血の医療は救いとなるのか   作:4R1ES

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原作開始です。
この小説の悠仁君は、狩人ではありません。
“鴉羽”の狩装束で、“烏羽”の狩人で、“鴉”の狩人証。


原作開始
#12 拝領(両面宿儺)


 

 

 

 

 

2018年 6月

宮城県仙台市 杉沢病院

 

 部活を終えた杉沢第三高校の一年生。虎杖悠仁が、祖父への見舞いの花を抱えて受付の前を通る。

 病室へ向かう彼を、スタッフルームにいた看護師の一人が慌てた様子で呼び止めた。

 

「ねえ、悠仁君。最近……肝試しとか行った?」

 

 その言葉を聞いて、数日前に部活の先輩たちと夜の神社へ行った虎杖は、驚きながらも好奇心の溢れる瞳を看護師に向ける。

 

「なんで分かんの!?」

 

 カウンターに身を乗り出して聞いてくる虎杖に、()()()()()()が見えるのだと答えた看護師が真面目な顔で尋ねた。

 

「何か持って帰ってきたり、してないよね?」

 

 ゴミ掃除のつもりで拾った物も駄目だと話す看護師の迫力に、虎杖がカウンターに乗せていた身を引く。

 

「何も拾ってないよ」

 

 肝試しをした場所では、という注釈を心の中で付け足しながら笑う虎杖を、看護師が疑わしげに見る。

 しかし、ここで長く引き留めても意味がないため、「肝試しは控えるように」とだけ告げ、病室へ向かう彼を見送った。

 虎杖の背中が見えなくなってから、少し席を外すと言って看護師はある場所に連絡を入れる。

 呪いが憑いているようには見えないが……「悍ましい気配がする」と。

 

 

 

 短気で頑固者で……優しかった爺ちゃんが死んだ。

 最期だからってカッコつけて、オマエは強いから人を助けろだとか、大勢に囲まれて死ねとか。……俺みたいにはなるなよ、とか。

 他にも好き勝手に言い残して、虎杖倭助(わすけ)は眠ってしまった。

 実感がわかないまま受付で書類の記入を済ませ、泣きはらした目を擦った虎杖に、知らない少年の声がかけられる。

 

「虎杖悠仁さんですね?」

 

 喪中にすみません、と続けて話す相手を、虎杖が振り返った。

 

 

 

 ダブルボタンの軍服のような黒いロングコートに、鳥の羽を模して裂かれた布を重ねたマントを羽織った少年。

 何かのコスプレかと思っている虎杖から見えない背面には、施術道具を収めたポーチが装飾品としてベルトに括られている。

 本来であればペストマスクに似た白の“嘴の仮面”と共に着用するそれらは、“鴉羽の狩装束”。

 

――仲間の遺志が、せめて天に、あるいは狩人の夢に届くように。

 

 そう願って“血に酔った狩人”を、正気を失ったかつての仲間を狩る鴉の姿には、鳥葬の意味がこめられていた。

 

「医療教会の伏黒です。あなたに話があってきました」

 

 

 

 伏黒と名乗った真面目そうな少年は、風変わりな服装も相まってか、対面しているだけで只者ではない――強者であるのが伝わってくる。

 そんな彼が“呪い”について説明し、看護師と同じく「最近、何か拾わなかったか」と聞いてきたため、虎杖は学校の百葉箱で拾った怪しい箱をおずおずと差し出した。

 

「……中身は持っていませんか?」

 

 空箱を見て深刻そうな顔で問う伏黒に、不安になってきた虎杖が答える。

 

「中身は先輩が持ってて……。今日の夜、学校でそれのお札剝がすって……」

 

 そこまで言って、本当にヤバいものなのかと伏黒の様子を窺う虎杖に、丁寧な口調を捨てた彼が告げた。

 

「……ソイツ、死ぬぞ」

 

 

 

 呪物の回収は伏黒の専門ではないため、あの箱の中身が何かは知らないが、こびりついた呪力の残穢から特級クラスの呪物であることも考えられる。

 もし札が剝がされれば、その強い呪力を得るために中身を喰おうと呪いが集まってくるだろう。

 そして呪いが集まれば……伏黒の“獲物”も、狩りのためにやってくるかもしれない。

 学校までの道を走りながら話を聞いていた虎杖は、まだ“呪い”について半信半疑である。

 ただの痛い人だったらどうしようと、失礼なことを考えながら校門を見上げると、今まで感じたことのない(プレッシャー)が放たれたのが分かった。

 

「オマエはここにいろ。先輩の居そうな場所は?」

 

 そう言った伏黒の手に、二種の曲刀を重ねた希少な隕鉄の刃――慈悲の刃が握られる。

 突然、取り出された黒刀に驚きで固まったが、校舎に入っていこうとする伏黒を慌てて呼び止めた。

 

「待てよ! 俺も行く! やばいんだろ!?」

 

 友達は放っておけないと訴える虎杖に、伏黒が鋭い視線を寄こす。

 

「呪いは呪いでしか祓えない。……呪力のないオマエは足手まといだ」

 

 取り付く島もない言葉と、どこからともなく取り出した“嘴の仮面”で顔を覆った現実味のない伏黒の姿に、何も言い返すことができなかった。

 

 

 

 伏黒を見送ってから数分が経ち、校舎前に立つ虎杖は震える自分の手を見ながら自問する。

 

――俺は何にビビッてる?

 

 答えは簡単だ。今も学校から色濃く漂う、嫌な予感……「死」。

 死ぬのは怖い。だが、祖父が死んだときは、それほど怖いという感じはしなかった。

 自分が泣いたのも、怖かったからじゃない。……少し、寂しかったからだ。

 今、目の前にある「死」と、祖父の「死」に何か違いはあるのか?

 

――オマエは強いから、人を助けろ

 

 数時間前に聞いた祖父の声が、鮮明に聞こえた気がした。

 人はいつか、必ず死ぬ。

 見舞いに来るのが孫である自分一人だろうと、ベットの上で穏やかに眠りについた祖父が「正しく死ねた」とするなら……。

 ここにあるのは、「間違った『死』」だ。

 手の震えが止まった虎杖が、校舎に向けて駆けだす。彼の恵まれた身体能力は、短い助走からは考えられない跳躍を引き出した。

 

 

 

 

 

 二頭の大型犬の影と共に鴉羽のマントが舞い、異形たちが切り裂かれる。

 校舎四階の廊下の曲がり角で、生徒二人を飲み込もうとしていた低級呪霊の塊がはじけ飛んだ。

 それと同時に、窓の外からガラスを蹴破って新たな少年が侵入してくる。

 呪霊が消失したことで支えを失った生徒たちが身体を床に打ちつける前に、窓から入ってきた少年――虎杖が二人を抱きとめた。

 虎杖が頭部に怪我をした男子生徒、井口を床に寝かせ、佐々木を抱え直せば彼女の手から何かがこぼれ落ちる。

 掴んだそれを確認すると、人間の指のミイラのようだった。

 

「これがさっき言ってた呪物?」

 

「ああ。何で来たと言いたいところだが……。二人を連れて走れるか?」

 

 校舎奥へ続く廊下の先を見据えた伏黒が、慈悲の刃を握りなおす。

 

「できるけど……。その犬は?」

 

「俺の式神だ。見えてるなら丁度いい」

 

 呪霊も呪術も、今回のような特殊な場や死に際でなければ、一般人には見えないものだから。

 

「この二匹をオマエにつける。その指は呪いが寄るから捨てていけ。……俺の“本命”が来た」

 

 闇に包まれた廊下の突き当りがきらりと光り、短く空を切る音がする。

 虎杖の視界を遮るように一歩踏み出した伏黒が、慈悲の刃を振るった。

 金属音を響かせたのは、弾かれて廊下の壁に刺さったスローイングナイフ。

 次々に起こる非日常的な事に虎杖が驚いている間に、呪霊よりも不気味で獰猛な「死」の気配を漂わせる何かに向けて、伏黒が駆けていった。

 

 

 

 伏黒の式神――玉犬(ぎょくけん)がパーカーの裾をくわえて引っ張ったことで、呆けていた虎杖が慌てて先輩二人を抱える。

 指は捨てていけと言われたが、危険な物なら置いていって失くしたらまずいだろうかと、どうするかを悩む。

 逡巡したのは十秒にも満たない時間。しかし、一般人がむき出しの呪物を……“両面宿儺の指”を持っているには長すぎる時間だった。

 急に吠えた玉犬が虎杖の背中に体当たりをするが、よろめかせるには至らない。

 どうしたのかと振り返った虎杖の前に、天井を突き破って四つ目に六本の手足を生やした爬虫類のような呪霊が降ってきた。

 

――もし札が剝がされれば、その強い呪力を得るために中身を喰おうと呪いが集まってくるだろう。

 

 伏黒の言っていた通りだ。指は捨てていけと言われたのに、自分がためらったためにヤバいものが来てしまった。

 

「二人を守ってくれ!」

 

 急いで先輩たちを壁際に降ろした虎杖が、玉犬に声を掛けて呪霊の元へ走る。

 廊下いっぱいの大きさをしている呪霊の左下に空いた隙間に、両面宿儺の指を握った虎杖が滑り込んだ。

 その姿を左腕で追って反転した呪霊が、虎杖を捉えて壁に叩きつける。

 なんとか受け身をとった虎杖に、呪霊が巨体をぶつけて一緒に外へと飛び出した。

 

 幸いにも三階の渡り廊下の上に着地できた虎杖が、呪霊に向き直る。

 

――呪いは呪いでしか祓えない。……呪力のないオマエは足手まといだ。

 

 校舎の外で、伏黒に言われた言葉を思い出す。

 今さら指を捨てても、先輩二人を抱えてコイツから逃げるのは難しそうだ。

 ここで自分がコイツを何とかできなければ、先輩たちも襲われてしまうのだろうか。

 あの式神の犬たちは、伏黒が助けに来るまで守っていてくれるだろうか。

 伏黒が追いかけていった何かは、自分の目の前にいるものよりも危険な気配だった気がする。

 あれを倒すために来たらしい伏黒なら、コイツのことも倒せるはずだ。だが……。

 

 人に頼ってばかりでいいのか? 爺ちゃんは何て言っていた?

 

 呪霊にぶつけた拳に手ごたえはあるのに、効いている様子がまるでない。

 自分には“呪力”というやつが無いから。

 

「……そうか。呪力」

 

 この呪霊が襲ってくるのは、自分が持っている呪物の指を喰って“強い呪力”を得るためだ。

 呪いは呪いでしか祓えないなら――。

 

「俺に呪力があればいい!」

 

 両面宿儺の指を虎杖が顔の前に掲げれば、呪霊も釘付けになったように動きがとまる。

 

――人を助けろ。

 

 それを飲み込む瞬間、爺ちゃんの声が聞こえた気がした。

 

 

 

 虎杖――受肉した両面宿儺が右手を一振りすれば、あれほど苦戦していた呪霊の顔面が簡単に吹き飛んだ。

 呪霊の残骸には目もくれず、千年ぶりに光を浴びた呪いの王が笑い声をあげて街を見下ろす。

 蛆のように湧いている人間をどうやって殺していこうかと、思考を巡らせようとしたとき、視界の端に黒鳥の羽のようなものが映った。

 

 黒く輝く隕鉄の刃を軽く受け止めた宿儺の腕に血が滲む。

 食い込んだ刃は骨に届いていなかったが、対のもう一振りが刀身に叩きつけられる直前、腕を払った宿儺が一歩距離をとった。

 

「オマエ、受肉体だな?」

 

 鳥の嘴を模した白い仮面の下から発せられる声は、少年らしさの残るものだ。

 受肉して間もなかったとはいえ、気配を悟らせずに仕掛けてきた鴉を宿儺が観察する。

 

「呪術師か? 心地よいほどに呪われているな……」

 

 呪われているのは家系。いや……受け継ぎ背負った業だな。

 切れた腕を反転術式で治した宿儺は、目覚めて早々、それなりに楽しめそうな相手が現れたことに笑みを浮かべた。

 

 身にまとう気配の変化と、初対面のような虎杖の反応に、狩りの対象と定めた伏黒が追撃にでる。

 しかし、虎杖に宿った何かの気配が揺らいだかと思えば、迎え撃つために掲げられていた彼の手が、彼自身の顎を掴んだ。

 

「うわっ! 危な!?」

 

 間一髪。側頭部に突き刺さる直前で止まった慈悲の刃に気付いた虎杖が驚きの声を上げる。

 一人の身体に二つの人格が宿ったように、顔をしかめて何かと会話をしていた虎杖から、もう一つの気配が消えた。

 それを目の当たりにして、刃を突きつけた状態で止まっていた伏黒が感激の声を上げる。

 

「呪物の影響を打ち消した、“拝領”による呪力の取得………」

 

 受肉できるほどの強力な呪物であれば、間違いなく特級クラスの猛毒。

 それを呪術師でもない虎杖が、何を思ったのか喰ってしまった訳だが……。死ぬどころか、呪力を得て正気を保っている。

 呪力を持たないものが呪力を得るという、ある種の“進化”。これは“獣の病”を解き明かすヒントになるかもしれない。

 

 慈悲の刃と嘴の仮面を仕舞った伏黒に、状況がいまいち分かっていない虎杖が話しかけた。

 

「俺、結構ボロボロなんだけど……。今からでも診てもらえる病院、知ってる?」

 

「ああ。入念に検査するぞ。費用は気にしなくていい」

 

 予想以上に鬼気迫る表情で返してきた伏黒に、虎杖が慌てる。

 

「俺、そんなヤバい怪我してんの!?」

 

 一番、血のついている腕を触り、傷らしきものも見当たらないことに虎杖がほっとしていると、二人の間に第三者が忽然と現れた。

 

「本当に恵いるじゃん。今、どういう状況?」

 

「五条さん……」

 

 アイマスクで目元を覆った長身の男に警戒した虎杖だが、伏黒の反応で知り合いだと察して緊張した肩の力を少しだけ抜く。

 二人の会話を聞いていると、五条が“両面宿儺の指”――恐らくさっき自分が飲み込んだ指を回収しに来たのだと分かる。

 

「恵も仙台(こっち)に来てるって聞いてさ。指の回収ついでに顔を見とこうかなって」

 

 君にしては派手にやったねと、校舎に開いた大穴を見て笑った五条が伏黒に向き直った。

 

「で、指のこと何か知ってる?」

 

 ポケットに両手を入れ、お土産らしき紙袋を提げて余裕そうに立つ五条に、小さく手を挙げた虎杖が話しかける。

 

「あのー……。ごめん。俺、それ食べちゃった」

 

 あまり気にしていなかった少年から伝えられた衝撃的な話に、さすがの五条もアイマスクの下の目を点にした。

 

「……マジ?」

 

 

 

 

 

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