9月某日。東京都立 呪術高等専門学校。
よく晴れた青空の下で開催されようとしているのは、京都姉妹校交流会。
東京校と京都校の生徒が集い、呪術師としての腕を競い合うイベントの顔合わせが行われる中、よく似た顔の黒髪の少女が二人、向かい合っていた。
少女の片割れが貼りつけた笑顔で菓子折りを差し出す。
「来年はお土産持って、真希が京都に来てね」
「安心しろ真依。来年も東京案内してやる」
そう言って不敵に笑った少女が箱を受け取る様子を見守る面々の中に、ハイテンションな大人――五条悟が台車を押して突っ込んできた。
京都校の生徒たちに謎のお土産を配り終わり、五条が大きな箱を積んだ台車ごと東京校の生徒たちに振り返る。
「東京校の皆にはコチラ!」
無駄に元気な五条の声に合わせ、彼が指さす台車に載せられた大きな箱の蓋が独りでに開く。
勢いよく蓋を弾き飛ばして立ち上がり、ポーズを決めるのは、故人とされていた虎杖悠仁だった。
「はい! おっぱっぴー!」
サプライズをやり切った虎杖が、閉じていた瞼をそっと開く。
嬉し泣きをしながら再会を喜んでくれるという五条の言葉を信じていたのだが……。
久しぶりに再会する釘崎と伏黒の顔を確認すれば、呆れたようにこちらを見ていた。
「何、遊んでんのよ。虎杖」
「遅刻だ」
軽く箱を蹴られ、文句を言われている状況に虎杖が困惑する。
生きているのが当然のように受け入れられたことで、実は生きてましたサプライズは失敗であると悟った。
今の自分の状況を急いで整理し、返す言葉を探す。
「……遅れてすんませんでした?」
虎杖合流。
東京校の団体戦ミーティングの場で、パンダから虎杖の能力が問われる。
虎杖の生存を知らなかった二年生たちにとって、彼の参加は予想外。実力は未知数だ。
できることは殴る、蹴るだと答える虎杖の言葉を補足するように、一番交流の長い釘崎が口を開いた。
「殴り合ったら伏黒が勝つでしょうけど……純粋なパワーなら虎杖ですかね」
「それなら充分だな」
釘崎の言葉を聞いて、作戦を立案する真希が満足そうにうなずく。
狩人として、対人戦最強でなければ務まらないと言える役を担っている伏黒は、比較対象にしても意味がない。
「予定を変更して、パンダ班と恵班に分かれる」
おそらく東堂は、直で東京校を潰しに来だろう。
そのため二班で呪霊の捜索と討伐を行い、パンダに任せる予定だった東堂の足止め役を虎杖に任せる。
「“死合い”なら恵一択だが、基本的に力加減が下手だからな……」
東堂みたいなタイプと対戦はさせられないと言う真希の様子をみて、虎杖は「狩人はヤバイ奴が多い」という五条の言葉を思い出した。
伏黒恵。普段の気性は狩人にしては大人しいが、加減を知らない
スタートの合図と共に箒を操り、京都校三年生の西宮桃が空を舞う。
京都校の生徒たちは、団体戦の開始前に学長である楽巌寺から指示を受けていた。
宿儺の器――虎杖悠仁を殺すこと。
しかし東堂は学長に従うつもりがなく、狩人も呪術師のいざこざには無関心だ。
東堂の東京校襲撃に便乗して虎杖を狙う作戦が失敗したのを確認した西宮が、ため息を吐いた。
虎杖のことは隙を見て狙うとして、今は表向きの行事に参加せねばならない。
討伐する呪霊の索敵は、西宮が空から行うことになっている。
「皆、世話が焼けるなぁ」
そう呟きながら、スタート直後に別れた狩人はどこに行ったのかと森を見回す西宮の目の前に、大型の鳥の式神が現れた。
伏黒が
先ほど行われたであろう京都校による虎杖の襲撃に、彼の友達である釘崎はご立腹だ。
そんな彼女を冷静にさせるため、パンダは言葉をかけながら周囲を警戒する。
東堂を含め、京都校はまとまって動いているものだと思っていたが、一人足りなかった。おそらく狩人は別行動なのだろう。
その狩人と知り合いらしい伏黒に誰なのかを聞いたが、事前に言ったら面白くないと返されてしまった。
代わりに忠告をすると、伏黒がパンダに言い聞かせるように語ったのは、狩人の本来の役割は“獣狩り”であること。
伏黒や乙骨のように“狩人狩り”を行うのは異端だ。
だから、狩人が東京校の生徒と戦うつもりがあるとすれば……。
「まず、パンダ先輩を狙います」
釘崎と西宮の口喧嘩をビビりながら聞いていたパンダの“核”が、背後から打ち抜かれた。
倒れたまま動かなくなってしまったパンダだが、死んではいない。
パンダは“呪骸”。内側に呪いを宿し、心臓となる“核”を有する自立可能な無生物。それも感情を持って生まれた“突然変異呪骸”だ。
襲撃者の位置を特定するために
間一髪で起き上がったパンダの目の前に振り下ろされたのは、小炉の付いた巨大な金槌――“爆発金槌”。
火の灯されていないそれは、知らない者からすれば装飾の凝っただけの鈍器だ。
金槌を握る機械仕掛けの手から視線を動かし、相手の顔を確認すれば、京都校の“呪骸”メカ丸がいる。
彼の胸の前で、黒色火薬が詰められたガラス製の小瓶のようなもの――火薬の狩人証が揺れた。
工房の異端として知られる「火薬庫」の生み出した武器の一つが、メカ丸の使用する爆発金槌だ。
――獣を叩き潰し、焼き尽くす。
形状を変化させる機構は有していないが、その端的な攻撃性が、獣を憎む狩人たちに好まれたと言われている。
しかし、伏黒や乙骨が持つ狩り武器とは毛色が違いすぎるため、まだパンダはメカ丸が狩人だとは気づいていない。
近接戦を好むはずの狩人が傀儡を操っているなら、気づきようがないのかもしれないが……。
目の前の傀儡を壊したところで、術師が他の傀儡を使うなら戦う意味はない。
術師を探しに行くとしても、場外にいる可能性があるため、これも意味がない。
どちらを選んでも変わらないなら……。
「やっぱお前ブッ壊すか」
「……どちらも叶わんさ」
パンダの見当違いな推測を聞いていたメカ丸が、口を開いた。
“天与呪縛”。術師が自らに科す通常の“縛り”とは違う、生まれながら肉体に強制された“縛り”。
「俺には生まれつき、右腕と膝から下の肉体、更に腰から下の感覚が
肌は月明かりにも焼かれる程もろく、常に全身の毛穴から針を刺されたように痛んだ。
「その代償として俺は、広大な術式範囲と実力以上の呪力出力を与えられていた。……過去の話だがな」
メカ丸の右手が、おもむろに彼の顔を掴む。カチリと音を鳴らしたロボットの顔が――顔を覆っていたマスクが外され、“
「“医療教会”の治療によって肌と神経は修復された」
新しく手足が生えることはないが、自分の術式“
そう思われた。
しかし、天与呪縛の無くなった
そこで、彼は新たな縛りを己に科す。
――操作できる傀儡は、己の肉体に触れている物のみとする。
傀儡操術の利点、遠隔操作を失う縛りによって手に入れた精密操作は、動き回るだけなら呪力が尽きることがない燃費の良さを実現させた。
“術師”としてはありえない選択をした
術式の精度が悪かろうと狩人であろうと、傀儡操術の持ち主であれば呪術界の上層部も優遇しただろう。
奴らに気に入られてさえいれば、術師としての人生は安泰だ。
しかし、己の意志を捨てることになるそれは、戦いに魅入られた狩人に耐えられるものであろうか?
今は亡き「火薬庫」は
身の上話を終えた
「医療教会からは、観察対象である虎杖悠仁を気にかけるように言われている」
彼が高専に入学したのは「学生生活がしてみたかった」だけで、術師になりたい訳ではない。
「虎杖が本当に殺されそうにでもならない限り、俺は手を出すつもりはない」
今、
だから虎杖の暗殺計画に加担していようと、京都校の西宮に危害を加えようとするなら……。
「叩き潰すぞ。……獣風情が」