑橘類の酸味と甘みが染み渡る。
煎餅の袋を開けて大皿に並べていた大和守は、同じく加州の剥いてくれた蜜柑を食べながら、炬燵布団を肩まで引っ張り上げ、部屋の隅に鎮座したポインセチアを眺めた。
「でも、何だかロマンチックだよね。クリスマスの色に染まる植物なんて」
「いそいそと世話なんかしちゃって〜。これもまた主に贈る気?」
「なっ……“また”って何だ、またって! 自室に植物の一つもねえようじゃ、目が寂しいだろ! 主はあんまり部屋から出られねえんだし、本丸の奴らが花だの何だの持ってくのはもう習慣みてえなもんじゃねえか」
「はいはい、そういう事にしときましょ」
にやにやと言った加州は、わかっているというような風で、赤らんだ和泉守をあしらっている。この、普段から頼り甲斐はありながら、色恋沙汰にはあまりにも分かりやすく初心な同胞を揶揄うのが、楽しくて仕方ないらしい。
同じようににやりとしながらも、大和守は嬉しげに言った。
「主、喜んでくれるといいね」
「だな」
そう頷きながらも、どこか真剣な顔つきで何かを考えていた和泉守は、ストーブの炊かれた平穏な部屋で、時計がカチコチと音を立てるのを聞きながら、ふと口を開いた。
「なー、あのさ……お前らに、ちょっと聞いてみたい事があんだけど」
「「ん?」」
煎餅を咥えながら炬燵の上にファッション雑誌を広げていた加州と、既に炬燵の下で寝る体勢に入っていた大和守が、興味深そうに顔を上げる。一体何事かと見守る二振に、和泉守は軽く咳払いをしてから、神妙なまま言った。
「その……クリスマスプレゼントを贈り合う習慣って、あるだろ」
「ああ、うん。今の日本じゃ、宗教関係なくやるもんね、クリスマスのお祝い」
「短刀の子達も、プレゼント交換やるって言ってたっけ」
「それがどうかした?」
「何つーか、そのさ……主へのプレゼントがオレっていうのは、変な話だろうか」
思い切ってそう言った瞬間。加州と大和守が、ぽかんと口を開けた。
「「……」」
「……おい?」
「兼さん、それってまさかさぁ……」
「幾ら何でも大胆過ぎるんじゃないかと思うけど」
「あ!? ちょっと待てお前ら何か勘違いしてねえか!?」
「今の言葉のどこに勘違いするような要素があったって言うのさ」
「主相手の夜這いなら、流石にもうちょっと心の準備させてあげた方がいいと思うよ?」
「だからそうじゃねーって!!!」
必死になって否定しながら、和泉守は慌てて二振に説明しようと思わず机を叩く。
「そういうんじゃなくて、修行の話だっつの! 時空の差異を考えれば、こっちを21日に立てば、25日の朝には本丸に戻れるはずだろ?」
「ああ……なんだあ、そういう事かあ」
「それならそうと最初から言ってよねー。びっくりしたじゃん」
「いや、お前らが勝手に勘違いしたんだろ……」
呆れたように、赤くなった頬でごほんと咳払いをし調子を整える和泉守に向かって、加州が爪に新たなネイルを筆で重ねながら言う。
「つまり兼さんは、主に修行で極めてきた自分自身をプレゼントしてあげたいって訳ね」
「そ。前々から修行の話は出てたしな。オレも主も慌てちゃいないが、あとはタイミングさえ揃えばってところだ。けどなぁ……」
「何、出し渋らなきゃならない理由でもあるの?」
「兼さん、とっくに修行に必要な経験値は満たしてたよね?」
興味本位でそう尋ねてきた加州と大和守に、和泉守は溜息を吐いた。
「そういう訳じゃねーが……ここ一つ、これでいいのか迷っちまって」
「いいんじゃない? クリスマスなんて特別だし、一年に一度なんだから、タイミングとしては最高だと思うけど」
「そこなんだよ。主にとって“特別”なオレの修行を、クリスマスとか誕生日とかそういう日に使っちまっていいと思うか?」
「……それは、相当主に愛されてる自覚がある奴じゃないと出て来ない発想だと思うけどね??? このこの、羨ましい奴め」
多少妬ましそうに、だが楽しそうに言いながら加州が肘で突くと、和泉守は己の発言の含むところに気付いたように一瞬慌てたが、それを咳払いで何とか打ち消した。
「ま、まあ……お前らだって主には大事にされてるだろ。それはともかくとして、主が今年、気合い入れてオレを育ててくれたってのはわかってんだ。けど、まだ不十分だって感じる部分も正直ある。このまんま極めて次の段階に行ってもいいのか、山姥切達に追いつけるよう、今はまだ先延ばしにしておくべきなのか……」
「うーん……でも、正直そういうのって、理由を付ければ幾らでも先延ばしできちゃうものでしょ? 兼さんと主さんが今だって思うなら、思い切って行っちゃった方がいいと思うけどな」
ふと障子の外から声がして、和泉守は飛び上がりそうな程驚いた。脇差の相棒こと堀川国広が、詫びるように苦笑を浮かべながら廊下の外に立っている。
「ごめん。洗濯物を干しに行った帰りに通りがかったら、聞こえちゃって。最近、兼さん何か悩んでるみたいだったし」
「国広! ったく、驚かしやがって……」
「あ、堀川も入って入ってー。兼さんの恋バナは聞きたいでしょ?」
「うんうん。もちろん。相棒として興味はあるかな」
「ったく、しょうがねえ奴らだなー、お前ら……」
そう言いながらも、堀川の為に炬燵の席を譲ってやる和泉守である。満席になった炬燵で温まりながら、堀川は肩先まで炬燵布団を引っ張り上げた。
「じゃあ兼さんは、クリスマス以外に何か特別な日の候補って思いついてるの?」
「そりゃ、主の誕生日とか……主が見たがってた舞台の公演日に合わせてとか」
「まだ半年以上先じゃん。気が長い話だなー。それまで主の事待たせられる訳?」
半分呆れたように言う加州の隣で、堀川は蜜柑を貰いながら微笑んでいる。
「ねえ、兼さん。兼さんはさ、この本丸にいても鍛えられる事は多いからって、修行や極の旅に向けて焦った感じはなかったし、僕らにも慌てる事はないってよく励ましてくれたけど、最近になって結構、修行の事本気で考えてるように見えたんだ。それはどうして? 何かきっかけとかあるの?」
「う……やっぱ鋭いなぁ、国広は」
根負けしたように手を広げてから、和泉守は肩を竦める。その答えを、三人は待った。掛け時計が振り子の音を立てる中で、和泉守はぽつりと言う。
「まあ……。恐らくオレの杞憂でしかねえんだが、主の事が心配でな」
「主さんが?」
「確かに、主は体が頑丈じゃないから、僕らからすればいつでも心配だけどね」
「ああ。……こんな事言うと縁起でもねえと思われるだろうから、よそじゃ滅多に漏らした事も相談した事もねえんだが、あいつ、たまに死にそうに見えねえか?」
密やかに打ち明けた和泉守に対し、堀川は驚いたように目を見開き、大和守は思わず小さく笑いを零した。
「いくら何でも考え過ぎだよー。そりゃ、主が日頃ちょっとした不調でも辛そうっていうのは、十分わかるけど。でも、今すぐ死ぬような病気とか、そういうのとは違うでしょ。それが、僕らにとっては救いでもある訳だし」
「……あー。でも、俺にはちょっとわかるかも。それ」
意外な感想を口にしたのは、加州清光だった。驚いたようにこちらを見る和泉守と大和守の前で、加州は布団に口ごと埋まりながらもそもそと喋る。
「ここ最近、見てて思ったんだけどさ。主って、自分が辛い事をあまり辛いって言わないじゃん。自分がどう思ったとかどうなりたいじゃなくて、他人の反応を受け取って、それに合わせて『ああ、じゃあ自分が足りなかったんだ』って思いながら、それまでの努力も全部認めずに頑張っちゃうような人なんだよ、主って」
「加州……」
思わず呟いた和泉守に向かって、加州は続けた。
「隠れてるけどすっごい頑張り屋で。でも泣き虫なんだ、あの人。いつも皆の前じゃ見栄張ってるけど、本当は兼さんみたいに不器用でさ。正直、見てらんなかったよ、そういう時は。俺、主が頑張ってる姿は好きだけど、危なっかしくて。あんなにボロボロになるまで体当たりしてんのに、誰の目にも大丈夫ですって風に映りながら、いつか本当にふらっと死んじゃったらどうするんだろうって、気が気じゃなかった」
「加州、お前……結構、主の事よく見てんだな」
「俺だって伊達にはじまりの五振を務めてる訳じゃないですぅー! 顕現するのは俺が五振の中じゃ一番遅かったけど、その分誰よりも主の事見てんだから!」
かなり大袈裟に心配していた者は、心配していた者同士で共感できる事があったらしい。盛り上がる和泉守と加州を見て、堀川と大和守は顔を見合わせる。
「そっかー……加州さんには、そんな風に見えてたんだね」
「じゃあ、尚更主の為に修行に行ってあげた方が良くない?」
「まあそうなんだが……あくまでこれはオレらの想像だし、主が死ぬのが心配だから早くオレの晴れ姿を見せてやりてえなんて、正直あまりにも礼を失したエゴでしかないだろ。大体、修行ってのは自分を鍛える為に行くもんで……」
「あーーっ、ごちゃごちゃうるさーーい!!!」
ついに叫び出した加州に向けて、一同が驚いた目を向ける。拳を突き上げて布団を蹴飛ばしながら、加州が立ち上がって和泉守をズバリと指差した。
「山姥切も言ってたけど、修行ってのは、“主を支える為に”自分を鍛えて強くなりに行くもんなの! つまり主の為になるんだったら理由は何でもいいの! 以上! QED!」
「い、いや、でもだな……」
「でもも何もあるか! 兼さんは、一ミリでも主が死にそうで心配って思った事あるんでしょ! だったら本当に後悔する前に、叶えてあげなよ! 例え誰に笑われたとしても大袈裟だって言われても、主を想って今の兼さんを目いっぱい見せてあげる事! それが、刀の俺らに唯一出来る事でしょ!?」
思わず声を荒げた加州の赤い瞳が、涙で微かに潤んでいるように見えて、和泉守は瞠目する。それに合わせるように、顔を見合わせていた堀川と大和守は次々と頷いた。
「うん。兼さんが出し惜しみする事なんてないよ! 今まで、こんなに頑張ってきたんだからさ!」
「クリスマスなんかでいいのかって言ってたけど、特別な日なんて、モノと同じで思い入れを持てば幾らでも作れるでしょ。今年のクリスマスは、今しか巡って来ないんだから。どんなに世界で共通のお祝いだったとしても、兼さんが祝ってあげれば、兼さんと主だけのクリスマスだよ」
「……! お前ら、ありがとな……! よし、そうと決まれば早速今から話つけに行ってくる!」
手近にあったポインセチアから程よい大きさの鉢を見繕うと、和泉守は内番着から着替えるのも慌ただしく、肩の羽織を翻して颯爽と廊下を去っていたのだった。
あまりの行動力に、加州達はぽかんと口を開ける。
「……もしかして、この足で主の部屋まで向かう気?」
「まったく、悩んでる時間は長いくせに、一度決めちゃうと早いっていうか……」
「兼さんらしくていいですよね、まっすぐで」
思わず笑い合いながら、三人は炬燵の中で肩を寄せたのだった。
*****
「主! ちょっと話があるんだが、今空いてるか?」
「はいはい、どうぞー」
私室でパソコンに向かい合い、次に出展するイベントの準備をするべく、ガタガタキーボードを鳴らしていたこの本丸の主・紫咲は、障子を叩く音と馴染み深い声に、返事をしながら振り返った。
くるりと椅子から体を回転させれば、鮮やかな赤と緑の鉢植えを持った和泉守の姿がそこにある。
それだけでも十分に驚いたが、見栄えの良いポインセチアを主が褒めようとしたその矢先に、和泉守の方が息を吸い込んで口を開いた。
「主。今年のクリスマスは、オレをあんたに贈らせてくれ」
「……」
あまりに急いでやって来たのか、珍しく肩を揺らして軽く息まで切らしてしまっている和泉守の前で、長い沈黙が発生する。
椅子から立ち上がった、足元まである温かい冬用ワンピース姿のまま、口を開けていた主がだんだんと宇宙猫顔になるのがわかり、和泉守は衝動的に口をついた己の言葉選びを振り返ってから、頭を抱えた。
「……(^ΦωΦ^)?????」
「……スマン。オレの言い方が悪かった。もっかい仕切り直すから」
「あ、いやいやいや大丈夫! ごめん、突然でちょっとびっくりしただけ! あれだよね、修行の話だよね!?」
幸いにして、以前にも修行をいつするかという話をした事がある主の理解が追いつくのは早かったらしく、そう言いながら机を離れて、座敷の上に和泉守と共に座る。
少しほっとして息を吐きながら、和泉守はこの部屋にもやはり常備してある炬燵の前に正座で座りながら、頭を下げた。
「突然でホント悪いんだが、あんたも最近の体調ならギリもちそうだし、25日の朝までに帰って来たいんだ。21日のうちに出立するって事で、修行に出るのを許してくれねえか」
「そっっ! そんな頭なんて下げないで! 兼さんが行きたいって思ってくれたなら私は全然それでいいよ! うん……ちょ、ちょっと驚いたけど、私の誕生日に話した時から覚悟はしてたつもりだし。楽しみに待ってるね」
思ったよりあっさりと許可が出て、和泉守は拍子抜けしながらも、主の顔色を伺おうとそっと顔を上げる。
相変わらずどこか困ったような、何かを堪えるような曖昧な微笑みを浮かべながら、主は和泉守を見つめ返した。紫咲には、色んな世界からの友人や伴侶が多くいる。その中の“特別”に、自他共に認められて和泉守は入っているはずなのだが、さりとて変なところで遠慮しいのふたりは、そこまで大きく何かが変わった事もなく、顔を合わせれば気恥ずかしさのあまり、不器用なお見合い状態が続いてしまうような有様だ。
恋人と呼ぶには照れや臆病心が邪魔をしてしまって、ただの主従と呼ぶには相手を慕う感情が重すぎる。
そんな二人の関係性を思い返しながら、紫咲は胸の前で手を組んで、にっこり微笑んだ。
「兼さんは、その……私へのクリスマスプレゼントになれば、私が喜ぶと思って……その、今修行に行くのを選んでくれたの?」
「そ、そのつもりだが……やっぱり、動機としては不純だったか? だったらそうハッキリ言ってくれ。こんな軽い理由じゃ主が納得出来ねえって言うなら、オレはちゃんと考えて……」
「う、ううん! 違うの、そうじゃなくて……嬉しいの。あんまり主が、修行に行くって刀の前でこんな浮かれた顔見せちゃいけないのかもしれないけど……でも、嬉しくて」
もじもじと指先を合わせながら、主の頬が薔薇のように染まっていく。
齢三十にもなりながら、未だに少女のような所が抜け切らない主を見て、その反応に驚きながらも、和泉守の頬が緩む。
「そうか」
「えっと、旅道具とかの準備は大丈夫だったよね。忘れ物ないように、しっかり支度して……ちょっと待って、21日ってもうホントに日がないよ!? 何時に出る!? 私何時に起きれば間に合うかなっ!? どうしよう、心の準備全然出来てない……兼さんがカッコよくなって帰って来るのに」
「おいおい、待ってるあんたが今からそんなにオロオロしてどうする」
急にパニックになって部屋を歩き出す審神者に向かって、和泉守は落ち着くように両手を広げた。その手を肩に当てられながら、紫咲はゆっくりと深呼吸する。
「そ、そうだよね……今の兼さんをしっかりこの目に焼き付けて、落ち着かなきゃ。もう散々、声も姿も見ては来たけど」
「それこそ大袈裟だぜ。オレの中身が大きく変わるわけじゃねーんだからよ。修行から帰って来ても、オレはオレだ」
「ふふ、それは分かってるけど。でも、今の兼さんはこれで見納めだから。よーく見せて」
屈んでくれた頭に手を添えて、浅葱色の瞳をじっと紫咲は覗き込む。色鮮やかで綺麗な目。右へ毛流れした艶やかな前髪。名残惜しげにぬばたまの長髪を紫咲が撫でていると、端正に鼻筋の通った顔と静かな呼吸が、おもむろに近付いて——
「わわわわ悪い! そろそろ夕飯の時間だっけな!」
「そそそそーだったね! 作業に夢中ですっかり忘れてた! ごめんごめん! 今日のメニュー何かなー! てか私は自宅で何作ろう!」
唐突に近過ぎた距離にお互いの体を引き離して、バクバクした心臓に言い訳をする。
本当はそこに言い訳は必要無いのに、近付くのはどうしても怖い。特に今触れると、名残惜しさがある分、何かが止まらなくなってしまいそうで。
そう思いながら、紫咲はパソコンへと向き直り、両手で頬を挟んで頭から出そうな煙を必死で抑えていた。
*****
そして、いよいよ出発の日の朝。
結局、心落ち着かないままその日を迎えてしまった主の紫咲は、バタバタと身支度をして廊下を駆け抜けた。
前々から心に留めておいた事とはいえ、修行というものをこうもあっさりと目の前にするとやはり緊張が走るのか、昨晩は腹痛に苛まれたり、怖い夢を見たりしてよく眠れなかった。冬場の急な冷え込みのせいもあるだろうが、修行に行くという前日になって急に腹痛を起こした主を、和泉守は心配しつつも呆れながら付き添ってくれていた。
その姿が、今朝はもう枕辺にない。まさか既に旅立ってしまったのかと慌てていると、廊下に旅装束姿の和泉守の姿があった。
「おはよう! よかったぁ、もう行っちゃったかと思ったぁ……!」
「バカ、あんたを置いて出るはずねえだろ。つっても、もういい加減に出発するけどな」
「ご、ごめん、ちょっとだけ待って! せめてお手洗い行ってから、いや朝ごはんの支度してからお見送りさせて!」
一分一秒でも心の準備を引き延ばしたい必死な主の心情を察してか、和泉守は呆れたような笑みを浮かべていたが、こちらもこちらで、集まってくれた他の仲間としばしの別れを惜しむ雑談が行われていたので、これはこれで良かったかもしれない。
真冬の寒さも凄まじいので、見送りは門の側で手短に行われる事となり、薄く積もり始めた本丸の雪の上を、数名の足跡が踏む音が外に響いていた。
「んじゃ、オレは行くからな。本丸の事をよろしく頼むぞ」
「任せてよ、兼さん!」
「後は任せといて〜。主の面倒は俺らでしっかり見るから」
「ま、特に何事もないとは思うけど、そっちこそ怪我しないようにね」
「おう。……本当に行くからな!?」
「めっちゃ未練たらたらの人みたいで草」
「さっさと行きなよ、こっちだって寒いんだから」
もはや加州と大和守に半分追い出されるような形になっている和泉守を見て、近侍を務める堀川が思わず苦笑する。
一方で紫咲は、此の期に及んでもまだ上手い激励の言葉を思いつけずに、ただぎゅっと防寒具を着た胸元を押さえながら、和泉守の事を見つめていた。
「ほら、主も何か言ってあげて。主が行けって言わないと、このひと永遠にここから立ち去らないから」
「失礼な事言うな! んな訳ねーだろ!」
そう言いながらも、本丸の前の坂道で立ち往生している和泉守の様子に思わず笑いを浮かべて、紫咲は門の外へ数歩踏み出した。追いかけてくる主を見て、慌てて和泉守は坂の上の方へと引き返す。
「本当にいいって。あんたに心配掛けて悪かったよ。オレなら大丈夫だから、さっさと戻ってくれ。折角良くなったのに、また風邪引いちまう」
「大丈夫、ちょっとの間だし、見送りが終わったらすぐ戻るよ。……頑張って。これしか言えないけど、帰って来るの楽しみに待ってるから」
「おう。最高にいいクリスマスプレゼント持って帰って来っから、期待してろよ」
「うん」
「……」
「……」
「本丸に戻ったら、ちゃんと朝飯食えよ」
「うん。もう準備してあるから、あったかいうちにすぐ食べるよ」
「疲れてる時に、無理して変な仕事すんなよ」
「わかったってばぁ。ほんの四日だもの。ちゃんと、元気でお出迎え出来るように自分の面倒は見とく。大丈夫」
別れの言葉というより、これでは娘に留守を任せるのが心配な父親の小言だ。子供扱いに苦笑しつつも、その気遣いを嬉しく感じて微笑む主に、和泉守はようやく安心したような顔を浮かべて、旅用の縞柄の羽織を肩から翻した。
凍るような風が装束を揺らし、被った傘の上に微かに乗っていた雪を吹き散らす。しかしその後ろ姿が、十数歩先でまた止まった。
(……?)
この下ろした長髪も見納めか、と名残惜しく眺めていた紫咲が首を傾げると、ざっと砂利の音を立てて、和泉守がまたこちらに戻って来る。
忘れ物かな、と呑気に頭に疑問符を浮かべていた主を、和泉守は装束ごと中へ包み込むように、ぎゅっと抱き寄せた。傘で、表情はよく見えない。その傘の内側でも急速に体温が近付いて、紫咲は思わず目をつぶる。
「……!」
「……今は、これだけにしとく。会えなくなるからその分心残りがないようになんて、やっぱオレの柄じゃねえ。必ず帰って来んだから、続きはその時でいい。今はまだ何も必要ない。そうだろ?」
紫咲が返事をする前に、自分で納得したようにそう問い掛けた和泉守は、熱を測るようにくっつけていた額を離して、今度こそ何の迷いもない足取りで坂道を降りて行った。
この展開を分かっていたかのように、密やかに見守っていた後方から、ひゅーと声が上がっている。実際は、加州達が想像するような事は何もされていないのだが、それでも足から力が抜けていくような衝撃の中で自身を奮い立たせながら、紫咲は寒さを知らず燃えている自身の頬を、両手で挟み込んで途方に暮れたのだった。