目を覚ますと、火のついていないランプが吊るしてあるのが見えた。
知らない天井だ。
俺は警戒心を極限まで高まらせる。
毛布を蹴飛ばし、目を見開く。ベッドから飛び起きて、あたりを見回す。ぱっと見、近くに人の姿は見当たらない。
装備とアイテムを確認するが、何の増減もなかった。
HPゲージも満タン。空腹ゲージはかなり減っていたが、戦闘後に気絶してそのままだったからだろう。
≪撃骨≫を発動し、自分の体を思いきり殴りつけてみる。
HPゲージの減少はない。となると、ここは圏内。
アイテムの増減もなかったことから、何も盗まれたりはしていないようだ。
警戒を解き、深呼吸を一度。
落ち着いた状態で自分が置かれている環境の確認を済ませ、状況を整理する。
俺はあの後、誰かに─おそらくは意識が落ちる寸前に聞こえた声の主に、俺は助けられて、その後、この街の適当な宿泊施設に運ばれた、ということだろうか。
ベッドに座り込み、考えを浮かべていると、ノックの後にドアがガチャリと開いた。
ドアを開けたのは、赤いバンダナを巻き付けた男。薄めのあごひげに短髪。そして腰に差した曲刀。
武器のイメージに野性的な風貌が相まって、野武士、という言葉が似合う印象を受ける。
「おう、起きたか。今飯が届くだろうから、ちょっと待ってな。」
「あんたは?」
「お前さんをここまで運んだ男さ。もっとも俺たちは手伝ってやっただけで、お前さんのことを知らせてくれた奴は別のやつだがな。」
「俺『達』ってのは・・・」
「それは集まってからおいおい話させてもらうぜ。もうすぐで来ると思うからよ。」
するといくつかの足音が聞こえてきた。
そして4人ほど集まったところで野武士風の男が口を開いた。
「じゃ、自己紹介と行くか。ってあれ、ジョーはどうした」
「あいつ、レベリングがいいとこだから遅れるってさ」
細身の男がそう言った。
「しょうがねえ奴だぜ。ま、今いる奴からにテキトーに自己紹介でもしてくれ。」
野武士風の男が呆れたように言うと、じゃあ俺から、とねじり鉢巻きをした男が前に一歩出る。
「俺はカルー。武器は大剣を使ってるぜ。」
次に、茶髪で細身の男が前に出る。
「僕はオブトラ。武器は長槍を使ってるよ。」
赤いバンダナに口髭を生やした男が。
「俺はジャンウーだ。武器は片手剣で、盾持ちだ。」
緑髪の青年が。
「僕はトーラス。武器はメイスで、タンクをやらせてもらってる。」
黒髪の短髪に、短い顎髭をたくわえた男が。
「俺はアクト。槍使いだ。」
「そして俺!こいつらの─チーム風林火山のリーダーの、クラインだ!」
最後に、野武士風の男が、暑苦しく名乗った。
「ま、ホントはもう1人いるんだけどな。知り合いみたいだし、後で会えばいいだろ。」
クラインが言う。
「知り合い?」俺は首を傾げる。ゲーム自体が初めての経験なのだ。心当たりがない。
「おう、そう言ってたぜ。とりあえず俺たちはここらで退散させてもらうわ。お前さんの代金は、立て替えてくれるやつがいるしな。」
「あー、少し待ってくれ。何個か質問したいんだが。」
「おう、いいぜ。つっても、俺らもこの世界じゃまだまだ新参者だから、どこまで答えられるかわかんねぇけどよ。」
「聞きたいことは二つ。ここが何処か、なぜ俺を助けたのか。」
「ここはホルンカだ。お前さんを助けたところから1番近かったんでな。」
ホルンカ。俺が目指していた街だ。
予想外の形にはなってしまったが、目的はとりあえず達成された。
「あと、なんで助けたか、だったか?そりゃあお前、困ってる奴がいるなら助けてやるのが、」
一呼吸、置いて。
「─漢って、もんだろ?」と。
彼はキメ顔でそう言った。
途端、チームの面々が盛り上がる。
「カッコいいぞー、カシラ!」
「よっ、漢の中の漢!ラストサムライ!」
「へっ、寄せやい、照れるだろうが。」
大の男がはしゃいでいる光景についていけず、呆然とする俺に向き直り、クラインが言う。
「見返りもなしに、俺を助けたってのか?」
「見返りもクソも、漢の筋を通しただけだ。何も特別なことをしたつもりはねぇよ。何より、お前さんだってそうだろう?」
俺はその言葉に首を傾げた。
どういうことだ?個人主義で、誰とも関わりを持とうとせず、自分の命を守る為に力を振るった俺が、クライン達と同じ?
考え込む俺に、クラインが続ける。
「ああ、そういや言ってなかったか。お前さんを助けてくれって俺に頼んできたやつは、お前さんに助けられたって言うやつだったんだ。まさか見返りを求めて、助けたってんじゃねえだろ?」
その言葉で、昨晩の記憶がフラッシュバックする。
何故俺はあんな不可解な行動を取ったのか。俺の願いは生き延びることのはずなのに、何故身も知らぬ男を逃がそうとして、命をかけたのか。
また胸が、チクリと痛んだ。
この痛みは、昨晩の俺の行動は、一体なんだったのか。
思考の渦にはまっていく俺を遮るように、クラインが言った。
「ま、こんな訳のわかんねえ世界だけどよ、せいぜい助け合っていこうや。じゃあな、生き残れよ!」
その言葉を最後に、彼らは手を振りながら部屋から出て行った。
生き残れ。この世界では二度目の、非現実的で、しかし重みのあるフレーズを残して。
*
彼らが去っていったあと、すぐに朝食であるパンとスープが運ばれてきた。
先程の考えを頭の片隅に追いやり、次の目標を決めることにする。
硬いパンを頬張りながら、アルゴのしおりを開き、スキルの一覧を見る。
やはりどこにも《無装流》の情報は載っていない。本人に会って聞いてみるのがよさそうだが、彼女がどこにいるかも分からない。
やみくもに歩きまわるのも効率が悪い。ならば次に向かう場所を決めよう。
ホルンカよりさらに迷宮区へ近い街、『アルキオ』。
俺は次の目的地をそこに定めた。
そうなると、まずは新しい武器を買うのが最優先だ。
『ナイト•ウルフ』との戦闘で手持ちの武器を失ってしまっているので、早急に新たな武器が欲しかった。
《無装流》もあるが、それを使い続けるのは、何か良くない気がする。
ただの勘だが、意外と頼りになったりするものだ。
防具も、なるべく防御力が高いものにしておきたい。幸い、度重なる戦いのおかげでコルはかなりある。
多少レベルの高いものを揃えたところで特に痛手にはならないだろう。
計画を軽く決め、部屋を出ようとしたところでふと気づく。
この宿の代金は、誰が支払ったのだろう。
この世界の宿のシステムは、前金+滞在期間に応じた代金がいる。
風林火山の誰かが払ってくれているのかと思ったが、さっきは何も言っていなかった。
最悪自分で払うことになっても一泊程度なら対して値は張らないだろうし、別に気にしないが。
なんて考えていると、ドアがノックされた。
「起きてるー?」女の声がした。
「誰だ。」俺はドアの向こう側に問いかける。
「昨日助けてもらった者でーす!ほら、ちゃんと挨拶しなって…」
「ああ、分かったよ。…開けて、いいかい?昨日のお礼をさせて欲しいんだ。」
聞こえたのは、昨日助けた男の声だった。お礼をしたい、と言うのなら、別に止める必要はない。
「ああ。」
ドアが開くやいなや、女が男の頭を掴み、そのまま下げさせた。そして自分も頭を下げる。
「うちのバカが、本っ当にご迷惑をおかけしましたー!」
「ぐあっ、ちょ、ユナぁ!」
「……何、してんだ。」
「ほら見ろ、呆れ返ってるじゃないか!普通に挨拶をさせてくれ!」
「普通にって言ったって、エイ…ノーチラスが尻込みしてたからでしょーが!だから私がこうやって出張ってるんでしょ!」
立ち尽くす俺に向け、ユナと呼ばれた女が言った。
「あ、自己紹介がまだだった!私はユナ。このバカノーチラスの幼馴染だよ。」
前髪を三つ編みにして垂らしているショートヘアの女がそう名乗る。
「バカは余計だ!─さっき紹介されちゃったけど、僕がノーチラスだ。昨晩は本当に助かったよ。ありがとう。」
前髪を3つに分けた精悍な顔つきの青年が、そう名乗った。
歳は2人とも、俺と同じくらいだろうか。
「レベル上げのついでだ。別に助けたつもりはない。」
「それでも、助けられたのは事実だ。ここの宿代は僕が払うよ。ある程度なら滞在してくれてても構わない。他に何か、君を助けられることはないかな。恩返しをさせてくれ。」
「言ったろ。助けたつもりはないんだ。宿代はありがたくもらうが、別に見返りを用意する必要はない。」
「なんか感じ悪いなぁ。折角人が助けてあげるって言ってるのに。」
「俺は馴れ合いをする気はないからな。誰にも貸し借りなんて作らない。」
「じゃあ尚更、何か僕にさせてくれ。命を救ってもらったんだ。宿代程度じゃとても返しきれないさ。」
ノーチラスの方は、妙に頑固な所があるようで、しつこく食い下がってくる。
頼みたいことなんて今の俺には─いや、一つあった。
「分かったよ。じゃあこれで貸し借りなしだ。」
「何だい?」
「アルゴって女を探して欲しい。」
「情報屋のことか。分かった。まかせてくれ。連絡方法はどうしようか。」
「フレンド機能を使えばいいんじゃない?」
聞き慣れない言葉が出てきたので、ついオウム返しをしてしまった。
「フレンド機能?」
「うん。プレイヤー同士で連絡を取り合えるようになる機能。その感じだと、どーせいないんでしょ。フレンド」
「必要がないだけだ。」
「まーたそんなこと言ってー。」
「ユナ、よしなよ。でも、いい案だ。操作の方法は分かるかい?」
「分からん。教えてくれ。」
「分かった。まずはメインメニューを開いて、そこの『フレンド』ってとこを押してくれ。」
メインメニューを開くと、確かに『フレンド』と書かれたボタンがあった。
そこを押すと、『申請』『受理』『一覧』の3つの項目がある。
「『申請』で僕の名前を検索してくれ。後はそのまま申請してくれればいいよ。」
ノーチラスの言葉に従い操作し、申請を完了させた。
「これでOKだ。ありがとう、テル。きちんと探しておくよ。」
「ああ。」
「次会う時は、もっと愛想よくねー!」
「ユナ。─全く。それじゃあ、またどこかで。」
そう言って、嵐のような2人は去って行った。
*
ようやく宿から出た俺は、武器屋を向かった。
NPCの店主に話しかけると、購入か加工か、と聞かれる。
「加工?」
「おうよ。いい素材があれば、腕によりをかけて武器をつくってやるさ。なんなら、鑑定もしてやろうか?」
なるほど。腕によりをかける、というのなら既製品。よりいいものを得られるかもしれない。
「頼む。」
「よっしゃ。できそうな素材は…これだな。」
そう言うと、いくつかの素材がリストアップされ、それを使ってできる武器が開示される。
多くのものが、『ブロンズナイフ』に毛が生えた程度のものだったが、一つずば抜けて強いものがあった。
『ウルフ•ザ•ナイマリッシュ』の牙を用いた短剣の、『ナイトメア•ハウル』。
真っ白な三日月型の刃が特徴的だ。しかしそれ以上に、周りの武器の3倍は高い攻撃力に目を惹かれた。
俺は迷わずこれを選ぶ。
「あいよぉ!」
店主はそう威勢よく答えると牙を金床にのせ、ハンマーを振るった。
「よし、できたぜ。渾身の一品だ。」
武器を受け取り、代金を払う。強さの分コルの消費も大きいが、許容範囲だ。
腰にナイフを差し、俺は無言で立ち去った。
愛想のねえ奴だと、店主に見つめられている気がしたが気のせいだろう。