エスパータイプは“ヒト”にはいらねぇっ! 作:初心者マーク付き社会人
店の裏手には、広々とした空き地があった。そこは昔から町の子供たちの遊び場であり、そしてポケモンバトルのフィールドでもあった。無造作に生い茂っていたであろう草花も、長年のバトルの影響かぽっかりとフィールドの形に空いている。
そのフィールドの両端に、二人のトレーナーが立っている。一人は忍者チックな服装に身を包んだ幼女、アイン。一人は和装の旅装束に菅笠を被った少女、サザンカ。普段は子供たちの声で溢れているこの場所も、今は異様な緊張感に包まれていた。
「さて、と。二人ともルールは覚えたかい? 一対一のシングルバトル。使用ポケモンは1匹のみだよ」
「いいよお婆ちゃん。それに、勝った方が店を継ぐ、っていうのも忘れないでね」
「うんうん。わかってるよ」
キッと睨むサザンカの視線を、アインは正面から余裕そうに受け流す。対戦前なのに既に火花が散っているこの現状を、孫のじゃれ合いのようにニコニコと見つめる審判役の老婆。
因みにこの突発バトルの元凶はこの老婆である。
「それじゃ、二人共。ポケモンを出してね」
「力を貸して! ニドクイン!」
「お披露目だよ。ハッサム!」
サザンカが繰り出したのは、ニドクイン。
アインが繰り出したのは、ハッサム。
スリムな体形のハッサムに対して、ニドクインはガッチリとした体形だ。それも旅をして鍛え上げられたのか、通常個体より一回り大きくなっている。
「準備はいいかい? ……それじゃ、バトル始め」
「先手必勝よ! ニドクイン、“ロックブラスト”!」
主導権を握るため、サザンカは先んじて指示を出す。ニドクインの初手は“ロックブラスト”。実力次第で質も量も変化させられるこの技は、牽制にも十分に機能する。手元に作り出した幾つもの小さな礫が、一斉にハッサムに襲い掛かった。
「ハッサム。
対して、アインは指示ですらない指示を出す。ポケモンの思うままに行動させる、ただそれだけ。通常であればポケモンが困惑してしまう指示だが、ハッサムはアインをチラリと見ると迷うことなく“ロックブラスト”に突貫。持ち前の高速機動で“ロックブラスト”を全て躱しながらニドクインに接近する。
「嘘ッ!? トレーナーの指示なしで!?」
“ロックブラスト”をはじめとした連続技は、実力が上がれば上がるほど精度は上がっていく。サザンカのニドクインは3~4回は当たる精度を持つだけに、ただの一度も被弾しない事実にサザンカは驚愕する。それもポケモンの自己判断のみで実行しているのを見て、サザンカはハッサムの強さを想定より一段階引き上げた。
「速さが売りなら……! ニドクイン、“じならし”よ!」
ハッサムの強みはずば抜けた“速さ”。それを悟ったサザンカは先ずその強みを奪うことにした。ズシン、と。地面が大きく揺れる。“じならし”はじめんタイプ最強技と名高い“じしん”よりも威力は劣るが、足元を揺らして機動力を奪う効果があり、速度重視のポケモンには突き刺さる技だ。けれどハッサムは揺れる瞬間を見極めて、空中へジャンプする。
そして、それこそがサザンカの狙い。
「空中ならあの動きはできないでしょ……! ニドクイン、“かみなりパンチ”!」
忘れてはいけないのが、ニドクインには考える脳はもう一つあり、盤外から俯瞰的に状況が見えているということ。咄嗟の対応力ではハッサムが上であっても、戦術面ではニドクインに分があった。
ハッサムが空中にいるタイミングに合わせた“かみなりパンチ”。普段のハッサムであれば持ち前の高速機動で避けられるが、その高速機動は足と背中の羽を同時に使用するもの。つまり足が地面から離れている今は、その高速機動を封じられている。それがわかった上での、アドバンテージを発揮させないこのタイミング。バトルが俯瞰的に見えているトレーナーの分析力は、ポケモンの能力差も覆し得る。
振りかぶるモーションに入ったニドクイン。けれど、アインはまだ冷静だった。
「……へぇ。そこでそういきたいんだ」
じーっと。アインはこれまで戦況とハッサムの動きを見続け、情報収集に徹していた。
けれど今、得心のいった顔で初めて指示を出した。
「いいよ、わかった。……ハッサム、“エアカッター”で軌道をズラして」
ハッサムはその指示に合わせて“エアカッター”を小規模に展開。“かみなりパンチ”を迎え撃つにはあまりに心許ないが、逸らす程度であれば十分。バチバチと迸る電流の中で小爆発を起こした“エアカッター”は、狙い通りにニドクインの腕の軌道を逸らした。
「“バレットパンチ”」
がら空きになったニドクインの懐に、強烈な一撃が突き刺さる。対策をとられようとも、それを潜り抜けるための小技によるゴリ押し。戦術に重きを置くトレーナーには、この手の小技は効果的に作用する。
タイプ一致に加えて特性“テクニシャン”によって威力を底上げされたハッサムの“バレットパンチ”は、加速も相まってニドクインの体を軽々とフィールドの端まで吹き飛ばした。
「ッ、ニドクイン、受け身をとって!」
ダメージは受けた、ならば少しでも軽減を。サザンカの指示でニドクインはすぐさま体勢を立て直し、後ろに引き摺られながらも残身の構えで次手の備えに入る。
状況は一度仕切り直し。けれどニドクインには少なくない疲労の色が見て取れる。
「っく、言うだけのことはあるわね。ここまでやりづらい自由型は初めてよ」
「そっちは理論型だね。ボクにはやりやすいから助かるよ」
「言ってなさい!」
ポケモンバトルにおけるスタイルは様々あるが、中でも大きく分けて自由型と理論型の2つがあげられる。
自由型はポケモンの強みを最大限に活かすスタイルで、圧倒的な自由度から幅広いポケモンにも対応できる反面、個人のセンスに依存するため強くなるのが難しいというデメリットがある。
対する理論型は人間が編み出した戦術を駆使するスタイルで、仕組みがわかれば誰でも強いバトルができる反面、できることが限られているために不利対面の打開が難しいというデメリットがある。
どちらもメリットとデメリットはあるが、大半のトレーナーは早く強くなりたいがために理論型のバトルスタイルを選択する。そして自由型のトレーナーも、そのほとんどが理論型に転向する。個人の才能だけで立ち行かなくなることが、誰しもに訪れるからだ。
サザンカもまた理論型のトレーナーであり、少なからず自由型のトレーナーとも対戦経験はあった。
けれどその対戦成績は――全敗。
ただの一度たりとも、彼女は自由型に勝ったことはなかった。
彼らに型はなく、ただ思うままに動き回る。いくら理論武装を固めようとも、型破りの前には無力に成り下がる。
「……っ! 自由型の好きになんかさせないわよ! ニドクイン、“ロックブラスト”、“かみなりパンチ”!」
けれどそんな与太話を、サザンカは真に受けるつもりはなかった。
勝てないならその原因を知り、対策を講じる。
取りうる手段を模索して、その対応策を設ける。
理論型なら理論型らしく、理詰めで自由型を封殺すればいいのだから。
ニドクインは左手で“ロックブラスト”を、右手で“かみなりパンチ”を同時に展開する。幾つもの礫と迸る電流という、全く異なる系統の技がニドクインの両腕に展開された。
「っ、二重展開……!」
「さぁ、これを抜けるなら抜いてみなさい! ニドクインッ!!」
左手から展開された“ロックブラスト”が、弾丸のようにハッサムに襲い掛かる。数も質も量も揃った砲弾のような礫の嵐をハッサムは高速機動で掻い潜る。
けれど1秒、2秒、3秒……10秒経っても、礫の嵐は止むことはなかった。
「これが止むなんて思わないことね! これは切り札! 5分だろうと10分だろうとニドクインは撃ち続けてみせるわ!」
ガトリング砲の如く延々と降り注ぐ“ロックブラスト”に、抜けた先に待ち受ける“かみなりパンチ”という二段構え。
ダメージ覚悟で突貫してきた高速物理アタッカーを確実に落とすために編み出したサザンカなりの対応策だ。
「ハッサム、“エアカッター”!」
「そんな騙し騙しの手で逃げ切れるとでも! 踏ん張りなさいニドクイン、“じならし”」
ニドクインはハッサムの足を止めるため、“かみなりパンチ”から“じならし”に切り替えて足を奪いに掛かる。
ハッサムは再びジャンプ回避で“じならし”をやりすごしながら、弾幕の防御に“エアカッター”を盾のように構えるが、その小楯は“ロックブラスト”の嵐の前に容易く食い破られてしまう。
盾が機能するのは、せいぜいが1秒といったところか。
「1秒か……うん、十分」
けれど、それだけあればこのハッサムには十分だ。
「正面突破で行こう。ハッサム!」
ギュンッ、と。フィールドを踏みしめたハッサムが前に出る。1秒で盾が破られるなら展開しなおせばいい。最小限に機能する小楯を破られる度に展開し直し、爆竹のように跳ね上がる土埃を背にしながらグングンとその距離を詰めていく。
前へ、前へ、前へ。その足運びに躊躇いはなく、ただ攻めることのみに傾倒している者のそれ。攻め続けている限り負けはしないという、そんな信条が滲み出ている。
「っ、あくまで攻めを貫くって訳ね」
「ボクのハッサム、主導権を取られるのが嫌みたいだからね」
「そういう事……ならニドクイン、寄せて!!」
弾幕を物ともせず距離を詰めてくるハッサムを見て、サザンカは新たに指示を出す。弾幕で足を止められないなら、せめて行動範囲の制限を。そしてゼロ距離で迎え撃つために、再び“かみなりパンチ”で迎撃体勢に入る。
「攻め込んで来るなら迎え撃つまでよ、ニドクイン!」
「畳みかけるよ、ハッサム!」
「「
荒れ狂う弾幕を掻い潜ったハッサムが赤い残像を残しながらニドクインの下に飛び込み、ニドクインもまた迸る電撃で以てそれを迎え撃つ。
交錯する鋼と雷の拳撃。そこに、潜ませていた一手がするりと入り込む。
「――今ッ!」
ニドクインの頭上。トレーナーの視界からも外れた遥か上空から音もなく振り下ろされた“エアカッター”が、意識外からニドクインに襲い掛かる。
不意打ちで急所を狙われたニドクインは、堪らず悲鳴を上げる。けれどバトルは止まらない。不意打ちで乱れた集中と視界。その僅かな隙をハッサムは更にこじ開ける。
突き出した拳をニドクインの拳の下に潜りこませ、腕全体で上に押し上げる。それによりニドクインの拳の軌道は直撃コースを外れ、ハッサムの頬を掠める位置にズレ込む。代わりに腕と頬に電撃が掠める事になるが、直撃しなければどうということはない。それより先に、ハッサムの拳が突き刺さるのだから。
「ニドクイン!!?」
グ、グンッ、と。不意打ちで隙を晒した胴体に再び“バレットパンチ”が直撃。その体は再びフィールドを舞ったが、もう受け身を取る余裕はなかった。
力なくフィールドを転がるニドクイン。動きを止めた時には、既に戦う力は残っていなかった。
「――そこまで。この勝負、アインちゃんの勝ちね」
審判から終了の合図が出ると共に、ワァッ、と歓声が上がる。二人がバトルに集中している間に、いつの間にかギャラリーが集まっていたらしい。
その人数に驚きながらもアインはギャラリーに手を振りつつ、サザンカの下に向かう。
正面に立つアイン。けれどサザンカの顔は、俯いていて伺うことはできなかった。
「……っ。――まけ、た。私が、負けた……」
顔色がわからずとも、絞り出された言葉から彼女がどんな顔をしているのか、アインはテレパスを使わずとも容易に想像することができた。
だからアインは、この辺でネタ晴らしをすることにした。
「っ……、負けは負けよ。約束通り貴方が――」
「じゃあ、お店の跡継ぎ頑張ってね」
「………………えっ?」
ガバっ、と。泣き出しそうな顔でぽかんと口を開けた表情をしたサザンカ。やはりというか、本気でこの話を信じていたらしかった。
「おやおや、二人とも会ったばかりなのに仲いいねぇ」
そこに、全ての元凶が笑いながらやってきた。
「お、お、お婆ちゃん……?」
「ん? どうしたんだい?」
「え、あの。勝った方がお店を継ぐって話……」
「あれ、私そんな話したかね?」
「えっ!?」
「最近どうも物覚えが悪くなってねぇ。だけど言った覚えがないものを、そのまま採用する訳にはいかないねぇ」
「え゛っ!!?」
まさかのしらばっくれにかかった老婆を前に、サザンカはバッ、と視線をアインに向けた。
『これはもうダメだ』と悟ったアインは、チラリと老婆に視線を向けた後に、もう一度「にゃー」と鳴く。
一連のやり取りを見たサザンカは、揶揄われたのだと全てを察する。再び顔を俯かせるが、その肩はプルプルと震えている。
「あっ」と何かを察したアインは独りでに耳を塞いだ。
「お゛ば あ゛ち゛ゃ゛ん゛!!!」
万感の思いを込めた叫び声が、ニコニコと笑っている祖母にぶつけられる。
けれど面白そうに笑っているのをみるに、この祖母はまたやりそうである。
因みにギャラリーは「あぁ、また騙されたのね」とこのやり取りを見てます。ご近所さんにとってはいつもの光景だったしします。
次回はこのバトルの掲示板回の予定です。できるだけ早く投稿したい……。