血の医療は救いとなるのか   作:4R1ES

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術式「澱月(おりづき)
クラゲの様な式神を呼び出し、呪力で精製した毒を式神の触手から分泌。

順平君の術式の解釈は色々あると思いますが、自分の好みはこんな感じです。



#18 心象(幼魚と逆罰2)

 

 

 

 

 

「あれ? 順平?」

 

 黙り込んでいた虎杖と吉野の間に、女性の声が割って入った。

 友達かと二人に問いかけながら階段を下りてくる女性は、吉野の母親らしい。

 

「さっき会ったばかりだよ」

 

 そう返してすぐに立ち上がった吉野が、母親が提げている買い物袋を受け取るために階段を上がる。

 どこか気まずそうにこちらをうかがう吉野を見て、虎杖も立ち上がり、二人に駆け寄った。

 

「さっき会ったばかりだけど、友達になれそうです!」

 

 虎杖の言葉を聞いて、吉野順平の母親――凪が嬉しそうに微笑み、夕飯を食べていかないかと誘う。

 うろたえる順平を無視して、虎杖の吉野家への招待が決まった。

 

 

 

 買い物袋から出したものを冷蔵庫へ入れる凪が、虎杖をリビングへ案内する順平を振り返った。

 

「ゴメン、順平。醤油切らしてるの忘れてた……。ひとっ走り行ってきてくれない?」

 

 申し訳なさそうな凪の言葉に素直にうなずいた順平がこちらを気にするので、虎杖もついて行こうかと踵を返す。そんな虎杖を、凪が慌てて呼び止めた。

 

「悠仁君。君はお客さんなんだから、テレビでも見て待ってて」

 

 招待者である凪にそう言われてしまえば、虎杖も従うしかない。

 順平が玄関を出たのを見送った凪が、落ち着かない感じで立っている虎杖に向き直った。

 

「今日は無理に誘っちゃってごめんね? 少し……二人で話したかったんだ」

 

 

 

 ダイニングテーブルの向かいに座る凪が、虎杖の制服のボタンに目を向ける。

 

「悠仁君は呪術師だよね。……あの子のことは知ってるのかな?」

 

「知ってます。凪さんは……見えてるんですか?」

 

 虎杖の言葉にうなずいた凪が、視線を逸らすようにテーブルを見た。

 

「でも、君たちみたいに呪力は無いし、狩人として呪いを祓うつもりもない」

 

 一年前。凪は“人殺し”の呪詛師が起こした事件に巻き込まれ、生死の境をさまよう大怪我を負った。

 

「幸い、自力でもなんとか生活できる程度の後遺症では済んだけどね」

 

 医療教会の医療技術が最高峰だと言われているのは、伊達ではないらしい。

 

「でも……()()()()()()とはいかなかった」

 

 無いものねだりをしてはいけないと、頭ではわかっていた。

 それでも、あの子と同じ目線に立って、同じものを感じていたい。

 あの子が苦難にぶつかり、乗り越える姿を、隣に並んで見守っていたい。

 叶うなら……あの子にとって喜びの溢れる世界で、一緒に歩いていきたい。だから……。

 

――“血の医療”を受け入れた。

 

 獣の病の罹患者として……()()()()()()の生活に戻った。

 順平が“連盟員”となったのも、その時期だ。

 

 悠仁が唇を噛むのを見て、テーブルに頬杖をついて目を閉じた凪が呟いた。

 

「“人は目を閉じたまま生まれ、目を閉じたまま死んでいく”……」

 

 この世の不公平も不条理も、目にしたところで、知ったところで何も出来ない。だから人々は目を閉じ、何もしない。

 “呪い”という理不尽な現実を、その瞳に映すこともない。

 まぶたを開き、悠仁の顔を映す凪の瞳が憂いを帯びたものになる。

 

「私たちは、そんな世界の中で目を開けてしまった。そして君たちは、見て見ぬ振りができなかった。……私と違って」

 

 “獣の病”という、凪が元の生活を取り戻す代わりに……()()の代わりに授かった呪い。

 順平も血の医療を受け入れたのは、その呪いを母にだけ負わせまいと思ったのか。他に理由があったのか……。

 狩人となった順平が求めるものは何か。……同じ場所に立つことを選べなかった凪には分からない。

 幸か不幸か。狩人としての才能があった順平は、教会の信者や術式を持たない狩人達からは一歩引かれる存在だ。

 それに加えて、個人個人で粛清の基準が違う“連盟員”に不用意に近づく狩人は少ない。

 

「だから、あんなに楽しそうに話している順平を見たの、久しぶりだったんだ」

 

 その言葉で、虎杖は彼女がタイミングをみて声をかけてきたのだと気がついた。

 

 いつか必ず獣に身を(やつ)すのなら……。

 せめて今だけは。呪いを忘れて笑っていてほしい。

 

「悠仁君。……あの子と仲良くしてあげてね」

 

 

 

 

 

 映画館の最終上映にギリギリ間に合うということで、夕食を終えた虎杖と順平が住宅街を駆ける。

 走りながら伊地知への一方的な連絡を終えた虎杖は、結構なスピードを出している自分と並走する順平を横目に見た。

 同じ狩人と言っても伏黒と違い、順平の見た目は鍛えている感じがしない。

 しかし、こうして息切れせずに走っている様子を見れば、本当に戦えるのだろうと思うしかなかった。

 

 よくあるパターンで始まった映画も、話が進めば俳優たちの姿に自然と惹きつけられる。

 そろそろ最初の見せ場が始まろうかというところで、通路側に座る順平がガタリと音を立てて立ち上がった。

 同時に、映画の効果音とは思えない静かな鐘の音が響いて、まばらな客席も色めき立つ。

 突然の行動に驚いた虎杖も、スクリーンを出る順平の後を追い、劇場の外に出た。

 どうしたのかと尋ねようとした虎杖の前で、順平の身体が淡い光に包まれて透けていく。

 奥歯を噛みしめる順平が胸の前で握っているのは、手のひらサイズの鐘――“共鳴する小さな鐘”だ。

 それは時空を超えて、狩人の呼び出しに応えるためのもの。

 

「母さんが呼んでるから……行ってくる」

 

 硬い声でそう言った順平の姿が消えて、状況が分からない虎杖は急いで七海に連絡をとった。

 

 

 

 順平が応えた呼び出しは、一級相当以上の呪いと敵対した時にのみ起こせるものである。

 七海からそう聞いた虎杖は、危険な呪霊と対峙している凪と、迷わず向かった順平の身を案じて走り出そうとする。

 そんな虎杖を、「彼なら問題ない」と言い切った七海が引き留めた。

 その後、数分も経たずに再び姿を現した順平が持ち帰ったのは、ここにあるはずのない品。

 

――特級呪物。両面宿儺の指。

 

 呪霊の返り血を滴らせる順平からそれを受け取った虎杖は、いまだに官憲隊の制服を着た順平の姿が信じられずに彼を凝視する。

 

「僕はやることができたから……またね。虎杖君」

 

 それだけ告げて、走って自宅へ戻る順平になんと声をかけていいかが分からず、曖昧な返事になる。

 ……自分では何もできない。

 今も、あの時も。……足手まといにしかならないのか?

 暗い気持ちに浸りながら、虎杖は指の保管のために簡易な結界の張られた高専の拠点へ向かう。

 電話越しに、七海からそこで指の見張りと待機を言い渡されて、順平からの連絡を待ちながら一夜を明かすことになった。

 

 状況もよく分からず、何もできない自分にやきもきしながらソファに寝転がる虎杖が、スマホの着信音に反応して飛び起きる。

 凪は医療教会に避難し、手当てを受けているという文字を見て、張り詰めていた息と嫌な気持ちを、少しだけ吐きだした。

 

 

 

 

 

 

 夜が明けて、人々が活動を始めた頃。

 秘密基地のように物が置かれた地下水道にあるハンモックの上で、人型の呪霊は伸びをする。

 肩が凝るなんてことはあり得ないが、自分が“人間の呪い”だからか。時折、人間臭い行動をとってしまう。

 

「今日も暇……ではないか」

 

 最近、目を付けていた“狩人”に、昨日はあいつと仕込みをしたのだった。

 何かニュースにでもなっていれば面白いのにと考えながら、真人はハンモックから飛び降りる。

 着地の瞬間、影の落ちた通路から鋭い何かが迫った。

 

 

 

 地面を砕き、自分にかすり傷を負わせた元を視線でたどれば、クラゲのような式神。

 その式神の後ろから、風を切る音と共に銀色の矢が飛来する。

 それも後ろへ大きく跳んでかわせば、通路に隠れていた襲撃者が姿を現した。

 真人たちが目を付けていた狩人の少年――吉野順平が、美しい曲線をもつ金属製の弓をこちらに向けながら言葉を紡ぐ。

 

「お前、“人間の呪い”だろ」

 

 一目見ただけで言い当てられたことに、さすがの真人も瞠目する。

 

「へぇ……君、そういうの分かるんだ?」

 

 笑みを浮かべる真人に、彼より背が低いはずの順平が見下すように蔑んだ目を向けた。

 

「『虫』が蠢いているぞ……糞袋野郎」

 

 

 

 真人が改造人間を変形させて撃ち出せば、クラゲのような式神に防がれる。……打撃が効かないのか?

 相手の分析をしながら、真人は順平に話しかける。

 

「君、よく教会に出入りしてるよね。狩り装束を着て呪霊を狩って……いかにも教会に傾倒してる狩人って感じ」

 

 それに術師だ。

 

「信心深い者ほど、君らは“恐ろしい獣”の姿になるんだろ?」

 

 狩人が獣に身を(やつ)すのは、病の進行によるものか、耐えられない絶望に落とされた時か……。

 自然に発生させた方が面白く、何より強大な獣になるらしいのだが、今の状況となっては仕方がない。

 反応を返さない順平には構わず、真人が話を続ける。

 

「俺の“術式”。狩人に使うと獣化を進めるみたいなんだ」

 

 魂を変質させる術式――“無為転変”。

 特級レベルの呪霊である真人の力でも干渉しきれない、狩人に……獣の病の罹患者たちに科せられた獣化の末路。

 

「この間の奴はショボくてつまらなかったんだけどさ……君はどうかな?」

 

 近接戦は苦手だと言うように、真人が隙を見せても順平は矢を放つだけで踏み込んでこない。

 完全に誘われているのは分かっているが、こちらから近づいてみるか?

 彼の師匠は厄介だと聞くし、戦闘を長引かせても良いことはない。

 そう考えた真人が加速のために足を変形させようとした時……自身の唇の端から血がひと筋、垂れた。

 

「……は?」

 

 順平から攻撃を受けたのではない。

 そもそも、己の魂の形を保っている真人には攻撃なんて意味がない。

 決定的なダメージを与えられている訳ではないが、確実に効いてくる“呪い”の気配。

 

「よかった……。お前にも少しは効くみたいで」

 

 その声に視線を上げれば、相変わらず感情が読めない表情と、静かな魂の形をした順平がいる。

 

「僕の式神、“澱月(おりづき)”は呪力で精製した毒を使う」

 

――最初の攻撃で受けたかすり傷。

 

 術式の開示を始めた順平の言葉にあわせて、感じるはずのない痛みが押し寄せる気がした。

 

「毒の効果はイメージした『毒性のもの』に依存し、自分で指定することはできない」

 

 魚類のフグがもつ毒を例に挙げれば、「フグの毒」を使うことはできるが、フグ毒の主成分である「テトロドトキシン」を指定して使用することはできない。

 

「そして、毒の強さは人々がもつイメージと、名称などにこめられた畏怖の念に左右される」

 

 猛毒のキノコで知られる「ドクツルタケ」であれば、英語圏の別名にならって「殺しの天使」とした方が毒性が上がる。

 だが、これらの毒が効くのは“生物”が相手であった場合。

 呪霊相手に用いても、大した効果は得られない。

 

「お前に使った毒は、植物の『ベラドンナ』」

 

 別名、魔女の花。悪魔の草。

 実際の毒性を比べれば、おそらく先に挙げた2つが勝るだろう。

 しかし、真人が――“人間の呪い”が相手であれば、これ以上のものはない。

 

「イタリア語で『美しい女性』の名をもつ、この花の花言葉は……」

 

――“汝を呪う”

 

 

 

 

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