血の医療は救いとなるのか   作:4R1ES

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2017年(0巻)は狩人乙骨の入学理由と、平和な日常でお送りする予定です。……予定です。
書きながら設定変更することもあるため、質問や疑問に返信はしておりませんが、本編中で答えられるよう努力します。よろしくお願いします。



#8 血の穢れ(相互利益)

 

 

 

 

 

2017年 4月

 東京都立呪術高等専門学校。その教室へと続く廊下を、少し緊張した面持ちで禪院(ぜんいん)真希(まき)は歩いていた。

 彼女が事前に聞いた情報によれば、今年の入学者は呪言師、パンダときて、一般家庭の出身が二人。同級生が四人……三人と一匹もいるとは、常に人手不足の呪術師にしては珍しい。

 そんなとりとめのないことを考えながら、真希は教室の扉を開いた。

 

 前列の奥に、制服の襟で口元を隠した、おそらく呪言師の少年。手前にパンダ。 

 そして後列には……鎧と、黒いドレスに鉄面をつけた少女が座っていた。

 少女のドレスは落ち着いたエンパイアラインのもので、かつての血の女王、アンナリーゼが愛用したものに似ている。

 もう一人の、鎧と呼ぶには厚みのない“カインの鎧”は、血の女王を守る近衛騎兵のものであり、布のように薄い銀製の鎧は、悪意ある血を弾くとされていた。

 そんなことは知らない真希が踏み出していた足を教室内の床につけたところで、もう一度、後列を見る。

 二人が揃いで着けている“カインの兜”は、鳥の(くちばし)のように頤先が尖った形状に、細かく施された彫刻が美しい。

 のぞき穴が見当たらないが、視界は確保できているのだろうか?

 異彩を放つ二人を見て、一般家庭の出身というのはガセだったかと結論付けた真希は、視線を前に戻す。

 ガセネタを流した男には文句を言ってやろうと考えた真希の後ろに、担任教師となるその男が立った。

 

「あれ? なんで憂太も里香も鎧なの? ウケるね」

 

 真希の頭上から教室をのぞき込んだ五条が声を掛けると、鎧が立ち上がり、少年の頼りない声が返る。

 

「五条さんが『正装で来い』って言ったんじゃないですか!」

 

 その様子に、ただの真面目バカかと拍子抜けした真希は、何事もなかったように黙って空いている席に着いた。

 

 

 

 ひと悶着あったが、一年生の全員を教壇の前に集めた五条が口を開く。

 

「自己紹介なんてやったことない奴もいるだろうし、僕がちゃちゃっと紹介するね」

 

 そう言って五条が最初に視線をやったのは、兜を脱いだ虫も殺さない顔をしている少年。

 手には、つい先ほど支給された白い上着の制服を持っている。

 

乙骨(おっこつ)憂太(ゆうた)。隣にいる里香のことが大好きすぎて、魂を呪って縛り付けてるよ」

 

 ……初手からぶっ飛んだやつがきたな。

 人間と同級生になるのも、自己紹介も初めてなパンダがそんな感想を抱いているうちに、次の生徒の紹介に移る。

 

祈本(おりもと)里香(りか)。同じく憂太のことが大好きすぎて、自身の血で呪って眷属にしてるよ」

 

 乙骨と同じデザインの上着を手にした少女が微笑む。その年齢に合わない妖艶さに、長く目を合わせてはいけない気がした。

 可憐な少女が、そこら辺にいる術師よりも危険人物らしく思えるのはどういう事だろうか。

 

「禪院真希。呪具使い。素の(パワー)はこの中で一番かな? ナメてかからないように」

 

 女性にかける言葉ではない。だが本人は五条の性格を知っているのか、気にしていない様子なので一応よしとする。

 

狗巻(いぬまき)(とげ)。呪言師。おにぎりの具しか語彙ないから、会話がんばって」

 

 五条の言葉を受けた少年が、親し気に軽く手を挙げて「こんぶ」と口にした。……こんぶ。

 

「最後に……。パンダ」

 

「パンダだ。よろしく頼む」

 

 自身の紹介が終わり、特に質問も出なかったため、互いに距離感をつかめない微妙な空気のままホームルームが終了した。

 

 

 

 

 

 生徒たちにグラウンドへ向かうよう指示を出した五条は、一度、職員室に戻って任務票を確認する。

 今日は、生徒間で互いの特性を確認させるための簡単な任務と……乙骨に呪詛師の討伐指令 。

 呪術高専は2()()()()()()()乙骨憂太と祈本里香の入学を許可した。

 しかし戦闘レベルにおいては、乙骨はすでに五条や夏油に並ぶ域に達している。

 だからこそ、都合よく邪魔者を排除したい上層部が与えたのが、この等級にしてこの任務内容。

 乙骨の入学目的の一つは「死血に“血の穢れ”を見出し、集めること」のため、本人は気にしていないようだが……。

 

 術師としての活動記録が無いことを理由に2級術師にしておきながら、任務は彼の()()()()()()()1級以上に相当する案件。

 人間の“(おり)”を固めたような奴らが。狩人を毛嫌いし、恐れているくせに。

 ……ある日に見た()()()の狩人が、呪詛師だったものたちを踏み潰し、“虫”の巣食う汚物だと言い切ったのを思い出す。

 

「本当に……“虫”のいい話だよね」

 

 隣に立った人物に、乙骨の任務票を見せた五条が声をかけると、彼の親友――夏油が苦虫を嚙み潰したような顔で応えた。

 

「……悟。間違ってもあの“連盟員”だけは高専に入れるなよ。……血の海になる」

 

 

 

 廊下を歩きながら自分の任務票を取り出し、掲げた紙をひらひらと振る五条が口を開く。

 

「傑、もっと任務受けてよ。僕の負担が減る」

 

「私は菜々子と美々子の引率もあるし、嫌かな……。悪いね」

 

 「無理」ではなく「嫌」と言うあたり、余裕はあるのだろう。……選り好みしてやがる。

 

「二人とも()()に入れば解決するじゃん」

 

 夏油が呪術方面の指導をしている狩人の姉妹は、術師としても優秀だ。

 

「あの子たちも基本的に非術師が嫌いだから。無理だよ」

 

「……あー。そうだった」

 

 外へ移動するまでの雑談として話をふっていた五条は、それほど残念がった様子もなく天を仰いだ。

 

 

 

 五条との会話に笑顔を見せていた夏油が、表情を引き締める。

 

「それにしても……。夜蛾学長が“狩人”の入学を許すとは思わなかったよ」

 

 狩人と友誼を結べば、いつか我を忘れ、“獣”となった彼らを殺す時がくるかもしれない。

 

「私達に『狩人とは極力、関わるな』と言っていたのは、そんな経験をさせないためだろ?」

 

「だろうね……。でも、上の連中にしてみれば、そんなの気にしてる余裕なんてないでしょ」

 

 呪術師は常に人手不足。人数だけで見れば、おそらく呪術師よりも狩人のほうが多い。

 とはいえ、ほとんどの狩人には3級術師以下の力しかなく、彼らの所属する医療教会が重きを置くのは、「人類の進化を目的とした探究」。病院を経営するのは、その手段の一つに過ぎない。

 そのため、組織としての彼らは基本的に、呪術界には不干渉だ。

 しかし、()()()()とされる呪術師の何割かは、“血の医療”を受け入れ、狩人として活動を続けている。

 自分たちが排除した()()()()()が、確実に力を蓄えて生き延びている。……彼らが呪術界に関わるつもりがあるかは、知らないけど。

 

「狩人だろうと、使える奴は引き入れたいんだよ。ところで……菜々子と美々子の()()()()()は元気?」

 

 大切な後輩の一人を思い浮かべながら問えば、五条にとっては予想外な答えが返る。

 

「昨日、七海と三人で飲みに行ったよ」

 

「えっ? 僕、呼ばれてないんだけど……」

 

「飲めない悟を誘うのは、悪いかと思ってね」

 

 にっこりと、手本のような笑みを浮かべた夏油が五条を見る。

 

「誘えよ!」

 

 今日、高専に来たのはこの報告をするためかと、相手を肘で小突きながら昇降口を抜けた。

 

 

 

 

 

 一年生たちがグラウンドへ移動すると、桜の木の下に置かれたベンチに誰かが腰かけているのが見えた。

 金色に染めた髪をお団子に結った少女と、艶やかな黒髪を肩の上で切りそろえた少女。

 一つのスマホを二人でのぞき込み、楽しげに話している少女たちは一年生たちと同じ年頃に見えたが、高専の制服は着ていない。

 こちらに気付いたらしいリボンタイのブレザーをまとった金髪の少女が、セーラー服姿の黒髪の少女の肩を軽く叩いてから手を振った。

 

「里香! 憂太! 久しぶり!」

 

 二人と知り合いらしい乙骨と里香に続きグラウンドへと下りたパンダは、会話もそこそこに女子高生二人に詰め寄られ、たじろいでいた。

 

「パンダだー! かわいー!」

 

 そう言ってスマホのカメラで連写している金髪の少女が、菜々子。隣に立つ美々子は何も言わないが、目がキラキラと輝いている。

 楽しげにはしゃぐ少女たちの勢いに気圧されていると、後ろから落ち着いた男性の声がかかった。

 

「菜々子、美々子。その辺にしておきなさい」

 

 五条と並んで登場した夏油の言葉に、名残惜しそうにしながら二人はパンダから離れる。

 乙骨と里香にいくらか話しかけてから、夏油のもとへ駈け寄った。

 

 嵐のような少女たちを連れていく特級術師を見送り、真希が五条を振り返る。

 

「あいつら誰だ?」

 

枷場(はさば)菜々子と美々子。フリーの術師だけど、学年は君たちと一緒で……医療教会の“狩人”だよ」

 

 何でもないように話す五条に、狩人に陰気なイメージを持っていた真希は驚く。

 

「あの二人が狩人ってことは……」

 

 一般家庭の出身らしい同級生を見やる真希に、五条が不思議そうに首を傾げた。

 

「憂太と里香も狩人だけど……。言わなかったっけ?」

 

「聞いてねぇよ!」

 

 狩人を一般家庭の出身と言っていいのかは疑問であるが、確かに、“呪術師”の家系ではない。

 頼りない雰囲気に似合わぬ身のこなしをしている乙骨にも、合点がいった。

 

 

 

 気を取り直し、手を叩いて全員の注目を集めた五条が、依頼書を配りながら話す。

 

「これから任務があるけど、憂太にはご指名が入ってるよ」

 

 里香と二人で行ってくるようにと指示した五条が、二人だけに聞こえるよう近づいて声を潜めた。

 

「……()()()よろしく」

 

 高専を通して呪術師に出された依頼ではなく、あくまで“狩人”個人による粛清。

 呪詛師界隈を刺激しないよう、そういう形をとっておきたい上層部の薄っぺらい偽装。

 従うのは癪にさわるが、学生たちを守るためには仕方ない面もある。

 少し複雑そうに話す五条に、依頼書を受け取った乙骨が言葉をかけた。

 

「僕にとって“獣”の処理は、“穢れ”を得るための名誉ある行いであり、最も優先すべき事です」

 

 聞き慣れぬ単語が出たことで、自分たちの依頼書に目を通していた真希、狗巻、パンダの三人も視線を上げる。

 狩人の中でも異端とされる、カインハーストの装束に身を包んだ二人が笑みを見せた。

 

「だから、僕らを送り出す時は、心配するよりも願ってください」

 

――カインハーストの名誉のあらんことを。

 

 

 

 

 

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