「汝を呪う」「男への死の贈り物」「人を騙す者の魅力」「沈黙」
頭空っぽにしてギャグが書きたいと思って、マッシュルの小説を始めました。
テイストが違う話を考えていると、こちらの話のアイデアも浮かんでいい感じです。
眠れないままソファの上で夜を明かした虎杖が、拠点に戻ってきた七海と顔を合わせる。
並んで歩こうとする虎杖を、七海が制止した。
「ここからは私と猪野君で対応します。虎杖君はここで待機を」
そう言って振り返った七海の顔を、眉根を寄せた虎杖が見上げる。
「順平だって動いてんだろ? 友達が死ぬかもしれないって時に、無関心でいるなんて俺はゴメンだ」
「ダメです。知っての通り、敵は改造した人間を使う」
どうしようもない人間というのは存在する。
呪術師をしている限り、虎杖もいつか人を殺さなければいけない時がくるだろう。
「でも、それは今ではない。……理解してください」
自分のことを考えてくれているからこその七海の言葉に、虎杖が唇を噛んで視線を下げる。
「それと……。いや、
七海は自分を救うために狩人となった親友の顔を思い浮かべる。
いつか彼が獣に身を
「友を殺すことになりますよ」
順平と向かい合う真人が、口の端に垂れた血を手の甲で拭う。
効くはずがない“毒”の影響が出ていることに、平静を装いながら真人は原因を考えた。
そうして周囲への警戒が薄らいだ彼の背後で、地面を擦る音がする。
振り向き、迫る拳にとっさに腕を上げたが、勢いを殺しきれないそれがガードを破って真人の頬をとらえた。
「いいタイミングだね……虎杖君」
口ではそう言いながら、虎杖の登場に順平は渋面を作った。
ベラドンナの毒による症状は、吐き気やめまい、幻覚を見ることだと言われている。
しかし、真人の動きからは、そのような症状がでている様子は見受けられなかった。
先ほどの吐血は花言葉にこめられた畏怖による副次的なものであって、毒自体は効いていない可能性が高い。
新しい矢をつがえながら、一見、優勢に見える順平は自分が不利であると理解していた。
物理攻撃も、術式による攻撃も通用しないとなれば……虎杖を捨て置いても逃げるしかない。
「あの呪霊の術式、恐らく
そう声をかけた虎杖は、順平の嫌そうな表情に驚きながら隣に並ぶ。
弾き飛ばされた真人を観察していた順平は、起き上がった彼が鼻血を垂らすのを見て表情を変えた。
虎杖の拳は、効いている。
理由は分からないが、祓える手段をもった人物が現れたことに順平は笑みを浮かべた。
「ありがとう虎杖君」
先ほどの嫌そうな顔から一転して機嫌の良くなった順平に、さすがの虎杖も恐ろしさを覚える。
虎杖の様子は気にせず、順平は状況の説明を始めた。
「君の拳と違って、僕の攻撃はあいつには効かない」
「は!? なん……」
「理由は知らない。でも、僕の攻撃も動きを止めるくらいはできる」
冗談で言っている訳ではない様子に、虎杖が真剣な顔をしてうなずく。
――これが、足手まといにしかならないと思った自分にできること。
「……前衛は任せろ」
嫌なタイミングでの宿儺の器――虎杖の登場に、真人が表情を歪める。
虎杖の拳は、人間には知覚できないはずの魂の形ごと自分を叩いてきた。
優先して仕留めたいところだが、計画のために虎杖は殺せない。
しかしこれは、宿儺を
虎杖と宿儺の間で、宿儺有利の“縛り”を科させる。それに必要なのは、虎杖を痛めつけることではない。
自分の優位を見せつけながら、虎杖の仲間を――吉野順平を殺すことだ。
打撃や刺突を受けて血を流す虎杖の脇をすり抜け、式神の毒針と銀の矢が飛来する。
放つタイミングを間違えば虎杖に刺さりかねない軌道に、呪霊である真人も
矢が刺さるのは受け入れ、決定打になりうる虎杖の拳と毒針を避けて後ろへ退いた。
口元に両手をかざした真人が、何かを吐きだす。吐きだしたものに呪力をこめると、形を変えたそれらを虎杖に向けて放った。
イカレた狩人はどうか知らないが……バカな呪術師には
「短髪のガキを殺せ」
命令を受けて飛び掛かってくる三人の改造人間に怯んだ虎杖が、数歩退く。
その隙に真人は順平の方へ駆けだした。
狩人の武器の変形は基本的に、片方の特化した性質の不得手を補うようにできている。
“教会の石槌”であれば、威力重視で振りの大きい巨大な石の鈍器と、扱いやすい銀の剣といった具合だ。
順平が扱うのは、美しい彫り模様の入った幅が広い鉄製の弓――“シモンの弓剣”。
真人はその名前を知っている訳ではないが、弓の形状と遠距離武器という性質からして、変形するなら近接武器であろうと予想している。
懐に誘い込んだ敵に変形後の一撃を当てるのは、常套手段となるだろう。
――狙うなら、武器変形時にできる一瞬のラグ!
馬の蹄のような形状に変えた足で勢いよく走り出した真人に、順平が左手に持った弓から矢を放つ。
わずかに身体を右に傾けた真人の左腕に矢が刺さるが、進む真人の勢いは衰えない。
新しい矢をつがえる時間はない。
武器を変形して反撃するにしても、矢を直接刺すにしても、真人の右手は確実に順平に触れる。
そう考えて伸ばされた真人の腕が、向きを変えて握られた弓と弦の間に通された。
……これは、様式美にこだわる狩人なら非難するであろう邪道。
弓がギミック音を響かせ、変形機構に巻き込まれた真人の腕は刈り取られた。
想定外の状況に、真人の動きが鈍った。
すかさず構えられたシモンの弓剣が、すれ違いざまに矢が刺さった左腕も切り飛ばす。
これで魂に干渉する術式は使えない。仕留めるには虎杖の力が必要だが……彼なら問題ない。
順平と入れ替わるように立った虎杖が、その拳を叩き込んだ。
絶え間なく繰り出される二人の攻撃に、真人の中で「死」のイメージが膨らむ。
腕を修復する暇も、術式を使う暇もない。詰みだ。
だが……窮地に立たされた時に覚醒するのは、人間の術師に限った話ではない。
開いた真人の口の中で、小さな腕が二組、印を結ぶ。
それは、呪力で構築した生得領域内で必殺の術式を
――領域展開 自閉円頓裹
網目のように組まれた無数の腕が、二人の術師を包み込んだ。
新たな“啓蒙”を得る感覚に、順平は息をのむ。
――俺の“術式”。狩人に使うと獣化を進めるみたいなんだ。
そう言って笑った呪霊の言葉を思い出して、冷汗が流れる。
しかし、せめて脆弱な獣になりたいと願う順平の前で、この空間の支配者であるはずの真人が血を流した。
それは、触れてはならない“
領域が閉じ、呪力を消耗した真人が肩を押さえて膝をついた。
目の前の弱った呪霊が、わずかに残った呪力で威嚇するように体を膨らませる。
急にできたチャンスを黙って見ているほど、二人は呆けていなかった。
一足先に真人を射程にとらえた虎杖が、攻撃を仕掛ける。その拳が風船を割るように相手を散り散りにした。
手応えの無さに驚く虎杖の横を、順平が通り抜ける。
地下水道に張り巡らされたパイプの一本を曲剣で叩き切り、取り出した銃で柱に沿ったパイプを壁に潜るまで撃ち抜いた。
「ゴメン虎杖君! 逃した!」
振り返り、すぐに追いかけようと言いかけた順平が、口をつぐむ。
虎杖は傷口から血を流している。致命傷は受けていないようだが、このまま失血量が増えれば危険な状態だ。
対して順平は、怪我の跡はあるが輸血によって傷は癒えている。
真人を追って先へ進もうとする虎杖の前に、順平が立った。
納得のいかない顔をする虎杖が、診察室から出てきた。
待合室に一般人はおらず、順平と七海たちがソファに座っている。
虎杖に気付いた順平が駆け寄り、その顔を見て困ったように笑った。
「『まだ戦えた』って……顔してるね」
その言葉にうなずく虎杖の頭の中は、呪いへの怒りで満ちているようだ。
しかし、順平の怪我の跡を見て、七海たちが無事でいる姿を見て、別の想いが込み上げる。
改造人間にされた、小さな三人の姿。
「俺は今日……人を殺した」
自分の掌に視線を落とし、感情を殺して話す虎杖は、返答を求めている訳ではない。
順平に「人を殺したことあるのか」と問うた時とは別人のように見えて、実は変わっていない。
それを見て安心した順平が、願うように語りかけた。
「“血の医療”を受けた者は、いつか必ず獣に身を
七海からも聞いたことのある言葉に、虎杖が顔を上げる。
こちらを見る順平は、出会ってから一番、穏やかな表情を浮かべていた。
「ねえ。虎杖君」
他人のために本気で怒り、悲しみ……命を奪うことに後悔できる。そんな君に。
「いつか僕が獣になったら……君の手で殺してほしいな」