血の医療は救いとなるのか   作:4R1ES

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#4 狩人狩り(懐玉4)

 

 

 

 

 

盤星教(ばんせいきょう)本部 星の子の家

 広大な敷地内に建てられた施設の中でも特に目を引く建物の廊下を、甚爾(とうじ)と孔が並んで歩く。

 

「あれで全部だな?」

 

 武器庫である呪霊を身体に巻いた甚爾が問えば、孔は煙草に火をつけながら返す。

 

「各支部長、代表役員、会長。その他、太客……。こうも集まってくれるとは、“術師殺し”への信頼が厚いな」

 

「……ありがたい事で」

 

 欠片も嬉しくなさそうに言う甚爾が続ける。

 

「教徒への報告から戻った会長が『皆にも紹介したい』とか言いだした時は、マジで終わってると思ったね」

 

 顔出しして喜ぶ殺し屋がいるかよ。

 今回みたいな例外を除いて、殺し屋と依頼者(クライアント)が直接会うことなんて滅多にない。何のために仲介役がいると思っているんだ。

 

「それと、一人になったメイドが殺されないよう、一度回収した時のあれ」

 

 捕らえた人間を沖縄へ連れて行ったのも意味が分からんとぼやく甚爾に、孔が笑って答えた。

 

「なんとプライベートジェット。会長の私物だとよ」

 

「だとしても、だろ」

 

「金持ちは考え方のスケールが違う」

 

 茶化す孔に、呆れていた甚爾も乗ることにした。

 

「その金で飯食おう。接待に使ってる店、連れてけよ」

 

「嫌だよ。家で家族と食ってろ。……オマエと関わるのはな、仕事か地獄でだけって決めてんだよ」

 

 家族を引き合いに出された甚爾が、舌打ちをして孔と別れる。

 別に苛立った訳ではない。だが、一人で寂しく食ってろと、遠ざかる背中に声をかけてから、二人の待つ医療教会に足を向けた。

 

 

 

 

 

「よぉ。久しぶり」

 

 石畳を歩く甚爾の前に立って声を掛けてきたのは、先ほど天逆鉾(あまのさかほこ)で刻み、殺したはずの五条。

 驚きを表面に出すことが少ない甚爾でも、これには目を見開いた。

 

「……マジか」

 

「大マジ。元気ピンピンだよ」

 

 そう言って前髪をかき上げた五条の額には、確かに自分の付けた刺し傷が残っている。

 治療なんて間に合うはずがない。確実に死ぬように刺した状態から、不完全ながら再生している。

 

「……反転術式!」

 

「正っ解っ!」

 

 負の力である呪力では、肉体の強化はできても再生することはできない。

 だから負の力同士を掛け合わせて、正の力を生み出す。

 

「それが反転術式」

 

 ハイになっているのか、目を爛々とさせた五条はよくしゃべる。

 

「オマエの敗因は俺を首チョンパしなかったことと、頭をブッ刺すのに()()()()を使わなかったこと」

 

「……敗因?」

 

 五条の言い草に、黙って聞いていた甚爾が言葉を返した。

 

「勝負はこれからだろ」

 

 強者との戦いが始まる予感に、自然と笑みがこぼれる。

 天逆鉾(あまのさかほこ)――発動中の術式を強制解除する呪具を呪霊から引き抜き、一気に加速した。

 

 

 

 高専で戦ったときには使われなかった衝撃波――“赫”に、甚爾の身体が数百メートルは弾き飛ばされる。

 五条は死に際に呪力の核心を掴んだことで、術式反転も会得していた。

 背後にあった建物――星の子の家の天辺に衝突して止まった甚爾の額が切れ、傷口から左目にかけて血が流れる。

 それを拭うことはせず、まずは腕を伸ばして骨が折れていないことを確認した甚爾は、天逆鉾に呪霊から引き出した万里ノ鎖――際限なく伸びる鎖を繋ぎ、慣らすようにそれを回した。

 

 

 五条の使用する力は、次の3つ。 

 

1.“止める力”ニュートラルな無下限呪術

 

2.“引き寄せる力”強化した無下限呪術「蒼」

 

3.“弾く力”術式反転「赫」

 

 

 止める力は元より、引き寄せる力は鎖のリーチを得た今、天逆鉾でかき消すか、甚爾自身の足でちぎれる。

 弾く力も、タイミングさえ外さなければ天逆鉾を盾にしのげる。

 全て……“問題なし”。

 そう判断して仕掛けようとした甚爾と、五条の目が合った。

 

――違和感

 

 いつもの自分なら「タダ働きなんてゴメンだね」と言って、さっさと帰っているこの状況。だが……。

 

「……いや、これでいい」

 

 久しく感じていなかった()()()に身を任せる。

 目の前には、覚醒した無下限呪術の使い手。恐らく現代最強となった術師。

 それを否定して、ねじ伏せる。

 ……自分を肯定するために、いつもの自分を曲げる。

 自分を否定した禪院家、呪術界。その頂点を――。

 

「殺す」

 

 突き動かすのは、捨ててきたはずの“自尊心”。

 天逆鉾を投げた甚爾に、五条が印を結んだ腕を伸ばした。

 空いた左手に甚爾が握ったのは、使い慣れたもう一つの武器。“狩人狩り”が代々受け継ぐ、二種の曲刀を重ねた希少な隕鉄の刃――慈悲の刃。

 それを五条の攻撃に備え、構えた瞬間。

 

「“狩人狩り”が、狩りに酔ってはいけませんよ」

 

 得体の知れない聖歌隊(あいつ)が目の前に現れたことで、反射的に一歩下がった。

 

 

 

 五条が放った“茈”の衝撃で舞った土煙が晴れた。

 確実に捉えたと思った男と五条の間に、知らない人物――“聖歌隊”の装束を身に着けたものが立っている。

 二人の足元には、天内のペンダントに似た違和感のある黒刀と、仮面のような飾りのついた帽子が落ちていた。

 乱入者に驚いているらしい男に、左腕はない。そして乱入者には……右腕と、胴体の半分がなかった。

 

 平然と立って何かを話している乱入者に、五条は当惑する。

 一般人程度の呪力しかないようだが、()()()()術式なのかと相手をよく視ようとして……振り返った星空の瞳と目が合った。

 人間でも、呪霊でもない。理解が追いつかないその中身に、思考が停止する。

 頭に流れ込むのは、人間が生きているうちに知り得ることのない知識。至ることのない思索……。

 相手から視線を逸らすことができず、知りたくもないそれらを六眼を通して理解しようとしてしまう。

 酷使しすぎた脳が、悲鳴を上げていた。

 

「まだ、視てはいけませんよ」

 

 いつの間にか近づいていたらしい乱入者の()()が、五条の両目を覆う。

 

「人の身でありながら、そのような“瞳”を授かるとは素晴らしい……。でも、君はまだ幼い」

 

 悪戯した子供に言い聞かせるように話す乱入者の手が離れ、俯きながら膝をついた五条は止めていた息を吐く。

 ゆっくりと瞼が閉じられる青空の瞳を見据えるのは、奥行きの見えない星空の瞳だった。

 

 

 

 

 

 医療教会の大聖堂にて天内と黒井の無事を確認した夏油は、ひとまず二人を連れだすことはしなかった。

 天内が天元様との同化を拒んだ時は、同化はしない。

 五条と決めたそれを実行するなら、高専には連れて帰れない。

 あまり気が乗らないが、同化の期限が過ぎるまでは医療教会に居るのが最適だった。

 二人にそのことを説明した夏油が五条を追って訪れたのは、盤星教本部、星の子の家。

 至る所が崩れ落ち、明らかに戦いの跡が残る建物だが、内部に被害は無いように見えた。

 案内表示を確認し、ホールを迂回した奥の廊下へ向かう。

 その先にある控室の扉に、高専の制服を着た人物が入っていくのが見えた。

 

 扉を開いた先に広がっていたのは、刃物で突き刺されたらしい人々の遺体。それらには目もくれずに進む五条を、夏油が呼び止めた。

 

「悟……」

 

 声が聞こえなかったのか、ホールと書かれた扉を開いた五条が、幕の下りた舞台を進む。

 近寄りがたい雰囲気の五条に気圧され、数歩遅れた夏油が慌てて舞台を進めば、五条の手によって幕が取り払われた。

 

 拍手と共に笑顔で二人を迎えたのは、盤星教の信者たち。

 何を勘違いしたのか、「星漿体(けがれ)を排した恩人だ」と口々に言われ、五条の顔が強ばる。

 それを見た夏油が天内は生きていることを告げようとして……。

 

「傑。コイツら……殺すか?」

 

 向けられた五条の暗い視線に、息を止めた。

 

「今の俺なら、多分、何も感じない」

 

 喧噪の中でもよく通る五条の言葉に、一瞬でも魅力を感じてしまった自分に嫌気がさす。

 ……誰かの死を喜ぶような連中であっても、非術師は守らねばならない。

 

「いい。意味がない……。理子ちゃんも黒井さんも無事だ」

 

 やっと告げられた二人の無事を聞いて、五条の目に光が戻り、その後すぐに伏せられる。

 

「そうか……。でも、意味ね……。それ、本当に必要か?」

 

「大事なことだ。……特に術師にはな」

 

 五条に目配せをした夏油は、道を空ける信者たちの間を通り、出口を目指す。

 ……人々の手を打つ音がうるさい。向けられる視線が目ざわりだ。

 

――お互い、この街を清潔にいたしましょう……。

 

 ふと、脳裏に響いた言葉を忘れるように、額を手で押さえて頭を振った。

 

 

 

 

 

 医療教会の傘下にある都内の病院。その病室で、ベッドに寝転がった甚爾がため息をつく。

 自分も他人も尊ぶことない。

 そういう生き方を選んだはずなのに、分不相応に家族を持って、捨てたはずの自尊心で死にかけて。

 

「だっせぇ……」

 

 そう呟けば、ベッド横の椅子に座って船を漕いでいた恵が、眠たげな目をこちらに向けた。

 この息子は、今、医者から説明を受けているであろう妻にはあまり似ず、自分と同じ禪院らしい顔立ちに育ってきている。

 そのことを残念なような、少し嬉しいような複雑な思いで見ていた。

 

 首から提げていた鴉の狩人証を右手に取り、その革紐に、瞼を擦る恵の頭を通す。

 驚いてこちらを見上げた頭に手を置くが、先日のように嫌がられることはなかった。

 

――まず強く、血に酔わず、また仲間を狩るに尊厳を忘れない。

 

 それは、狩人狩り――辺境の異邦者たちが、狩人証と共にひっそりと受け継いできた理念。

 前々から、自分に狩人狩りは似合わないと思っていた。

 それでも後継に選ばれたからと、今まで何となく続けていた。

 しかし、強くあろうとして戦いに酔い……家族を忘れた自分には相応しくない。

 

「俺は自尊心を持つとロクなことにならねぇ。……だがオマエは、自分も他人も尊ぶことを忘れるな」

 

 そうして……この呪われた証が任せられるように、早く大きくなればいい。

 

 

 

 

 

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