入間さんといっしょ   作:パプリオン

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第3章 気だるき異世界を生かせ生きるだけ

 

「ちょっと待って入間さん。やっぱり、僕も教会の方を探すよ」

 

「はあっ!?そ、そんなの駄目に決まってんだろ!マゾ原はマゾ原らしく、黙ってオレ様の命令に従いやがれ!」

 

……やっぱり、変だよな。

 

おそらくこれは、入間さんと同じ時間を過ごした僕にしか分からない、些細な違和感なのだろう。

探偵としての勘ではなく、最原終一としての勘。

 

葛藤の末、僕はそれを信じることに決めた。

 

「春川さん。探す場所、僕と変わってくれないかな?ほら、あっちには百田くんが行くみたいだし……」

 

「あ、あんた急に何言って!──殺されたいの!?」

 

相変わらず物騒な発言だけど、これは超高校級の暗殺者である春川さんなりの冗談らしい。

それを聞く側としては毎度身が震える思いなのだが、今は気にすることではない。

 

「……まあ、どうしてもっていうなら変わってあげてもいいけどさ」

 

よし。

最近百田くんと一緒の時間が多い彼女なら、僕の提案に乗ってくれると思った。

 

「ハルマキはこっちの組になったんだな。じゃあ一緒に行こうぜ」

 

「う、うん……」

 

「ちょっと、勝手に決めないでよぉ…!」

 

あたふたする入間さんを尻目に、それぞれが二手に分かれていく。

 

このまま何も起こらず秘密さがしが順調に進むのなら、勿論それに越したことはない。

 

だけど……

 

赤松さんの時も。

 

東条さんの時も。

 

真宮寺くんの時も、そうだった。

 

あとになって後悔しないためにも、出来る限りのことをする。

 

それはこれまでの学園生活で嫌と言うほどに学ばされた、僕なりの教訓だった。

 

 

 

 

 

第3章 気だるき異世界を生かせ生きるだけ

 

 

 

 

 

教会の中を探すメンバーは僕を含めて4人。

だけど、この場所の散乱具合からして結構な手間がかかりそうだ。

 

そもそも本当に「外の世界の秘密」がこの場所にあるとは限らない。

もし見つけたところで、それが僕たちにとっての"希望"に値するものかはわからない。

 

いずれにせよこの世界での探索は、モノクマが絡んでいる以上、用心するに越したことはない。

 

単独行動など、まさに愚の骨頂。

もし自ら一人になるような言動する人がいたならば、僕は真っ先にその人物を警戒することになるだろう。

 

「オレ様はちょっくら外を探してくるから、中の捜索は任せたぜ」

 

……だから、その言葉がキミの口から出たとき、僕は思わず天を仰いだ。

彼女に対して抱いていた疑念が、ほぼ確信に近いものへと変わってしまったから。

 

「なんじゃ入間、まさかサボるつもりではないだろうな」

 

「そんなんじゃねーよ。オメーらこそ、オレ様が戻ってくるまでになにも見つけられなかったら、只じゃおかねーからな!」

 

もしこの先、僕の想像通りの展開になろうとしているのなら──

 

 

 

為すべきことは、一つしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

違和感を感じた直後に追いかけたことが功を奏し、僕はすぐに入間さんを見つけることができた。

 

教会エリアの南東端側。

 

そこは、およそ探索のために訪れるとは思えないような僻地で。

 

彼女が何らかの意思をもって歩を進めていることは、もはや疑いようのない事実だった。

 

「入間さんっ!!」

 

「ひいいいいっ!?」

 

比喩表現抜きで飛びあがった彼女は、恐る恐るといった感じでこちらの方を振り返る。

 

「さ、さささ、最原!?なっ、なな、なんでオメーがこんなところに!?」

 

「追いかけてきたんだ。キミのことを」

 

「オ、オレ様のことを!?そそ、そうか。ほ、本当に童貞はしょうがねえな。

だ、だったら一緒に、外の世界の秘密を探すとするか!」

 

「……そうだね。けどその前に、ひとつ確かめておきたいことがあって」

 

「確かめたいって、な、何をだよ?

オレ様は別に、やましいことなんて一つも考えてねーぞ…!?」

 

「……」

 

今さら、何を躊躇することがあろうか。

 

"真実から目を背けない"

 

今は亡き赤松さんとも、そう約束したじゃないか。

 

「入間さん……誰かを、殺そうとしているよね」

 

「……へっ?」

 

文字どおりの直球勝負。

初めのうちは呆然としていた入間さんだったが、やがてその言葉の意味を理解したのか、みるみるうちに顔色を変えていく。

 

「ば、ばば、バカ言ってんじゃねーよ。

殺しなんて野蛮な事……オ、オレ様がするかよ…!」

 

ここで彼女を肯定してあげれば、穏便に事を収められるのかもしれない。

 

だけど、それじゃあ駄目なんだ。

一度灯ってしまった殺意という名の炎は、完全に消さない限り火種としていつまでも残り続けてしまうから。

 

「今ならまだ間に合う。だから、正直に答えて欲しい」

 

「だ、だからオレ様は、何も考えてねえって……ひっ!」

 

一歩近付けば、その分だけ後ずさろうとする入間さん。

その背中がマップ上の端にある"壁"に触れたところで、通常であれば起きるはずの無い現象が発生した。

 

入間さんの体が、プログラム世界の壁を()()()()()のだ。

 

四方を囲む壁を物理的に超えることはできない。

壁の先には何も存在していない。

その説明に致命的な矛盾があったことを、彼女は自分の身をもって証明してしまった。

 

「ち、違っ──これは、単なる偶然で…!」

 

「そんなわけないだろ!?」

 

「ひいいいいっ!!」

 

尚も煮え切らない態度をとる入間さんに対して、思わず声を荒げてしまう。

僕の気持ちは、これまでの学級裁判の時以上に張りつめていた。

 

「わ、分かった!話す、から……全部話すから、だから、怒らないでよぉ…!」

 

しばしの沈黙の後。

追い詰められたことで観念したのか、入間さんはぽつりぽつりと言葉を漏らし始めた。

 

最悪なことに、僕の予想はことごとく当たっていた。

彼女は自らがクロとなる殺人計画を立て、この才囚学園から抜け出すことを考えていたらしい。

 

どうして、こんなことになってしまったのか。

 

ふつふつと湧き上がってくるのは、やり場のない憤りと、彼女を止められなかったことへの悔しさが半分ずつ。

 

「入間さんは、僕に言ってくれたよね。この学園を一緒に出て、デートしてくれるって。

ひょっとしてあの言葉も、僕を騙すための嘘だったの?」

 

「ち、ちがう!アタシは……アタシは本気だった。あの時の言葉に、嘘は無いの!」

 

「だったら、どうして……」

 

「……怖く、なっちまったんだ。もしこのまま偽の学園生活を続けていたって、生き残れるのはたった二人。

オ、オレ様と最原が残れる保証なんて、どこにもねえじゃねーか!

だから、決めたんだ。誰かにやられる前に、誰かに裏切られる前に……自分が、やろうって。

 

──アタシと最原だけが生き残れる世界を、作ろうって」

 

「え…?」

 

その言葉に、僕は大きな引っ掛かりを覚えた。

学級裁判で正しいクロを指摘できなかった場合、クロ以外の全ての生徒がおしおき──もとい、処刑されるはずだ。つまり、入間さんの犯行であるということが判明しなかった場合、他の誰も生き残れないということを意味している。

それなのに彼女は、『二人が生き残る世界』とはっきり言ったのだ。

 

 

 

まさかとは思うけど。

 

 

 

入間さん、キミが考えていたことは──

 

 

 

「僕以外の全員を、殺そうとしていたの…?」

 

入間さんは、僕が恐る恐る投げかけた質問を、静かに肯定した。

 

「校則に書いてあったろ?『死体発見アナウンスは、3人以上の生徒が死体を発見すると流れる』って。それに真宮寺の時みたく、学級裁判が始まるまでに別のやつを殺しちまっても問題はなかった。

だったら最原以外の全員をやって、生き残りの二人になれば……オレ様たちは、生き残ることができるはずなんだよぉ…!」

 

 

 

嵐のように吹きすさぶ雪は、彼女の心情を表しているかのようで。

 

 

 

「オレ様は、世界を変える発明品を作らなくちゃいけない。だから、絶対に死ねないんだ!

それから……最原にも、死んでほしくない。もしオメーが死んだりしたら、オレ様はきっと、どうにかなっちまう。

だからもう、こうするしかないんだよ……!!」

 

 

 

ようやく、分かったような気がする。

 

入間さんは怖かったんだ。

 

自分が死ぬことが。

 

そし……僕が死ぬことが。

 

 

 

ずっと、堪えてきたのだろう。

 

我慢してきたのだろう。

 

"天才発明家"の入間美兎は、決して他人に弱みを見せるような人間ではなかったから。

 

 

 

明日の保証など、どこにもない毎日。

 

一人、また一人とクラスメイトが消えていく毎日。

 

そんな極限下の状況にあって、モノクマからこれ以上ない"動機"を渡されて。

 

入間さんは、決断してしまったのだろう。

 

コロシアイをすることを。

 

 

 

 

 

……だけど。

 

 

 

 

 

……だからこそ。

 

 

 

 

 

「それは……違うよ。入間さん」

 

僕は、面と向かって彼女に反論する。

自分のことを好きだと言ってくれた彼女に、罪を犯させないために。

 

「ひぐっ……な、なんでぇ?アタシのこと、嫌いになっちゃったの…?」

 

「……それも、違う。

好きだから。入間さんのことが、大好きだから……言うんだ」

 

「なんだよ、それ……わけわかんねえよぉ……」

 

張りつめていた糸が切れたのか、入間さんはその場にしゃがみこんで泣き始めてしまった。

僕は少しの間立ち尽くし、やがて我に返ると彼女の肩を抱き寄せる。

絶対に離さないという、強い想いを込めて。

 

「入間さんは、僕が生まれて初めて好きになった、大切な人だ。

そんなキミのことを……人殺しなんかにはさせない。させて、たまるもんか…!」

 

もし僕の言葉が届かなかったら、何時間でも何日でもこうしているつもりだった。

それだけの覚悟が、今の僕にはあった。

 

だけど入間さんは肩を震わせながら、僕の言葉に何度も頷いてくれた。

頼りない僕なんかの言葉を、正面から受け止めてくれた。

 

先程まで入間さんが抱いていたであろう殺意は、すっかり鳴りを潜めてしまったようで。

僕はその事実に安堵の思いを抱きながら、彼女の背中を繰り返し擦っていた。

 

もう大丈夫。

僕がついているからと、そう励ますように。

 

 

 

入間さんが完全に泣き止んだのは、それから30分ほどしてからのことだった。

それまでの時間を苦痛に感じるようなことはなかったし、なんなら少しでも彼女の役に立てて良かったとさえ感じられた。

 

許されるなら、二人きりのこの時間がずっと続けばいいのに。

そんなふうに考えてしまう僕は、既に彼女の虜になってしまったのかもしれない。

 

……とはいえ、僕たちにはまだやるべきことがある。生きて、やるべきことが。

だからこの場所で立ち止まっているわけにはいかないんだ。

 

「そろそろ戻ろうか。あまり戻るのが遅くなると、皆に心配をかけちゃうから」

 

「ち、ちょっと待って!あのね……一つだけ、お願いがあるんだけど。聞いてくれる?」

 

「もちろん。僕に出来ることなら、なんだって」

 

まさか即答されるとは思っていなかったのか、入間さんは「ほ、ほんとに?アタシのお願い、聞いてくれるの…?」と言ってもじもじしていた。

 

今さらそんなふうに躊躇することもないのに。なんて思ったけど、ひょっとしたらこの時の彼女は、色々と負い目のようなものを感じていたのかもしれない。

 

「あのね……これからはアタシのこと、名前で呼んで欲しいの。

それで、アタシも"最原"じゃなくて、"終一"って……そう、呼びたくて」

 

「な、何だって!?」

 

「ひぅっ…!や、やっぱりダメだよね。アタシなんかが……そんなふうに馴れ馴れしいのは、イヤだよね」

 

「それは違うぞっ!!」

 

あまりの衝撃に、思いがけずはっきりと反論してしまった。

 

好きになった相手と下の名前で呼びあう。

そのシチュエーションが嫌いな男子なんて、この世に存在しないんだよ!!

 

「えっと、それじゃあ……改めてよろしくね、美兎さん」

 

「うん…!ずっと、ずっと一緒だよ。終一」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体何があったんじゃ、お主ら」

 

教会に戻り、夢野さんから開口一番にそう言われた原因は明らかだった。

美兎さんが僕の腕に抱きつくようにして密着しているからだ。

僕の理性があと少しでも低ければ、このエロエロと複雑な状態に耐えることは出来なかっただろう。

 

「いいかテメーら、その粗末な耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ!

隣に居る童貞は、今日からオレ様のかっ、かかかか、彼氏だぁ…!」

 

!?!?

 

いつの間に強気に戻ったのかと思いきやそうでもなかった彼女の口から放たれたのは、まさかの交際宣言だった。

 

彼氏と言い切ったところで微妙に恥ずかしがってる!

けどそんなところも可愛いなって思うよ!!

 

などと言っている場合ではない。

美兎さんの先走った行動に、皆はあ然としている。

まあ無理もないよね。僕たちが突然恋仲に発展するなんて、思いもしなかっただろうから──

 

「いや、なんというか……お二人の関係性には薄々気付いていましたよ?」

 

「キーボの言うとおり。今さらそれを言うのか、というやつじゃな」

 

……どうやら僕らの関係は公然の事実だったらしく、聞けばこの場にいない他の皆も(純粋なゴン太くんを除いて)感づいていたとのことで。

 

「えっ、そうなの!?全然知らずに大声で宣言しちゃったよぉ。恥ずかしい……」

 

「安心して美兎さん、僕も全く同じ気持ちだから」

 

 

 

それから……僕は今回起こりかけた事件を"無かったこと"にすべく、動き始めた。

 

体調不良を偽って一足先に現実世界へと戻り、美兎さんがアリバイ工作の為に用意していたもの──毒入りの小ビンをこっそりと回収する。

僕以外の全員を殺害するつもりだった、なんて話を聞いたときには開いた口が塞がらなかったけど、それ以前に事件が発覚してしまった時のことも一応は考えていたようだ。

 

……無論、それは決して褒められた話ではないんだけど。

 

静けさの広がる校舎内。その廊下を一人で歩きながら、考える。

 

彼女があのプログラム世界で真っ先に狙おうとしていたのは、王馬くんだったらしい。

アバターに特殊な細工を施したうえで屋上に呼び出し、身動きを封じた状態で彼を殺害する。

厄介な彼さえ仕留めれられれば、あとはなし崩し的に殺せると踏んでいたのか、あるいは殺しても罪悪感の少ない人物を優先的に狙おうとしていたのか……

 

あまり深くは聞いていないけど、それが実現しなかったことは本当に幸いだった。

 

誰よりも"嘘"に機敏な彼が、お世辞にも嘘が上手いとは言えない美兎さんの言葉を、果たしてどこまで真に受けていたのか。

なんなら彼女の殺人計画を逆手にとって、返り討ちにしてしまうことだって想像に難くない。

味方になってくれれば心強いけど、敵に回ればとてつもなく厄介な存在になる。それが王馬くんという存在なのだ。

 

だがしかし……すべては「もしも」の話。

美兎さんがコロシアイの算段を破棄した以上、目下の悲劇は回避されることになった。

 

彼女が僕の研究教室から持ってきた毒薬入りの小ビンは元の場所に戻したし、これで余計な火種が生まれることもないだろう。

 

「本当に、良かった……」

 

思わず溢してしまった呟きは、誰にも聞かれることなく広い校舎の中へと消えていく。

 

まったく、これだから。

 

美兎さんのことは、放っておけないんだ。

 

 

 

「──お、やっと戻ってきたか!」

 

「うわああああっ!?……って、百田くん?」

 

「な、なんだ!?いきなり脅かすんじゃねーよ!」

 

コンピュータールームへの帰り道。

階段を降りたところで声をかけられた僕は、すっかり安心しきっていたこともあり、飛び上がって驚いてしまった。

 

そこにいたのは"超高校級の宇宙飛行士"、百田くん。

彼は美兎さんのアリバイトリックのため、一足先に強制ログアウトをさせられていたのだ。

 

突然のことに動揺はあったけど、毒薬は既に回収しているのだから、何も気後れすることはない。

僕はあらかじめ用意しておいた口上を述べていく。

 

「うん。実は、ちょっと気分が悪くなっちゃってさ。一足先にログアウトさせてもらったんだ」

 

「ならオレと似たような感じだな。まあ、オレの方はどうして戻ってきちまったのか、よく分かんねえんだけどよ」

 

「そうだったんだ……プログラム世界のバグとかかもしれないね」

 

「だろうな。ったく入間のやつ、あの世界は完璧だとか言っておきながら……」

 

真実は殺害計画の犯人に仕立て上げるためのトリックに巻き込まれたわけなんだけど。

何も事件が起きなかった以上、偶然そうなったという説明に疑問を抱くことはないはずだ。

 

「それはそうと、オメーもとんでもねえやつに惚れちまったな、終一」

 

「えっ…!?ど、どうしたの突然?」

 

百田くんが言ってるのって……つまり、僕と美兎さんについてのことだよね?

 

「別に、入間のことを悪く言うわけじゃねーけどよ。あいつはオレたちの中でもとびきり難儀な性格してるだろ。

この先も付き合っていくとなりゃ、きっと苦労するだろうぜ!」

 

百田くんの言葉は紛れもなく正論だった。

だけど爽やかな笑顔でサムズアップまでして、そんなこと言わないでよ……

 

「まぁ、なるようになる、って感じかな。

美兎さんに振り回されるのも、案外苦じゃないからさ」

 

「お、おう……まぁ性癖ってのは人それぞれだからな。オメーがドMだろうと、オレの助手には変わりねぇぜ!」

 

イヤちょっと待ってだからそれは誤解だよ!

何度も言うけど別に僕はMじゃないから。ただ美兎さんに尽くして喜ぶ顔が見たいだけなのに……って、アレ?

 

「というか、そう言う百田くんの方はどうなのさ?最近は春川さんと仲良さげに見えるけど」

 

「オレか?別に、ハルマキとはそんなんじゃねーよ。アイツはオメーと同じ、オレの助手だからな!」

 

「……」

 

これは苦労しそうだな、春川さん。

 

 

 

しばらく百田くんと話してからコンピュータルームに戻ると、そこにはプログラム世界から戻ってきたばかりの皆の姿があった。

 

もし僕が美兎さんの異変に気付けていなければ、この中の誰かが欠けていたかもしれない。

そう考えると、少しは皆の役に立てたのかも……なんて思ったりして。

 

だけど僕は、この時に一つの懸念点が残っていたことをすっかり忘れていたんだ。

 

「酷いなー入間ちゃん。オレのこと呼び足しておいて待ちぼうけにするなんてさ」

 

その懸念点とは、美兎さんがプログラム世界で王馬くんを呼び出していたこと、だ。

事件を未然に防ぎ、証拠となる物を全て回収できたとしても、それ以前に行われた会話を取り消すことはできない。

すなわち、王馬くんは疑っているのだ。美兎さんが自分のことを狙っていたのではないかと。

 

「え、えっと、なんのことだよ。オレ様は別に、オメーのことなんて、呼び出してないし……」

 

「ふーん、つまらない嘘をつくんだね。

てっきり屋上で愛の告白をされるか、もしくは殺されちゃうかと思ってたんだけど……途中でヘタれて諦めたってところかな?」

 

「だ、だからそんなの知らねえって!そもそもオレ様は、プログラム世界に行ってねえんだからな…!」

 

「……」

 

本来ならすぐにでも彼女に助け船を出さなければならないところ、あまりにも嘘が下手すぎて思わず呆然としてしまった。

 

僕だって王馬くんほどでないにしても、ある程度ポーカーフェイスを保ちながら偽の証言をすることはできる。

だけどしどろもどろな美兎さんの口から出てきたのは、誰が聞いても嘘だと分かるような発言で。

 

もし彼女がクロとなって裁判に臨んでいたら、速攻でV論破されて最短記録でオシオキされていたんじゃないだろうか……

 

美兎さんが過ちを犯さなかったことにつくづく安堵しながら、僕は彼女の隣に立つ。

 

悪いけどこの"真実"だけは、是が非でも無かったことにさせてもらうぞ…!

 

「いい加減にしろよ、このメス豚!嘘ばっかついてないで、さっさと本当のことを話せよ!」

 

「ひいいいいっ…!」

 

「……もういいよ美兎さん。僕たちのこと、包み隠さず正直に話そう?」

 

「えっ……終一?な、なにを言って──」

 

「王馬くん、ごめん。

実は僕のせいなんだ。美兎さんがキミとの約束に間に合わなかったのは」

 

「……は?いやいや、最原ちゃんまで急に何を言い出して──」

 

「皆知ってのとおり、僕は美兎さんにほっ、惚れていたんだ。ゾッコンと言っても良いぐらいにね。

そんな中で、2人がプログラム世界で接近していることころを目撃しちゃって。王馬くんに美兎さんを取られると思って焦った僕は、いても経ってもいられずにこっ、ここ、告白したんだ…!」

 

めたゃくちゃ吃りながらになってしまったけど、大体のところ嘘は言ってない。

顔から火が吹き出そうになるのを必死に堪えながら、僕は話を進めていく。

 

「それで結果的に、美兎さんは僕の想いに応えてくれて……晴れてカップルが成立したって訳さ。

もたろん証人だっている。教会で一緒だった夢野さんとキーボくんだ!」

 

「……んあっ!?最原よ、急にウチらに話を振るでない!」

 

「まぁ、大筋の話は間違っていませんでしたね。その部分に関してはボクらが証明できますが──」

 

「でもそれは、入間ちゃんがオレを呼び出したことの理由にはならないよね。

本当にオレを殺すつもりだったけど、最原ちゃんに見つかって説得されて、心変わりしたとかじゃないの?」

 

まるでその場面を見ていたかのように真実を言い当ててしまう王馬くんには心底驚かされるけど、簡単に屈するつもりはない。

 

これから先、二度とコロシアイなんて下らないものを起こさせないためにも。

そして、他の誰よりも大切な美兎さんを守るためにも……

 

僕は、戦う!!

 

「ううん、それはあり得ないよ。だって美兎さんがキミを呼び出したのは……"恋愛相談"をするためだったんだから」

 

「…………は?」

 

王馬くんの顔から表情が消えていく。

長い沈黙はすなわち、彼の理解の範疇を越えていたということだ。

 

「ついさっきまで、僕たちは友達以上恋人未満の関係だった。お互いにあと一歩を踏み出せない状態だったんだ。

そこで美兎さんが頼ろうとしたのが──この中ではなんやかんやで一番恋愛経験がありそうな、キミだったって訳さ」

 

我ながら思う。こいつは一体何を言っているんだと。

仮に美兎さんが王馬くんに恋愛相談なんかをした日には、散々からかわれたあげくその日のうちに皆に広められることは明白だ。

 

だけど、僕の偽証を完全に暴いてしまうほどの根拠は、どこにもない。

王馬くんの100%当たっている推測が、あくまでも想像に過ぎないことと同じように。

 

事件が何も起きてない以上、互いの証言を学級裁判で事細かに議論する機会もない。

そう判断した上での賭けに近い嘘だった。

 

「そうだよね、美兎さん」

 

「え?えっと、その……」

 

「そうだよね!!!美兎さん!!!」

 

「ひいいっ…!は、はいっ、そうですぅ!!

王馬を呼び出して恋愛相談するつもりでしたぁ!!」

 

……ヨシ!

これが僕たちの答えだ!!

 

 

 

Break!!

 

 

 

結論から言って、僕たちの中でそれ以上の揉め事は起きなかった。

 

「……ま、そこまで言うなら信じてあげるよ。今回の動機じゃ誰もコロシアイをしなかった、って展開もつまらなくはないしね」

 

王馬くんもこれ以上の詮索は埒が明かないと踏んだのか、そう言って話を切り上げた。

僕たちの下手な嘘なんてとっくの昔に見破られていたんだろうけど、ひとまずこの場は見逃してくれる、ということらしい。

 

彼には後で『アストロケーキ』をプレゼントすることを心に決めつつ、ひとまずその場はお開きということになったので、僕は美兎さんの手を引いて宿舎に戻ることにした。

 

「……」

 

「……」

 

なんとなく、気まずい沈黙が訪れる。

僕もここまでは完全に勢いで動いていたから、改めて彼女と向き合い言葉を失ってしまったのだ。

今日一日、あまりに多くの出来事が……ありすぎたから。

 

「えっと、その……色々あったけど、何とかなって良かっ──うぷっ!?」

 

次の瞬間、僕の体は美兎さんに抱き寄せられていた。

それだけならまだしも……自分の顔が、ちょうど彼女の一番特徴的な場所──胸元の中心に()()()()しまい。

 

「……あふっ」

 

人は、己の理解の範疇を越えた出来事が起こると、思考能力が一時的に停止するという。

 

驚きとか、嬉しさとか、そういった感情を全部飛び越えて僕の口から出てきたのは、間抜けな吐息だった。

 

「へ、へへ……どーよ、オレ様のヴィーナスボディは。見るだけじゃなくて実際に触れたのは、オメーが初めてだぜ?」

 

まるで桃源郷を覗いているかのような、不思議な感覚。絶望なんて軽く吹き飛ばせてしまうほどの夢とロマンが、そこには確かに存在していた。

 

僕は物言えぬまま、しかしこの感触を生涯忘れないよう自分の脳味噌にしかと刻み込む。

最原終一は、この瞬間を永遠に忘れないだろう。

 

「ありがとね、終一。アタシのこと、守ってくれて……大好きだよ」

 

人肌越しに感じる鼓動と暖かさは、間違いなく彼女が生きていることの証。

 

才囚学園での日々は後悔と悲しみの連続だったけど、今日だけは自分のことを褒めてやってもいいと、そう思う。

 

もう思い残すことはない──と言うと、少し大げさかもしれないけど。

 

今度こそ、守ることができたんだ……僕は。

 

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