2期(懐玉・玉折)→映画→1期 の流れです。
#1 星の娘(懐玉1)
真っ暗な場所で、一人うずくまる小さな女の子がいる。
声を殺して泣く少女の後ろに立った天内理子は、それが幼い頃の自分だと、霧がかる思考の中で理解した。
ふと、正面に人が立っていることに気がついた。
足元まである黒衣に、ゆったりとした白のローブを羽織り、胸元には鮮やかな水色のリボンが結ばれている。
随所に刺繍が施された衣装は、クリスマスの時期にテレビで見た“聖歌隊”のものに似ていたが、顔の上半分を覆い隠す仮面のような飾りをつけた目隠し帽子が異質だった。
その人物が帽子を脱ぎ、幼い自分と視線を合わせるために屈む。
顔立ちからは、性別が判断できない。ただ、星空を閉じ込めたような美しい瞳が、幼い自分をみて一段と輝くのが不思議だった。
少女が顔を上げれば、薄く笑みをたたえていた口が開かれる。
その声は、焦がれた相手に愛を囁くよりも甘く。
愛おしい我が子に語りかけるように優しい。
――美しい娘よ、泣いているのだろうか?
慈愛と……狂気に満ちた声だった。
東京都立 呪術高等専門学校――呪術高専の教室に、三人の少年少女が正座で並んでいる。
教師を務めている1級術師、夜蛾正道は、昨日の任務で騒ぎを起こした生徒たちの前に座り、ため息をつきたい気分になった。
「この中に『“帳”は自分で降ろすから』と、補助監督を置きざりにした奴がいるな。そして“帳”を忘れた……。名乗り出ろ」
夜蛾が男子生徒二人のほうを見る。すると、左右に座っていた家入硝子と夏油傑の二人が、真ん中に座る白髪の少年――五条悟を指さした。
「先生! 犯人捜しはやめませんか!?」
元気よく手を挙げた五条を、やっぱりかと言いたげな夜蛾が見る。
「悟だな」
もはや見慣れた光景となった“指導”が入り、スケジュールを確認してくると言った夜蛾が教室を後にした。
「そもそもさぁ。“帳”ってそこまで必要?」
頭にたんこぶをつくり、ふてくされたように机に肘をつく五条が同級生を見る。
呪霊も呪術も見えない
「駄目に決まってるだろ」
呪霊は人間から流れ出た負の感情によって生まれる。呪霊の発生を抑制するのは、何より人々の心の平穏だ。
そのためにも、目に見えない脅威は極力、秘匿しなければならない。
「それだけじゃない……」
さらに続けようとした夏油を、五条が遮る。
「分かった。分かった。……弱い奴等に気を遣うのは疲れるよホント」
五条はこの話題に興味を失ったようだが、夏油の話はまだ終わっていない。
「“弱者生存”それがあるべき社会の姿さ」
弱きを助け、強きを挫く。
「いいかい悟。『呪術は非術師を守るためにある』」
「……それ正論?」
聞いていないかと思った五条が反応したため、夏油が顔を上げる。
「俺、正論嫌いなんだよね」
「……何?」
不穏になってきた二人を見て、家入は静かに教室を出る。
五条の反論が始まった。
「ポジショントークで気持ち良くなってんじゃねーよ。オ゙ッエー」
馬鹿馬鹿しいと、舌を出して挑発してくる五条の顔を見て、夏油が席を立った。
「外で話そうか……。悟」
優等生の皮を脱いだ夏油に、五条が笑みを浮かべる。
「寂しんぼか? 一人でいけよ」
一触即発。
五条も立ち上がり、相手を黙らせるついでに校舎が破壊されようとした時、教室の扉が開いた。
「……硝子はどうした?」
夜蛾が入室すれば、適当な返事をする男子生徒二人が大人しく座っている。
自分が来る直前に喧嘩を辞めたことに若干の成長を感じつつ、夜蛾は教壇に立った。
今回の任務に天元様が指名したのは、呪術高専二年、五条悟と夏油傑。
“帳”を降ろすのを忘れたり建物を破壊したりと、色々と問題は起こすが、これについては歳を重ねれば落ち着くだろう。術師としては優秀だ。
今回任務にあたるのはこの二人のため、家入を捜すのは後にして、先に説明を済ませることにする。
任務内容は“
天元様は“不死”の術式を持っているが、“不老”ではない。
ただ老いる分には問題ないが、一定以上の老化を終えると、術式が肉体を創り変えようとする。
つまり人でなくなり、“意志”さえ持たない、より高次な存在へと“進化”する。
高専各校、呪術界の拠点となる結界。多くの補助監督の結界術。それら全てが天元様によって強度を底上げされており、その力添えがなければ
さらに最悪の場合、“意志”を失くした天元様が人類の敵となる可能性もある。
そのため500年に一度、天元様と適合する人間、“
肉体が一新されれば術式効果もふり出しに戻り、“進化”は起こらない。
「その
深刻な顔をした夜蛾が、二人の生徒を見る。
「今、少女の
1.天元様の暴走による現呪術界の転覆を目論む、呪詛師集団「
2.天元様を信仰・崇拝する宗教団体、
「……だが、最も警戒すべきは、医療教会の上位会派『聖歌隊』に表立った動きがないことだ」
天元様と
失敗すれば、その影響は一般社会までに及ぶ。
「心してかかれ!」
「でもさー。呪詛師集団の『Q』は分かるけど、
相変わらず、周囲の面倒ごとには興味がないらしい五条のために、夏油は説明を始めた。
だが、
「『聖歌隊』のほうは……“星の娘至上主義”とも揶揄されているね。彼らの表向きの組織は、『医療教会』を名乗る教会併設の医療法人グループだ」
症例の少ない病気の治療・研究にも力を入れており、病み人たちが最後の望みをかけて訪れる場所とも言われている。
不治の病だと言われていた罹患者の中には、病気ではなく“呪われていた”パターンもあるだろう。
医療教会の信者には病み人だった者や親族も多く、教会の歴史が長いこともあって信者の層が厚い。
「その裏で、教会には高専傘下にいない術師――“狩人”と呼ばれる者たちが所属しており、フリーの呪術師だけでなく、呪詛師についても例外なく門戸を開いている。……警戒すべきだ」
髪を三つ編みに結い、ヘアバンドで飾った少女が、制服のセーラー服にそでを通して姿見の前に立つ。
天元様との同化の日まで、あと2日。
手が震えそうになるのを、天内理子は
宇宙のような、星空の輝きを閉じ込めた石が嵌め込まれたペンダント――星の瞳の狩人証を、窓から差し込む光にかざす。
誰にもらった物かも覚えていない、それの美しい輝きは、今朝に見た夢の人物の瞳に似ている気がした。
「お嬢様ー! 支度は終わりましたか?」
ドアの外から呼ぶ黒井の声を聞いて、天内は慌ててペンダントを服の中にしまう。
最後に前髪を整えてからドアを開けたとき、玄関の方から爆発音が響いた。
「始まったな」
ホテルの一室から煙が上がっているのを展望台から遠目に見ながら、“殺し”の仲介役である
少しヨレたスウェットの上下に、サンダル。平日の朝から競馬場をうろつくガタイのいい男は、とても堅気には見えない。
……子供と手を繋いでいなければ。
「……誘拐か?」
「俺のガキだよ。教会に寄るの面倒だから連れてきた」
そう言った男に、父親らしいところがあったと驚けばいいのか、自分の仕事の内容を考えろと呆れればいいのか、孔は微妙な気持ちになる。
その子供の方を見れば、お辞儀をした後に名前は「恵」だと教えてくれた。
「父の仕事のことは知っています。どうぞお構いなく」
大人びた対応をする子供が心配になりつつ、父親との違いに誘拐疑惑を確信に変えてから、孔は依頼内容を伝えた。
依頼主:
依頼内容:
「
「死にてぇなら一人でどうぞ。それか、
「無茶なこと言うなよ。……では本題。今回は“術師殺し”への依頼だ」
依頼主:
依頼内容:
「それから……。
自分には興味がないレースが始まるのを、恵は父親の隣に座って大人しく待つ。
いくら空いている自由席とはいえ、前の座席に足をかけて座るのは非常識だろうと思いながら、恵は父親の胸元で揺れるペンダントを見た。
鴉の狩人証――鳥の頭蓋骨を模したそれは、狩人狩りが代々1人だけにひっそりと受け継いできたもので、すり減っているのが見て取れる。
「父さん。“狩人専門の殺し屋”だって、勘違いされてるだろ」
不服そうに恵が言うのを、
「別に間違ってねぇだろ」
「違う」
狩りに、血に酔った狩人――かつての仲間を狩る者は、まず強く、血に酔わず、また仲間を狩るに尊厳を忘れない。
毎日のように通っている医療教会で、星空の瞳の人から聞いた言葉を反芻する。
意味が分からずに首を傾げた自分に、あの人は嫌な顔せずに教えてくれた。
父親は確かに強い。それに他の狩人たちと違って“血に酔う”こともない。
だが、お金のために戦う父親には、尊厳というのはないと思う。
「その証は俺がもらうから」
急に自分を超えると宣言した息子に、甚爾が笑って噴き出す。
息を整えてから、まだまだ見下ろす位置にある小さな頭に手を置いた。
「やってみろ」
不機嫌になった恵の頭を甚爾が撫でまわしていると、仕事を放ってきた自分たちを捜す時雨の足音が近づいてきた。
■補足
「ロスマリヌス」
医療教会の上層、「聖歌隊」が用いる特殊銃器。
血の混じった水銀弾を特殊な触媒とし、神秘の霧を放射し続ける。
歌声と共にある神秘の霧は、すなわち星の恩寵である。
「美しい娘よ、泣いているのだろうか?」
「伏黒の苗字について」
“伏黒”は津美紀の母の苗字かと思いますが、ここでは恵の母の苗字ということにします。