彼は術式も想像の余地があるので、次回は術式の開示をやってもらいたい。
2018年 9月
呪術高専 東京校 某所
久しぶりに制服に袖を通した虎杖は、「信用できる後輩を呼んだ」という五条の指示で待ち合わせ場所に向かう。
到着してから五分も経たないうちに、白いスーツを着た男を連れた五条が現れた。
「一級呪術師の、七海君でーす!」
「肩を組むのやめてください」
機嫌よく後輩の紹介をする五条と、冷めた対応をする七海。
コントのようなノリで始まった二人の会話を、呆気にとられた顔のまま虎杖が聞く。
「七海は狩人についても詳しいから、気になることがあれば聞くといいよ。呪術師は変な奴が多いけど、狩人はヤバイ奴が多いからね」
「他の方も、アナタには言われたくないでしょうね」
これが塩対応かと、親しそうに話す二人を見ていた虎杖は、さっそく質問を投げかけた。
「ヤバイ奴って……伏黒も?」
言葉遣いが荒い場面はあったが、彼はどちらかといえば紳士的な印象を受けた。
「恵はかなり大人しいほうだよ。“家系”で狩人になったようなものだし」
しかし、狩人には何らかの事件に巻き込まれて“呪い”を知り、その事件のために心に空いた穴を埋めようと力を求めるも者もいる。
呪いや呪詛師、
「特に“連盟員”と呼ばれる狩人には気をつけてください。何が彼らの怒りを買うかはわかりません」
ほとんどが“非術師”であるのは他の狩人たちと変わらないが、連盟員は術師に対しても好戦的な者が多い。
しかし相手が非術師であるため、呪術師としては手が出しにくいのが現状だ。
「こっちは本気でやれないのに、あっちは殺す気でくるから。もし襲われたら気合い入れて逃げてね!」
「俺、襲われる前提なの?!」
宿儺を喰っているから襲われそうだと不安をあおる五条に、虎杖が冷や汗をかいた。
本気なのか冗談なのかわからない話をしていた五条が、改まって真剣な顔になった。
連盟員には好戦的な者が多いとは言ったが、彼らが狙うのは基本的に、一般人の呪殺を請け負う呪詛師だ。
「でもね。傑も殺されそうになったことがあるんだ」
だから気を付けるようにと言う五条の言葉に驚き、固唾をのんだ虎杖がたずねる。
「夏油さんが襲われた理由は……?」
緊張した空気の中、サングラスを指で押し上げた七海が、ため息とともに答えた。
「……謎です」
そんなはずはないだろうとツッコミを入れる虎杖を、七海がいなす。こればかりは、襲った本人にしかわからない。
話を切り上げた七海が、呪術師の都合で複雑な立場に立たされている少年、虎杖に向き直る。
虎杖は呪術高専の生徒として過ごしているが、上の連中は彼を術師とは認めていないし、これからも認めることはないだろう。
そんな上のやり口に賛同している訳ではないが、七海も規定側の人間だ。
押し黙ってしまった虎杖に、七海が術師にしてはあたたかい言葉を――宿儺という爆弾を抱えていても、己は有用であると示せと伝えたところで、任務の説明に移った。
ここ一年の間に、今回の任務で向かうエリアでは呪霊の発見報告が激減している。
呪術師の任務では基本的に各地を飛び回るため、局所的な呪霊の討伐に高専が関わっていることは、まずない。
何か目的を持った呪詛師か、狩人による仕業である可能性が高い。
「このエリアでは、術師の狩人が活動しています」
そう言って七海が取り出したのは、一枚の写真。路地裏を背景に、学ランのような制服を着た少年が写っている。
高専の“窓”が望遠カメラで隠し撮りをしたらしいが……顔の右半分を長い前髪で隠した彼の視線は、真っ直ぐこちらを向いていた。
「名前は吉野順平。そして、彼の装束が……」
七海が官憲隊の制服を指し示す。これを着用する者は――。
「“連盟員”です」
――人間の最大の罪は“支配”だ。いつの時代も、人間は
師の言葉を思い返しながら、官憲隊の制服を身に着けた吉野順平が地下の排水トンネルを進む。
……今朝のホームルームで、自分の嫌いな人間が死んだと聞かされた。
だが、被害者の彼らについては、何も思う所はなかった。
自分が考えたのは、それを行った犯人のこと。
呪霊であろうと呪詛師であろうと、自分の生活圏に「虫」が出たのであれば潰さなければと、そう考えただけだった。
こんなことを話せば……「心」がない
人々は昔から、大地を、森を、海を。自分たちの力の及ばぬ天災を恐れて生きてきた。
人々は今も、思想、宗教、人種……容姿に能力。自分と違う者を拒み、憎みながら生きている。
支配するために、支配されないために争いを起こす。それが人間というものだ。
もしも人間に、誰かを思いやる「心」があるというなら……争いなんて起こらないだろう。
そこかしこに転がされた、息絶えた人だったもの――“改造人間”に少年の手が触れる。
点々と続く血痕をたどって歩けば、狩り武器の側に倒れる“獣”の姿が目に入った。
……人に心なんてない。少なくとも自分は、そう考えている。
けれど仮に、人間に「心」があるとすれば――。
「貴方たちの目覚めが、有意なものでありますように……」
――憎しみを抱く「心」を持つことこそが、人間の本性なのだろうか。
通話画面のスマホをのせたテーブルを囲むように、七海と虎杖がソファに座る。
二人が映画館の屋上で戦った呪霊
スピーカー越しに、家入から二人が戦った相手の正体が伝えられた。
『人間だよ。……いや、元人間と言った方がいいかな』
呪力で体の形を無理やり変えられた人間。彼らは呪霊の様に呪力が
そして、彼らが改造されていたのは表面的な形状だけではない。
錯乱状態を作り出すためか、脳幹の辺りをイジられた形跡も確認している。
『脳までイジれるなら、呪力を使える様に人間を改造することも可能かもしれん』
現代においても、脳と呪力の関係はまだまだブラックボックスだ。
報告が終わり、三人の間に沈黙が落ちる。
『……そうだ。虎杖は聞いてるか?』
急に名前を呼ばれて慌てて返事をした虎杖に、二人の死因は「体を改造されたことによるショック死」だと家入が告げる。
虎杖たちが殺したわけではないと。
『その辺り、履き違えるなよ』
電話越しでもわかる心配する声に、虎杖は平静を装って返事をした。
七海が通話を切ったところで、虎杖に今までこらえていた怒りが込み上がる。
改造された彼らの死因が何であろうと、虎杖にとっては同じ重さの他人の死だ。それでもこれは……。
「趣味が悪すぎだろ……」
膝の上に置かれた両手が、強く握りしめられた。
だが、やはりまだ学生の身。術師としては未熟。
“怒り”は術師にとって大切な原動力の一つではあるが、冷静さを失ってはいけない。
整理した犯人の情報を話しながら、七海は映画館に到着してからの虎杖の言動を思い出す。
元気よく、「気張ってこーぜ」と言いながらやる気を見せる姿は親友にも似ていた。
それなら、自分のとるべき行動もわかっている。
「……虎杖君。これはそこそこでは済みそうにない」
そう声をかけて立ち上がる七海に、怒りに向いていた虎杖の意識も逸れる。
「気張っていきましょう」
一線を引いた雰囲気のあった七海の態度が変わった。
“ある程度”進んだ犯人のアジトの調査をする七海と別れ、虎杖は伊地知と共に吉野順平のもとに向かう。
映画館の監視カメラの映像には被害者たちしか映っていなかったため、呪霊の犯行である可能性が高い。
しかし、彼が映画館の被害者たちと同じ高校に通う同級生だったとなれば、話を聞くしかない。
最近の街の様子や、被害者たちに呪殺の予兆はなかったか。それから――。
車をとばしたおかげで下校時刻前に里桜高校に着くことができたが、吉野は午前中に早退したらしい。
被害者たちのことを聞いてからの行動なら、まだ自宅には帰っていないだろうか。
ひとまず、吉野の自宅には伊地知が車で向かい、虎杖は通学路周辺で彼が居そうな場所――呪霊の出そうな場所を回ることにする。
虎杖がいくつかの廃ビルを確認し、水路横の団地を通って河川敷を目指していると、知らない少年の声に呼び止められる。
少し緊張しながら振り返る虎杖の前に現れたのは、高校の制服姿の吉野順平だった。
五条に脅されたせいで必要以上に緊張する虎杖だったが、河川敷の階段に座って街の事情を話す吉野は、普通の学生と変わらない。
吉野が発見した
これで虎杖の任務は終了。
浮かない顔をする虎杖に、今度は吉野から話しかけた。
部活は一年ほど前に辞めたが映像研だったと言う吉野に、虎杖は狩人としての活動が忙しいのかと当たりをつける。
自分も最近は映画をよく見ると言えば、予想以上に話が盛り上がった。
修行のため、虎杖が部屋にこもって映画を見ていると知った吉野は、映画館で映画を見る醍醐味を語る。
そんな吉野に、高専の外に出ることさえ久しぶりだった虎杖は、もうじき“死んだふり”をする必要がなくなるのもあって明るい調子で頼んだ。
「じゃあさ、今度オススメあったら連れてってよ」
「えっ?」
相手が“狩人”だと忘れているのか、当然のように誘う“呪術師”の虎杖に、吉野が息をのむ。
「あ、連絡先?」
ほい、と言ってスマホを差し出してくる虎杖を止めるように、吉野が問うた。
「虎杖君は……僕が“狩人”だって、知っているんだよね?」
今さら何を言っているんだと言いたそうな顔でうなずく虎杖に、質問を重ねる。
「僕が
連盟の狩人の協約は、狩りの夜に轟く汚物すべてを――
“非術師”の狩人が何を狩ろうと誰を狩ろうと、高専が介入することはできない。それは警察の仕事だ。
だが“術師”の狩人であれば――“呪詛師”であるなら、高専としては放っておくことができない。
吉野の言葉を理解して、今度は虎杖が息をのむ。
――狩人が狩りの対象とするのは、呪霊だけではない。
七海から狩人について聞かされていたが、自分と年齢の変わらない相手にまで当てはまることを、頭から排除していた。
自分が宿儺を受肉した夜に見た伏黒の“獲物”は……
今日、一番の緊張をして、虎杖が吉野に質問を返す。
「吉野は、人を……殺したことあるのか?」
悩んだ素振りを見せた割にストレートにたずねてきた虎杖に、吉野が困ったように笑う。
「その質問には、意味がないんじゃないかな? だって、僕が“やっていない”事を証明するのは不可能なんだから」
これは「悪魔の証明」だ。
「それに……僕が“やった”と証明するのは、虎杖君の仕事だよ」
気を許そうとした虎杖を突き放すような、挑発的ともとれる言葉。
だが、それを発した彼の笑顔は、何かに耐える寂しさを隠せていなかった。
■補足
「虎杖の“吉野”呼びについて」
伏黒、釘崎の呼び方からして、虎杖が“順平”と呼んでいたのは、母親の凪さんとも会っているからだと思います。
そのため、ここでは“吉野”呼びです。
「狩人の術師、呪詛師とかの分類について」
・伏黒
術師・非術師どちらの相手もするが、“狩人”限定のため、呪詛師ではないことになっている。
・灰原
“予防の狩人”として獣の病の罹患者である非術師を狩っていたこともあるので(#6)、呪詛師にあたる。
でも、死んだことになっているし、そうでなくても目撃者の夏油が報告しないから、術師のまま。
・処刑隊(#3,#5)
術師・非術師どちらの相手もする術師なので、呪詛師。
でも、たぶん死んだことになっているから関係ない。
・連盟員(#9,#10,#11)
術師・非術師のどちらの相手もするが、本人は非術師のため、分類するなら呪詛師ではなく“人殺し”。
高専としても対処できないから厄介。