優しい竜と幼い賢狼   作:羽付きのリンクス

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(上)

ここは、なんの変哲もないとある村。

村の出入り口となる門前にて、警備にあたる男がいた。

 

―――村は今、重苦しい緊張感に包まれている。原因は五日ほど前に村に出没した小鬼……ゴブリンである。

 

ゴブリンとは、魔物の中でも最も低級の部類に属する。その戦闘力は非常に低く、単体であればそこらの野犬のほうが遥かに厄介である。

だがゴブリンはある程度の思考能力を持ち、何よりも群れる。

夜に紛れ、奇襲し、略奪する。

その手口の狡猾さは、奴らが間違うことなき魔物であることの証明である。

事実として、奴らが村に出るようになってから毎日作物や家畜が被害を受け続けている。村の男たちが交代制で絶え間なく警戒しているが、絶対的な人手が足りず被害が減る気配はない。

それどころか、この村に驚異が少ないと判断されれば総出で村を襲いに来るだろう。そうなれば村は滅ぶ。

 

既に村長がギルドに依頼を出したそうだ。すぐにでも冒険者が来てくれるだろうが、だからといって安心できる筈がない。

冒険者が来る前にゴブリンの総攻撃が始まったら?冒険者がゴブリンを撃退出来なかったら?不安の種は尽きない。

村は誰も彼も落ち着きがないようだし、その雰囲気に当てられて門番の男も言い様のない焦燥感に襲われていた。

……が、かくして救いの手は有ったようだ。

 

村の正面の道を、こちらに歩いてくる人影があった。人影の数はふたつ。

ギルドから派遣された冒険者だろう、そうでなくては困る。男は思わず息を吐いた。

しかし、近づいて来るにつれ違和感を覚えた。

 

「………子ども?」

 

思わず口に出してしまった。見たところ、どちらも女性のようだ。女性の冒険者自体はそう珍しいものではないが、どうにも若すぎる。

 

ひとりは跳ねた銀髪を雑に短く切った少女……というより、女の子だ。背丈と顔つきから見て、やっと十つを越えて幾つかという辺りだろう。

軽装な革防具に身を包んではいるが武器らしき物は見当たらない、ナイフでも仕込んでいるのだろうか。

 

もうひとりは、腰まである薄水色のストレートヘアで顔の右半分を隠し、丈の長いワンピースと長手袋。更にはブーツで肌の露出を極限まで抑えた女性。顔つきから十五歳ほどであることがうかがえる。が、背丈はやけに大きい。成人男性の自分と同じくらいはあるのではないか。隣の女の子と対比するとその大きさが余計に際立つ。

 

肌は病的なまでに白く、やはり冒険者という風体には似つかわしくない。ワンピースというおおよそ戦闘向きでない服装と相まって、深窓の令嬢と言われた方が相応しいだろう。

いや、よく見ると前髪に隠された顔の右半分には更に、顔を覆うように包帯がグルグルと巻かれている。そこまでしてでも自分の顔を見せたくない、という意思を感じる。

ともかく、あれでは深窓の令嬢どころか病人だ。この日差しの中を歩き続けるだけで倒れてもおかしくない。

 

「こんにちは!お兄さん、この村の門番さんかな?」

 

怪訝に思っているうちに、その二人は目の前まで来ていたようだ。小さい方の女の子に声を掛けられる。見るからに快活、元気いっぱいといった感じの子だ。ニコニコと人当たりのいい笑顔を浮かべている。

 

「あ、あぁ……その、こんな辺鄙な村に何か用かな?」

「あっ……すいません。クエストにあった、ゴブリンの被害の調査です……」

 

大きい方の少女が、おずおずといった所作で依頼書を差し出してきた。

 

「えっ、君たちが!?」

 

男は思わず声をあげてしまった。是非もない、まさか本当に冒険者だったとは。

 

「ひっ!すいませんそうですごめんなさい!」

 

大きい方の少女が驚いたようで訳もなく謝る。体格に見合わず随分と小心者のようだ。ますます冒険者らしくない振る舞いに、男は困惑してしまう。

 

「ああごめん、驚かせるつもりはなかったんだ。……えっと、失礼だけど認識票を見せて貰っても?」

 

そう言われ、二人は冒険者の証である認識票を取り出す。大きい方の娘は慌てたせいか、服に引っ掛けていたが。

 

「はいこれ!これで信用してくれる?」

 

小さい方の元気よい声とともに出された2つの認識票は―――揃って、銅色に輝いている。

 

「銅級冒険者!?こんな小さな娘が……」

 

冒険者は実力に応じて全十階級で区別され、銅級とは第七階級。冒険者の中でも中堅クラスとされる経験者に分類される。

そこまで昇級するまでに引退を余儀なくされる、或いは一生を終える冒険者は多い。

 

理屈は分からないが、認識票は本人の血を染み込ませて偽装出来ないようになっているらしい。ギルドの印鑑が押された依頼書も持参している。

なら、二人は間違いなくクエストを請けて来た銅級冒険者なのだろう。そう男は判断した。

 

「ありがとう確認したよ。……すまない、疑ってしまって」

「いいよ、いつも言われるもん」

「それで、早速ですが村長さんとお話しを……どこに行けば会えるでしょうか?」

 

男が納得できるかは別として、確かに救いとなる冒険者は来た。ならば後はなるようになるだろう。

 

「それなら案内するよ。こっちだ」

 

男は少しだけ安心すると同時に、村の命運をこんな小さな少女たちに頼らざるを得ないことに気がついて、自嘲気味にふっと笑った。

 

 

「おお、ようこそおいで下さいました。私が村長のジラです。ささ、こちらへお座りください。」

 

そう言って、二人を出迎えた老人は席を勧めた。

 

「ありがとうございます、イリーナです。こちらは友だ……んん、パートナーのテトラといいます。」

大きい少女―――イリーナが自己紹介をする。

 

「よろしくね!」

 

小さい方、テトラも笑顔で挨拶する。

 

「……それで、クエストによれば村内にゴブリンを確認したと。詳細を訊いてもいいですか?」

「はい。数日前村の家畜が襲われましてな。それからは毎日、立て続けに。」

「それは……村人に被害は?」

「幸いなことにまだありません。しかしそれも時間の問題でしょう。村の者の予想では、今日明日にでも総出で襲撃に来ると。」

「なるほど……」

「じゃあ、ギリギリセーフって感じだね。間に合ってよかったよ」

 

イリーナは静かに相槌を打つ。テトラも真剣な顔をしている。

 

「ええ。そこで冒険者の方々に、この村の防衛とゴブリンの駆除を依頼したわけです。どうか、お願いいたします。」

 

村長は頭を下げる。その姿は、村を守ろうとする強い意志を感じさせた。

 

「……分かりました、任せてください!」

「うん!安心して、ボクたちが皆守ってあげる!」

 

二人は力強く頷いた。どうやら正義感の強い娘たちのようだ、気合いが入っていることがその表情からわかる。

 

「おお、ありがたい。宿を手配しております故、滞在はそこで。……して、ひとつ質問があるのですが」

 

村長は気まずそうにごほん、と咳払いしてから続ける。

 

「その、いつも旅はお二人だけなのですかな?認識票は見せて貰いましたがその……こうもお若い二人だけとは。」

 

村長は、不安そうな表情を浮かべていた。確かに二人は、齢二十どころかテトラに至っては十を過ぎて少しという見た目であり、事実としてそうだった。

 

「あー……。どうしようリーナ、これ言っといたほうが良いかな?」

「………う、ん。さっき村を歩いた感じ"そういう"雰囲気はなかったから。」

 

だね、と言ってテトラは全身にギュっと力を入れる。イリーナもゆっくりと長手袋に手をかける。

 

「その……。驚かないでいただけると、助かります……」

 

イリーナが俯き、消え入りそうな声で言いながら長手袋を外す。

村長が訝しげな顔をするが次の瞬間―――

 

カレンからは、ぶわっと狼を思わせる耳と尻尾が生え。

イリーナの手からは、ひと目で硬質だとわかる”鱗”が見えた。

 

「ボクたち、魔人なんだ。だから普通の人よりずっと強いの!」

 

テトラはそう言いながら笑う、それは満面の笑顔に見えたが。

 

「……ああ、成程。これは大変失礼しました。………ここには、魔人に偏見を抱く者はおりません。どうかおくつろぎください。」

 

村長は、二人のこれまでの経緯を察してしまったのだろう。ひどく悲しそうな顔で、しかしそれでも優しく微笑みかけた。

 

 

―――夜。

 

二人は、村長が手配してくれた宿で一息つく。

ゴブリンは夜中活発に動くため、ここで待機し村を警備する。

村全体の警戒は村民で行い、ゴブリンが出れば2人が中央から討って出る、そういう作戦だ。

 

「……あの村長さんすっごいいい人だったね。それにねリーナ、さっき宿屋のおばちゃんに、小さいのに偉いねってお菓子貰っちゃった。」

「良かったねテトちゃん。私も顔の包帯見られたときは驚かれたけど、気味悪がる人はいなかったな……」

 

テトラとイリーナはお互いをテトちゃん、リーナと呼ぶ。初めて出会ったときからの呼び名だ。

 

「驚くといえばみんな、ボクたちが銅級だって言うとビックリするよね。そんなに珍しいのかな?」

「銅級が、というより私たちがそう見えないだけじゃない?テトちゃん小さいから」

「むー!背丈のことバカにした!?リーナだって、そんな格好だから体弱いのかって心配されてたじゃん!」

「あ、あはは……却って気遣われちゃったよね……」

 

二人は銅級冒険者だが、今までクエストは人のいない森や洞窟の奥深くだけのものを行ってきた。人里内で行うクエストは、今日が初めてだった。

そのわけは、主にイリーナの精神状況によるものだ。彼女はある理由から、不特定多数の人に自分の鱗を見られることに強い忌避感がある。極端に露出を抑えた服装なのもそれが故だ。

 

テトラが、どかっとベッドに腰掛ける。

 

「……でも、ボクたちのこと怖がったり嫌ったりする所じゃなくて良かったよ。尻尾撫でられたのはくすぐったかったけど。」

「ふふ、みんな優しい村だよね、あの村と違って―――」

 

イリーナは笑うが、すぐにハッとしてその表情に影がさす。比べてしまったのだ、自分の生まれ故郷と。

 

魔王が勇者に討伐され、六百年と少し。

今の時代、人と魔族の混血は魔人と呼ばれ、そう珍しくはないものになっており、大きめの都市を歩けば必ず見かける程にはありふれている。

人類と魔族の確執は、長い時間をかけてほぼ取り除かれたと言えるだろう。

 

―――ごく一部の閉鎖的な村を覗けば、だが。

 

イリーナは無意識のうちに顔の包帯を撫でる。その下には竜の顔と、それを化物の肌と呼ばれ、鱗にノミを突き立てられたときの傷跡が残っている。

それを見たテトラは、窓から外の景色へ視線を向けながら語りだす。

 

「……リーナ。あの村ってさ、今も変わってないのかな」

「今もああやって、自分たち以外のなにもかも差別して」

 

テトラの目ははるか遠くを見つめている。その視線の先には、夜闇だけが広がっていた。

 

「やっぱりあいつらのこと、いつか―――」

「テトちゃん。」

 

イリーナが嗜めるように、テトラの名前を呼ぶ。

 

「前にも言ったけど、そんなことしちゃ駄目だよ。”それ”をしたら、私たち本物の化物になっちゃう。」

 

いつものおどおどした様子とはかけ離れた、はっきりとした口調。諌められたテトラは、困ったように笑う。

 

「……やっぱり、イリーナは優しいね。羨ましいや」

 

テトラは、パンッと自分の両頬を叩くとイリーナに向き直る。

 

「ごめん、忘れて!ここの人たちほんとに優しいからさ。あいつらと比べて、ついネガティブ入っちゃった。」

 

そう言ってテトラは笑う。その笑顔はいつも通り明るく、先程の陰鬱な雰囲気など微塵も感じさせないものだった。

 

「リーナ、ここの人たち絶対守ってあげよう?来たばっかりだけどここの人たち好きになった!」

「テトちゃん……うんっ。」

 

―――その時だった。

村に大きな笛の音が鳴り響く。ゴブリンが村に出た合図だ。




普段は天真爛漫活発な娘が実は闇深なのっていいよね
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