血の医療は救いとなるのか   作:4R1ES

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原作と同じ流れの場面は、だいたい飛ばします。


#13 鴉羽(秘匿死刑)

 

 

 

 

 

 両腕に重しを吊るされているような違和感を覚えて、虎杖はゆっくりと意識を浮上させた。

 

「おはよう」

 

 知らない男性の声が聞こえるが、瞼を開いても視界は薄暗い。

 視線を彷徨わせれば、壁一面に御札が貼りつけられた部屋の中にいるのがわかった。

 

「今の君は、()()()なのかな?」

 

 やっとはっきりしてきた意識を声の主に向ければ、目元をアイマスクで覆った黒づくめの男がにこりと笑う。

 状況の飲み込めていない虎杖に、目の前の男――五条悟が話を始めた。

 

 

 

 あの夜。両面宿儺の指を喰った少年、虎杖悠仁が“宿儺を制御できる”のか、五条はテストを持ちかけた。

 

―― 十秒間、両面宿儺に体を代わること。

 

 それは、彼に“器”の可能性があるのかを確かめるための第一段階。

 

「でも……」

 

「大丈夫。僕、最強だから」

 

 心配をして渋る虎杖に余裕で返した五条は、言葉通り、自由になった宿儺の攻撃を軽々といなした。

 そして十秒が経ち、虎杖が戻ってきたことを確認した五条は、次のテストとして虎杖の額を指先で軽く突く。

 意識を失って倒れる虎杖を支える五条に、不機嫌さを隠しもしない伏黒が声を掛けた。

 

「虎杖は医療教会で預かります。勝手しないでください」

 

「“両面宿儺の指”は高専(うち)の所有物だよ? 高専で預かるのが道理でしょ」

 

 わかってないなと言うように、五条が伏黒に向けた手の人差し指を立てて左右に振る。

 本人に自覚があるかは知らないが、小馬鹿にして見える仕草に、伏黒の眉間にしわが寄った。

 

「管理できていないのに所有物とか、よく言えますね。最低でも二人は死ぬところでした」

 

「“獲物”を優先した恵には言われたくないなぁ。その二人が死んでも、自己責任と言って終わりだったでしょ。……君も、守る相手は選ぶタイプだもんね?」

 

 狩りに、血に酔った狩人を狩る。あまねく狩人に悪夢の終わりもたらす“汚れ役”を引き受けることが、鴉の狩人証を受け継ぐ者の使命。

 狩人が校舎の四階に現れたとき、伏黒にはその場で殺す手段がいくらでもあった。

 あえて戦うために非術師たちの側を離れ、場所を変えたのは、彼の目的がただ殺すことではないから。

 伏黒は非術師の命よりも、狩人が人の姿であるうちに――獣に身を(やつ)す前に、()()()()()の最期を与えることを優先した。

 ……戦い抜いた。狩人としての「死」を。

 

「僕はそういうの、嫌いじゃないよ? でも……」

 

 伏黒が使命をまっとうしている間に、虎杖が受肉した。

 

「後から興味が出たからって、囲い込むのはダメでしょ」

 

 しばらく黙ってにらみ合った二人が、ため息をついた。

 

 医療教会に身を寄せた場合、虎杖は即刻、死刑対象として呪術師たちに追われることになる。

 しかし高専預かりにするなら、五条がわがまま……融通をきかせて、実質無期限の執行猶予をつける形に持ち込むことも可能だ。いや、必ず持ち込む。

 

「彼の受肉について知りたいなら、君や誰かが高専に来ればいい。……そっちも通してあげるよ」

 

 術師の狩人は学生にも何人かいるだろうと、軽い調子で聞いてくる五条に伏黒が顔をしかめた。

 ほとんどの狩人は“非術師”であるが、彼らは呪霊を認識し、祓う手段をもっている。

 そんな彼らのことを、呪術界の上層部は呪詛師扱いとはいかないまでも、よくは思っていない。

 半端な実力の狩人では、嫌がらせの延長で消される可能性が高い。

 それに、呪術規定に照らし合わせれば呪詛師と変わらない活動をしている者もいるため、誰にでも任せられる事じゃない。

 伏黒の活動も、狩人の大半は非術師のため黒。だが、相手が“狩人”に限定されているため、黒に近いグレーとなるだろうか。

 

「高専に入るとなると、俺の“仕事”の調整も必要です。……先代を探して復帰させるので、二週間以内に俺が()()()()()()転入できるようにしといて下さい」

 

 今まで何度も勧誘され、しかし全て無視してきた伏黒本人が来るつもりでいる発言に、五条は笑みをこらえた。

 ……()()、二級術師の狩人が増えることになる。

 

「虎杖、殺させないでくださいよ」

 

 そう言った伏黒の瞳に映る挑発的な態度が、彼の父親と重なって見える。今度こそ五条は笑い声を漏らした。

 相伝を持った術師が外部にいて、しかも狩人をしていると知ったら、禪院家はどうなることやら。

 騒がしくなりそうな予感に、五条は親指をびしっと立てて笑みを深くした。

 

「任せなさい!」

 

 

 

「ってなわけで改めて……。君、死刑ね」

 

「……結局、死刑なん?」

 

 万事解決した雰囲気で話していた五条からの死刑宣告に、虎杖が幻滅した顔を向ける。

 

「いやいや、頑張ったんだよ? さっきも言ったように、君には執行猶予がついた」

 

 そう言った五条が、見覚えのある物に似た何かを取り出した。

 

 虎杖が食べた呪物、両面宿儺の指は全部で二十本ある。

 この呪物は壊すことができず、日に日に呪いが強まっている上に、現存の術師では封印が追いついていない。

 

「そこで君だ」

 

 虎杖が死ねば、中の宿儺も死ぬ。

 今すぐ虎杖を殺せと、上層部の臆病な老人共は騒ぎ立てたが、今後生まれてくる保証のない「宿儺に耐えうる器」を殺してしまうなんて勿体ない。

 

――どうせ殺すなら、全ての宿儺を取り込ませてから殺せばいい。

 

 そう提言した五条に、上層部は渋々了承した。

 

「君には今、二つの選択肢がある」

 

 今すぐ死ぬか。

 全ての宿儺を見つけ出し、取り込んでから死ぬか。

 両面宿儺の指を差し出した五条が、にこりと笑った。

 

「好きな地獄を選んでよ」

 

 

 

 

 

 東京都立 呪術高等専門学校

 一週間前に虎杖が転入した呪術高専は、多くの呪術師が基点として活動している呪術界の要。

 ただ、一年生が自分と釘崎野薔薇という女生徒の二人しかいないことから、呪術師というのはかなりの少数派(マイノリティ)らしい。

 来週あたりには伏黒が転入してくると聞いているので、もう少し賑やかになるだろうか。

 そう考えながら引率の呪術師を待つ虎杖の視線の先には、話に花を咲かせる三人の少女がいた。

 

「じゃあ、次の日曜日の十時に駅前集合ね!」

 

 そう言って、今日、初めて会ったとは思えない様子で釘崎と約束しているのは、フリーの呪術師だという枷場(はさば)菜々子と美々子。

 高専の制服を着ていない二人は普通の女子高生にしか見えないが、優秀な呪術師らしい。

 行きたい店のピックアップを始めた三人に虎杖が疎外感を感じ始めていると、肩を誰かに叩かれた。

 急なことに驚いて振り返ると、長い黒髪をハーフアップにした若い男性がにこやかに立っている。

 

「やあ。君が虎杖君だね?」

 

 そう言って首を傾げた男の、額に一筋だけ垂らされた特徴的な前髪が揺れた。

 

 

 

 予定の時間になっていないからと、引率の自分が来たことに気付かず、楽しそうにしている少女たちを見守っているのは、特級呪術師の夏油傑。

 そんな夏油に、虎杖は五条から聞いた話をそのまま質問としてぶつけた。

 

「夏油さんって、めっちゃ強いけど任務はあまり受けないってホントですか?」

 

 全ての宿儺を自分が喰らい、消すことで、少しは呪いに殺される人も減らせるかもしれない。

 自分にしかできない「宿儺を喰う」という使命の裏に、そういう思いを抱いている虎杖には――“他人を守るために”強くなろうとしている虎杖には、純粋な疑問だった。

 

「悟から聞いたのかい? ……私は、非術師は基本的に嫌いなんだ」

「俺、最近まで非術師だったんですけど……」

 

 冷汗をかいて一歩下がろうとする虎杖に、夏油が小さく笑う。

 

「私が嫌いなのは、弱者であることに甘んじる非術師。恐怖から目を逸らす弱者だよ」

 

「恐怖から……目を逸らす」

 

「“恐怖”というのは人間の重要な感情で、時には逃げる事も必要だ。でも、目を逸らしてはいけない」

 

 何が言いたいのかと見上げてくる虎杖の額に、夏油が指先を向けた。

 

「君は現状を打開するために『宿儺の指を喰う』という選択をした。そして賭けに勝った。……君は弱者ではないよ」

 

「ありがとうございます?」

 

 おそらく褒められていると判断した虎杖が礼を述べれば、夏油が遠い目をした。

 

「自己犠牲精神の溢れる君に伝えておこう。……他者を頼ることも、逃げる事も恥ではない。自分の為になる事しか行わなくても、誰も君を責めはしない」

 

――私がそれに気づけなければ、今頃は呪詛師にでもなっていたかもね。

 

 最後に小さく呟かれた言葉を聞き返した虎杖に、夏油が何でもないと答えた。

 

 やっとこちらに気付いた少女たちに手を振った男の背中に、なぜその話を自分にしたのかと虎杖が問う。

 振り返った夏油は先ほどの頼れる姿から一転して、五条のように軽薄な態度で片目をつぶった。

 

「『ゲテモノ喰い』のよしみだよ」

 

 

 

 

 

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