登校すると言って聞かない天内を授業に送り出した五条、夏油、黒井の三人が、学院の敷地内で隠れるように待機する。
しかし、同化後は
夏油が手持ちの呪霊を出し、校内と周辺を監視させる。
天内を狙う輩、呪詛師集団の「Q」は、五条が今朝の襲撃時に最高戦力の術師を倒したため、組織としての機能はない。
動きを見せない「聖歌隊」は天内の命を狙っている訳ではないが、天元様との同化も良しとしていない。
目的が誘拐だとすれば、護衛役の三人のほうが危険に晒されていると言えるだろう。
夏油が黒井から天内の話を聞きつつ、敵の情報を整理していた時、校内に放っていた呪霊の異常を感じ取った。
「……悟。急いで理子ちゃんの所へ」
「あ?」
黒井に目配せをした夏油が、怪訝そうにする五条の肩を叩いて歩きだす。
「2体祓われた」
襲撃者は「Q」の残党か、「盤星教」の差し金か……。半端に金や
特段気にする必要はないと思っていた非術師でも、金さえ積めば術師を動かせるのだから。
学院襲撃の数時間前。
呪詛師御用達の闇サイトに天内の情報を載せ終えた孔が、ターゲット写真と掲載内容が一致していることを確認する。
それから、恵と共に昼食をとっているであろう甚爾に連絡を入れた。
天内理子(アマナイ リコ)
廉直女学院 中等部2年
生死問わず
期限は2日後の午前11時までと短いが、居場所は割れている。この条件で非術師の中学生を相手に3000万円の懸賞金は破格と言えるだろう。
……五条悟がいなければ。
五条が近くにいる限り、天内理子――
だから
時間制限を短く設けるのも、“期間限定”だと、呪詛師に思わせることだけが目的ではない。
電話越しに甚爾の計画を聞いていた孔が肩をすくめた。
「
そんなことは欠片も気にしていない様子の孔の言葉を聞いて、甚爾が鼻で笑う。
「どうせ潰すなら、最期に役立てる。……まあ、今後の仕事のために上手く根回ししとけよ」
依頼者殺しのうわさが立たないように。
「簡単に言うね」
「それに俺は役員だけで済ませてやんだから、お優しいもんだろ。“処刑隊”なら末端の一族まですり潰すぞ」
医療教会が庇護せんとする、
正義を掲げる奴らほど、狂っている者もいない。
「……恵。それ食ったら移動すんぞ」
携帯電話を肩と耳で挟んだまま割り箸を割った甚爾が、テーブルの向かいに座る恵の持つたこ焼きの器に箸をのばす。
器を両手で抱えた恵が身を引き、通話しながら姿勢悪く座っていた甚爾の箸は届かなかった。
廉直女学院 校門前
襲撃者は、Qの残党でも、盤星教に雇われた術師でもない。
呪詛師御用達の闇サイトで、天内の首に3000万円の懸賞金が懸けられている。
夏油と合流し、状況を聞いた黒井は、先に天内の元へ向かうよう夏油を促した。
五条の強さは聞いているが、万が一ということもある。
「……お嬢様からは何も奪わせない」
彼女が小さいころから、事あるごとに胸に誓った言葉を呟いた黒井は、小さくなった夏油の背中を追いかける。
しかし住宅街に入り、交差点に差し掛かったところで記憶が途切れた。
「めんそーれー!」
元気な天内と五条の声がビーチに響く。
自分が拉致されるという失態を犯してから、丸一日が経った昼。
水着に着替えた黒井は、なぜか天内、五条、夏油の三人と共に沖縄の海にいた。
「まさか盤星教信者……非術師にやられるとは……」
「不意打ちなら仕方ないですよ」
情けないと落ち込む黒井に、夏油が自分の責任でもあると声をかける。
なぜ拉致犯が取引場所を沖縄に指定したのか、考えるべき点はあるが、楽しそうに遊んでいる天内を見ていれば、些細なことのように思えた。
ナマコやヒトデを捕まえていた五条が、ふと天内が首から提げている
「……それ、どこで手に入れた?」
片手でサングラスをずらし、現れた青空の瞳が、星空の石を捉える。
鋭くなった五条の視線から守るように、天内がペンダントを握りしめた。
「ずっと前から持ってたから……。何かあるのか?」
何か、と聞かれれば、今まで感じたことがない違和感がある。……気がする。
だが、呪具や呪物という訳でもない。
「いや……。変わってんなって、思っただけ」
サングラスを掛け直し、微妙な空気になってしまったことに五条が視線を逸らした。
そんな五条の珍しい様子を見て、気まずいとか思うことがあるのかと驚いた天内は目を瞬かせる。
それから、隙ありと叫んで五条の顔にナマコを投げた。
同化当日 15:00 (天内理子 懸賞金取り下げから4時間)
都立呪術高専
鳥居の立ち並ぶ階段を上り切った夏油は、五条、天内、黒井の三人を振り返って一息をついた。
「皆、お疲れ様。高専の結界内だ」
高専に入るのは初めてなのか、少しはしゃいだ様子を見せる天内に苦笑して、一昨日から術式を解かず、睡眠もとっていない五条に向き直る。
「悟。本当にお疲れ」
「……二度とごめんだ。ガキのお守りは」
夏油が声をかければ、憎まれ口を叩くのを忘れない五条が術式を解いた。
今の五条になら、天内のビンタがよく効きそうだと、五条の言葉に反応した天内の声を聞きながら思う。
夏油が三人を先導するために背中を向けようとしたとき、目の前で刃物の刺さる音が響いた。
結界の内側に入っても感知されず、五条の背後をとった襲撃者。
それは、報奨金が目当ての呪詛師とは比べ物にならない存在だった。
高専最下層
襲撃者の相手は自分がすると言った五条の言葉に従い、夏油は天内と黒井を連れて天元様の元を目指す。
昇降機の扉が開き、数歩進んだところで、黒井が立ち止まった。
「理子様。……私は、ここまでです」
そう言って頭を下げた黒井を、天内が振り返る。
「理子様……どうか……」
声を震わせて立ちすくむ黒井に、天内が抱き着いた。
「黒井。大好きだよ。ずっと……! これからもずっと!」
泣きながら想いを伝える天内に、抱きしめ返した黒井も涙をこぼす。
「私も……! 大好きです……」
黒井を昇降機の部屋に残し、続くトンネルを抜ける。
そこに広がるのは、天元様の膝元。国内主要結界の基底。
「階段を降りたら門をくぐって、あの大樹の根元まで行くんだ」
夏油の指さす先を、目をはらした天内が見る。
そこは、高専を囲う結界とは別の特別な結界の内側。招かれた者しか入れない。
「同化まで天元様が守ってくれる」
大樹を見据えたまま何も言わない天内に、夏油も一度、口を閉じた。
今回、夏油と五条の二人が夜蛾から聞かされた任務は、
“同化”ではなく、“抹消”。言葉を変えるだけでは誤魔化せない、ひとりの少女を犠牲にしようとする罪の意識を持てという、担任からの回りくどいメッセージ。
それが分かっているから、星漿体の少女が同化を拒んだらどうするか。何ができるか。
天内と会う前に、夏油と五条の間で話し合いは済ませている。
夏油が隣に立つ少女を見た。
「それか引き返して……」
黒井さんと一緒に家に帰ろう。
そう伝えようとした少女が、視界から消えた。
乾いた破裂音が響き、天内が居なくなったと認識すると同時に、左足に痛みが走る。……撃たれた。
夏油が固まりかけた頭を回し、盾にするための呪霊を出したところで、次の銃声が鳴る。
今度の銃弾は防ぎ、トンネルを振り返った夏油が見たのは、五条が相手になった襲撃者の男。
「なんで、オマエがここにいる」
「なんでって……。あぁ、そういう意味ね」
絞り出すように声を出した夏油を、首を傾げた男が見返す。
「五条悟は俺が殺した」
「そうか……死ね」
それは嘘だと、叫んだ方が楽だったろうか。
だが、“俺達”は最強である。それを証明しなければならない。
手持ちの呪霊の中から、夏油が特に強力なものを複数召喚する。決死の戦いが始まった。
医療教会 大聖堂
信仰の高さに関係なく、一般人の立ち入りが許されていないその場所は、細かな彫刻が施された祭壇や大理石の柱に、絨毯の赤が映え美しい。
しかし、参列者用の椅子もなく、ただ広い空間には、人を寄せ付けない何かがあるような、不気味な気配がある。
荘厳よりも物々しいという言葉が似合うようだった。
祭壇の前に立つ、“聖歌隊”の装束に身を包んだものが、親し気に
「誰も殺しませんでしたね」
隣で見ていたかのような相手の発言に、甚爾はいつもながら得体の知れない気味悪さを覚える。
「呪霊操術のガキは、死後、取り込んでた呪霊がどうなるか分からん。……五条のガキは殺したぞ」
「そうですか?」
楽し気に笑う様子に顔をしかめてから、甚爾が長椅子に横たわる二人の女性を示した。
「
これ以上話すつもりはないと背中を向け、大聖堂の入口へ進む。
甚爾は礼拝のために教会を訪れたことは一度もないが、妻や息子がここに来ていれば、祈りの言葉を口にするだろうと考えた。
「……君たちは弱く、また幼い」
礼拝に訪れたことはない。だが、二人の声でほぼ毎日聞いているせいで、祈りの言葉は覚えてしまった。
「恐れを失くせば、誰一人君を嘆くことはない……」
それは、誰への警句だろうか。
■補足
「甚爾と孔の会話」
孔と甚爾で「依頼者を利用するだけ利用して潰そうとか、プロ失格だな」といった会話をさせました。
Q.仲介人がいる場合、殺し屋は依頼主の情報を知っているのか?
A.知らない。知る必要がない。ターゲットの情報と報酬額さえ分かればいい。
これが基本だと考えていますが、孔は甚爾がプロでミスするはずがないと信頼しているので、雑談代わりに色々話しているんだと思っています。
甚爾の「今後の仕事のために上手く根回ししとけよ。依頼者殺しのうわさが立たないように」の部分は、
・依頼失敗時、依頼主を殺して「依頼自体を無かったことにする」
・依頼主を強請る
・高い金を積まれて、受けた依頼をやめる/ターゲットから依頼主を殺す依頼を受ける
みたいな奴がいることを前提として書いています。
殺し屋は信用商売?なので、別の依頼達成のためとはいえ、プロの甚爾は気にするだろうなと。