トラックに撥ねられかけたウマ娘を助け、命を落としたトレーナー、神永新二。彼の肉体に、突如として別の意志が宿り復活する。
 それは、かつて並行宇宙の地球を、命を賭して救った存在、ウルトラマンだった。
 人間とウマ娘。異なる種族が共存するこの世界に興味を抱いた彼は、神永新二として、ウマ娘トレーナーとして生活する事を決意するのだった……。

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後書きに、本作におけるウルトラマンの設定やら何やらを書いてます。シン・ウルトラマンのネタバレもありますので、ご注意ください。


ウマ娘 空想特撮短編『虹の卵』 -神永新二(■■■)がウマ娘トレーナーになるようです-

 ――東京都郊外の山中。

 

 夜も更けてきた山の中の道路を、一台のトラックが走る。

 

「……このペースだと、朝までには間に合いそうっすね、先輩」

「そうだな。この感じなら……帰りに温泉に泊まって行けるな。ほら、行きしにあっただろ? この時間ならまだチェックインに間に合う筈だ」

「おっ、いいですねぇ! そうしましょったらそうしましょ!」

「こいつぅ、調子がいいなぁ全く!」

 

 ははは、と笑い声がトラックの中から聞こえて来る。

 だが、彼らが運んでいるもの、それはそんな笑いが吹き飛ぶような代物であった。それは……

 

「……おい、そんな花持ってたか?」

 

 不意に、運転席の男がそんな事を言いだす。

 彼がちらと見た先にあったのは、助手席の男の手に握られた花。

 

「え? ああ、さっき休憩で止まった時に拾ったんすよ、竹の花」

「ほぉ。竹に花が咲くのか」

「珍しいでしょ? 僕も初めて見たもんで、思わず持ってきちゃって」

 

 そうして自慢げにその花を見せびらかす助手席の男。

 その花を見ていた運転席の男は、最初こそ微笑ましいものでも見るかのように笑っていたのだが……徐々にその笑みが消えていく。

 

「……捨てちまえよ、そんなもん」

「ええっ、どうしたんすか急に」

「思い出したんだよ。お前、知らんか? 竹の花ってやつぁ――」

 

 その時だった。

 

「――!? 地震だ!」

 

 突如として山が揺れ、土砂が崩れだす。

 助手席に乗った男が「ひぃ!」と悲鳴を上げ頭を庇い、運転席に座る男は咄嗟にブレーキをかけ、トラックを急停止させる。

 

「こ、こいつぁ近ぇぞ!」

「た、たしけて! きゃみ様!」

 

 彼らの乗るトラックのすぐ目の前を、崩れ落ちた岩と土が転がっていく。そして――

 

 ――ぐ る る ぁ ぁ あ

 

「な、なんだあの音!?」

 

 男達の耳に、奇妙な音が聞こえてきた。

 最初こそ、地鳴りか何かだと思った。しかし、それにしては妙だった。まるで生き物……獣の唸り声のような。

 

 そう思っていた次の瞬間、山の岩肌が崩れ、その中に――

 

「ヒッ、先輩あれ、光って!」

「分かってらぁンな事!」

 

 何か、ギョロリとした目のようなものが光っているのだ。

 そして、山の中からそれが現れ、月明かりに照らされる。

 

「ば、化けモンだァ!」

 

 それは、まるで動く山のようだった。土気色をした、山のような怪物。

 空想の中でしか存在しえないようなソレが、今、男達の目の前に現れているのだ。

 これにはたまらず、男達は慌ててトラックから脱出しようとする。

 

 ――ぐ る あ お ぉ ぉ ん

 

「うわああああ――!」

 

 だが、怪物が崩した土砂の一部が、男達の元に殺到。男達をトラックに乗せたまま、崖の下に押し流してしまう。

 

 その折、トラックの後部から何か――球状の物体が転がり落ちていく。

 それこそが、男達が運んでいた荷物。その正体は――

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、こりゃひでぇや。おい見ろよこれ」

「なになに? ……濃縮ウランを積んだトラック、土砂崩れに巻き込まれ、濃縮ウランが行方不明?」

 

 次の日の朝刊の一面に、そのような記事が躍っていた。

 ここ最近郊外で続く奇怪な地震に事件の臭いを感じたとある新聞社の記者が、偶然にも崖の下で横転していたのを発見。早速記事にしたのだ。

 結局トラックから脱出できなかった二名の男は、重傷を負いながらも幸いな事に命に別状は無く、意識もハッキリしていた。

 

 ……一つ問題があるとすれば、男達が何やら、奇妙な事を口走っていた事か。

 

「み、見たんだ、俺。金色の、虹! それから、バァーッと竜巻みたいに吹き上がって、はは、ヘハハハハ!」

「……コイツの言ってる事は、本当です。俺も見ました。あれは、間違いなく……そう、映画の怪獣みたいな化け物だった」

 

 しかし、現代日本においてそのような巨大生物が発見された前例はない。

 きっと、急な災害に巻き込まれて精神的に参っているのだろうと、この証言を聞いた多くの人々はそう考えた。

 

 ……ある一人を除いて。

 

「………………」

 

 この騒ぎは、都内某所に存在する日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園にも届いていた。

 当然、多くのトレーナーやウマ娘は、この件を「起こり得る災害」によるものと認識し、また、自分達には関係のないものとして、普段通りの生活を送っていた。

 そんなトレーナーの中に埋もれるように、彼……神永新二はいた。

 

 教員室にて神永は、他のトレーナーよりも熱心に、その記事を眺めていた。

 神永の……否、ウルトラマンとしての直感が、この事件の異常性を訴えかけていたのだ。

 

(……濃縮ウラン。つまりは放射性物質。それを運んでいる最中の突然の地震。偶然が重なったにしては、違和感がある)

 

 記事の詳細を見ながら、神永は己の記憶――より正確に言えば、並行同位体の神永新二、つまり最初に融合していた方の記憶――を掘り起こす。

 放射性物質。それに関連した事件の記憶があったのを、神永は覚えていた。

 

(これは、調査をする必要が――)

「――神永!」

 

 不意に、意識の外から彼の名を呼ぶ声がし、咄嗟にそちらの方を向く。

 

「お前の担当が呼んでたぞ!」

 

 同僚のトレーナーからのそんな言葉に、神永はただ「わかった」とだけ返し、手早く荷物を纏めると、教員室から出ていった。

 

「……なぁ」

「何よ」

「神永、なんか変わったと思わないか?」

「変わったって、何が」

「いやなんかほら、今までもちょっと変な所あったけど……最近は輪をかけて浮世離れしたような感じがして」

「……そりゃ、担当を庇った時の事故で記憶障害が起きてるらしいし。記憶は人格形成に大いに関わってるっていうから、その影響でしょ」

「にしたって変だ。最近神永が読んでる新聞記事チラ見したんだけどよ、これがウマ娘関連のじゃないんだ」

「じゃあ、何読んでるってのよ?」

「……なんか、人体消失事件だの、南極で目撃された怪物の記事だの、そういうのばっかり見てるんだよ」

「あなた思ったよりチラ見してるじゃない。それもうチラ見じゃなくない?」

「気になっちゃったんだから仕方ないじゃないだろ! ……で、この話聞いて、どう思う?」

 

 男性トレーナーにそう問われ、女性トレーナーはしばらく考え込むと、口を開いた。

 

「……そうは言ってもねぇ。あの人、なんやかんやでウマ娘のトレーニングに関しては以前と変わりないようだし、別にいいんじゃない?」

「まあ、確かにそうなんだけどさ」

「心配なら直接聞けばいいでしょ」

「それが出来たらとっくにやってるっつの!」

「……あっそ」

 

二人の会話はそこで終わり、後は各々仕事に集中するのみだった。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「スペちゃん、そんな落ち込んでたってしょうがないって」

「でも……」

 

 スペシャルウィークは悩んでいた。他でもない、敬愛する先輩であるサイレンススズカに起きた、一連の悲しい出来事について。

 

 サイレンススズカ。数々の重賞レースを勝ってきた猛者にして、『異次元の逃亡者』の異名を持つ名ウマ娘の一人。

 何故彼女がそのような異名を持つのか。それは彼女の走り方に由来する。

 

 『逃げ』という戦法がある。これは、レース開始直後から先頭に立ち、そのままゴールまで走り抜くというものなのだが、普通のウマ娘がこの戦法を取ったところで、安定した勝ちは拾えない。何故なら、常に先頭をキープする為に、かなりのスタミナを要するからだ。その為、見た目以上に頭を使うのがこの逃げという戦法なのである。

 そんな逃げで勝つパターンがあるとすれば、途中で息を入れてスタミナを確保するか、あるいは……トップスピードのままゴールまで駆け抜けるか。

 前者はセイウンスカイ等のウマ娘が実践してはいるが、それでも安定した勝ちには繋がっていない。

 そしてサイレンススズカは……後者のウマ娘だった。

 それも、ただの逃げではない。『大逃げ』と呼ばれる、最初から先頭に立つだけでなく、他の逃げウマ娘よりも更に前へと行く、無鉄砲としか思えない走りをするのだ。

 これが普通のウマ娘なら、途中でスタミナが切れ、後方に落ちていく事だろう。だが、サイレンススズカはそうならない。

 圧倒的なスピードで先頭を維持するばかりか、最後の直線で更に伸びる。そんな、他のウマ娘からして理想の体現としか言いようがない走りを、サイレンススズカはどのレースでもやってのけたのだ。

 

 ……だが、その代償は大きかった。

 

 迎えた天皇賞(秋)。宝塚記念、毎日王冠で強敵を破った彼女に、最早敵はいないと思われていた。故に、ファンはサイレンススズカが勝つかどうかよりも、彼女がどれ程のタイムでゴールに入るかを楽しみにしていた。

 

 しかし――レースの途中、東京レース場に植えられた大欅の向こう側で、それは起きた。

 これまでの走りの負担が蓄積されていたのか、サイレンススズカの左脚が粉砕骨折。そのままレースを中止してしまったのだ。

 

「また走れるようになるよ、スズカさんなら、さ」

 

 スペシャルウィークの同級生にして友人のセイウンスカイが、彼女を慰めるようにそう言葉を掛けた。

 

 サイレンススズカがレースを中止した際、彼女はなんとか倒れまいとしていた。しかし、スピードが乗った状態で実質片足だけで走るのは、そのまま転倒して更なる大怪我にも発展しうる事態。

 そこで、異変に気付いたスペシャルウィークが真っ先に駆け付け、彼女を受け止める事に成功したのだった。

 その後、治療とリハビリの甲斐あって、状態としては再び走れるようにはなったサイレンススズカ。

 しかし……彼女が走る事を望もうとも、本能はそれを拒んでいた。

 それ故に、歩いたり軽く走ったりする事は出来ても、本気で走る事が出来なくなってしまっているのだ。

 

「……なんとか、ならないのかなぁ」

「うーん、こればっかりはスズカさんの問題だからねぇ……なんでも願いが叶う魔法とかでもない限りは難しいんじゃないかなぁ」

 

 サイレンススズカに思うところがあるのは、何もスペシャルウィークだけではない。同じように逃げを得意とするウマ娘であるセイウンスカイもそうだ。

 作戦として逃げを取る彼女にとっても、理想の逃げ方をするサイレンススズカは、ちょっとした憧れの対象には違いなかった。もっとも、いつかは負かすと心の中では息巻いており、その為に早く復帰して欲しいと願っているのだが。

 

「……ん? なんでも願いが叶う……うーん」

 

 その時、セイウンスカイの頭の中で、先程自分が言った言葉が引っ掛かった。

 願いが叶う。セイウンスカイはその言葉に聞き覚えがあった。

 そう、確かあれは――

 

「……あ、思い出した」

 

 セイウンスカイは、己の手を打った。

 

「スペちゃん、虹の卵って知ってる?」

「虹の、卵?」

 

 その言葉にピンと来ないらしいスペシャルウィークは、分かりやすく首を傾げた。

 

「うん。えっとね――」

「なんだなんだ? アタシ抜きでなんか面白そうな話してんじゃないの」

 

 唐突に背後からそんな声を掛けられ、二人は「わぁ!」と驚き飛び退く。

 彼女らの後ろから声を掛けたのは、長くたなびく美しい葦毛を持つウマ娘、ゴールドシップ。

 

「ちょ、ゴールドシップさん!? いきなり入ってこないで下さいよ!」

「いーじゃん、いーじゃん、スゲーじゃん。こういう面白そうな気配に寄ってくるのがこのゴールドシップ様ってところあるじゃん? で、どしたんどしたん、このゴルシ様にも聞かせてみちょ?」

「……スペちゃん、ここはゴルシ先輩も入れてあげよ」

「えっ、いいの? その……ゴールドシップさんだよ?」

 

 驚くスペシャルウィーク。そんな彼女に「お前、アタシを何だと思ってんだ」とジト目で見やるゴールドシップ。

 何だと思うも何も、彼女は誰もが知ってる破天荒ウマ娘。彼女が関わると大体変な事に巻き込まれるか、もしくは大変な事に巻き込まれるかのどちらかだ。

 

「いーのいーの。本気で探すとなると、多分結構人手いりそうだからねぇ」

「探す?」

 

 再び首を傾げるスペシャルウィーク。

 

「そう。これはお爺ちゃんから聞いた話なんだけどさ――」

 

 曰く、「お爺ちゃんのお母さんの、そのまたお婆ちゃんからの言い伝え」らしい。

 曰く、「さざめ竹の花が咲くのは不吉の前兆とされている」らしい。

 そして曰く、「さざめ竹の花と『虹の卵』を見つけると、なんでも願いが叶う」らしいのだ。

 

「ま、迷信みたいなもんだろうけど、火のない所に煙は立たぬって言うじゃん? だから、ちょっと気になってさ」

「へぇ~、そんな伝承があるんだねぇ……」

 

 セイウンスカイの言葉に、スペシャルウィークは感心するように声を上げる。

 というのも、スペシャルウィークにとっては竹の花や虹の卵はおろか、竹すら珍しいものだからだ。

 何せ、竹という植物は比較的暖かい気候の場所に生育するもの。

 それに対し、スペシャルウィークの住んでいた北海道は殆どが竹の育ちにくい環境であり、ごく僅かな限られた場所でだけ、その姿を見る事が出来るレベルなのだ。

 

 そんな中、「あっ」とゴールドシップが声を上げた。

 

「なぁなぁ、竹の花なら此処にあるぜ」

 

 そう言いながら懐から出したのは、紛れもなくさざめ竹の花だった。

 

「うぇぇ!? こんなあっさり!? ゴールドシップさん、どこでこれを!?」

「いやな、タケノコ採りに言ってたら偶然見つけたからよ。珍しくて持ってきちまった☆」

「なんで唐突にタケノコを!? というか不吉の前兆なのに!?」

「知らん! 幸運か不幸かは、アタシが決めるッ!」

 

 ふん、と鼻を鳴らし胸を張るゴールドシップに、セイウンスカイは乾いた笑いしか浮かべられない。

 

「ま、まぁともかく、これで一つ目の条件はクリアされたって事で。後は虹の卵なんだけど……」

「ああ、そっちについてもなんか心当たりっぽいのがあるようなそうでもないような」

 

 それってどっち? と突っ込みたくなるセイウンスカイとスペシャルウィークだったが、ここはぐっとこらえ、ゴールドシップに話の続きを促す。

 

「どうも、金色の虹としか言えねぇモンが空に浮かんでるらしくてな? それがまぁ、最近結構な頻度で出てくるって話なワケ。いやぁ、怖いな~、おっかないな~と思って……」

「金色の虹!?」

 

 ゴールドシップの口から出た眉唾な単語に、思わず目を剥くスペシャルウィーク。

 虹と言えば七色に輝くもの。それが、金一色とは。

 

「……それってさ。あんな感じの?」

 

 不意にセイウンスカイが何かに気付いたのか、恐る恐るとある方角の空を指差した。

 

「そーそーああいう……ってホントに出てんじゃねーか! あのおっちゃん、ホントの事言ってたんだな!」

 

 それを見たゴールドシップは、驚きのあまりカッと目を見開いた。

 

「いやいや、そんな凄いのが浮かんでるわけ――」

 

 そう言いながら、スペシャルウィークもその方角の空を見やる。

 

 はたして、そこには金色に輝く虹が浮かんでいた。

 

「どぇえ!? 本当に浮かんでるーッ!?」

「……もしかしてだけど、まさか虹の根本に卵があるとか、そんなありがちな事は――」

「あるかもしれねぇ! いや、ある! よしお前ら! 早速人を集めて来い! 皆で虹の卵を探すぞ!」

 

「――何を探す、と?」

 

「いやだから虹の卵、を……」

 

 唐突に背後から聞こえてきた男の声に、ゴールドシップはゆっくり振り返る。

 そこに立っていたのは、スペシャルウィークやゴールドシップ、ひいてはサイレンススズカの属するチームのトレーナーである神永だった。

 

「あっ、トレーナーさん!」

「げェーッ! サンシャイン神永!」

「なんだその名前は」

 

 ゴールドシップの妙なネーミングに真顔で――本気の疑問の意味合いの方が強そうな言い方ではあったが――ツッコミを入れながら、神永は彼女達の視線の先を見やる。

 

「……あれは」

「おう、金色の虹だぜ。アレの根元に虹の卵があるかもしれねーんだ」

「虹の卵?」

 

 無表情だが、心底不思議そうにそう問い返す神永に、「おう!」と元気良く返すゴールドシップ。

 

「アタシ達は、今この手にある竹の花と虹の卵を揃え、『神』になる!」

「――って違いますよ!? スズカさんが走れるようにってお願いするんですよ!?」

「神様になりゃその願いも叶えたい放題じゃねーか」

「あっ、そっか!」

「いや、納得しちゃ駄目だよスペちゃん。少なくともゴールドシップ先輩にその力を与えたら駄目な気がするから」

「ひでぇ! アタシの事なんだと思ってやがんだ!」

「ゴールドシップ先輩」

「……なんだ、何もルビが振られてない気がするのに、すげぇ色んな意味が詰まってる気がする……ッ!」

 

 やいのやいのと姦しいウマ娘三人のやり取りを、神永は相変わらずの鉄面皮のまま眺めている。

 

「……何故、神になりたい」

「あん? そりゃオメー、神と言えば全知全能ッ! 何でも出来て好きな事だけ出来る夢の職業だろうがよ。……ん? 神って職業なのか?」

「…………」

「お? どうした? なんで急に押し黙った? あ、分かった! アンタもなりてぇのか、神!」

「いや」

「即答かよ」

 

 あっさりと答えてみせた神永に、ゴールドシップは疑わしいものを見るような目で神永の仏頂面を見やる。

 

「アンタにだってあるんじゃねぇの? こう、女にモテたい! とか、金持ちになりたい! とかさ」

「ない」

「これも即答かよ……」

「そうなる事で何を喜べばいいのか、私には分からない」

 

 神永が真顔でそんな事を言いだすものだから、当然ゴールドシップは苦い顔をした。

 

「……マジで言ってんの? 世の男性諸君は大抵そういうの好きだって言うぜ?」

「? 男かどうかで何か変わるものがあるのか?」

 

 仏頂面ながら、無垢な目でそう問いかけてくる神永に、ゴールドシップは思わず天を仰ぐ。

 

「……アンタ、前と変わったような変わらないような、良く分かんねぇ男だよ、ホント」

「君も大概良く分からないが」

「アタシはまだ理解できる範疇だろうが!」

 

 「そうかな……」と不安げに心中で呟くスペシャルウィーク。

 「えーと、もう帰っていいかな」と、なんだか飽きが来だしたらしいセイウンスカイがそんな事を口にする。

 

「カーッ! もういい! スペ、セイウンスカイ! とりあえず人集めだ! 明日早速探しに行くぞ!」

「え、えぇっと、良いんですか?」

「いいに決まってんだろ! そいつがどれぐらい願い叶えられんのかわかんねぇけど……少なくとも、スズカを走らせる事ぐらいできんだろ!」

「……ちなみにその根拠は?」

「勘!」

「根拠ないんじゃないですかぁ~~~!」

「るせぇ! お前はスズカに走って欲しいのか、走って欲しくねぇのか!?」

 

 そう詰め寄られたスペシャルウィークは、うぐ、と声を詰まらせる。

 

「……しい、です」

「あぁん!? 聞こえねぇなぁ!?」

「……走って、欲しいです! もう一度、ターフに戻ってきて欲しい!」

「よく言った! それでこそウマ娘だ!」

 

 「それじゃ人集めに行くぞ!」と駆けだそうとするゴールドシップを、神永が「待て」と制止する。

 

「あんだよトレーナー! アタシら忙しいんだけど!?」

「トレーニングを休んででもか?」

 

 「……あ゛」と声を漏らし、苦い顔をするゴールドシップ。

 実はと言えば、ゴールドシップは一週間後にデビューを控えたウマ娘。能力自体はあるが、しかしトレーニングを怠って勝てる程、本番のレースは甘くない。

 

「行くのは構わない。だが、それはやるべき事をやった後にするものだと考える」

 

 あくまでも冷静に告げる神永に、「でもよぉー」と口を尖らせるゴールドシップ。

 

「それに、サイレンススズカの復帰を願っているのは、君達だけではない。私もだ」

 

 その言葉に目を見開くスペシャルウィーク。当然の事と言えば、当然だ。

 何せ、サイレンススズカをスカウトし、彼女に大逃げというリスキーな戦法を取らせる事を許したのは、他ならぬ事故で記憶を失う前の神永なのだから。

 

(……トレーナーさん、もしかして――)

 

 思わず神永の顔をじっと見つめるスペシャルウィーク。その整った顔立ちは、相変わらずの鉄面皮だ。

 

「では、私は先にグラウンドに行っている。君達も来るように」

 

 そう告げた神永は、くるりと背を向け、そのまま歩き出し――

 

「……一つ、言い忘れていた」

 

 ぴたりと止まると、スペシャルウィーク達の方へ振り返った。

 

「あの虹の出ている方へは行かない方がいい」

「え、何でですか?」

 

 そう問うスペシャルウィークだったが、神永は何も言わず、そのままグラウンドの方へと去ってしまった。

 

「なんだあいつ、記憶無くなってから輪をかけてヘンになっちまって」

「まぁまぁ。とりあえず人集めは私がやっときますよ~っと」

 

 怪訝そうな顔をするゴールドシップに、セイウンスカイがひらひらと手で扇ぎながらそう申し出る。

 

「お? マジで? いいのか?」

「やー、私今日はサボ……休みの予定だったんで。とりあえず暇してる子に声をかけときますよ」

「……あれ、なんか今」

「よぅし分かった! ではセイウンスカイ隊員! スカウトヨロシク!」

「あいあいさー」

「ええ!? 今のスルーしていいんですか!?」

「では、決行は明日だ! 皆、準備は怠らないように! では、解散!」

「……って、ゴールドシップさん! そっちはグラウンドじゃないですよぉ~!」

 

 

 

 

 ……それから時は経ち、土曜日。

 

「……思ったより集まらなかったなぁ」

「まぁしょうがないですよ。ぶっちゃけ虹色の卵を信じない人の方が断然多いですし」

「でも、あったら素敵ですよね、虹の卵」

「金色の虹はあるのになぁ……本当なんです信じてください! って言うとなんでみんな信じねぇんだ?」

「Golden rainbow! きっと何か、Wonderfulな事が起こるに違いありまセン!」

「しかし、今朝やった占いによると、その虹にはあまり近づかない方が吉と出たのですが……あぁッ、待って下さいよ~!」

 

 そう言い合いながら、ゴールドシップは集まったウマ娘達を先導し、山道を歩いていた。

 

 今回集まったのは、立案者であるゴールドシップにスペシャルウィーク、セイウンスカイ。

 それから、セイウンスカイが誘って着いてきたニシノフラワーに、サイレンススズカの級友であるタイキシャトル、マチカネフクキタル。

 そして――

 

「……えぇと、無理しなくてもいいわよ、スペちゃん。これは私の問題だから……」

「だとしても、少しでも何か助けになりたいんです! それに、スズカさんがいないと願いがちゃんと叶わないかもしれないですし! あっ、そこ木の根っこあるので気を付けてくださいね!」

「え、えぇ」

 

 スペシャルウィークに連れられてきたサイレンススズカ。

 唐突に「虹の卵を探しに行きましょう!」と誘われ、あれよあれよという間にこんなところにまでやってきてしまった彼女は、酷く困惑していた。

 理由は単純で、それでいて複雑で。

 

(……今の私が、レースの世界に戻っても)

 

 自分は、もう走るべきではないのではないか。

 そんな思いがサイレンススズカの中にはあった。

 確かに、自分が走りたいと思う気持ちは本当だ。だが、それでも――どこか、後ろめたさを感じる自分もいて。

 

 これまでのレースの歴史の中において、レース中の怪我で戦線を離脱するウマ娘というのは少なくない。

 ましてや、サイレンススズカがなった脚部粉砕骨折など、本来なら引退ものだ。

 しかし、神は彼女を見放さなかったのか、それとも運命の悪戯か。サイレンススズカは無事に戻って来れた。

 

 ……だが、その心には確実な傷が二つ出来ていた。

 

 一つは、もう一度怪我をする事への恐れ。

 もう一つは――

 

「……スズカさん?」

 

 不意にスペシャルウィークに呼びかけられ、「どうしたの、スペちゃん」と慌てて返す。

 

「いえ、その……なんだか、怖い顔してたから」

「……大丈夫。なんでもないわ」

 

 そう答えて微笑むサイレンススズカ。そんな彼女にスペシャルウィークは「でも……」と何かを言いかける。

 しかし――

 

「おーい、二人共! こっちだぞ~!」

「ほら、ゴールドシップさん達が呼んでる。行きましょ、スペちゃん」

「……はい」

 

 渋々といった様子で返事をしたスペシャルウィークは、そのままサイレンススズカの後をついて行く。

 

 その先の空には、金色の虹が浮かんでいた。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「…………」

 

 神永は、一人車を走らせていた。目指すは、輸送トラックが土砂崩れに巻き込まれたという現場。

 程なくして、その現場と思しき場所に到達した。

 ある筈の道路は、土砂で埋め尽くされてしまっている。

 

(これ以上、車では無理か)

 

 早急にそう判断した神永は、躊躇う事無く下車。

 そして、土砂の元であろう上の方へと目をやる。

 

 はたしてそこには、まるで何か大きなものでもいたかのような空洞が出来ていた。

 神永は目を細め、注意深くその中を見る。

 ……しかし、彼の目には動くものも怪しいものも見つけられなかった。

 

(やはり、今の私の状態と、この人間の身体では限界があるか)

 

 それに対する神永の感想に、悔しいなどという感情は無く。彼は淡々とした様子で、土砂に埋もれた道の先へと進みだしたのだった。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

「よっしお前ら! こっからは分かれて探すぞ! あと、ここら辺地震が多いらしいから気を付けるよーに! 以上!」

 

 そうゴールドシップが一方的に宣言し、分かれて探すようになってから、かれこれ二時間は経過しただろうか。

 

「……うーん、ないなぁ、虹の卵」

 

 見落としが無いよう、木の裏に回り込みすらしながら探すスペシャルウィークに対し、サイレンススズカは、どこか探す気がないような雰囲気を出していた。

 やる気がないのとは違う。もっと別の要因がありそうな、それで悩んでいるような様子だ。

 

「……ねぇ、スペちゃん」

「ん? なんですかスズカさん? ……あ! もしかして見つけましたか!?」

「いいえ、違うわ」

 

 「そっかぁ」と心底残念そうにするスペシャルウィークに、サイレンススズカは少し、心が痛んだ。

 だが……それでも、伝えた方がいいと、そう思った。

 

「……あの、あのねスペちゃん。やっぱり、探すのはやめて帰らない?」

 

 「え」と、スペシャルウィークの口から声が漏れる。

 

「……確かに、虹の卵の話が本当なら、凄い事だわ。でも、もし本当にあるのだとしたら、私達よりも先にそれに気付いた人が見つけてると思わない?」

「それは……そうかもしれませんけど……」

「なら、もういいんじゃないかしら。私としては、久々に山に来れてリフレッシュできたし、これで次の練習も――」

「なら……んですか」

「え?」

 

「スズカさんは、このままでいいんですか!」

 

 スペシャルウィークの叫びが、山中に木霊する。

 

 サイレンススズカは、表情にこそ出さなかったが、心の中で驚愕した。自分を心底慕っている後輩が、ここまで声を荒げたのを見たのは初めてだったから。

 

「……確かに、怪我をするのは恐ろしいです。私がスズカさんの立場だったら、もしかしたら立ち直れないかもしれません」

「……スペちゃん」

「でも、スズカさんは諦めずにリハビリをして戻ってきました。練習では走る姿も見せてくれました。……けど……けど全然走れてない! あの頃みたいに走る事を楽しんでるスズカさんが見たいのに!」

「…………」

 

 スペシャルウィークの言っている事は、本当だ。サイレンススズカはリハビリから復帰して以来、本気で走れていない。

 知っているのはスペシャルウィークだけではない。彼女のチームメイトや友人達もだ。

 誰が見ても、今のサイレンススズカは走る事を楽しめていなかった。

 

「だから、私は探しますよ。例えスズカさんに止められても。スズカさんに、もう一度走る事を楽しんでほしいですから」

 

 そう言い切ったスペシャルウィークに……彼女の真っすぐな視線に、サイレンススズカは何も言えなかった。

 

 貴方に何がわかるの。そう言いたい気持ちも、無くは無かった。だが――彼女の真摯な気持ちを前にして、それを口にするのは憚られたのだ。

 

「……スペちゃん。その気持ちは、嬉しいわ。でも……」

 

 だから、何かを口にせねばと思い言葉を捻りだすが、胸につっかえるようで中々出て来ない。

 

 そうして口に出せずに悶々としている、そんな折に。

 

「……スズカさん、しばらくここで休んでて下さい。私、探してきます」

「えっ」

 

 スペシャルウィークが唐突にそんな事を言い、そのままくるりと背を向け、草木を掻き分けて進んでいく。

 サイレンススズカは、彼女を止める事も、着いていく事も出来ず、ただ茫然とその場に立ち尽くしていた。

 

「……私、何してるんだろ」

 

 ふと出た呟きが、山の静けさの中に消えていく。

 そして、サイレンススズカは己の足元を……己の脚そのものを見下ろす。

 もう、怪我をしていた痕跡も何もない、己の脚。

 

「……トレーナー、さん」

 

 そう呟くと、彼女は瞳を閉じた。

 そして、思い出す。今と変わらない仏頂面ながら、彼女の走りを熱を込めた視線で見つめていた、あの日の彼を。

 

『――――――』

 

 彼が語り掛けてきた言葉を、彼女は今でも覚えている。その言葉は鮮烈で、眩しくて……陰っていた彼女の心に、光をもたらしてくれた。

 普段から親しくしているスペシャルウィークとはまた別に、特別な感情を抱いている恩人。

 

「……ごめんなさい。スペちゃん、トレーナーさん」

 

 だからこそ、今の彼女は二人に対する後ろめたさがあった。

 本気で走れない事もそうだが、何より――

 

「……私は、走れない」

 

 そう呟いた彼女の瞳に、光は無かった。

 

 そんな暗い心境だからか、彼女は僅かに地面が揺れる感覚に気付かなかった。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「……ここか」

 

 神永は目を細め、目の前の暗がりの洞窟を見やる。

 

 ……否、天然の洞窟ではない。それは、とある生物が作り出した穴。その直径たるや、60mは軽く超えているだろうか。

 

 神永の視線の先で、パラパラと土が落ちている。そして、神永はその場に屈みこむと、地面に手を触れる。

 そこから感じられるのは、明らかな熱。

 

「……いるな」

 

 神永は確信をもって呟く。そして、懐から何かを取り出そうとし――

 

 ――ぐ ら ぁ ぁ ぁ お ぉ ぉ ん

 

 突如として、何かが吠えたかのような音が、洞窟の奥から響いてくる。

 ……否、吠えたかのような音ではない。吠えたのだ。洞窟の奥に潜む何かが。

 

 次いで、洞窟の奥がにわかに明るく輝きだす。

 

「……!」

 

 身の危険を感じた神永は、咄嗟に洞窟から離れる。

 瞬間、洞窟の奥から金色の怪光線としか言えない何かが放たれたのだ。

 

 5秒程放たれたそれは、射線上に存在していた木々を崩壊せしめた。

 そう、炎上でもなぎ倒すでもなく、崩壊。

 明らかに尋常ならざるその光景を、神永は特に驚くでもなく、あくまでも冷静に分析をする。

 

(……分子構造そのものを崩壊させる光波熱線か。どうやらあちらとは違うらしい)

 

 そうして、分子結合が崩壊したと思しき木々を眺めていた神永だったが、一定のリズムを刻む地響きを聞き、再び洞窟へと視線を向けた。

 

 洞窟の暗がりの中に、怪しく輝く赤い瞳。

 やがて現れたそれは、土気色の肌をした怪物だった。

 まるで異形の頭蓋骨を露出させたかのような頭部に、長い尻尾。そして、背部に見えるヒレが特徴的なそれは、かつてこの世界にやって来るより以前の神永新二の記憶で見たもの……禍威獣第六号『パゴス』に非常に酷似していた。

 

(成る程。パゴスの同種と考えるなら、放射性物質を載せたトラックを狙ったのも頷ける)

 

 彼が記憶で垣間見たパゴスは、最初こそ地底から現れる事から地底禍威獣の異名が着けられていた。しかし、この禍威獣が放射性物質を好んで捕食する事が明らかになった後、正式に放射性物質捕食禍威獣と命名されたのである。

 だが、あちらが口から吐いていたのは放射性を含んだ熱線。こちらは分子構造破壊光線。

 

(並行世界であるが故の差異か、あるいは別の理由か……)

 

 一人考察を深めようとしていた神永だったが、その余裕が無いのも事実で。

 便宜上パゴスと呼称するこの存在は、まるで何かを嗅ぎ付けたかのように動き出すと、一直線にその方向に向かいだす。

 

 神永はその動向を追うように走り出した。

 

 その上空では、金色の虹が妖しく輝いていた。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「……スズカさんにあんな事言ったものの、本当にどこにあるんだろ、虹の卵……」

 

 一方その頃、スペシャルウィークは途方に明け暮れていた。何せ、一向に虹の卵と思しきものが見つからないからだ。山を駆け巡る事数十分。既にかなりの距離を移動した筈なのだが……。

 

「うーん……あれ?」

 

 ふと、彼女は立ち止まる。

 その視線の先には、小さな滝壺。その水の流れに沿って視線を向けると――

 

「何、あれ……光ってる?」

 

 川岸の地形に引っ掛かるような形で、何かが流れ着いているようだった。

 最初こそ、光が川に反射しているだけかと思ったが……それにしては、やけに立体感を感じさせる。

 まるで、玉のような……。

 

「……もしかして!」

 

 ある予感がしたスペシャルウィークは、思わずそれの元に駆け寄る。

 

 はたして、そこにあったのは、鈍い金色に輝く、バレーボールより一回り大きな球体。

 

「あれぇ、金色だ。でも、空には金色の虹……って事は、これが虹の卵って事!?」

 

 そう推測したスペシャルウィークは、思わず「やったー!」と叫びながら飛び跳ねる。

 

「後はこれを持ってゴルシさんと合流すれば……!」

 

 そして、意気揚々と懐からスマートフォンを取り出す。

 すると――

 

「……あれ、滅茶苦茶通知来てる!? なして!?」

 

 見れば、LANEの通知が幾つも来ているではないか。

 驚くスペシャルウィークだったが、とりあえずその通知の一番上に丁度来ていたゴールドシップに通話しようと試みる。

 

『……あっ、お前ようやく繋がったな!?』

「ゴールドシップさん! 私、やりましたよ!」

『何が!?』

「何って、卵ですよ! 虹の卵、見つけたんですよ!」

『んな事言ってる場合じゃねぇ! お前、今どこだ!?』

「え? えーと……どこだろ此処?」

 

 スペシャルウィークのとぼけた一言に、通話先のゴールドシップがズルッとこけたかのような音が聞こえる。

 

『なんでもいい! 目印になるもんねぇのか!』

「目印……あ、滝! 滝があります!」

 

 「滝か……っていうと……」と、ゴールドシップが何やらガサゴソと漁る音がする。

 

『……わかった、とりあえずそこから西に向かえ! そこならまだ遠いはずだ!』

「遠いって、何がです?」

『お前、あの声聞こえなかったのか!?』

「声? 声って――」

 

 何、と訊こうとした、その時だった。

 

 ――ぐ る る ぅ ぁ あ お ぉ ん

 

「――ッ!?」

 

 突然、地響きと共に聞こえてきた何かに、スペシャルウィークは本能的に恐怖を覚えた。

 思わずきょろきょろと辺りを見渡すスペシャルウィーク。

 森が風でざわめき、鳥達が一斉に飛び立つ。

 

「に、逃げなきゃ……あ!」

 

 その場から離れようとしたスペシャルウィークだったが、しかし、自身が忘れ物をしている事に気付く。虹の卵だ。

 スペシャルウィークは、ウマ娘視点でそれなりに重さのあるそれをひょいと抱え上げると、そこから立ち去る。

 

 ……それからしばらくして、森をなぎ倒しながら、あの土気色の巨体が姿を現した。

 

 ――ぐ る る る ぅ … …

 

 唸り声を上げながら、パゴスは周囲を見渡す。

 そして、何を察知したのか、ある一点を見つめると、その方向に向かって再び進行を始める。

 

 その方向は、スペシャルウィークが駆け出した方向に他ならなかった。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「おぉーい! スペー! 何処だー!?」

 

 叫ぶゴールドシップ。しかし、返事はない。

 あるのは、不気味なまでの静けさと、時折響いてくる地鳴りだけ。

 

「スペちゃん、いましたか!?」

「うんにゃ、何処にもいねぇ。そろそろ合流してもおかしくねぇ筈なんだが……」

「心配、ですね……」

 

 肩で息をするセイウンスカイの問いに、ゴールドシップは首を横に振る。

 そして、ニシノフラワーは心配げに空を見上げる。

 

 そこに浮かぶ金色の虹は、ニシノフラワーにとって最初は綺麗なものという認識だったが、今ではまるで、不気味なもののように思えてならなかった。

 

「oh、いまシタ! hey、ゴールドシップ!」

 

 そこに、タイキシャトルがゴールドシップに声を掛けながら近づいてくる。

 どうやらスペシャルウィークとはぐれた後のサイレンススズカと合流したらしい。

 

「おいスズカ、なんだってスペの奴と離れちまったんだ!」

「え、えぇと、それは……」

 

 それを問われたサイレンススズカは、思わず閉口してしまう。

 だが、それでも自分に非があると思い、唇を震わせながら口を開く。

 

「……私が、スペちゃんを怒らせたから」

「……怒ったんですか? あのスペちゃんが?」

 

 目を丸くするセイウンスカイの問いに、サイレンススズカは無言で首肯する。

 

「私、スペシャルウィークさんの事はあまり存じ上げないんですが……スズカさんから色々とお聞きする話からだと、そんなに怒るタイプとは思えないんですよねぇ……」

「いや、アイツああ見えて頑固なところあっからなぁ。大方、虹の卵を見つけようと躍起になってたんだろ」

 

 不思議そうにするマチカネフクキタルの言を、それなりに長い付き合いのゴールドシップが否定する。

 

 と、そんな時。

 

 ――ぉーい

 

「ん? あれは……」

 

 遠くから聞こえて来る、何かの音……否、声。

 

 ――おぉーい! 誰かいませんかー!

 

「あの声……間違いねぇ! スペだ!」

「……! スペちゃん……!」

 

 その声を耳にしたサイレンススズカは、皆が制止する前に、凸凹とした道無き道へと歩み出す。

 しかし、その脚は普段よりも速いもので。

 

「おいスズカ! 無茶すんな! いつ崩れたりするかわかんねぇんだぞ!」

「スズカー!」

 

 そう言いながら、ゴールドシップ達も彼女の後を追う。

 

 

 

 

 しばらくして、スズカ達は森が開けた場所に出る。

 そこには一面、草原が広がっていた。

 そして――

 

「……あっ、おぉーい! 皆さーん!」

 

 なだらかな傾斜のあるその草原の向こう側から、聞き馴染みのある声が聞こえてくる。

 

「! いたぞ!」

 

 それから少しして、草原の上の方から、スペシャルウィークがひょっこりとその姿を見せた。

 

「皆さーん! 私、卵、見つけましたー!」

 

 何やらそのような事を叫んでいるスペシャルウィークに、元気そうだと安堵する一同。

 しかし――次の瞬間、皆の顔が揃って青ざめていく。

 

「……あの、私、夢見てないですよね? ねぇ?」

 

 あわあわと挙動不審になるマチカネフクキタルの問いに、誰も答えなかった。誰も、答えられなかった。

 

「……スペ、走れ!」

 

 ようやく我に返ったらしいゴールドシップが叫んだ。

 

「え!? なんて言いましたー!?」

「いいから! 走れ! でもって! 後ろを! 振り返るな!」

 

 声を張り上げるゴールドシップに、あっ、と誰かが声を漏らした。

 

「後ろ!? 後ろって言いました!? 何が――」

 

 そんなゴールドシップの言葉に、思わずスペシャルウィークは――振り返ってしまった。

 

「――へ?」

 

 規則的に響いてくる地鳴り。それが、段々と大きく、速くなっていく。

 そして、スペシャルウィークの背後に立つ木がなぎ倒され、その正体が明らかになる。

 

「――わぁぁっ!?」

 

 それを目撃したスペシャルウィークは、恐慌に駆られながらも走り出す。

 

 そして、スペシャルウィークが先程まで立っていた場所を、土気色の巨体をした怪物……パゴスが踏みつぶした。

 

 ――ぐ る る お お ぉ !

 

 その目は、明らかにスペシャルウィークを見据えていて。

 

「ッ、スペちゃん! 早く!」

「こっちへ! 急いでください!」

 

 それにいち早く気付いたセイウンスカイが叫び、次いでニシノフラワーも必死に声を上げた。

 しかし……奇妙な事に、遠目に見えるスペシャルウィークが、全然近づいてきているように見えない。

 仮にもG1に勝つレベルのウマ娘である彼女が、だ。

 

「あの、なんだかスペシャルウィークさん、走っているにしては遅くないですか……!?」

「フクキタル、look! スペちゃんの腕の中!」

 

 その足取りが妙に遅い事に気付いたマチカネフクキタルの疑問の答えを、ファストドローの大会で優勝する程の銃の腕前故に目がいいタイキシャトルが出した。

 

 スペシャルウィークは、その腕の中に大きな球体の何かを抱えているのだ。

 

「おいおいおい、もしかしてアレ、スペが電話で言ってた虹の卵か!?」

 

 それに気付いたゴールドシップが僅かに喜びの感情を見せるが、しかし喜んでばかりもいられない。

 あの怪物は、明らかにスペシャルウィークを狙っている。で、あるならば。

 

「スペー! そんなもんさっさと捨てて全速力で走れーッ!」

「……ぜぇッ、イヤ、でーすッ!」

 

 ゴールドシップの叫びに、スペシャルウィークは虹の卵を抱え、必死に走りながら拒否する。

 スペシャルウィークは、意地でもそれを持ったまま逃げ延びようとしていた。

 

「これは! スズカさんがレースに戻ってくる為に! 必要なものなんです! だから――!」

 

 叫んでいる場合ではないだろうに、それでもスペシャルウィークは叫んだ。

 その言葉からは、サイレンススズカへの……敬愛する先輩への、確かな想いが籠っていて。

 

 しかし――

 

「あっ」

 

 現実は非情にして無情。生えている草で見えないが、ここはレース場とは違い、整地されていない自然の真っ只中。

 その自然に出来た窪みに足を取られ、スペシャルウィークは転んでしまう。

 

「スペちゃん……!」

 

 私のせいだ。サイレンススズカの胸の内を、そんな言葉が去来する。

 自分が、スペちゃんの言葉を無碍にしなければ。

 そんな後悔が押し寄せてくる。

 

 しかし、それ以上に――

 

「スペちゃぁぁぁん!!!」

「おいスズカ! よせ!」

「スズカ、No!」

 

 自分の為を想って頑張ってくれた後輩を、此処で見捨てては、一生後悔すると。

 その思いが、彼女の脚を動かした。

 

(ッ、コースよりも凸凹して、走りにくい……! でも!)

 

 見えない凹凸に足を取られそうになりながらも、それでもサイレンススズカは走る。

 そのスピードは、徐々に加速していき――

 

 

 

 

(……あれは)

 

 丁度その頃、それを遠くから見ていた者がいた。神永だ。

 

 神永の目には、今のスズカは全盛期のそれとまでは行かないが、しかし本気の走りが出来ているように見えた。

 

(……他者からの想いを受け、走る。それがウマ娘という生命体とは聞いていたが)

 

 よもや、ここまでのものとは。神永は無感情そうな表情の下、驚きを隠せずにいた。

 しかし、それを脅かさんとする脅威が迫りつつあるのもまた事実で。

 

 

 

 

 ――ぐ る る ぁ ぁ お ぉ ぉ ん

 

 怪物が唸り声を高らかに上げる。

 それを耳にしたスペシャルウィークは、腕の中の虹の卵を抱え込み、ぎゅっと目を瞑った。

 

 そしてパゴスは、スペシャルウィークの姿を見失った為か、そのまま歩みを進めんと、丁度スペシャルウィークのいる場所を踏み潰すように、その脚を落とそうとする。

 

(お母ちゃん……ッ!)

 

 スペシャルウィークは祈った。天国にいる、自分を産んでくれた母に。

 

(お母ちゃん……ッ!)

 

 スペシャルウィークは祈った。北海道にいる、もう一人の母に。

 

 怪物の唸り声と、それに伴う地響きが、スペシャルウィークにはまるで死神の足音のように思えた。

 

(私はどうなってもいい! けど……けど、スズカさんは!)

 

 しかし、その土壇場において、スペシャルウィークは己の事よりもサイレンススズカの事を考えていた。

 本来なら自分などよりも凄く、誰よりも走る事が好きで、皆を笑顔に出来る、そんなウマ娘の無事を。

 

 そして――そんな祈りが届いたのか。

 

 スペシャルウィークの身にこれから起こるであろう悲劇は、訪れる事は無かった。

 代わりにやって来る、ズシン、という強い衝撃。

 

(……………………?)

 

 恐る恐る目を開けるスペシャルウィーク。

 

 痛みは、ない。

 草が自分の身体に擦れる感触は、ある。

 一体、何がどうなって――

 

「――スペちゃぁぁぁん!」

 

 聞き馴染みの深い声が聞こえ、スペシャルウィークの耳がピクリと震えた。

 

「……! スズカさん!」

 

 スペシャルウィークの視界の端。そこに、こちらに向かって走ってくる人影が見えた。サイレンススズカだ。

 

「スズカさん……!」

 

 そして、気づく。彼女が、全速力で走って来ている事に。

 

「スズ――うぁっぷ」

「スペちゃん……!」

 

 そして、スペシャルウィークの身体を、サイレンススズカが勢いよく抱きしめた。

 

「……あれ、私、もしかしなくても、生きて――」

「えぇ……えぇ! 生きてるわ! 貴方は!」

 

 強く抱きしめられた痛みで、ようやく生きている事を実感するスペシャルウィークに対し、サイレンススズカは噛み締めるように、振り絞るように、涙ぐみながら言葉を紡ぐ。

 

 そして――

 

「……わぁ!」

 

 自分に襲い掛かる筈だった怪物の姿を探して、僅かに首を動かしたスペシャルウィークが見たのは――赤いラインを持った銀色の巨人の背だった。

 

「助けて、くれた……?」

 

 

 

 ――時は数秒前に遡る。

 

「………………!」

 

 成り行きを見守っていた神永は、唐突にスーツの内ポケットから銀色の筒状の物体――ベーターカプセルを取り出す。

 そして、それを胸の前に構えながら、一度そのスイッチを押す。

 すると、ベーターカプセルのセーフティが解除され、スイッチが浮き上がる。

 そして、ベーターカプセルを天高く掲げた神永は、再度スイッチを押す事で、ベーターカプセルを点火した。

 

 瞬間、ベーターカプセルの先端に内蔵されている赤い球体が100万ワットの輝きを放ち、神永の足元に赤い異次元空間――プランクブレーンへの入り口を作る。

 そこから銀色の巨大な手が現れ、神永の身体を掴み取るように同化する。

 そのまま伸び上がるように、プランクブレーン内部から実に60mにも及ぶ巨体が現れた。

 

 右腕を天高く突き上げた姿勢の赤と銀の巨人は、そのまま飛び上がると、スペシャルウィークを踏み潰さんとするパゴスへと殺到。

 顎に向かって痛烈なパンチを見舞う。

 

 予想外の拳を受けたパゴスは、もんどり打って背後に向かって倒れる。

 

 別次元に存在する光の星の存在と偶然にも融合を果たした神永トレーナーは、ベーターカプセルで外星人としての肉体を召喚した。

 マッハ9.6のスピードで空を飛び、強力なエネルギーであらゆる敵を粉砕する、光の超人となったのだ。

 

 ――それ行け、我らのヒーロー!

 

 巨人は足元を一瞥すると、再びパゴスに向き直る。

 

(……? 今、こっちを見て……)

 

 スペシャルウィークとサイレンススズカの心が、まるでシンクロしたかのような感想を出力する。

 その答えがなんなのかを考えようとするより先に、遠くから「おぉーい!」という声が聞こえて来る。

 ゴールドシップ達がやって来たのだ。

 

「お前ら、無事か!?」

「わ、私達は大丈夫です! あの人……人? が、助けてくれたので!」

 

 そう言いながら、スペシャルウィークは巨人を指さす。

 

 そうこうしている内に、巨人はパゴスの顔面に掴みかかっている。

 

「……あの巨人がどうなのかは知んねぇが、此処は危険だ! 離れるぞ!」

 

 このままではもしかすると巻き込まれてしまうかもしれない。そう考えたゴールドシップは、スペシャルウィーク達を連れてその場から離れる。

 そうこうしている内に、巨人とパゴスの取っ組み合いが始まる。

 

 巨人がパゴスの顎を掴むと、抵抗するようにパゴスが前足を振るう。

 だが、絶妙に届いていない。

 これが何等かの生物の進化形と仮定するなら、パゴスは自然界に一切敵が存在しない環境で育ってきた。それはつまり、こうした同程度の巨体の相手との戦いを想定していないという事。故に、肉体的な攻撃というものをあまり得意としておらず、結果、このような形になるのは必然だったのだろう。

 

 巨人はそのまま投げ飛ばすように腕を押し出す。

 当然のように、パゴスは再びひっくり返り、ゴロゴロとその場で転がる。

 なんとか起き上がろうとするパゴスを見る巨人は、腰を低く落としたファイティングポーズを取り、油断なく構える。

 

 ようやく起き上がったパゴスは、巨人を警戒するように見据える。

 しかし、無闇に飛び掛かって行こうとしないのは、野性的な本能がそうさせているのか。

 じりじりとにじり寄りながらも、決定的な距離までは詰め寄らない。

 対する巨人は、パゴスの体重以外は接近戦においてさして脅威にならないと判断し、再びパゴスへと向かって行く。

 だが、パゴスも学習しない訳ではない。

 その口を大きく開くと、口内を金色に輝かせる。

 間違いない。分子構造破壊光線の前兆だ。

 

「……! やべぇ、皆伏せろ!」

 

 その兆候に気付いたゴールドシップが叫ぶ。

 それに従うように、他の皆もその場に伏せた。

 

 そして、パゴスの口から黄金の光が放たれる。

 

 その余波で、空に金色の虹が浮かび上がった。

 

 対する巨人は――動かない。

 巨人は腕を交差させると、その光線を真っ向から受け止めたのだ。

 何故か、それは――

 

「………………」

 

 巨人は苦悶の声を上げるでもなく、僅かに下を見やった。

 

「……もしかして、私達がいるのを分かって……?」

 

 うつ伏せの状態から少し後ろを振り向き、そして巨人の視線が注がれているのに気づいたサイレンススズカは、まるで巨人が小さな自分達を庇っているように見えた。

 再びパゴスに向き直った巨人は、光線を防いだまま前進を開始する。

 しかし、そこにダメージが一切無いというわけではないらしい。

 

「……あれ、何か変じゃない?」

 

 それに最初に気付いたのは、セイウンスカイだった。

 見よ。徐々にではあるが、その体表の赤いラインが、緑色に変わって行っているではないか。

 

 巨人を支えるスペシウムエネルギーは、プランクブレーンからの非コンパクト化への負荷と同時に、神永との融合情報を維持する状態では急激に消耗する。スペシウムエネルギーが残り少なくなると、体表の赤いラインが緑に変わり始める。そしてもしエネルギーを使い果たしたら、巨人は姿を維持できず、神永の姿へと戻ってしまう。そうなれば、次に再び狙われるのは、逃げるウマ娘達だ。

 

 ――頑張れ、我らがヒーロー。残された時間はもう僅かなのだ!

 

「あの、もしかして巨人さんもピンチなんじゃ……」

「……! こうしちゃいられまセン! 皆さん、ここは離れまショウ!」

「そ、そうですね! ここにいては、きっと邪魔になるかと!」

 

 心配そうに巨人の背を見つめるニシノフラワーの言葉に、タイキシャトルが咄嗟に声を上げ、マチカネフクキタルがそれに同意した。

 そして、起き上がった一同は急いでその場から離れる。

 

 それに気付いてか気付かずか、巨人はその前進スピードを早めていく。

 一方で、こちらに近づいてくる巨人の姿に恐怖を覚えたか、パゴスは分子構造破壊光線の勢いを更に増す。

 チリチリと、巨人の体表を構成するスペシウムエネルギー……正式名称スペシウム133が、僅かにではあるが空中に溶けていく。

 このまま消耗戦に持ち込めば、巨人は間もなく倒れてしまうだろう。

 だが――消耗戦を仕掛けられる程、パゴスも強いわけではない。

 何せ、分子構造を破壊する光線を放っているのだ。如何に特殊な口内をしているとはいえ、それでも限界が存在する。

 

 やがて、光線の威力が徐々に弱まっていく。パゴスの喉に限界がき始めたのだ。

 このままでは己の身に危険が及ぶ。そう判断したのか、パゴスは咄嗟に光線を吐くのをやめ、その場から退散しようと身体の向きを180度変えようとする。

 しかし、それを見逃す巨人ではなかった。

 巨人は両腕を交差させた状態を解き、両手を垂直と水平の十字に組もうとし――やめた。

 

「………………」

 

 僅かに己の手を見やった巨人は、逃げようとしているパゴスの方を再び見ると、それを逃がすまいと猛然とダッシュする。

 地響きを慣らしながら、巨人はまるで、己の手を刀に見立てるように構える。

 その手にスペシウム133エネルギーを収束させると、パゴスの身体の傍を通りながら、その首目掛けて手刀を放つ。

 

 ――ウルトラ霞切り

 

 巨人がパゴスを通り過ぎてすぐ、パゴスの目から光が失われ、その場に力無く倒れ伏した。

 

 それを無感動に見つめる巨人は、再び地上にいるウマ娘達を見やった。

 既にそれなりの距離を取っているようではあったが、巨人の目には確かに、自分に向かって「ありがとーう!」と叫ぶスペシャルウィークの姿が見えていた。

 それを確認すると、巨人は上を向き、そのまま――飛び立った。

 

「すっ、げぇ……」

 

 感嘆の声を上げるウマ娘達の視線の先で、あっという間に巨人の姿が空に消えた。

 後に残るのは、平和な静寂だけ。

 

「……終わっ、た?」

「ああ……」

 

 一連の出来事を目の当たりにしたウマ娘達は、皆、呆気に取られていた。

 今の出来事が、はたして現実だったのだろうかと。

 

「……あ、そうだ! スズカさん、さっき走れてましたよね!?」

「え、えぇ。……スペちゃんが危ないって思ったら、なんだか夢中になって走れちゃった」

 

 自分でも驚いているのか、サイレンススズカは己の脚を見やる。

 そこにある脚は、一見して何も変わっていないようで。

 しかし……サイレンススズカは確かに感じ取っていた。今の自分なら前と同じように……否、それ以上に走れる、と。

 

「わぁ……! やっぱり、虹の卵の力は本物だったんですね!」

「あれ、でも竹の花はアタシが持ってるぜ?」

「もぉ、いいじゃないですかそんな細かい事!」

「きっと、距離が近かったから願いも叶えられたって事でいいんじゃないです?」

 

 喜ぶスペシャルウィークに、ゴールドシップが首を傾げる。しかし、それをセイウンスカイが宥め、ゴールドシップも「そういう……事なのか?」と渋々納得する。

 

「――君達」

 

 そこに、声を掛けてくる男の声。

 一同がゆっくり振り返ると――

 

「……神永トレーナー!?」

 

 そこには、何故か神永の姿があった。

 どういう訳なのか、ウマ娘達には分からない。ただ――

 

「君達に言いたい事はあるが、何はともあれ帰ろう。……無事でよかった」

 

 満足げなその顔に、自分達が生きている事の実感を感じられ、安堵感を覚えるのだった。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「……皆、寝ちゃいましたね」

「あんな事があったから、疲れているんだろう」

「えぇと、トレーナーさんも一因だと思いますよ……?」

「……そうなのか」

 

 あれから一時間後。ウマ娘一同は神永が乗ってきたワンボックスカーにすし詰めで乗り、帰路についていた……ただ一人を除いて。

 

『おお!? タケノコだ! トレーナー、アタシはとりあえずタケノコを狩れるだけ狩って帰るわ!』

 

 そう言って山の中にとんぼ返りしたゴールドシップだけを残していったのだ。

 「まぁ、ゴールドシップならその内気づいたらトレセン学園に帰ってきているだろう」という、妙な信頼をして。

 そしてその後、一同は神永からの淡々とした説教を長々と聞かされ……結果、サイレンススズカ以外皆寝てしまったのだ。

 助手席のサイレンススズカも寝てしまいたい気持ちがあったが、彼女にも神永に話したい事があった為、我慢して起きていたのだ。

 

「……それにしても、驚きました。まさか、本当に走れるようになるなんて」

「遠目に見ていた。……まさか、濃縮ウランの入った容器を持っているとは思っていなかったが」

「え?」

「なんでもない」

 

 あの後、スペシャルウィークが持っていた虹の卵……もとい、濃縮ウランの詰まった容器に関しては、神永が責任を持って然るべき機関に連絡をし、回収するよう頼んだ。

 今頃、慌てて容器を回収に向かっている事だろう。

 

「……私、実は引け目を感じていたんです。こうして戻ってこれた事に」

 

 唐突に、サイレンススズカがそう切り出した。

 

「ウマ娘にとって、脚は第二の命と言っても過言ではありません。そして、粉砕骨折となれば普通はそのまま引退するのが当たり前」

「だが君は戻って来れた。そこに何故、引け目を感じる必要がある?」

 

 神永の問いに、サイレンススズカは静かに首を振る。

 

「……夢に出てきたんです。これまで、夢半ばで骨折して、引退せざるを得なかった子達が、こう言って来るんです。「どうして貴方は戻れたの? 自分達は戻れなかったのに」って。まるで、皆が私の事を、恨んでいるように思えて」

 

 伏し目がちにそう呟くサイレンススズカは、酷く辛そうで。

 

「……だから、なんでしょうか。私は、走っちゃいけないんだって。走る事は、許されないんだって。そう思ってしまったんです」

「……それは」

「分かってます。きっとそれは、私の勝手な思い込み。だって、皆は……神永トレーナーも、応援してくれていたのを分かっているから」

 

 サイレンススズカは、そっと瞳を閉じた。

 

「……でもあの時。怪物がスペちゃんに迫っていた時。私の心が……魂が叫んだような気がしたんです」

 

 ――走れ。

 

 ――走れ!

 

 ――走れ! サイレンススズカ!

 

「その声が聞こえてきた時、私の脚はもう走り出してて」

「……怖く無かったのか」

 

 神永の問いに、サイレンススズカは僅かに微笑んだ。

 

「まさか。怖かったですよ。あんな怪物に自分から向かって行くんですから」

「ならば、何故」

「……そうですね。スペちゃんが危ないって、そう思ったら、なんだか走れちゃったんです」

「それだけで、走れたのか」

「きっと、それこそが大事なんだと思います。自分の事だけじゃない。誰かの為を想って走る。それがあれば、私はもっと走れるって、そんな気がします」

「……想いの力が、そうさせたという事か」

 

 神永がそう言葉にすると、サイレンススズカは何故かきょとんとした表情で神永を見つめていた。

 

「……なんだ?」

「ふふ……いえ。トレーナーさんはそういうのを信じるタイプではないと思っていたので」

「そうか」

「ええ。いつも冷静沈着で。それでいて、私達の走りを大事に考えてくれて。でも、どこか人とズレてるなって思うところもあって」

「……記憶喪失、だからな」

「正直、以前との違いなんてそんなにありませんよ?」

「そうなのか」

「そうです。いつも気づいたら一人で何かしてて……」

 

 そこまで口にして、ハッとしたような表情を浮かべる。

 

「す、すみません! なんだか悪口を言ってるようで……そんなつもりじゃなくて」

「構わない。君にどう思われようと、私は私のやるべき事をやるだけだ」

 

 そう言う神永の横顔は、本当に気にしていないようで。

 しかし、それはそれで気まずいサイレンススズカは、「うぅ……」と困ったように耳をへなりと倒すと、何か話題はないかと己の記憶の中を探る。

 そして――

 

「そ、そうだ! 私達を助けてくれた巨人!」

「……ああ、いたな」

「はい。なんというか、凄かったです。私達を守りながら、あっという間に怪物をやっつけちゃって。……もしかしたら、あの人は本物の神様なのかも。だから、虹の卵と竹の花が揃ってないのに、スペちゃんの願いが叶って――」

「ウルトラマンは、神ではない。敵を倒し、誰かを守る事は出来ても、願いを叶えるような万能の存在ではない」

 

 何処か食い気味に、神永がそう言った。

 

「……君がまた走れるようになったのは、紛れもなく君の力によるものだ。ウルトラマンには、そこまでの力はない。だから、君はもっと誇っていい」

「そ、そう、ですか。……あの」

「なんだ」

「ウルトラマンって、言いましたよね? 知ってるんですか? あの巨人の事」

 

 サイレンススズカがそう問いかけた時……仏頂面だった神永の口元が緩んでいて。

 

「……ああ」

 

 その目は、視界にはないどこか遠くを見ているようで。

 

「昔、私のバディが付けた名だ」

 

 そう口にした神永は、まるで過去を懐かしむかのように微笑んでいた。

 

(……あら?)

 

 サイレンススズカには、その微笑みがどこか、あのウルトラマンと呼ばれた巨人の口元に似ているように思えたのだった。

 

 





・本作におけるウルトラマン(リピア)の設定。

 シン・ウルトラマンにおける最終決戦の後、その命を落としたウルトラマン。彼は何故か、不可思議な現象によって並行宇宙における神永新二の並行同位体と融合を果たしてしまう。
 しかし、光の星の技術として存在する他の生命体との融合とはまた異なる融合により、プランクブレーンに格納された外星人としての本体を呼び出す事は出来るが、以前よりも神永としての要素が強い為か、その召喚可能時間は地球時間に換算して約三分間のみになってしまっている。
 もっと詳しく言えば、神永との融合情報のみならず、以前と違い死人故に消失しかかっているウルトラマンとしての情報の維持もしなければならない為、そちらにリソースを割かれて消耗がより激しくなっている状態。

 トレーナーとしての腕前は、神永の記憶を参照している為かなり高い方。しかし、ウマ娘との交流に関してはドが付く素人。
 思春期の少女との交流という未知の体験故に新鮮さと興味深さを感じているが、それはそれとしてウマ娘という存在を理解しきれずにいる。

 自分がウルトラマンである事は、以前の経験から身近な人が相手でも極力明かさないよう努めている。しかし、ウルトラマンという名前には愛着を持っている。

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