今日は週に一度の外出日。いつもはふらふらっとその辺を散歩するのだが今日は違う。なんといっても今日は私の弟子ウララちゃんが模擬レースをする勝負の日だ。
久しぶりのトレセン学園はどんな感じなんだろう。卒業してから数えるくらいしか行ってない。中央病院からトレセン学園まではそれなりに距離があるとはいえ、行こうと思えば行ける距離。こうしてみると、案外きっかけがないと行かないものなのかもしれないね。
身支度をしながらそんなことを考える。時計をみると午前9時を指していた。そろそろお迎えの時間かな。
「つららちゃん!おっはよー!」
今日の付き添いはウララちゃんにお願いした。目的地が一緒だからね。
「それじゃあ行こっか」
私がそう言うと、ウララちゃんは尻尾をブンブンしながら嬉しい気持ちを体全体で表現していた。そんな姿をみるとなんだか私も嬉しくなる。
「今日はつららちゃんが見に来ているから、頑張って一着取りたいなー!」
勝てたらいいねと思う。そんなやる気に満ちたウララちゃんを横目に私たちはトレセン学園へと向かった。
トレセン学園までは電車で10分。最寄り駅に着いてそこから1分でトレセン学園が見える。とはいっても、敷地面積がかなり広く正門までは距離があるため実際にはそれなりに歩く。
駅から学園までの道は喫茶店などが立ち並び、多くの生徒はこの辺りで休日を過ごす。今日は土曜日なのでこの辺りを歩いているだけで、トレセン学園の制服を着た子たちとたくさんすれ違う。
「つららちゃん大丈夫?」
「ううん。平気へっちゃらだよ」
ゆっくりと歩く私のペースに合わせてくれたウララちゃんに感謝して、ようやくトレセン学園につくことができた。ウララちゃんと一緒に正門を潜ろうとしたそのとき、横から緑色の服を着たお姉さんに声をかけられた。
「ウララさんおはようございます。そちらの方は?」
卒業してからも何回か来ていたとはいえ、数年ぶりに対面したらわからなくても仕方ない。
「10年以上前にここを卒業したユキツララです。今日はウララちゃんの模擬レースを見にここまでやってきました」
じっと私の顔を見ると何かを思い出したかのようにハッとした。頭の上にピコン!というような吹き出しが出ていそうなそんな顔。
「これは失礼な真似をしてしまいました。ツララさんですねお久しぶりです!」
失礼な真似と言われたが、よくよく考えてみればたづなさんって私がトレセン学園に通っていた頃から事務の仕事をしていたよね。その間ここに通っていた生徒の数は一万を超えていてもおかしくないのに、私のことを思い出してくれた。なんだかうるっときちゃう。歳なのかな……。
「今日はウララさんのレースを見に来たのですね。それでは入校許可証の手続きを行うので私に付いてきてください」
久しぶりで忘れていたけどそんなものあったね。確かに私のことを知らない人に不審者扱いされても文句はいえないものね。
たづなさんに付いていくと事務室に通された。ウララちゃんはレースの準備をしてくると言っていたので少しの間お別れ。たづなさんは書類を取ってくるみたいなので、私はぼーっとしながら待つことにした。
「何気にここに来るのは初めてかな?そんなことはないか……笑」
学校に通っていた頃は事務室なんてほとんど行かなかった。こういう場所はOBが行くところというイメージが強かったから自然と避けていたのかもしれない。元々用がないと寄らない部屋ではあるけどね。
それにしても書類を取ってくるだけなのに案外時間がかかるんだねと思ったそのとき、扉が勢いよく開かれた。
「トレセン学園に来るのは久しぶりだなツララよ!さっきたづなからここにいるって聞いて急いで駆けつけてきたぞ」
書類を取ってきたたづなさんと一緒に理事長もやってきた。ここから察するに、時間がかかっていたのは間違いなく理事長のせいなんだろう。だって理事長だもん。
「それで何ですか理事長。用がないなら帰ってください」
「謝罪!確かにあれは私が悪かった」
「理事長はまた何かやらかしたのですか?」
理事長信頼されていない。やっぱり理事長は理事長だ。
「病院から無断で私を連れ出して、そこから3日間別荘に拉致されたんですよ」
あの後看護師さんにこっぴどく怒られて、そのうえ2ヶ月の外出禁止。確かに理事長とのお出かけは楽しかったけどそれとこれとは話が別。きっちりとお灸をすえないと。
「だが、お詫びになんでも券を譲渡したではないか。これで私を好きにしろと言ったぞ」
「対象が理事長だけなのが問題なんですよ。ほらこのポーチに今まで貰ってきたなんでも券がありますね」
そう言うと計9枚のなんでも券をポーチから取り出した。理事長は私のことが大好きなのか定期的にこういったものをプレゼントしてくる。誰かに好かれるのは例外なく嬉しいけど、何事も限度がある。とはいえ理事長は昔からこんな感じだから今更ではあるけどね。
「理事長〜?9回もツララさんに迷惑を掛けてきたのですか?」
「……申し訳ない」
「まあ今回は反省しているみたいだし許します。ですが、次おんなじことしたら本気で縁を切りますからね」
何度目だろうこの言葉。なんかもう理事長だから仕方ないよねで済ませている自分がいる。
「恩に着る!ツララよ!」
どこから出してきたのかわからないけど、右手から感謝という文字が描かれた扇子を広げた。
「二人とも話に花を咲かせるのはいいのですが、そろそろウララさんのレースが始まってしまいますよ」
「そうだな。早く移動しないとな!」
話に花なんて咲かせてないと突っ込みたかったけどぐっとこらえる。それはさておき、理事長もウララちゃんのレースを見に行くみたい。書類を書き終えた私は二人と一緒にグラウンドへと向かった。
――――――――
模擬レースの会場はそこそこの人が集まっていた。人が多いので席を確保するのが難しいと思っていたら、前の方にいた子たちが私たちの姿をみるや手招きして呼び寄せた。
「理事長にたづなさん!こっちですよ!えっとそちらの方も一緒ですか?」
私に聞いてきたのでそうだよと同意する。
「じゃあ一緒にウララちゃんの応援ですね!」
他の子も私のことを受け入れた。こっそりたづなさんに聞いたところ、彼女たち三人はいつも最前列でウララちゃんのことを応援しているみたい。
そんな三人がどういう子なのか気になったので観察してみる。最初に質問してきた女の子はお腹が少し出ていて、やや太り気味。二人目はその隣でぼっーとしながらちょびっと太っている子を弄っている。三人目はいかにもお嬢様って感じの女の子。とりあえずなにか聞いてみよう。
「三人はウララちゃんのお友達?」
「はい!ウララちゃんは一番最初にできた大切なお友達です!」
「ウララは友達だよ〜」
「ええ!ウララさんは友人であり、ルームメイトよ。それであなたはどちら様かしら?たづなさんや理事長と一緒にいたものだから気になって」
こちらから質問したのでそのお返しに質問された。当然と言えば当然だ。
「私はここの卒業生。今日はウララちゃんの模擬レースを見に学園へ足を運んだの」
「ちなみにツララは有馬記念を勝ったことがあるぞ!」
理事長余計なことを言わなくていいの。そこまでは聞かれてないでしょ。
「「へ?ツララってあのユキツララさんですか!?」」
ツララという単語を聞いた直後、ぼっーとしていた子とお嬢様の二人が目を見開いて私に飛びついた。
「あの~ツララさんって誰?」
「スペちゃんは知らないか〜。この方はつららブームを引き起こしたウマ娘界のレジェンドだよ」
(帽子を深く被っていたから気付くのに時間がかかった……)
「ええ!当時の人気は凄かったって聞いたわ」
(この前の動画でしか見たことがなかったからまさか本人だとは思わなかったわ……)
「改めて私はユキツララです!それで三人の名前を聞いてもいいかな?」
そう言うと三人は自己紹介をした。太り気味な子がスペちゃん。ぼっーとしている子がスカイちゃん。お嬢様がキングちゃんだね。三人とも出るレースがほぼ一緒でライバルのような関係。ウララちゃんは三人の友達でいつも仲良くしているらしい。
「それであなたがキングちゃんね!ウララちゃんから聞いたよ。いつもお世話してくれるって」
「いえいえ、そんなことないですよ。私の方こそウララさんにお世話になっています」
まさか褒められるとは思っていなかったのか、どこか歯切れの悪い返しになってしまった。
「こういうときは謙遜しなくていいの。胸を張ってドヤ顔するくらいの気持ちでね?大人のお姉さんからのアドバイスよ」
心なしか苦笑いされた気がするけど気にしない。
「ところで今日のレースはウララちゃん勝てそう?」
そう聞くと三人に加えてたづなさんと理事長も難しい顔をした。
「ウララさんはまだ一回も勝てていないのよね。レースのある日は私たちも応援しているけど、それでも勝負の世界は厳しいわ」
「こればかりはウララの問題だからね~」
スペちゃんもそれに同意するとしょんぼりした。たづなさんと理事長は明言こそしないものの表情が物語っている。
そんなとき空気を読んだのか、神様のいたずらかはわからないけど、重たい雰囲気を吹き飛ばすかのようにウララちゃんが現れた。
「みんな来てくれたの!いつもありがとうね!よーし今日はつららちゃんも見に来てくれているから一着取れたらいいな~!」
「ウララちゃん……そうだね!今日こそ一着目指してけっぱるぞ!お~!」
「スペちゃんさ頑張るのはウララなんだから」
「えへへ。なんだか照れちゃいますね。だから応援しましょう!ね?キングちゃん!」
「なにかはぐらかしてないかしら?まあそれはさておきウララさんならきっとやってくれるわ」
ウララちゃんが現れて、少し会話を交わしただけで三人の表情は柔らかなものとなった。
学生とはいえウマ娘の本質はアスリートとなんら変わらない。トレセン学園というバチバチにやり合うような環境でスペちゃんにスカイちゃん、キングちゃんという信頼のおける友達がいる。なんだか羨ましいな。
「それじゃあ行ってくるね!」
そう言いコースへと駆けていくウララちゃんはとても可愛らしいものだった。
―――――――
その夜寮にて
「今日はつららちゃんが来ていたから、勝てるって思ったんだけどな〜」
レースが終わり休む間もなくツララさんを病院まで送り届けた。そのせいか少しだらーんとしてるウララさん。普段ならだらしないと注意するところだけど、今日くらいは大目に見よう。
「でも初めて一人抜くことができたじゃない。頑張れば良い走りができるってことを証明できたのだから今日はそれでいいんじゃない?」
「うーん。でもやっぱりつららちゃんに一着を見せたかったな」
ダート1200m8人立ての模擬レース。ウララさんは初めて最下位を脱出した。これは私目線の感想になるけど、スタートから位置取りが悪く思うような走りができていなかった。開始から厳しい展開が続きそのまま迎えた最後の直線。今日のレースも厳しい結果に終わってしまうと思ったそのとき、そこで魅せた末脚に正直驚いた。まだそんな力が残っていたのと。いつもならスタミナが切れてズルズルと後方に下がっていくけど、今日は違った。
まるで今日だけは絶対に勝ちを逃したくないと言うような粘りの強さ。結果負けてしまったけど、可能性を感じる末脚だった。
「ならもっと努力するしかないわね。そしたらツララさんに胸を張れる日がきっとくるから」
「うん、そうする!わたしのことを応援してくれる人のためにも、もっともっと頑張らないとだね」
ウララさんの前向きなところ見習いたいものね。たまに突っ走りすぎるけど。
「そういえばキングちゃんはつららちゃんとお話した?この前情報引き出す〜って言ってたからどうなのかなって?」
「……完全に忘れていたわ。ウララさんの知り合いとはいえ、今後会える機会がないかもしれないから勿体ないことしてしまったわね」
「それなら明日一緒に病院へ行こうよ!若い女の子が少なくて寂しいって言ってたからつららちゃんきっと喜ぶよ!」
若い女の子ってそれ大丈夫なのかしら。
「明日ねわかったわ。もう夜も遅いし寝るわよ」
「うん!おやすみ!」
そこは私のベッドなんだけどまあいいわ。なんだかんだ暖かいからね。
―――――――
中央病院に行くのは久しぶり。なんせ一流のウマ娘を目指すものとして怪我や病気をしないのは当たり前。体調管理もできないようでは必ずどこかでボロが出る。そのため常日頃から健康には気を遣っている。とここまで偉そうなことを言ったが実際のところ、軽めの怪我ならトレセン学園で治療するだけの話。わざわざここに来る必要は殆ど無い。それが中央病院に行かない理由である。
「それで部屋はどこかしら?」
「202号室だよ」
過去に何回か中央病院に来たことがある。そのときは予防接種だったので受付から程なくした距離の部屋に通された。でも今回は明らかに離れも離れ。まるで隔離病棟と言わんばかりの部屋割り。
「本当にこっちであっているの?」
「キングちゃん病院ではしっーだよ」
いつも騒がしいウララさんに言われるとムッとする。それはさておき本当にこっちでいいのかしら。確かここは重い病気の人が入院するエリアな気がする。ぱっと見ツララさんは元気そうだったけど。
「着いたよ!ここが202号室。わたしも最初は迷ったからキングちゃんもきっと大丈夫!」
ウララさんの大丈夫はあてにならないけど、多分大丈夫なんでしょうね。……根拠がないけど。
「じゃあ開けるねせーの!」
ドアを開けるとまるで私たちのことを待っていたかのような表情でツララさんが出迎えた。
「いらっしゃい二人共。今お茶出すからね~」
「その、私もここに来てよかったんですか?」
「大歓迎だよ!キングちゃん〜ささ座って座って!」
思っていたよりあっさり受け入れられて驚く。疑問に思うのは私だけ?ウララさんもそうだしツララさんもそう。色々と距離感がおかしい。ほぼ初対面の人に物怖じしないのかしら。
「あらその顔は私のことを疑いの目で見ているな!信頼するには証拠が足りないって?ならウララくん、例の物を持ってきたまえ」
「はいはい!こちらはつららちゃん特製焼き菓子だよ!これを食べたら絶対にイチコロだよ!」
何か即興劇をやり始めたのだけどどうすればいいのよ。私も乗ったほうが良いの?まあこの二人だしとりあえず乗っかってみようかな。
「あら~上品な味わいで口に入れた瞬間フワッととける。フフッこれでツララさんを認めるしかなさそうね!」
私にかかればこんなものかしら。さしずめ80点といったところかな。
「これにて一件落着めでたしめでたし」
ツララさんってよくわからない人。大事な頭のネジが数本抜けてるような気がする。でもまあウララさんが信用しているのなら大丈夫なのかな。
騒がしい即興劇も一段落ついて、まるでこれが本命とも言えるような話をツララさんが切り込んだ。
「それでさ話は変わるけど、昨日の模擬レースを見てウララちゃんの弱点がはっきりわかったよ。二人共何だと思う?」
昨日ウララさんがあれだけ勝ちたいって言っていたのは、ツララさんが見に来ていたからなのよね。多分二人の間でなにかやりとりがあったのだろう。
「うーんと何だろう。いつも負けてばかりだからわかんないや」
その当事者であるウララさんは首をかしげていた。
「それでキングちゃんは〜わかっている顔してるわね」
ウララさんじゃなくて私がわかってどうするのよって思うけど、意外と観客目線じゃないと気がつかないものなのかもしれない。まあウララさんのことだから言われればちゃんと理解すると思うけど。
「じゃあ正解を発表するわね」
「正解はスタミナよ」