エスパータイプは“ヒト”にはいらねぇっ! 作:初心者マーク付き社会人
フィールドの空気は一変した。どこか緩みが出ていた空気が、冷や水を浴びせたように一瞬で冷え切った。
「っ、アインさん!!」
後ろで誰かが叫んでいるが、それが誰なのかを考えている余裕はなかった。既にハッサムはアインを射程圏内に捉え、攻撃モーションに移っているのだから。
応援が到着し、包囲網が完成し、その時点で誰もが内心で勝利を確信していた。ここまですれば大丈夫だろうという僅かな慢心。その一瞬の隙を、このハッサムは見逃さなかった。
振り下ろされる鉄の拳。この軌道であれば頭部に直撃は免れない。が、
「っ、くッ!」
その差は紙一重。ほとんど条件反射でバックステップをしたことで、アインは振り下ろされた拳をギリギリで躱すことができた。重い重い鉄塊が通り過ぎた後、空気を薙ぐ音と風圧がアインの耳と肌に突き刺さる。あと数舜でも遅れていればぺしゃんこにされていたのは想像に難くない。その事実に、見ていた者からは小さな悲鳴を上がった。
けれどそこまでされて、アインのポケモンたちも黙ってはいない。すかさずアブソルが間に入り、アインと距離を取らせる。メタングは前衛から戻ってハッサムを横合いから襲撃、ヒトデマンもまた特殊攻撃でハッサムを牽制する。が、ハッサムは持ち前の高速機動でそれら全てを躱し、再びアインに狙いを定めて襲い掛かった。
「クサイハナ、“はなびらのまい”!」
「フシギソウ、“はっぱカッター”!」
けれどその進路を阻むように、ピンクの花弁と木の葉の刃が流れ込む。ジムトレーナーが包囲網のリソースの一部をアインの援護に割り振ったのだ。
生き物の様にうねる花弁が更にハッサムに襲い掛かり、そして動きを止めたところをメタングが強襲する。
二転三転する戦闘模様。トレーナーの意識は今、アインの周囲に集中している。ポケモン同士ならまだしも、トレーナーが直接狙われているならそちらに注意が向くのは必然だろう。援護に人手を割くのも道理だろう。
代償として、保護対象から目を逸らすことになるのだが。
「ッ、ラフレシア、“フラッシュ”!」
何かに気付いたジムトレーナーが、ポケモンにフラッシュを指示する。夜闇を照らす眩い光が放たれ、その光に照らされた影がそこかしこに浮かび上がる。
だが、その中に。一つだけ不規則に動き回る影があった。
「ゲンガーが影に潜っています。皆さん、注意を!」
戦闘のどさくさに紛れて影に潜っていたゲンガー。それを捕捉したエリカが、ジムトレーナーに指示を出す。ゲンガーともなれば、影に潜りながらポケモンを運ぶ事くらい訳はない。ハッサムが作った逃げ口から運び出されたら、この迷路のような裏路地で再び見つけ出すのは難しいだろう。それに気づいたトレーナーたちはすぐに手持ちを出して進行方向を塞ぎにかかった。
ラフレシア、ナッシー、リーフィア。3匹のポケモンたちがゲンガーを囲うように立ち塞がる。けれどゲンガーはポケモンを運び出す素振りもなく、彼らを無視した。
「包囲網に向かってる……?」
包囲にかかった3匹のポケモンたちを欺き、花弁の包囲網に向かうゲンガー。そして徐に作り出した“シャドーボール”を、その包囲網に向かって解き放った。
ジムリーダーとジムトレーナーが敷いた包囲網。並のポケモンならば突破は困難に思われたそれは、しかし予想に反してあっさりと穴を開けられてしまった。
「ッ、人数を割いた弊害が出ましたか」
そもそもの話、この包囲網は暴れるポケモンを物理的に閉じ込めるものではなく、あくまでもこの包囲網は“ねむりごな”を確実に当てることが目的。そこに物理的な強さは必要ないのだ。多少は耐久力があるといえど、アインの援護に人数を割いてしまえばその耐久力は更に落ちる。
ハッサムがアインを執拗に狙ったのは、この弱点を突くためだ。最初に作った脱出口は、あくまで
なんともはや周到な作戦。それをこの一瞬で判断したというのだから恐ろしいことこの上ない。
けれど、作戦とはあくまで直前まで悟らせないようにすることで真価を発揮するもの。事前に知られてしまえば対策され、作戦は失敗する。
そしてここには、相手の心を見透かす
「アブソル、“かまいたち”!」
劣勢になりかかった戦場にアインの声がこだまする。アブソルが使用したのは使い慣れた“かまいたち”。それを包囲網の更に外を覆うように展開。ドーム状に広がった“かまいたち”はハッサムがこじ開けた脱出口も塞ぎ、捉えた相手を閉じ込めるための刃の檻となる。そしてノーマルタイプの技である“かまいたち”は、ゴーストタイプであるゲンガーとヨノワールには効かない。ここで重要なのは、『ノーマル・ゴーストタイプ』の関係は『かくとう・ゴーストタイプ』の関係のように一方的な無効効果でなく、相互的な無効効果があるということ。それはつまり、ゴーストタイプの技を主力にする二体では決して破ることはできないということ。仲間を運び出す心算だとしても、この二体に関しては無力化したと言っても過言ではない。
作戦が失敗したことにより、状況は再び膠着状態へ。
逃げ道を完璧に封じられてしまえば、ハッサムも動きようがない。どうするかと思案するハッサムと、どう対処するか観察するエリカたち。互いに思考しているが故に生まれた、一瞬の戦闘中の間。
そんな合間を縫うように、アインが一人悠々と歩き出した。
「あ、アインちゃん……?」
ジムトレーナーの誰かが声を漏らす。硬直したフィールドでただ一人悠々と歩いているという不自然さ。そんな僅かに困惑が走る最中、思考の隙間と突いて再びハッサムが動き出した。
メタングとヒトデマンの横を抜き、一拍遅れた“はなびらのまい”と“はっぱカッター”を潜り抜け、再びアインの目の前に立ち塞がるハッサム。輝きを放っていたであろう赤いメタリックカラーはくすんで傷だらけ。如何にも弱っていそうな風体であれど、アイン一人を相手にするなら何も問題はなかった。
再び振り上げられる鉄の拳。作戦を全て潰された上での破れかぶれな攻撃に、再び周囲に緊張が走る。
しかしそんな空気をアインの声が一閃した。
「
横に伸ばした手で手持ちポケモンを制する。その言葉にアインのポケモンは動きを止めてしまった。
既に振り下ろされ始めている鉄の拳を前にしてその指示はどういう意味か、困惑と不安が綯交ぜになり、けれど培った信頼を頼りに静観を決めるポケモンたち。
そして全員に見守られながら振り下ろされた攻撃は、しかしアインの目の前でピタ、と止められた。
「……やっぱり、君は優しいね」
周囲の人間は目の前の出来事に目を見開いている。
何故。どうして。どういうつもりだ。
そんな思いを抱いている中で、最も困惑しているであろうハッサムを前にして、アインはクスリと笑った。
「誤魔化すならもう少し上手くやらないと。君が本気なら、最初の攻撃でボクは吹き飛んでたよ」
接敵されれば確実に攻撃は当たる。それだけの実力があることを、アインはバトルを通して知っていた。本気で襲いに来たのなら、ハッサムの攻撃を避けられる訳がない。それを知っていたからこそ、アインは最初の攻撃を避けられた時点で本気ではないことを察していた。
あくまで自分は囮。本命はポケモンたちが逃げる隙を作ること。そんな機械のような割り切り中に、ハッサムからは人間への恨みつらみは微塵も感じられなかった。
「ボクたちの目的はポケモンたちを保護することだ。それに、ちゃんとポケモンたちは元の持ち主に返すつもりだよ」
ね? と背後を見れば、そのつもりだと頷きが返ってくる。
「だから、もう大丈夫。後はボクたちに任せて」
君は、十分よくやったよ。
こちらを見下ろすハッサムに、アインがそう語りかける。
僅かな逡巡の後、閉じられた瞳と共にハッサムの拳も下ろされた。
夜の町で人知れず行われた不信者たちの攻防は、こうして静かに幕を降ろしたのだった。
◆◇◆◇
「ん。これでよし」
戦闘が終わった裏路地は、また別の意味で騒がしかった。警察関係者がひっきりなしに出入りし、表通りからはマスコミと何やら騒いでいる声も聞こえる。一方でジムトレーナーたちはポケモンたちに応急処置を施し、その横でポケモンたちが再び暴れ出さないよう何体かが“アロマセラピー”を使い、ポケモンたちを落ち着かせている。
そしてアインもまた、応急処置の心得はあったために応急処置要員に駆り出されていた。何故心得があるのかは推して知るべし。そういう星の下に生まれたからとしか言う外ない。
そしてその治療対象は、あのハッサム。主な傷はアブソルの“かまいたち”によるものだったため、「じゃあよろしく」と丸投げされてしまった。危険なことに首を突っ込んだ罰も含まれているとテレパスで察したアインには、断る選択肢はなかった。
「アインさん。そちらは終わりましたか?」
「うん。一先ずはこれで大丈夫だと思う」
「わかりました。こちらもポケモンたちの応急処置も終わったので、後はポケモンセンターへの搬送を待つだけですね」
この場のポケモンたちは受け入れ準備が整い次第、ポケモンセンターに搬送する手筈になっている。長らくまともな食事を摂っていなかったために、栄養失調の傾向があるとのこと。それを加味して、ポケモンセンターでの治療が必要だと判断された。
そしてそれと並行して、警察はポケモンたちの持ち主の特定作業も進めていた。モンスターボールにはそれぞれ製造番号が振られており、それに個体情報やトレーナーの情報も紐づけて記録されている。その情報を基に、警察は違法業者から押収したモンスターボールの履歴と被害届を出したトレーナーの照合を行っていた。
「エリカさん。少しお話が……」
と、そんな折。本部と連絡を取っていた警察の一人が、エリカの下にやってくる。
その顔には、困惑の色があった。
「被害届と照らし合わせて、他のポケモンたちは持ち主を特定できたのですが……どうにも、そのハッサムだけ被害届が出されていないようなのです」
「被害届がない? モンスターボールの履歴から元の持ち主は特定できなかったのですか?」
「いえ、そもそも押収したモンスターボールの中に、ハッサムのものと思しきモンスターボールも見当たらないのです」
「見当たらない、って……それでは、この子はどうなるのですか?」
「持ち主を特定するモンスターボールがない以上……野生のポケモン、という扱いになります」
「それでは、この子は治療を受けられないということですか!?」
エリカの声が裏路地にこだまする。
ここで問題となってくるのが、ポケモンセンターで治療を受けられるのは場合は捕獲したポケモンに限定する、という取り決めがあることだ。治療の際に専用の医療設備を使用する関係上、万が一にもポケモンが暴れて機材が破損した場合の責任の所在をはっきりさせておく必要があった。けれどその取り決めが、ここで仇となった。
「……ジムリーダーとして。この状態のポケモンを見過ごすことはできません」
「捕獲される、ということですか?」
「えぇ。そうする以外にこの子を治療する手がないのなら、そうするまでです」
確固たる意志を以てエリカがそう告げ、懐からモンスターボールを取り出した。
ポケモンが生命の危機に陥っている際は、ある程度の融通を効かせることができる。一時的に誰かが捕獲することで手持ちポケモンとして扱うことも可能だ。仮にこのハッサムが通信交換の被害者ではなく違法業者たちの手持ちであった場合、確証がとれた段階で警察にモンスターボールの引き渡しを行えばよい。
そのような人間側の柵は後回し。今この場で優先すべきは、救える命を守ってあげることだった。
「勝手な押し付けでごめんなさいね。それでも貴方をこのまま放置していたら、いずれ命を落としてしまいます。だからそうなる前に……って、え!?」
けれどその言葉が紡がれるより先に、伸びてきた赤い鋏がエリカからモンスターボールを掴み取っていった。思わず素っ頓狂な声を上げるエリカ。そして奪った本人であるハッサムと言えば、そのモンスターボールをアインに押し付けはじめた。
ぐり。ぐりぐりぐりぐり。
「ちょ、ちょっと。ハッサム……?」
どうしたのか、と。アインが尋ねるも、ぐりぐりを止めるつもりがないハッサム。アインは突然の奇行に困惑するばかり。
その様子を見ていたエリカが、クスリと笑った。
「どうやら、捕獲して欲しい相手は既に見つけていたようですね。……アインさん、貴方がその子を捕獲して上げてください」
「……え?」
間の抜けた声を上げたアイン。けれどしばらくしてその言葉の意味を理解したアインは、もう一度ハッサムに向き直る。相変わらずぐりぐりを止めるつもりはない。けれどこれは、そういう意味なのだろう。
「……ふふ。わかったよ、ハッサム」
アインはハッサムからモンスターボールを受け取ると、ハッサムの瞳をしっかりと覗き込む。
その瞳は綺麗で、真っすぐにアインを見つめていた。状況に流されている訳でもなく、自分の意思で決めたことだというのが伺える。
そして『アイツよりは大分良い』という思い。
その意思は変わらないとみたアインは、受け取ったボールをハッサムに押し当てた。
「これからよろしく*1、ハッサム」
アインに返事するように、ポンッ、という捕獲音が、小さなアインの手で鳴った。
ハッサムプロフィール
ハッサム(♂) 20歳
・強く育てることが親の愛情、という信条の親の下に生まれたため、子供の頃からバリバリに鍛えられた。
・独り立ちをしてからは各地を転々としていたが、強いストライクがいるという噂を聞きつけた名家がトレーナーを大量に送り込み、人海戦術で弱らされて捕獲されてしまった。
・「息子のエースポケモンになれ」と名家の人間に命令されるも、御曹司は親と違ってまともだったため関係は良好であった。
・2年ほど経った時、御曹司はストライクを進化させたいと言ったが親からまだ早いと進化を断られていた。けれどどうしても進化を我慢できなかった御曹司は通信交換詐欺に引っかかってしまい、ストライクを手放してしまう。名家の人間はそんな息子の醜聞を隠すために被害届を出さなかった。
・違法業者の一人は進化したハッサムの強さを見て、『こいつを欲しい』と思ってしまい、データを改竄して自分の手持ちとしてしまった。
・ハッサムはこの時点で、大人の人間に対する信頼を完全になくした。
・そして今から数か月前のある日、何処の誰かも知らない義賊を名乗る老齢のトレーナーと相棒のストライクに襲撃を受ける。
・激しい戦闘の末、義賊トレーナーとハッサムのトレーナーは死亡。商品として監禁されていたポケモンたちはストライクによって逃がされた。
・ハッサムもこのままだと違法業者の仲間として捕らえられると察し、ポケモンたちを護衛しながら一緒に逃亡する。
・食料調達と人間を撒く技術の習得のためにストライクに弟子入りする。性格はアレだがその技術には敬意を払った。ストライク本人には微塵も敬意を払わなかった。
・そして食料調達をしていた際に、イッチに出くわした←今ここ