この書き方で伝わるのかな、と思う部分はありますが、力尽きたのでこれでいきます。
両面宿儺の指を“拝領”してなお自我を保ち、呪力を取得した希有な存在。虎杖悠仁。
彼について知ることは、伏黒を含む“血の医療”を受けた――上位者の血を“拝領”した者たちが抱える呪い、“獣の病”を解明する足掛かりとなる可能性がある。
強者らしく伏黒が動き出すのを待つ宿儺の、虎杖の胸は文字通り“空っぽ”だ。
心臓を抜き取られた今の状態で虎杖に身体の主導権が戻れば、彼は間違いなく死ぬ。
それを避けるには宿儺自身に心臓を治させるしかないのだが……。
宿儺に殺されず、自分も相手を殺さないように立ち回るなんて器用なことは、残念ながら伏黒にはできない。
それならせめて、虎杖の受肉についての情報を一つでも多く得ることに力を尽くそう。
少年院のグラウンドに、小さな鐘の音が響き渡る。
“狩人呼びの鐘”。その音の共鳴により、狩人が世界を超えて共闘したという鐘が、伏黒のまとう鴉羽のマントの影に吸い込まれた。
狩人が所持するアイテムには、使用者や使い道が限られる奇異なものが多く、中でも狩人呼びの鐘を
使用者が少ない理由は明白で、狩人呼びの鐘の使用条件を満たす者は、死の淵に立っているのと同義だからだ。
その使用条件は、おそらく三つ。
1.使用には“啓蒙”を必要とする
2.敵対する“呪い”が、呪術師の基準で1級相当以上である
3.周辺の
“啓蒙”は未知との遭遇により得ると言われており、己の死を覚悟する――“理解する”ような強敵と出会った時や、“領域”に足を踏み入れた時がそれにあたる。
しかし、「3級呪霊が祓えれば御の字」と言われている狩人が大半なのだ。1級相当の呪いと遭遇した時点で、鐘を鳴らす間もなく殺されるだろう。
……鳴らせたとしても、共鳴した者が現れるまで耐えられなければ無意味だ。
今、この場には“人間”の伏黒と、特級の“呪い”である宿儺――あるいは“人間”の虎杖がいる。
そして学校や病院といった、ある程度の広さがあり敷地の境界が明確な場所は、狩人呼びの鐘が影響する“
先ほど呪霊を追って、すぐに呼び出しに応えられるように敷地外に出た狩人。……灰原だ。
宿儺に向けて振るう伏黒の大鎌には、彼の愛用する“慈悲の刃“と同じく、星に由来する希少な隕鉄が用いられている。
工房武器のマスターピースと呼ばれる“葬送の刃“は、より強い獣を狩る力を追求した後継の仕掛け武器とは違う趣があった。
宿儺の後を追うように、刃が鈍い輝きを放つ。
身の丈以上の大鎌を振るう伏黒は鍛えているようだが、その武器のサイズと重量を考えると振りが異様に速い。
宿儺の眼で見ても呪力で肉体を強化している様子はないことから、彼の呪われた業に関係するであろう
並の呪霊ならば易々と葬ることができる攻撃だが、宿儺を相手にするには、少々、大振りで鈍いようだ。
両の手をポケットに入れたままの宿儺が、後ろへ一歩下がる。
自分の攻撃がかすりもしていないというのに、宿儺と対峙する伏黒は笑みを浮かべていた。
――狩人呼びの鐘は、共鳴していない。
呪術師たちが何と言おうと、
無表情に戻った伏黒の動きが変わる。
横薙ぎに振り抜いた大鎌がギミック音を響かせ、驚くほどあっさりと刃と柄の二つに分かれる。
半ばから折り畳んだ柄を背中に担いだ伏黒が、外された鎌の刃を剣のように振るった。
伏黒が武器の形状を変え、姿勢を低くして距離を詰めてきたため、宿儺はポケットに入れていた左手を伸ばす。
鴉羽のマントの襟首を掴もうとすれば、不自然に
「あ?」
怪訝な顔をする宿儺の隣で、ステップを踏んだ伏黒の手が式神を召喚するための印を組む。
呪力の流れを読んだ宿儺が、飛び掛かってくる
やっと術式を攻撃に使ったかと思えば、ただの目くらまし。
「……つまらん」
そう呟く宿儺の隣を
音もなく向けられた銃は、呪具ではない。呪力が
普通なら、かすり傷一つ負わせることはできないと気にも留めないが――。
舌打ちした宿儺が、すんでのところで上体を反らして水銀弾をかわす。
銃声と共に
呪具ではない、
先程の不自然な回避に、術式ではない式神の召喚――“マダラスの笛”による毒蛇の召喚。
強さを求めた狩人たちに与えられる、上位者からの
「これが“狩人”か……」
奇異な道具であろうと問題は無いし、脅威にもならないが……対処するのは少々面倒だ。
それを扱う伏黒自身も、式神使いのくせに体術だけで大抵の呪いを祓うだけの能力がある。
それに、見知った者と対峙すると、大抵の奴は攻撃をためらうものだが……。
伏黒は確実に殺すため、迷いなく頭を狙って撃ってきた。
――前言撤回だ。
「面白い」
霧のように消えた毒蛇の噛み傷を治した宿儺が、右手を軽く振る。
見えない斬撃が無数に放たれ、目の前の人物を巻き込んで周囲の木々と建物をなぎ倒した。
大きくステップを踏んで宿儺から距離をとった伏黒は、素早く取りだした何かを太ももに刺す。
宿儺が確実に
その傷も“輸血液”によって即座に癒やし、ボロ切れとなった鴉羽のマントを脱ぎ捨てた。
気分がのってきた宿儺は笑うが、虎杖が戻るまでの“時間”も迫っている。
予想より厳しい相手だが、心臓を治すのはなしだ。
術式を使って道具を出し入れしやすい“影”を作っていたマントを放り投げた伏黒は、手に持つ刃に呪力をまとわせ、近接戦に切り替えるつもりらしい。
特級呪霊と違い、自分の斬撃に耐えた相手と打ち合いができることに、宿儺は気分を高揚させた。
そんな宿儺と距離を詰める伏黒との間に、マントが――“影”が落ちる。
その影から、白と黒の二匹の玉犬が飛び出した。
右腕に嚙みつこうとする黒い式神を、宿儺が裏拳打ちで弾き飛ばす。
気を散らすために放たれた二匹の式神は、確かに相手を不快にさせるのに効果的だった。
時間まで適当に伏黒の相手をして遊ぶつもりでいたのも忘れて、宿儺が舌打ちと共に横なぎに斬撃を放つ。
しまったと思った時には、飛び掛かってきていた白の式神が細切れとなって破壊された。
邪魔な式神が消え、視界の開けた宿儺の目に、半身を自分の
影に入れることができるのは、物や式神だけではない。
生物にも使用できるとなれば、対人戦での攻撃の幅も広がる。
回避、潜伏……相手の不意を衝くにも。
「いい術式だ」
そう言った宿儺の足元に、
呪力で足場を作るため、伏黒へ向けていた意識をほんの少し割いた宿儺に、大鎌へと形を戻した“葬送の刃”が迫る。
腕を伸ばし、大鎌の柄を掴んで動きを止めようとした宿儺の手が触れる直前、大鎌は
二人の呪力がぶつかった衝撃で砂埃が舞い、互いに距離をとったまま視界が晴れるのを待つ。
抉れた肩から血を流し、慈悲の刃を構える伏黒は、今の衝撃でついた火傷のような傷とあわせて、癒やすために輸血液を刺した。
そんな伏黒を、目立った傷のない宿儺が見やる。
「小手先の戦術はどうかと思うが……。すぐに離れたのは正解だったな」
武器の入れ替えによって間合いを変え、タイミングをずらしたはずの伏黒の攻撃は、宿儺に届かなかった。
伏黒が高校の屋上で仕掛けた時を除けば、宿儺は狩人と戦うのは初めてのはずだ。
それなのに、「狩人は何の媒介もなく狩り道具を出し入れできる」ことを知っていたのは……。
「オマエ、小僧の前で影を介さずに物を出し入れしただろう?」
受肉の時に、身体の持ち主から記憶や知識を得ていたということか。
この入れ替えによる攻撃が防がれてしまった今、伏黒の打てる手はほとんどない。
宿儺の斬撃は、並の相手ならとっくに切り刻んでいるものだ。
現状維持は死に向かうだけ。速さと技量に長けた“狩人”である伏黒にも、何度も避けられるものではない。
全盛ではないとはいえ、明らかに格上の相手に領域展開を使う選択肢は、最初からなかった。
……虎杖に「死んでも戻ってこい」と言ったのは自分だ。だったら自分も、「死んでも殺してやる」。
伏黒の次の出方を見る宿儺が待っていれば、慈悲の刃を消した伏黒が無手で構えた。
その身にまとう呪力が爆発的に跳ね上がる。
今まで最低限の呪力だけを使用していたのは、呪力量が少ないからではなかったらしい。
呪術戦において、勝敗を分けるのは素の力や能力ではない。
「才能がほぼ8割」と言われる呪術師の
命を燃やし、肌を焼くほどの呪力の圧を持つ伏黒は、まさに“呪術師”だ。
伏黒の呪力に引っ張られるように出力を上げた宿儺が、高揚に身を任せて叫んだ。
「魅せてみろ! 伏黒恵!」
「布瑠部由良由良……」
切り札を出そうとしていた伏黒が、不意に言葉を紡ぐのを止める。
呪力を抑えて構えも解き、宿儺に――虎杖に向き直った。
「死は終わりではない」
伏黒の声が、ただ事実を告げるように発せられた。
「次の“目覚め”を迎えるために必要なことだ」
表情を見せず、淡々と、決まり文句のように話し続ける伏黒の様子に、
「……そっか」
共有した時間は一時間にも満たないかもしれないが、自分の死を尊び、同情することなく看取ってくれる人物がいるのは、不思議な気持ちにさせられる。
「伏黒にそう言われると、また会える気がしてくるな」
虎杖の言葉に、伏黒が微笑みを見せる。
それにつられて、今度はにこりと笑った虎杖が、そろそろだと呟いた。
「伏黒も釘崎も、五条先生……は心配いらねぇか」
力の抜けた虎杖の身体が、ふらりと傾く。
「……長生きしろよ」
その言葉を最後に、目を閉じた虎杖が倒れる。すぐ側に片膝をついた伏黒が、胸の前で手を組んだ。
「“いってらっしゃい”、虎杖。……貴方の目覚めが、有意なものでありますように」
翌日。
また虎杖が狙われることのないよう、念のため、釘崎にも彼が生きているとは伝えられない。それが釘崎自身を守ることにもなる。
今日が転入予定だった伏黒のほうは、「意味がない」から来ないかと思ったが……。
「五条
名前を呼ばれ、笑みを浮かべた五条がゆっくりと振り返る。
「恵。入学してくれるんだ? 意外だね」
嬉しそうに声を掛ける五条とは違い、高専の制服を着た伏黒はしかめっ面で立っていた。
「“先生”からの伝言です」
そう言った伏黒に、五条の表情が強ばる。
――あの子の目覚めが、有意なものでありますように。
それに動じず、伏黒は言葉を続ける。
「それに、『君はまだ幼い』と……」
「本当に……
礼をして踵を返した伏黒の背中に、
一部とはいえ、狩人たちの力は呪術師を凌ぐほどに大きくなっている。
近年、生徒のレベルも急激に上がっているが……。
そして現れた宿儺の器。
呪霊も含めて、今までの「特級」なんて物差しでは測れなくなるだろう。
まだ保守派の術師たちは分かっていない。
――“目覚め”の時だ。