マルメロ家だいすき日記2022〜2023   作:大野 紫咲

6 / 51
ここ最近の体調絡みで、浮き上がったり沈んだりの色々を取り留めなく書き綴った日誌。
とてつもなく長いので、3ページ構成です!

2ページ目は、直生くんと紫咲のターン。
二人にしては、なんだか珍しい会話をしていたよう。
最後には、またヨアさんと紫咲のターンに戻ります!
※2025年から、夜翰さん→ヨアさんの修正作業を始めました!
※ちなみにここで言及したお仕事は、諸事情により割とすぐに辞めております←


世界で一番強い人《中編》

 でもその気遣いは本物だったみたいで、お風呂から上がってきてその日の夜、二人は寝室のスペースを魔法で区切ると、さっさと一緒にくっついて寝てしまった。

 防音魔法が施してあるだけなので、隣に寝てることには変わりないのだが、優しい二人はたまにこうして、私とヨアさんが二人きりでいちゃつけるようにしてくれる。

 まあ、みんなで寝てる時も、構わず同じくらいべったりいちゃついていることはあるのだけど……。小さく寝息を立てる二人を微笑ましく眺めていたら、どうやらそちら側に加担する気なのか、自分も寝支度を整えた直生くんが、布団の上で本を読んでいた私の頭をぽんぽんと叩いた。

 

「よ。早く寝ろよ」

「直生くんもこっちで寝る?」

「オレはちび達と。ヨアの邪魔しちゃ悪いだろ?」

 

 そう言って小さく、人差し指を立てて口に当ててみせる。

 直生くんも等しく、ヨアさんの……それから一応は私の、大事な相手であるはずなのだが、こちらはこちらで気を遣ってくれているらしい。

 シャワーと歯磨きに行ったヨアさんを待ちながら、直生くんと少しだけ話をした。

 

「そういえば、あんた仕事始めたんだって? 大丈夫なのか、この時期に」

「うん、まあね……だから絶対に、寝込んでもできそうな仕事を吟味して選んだんだけど。在宅でできる簡単な仕事。月収1000円もない、お小遣い稼ぎみたいなやつだけどね?」

「そりゃほんとに小遣いだな……」

「でも緊張しちゃったよ。仕事は仕事だもん。特に病院で、あんな診断が出た時期と被っちゃったしね……。でも今んとこなんとかやれてる。

直生くんみたいなすっごい夢とか活動には、足元にも及ばないかもしれないけどさ。

でも、私の力を頼られることもあるし、今は精一杯、目の前のことをやってみるよ。どんなに金銭的には価値の低い仕事でも、ちょっとでも続けられたら、自信とかこれからの自分がやりたいことに、繋がってくるかもしれないからさ」

 

 だから負けないよ、と歯を見せる私に、直生くんはほんの少し、切なげに目を細めた。

 

「……? どうかした?」

「……いや。前はあんなに仕事に怯えきってたのに、強くなったな」

「そうかな。そうかもね。今だって怖いよ、やれないかもって思う事に挑戦するのは。

でも、前に病気で休職してた私の友達が言ってたんだ。自分に自信をつけるのに、最初は誰でもできる簡単な仕事から始めたんだって。一日だけの単発の、ドーナツの箱詰めとか、そういう難しくない単純作業。

そうしたら、少しずつ働いてた時の自信が戻ってきて、社会復帰もできたって。

私もそういうのやってみたくって……でも、今の体じゃ、一日だけのバイトでも体調が不安定だし、通勤すらしんどいでしょう。

だから、やれる事考えたの。肉体労働が無理でも、家から一歩も出ない仕事なら、ワンチャンあるでしょ? だからもっかい、クラウドサービスのサイトに登録して、色々探そうかなって。そこで見つけた」

「よくもう一度する気になったな。あのサイト、仕事がピンキリすぎて、どれ選んだらいいかわかんねぇって、結局前は何もせずにやめちまっただろ」

「うん……それは確かにそう。でもね、たまにはちょっと失敗してもいいのかな〜って、そう思えた!

何をするのも怖かったけど、まあ人間なんだから、わからないことも失敗もあって当然だし? いくら安全圏っぽいの選んでも、結局やってみるまでどうかわからないんだから、とりあえずやってみるっきゃないじゃん。

1円でも10円でも入ってくるんだったら、何もしないよりはマシでしょ?」

 

 まあ、単純に無職の罪悪感に耐えられなくなった、とも言うんだけど。

 でもとりあえず、30歳になる前に、何か仕事っぽい仕事やってます、と言ってみたかったのだ。確かに周りの人はみんな仕事をしていて、私はずっと焦っていたけれど、それで周りを羨んだり、治らない自分の体を恨んでいたってどうにもならない。

 いつまでも怯えて、何も行動しないくせに周りだけ羨み続けて、自分自身の可能性を蝕んでいるのは、他でもない私自身だ。誰かのせいとかじゃない、自分が自分を、一番嫌な人間にしちゃってる。体調不良を免罪符にするのが嫌だ、といくらリアリストぶって嘆いていたところで、結局のところそれを乗り越えるのは、私自身しかいない。

 私の恐怖も苦痛も、誰かから同情や共感を寄せられたところで、肩代わりはできない。

 私は、私のフィールドで闘うしかない。

 他の人にできることができないのなら、何か工夫していくしかない。

 羨んでる暇があるなら、やればいい。

 健康のためでも、仕事のためでも、精神衛生のためでも、創作のためでも。

 自分のできることを。ただ淡々と、一生懸命に。

 私は髪を下ろしたパジャマ姿の直生くんを、力強く見上げた。

 

「絶望も武器にして生きるって、決めたの」

「……あの曲の歌詞か?」

「そう、それ。あんな風に上手くはいかないだろうけど」

 

 たしか、直生くんも一緒にアニメを見ていたはずだ。

 なんて単純な私! こんなに簡単に、好きな作品から影響を受けるなんて。だけど本当に、そう思ったんだから。本当の絶望を知りもしない私の言葉に、説得力もくそもないのはわかるけど。

 でも、そんな私を、直生くんは笑ったりしなかった。

 ただじっと、揺れる蒼い炎みたいな瞳で見つめて、こう言った。

 

「あんたは、強いな」

「え」

 

 これまで散々、私を弱者扱いしてきた直生くんからは信じられない、真逆の言葉だった。

 どういう風の吹き回しかと思っていたら、直生くんは私の布団の上、真向かいに胡座をかいて座り込むと、正面から私のことを見つめた。小柄な私から見ると、座ってても直生くんはどっしりした岩みたいだ。

 

「オレ……あんたのこと、最初は気持ち悪ぃと思ってた。

八方美人で、どんな事でも理解できるようなフリして、そのくせ自分の嫌なことからは、都合よく目を逸らして逃げ続けて。やれって言われたこともろくにやんねーし出来ねえくせに、偉そうに文句ばっか言ってるし自分のケツも自分で拭えねぇ、口先だけの野郎だと思ってた」

 

 ひどい言われようだ。まあ、全部ほんとのことだけど。私自身が思っていて認めたくないことを、私の内側から生まれた人間に言われているだけなので、腹も立たない。

 直生くんの厳しい視線は、付き合いが出来た頃から変わらないスタンスなのだ。

 けれど、そこから先が今までとは違った。

 

「けど……あんたの暮らしに寄り添って、ヨアから色々話聞いて。

あんたは、辛かったんだなって。今更だけど、ホントにわかった。

あの医者が言ってたろ。今の数値見る限り、これがマジだったら相当しんどいはずだって……。

情けねえけど、ホントに、今更だけど……あんたが今まで、どれ程苦しい中でこれまで生活してきたのか、やっとわかって。今更みてえに血の気が引いたんだ。それなのに、オレは……」

 

 悔しそうな表情になり、唇を噛む直生くん。

 私は別に、後悔して欲しかったわけじゃないけど、今までの自分の目の節穴具合を悔いるような、そんな表情だった。

 直生くんは、こう見えて人情に厚い、優しい子だ。私みたいな根性なしとは仲良くしてくれないだけで、芯のある相手や実力を認めた相手には、敬意を持って接するし、気さくで思いやり深い面も見せてくれる。

 ……はずなんだけど。私は、そういうのの対象外では? だって、体は弱いし、特に彼に認められるほどの何かを頑張った覚えはない。いつか、認められたいとは思っていたかもしれないけれど。

 そう思って首を傾げた私に、直生くんは項垂れながら小さな声で言った。

 

「あんたを傷付けた大勢の大人と、オレも一緒だ。あんたのことを知らずに、あんたに向かって、ひどいことも沢山言った。

これ以上頑張れないあんたに、鞭打つみたいにひでぇこと言って。オレにはわかるはずもねぇことで苦しんだり諦めたりしてるあんたのこと、少しも思い遣ってやれなかった」

 

 他人に厳しい人間は、自分にも厳しい。

 正確無比な視線を、直生くんは自分自身に向けていた。その際限のなさというか、自分にすらストイックでどこまでも追い詰めてしまうところが、心配にもなったりする。

 思わず私は、少し強張った頼もしい肩にそっと触れた。

 

「直生くん。そこまで考えなくっていいよ。仕方ないことだもの。私が甘ったれに見えるのは当たり前だし、多分世間大多数からはそう見えるよ。就職に失敗した時点で」

「けどあんたは、多くの人間に実力を認められてもいるだろ。あんたの家族だって、あんたがきっかけで中国語勉強して、今でもわからない事聞きに来るし。一人で着物を着れるのだって、なかなか出来ることじゃねえって、会う人会う人みんな言うし。あんたの旦那は、あんたが毎日飯を作るから、コンビニ弁当がなくなって痩せたし。あんたが家にいるから、この家はいつまでも心地いい空間なんだ。

そういうのって、金の稼げる稼げないで、測られていいもんじゃねえと思う。

あんただってよく言うじゃん。えっと……ゴン…ゴン……ジュ……? とかなんとか」

「“工作沒貴賤”……職業に貴賎なし?」

「そう、それ」

 

 私が中国語で言ったことを、うろ覚えだけど覚えてくれていたらしい。まあ、これだって私は元彼が言うのを聞いただけでうろ覚えなのだが。

 正しくは「職業無分貴賤」と言うようだ。職業に貴い・賤しいといった分別はない、つまりどんな仕事をしているかで人を差別してはならない、という感じの意味。

 はて、日頃の家事労働やら自主的な趣味及び勉学やらは、仕事に入るのだろうか……と尚も首を傾げていると、それは人間としての務めだから、と直生くんは言った。

 

「自分に向かない事を、ひでえ無理して頑張るこたねぇよ。あんたんちは、旦那が稼いであんたが家のこと支えて回ってんだ。適材適所ってやつ。

あんたも旦那も、人間として務まってるから、それでいいんだよ」

「にんげん」

 

 いやに壮大な話になったな……と私は思わず目をぱちくりさせたが、直生くんはどこまでも真剣だ。長い睫毛の色までが、微かにオレンジがかって綺麗だった。

 

「オレ……あんたを気持ち悪ぃと思ってた。

けど、それでものうのうと生き続けてきたあんたの事、本当はどっかで憧れてた。

今になったら、どんだけすげえことか、わかるんだよ。

オレは、あんたの心の弱さと不甲斐なさしか、見れてなかった。

誰にも理解されねぇ、訴えても相手にされねぇ、だから苦しさもしんどさも誤魔化して、沢山諦めて、どうしようもなさも全部抱え込んで……体が動かないっていうそれだけで、心も全部ダメになって、死にそうな思いしてさ。それなのに、あんたは一度も、自分の生を投げ出さなかった。今こうやって、生きてる。オレの前にいる。

それって、すげえことなんだよ。奇跡みてえなことだ。

あんたは、強えよ。本当に強え。

今までオレが知る中で、一番強え女だ」

「っ……!」

 

 私の思う一番強い子に、一番強い女だと言われて、喉の奥がぎゅっとなった。

 精神的にも肉体的にも、私よりうんと強い知り合いなんて、直生くんにはごまんといるはずだ。

 そんなばかな、と思ったのに、直生くんの瞳はまったく嘘がないし、揺るがない。青く瞬く星のような、あるいは輝く海面のような瞳が向けられている。

 語るにつれて、強く熱っぽくなっていく口調が、彼の気持ちがどれほど真なのかを証明していた。

 私が強いなんて全然ピンとこないのに、本当にそう思ってくれているのがわかるから、余計に泣きそうになる。

 

 こんな素敵な子に、こんな風に想われていい程、自信も資格も私にはない。そう思ってきた。

 それなのに、馴れ合いが嫌いだという君が、今こうして私の中の強さを評してくれるのは、何故なのだろう。

 色んな人との出逢いを経て、物語の動き出した直生くんの中にもまた、大きな変化があったのかもしれない。

 だとしたら、私も一緒に、これからも君と物語を紡ぎたい。

 そう思って口を開きかけた時、直生くんは唐突に、潔く私の前で——なんと、これまでの五年近い付き合いの中で初めて——私に向かって頭を下げた。

 

「今まで、ごめん。謝って許されるとは思わねえけど。ほんとにごめん。

……こんなオレでも、これからも傍に置いてくれるか?」

「えええええ! ちょ、何やってるの! やめてやめて!

当たり前じゃない! 直生くんがいるから、今までやってこれたんだよ!」

 

 傍にいてくれなど、こっちから頼みたい台詞だ。

 私なんかは、どれだけ直生くんに嫌われても、あの子のことが好きだった。しつこいラブコールを止める気は元より永遠になかったのだけど、勝手に叫び散らしていただけのそれがついに通じたようでもあり、予想外やら恥ずかしいやら……。

 おずおずと見上げると、照れ臭そうな瞳と目が合って、思わず逸らしてしまった。

 

 生きていて、自分が人より大変だなんて、これでも思ったことはなかった。自分よりずっとずっとずっと大変な他の人たちとは違って、私は恵まれてるくせに頑張れないだけなのだから、大変だといっても所詮はただの弱音で、何もすごいことなどないと。

 でも、病院で数値として自分の置かれた状況を診断してもらえた時に、初めて、希望を失わなかった私を「強かったのだ」と思えた。

 そしてその強さが、私と直生くんを繋ぎ止め、私とヨアさんをより強く結び直してくれた。

 

 いや、実際には「強かった……かな? もしかして……」ぐらいで、やっぱり大した自信なんてなかったかもしれない。

 それでも、今までの気持ちとはほんの少し違う、そんな変化を自分で味わっていると、スキンケアまでばっちり済ませたらしいヨアさんが、ようやくこっちに来た。私の部屋で化粧水とか乳液とか貸してたから、途中から私たちの話は聞いていたようだ。

 

「まったく、よく言うよ。今まであんだけサキのこと虐めておいて」

「そうは言うけどな、そっちなんか、この家で言やまだまだ新入りじゃん」

「付き合いの深さは年季の長さによらないって聞くよ? 現に、ボクの方がサキから心を開いてくれたのは先だったし」

「はあ!? そりゃ恋人としてはそうかもしれねえけどなぁ、こっちだってあいつが大学卒業間もねえ時代からこうして……っ」

「わかったわかった! 二人とも大好きだから喧嘩しないで!」

 

 そう言うと、むっつりしながら矛を収めるタイミングまで同じなので、やっぱりこの二人仲がいいんだと思う。

 ぱし、と掌を打ち合わせた直生くんと場所を交代しながら、ヨアさんが布団の上に潜り込んできた。

 

「さて……。あいつらの言う通りにするのは癪だけど、与えられた機会を無駄にする理由もないし、寝よっか」

「う、うん」

 

 電気を消した部屋で素直に横になると、毛布を上からすっぽり被せたヨアさんに、ぎゅっと抱き締められた。

 二人分の、どこか甘い呼吸音がすぐ近くにある。

 冬だから、耳元まで被った厚い毛布の内側は吐息と体温でうっすらと湿度が高まっていて、けどそんな湿り気さえ、なんだかとても愛おしく、懐かしいものに感じていた。

 

「二人っきりで眠るのは久しぶり、だね」

「そうかも。まあ、夜羽や恵李朱がべたべたひっついてくるのも、悪くはないけど」

 

 普段はそこに、さらにプラスして直生くんにも背後から抱えられながら寝ていることが多いヨアさんだ。もはやヨルくんたちの魔法がなければどうにもならないくらい、満員御礼ぎゅうぎゅうの布団だけど、それも楽しい。

 少し闇に目が慣れると、ヨアさんの暗い青の瞳がよく見える。光の当たり方によって澄んだ青にも見えるけど、どちらかといえば鮮明というよりは、青藤色や紅碧のような落ち着いた青に見えることが多い、不思議な色だ。

 あまり綺麗な顔なので、いつもそんなじっと見つめていられないのだけど、私をからかうより先に、ヨアさんはぎゅっと腕の中に私を閉じ込めた。

 

「ヨアさん……?」

「い、いい? 今日は遠慮しないで甘えるから。直生にいつもやってるのと同じくらい、甘えるからっ。あんたが言うなら、本当に我慢なんかしてやらないからねっ」

 

 少し焦ったような、ヤケになった早口な声が身じろぎと共に聞こえた。

 ていうか、直生くんに甘えてる自覚はあるんだ。かわいいな。

 などと思っていると、私の頭を掌で撫でたヨアさんの吐息が、ふわりと額に感じられた。

 キスするのかなあ、と思ったけど、小麦色の綺麗な肌の掌は、そのまま私を片腕に抱き締めたまま、ゆっくりと輪郭を確かめるように、あるいは存在を確認するように、私の体を辿っていった。

 気持ちいい。捲り上げたパジャマの内側から、忍び込んだ手が、破れそうな皮膚を優しく撫でていく。痩せて皮膚から不格好に飛び出た、背中の骨やあばらまで、一本一本。私の小さな反応を楽しみ、観察しながら、愛おしむように触れて、何度も往復する。

 

「お願い、もっと安心させて……。

サキが絶対にいなくならないって、ボクにわかるまで、ボクに教えて」

 

 切実な声音が、耳朶を打った。

 とても、色事など介在する隙もないくらい、それでいて愛しさに満ち溢れた、懇願するような声。

 どこまでもまっすぐな、ヨアさんの願いだった。その気持ちごと受け止めながら、私はただぎゅっと、震える腕に抱きくるめられている。

 

「ボクがもう大丈夫って思えるまで、ボクが安心するまで、離したくない」

 

 一旦堰を切るように出ると、止まらない我儘の数々全部が、次々にぶつけられた。

 多分これが、ずっと我慢してきたヨアさんの本音なのだろう。

 まだ物語として紡いでいないけれど、私は一度、彼の世界から消えてしまったことがある。その時の記憶が尚更、ヨアさんを苦しくさせるのかもしれない。

 暗闇の中、甘えるように頭を擦り寄せると、それに応えて滑らかな頬が触れた。続いて掌。壊れ物を扱うように私の顔を挟みながら、甘やかな薔薇の香りを漂わせたヨアさんが、優しく頬擦りをする。

 

「気が済むまで、ボクの傍にいて。絶対離れないで。どこにも行かないで。

ボクに……愛してるって、言って」

「……ヨアさん。愛してる」

「もう一回」

「愛してる。大好き」

「……もう一回」

「えへへ。ずっと愛してる」

 

 何回聞いても気が済まないというように、不安を確かめるように、額を寄せてくっついてくる。

 それでやっと少し安心したかのように、ヨアさんは腕を緩めて穏やかに寝息を立て始めた。

 その寝顔を眺め、私もその温もりに包まれながら、今の幸せと、これから先の幸せを想像しつつ眠りにつく。穏やかな夜だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。