ふとしたきっかけで、ムラサキの心の中を覗き込んだ夜羽が見たものは……?
※2025年から、夜翰さん→ヨアさんの修正作業を始めました!
「ムラサキって、犬に似てるよな」
ふと、直生くんがヨアと、そんな風に話しているところを耳にした。
年の終わりも差し迫った暮れのこと、コンビニに向かって年賀状を買いにふらふら歩き出したサキの後をついて、みんなで喋っていた時のこと。
「たしかに、人懐っこいし。いつも尻尾ぶんぶん振ってるように見えるよね」
「えー、そんなに私わかりやすい?」
「わかりやすいわかりやすい」
小首をかしげるムラサキに向かって、直生くんとヨアが頷く。
そんなムラサキと、ボクとは反対側で手を繋いでいた恵李朱が、皆を見上げながら言った。
「でも、直生くんたちも犬っぽいよ」
「そうよねー。我が家どっちかっていうと犬っぽい子が多いよね」
「は、はァ!? 別にボクは犬なんかじゃっ」
照れたように振り返るヨアを、じーっと見た直生くんがにやっと笑った。
ヨアからもらった、お気に入りのマフラーから覗かせた目が、ビー玉みたいに輝いてる。
「いやいや、ヨアも大概わかりやすいよな。大人しいけど忠犬っぽいつうか、性格は犬っぽい」
「んな事言ってるあんただって愛理さんの犬みたいなもんじゃん! すぐ落ち着きなく動き回るし、大はしゃぎする大型犬だね、ボクからすれば」
「ああ〜ん? 言ったなこのやろぉ」
「褒めてんじゃん! 触らないでよっ」
「褒めてるにしても言い方ってもんがあんだろーがっ」
「あはは……」
あっという間に喧嘩になって路上で揉み合う二人を背後で眺めながら、サキが笑う。
なんだかんだで仲のいい二人を見て、一緒ににまにましている恵李朱の頭を撫でながら、ムラサキが言った。
「恵李朱くんは猫かなぁ。気まぐれだもんね」
「ムラサキはたしかに猫よりは犬っぽい( ˙꒳˙)素直で感情表現豊かなタイプ」
お天気空の下でみんながそう言う中、ボクは一人、首を傾げていた。
そんなボクに気付いた使い魔のベルだけが、物言いたげに足元からボクを見上げてくる。
(そうかなぁ。サキは、犬っていうよりも……)
そこでふと、コートのポケットに入っていた魔法具のことを思い出した。
伽々未から、今年のクリスマスプレゼントに、と貰ったアイテム。
小さな虫眼鏡のような道具を、ボクは隣を歩いたまま、右手で持って左隣のサキにそっと翳した。
この虫眼鏡は、翳した相手が心に飼ってる動物を見ることができるらしい。
その人の記憶や心の状態が、その人が一番近い動物の形を取って現れるそうだ。
ボクの魔力で使えるのかな、と思っていたら、だんだん透明なレンズの内側が白くなって、周りも真っ白になって。吸い込まれるようにして、ボクは心の風景を覗いていた。
(やっぱり、そうだ)
おりこうにお座りした、首に藤色のリボンをつけている真っ黒な猫を見て、ボクは思う。
ムラサキは、犬っていうより、ねこちゃんみたいだと思う。
お愛想がいいから、みんなに勘違いされている。
だって、ムラサキはみんなのアイドルだから。彼女の元にやって来てくれる人たちには、大人気なんだ。
いつも誰にでもにこにこして、黒猫は頭を撫でられている。ボクが見ていると、寄って来た人たちに沢山撫でられて、触ってもらって、ムラサキは幸せそうに目を細めていた。
(でも、でもね)
時々、尻尾がぱたぱた動いてる。
ボクは、思わず足元のベルを見る。薄く緑がかった瞳が、じっとボクを見つめ返す。
犬が尻尾を振るのは嬉しい時のサインだけど、猫が尻尾を振るのは、嫌がっていたりストレスを感じていたりする時が多い。
動物の中には、人間に触られるのが嫌いな子もいる。ベルも、どちらかといえばそんな猫だった。何もしないと寄ってくるくせに、ベタベタ触られるのが苦手で、しばらく触っていると液体のように抜け出して、ぬるりとどこかに行ってしまう。
ボクが知ってる現代世界の愛理なんて、ベルに構いすぎるあまり、引っ掻かれたり噛み付かれたりしたもんだ。
でも、ムラサキはいい子だから、そんなことはしない。
逃げ出したりしないし、引っ掻いたり噛み付いたりすることもない。
ただじっと、そこに人の手がある限り、その手がぬくもりを欲する限り、誰かが触ってあたたかいと言ってくれる限り、ずっとずっと撫でられている。額を撫でられ、頭を擦り付けて、目を細めている。
だから、撫でられたくてそこにいるのか、撫でてくれる人がいるからそこにいるのかわからなくなって、やがて毛がケバケバになって、撫でられすぎて艶がなくなって毛が抜けて、じっとそこに座っているあまり、いつの間にか中身が猫でなくてただのぬいぐるみになってしまっても、撫でている人がその事に気が付いていなくても——ずっとそこにいるんだろう。
それでも黒猫が去らないのは、一度その場所を離れてしまえば、もう誰も触りに来てくれなくなってしまうのを知っているからだ。
そんな痛みに比べれば、時々毛が抜ける痛みと引き換えに誰かが笑ってくれた方がずっといいと、思っているからだ。
ムラサキは、優しい猫だから。毛が禿げてしまうまで、人に応え続けるだろう。
ムラサキは、我儘な猫だから。行かないでって言えなくて、そこにい続けるしかない。
甘え下手な不器用さも、ボクはねこちゃんに似てるって思うんだ。
古ぼけたぬいぐるみのような後ろ姿にたまらなくなって、ボクは黒猫に近寄った。
魔法でダンボールを出し、そっとその上に被せる。
こうすれば暗いし狭い空間で落ち着くだろうと思ったんだけど、ダンボールハウスの入り口から、猫はすぐ出てきてしまった。
「にゃーん」
「わっ。だ、だめだよ。休んでなきゃ」
これじゃ意味がない。
思わず後ずさると、ボクのことを歓迎しようとして、猫は人懐っこく鳴きながら足元にやってくる。撫でられようとして、纏わりつきながら体を擦り寄せてくる。でも、これ以上触ったらボロボロの短い毛が禿げて、皮膚が剥き出しになってしまいそうだ。
ボクは困ってしまった。
「ボクなら、大丈夫だから。ボクのことは気にしないで。安心してゆっくりしていいんだよ」
「?」
って言っても、わからないよね。猫だもんね。
言葉が通じていないらしい、きょとんと見上げてくるムラサキを、ベルは少し離れた場所で見守っている。
「そうだ……」
ボクは黒猫の傍にそっとしゃがんで、普段は背中に封じている天使の翼を、片側だけ出した。
ばさっと音を立てて広げた純白の羽で、ボクは遮るように猫の体を包み込む。
「はい。これでどうかな。ボクは隣にいるから、これなら寂しくないよ」
抜け落ちた小さな羽が舞っている。翼の内側でじっとボクを見上げていたムラサキは、ボクにくっついたまま、欠伸をしてゆっくり伸びをすると丸くなった。
よかった。ボクもお尻を下ろして、その場にすとんと座る。ムラサキが寝付くまで離れて見守っていたベルが歩いてきて、その匂いを嗅いでいた。
猫は眠る。満足げに鼻息を鳴らしながら、ただ丸くなって眠っている。
こうなるまで休めないのは、何も変えられないのはなんでだって、みんなが言う。
でも、誰かのためを思って自分を押し殺すことが、誰かのせいにする前に一人で耐え忍ぶことが、ムラサキの生来の性なのなら、ボロボロになっていくその姿を、せめてボクだけは知っていたいと思う。
猫は、傷や病気を隠す生き物だ。そのためにムラサキがつく嘘で、ムラサキ自身が傷付いていたとしても、ボクはその優しい嘘ごと、翼で包み込める人でありたい。
「夜羽くん? 大丈夫? どしたの、ぼーっとして」
気が付いたら、レンズの向こう側にムラサキがいた。
もちろん、人間のムラサキだ。青空が広がるコンビニの駐車場で、長いセーターワンピを着たムラサキは、心配そうにボクの方を伺っている。恵李朱も不思議そうに、目をぱちぱちさせていた。
ボクは心の中で見たことを胸の内にしまいながら、ポッケに虫眼鏡をしまって首を振った。代わりに、にっこりして手を繋いだムラサキを見上げる。
「ボク、サキがねこちゃんになっても、ぬいぐるみになっても、だーい好きだからね!」
「うん……??? な、なんの話?」
「なんでもないっ!」
大丈夫。ムラサキがぬいぐるみになっちゃったら、ボクが……ううん、ボクとみんなで、猫に戻してあげるんだ。
魔法学校のアイリ先生も言ってた。大いなる力を持つ者ほど、周りに助けてもらうこと、支えてくれる存在がいることを忘れないようにしなさいって。あんなに強い魔法使いが言うんだから、間違いないだろう。
ボクだけの力じゃ、きっと足りない。ボクだけでなんとかしてあげれたら素敵だな、かっこいいなって思うけど、それよりもっと大切なのは、サキが安心して笑えるようになること、なんだから。
だから、何度そうなっても、守るんだ。ボクと、みんなの力で。
「ねー、夜羽、夜羽。さっき何してたの( ˙꒳˙)」
先に店に着いていた直生くんたちのところへ駆け出すボクを、興味津々な恵李朱とベルが追いかけてくる足音を聞きながら、ボクは走った。
年納めその1です。
今年もマルメロ家をありがとうございました!
なんだか年末年始は暗い話が多めになっちゃってすみません。
来年ものんびりやっていきますので、よろしくお願いします。