ナイト•ウルフが一斉に襲いかかってきた。
木を背にして、攻撃を避けまくる。
囲まれた時には、決して背後を取らせないこと。俺の経験則だ。
まずは見えなければ、回避も反撃もままならない。人間の視野は、真後ろを決して把握できないのだ。
そうして、避ける。避ける。避け続ける。
初見の相手だ。まずは攻撃の方法、リーチの確認。
六頭のうち、2頭ずつ攻撃してくるのが奴らのパターンのようだ。避けてもその先に待ち構えた2頭が攻撃をしてくる。
左右からの挟み撃ちを好み、攻撃方法は飛びかかっての噛みつき、爪による攻撃の2種類。
大体のパターンを把握して、反撃の準備に移る。
まず第一に、こいつら相手に攻撃スキルの発動は悪手だ。
仮に《シュナイデン》で避けながら攻撃したとしよう。
確実に1頭にダメージを与えつつ回避できるが、ソードスキル後の硬直時間を狙い撃たれるのが目にに見えている。
よって取れる反撃の方法は、短剣による攻撃で、少しずつ削ることのみだ。
時間はかかるだろうが、やるしかない。
長丁場の戦闘の経験もある。あとはもう腹を括るだけだ。
俺は左右からの攻撃を前転しつつ避け、振り返りざまに索敵スキルの《弱点分析》を発動する。
こうしたスキルは硬直時間がないので、気兼ねなく発動できる。
分析結果は、腹と鼻先。
気休め程度だが、そこを攻撃し続ければ多少は早く倒しきれる。
決着は早い方がいい。集中力の面でも、イレギュラーをなるべく無くすという点でも。
短剣を構え、左右から突進してくるうちの左から来る一頭に狙いを定めた。
バックステップで避けながら手を伸ばす。
ナイフの切先がナイト•ウルフの鼻を掠め、0.5割ほどHPゲージが減る。
今の体力の減り方を見るに、体力が全快の一頭を倒すために20回の攻撃が必要になるようだ。《クーゲルラッシュ》で1割削った奴らも含めて、あと100回以上は攻撃しなければならない。
その上、回避も下手を打ってはならない。
途方もなく苦しい戦いになりそうだ。
しかし、死にたくはない。諦める時は、死のその瞬間だけ。
生き残るために、俺はナイフを構え直した。
*
「これで…5頭目」
飛び上がり、鋭い爪で襲い来るのを、腹にナイフを突き立て、スライディングしながら避ける。
長い傷痕が刻み込まれると、そのナイト•ウルフは消滅した。
ラスト1頭。体力は全快しているようだが、さっきよりは気持ちがかなり楽だ。
何故なら、残り1頭になってしまえば、追撃の心配はない。そうなると、攻撃スキルも使えるようになる。
かなり素早く倒せるだろう。
その1頭が、飛び上がり噛み付いてくる。
俺はそれを《シュナイデン》を放ちながら避ける。
体力を1割ほど減らす。
俺の硬直が解けると同時に、ナイト•ウルフの噛みつきが再び飛んでくる。
今度はそれを回避して、すぐさまナイト•ウルフの背中を追った。
ナイト•ウルフが振り向く瞬間に、鼻先に《サイド•バイト》をぶちこむ。
やはりいいダメージだ。HPゲージを7割ほど削ることができた。
それに怯んで、ナイト•ウルフは少しのけぞる。追撃をしたいところだったが、それを硬直時間が邪魔をした。
体勢を立て直し、もう一度飛びかかってくる。
俺はそれに《シュナイデン》を合わせた。
と同時に、俺のナイフが消滅した。
「なっ─!?」
焦る俺に、ナイト•ウルフが襲いかかってきた。冷静さを欠いた俺はそれを避けきれず、今回の戦闘で初のダメージを負ってしまった。
その一撃だけで、俺の体力は3割強も削られてしまった。
まずい。その焦りが、俺の脳内を支配する。
度重なる戦闘と、ナイト•ウルフの群れとの長時間の戦闘。
それに『ブロンズナイフ』の耐久力では耐えられなかったらしい。
ナイト•ウルフの残りのHPゲージを見ると、数ミリだけ残っていた。
よりにもよってこんな時に、と自分の不運を呪った。
どうするべきかと俺が思考する間にも、ナイト•ウルフは止まらない。
爪と牙によるコンビネーションで、俺を仕留めんと攻撃を仕掛けてくる。
一度その場を離脱し、少し離れた木の後ろに隠れ、深呼吸をする。
危機的状況な時こそ、冷静に。己の中に、答えはあるはずだ。
自分の人生を立ち返る。
不運なんて、今に始まったことじゃない。
家族のこと、それからのこと、そしてこの世界に来るきっかけとなったあの日のこと。
そんな世界でも、俺は俺の力と意志で生きてみせると誓ったのだ。
頼れるのは、己だけ。
そう自分に課した言葉を思い出す。
武器はまだある。この世界でも通用するのかは分からないが、俺が世界で一番信用している武器が。
ナイト・ウルフが俺を見つけた。一吠えするとその鋭い牙を見せ、俺の首筋に飛びかかる。
俺は両の拳を握りしめ、ファイティングポーズを取る。
飛びかかってくるその鼻先めがけて、渾身の右ストレートを放つ。
この世で俺がもっとも使い慣れ、共に戦ってきた武器。
それは俺の体そのものだ。
俺の拳に撃ち抜かれたナイト•ウルフは、噛み付かんとして口を開けたそのままの状態で、消滅した。
メニューを開き、時刻を確認する。pm11:55。
俺はまた、生き延びた。
*
戦闘中は全く気づかなかったが、レベルアップしていたようだ。
強い分、経験値もかなり多かったらしい。
まあ、何度も戦いたいかと言われれば絶対にNOだが。
ステータスの上昇は、またAGIを選んだ。
そしてスキル欄を開くと、何故かスキルスロットが一つ埋まっている。
そのスキル名は、《無装流》。
首を傾げながら、アルゴのしおりを開き、スキルについて書いてあるページを読み進める。どこを探しても、そのスキル名は載っていなかった。
訝しみながら、スキルの説明を読む。
『このスキルは、ユニークスキルの一つです。ユニークスキルとは、ただ1人のみが習得することのできるスキルであり、SAOの世界において、あなた以外がこのスキルを取得することはありません。』
ユニークスキル、という見覚えのない単語とその説明に俺は驚いた。
俺だけが使えるスキル。その強さについてはまだ把握していないが、そんなものが存在するのか。
息を呑みながら、俺はスキルの説明の続きを読み込む。
『《無装流》スキルは、武器を装備していない状態でのみ発動できます。攻撃力は、スキルの効果+腕装備の防御力が反映されます。また、このスキルにはクールタイムがありません。攻撃を前の攻撃から1秒以内に当て続けることで、【コンボダメージ】が発動し、威力がどんどん上昇していきます。上限はスキルのレベルによって決まります。』
俺はその能力にさらに驚く。武器なしでの戦闘が強要されるスキルではあるが、俺はむしろそれを望んでいた。武器の動きに縛られない戦闘が出来るのだから。
そしてさらに驚いたのは、クールタイム─スキル発動後の硬直時間がない、ということだ。
先程までの戦闘でも、クールタイムの存在に大きく行動が制限されていた。それを無視して戦える上に、威力の上昇のおまけ付きだ。
俺は、とんでもない武器を身につけてしまったのかもしれない。
俺は迷わずそのスキルにポイントを注ぎ込んだ。
スキルLv1まで到達させたところで、その詳細を見る。
パッシブスキルは、武器非装備時攻撃力+50、コンボダメージ上限150%。
攻撃力+50は、この時点ではとてつもなく破格な数値だ。
例えば、さっきまで俺が装備していた『ブロンズナイフ』の攻撃力は18。
ざっと3倍弱のダメージが出ることになる。
そして、攻撃を当て続けることで常に通常の1.5倍のダメージを出せるようになるらしい。
そのダメージがどんなものかは、戦ってみないと分からないが。
そして攻撃スキルは、初期スキルである《
『映像によるチュートリアルを視聴しますか?』その問いに俺はYESを選択した。
*
3分ほどの映像でスキルの発動モーションを覚え、俺は森を出ようと、パンとポーション、そして水を飲み干す。
8割程度まで回復した体力と、5割程度まで回復した空腹ゲージを見る。
避けながら戦闘をしたせいでだいぶ奥まできてしまったが、大体の道筋は覚えている。
きた道をそのまま辿り、この森から出ようとした。
その瞬間。俺の目の前に白い巨体が立ち塞がる。
そのモンスターの名は『【悪夢の爪牙】ウルフ・ザ・ナイトマリッシュ』。
ナイト•ウルフをそのまま大きくしたようなモンスターだったが、大きな違いが一つ。
全身が真っ白く染まっていることだ。まるで、夜の闇に隠れる必要などないと言わんばかりに。
その巨体は、夜空の下で目立ちすぎるほど目立っていた。
アルゴのしおりに書いていたことを思い出す。
称号付きのモンスター、つまり名前の前に【】が付いているモンスターはユニークモブと呼ばれ、通常より強力なモンスターだと。
会ったらすぐに逃げろ。そう書いていた。
しかし、来た道を戻るには、奴を超えていくしかない。複雑な森の中で無理に迂回しても、迷って野垂れ死ぬのがオチだろう。
それに何故だか、今の俺は負ける気がしなかった。
「ウォォォォォォォォン!」
ウルフ・ザ・ナイトマリッシュが遠吠えをすると、ミニマップに映っていたモンスターの反応が一つ残らず消えた。
自分の獲物に手を出すな、との忠告のようなものだろうか。
何にせよ、横槍の心配がないならば俺も気が楽だ。
拳を握り、構える。いつもの退屈な喧嘩と同じように。
強敵との戦闘の前だが、ひどく落ち着いている。
「戦闘、開始だ。」
そう呟くと、俺はすぐさま《弱点分析》発動した。
弱点は、ナイト•ウルフと同じく鼻先と腹。
攻撃方法も似ているようで、その巨体で飛び上がり、爪を振り下ろす。
俺はそれを最小限の動きで避け、ウルフ・ザ・ナイトマリッシュの鼻の正面に立つ。
そこに右拳をぶち当てる。その動作に呼応し、《撃骨》が発動した。
ドコッ、と鈍い音がすると同時に3本あるHPゲージの内、1番上のゲージが1割ほど削れる。
そしてそのまま、左拳で同じ部位にもう一度《撃骨》を放つ。
与えるダメージ量がわずかだが増えた。
弱点への攻撃に激昂し、顔の正面にいる俺に向かって噛みつき攻撃を仕掛けてきた。
俺はそれを大きなバックステップで回避し、着地するとまたも鼻先に《甲壊》を叩き込む。
手のひらを上に向け、刺すように突き出す。
命中すると、ウルフ・ザ・ナイトマリッシュの名前の横に、盾のマークと下向きの赤い矢印がつく。
防御力が下がったことを表すマーク。防御力デバフ、と呼ばれるものらしい。
そして一歩下がり、後ろ回し蹴りを繰り出す。《鎌鼬》のモーションだ。
踵が鼻先に命中し、今度は2割ほどHPゲージを減らした。防御力デバフとコンボダメージの発動によりかなり威力が上がっている。
すると、ウルフ・ザ・ナイトマリッシュは大きく上へと飛び跳ねる。
嫌な予感がした俺は、鍛えたAGIを活かし、すぐさま木の上に登った。
ウルフ・ザ・ナイトマリッシュが着地すると、地響きが起きた。あれにダメージの判定があったのなら、大ダメージを受けていたかもしれない。
安堵のため息をついた。ウルフ・ザ・ナイトマリッシュを見ると、奴にも着地の反動があったようで、その場で動きを止めた。
俺はその隙を見逃さず、木の上から《螺閃》を放つ。空中で一度きりもみ回転をしてから飛び蹴りを放つ突進技だ。
予備動作はあるが、その分ダメージはやはり多かった。
弱点でない右前脚に当てたのにも関わらず、HPゲージを3割も削った。
そして足が地につくなり、《鎌鼬》を放つ。2割強。
その瞬間、ボキッと音がした。
ウルフ・ザ・ナイトマリッシュはバランスを崩し、一つ吠えたあと、その場に倒れ込んだ。どうやら、右前脚が集中攻撃によって折れたようだ。
俺はそのまま顔の正面に回り込み、鼻先をめがけて《撃骨》を連発した。
コンボダメージによって、一撃毎にダメージがどんどんと増えていく。
ウルフ・ザ・ナイトマリッシュが立ち上がる頃には、HPゲージは最後の一本になっていた。
その後も攻撃を避けつつ、俺は攻撃を重ねていった。
ウルフ•ザ•ナイトマリッシュの体力が、ラスト一本の半分を割る。
その瞬間、ウルフ•ザ•ナイトマリッシュは大きく咆哮し、さっきの攻撃よりも高く飛び跳ねる。
先程の攻撃とは、何かが違った。
その決定的な違いは、着地の仕方。先程の飛び跳ねての攻撃は、四肢で着地するようになっていたが、今度は違う。
頭から、猛スピードで回転しながら落ちてくる。
それはまるで、夜空に白く輝く流星のように見えた。
すぐにもう一度木に登り、回避の準備をした。
しかし、着地の衝撃で、俺が登っていた木は崩壊した。
尻餅をつき、落下ダメージでHPが少し削れる。
突然のことに驚き、前転を挟んで着地をすると、眼前には竜巻、としか形容出来ないほどの旋風が迫っていた。
巻き上がる土煙の中、その中心で、ウルフ•ザ•ナイトマリッシュが回転し続けているのが微かに見えた。
迫り来る竜巻に向き直ると、少しずつ体がそちらに引き寄せられていくのを感じた。
多分食らったら、死ぬ。本能がそう告げた。
俺はどうするべきか考える。
どうにかして逃げるか?いや、逃げようにも竜巻の引き寄せる力が強すぎる。
ならば、立ち向かうしかない。突破の仕方を考えた。
少し前に習得したスキルを思い出す。─あった。方法が。
俺は引き寄せられながら、右足を少し浮かせ、地面に向かって思い切り踏み込んだ。
範囲攻撃スキル、《怒濤》。
俺の周りに小規模な衝撃波が発生する。それと竜巻がぶつかった。
すると、竜巻に少しの隙間が出来る。そこに向かって俺は《螺閃》を繰り出した。
勢いよく俺の体は前進していく。竜巻の中に入った瞬間、隙間が閉じた。
台風の目は、風が弱い。そう学校で習った通りだった。
竜巻の発生源であるウルフ•ザ•ナイトマリッシュの周囲には、風がほぼなかった。
そこに向かって、俺は蹴りを叩き込む。
HPゲージが2割ほど削れ、竜巻が消える。
そのまま俺は、《鎌鼬》を一撃。残りHPゲージは1割。
そして《鎌鼬》の終了と同時に、もう一度同じ技を放つ。
HPゲージが削れ切る。それと同時にウルフ•ザ•ナイトマリッシュが光の欠片となって消滅した。
*
「勝った、のか。」
レベルアップのファンファーレが鳴り響く。一気にレベルが18まで上昇する。
ユニークスキルの強さは、とんでもなかった。あれほど苦戦したナイト•ウルフの親玉をいとも簡単に倒せてしまうなんて。
(頼りすぎると、甘えるな。)
このままでは、戦い方が雑になる。俺はなんとなくそう思い、なるべくスキルの使用を控えることを決心する。
そうなると、スキルポイントの振り分けももっと考える必要があるだろう。
そう考え、スキルポイントの振り分けは後回しにした。
STR、AGIの振り分けも同様にすることにした。
レベルアップの確認後、アイテム欄を見ると、さまざまなアイテムがあった。中でも目を引いたのが、『悪夢越えの首飾り』。
ラストアタックボーナス、といってボスへのトドメを刺した者限定で手に入るものらしい。
牙がついた首飾りだった。装備した時の効果は、AGI+8と落下ダメージの減少。
あんなにコツコツと上げてきたAGIが一気に8も上昇するのか。ステータスアップを保留にして正解だった。
その他にも、様々な素材が手に入った。加工したら武器や防具にもなるらしいので、後で加工屋にでもいくとしよう。
最後の一本のポーションを飲み干し、森の出口に向かって歩き出す。
何やら体が重い気がした。一気に持ち物が増えたからだろうか。STRの上昇も視野に入れた方がいいか。
そう考えを浮かべた瞬間、俺はその場に倒れ込んだ。
意識も朦朧としている。目の前が霞んでいく。
「……い!見つけたぞ…こいつが…か?」
「そう……お願…だから…助け…てやっ…くれ…」
遠くに聞こえた誰かの声を最後に、俺の意識は落ちた。
次回は水曜日に投稿予定です。