4月、それは様々な人たちの転換期となる季節であろう。幼稚園、保育園に通っていた子供たちは小学校という新たな舞台に、高校生だった者たちは大学に、または社会の波にのまれに行く。そんな人生の転機を感じる時期、ある少年もその一人となりこれからその三年間を過ごす場所へとその歩みを進めている。
「意外と遠かったな。これならバスかタクシーを使った方がよかったか?」
少年は新調されたと思しき学校の制服を身に纏っていた。一般的な男子高校生よりも高めの180cm近い身長はその少年の鋭い眼光も相まって少し恐ろし気である。そしてそんな彼の左手には細長い何かを入れている麻袋を手に持ち目的の場所へと歩いていた。
「そろそろか」
そう呟き彼は辺りを見回しながら目的地へと近づいていく。そしてようやく彼は目的の場所にたどり着いた。そこは周りを広大な海に囲まれている巨大な敷地が見えその中に様々な建物が見えている。そしてそんな敷地の中央にはそれなりに大きい建物が一つありあれが学校の本校舎であろうと彼は気づいた。
「これがそうか。しかし、随分金が掛かってるな」
少年、篁はそう呟きながら敷地の中央門から中に入っていく。脇に入学式と書かれた看板が見え中に彼は入り入学式を行うという場所に向かった。そこは体育館のようで彼は中に入るとそこにはすでに何人もの生徒がおりそれぞれ4つほどの人数を分けた列になり並んでいた。篁は指定された列の最後尾に並び静かに待っていると彼はふと体育館内を視線だけで見回す。
(7つ、8つ・・・・・まだあるな)
その視線の先にあるのはまるで自分たち生徒を監視しているかのように備え付けられている
(ここに来るまでにも何個か見たな。
そう心の中で呟きながら彼は左手に持った麻袋を手放すことなくそのまま待っていた。そして入学式が終わりそのままそれぞれのクラスへと向かうこととなった。その道中で彼は自身に視線が向けられていることに気が付いたがそれらを一切無視し彼が入学する前に教えられていたクラスへと向かう。
Dクラス。それが彼のこれから過ごすクラスだった。篁はクラスに入りそれに続き続々と他のDクラスの生徒と思しき者たちもクラスに入ってきては指定された席に座ったりそこから立ちこれからのクラスメイトとなる者たちと親交を深めあったりしていた。篁はそんな姿を自分の席である一番後ろの真ん中の席に座り見ていた。
「・・・これが、普通の学校の景色か」
そして彼はその視界の中にある姿を捉えた。それは机の上に足を豪快に乗せ爪の手入れをしている金髪の男だった。
「・・・・・」
その男を一瞬見てすぐに興味をなくした篁は自分の足の間に突き立てていた麻袋に少し目を移した。そしてしばらく待っていると教室に1人の女性が入ってきた。女性用のリクルートスーツを身に纏いその豊満な胸元を開けている中々刺激的な恰好をした女性が突如入ってきたことでクラスの男子の何人かは顔を赤くしていた。
「諸君、はじめまして。私は本日よりこのDクラスの担任となった茶柱だ。この学校には学年ごとのクラス替えは存在せず、これからの3年間は私がこのクラスの担任をすることになった」
そして目の前のスタイルの良い担任、茶柱は生徒たちに学生証のカードを渡していく。
「これはこの学校で使えるお前たちの身分証明をするとともに敷地内の全ての施設で使えるカードだ。ここで使われるのは現金ではなく特別なポイントだ」
これは事前に知らされているSシステムというものだった。そして茶柱は生徒たちを見回す。
「この学校では
「・・・・・・」
そんな言葉をクラス全体に投げかける。篁の目にはそんな茶柱の目はどこか見定めるような視線になっているように彼には見えた。
「すでにお前たちのそのカードには全員10万ポイントが支給されている」
「マジでっ!!」
「うそぉっ!」
その茶柱の一言にクラスのだいたいの生徒たちは感情を大にして喜んでいた。
その奥でニヤリと笑う茶柱にほとんどの者は気付くことなく。
「このポイントは毎月支給されることになっている。この学校は実力を測るための学校でありそのポイントはこの学校に入学したお前たちへの評価だ。
ポイントは卒業後には全て学校側が回収する。現金化などは不可能だから貯め込んでいても得にはならん。ポイントはどのように使おうがお前たちの自由だ。
何も質問が無いようならこれでホームルームは終了だ」
そう言い茶柱は教室から出て行った。そしてクラス中が歓喜に包まれている中、篁は一人あの担任の言葉でようやく合点がいった。
(なるほど、坂柳の言っていたのはそういう意味だったわけか。少し確認も含めて聞きに行くとするか)
「みんな、少しいいかな?」
篁は判断を早めに出しなにやら教室で誰かが何かを言っているようだったがそんなものは関係ないと言わんばかりに学校指定のカバンと麻袋を手に持ち椅子をガタッという音を出しながら立って教室から出ていこうとする。
「あ、まっ」
そんな彼に男子の声で誰かが止めようとするような声が聞こえたが篁はそんなものに興味はないと言わんばかりに教室の扉を開けてそのまま廊下に出ていく。そして廊下を歩いていると先ほど教室を出たばかりの茶柱が目の前に見えた。見れば彼女は他のクラスの教師と一緒に並び歩いている。
「さえちゃん、今年のクラスの様子はどうだった?」
「どいつもこいつも浮かれてばかり。文字通り不良品の集まりだな」
「そりゃあ仕方ないよー。だってDクラスだもん」
「・・・・・」
そんな目の前の二人から聞こえてきた会話を耳にし篁は話しかける。
「茶柱先生」
「・・・?」
「あら?」
篁の声に反応し前を歩いていた二人の教師は一斉に振り返り彼の方へと振り返る。二人の顔はどこか驚いたような顔をしておりだが二人ともそのことを感づかれないようにすぐに平静を装う。
「お前は確か・・・篁か」
「ええ」
「Dクラスの生徒?」
「ああ。それで、どうした篁?」
「坂柳・・・理事長のいる場所を教えていただけますか?」
「理事長の?」
篁のそんな言葉に茶柱の目には失望半分意外半分というような意味合いの視線が移されていた。
「何故そんなことを聞く。理事長に話でもあるのか?」
「ええ、そんなところです」
「・・・お前には少し期待をしていたのだがな」
そんな小声が聞こえてくるが篁はそんなことよりも早く理事長室を知りたいため早くしてほしいと思っているとそんな彼は後ろから誰かが走ってくる気配に気づく。わずかにその視線を後ろへ移すとそこにはピンクブロンドの珍しい髪色をした豊満な肢体をした女子生徒が走ってきていることに気づいた。面倒なことに巻き込まれたくはないと思い篁は言葉を続ける。
「何のためかは知らんが、試すならもう少し顔に出さないにようにするべきだ」
「なっ!?」
「っ!?」
「・・・え?」
それだけを口にする篁。その言葉に目の前の二人の教師は驚愕の表情を浮かべ後ろまで来ていた女子生徒はその聞こえてきた言葉にどういうことだろうと呆けた声を出した。目の前の二人、茶柱ともう一人の女性教師は先ほどまで話していた会話内容を聞かれていたのか、そしてその会話の意味がすでに理解できるほどの目の前の男子生徒はSシステムの事を理解したのかとその表情に如実に出てしまった。
「もう一度お聞きしますが、理事長は今どこに?」
「・・・理事長は理事長室にいる。理事長室は・・・」
茶柱は彼からの問いに少しの間をおいて答えた。
「ありがとうございます」
そう礼を言い篁は立ち止まっている二人の教師の横を通り過ぎそのまま目的の場所へと向かう。そんな彼の背中を二人の教師と一人の女子生徒が見ていた。
「・・・あれが、篁か」
「たしかあの子ってあれよね。唯一私物を一個だけ外から持ってくるのを許可されたっていう」
「ああ、それがあの左手に持ってる袋の中身だろうな。中身が何なのかは知らんが」
「あ、あの・・・」
そんな二人の教師、正確には茶柱ではないもう一人の教師に声を掛けてくる女子生徒がいたことに彼女はようやく思い出した。
「ああ、ごめんね一ノ瀬さん」
「い、いえ大丈夫です星ノ宮先生」
「うん、それで何かな?」
「はい。実は・・・」
そんな会話がされている中茶柱はすでにその姿が見えなくなった篁がいたところへと目を向けた。
「・・・・・・」
篁は茶柱に教えてもらったところにたどり着く。そこには他の部屋に比べ少し豪華な扉がありその上には理事長室と書かれたネームプレートがありここが目的の場所だと彼は扉をノックした。
『誰だい?』
「俺だ。入ってもいいか?」
『ああ、君か。どうぞ、入ってくれ』
その声が聞こえ彼は他と比べ少し重めの扉を躊躇せずに開けた。中も少しだけ豪華な内装になってはいるが来賓なども来ることもあるからだろう。そして中には立ちながら外を眺めているこの学校に理事長、坂柳が彼の方へと振り返り笑顔で篁を迎える。
「入学おめでとう、篁君。久しぶりだね。元気だったかい?」
「言うほど久しぶりか?連絡は取っていただろう」
「それをカウントに入れてるあたり君の普段の人づきあいが何となくわかったよ。それでどうしたんだい?入学初日に尋ねてくるとは」
「ああ、あの時にアンタが言ってたことがようやく理解できてな。それの確認や今後の俺の方針も含めて話に来たんだ」
そう篁は入れられたお茶に手を伸ばし啜る。
「そうか。さすがだね。初日でこの学校のシステムに気づくとは」
「俺はアンタからある程度ヒントみたいなものを聞かされていたからってのもあるがな」
「それで、君はどう思った?この学校を」
そう篁に聞いてくる坂柳はどこかワクワクした表情をしており篁はどこか呆れたような表情をしながら自分の正直な意見を言う。
「愉快な学校だとは思った。JCCでもここまでぶっ飛んだシステムは無かったからな」
「JCC・・・殺し屋の育成学校かい。あそこも相当な物みたいらしいけど?」
「あそこはそういう学校だからある程度の覚悟を持った連中しかいない。だがこの学校はどうだ?表向きは進学、就職率100%を謳い日本政府が作り上げたまさに楽園のような学校。その真実は他の不要となったものを蹴落とし最も上に上り詰めた者だけがその恩恵を受けることができる徹底的な実力至上主義」
「ほう?」
「まあ、今俺が言ったのはあくまで推測。なんでそんな推測に至ったかはアンタが一番理解しているはずだ」
そう言い篁はもう一度テーブルの上に置いてあるお茶を啜り推測を話し始める。
「まあ、あれだけ意味ありげな説明を受ければ誰だって気づきそうなものだが残念なことに俺のいるクラス、Dクラスはほとんどがその意味を理解できず目の前の10万っていう大金にだけ目がいって気づこうともしない。ふっ、確かにあの茶柱が言っていたように不良品の集まりだったわけか」
「うん?彼女はそんなことを?」
「ああ、廊下でもう一人の教師を話していた。俺が後ろにいるのを気づいていなかったからだろうが」
「そうだったのか」
「
「その辺りは覚悟してくれ」
「ああ、俺が好きにしろと言ったんだ。文句は言わない。それに、中々面白いことも言っていたしな」
そう言い彼は空になったコップをテーブルの上に置く。
「参考までに聞きたいんだが・・・
「っ。やれやれ、そこまで分かっているんだね」
「それこそあの担任が分かりやすく教えてくれていたからな」
「・・・一限1000P。一日欠席するなら5000Pだよ」
「意外と安いな」
坂柳はどこか疲れたようにソファにどっと腰を掛けた。
「そこまで理解してるならそれ以外も大体理解しているんじゃないかい?」
「さっきも言ったがこれはほとんど俺の勝手な推測だ。これ以上は余計なことは言わないようにしておく。そもそも俺にはさほど関係ないからな」
そう言い篁の目は目の前の坂柳へと向けられた。その視線に彼は少しだけ冷や汗を流した。
「この学校を来るときにもある程度見てみたが、かなりの監視カメラの数があるな。この監視カメラの映像はどこで?」
「学校内のある場所だ。さすがにそれは君にも
「・・・なるほど。それも
「ああ」
そして坂柳もお茶を飲み干しコップをテーブルに置いた。
「そういえば君の依頼の報酬なんだが、どうする?」
「?どうするって?」
「今回私が君に依頼したのは長期的、3年間の依頼だ。本来報酬は後払いなんだろう?渡すのが三年後というのもどうかと思ってね。だが期間中に渡すとなると現金ははっきり言ってこの学校の敷地内では意味がない。だから3年後の後払いでいいか、それともこの学校のプライベートポイントとして月払いで君に支払うか。どちらか決めてほしい」
「俺は別にそこらへん気にしなかっが。だがいいのか?プライベートポイント、こいつは少し特殊な通貨なんだろ?」
「ふふ、そこらへんは理事長の権利で何とかしよう。今回はこちらが君に依頼している形だ。多少の融通は利かせなければならんからな。それに・・・君には
「・・・そうか。ならその月払いで頼む。別に卒業したところでこれまでの貯金もあるから対して困っていなかったからな」
「わかった。では君には件の配給とは別の手当てで振り込んでおこう」
「そうしてくれ」
そうして篁は立ち上がり扉の方へと歩いていく。
「そうだ、最後に一つ君に頼んでおきたいことがあるんだ」
「なんだ?」
「ああ、Aクラスに私の娘がいてね」
「アンタの?」
「ああ。その娘なんだが実は先天性の疾患を持っていてね。足が少し不自由なんだ。といっても歩けないわけじゃない。ただ杖がないと歩くのが厳しいんだ。あの子を気にかけてあげてほしい」
「・・・・・」
「身勝手だとは思う。でも、私の大事な娘なんだ。もしものことがあったら私には耐えられない。この学校のシステムを既に理解し始めている君には少し厳しいことかもしれないがどうか頼みたい」
そう言い彼は深々と頭を下げた。その様子を振り返り見た篁はそんな一人の親としての彼の姿が少し眩しく見えた。
「・・・さっきも言ったが俺には別にこの学校のシステムはたいして関係ない。それも依頼の一部として気にかけておく」
「そうか。ありがとう、篁君」
「・・・だが」
そう言い篁はドアノブに手をかけた。そして横目に坂柳を見る。その深淵の瞳は全てを飲み込みそうなほどに暗い。
「これから敷地内の監視カメラを見て回る。もし
「それは・・・」
「アンタも一応こうして俺に依頼をしてきてはいるが・・・それ以上こっち側に踏み込むのはやめておけ。後悔するぞ」
「・・・そうだね。肝に免じておくよ」
「それじゃあ、失礼する」
そして彼は扉を開け理事長室から出た。そしてとりあえず先ほど坂柳に言ったように敷地内の監視カメラの場所を把握するために校舎の中を歩き校舎内の監視カメラの数を確認し校舎を出て敷地内を歩く。そして彼は歩きショッピングモールにたどり着くとそこには何やら散財していると思しき生徒たちがいた。それがどこのクラスかは篁は分からないが興味もないとそのまま歩き進め監視カメラの数を順当に調べていく。
「基本的に一定の間隔で置かれているという感じだな」
彼は歩いている途中で買った手帳とペンでどこに何個の監視カメラがあったのかを事細かく記載していく。
「まあ、だからといって死角がないってわけではないがな」
いかに一定間隔に置かれた監視カメラであろうと死角は存在していた。それがこの学校のセキュリティの甘さを感じさせる。
「そして監視カメラがない場所も存在するか」
一通り回り彼は特別棟に向かった。そこは部活動の部室などがありそこからそれぞれの場所へと向かう場所である。その棟にも行きそこには監視カメラがないことに気づいた。
「もっとも監視カメラがなくてもおそらく生徒の目はそれなりにあるな。もし何かバレたくない騒動を起こす場所としては最適かもな」
そしてある程度の監視カメラの有無、場所を確認した篁はそのまま自分のこれから住む場所に帰ることにした。彼は他の生徒が寮に帰るのとは別で違う場所に住むことになっている。それが彼が入学前に坂柳に提示した条件の一つだった。彼は少し歩き他の生徒たちが見えなくなってくると彼の視線の先にある建物が見えた。それはこの学校の敷地内に明らかに似合わない普通の一軒家だった。その付近から監視カメラの数が少なくなっていき家にたどり着くとその周辺には監視カメラは一つもなく篁は坂柳理事長の顔が浮かんだ。
「・・・気を利かせてくれたのか。ありがたいな」
そう呟き彼は鍵を取り出し扉を開けて中に入った。するといつものように家の中をどたどたと子供の足音が聞こえ玄関に一人の少女が出てきた。
「おかえりなさい、パパ!」
「ただいま、美玖」
駆け寄ってきた黒髪の少女、篁
「ごめんな、数日会えなくて」
「・・・さみしかった」
「本当に、ごめんな」
「でも、坂柳のおじちゃんが毎日会いに来てくれたよ!」
「そうか」
篁は美玖の頭を優しく撫でながら彼女に謝った。彼は数日前に出来たこの家に美玖を早めに移動してもらっていた。
「・・・パパ」
「なんだ?」
「また・・・・・お仕事してきたの?」
「・・・・・・」
お腹から顔を離し彼の顔を見上げそう話しかけてきた美玖はどこか悲しそうな顔をしており、その問いかけに篁は撫でていた手を止めて固まってしまった。その表情は上の電気の陰になっていたが下にいた美玖その顔は見てはっとし彼をぎゅっと抱きしめた。
「・・・ごめんなさい」
「いや、いいんだ」
そんな彼女を今度は篁が抱きしめ返そうとするがその手は少しだけ戸惑っていた。だが、ちゃんと美玖を抱きしめ返して彼女はその感覚に笑顔になった。
「パパ、今日は何作るの!?」
「そうだなー。それじゃあ・・・」
二人は手をつなぎそのままリビングの方に消えていった。その姿は家族そのものだった。