エスパータイプは“ヒト”にはいらねぇっ! 作:初心者マーク付き社会人
ジム内部に併設された個人用オフィスルーム。ポケモンジムはバトルだけでなく、イベントの運営やポケモンリーグからの依頼など、様々な業務を行っている。ここは共用のオフィススペースの横にある、ジムリーダー専用のオフィスルーム。ブラインドによって外から仕切られた部屋の内部では、モニターにバトルの様子が映し出されていた。エルレイドとメタングの一騎打ち。力と力のぶつかり合いに見せかけた、駆け引きの入り乱れた頭脳戦。そして最後の最後、一枚上手をいったメタングがフィニッシュを決め、勝敗が決した。
バトルを最後まで見届けたナツメはモニターから視線を切り、とある番号に連絡をした。幸いにも、相手は数コールで出てくれた。
『もしもし』
「ナツメよ。今よかったかしら?」
『あぁ、ナツメさん。今なら時間があるので大丈夫ですよ』
「ありがとう。
電話口に出たのは年若い青年の声。
ホウエン地方ポケモンリーグチャンピオン、ダイゴ。
ホウエン地方最強のトレーナーこそが、ナツメが連絡をした相手だ。
「あの子の超能力の特訓がひと段落ついたから、一応連絡をしておこうと思ってね」
「助かるよ。
今回のアインの超能力の指導、それにはダイゴが大きく関わっていた。
アインの行き先がカントー地方になった時点で、ダイゴは内密にこの計画を立てていた。ニビシティの展覧会に参加という表向きの理由と、ラティアス出現の周知というチャンピオンとしての理由の二つを用意して、密かにナツメにアインの指導の依頼を行っていた。
「チャンピオン直々のお願いだもの、断る理由はないわ。それに、こんなものを見せられたら、尚のことね……」
自分のデスクの引き出しに厳重にしまい込んだファイルを取り出しながら、ナツメは一瞬口ごもる。そのファイルは、ダイゴが依頼をした際にナツメに渡した資料だった。
『超能力者の人工的生成に関するレポート』
それは人間の言葉で綴られただけの、
彼らは超能力者を人工的に作り出すため、受精卵から培養した試験管ベビーを用いて度重なる人体実験を行っていた。その実験の負荷は到底子供が耐えられるものではなかったが、彼らは素体は使い物にならなくなっても
そして素体に付けられた名前からも、それがよくわかる。アイン、ツヴァイ、ドライ、フィーア……大昔の言葉ではあるが、その意味はただの数字でしかない。彼らは素体となった子供たちに、ただ生まれた順番以外の意味を与えなかった。
そして、そう。――
その名前は最初に作られた素体の名前であり、最後まで実験を生き残った最優秀個体のもの。そしてそこに添付されている顔写真は、痩せこけて生気のない瞳をしているが、その顔立ちは間違いなく今モニターに映っている幼女のものだった。
『……これはホウエン地方で起こった事件。本来なら僕らで保護と能力の指導までするのが筋なんだけどね』
「それについてはしょうがないわ。もうカントー地方まで来ているんだもの」
警察が研究施設の居場所を突き止め、ポケモンリーグと合同で踏み込んだ時には既にもぬけの殻。事前に何者かの襲撃を受けたような内部の有様に捜査は難航したが、レポートの復元と同時に生き残った子供がいると発覚し、見つけ次第保護するよう各地に内密に通達をした。
その後すぐにとあるジムトレーナーから情報が上がってきたが、その時彼女は既にジョウト地方へと向かってしまっていた。
「それに、何かあれば掲示板の人たちが動いてくれるから大丈夫よ」
『……最初に聞いた時はまさかと思ったけど、本当に掲示板を利用しているから驚いたよ』
「自衛の意味もあるんでしょうね。誰かの目に触れていれば、何かあっても助けを呼んでくれるから」
アインは掲示板を利用した理由、それは単に人目を確保することにあった。家出と本人は言っているが、実際は研究施設が襲撃された際に隙を見て脱出したというのが真実だ。そして掲示板を利用したのは、人目を確保することで追手が現れた際にすぐに助けを呼べる状況を作るため。追手に位置を知らせる危険性はあったが、掲示板利用者は
そのため、自分の娯楽のために娯楽提供者を守るという利己的な思いはあるものの、掲示板利用者は何かあればすぐに助けを呼んでくれる。つまり娯楽を提供できれば人目を確保できるのだと、彼女は考えたのだ。
『彼女は保護すべきだ、という意見がこちらでもない訳じゃないけどね。でも、直接会った彼女はとても活き活きとしていたよ。やっぱり自由に旅をさせてあげる方が、彼女のためになるのかな』
「そうでしょうね。ずっと施設に押し込められていたんだもの。あの子はきっと、自由であることの方が嬉しいはずよ」
モニターに目をやれば、ジムトレーナーたちに囲まれながら笑っているアインの姿がある。だからこそ、今の生活の方がよほど彼女に合っているとナツメは密かに確信していた。
「超能力の扱い方を知った以上、後はもうあの子が自分で何とかしていくでしょう。これ以上私たちが肩入れするのは、不平等になってしまうわ」
『そうだね。ナツメさんはジムリーダーだ。過度な介入は他のトレーナーから不興を買いかねないし、彼女にも不要な
「えぇ。その通りよ」
『でも、これだけは言わせてほしい。……ありがとう。貴方のおかげで、ホウエン地方の一人のトレーナーが救われた』
「気にしないで。私は指導を請け負っただけ。直接指導したのは私の弟子だし、私は細かいアドバイスをしただけよ」
『僕としては請け負って貰っただけでも十分なんだけどね……おっと。それじゃあ僕は仕事があるからこれで失礼するよ』
「えぇ。こちらこそ、時間をとってしまって悪かったわね」
そう言って、通話は切れる。はぁ、と一息ついて、ナツメは再びレポートに目を落とす。彼女の境遇については確かに同情する。実験の副作用で苦痛を覚えているのなら、手助けをするのに否定的な思いはない。
けど、今回彼女を助けたのは、それだけが理由ではなかった。
「この、研究主任の名前……」
その名前には、憶えがあった。ずっと昔。まだエスパー一門が存在していた時代に、超能力が発現しなかったという理由で一門から追放されたという人と、全く同じ名前。二人は夫婦であり、ナツメ自身、何度か言葉を交わしたこともあった。少なくともその時は、優しい心の持ち主であったはず。それが、何故……。
『超能力は、決して限られた人間の能力ではない。全ての人間が行使できる能力であり、使えていない人間はその使い方に気付いていないだけである。本研究ではその仮説を立証すべく実験を進めていくものとする』
追放された後、何があったのか。それとも自身が知らない間に、何か仕打ちを受けていたのか。その真相は何もわからない。
けれども、このレポートの前書きに記載されている彼らの思想と自身の思想。全く同じであるが、彼らを決して“仲間”と呼ぶことはないということだけは、確信をもって言うことができた。
イッチの両親()の簡易プロフィール
・元エスパー一門の出身。夫婦。
・両親ともに超能力者であったが、本人は終ぞ超能力は発現しなかった。
・“超能力者に非ずんば人に非ず”という家訓がある家に生まれたため、同家の親戚からはかなり陰湿ないじめにあっていた。
・二人は近縁であったが、3等親以上離れていたため、余り物同士ということで結婚させられた。
・20歳になってもお互いに能力が発現しなかったため、実家から勘当される。
・勘当されたものの、自分たちは超能力者であるはずだという執念から研究職に就き、超能力の研究に勤しんだ。全ては超能力への憧憬と、自分も超能力者であることを証明するために。
・後年、とある企業からスポンサーの打診を受け、研究主任として本格的に超能力者の研究を開始。研究仲間にはかつてフジ老人がとあるポケモンを生み出した研究に携わっていた人物もおり、その人物の伝手を使い試験管ベビーを用いた実験を行う。けれどこの時点で、手段を選ぶだけの倫理観は欠如していた。
・数年間の月日が流れたが研究は難航し、辛うじて自分たちの遺伝子を元に作った素体No.1……アインだけが生き残り、研究の趨勢はすべて彼女にかかっていた。
・しかしスポンサー企業……その裏で糸を引いていたマフィアは痺れを切らし、研究資料だけを持ち出して証拠隠滅のために研究施設の破棄を決定し、実行した。
・夫妻はその襲撃の際に死亡。終ぞ研究は成就しなかったが、彼らの遺伝子を用いて作られたアインは形は違えど超能力を発現しており、彼らは超能力を発現しうる人間であったことが証明された。
・けれど彼らが心から欲した証明は、結局陽の目を浴びることなく、静かに闇に消えた。