あの多くの生徒に衝撃の事実を与えた出来事から一週間が過ぎクラスは4月のどんちゃん騒ぎが嘘のように収まった。
(まあ、さすがにあんなこと言われてこれ以上自分たちの評価を落とそうとは思わないか)
篁の目は遅刻はしていないものの机に顔を伏せ居眠りをしている赤髪のヤンキー男、須藤に向けられていた。あんなことを言われほとんどの生徒が態度を改める中唯一一人だけ何も変わった様子もなく普通に授業をさぼっている。そんな須藤に向けられるクラスからの視線は冷たいものだった。
(本来なら、そんな目をする資格はこのクラスの大半にはないが、俺には関係ないか)
そして昼休みとなり篁はいつも通り家に帰ろうとしたとき、そんな彼に声がかけられた。
「篁くん」
「・・・・・?」
彼に声を掛けてきたのはまさかの堀北だった。彼女の後ろには綾小路がすこし面倒くさそうな顔で控えていた。
「なんだ、堀北?」
「お昼、一緒にどうかしら?」
「・・・お昼?」
「ええ」
そう何気ないように誘ってくる堀北だったが篁はそんな彼女の目に僅かな作為の眼差しを見つけた。
「・・・悪いが、すでに予定がある」
「・・・そう。なら、単刀直入に言うわ。貴方に話があるの」
そう言う彼女の目にはすでに作為の眼差しは消えており言いたいことだけを言ったという感じだった。篁はそんな彼女の眼を見て後ろにいる綾小路がいることも確認し少しだけ考えるそぶりをして彼女に一つの提案をした。
「・・・俺の予定に合わせてくれるなら、話くらいなら聞く。それでどうだ?」
「別に構わないわ」
「オレの予定は?」
「飯ならこっちで用意する」
綾小路の発言を無視し篁はそう言うと荷物を持ち教室から出ていく。その彼の後に続くように堀北と綾小路も歩き三人は校舎を出て通学路を歩いていく。
「?どこに行くつもりなの?」
「飯を食いに行くんだ」
「カフェにでも行くのか?」
「いいから行くぞ」
そして堀北と綾小路は篁に導かれ普段は行くことのない区画にたどり着いた。そこは校舎からそれなりに遠い場所にありその周辺の監視カメラはかなり少なめだった。そこからさらに歩いていき一行は周囲に監視カメラの全く無い一つの一軒家にたどり着いた。
「・・・これは・・・」
「・・・・・」
「こっちだ」
目の前に建っている立派な一軒家に二人は目を見開きその場に立ち尽くしてしまった。そんな二人に声を掛けた篁はポケットから鍵を取り出し門を通って玄関の扉の前に来ると鍵を開けた。
「あ、貴方まさか・・・ここに住んでるの!?」
「ああ」
「道理で寮で一度も見かけたことがなかったのか」
「そういうことだ」
そして扉の鍵を開けてドアノブに手をかけるとその扉の奥から小さな子供の走るような足音が聞こえてきた。
「・・・?」
「誰かいるのか?」
「ああ」
扉が開かれそこから一人の少女が飛び出してきて篁に抱き着いた。
「パパ!おかえりなさい!!」
「「・・・!?」」
「ああ、ただいま美玖」
抱き着いてきた美玖を抱きしめた篁は後ろから驚愕の表情になり見ていた二人が見たことのない優しい笑顔で彼女を抱きしめていた。
(た、篁くんって・・・子供がいたの!!?)
(子供はこの学校の敷地内に入ってもいいのか?)
そう心の中で激しく動揺していた堀北と疑問を浮かべていた綾小路に篁に抱き着いていた美玖が気付いた。
「あの・・・」
「・・!?な、なに、かしら・・・?」
「もしかして・・・パパのお友達、ですか?」
「え・・・・・」
彼に抱き着いていた美玖は彼に隠れていた顔を出し堀北と綾小路を見つめた。綺麗な蒼い瞳が二人に突き刺さり堀北は動揺して綾小路はどうしたものかと悩んでいた。
「友達、か・・・どうだろうな?」
「違うの?」
「他の奴らとは話さないがこいつらとは話すからな。知り合いっていうべきか?」
そう篁は現状の二人との関係性を考え美玖に話す。そんな彼を見て美玖は彼から離れ堀北の前に立った。
「あ・・・・・」
「私、篁美玖って言います。お姉さんの名前、教えてもらってもいいですか?」
そう美玖は丁寧に自己紹介をした。そんな自分よりもはるかに幼く小さい少女の立派な態度に堀北の顔に動揺の色が消え普段の、だが出来る限りの優しい笑顔でその場にしゃがみ彼女と同じ視線で話す。
「私は堀北、堀北鈴音よ。よろしくね、えーっと・・・」
「美玖!」
「美玖ちゃん。よろしくね」
「よろしく、鈴音お姉ちゃん!」
「・・・っ!!」
堀北は何故か身もだえた。口元に手を当て彼女から少し顔をそらす。その訳の分からない行動に篁と綾小路はどうしたのかと思う。
「・・・・・」
「・・・綾小路清隆だ。よろしくな、美玖」
「清隆お兄ちゃん!よろしくね!!」
「・・・ああ」
綾小路はその美玖の言葉に困惑気味に、だがどこか嬉しそうにしていた。
「パパ、今日はどうしたの?」
「ああ。今日はこの二人も交えてご飯にしようか」
「本当っ!」
「ああ」
そう言うと美玖はとても嬉しそうに眼をキラキラさせていた。
「鈴音お姉ちゃん、清隆お兄ちゃん!中に入って!!」
「わ、分かったわ」
美玖は堀北の手を握りそのまま篁の横を通り過ぎて中に入っていった。そんな後姿を篁と綾小路は見ていた。
「俺たちも入るぞ」
「ああ。お邪魔します」
そして二人も入り篁が綾小路をリビングに通す。そこにはすでに美玖と堀北もおり二人ともリビングのソファーに座っていた。綾小路をソファーの横にある一人用の椅子に座らせた。
「あ、お邪魔してるわ」
「ああ。今から飯を作るから待っててくれ」
「パパ、今日のお昼ご飯何?」
美玖からのその問いかけに篁は昼ご飯のため比較的簡単なご飯にすることにした。
「・・・今日はナポリタンにしようか」
「やったー!ナポリタンだ!!」
「美玖は綾小路と堀北の相手をしててくれ」
「うんっ!」
篁はそのまま広いリビングの奥にあるキッチンに向かい巨大な冷蔵庫を開け何かを探し始めた。おそらくナポリタンの材料であろう。そんな彼の後姿を見ていた堀北は自分の袖が引っ張られていることに気づき見るとそこには自分の隣で自分を見上げている美玖の姿があった。
「あ、美玖ちゃん・・・」
「ねえ、鈴音お姉ちゃん」
「な、なに・・・?」
「学校ってどんなところ?」
「え、学校・・・?」
「うん!」
堀北はそんなことを聞かれるとは思わず聞き返してしまった。美玖は笑顔で頷き彼女は困惑するように綾小路を見るとそこには少しリラックスしている彼の姿があり綾小路は堀北の視線に気づくと無言で小さく頷いた。堀北はキッチンの方を見るとそこにはすでに調理をし始めている篁がおり彼はこちらを見ていなかった。そしてもう一度美玖の方を見れば彼女は目をキラキラ輝かせて堀北を見ていた。
「・・・そうね。学校っていうのはね・・・」
彼女は自身の体験してきた学校という場所について話し始めた。そんな光景をキッチンの方から見えていた篁はその口元を緩めながら調理をしていた。今回彼が何故この二人を連れてきたのかと言えば堀北がしつこそうだったからというのもあるが一番の理由は美玖のためだった。
「・・・・・」
堀北や綾小路に笑顔で話しかけている彼女を見て篁は思った。
自分はろくでなしだ。自分は人でなしだ。そんな自分とだけ話すのも美玖に悪影響を及ぼすかもしれない。そんなときに現れたのが堀北と綾小路だった。特殊な立ち位置にいる篁は自分にまともな一般人の知り合いが今までいなかったがこの学校にきて彼はあの二人と話し二人がちゃんとした一般人だと理解した。
(綾小路は何やらありそうだし、堀北に関してはあまり社会性もない。だが、それでも彼女たちは紛れもない常識人で普通の人間だ)
そして篁はそんな二人ならば美玖と話させる価値がある。自分のような常識から外れてしまっている人間ではなく彼らの様に普通の事を教えれる人間と美玖を接しさせたかったのだ。今もリビングのソファでは美玖が堀北に対し質問攻めをしており彼女はどこか戸惑いながらも嬉しそうにそれに答えており綾小路はそんな笑顔の堀北を見たことが無いため目を丸くしていた。
「・・・・・」
篁はそんな3人を見て口元に笑みを浮かべた。
篁はできたナポリタンを皿に盛っていく。皿に盛ったナポリタンをリビングで談笑していた三人のもとに持っていく。
「出来たぞ」
「あ、やった!」
「あ・・・・」
「・・・・」
皿をテーブルの上に置き三人はその出来立てのナポリタンを見て一瞬息をのむ。そして堀北と美玖が並び綾小路と篁はそれぞれの椅子に座った。
「いただきます!」
「いただきます」
「い、いただきます・・・」
「いただきます」
全員でいただきますを言い食事に入った。フォークでナポリタンを絡めとりそれを口に運んでいく。
「っ!?」
「おいしー!!」
「ああ、美味しいな」
そうそれぞれの感想が飛び交う。美玖と綾小路は素直においしいと言ってくれたが堀北のみが目を見開き固まってしまった。
「どうした、堀北?ナポリタンは苦手だったか?」
「い、いえ大丈夫よ。とってもおいしい・・・美味しいわ・・・」
「・・・そうか?」
そう言い堀北は再びナポリタンを口に運ぶ。彼女の頭の中は現在篁に娘がいるということとその娘である美玖がひたすらかわいいということ。そして今この瞬間ナポリタンを食べた瞬間彼の料理の腕が自分よりも上という事実に対する驚愕と敗北感だった。
(美味しい。間違いなく美味しいわ・・・・・だからこそ、悔しいわ)
彼女の頭の中には昼休みの初めにあった彼らに協力を促すという当初の目的をほとんど忘れてしまった。それほどの衝撃がこの家について立て続けに起きていた。綾小路も無表情ながらも手を止める様子もなく美玖は笑顔でナポリタンにがっついていた。そして全員が食べ終わり篁が食器をすべて片づけに入る。
「片付けが終わったら・・・お前の話を聞かせてもらう。それでいいな?」
「っ!・・・・・ええ、分かったわ」
「・・・?お話?」
そして篁はキッチンに行き水場で食器とフォークを洗いすべてを洗い終えて手を軽く洗いリビングに戻ってきた。そこには先ほどまで四人が集まり少しの静寂に包まれる。美玖はどうしたのかと困惑した表情で篁たちを見回す。
「聞かせろ。いったい何を話したい?いや、何を協力してほしいんだ?」
「・・・・・・・」
そう聞く篁と無言を貫く綾小路の視線は堀北に突き刺さる。今までは気にもしていなかった二人の目はひどく冷たく堀北には感じ背筋がぞくっとする。
「もう、パパ!清隆お兄ちゃんも!そんな怖い顔したら鈴音お姉ちゃんが泣いちゃうよ!?」
「な、泣かないわよ・・・?」
「・・・そんな怖い顔してたか?」
「マジか・・・」
二人は美玖の言葉に自分はそんな怖い顔をしていたのかと少し悲しそうに顔を俯かせた。自分の腕に抱き着き庇うかのようなそんな幼い少女に堀北は彼女の頭をなでて自分の言葉を伝えた。
「私は、Aクラスに行くわ。二人にはそのための協力をしてほしいの」
「・・・Aクラス?」
堀北の言葉に篁は聞き返した。
「茶柱先生の言ってた欠陥品やら不良品ってのが納得いかないか?」
「ええ。私は自分で自分が優秀だと理解しているわ」
「ならそれはおかしな話だな。あのクラスにはお前以外にも優秀な生徒は数人いる」
「・・・・・・」
堀北はその言葉に静かに考え始める。確かにそうだ。あのクラスには成績優秀者は自分以外にもいる。ならばそういった者たちが何故最底辺のDクラスに選ばれてしまったのか。彼女は今まで自分の事ばかりを考えそのことまで至っていなかった。だが彼女はその不確定要素を考えるよりもまずは近々行う大切な試験を突破することを最優先する。
「協力ってのは?」
「ええ、茶柱先生の忠告であれ以降遅刻なんかも確かに減って私語も激減したと言っていい。クラスのマイナス要素の殆どは無くなったと言っていいわ」
「ああ、そうだな」
「だから次に起こすべき行動は2週間後に行われる中間テストよ。それでクラスにはいい点数を取ってもらう。そのための対策が必要なの」
「テストの点数が良ければクラスポイントも少しは増えるだろうな」
彼女は赤点を取るであろう三人、ウチのクラスの三バカである池、山内、須藤の三人組をテスト対策の勉強会を開きそれに参加させたいようだ。それで彼女は篁と綾小路に協力してほしいと言う。
「・・・本当は無理にでも協力させたかった。でも・・・」
「・・・・・?」
彼女は隣に座る幼い少女を見て彼女の頭を撫でた。美玖はよくわからなかったようだが彼女の気持ちのいい手に顔をうっとりさせる。
「・・・オレは事なかれ主義だ。そういうことは御免こうむりたい」
「・・・・・」
「だけど、まあ・・・」
「え・・・・・」
綾小路は頭をかきながら少しため息をつく。
「せっかくできた縁だ。こんなことで切らせたくない」
「綾小路君・・・」
「俺は別に協力してもいい。だが一つ、条件を出す」
そう言い篁は美玖の方をチラッと見てそのまま堀北と綾小路に視線を向けた。
「これからも美玖の話し相手になってくれ」
「え・・・・」
「ああ、これは堀北だけにじゃなく綾小路にも頼みたい」
「オレもか?」
「こんなところだ。美玖には同世代がいない。だから話し相手も俺しかいないんだ。お前たちになら安心して美玖と会わせられる。それで美玖の話し相手や遊び相手になってほしい」
「・・・そんなことで、いいの?」
「俺にとっては大事なことだ。この条件を呑めるならお前に協力する」
そういう彼の視線は真剣そのもので何かの打算があるわけでもないように堀北と綾小路には見えた。
「・・・分かったわ。これからも美玖ちゃんと会わせてもらえるなら」
「この学校は色々特殊そうだからな。癒しを求めるならここかもしれないな」
「そうね。そうかもしれないわ」
そして二人は篁の条件をのむことにした。綾小路は別にその条件をのむ必要がなかったがせっかくできた縁を無理に切る必要もないし彼自身が言ったようにこの家の中の空間は一種の安らぎ、癒しの状態となっていた。
「っ!!お兄ちゃんとお姉ちゃん、また来てくれるの!?」
「ええ、どのくらいの頻度で来れるか分からないけど出来る限りまた来るわ」
「やったーっ!!」
美玖は大喜びで彼女の腕に抱き着き堀北はそんな美玖の頭を優しい笑顔で撫でていた。そんな微笑ましい光景に篁は自然と口元が緩む。
「お前もたまにでもいい。美玖の話し相手に来てくれ」
「ああ、分かった」
そして篁たちは来週に勉強会を行うことにしそのためにするべきことをまとめた。
「綾小路君はあの三人と話したことがあるわよね」
「まあ、ある程度はな」
「なら貴方にはあの三人を勉強会があることを伝えて連れてきてちょうだい」
「・・・別にやるのは良いが、正直言ってあの三人が素直に来てくれるとは思えないんだけどな」
「そこは貴方の方で何とかしてちょうだい」
「おい」
綾小路を無視し堀北は篁の方を向く。
「篁君には私と一緒に彼らに勉強を教えてもらえると助かるわ」
「教えられるほど頭は良くないんだが」
「少なくともあの小テストでは彼らよりもいい点数を取っていたでしょ?なら彼らよりは勉強ができるでしょ」
「あれは奴らが絶望的なだけだ」
「とりあえず私がテスト対策の問題を作っておくわ。それを来週彼らにやってもらう。これでいきましょう」
そして三人はそろそろ昼休みの時間が終わることに気づき少し急ぎ足で学校に戻り準備をした。美玖は見送りに玄関のところまで来て出ていく篁たちに手を振る。
「鈴音お姉ちゃん!!清隆お兄ちゃん!!また来てね!!」
「ええ。またね、美玖ちゃん」
「またな、美玖」
「美玖、あと少しで帰ってくるから待っててくれ」
「うんっ!?」
そうして三人は家を出て彼は扉の鍵を閉めた。そのまま元来た道を戻っていく途中で篁は並んで歩いている堀北と綾小路に声を掛ける。
「堀北、綾小路。二人に言っておきたいことがある」
「どうかしたのかしら?」
「今日、ここで見たことは誰にも言うな。クラスメイトにも担任にも、誰にも」
「・・・あまり探られたくないか?」
「はっきり言えばそうだ。美玖の話し相手は欲しかったが不特定多数の人間に知られたくはない」
「・・・まあ、それはそうよね」
彼の言葉に二人は納得した。未だに驚きの事だが篁と美玖を見ている感じ、二人は間違いなく家族だった。大好きな父を慕う娘とそんな娘を愛している父。少なくとも彼らにはそう見えた。まだ幼い美玖を危険な目にあわすわけにはいかない。そのために出来る限りこのことは彼らの秘密にしてほしいということだ。
「元々、誰にも話すつもりもないし話す相手はいないわ。安心してちょうだい」
「俺もだ。ある程度話す人間がいるとはいえそこまで込み入ったことを話すほど仲がいいわけじゃないからな」
「そうか。ありがとう、二人とも」
そういう篁の横顔はいつもの無表情だったが少しだけ安心したように二人には見えた。
彼にはまだまだ秘密がある。手に持っている麻袋、どうして高校生の年で娘がいるのか。そして先ほど見なかった彼女の母親は?多くの謎が残されているが少なくとも現時点ではそれらに関して何も分からないし彼に聞いても答えてはくれないだろう。今はAクラスへ行くための協力をしてくれることに感謝しそしてこれからどうやってAクラスに上っていくかを堀北は考えた。
「・・・・・」
その横では綾小路が無表情に無心に歩いている。その表情の裏をこの二人には読み取れなかった。