エスパータイプは“ヒト”にはいらねぇっ! 作:初心者マーク付き社会人
「いくわよ、ニドクイン!!」
「任せたよ、ハッサム!」
少女たちは自分の手持ちを繰り出した。
サザンカはニドクイン、アインはハッサムを。二体は互いに目を合わせ、状況を察して頷き合う。戦ったもの同士、何が得意なのかは既に把握済みだ。
けれど唯一以前と違うのは、相手が多数いるということ。姿を現した忍装束の敵は、それぞれで手持ちポケモンを繰り出した。
スピアー、アーボック、ストライク、モルフォン、アリアドス、ゴルバット、ニューラ……。
数も種族もてんでバラバラ。けれど数の暴力という点ではかなりの脅威となる顔触れがズラリと並ぶ。これは一筋縄ではいかないという認識が、二人の間で共有される。
それと同時に、アインの頬に汗が垂れる。
『散開!』
リーダー格と思しき忍者が全体に指示を出す。
それを受けて全員が上空、そして左右に散り、アインたちを包囲するように一斉に動き出した。
「周りはこっちに任せて。ハッサム!」
「なら任せたわ。ニドクイン、“ロックブラスト”!」
ハッサム、ニドクインは相手の出方を見るために牽制から入る。
ハッサムは薄く広く展開した“エアカッター”の領域で、ニドクインは直接的なダメージを狙える“ロックブラスト”で。
触れるだけで容易に切り裂く風の刃と弾丸の如く飛び出した礫は凶悪。けれどその全てを、相手はひらりと躱してしまう。牽制を主目的としているものの、それを容易に潜り抜ける相手にはそれなりの練度があるようだ。
「いい動きだね。でも――」
こっちのハッサムの方が、速い。
その言葉と同時に、ギュ、ウンッと。ハッサムが“ロックブラスト”を避けたアーボックの真横に移動する。完全に虚を突かれたアーボックは固まってしまい、その無防備な胴にハッサムの攻撃が諸に突き刺さる。体はくの字に曲がり、受け身も取れず吹き飛ばされた先は避けたはずの“ロックブラスト”の雨の中。追い打ちをかけるように、“ロックブラスト”の雨がアーボックに降り注いだ。
「ナイスよ!」
「どういたしまして」
けれど、ダメージを受けたのはアーボック一匹だけ。
まだまだ体力の残っている敵は健在だ。
『モルフォン、“しびれごな”』
『スピアー、“どくばり”』
上空に散開したポケモンが攻撃に出る。ハッサムとニドクインは“エアカッター”で守られているためその攻撃が届くことはない。
けれど、彼らの狙いはポケモンではなかった。
「ッ、サザンカ!」
「えっ」
狙いにいち早く気付いたアインが叫ぶ。彼らの狙いはトレーナー自身だ。
ヒトはポケモンには勝てない。それは当然の真理だ。だからヒトはポケモンに対してポケモンで相手するのだ。
けれどこのバトルはルール無用のなんでもあり《バーリトゥード》。手早く勝つなら、直接トレーナーを攻撃した方が遥かに楽なのだ。
アインは知っている。ルール無用の恐ろしさを。
サザンカは知らない。そもそも直接狙われた経験がなかったから。
その経験の差が、対応の速さに如実に現れた。
アインは自分を狙った攻撃を余裕を持って避ける。けれど気付くのに遅れたサザンカは、その攻撃に反応できていなかった。
目前に迫る鋭い針に、「ひっ」とサザンカの口から短い悲鳴が上がった。
「行きな、クロバット」
動きが固まったサザンカの目の前に、紫の影が躍り出る。
二対の羽を羽ばたかせ、その速度はハッサムに迫るほど。その羽から生み出された“エアスラッシュ”が、サザンカを狙った攻撃を纏めて吹き飛ばした。
「ったく、今はルール無用のバトルをしてるんだよ。自分の身もしっかり守りな」
「お、お婆ちゃん!」
モンスターボールを構えた老婆が、サザンカを窘める。
その堂々とした姿は、この多勢に無勢の状況においてとても頼もしく見える。
「守りはこっちで引き受けるよ。アンタらはあいつらを蹴散らすことに集中しな」
「……いいの?」
「そこいらのトレーナー程度なら遅れはとらないよ。……そら、奴さんも来るよ」
言われて、アインとサザンカは戦闘に意識を集中する。見ればアーボックにストライク、そして新手のゴルダックと前衛を張れるポケモンたちが距離を詰めてきていた。サザンカは再びニドクインを前に出し、それを迎え撃とうとしている。
「ニドクイン、じならし!」
前衛の瓦解を狙ったサザンカはじならしを指示。局所的に発生した揺れが彼らの足元を襲うが、彼らはそれを容易く飛び越え、それぞれに技を構える。
「ハッサム」
それを、ハッサムが狙い打つ。
ジャンプからの“たたきつける”攻撃に入っていたアーボック、素早さを活かして“きりさく”攻撃に入っていたストライクが、頭上から降り注いだエアカッターに地面へと叩きつけられる。そしてタイプ相性有利なみずのはどうを構えていたゴルダックも、エアカッターによって不発に終わる。そして……
「かみなりパンチ!」
真っ向勝負に強いニドクインが、彼らを纏めて薙ぎ払う。
彼女の戦術と技構成は、如何にして攻撃を相手に当てるかという理論に集約されている。当たれば一撃で戦況をひっくり返せるだけの火力。それを相手に押し付けることが彼女のプレースタイルだ。そのため、状況を把握して補助に回れるハッサムとの相性は抜群に良い。
「ハッサム、アリアドスが来るよ!」
けれど、ただの補助役で終わるハッサムではない。攻撃を終えたニドクインに粘着性の糸で妨害しようとしていたアリアドスを横合いから強襲。糸を切り裂き、“バレットパンチ”で他のポケモンの下に吹き飛ばす。その加速を乗せた攻撃力は一級品。素早さに注目されがちだが、その攻撃力は決してニドクインに引けを取らない。
重い一撃を繰り出すニドクインと、高速機動からのラッシュを叩き込むハッサム。タイプは違えど、両者共に申し分ない攻撃力を持っているのだ。
「ハッサム、そのまm……!」
更にもう一手打とうとして、しかし言葉よりも先にアインの足の力がふっと抜け落ちる。
糸の切れた人形のようにアインの身体がカクンとその場に崩れ落ちる。辛うじて膝立ちとなったものの、その膝も力なく震えていた。
「どうしたのアイン!? まさか毒を受けたの!?」
「いや、そうじゃない……」
何とか言葉を繋ぐものの、その声はとてもか細い。
この姿勢のままでいるとポケモンたちが不安がるが、しかし立ち上がろうとする足に力が入らない。
(頭に、ガンガン響くっ。やっぱり“どくタイプ”は効き過ぎる……!)
アインを襲っているものの正体は、脳の極度の疲労。
大人数相手にテレパス能力を使用していることに加えて、相手に“どくタイプ”が多くいることが脳の負担に拍車を掛けていた。
アインのテレパス能力は分類すればエスパータイプ。その性質上、有利なタイプには殊更テレパス能力は強く作用する。耳元で叫ばれたような声量で一語一句ハッキリとアインの脳を叩きつける様は新手の拷問のようで。その上で全て聞き漏らさないようにしなければならないため、今のアインにはその負担が全てのしかかっていた。
「アイン、無理なら一旦それを切りな。クロバット、上の敵を近づかせるんじゃないよ」
アインの状態を鑑みて、老婆が指示を出す。それに呼応したクロバットが相手のポケモンを吹き飛ばし、吹き矢のようなものを構えていたトレーナー諸共に距離を取らせる。
老婆はアインの手持ちが自分で考えて戦闘を組み立てられることを知っているため、彼女の身の安全さえ確保できれば戦線は問題なく維持できると踏んだのだ。
現にハッサムは守りをクロバットに任せ、ニドクインと相手の位置から考慮して最大限に妨害できる位置取りを自分で取っている。ポケモン主体の戦闘スタイルを取っている利点が、ここに来て役に立っていた。
「っ、く……」
僅かな呻き声がアインの口から零れ出る。老婆に進言されたが、未だアインはテレパスを全体に広げたままにしている。
全ては、一番厄介な刺客の位置を割りだすために。
「ッ、そこ!」
津波のように雪崩れ込むテレパスの中から、刺客のトレーナーのものを何とか割り出した。
けれどそれは一歩遅く、既に刺客はアインの真横の茂みから飛び出していた。
アインのテレパスが唯一効かないあくタイプ。それを併せ持った……ニューラ。
夜闇に紛れて奇襲する、隠密に特化させた強襲型。
それはおそらく、トレーナーを狙い撃つためだけに育てられたもの。
「―――ッ!」
考えるより先に、身体が反射的に回避の動きに入った。
けれど素早さの高いニューラには動かないのも同然。ニタニタと嗜虐的な笑みを浮かべたまま、ニューラはアインが避けた分だけ距離を詰めてくる。
彼我の距離はあっという間に埋まり、その手先から鋭利なかぎ爪が顔を覗かせる。人の身体なら絹の様に切り裂ける鋭利なかぎ爪。幾人もの血を吸ってきたであろうその凶器が、今度はアインに振るわれる。
咄嗟に顔の前で両腕を交差させるアイン。けれどその凶刃がアインに届くより先に、しわがれた声が辺りにこだました。
「ドラピオン」
ゴウッ、と。真横から差し込まれた重厚な爪が、ニューラの身体を挟み込む。完璧に捉えられたニューラは激しく悶えるが、ギチギチと音を立てるその爪は容易に開くことはなく、ニューラの苦し紛れの攻撃も硬い甲羅を叩くだけに終わる。
「アタシの守りをそう易々と抜けると思わないことだね。やりな、ドラピオン」
老婆――キクヨのエースポケモンたるドラピオンが、その力を遺憾なく振るう。
自動車をスクラップにしてしまう太い腕が大きくしなり、ニューラを激しく地面に打ち据える。
何度も何度も。土埃の舞う中で聞こえるニューラの苦悶の声は次第に小さくなり、投げ飛ばされる頃には既に戦闘不能となっていた。
今は昔、バトルジャンキーな妹の相手を散々させられたために鍛えられたその力は、並のポケモンなど鎧袖一触にしてしまう。
「う、うわぁ……」
「なにボサっとしてんだい。アンタらは攻めに集中するんだよ」
なかなかえげつない光景にアインが軽く引いたが、老婆の言葉で意識を前に向ける。
頼もしい、けれど頼もし過ぎるとのも考えものだと、益体もない考えが頭を過った。
アインは意識をフィールドに向ける。散開したポケモンの状態、それぞれのトレーナーの狙い。
ここで鍵となるのが、やはり時間だろう。向こうは陽動を仕掛け、本命のラティアスを奪取しようとしている。陽動を用意したのは手数を分散させることと、本命に気付くまでの時間を遅らせるためだ。トレーナーを狙ってきたのも、手短に障害を排除するためだろう。
向こうにとって時間は敵だ。けれどそれはアインも同じこと。脳のキャパを越える前に、手っ取り早く片付ける必要がある。
「ハッサム、“エアカッター”を纏って!」
残った力を振り絞るように、声を上げて指示を出す。
意図を察したハッサムが、展開していた“エアカッター”の形を変える。牽制ではなく妨害へ。そして自らも“エアカッター”に身を包み、刃の鎧を形成する。
それは以前、対エリカ戦でアブソルが使用したものと同じもの。けれどその用法は全くの真逆。アブソルは防衛に使用したのに対し、ハッサムのこれは攻撃に特化したものだ。
「GO!!」
赤い影が夜を駆ける。残像を残すほどの速度で相手の間を駆け抜ければ、遅れてポケモンたちから苦渋の声が上がり出す。
ハッサム自身はただ駆けているだけだ。けれどその身に纏った風の刃が、すれ違った相手を無慈悲に切り裂いている。
この攻撃に理論型らしい理論は存在しない。ただ、ずば抜けた“速さ”という強みを押し付けるだけ。
けれど、その強みは対多数という条件下では無類の強さを誇る。
防御できない攻撃は急所に入り、妨害の糸は瞬く間に切り裂かれ、不意打ちで照準は乱される。
荒らして、荒らして、荒らして。フィールド全体を駆け回り、相手の思惑を縦横無尽に搔き乱す。
1対1では勝てないが故の集団戦。けれど妨害も奇襲もさせなければ、それはただの烏合の衆。
何もできず足を止めていれば、真正面から強力な矛が全てを薙ぎ払う。
「“どくづき”、“かみなりパンチ”!」
強力なタックルをゴルダックに叩き込み、“どくのトゲ”をその皮膚へと押し付ける。余程皮膚が硬くなければ毒が回るのは確定。そして追い打ちをかけるように“どくづき”と“かみなりパンチ”のダブルパンチを叩き込む。横から強襲しようにも不意打ちで固まってしまったストライクに、そのまま“どくづき”の裏拳が突き刺さる。
皆が皆ニドクインを止めようとするが、その死角からハッサムが襲い掛かり動作をキャンセルされる。後に残るのは棒立ちになったポケモン達のみ。そこに、悠々とニドクインが攻撃を叩き込む。まるでサンドバッグのように好き放題に攻撃を当て続ける現状に、ニドクインはこれが訓練ではないかという錯覚すら覚える。
『……くっ』
「今だよ、押し込んで!」
相手の思考が撤退を視野に入れた瞬間を狙って、アインは一気に畳み掛ける。
風の鎧を解き、再度“エアカッター”を広く展開。今度は上空から叩きつけるように、轟音を伴って“エアカッター”が降り注ぐ。
この“エアカッター”は、全てが二重に重ねられている。そのため一撃一撃の火力が上がり、当たらずとも地面からはより激しい土埃が舞い上がる。
終盤にきてからのこの威力。ここまで手を焼かされた上に、それを上回る力を残しているという事実は、彼らの撤退を後押しするには十分な要因だ。
『退け! 撤退だ!』
荒れ狂う粉塵の中から、リーダー格の撤退の指示が響き渡る。
訓練された忍たちはその指示にすぐに反応。手持ちのけむり玉を地面に叩きつけ、視界を覆うように煙幕を張る。フィールド全てを覆い隠す煙幕は一瞬にして広がり、トレーナーとポケモンの姿を視界から消してしまう。
撤退が始まった。そう思ったサザンカの隣から、咄嗟に声が上がる。
「っ、ハッサム!」
「クロバット、煙幕を吹き飛ばしな」
何かに気付いたアインと、老婆の指示は同時だった。
二匹の生み出した風はすぐにフィールドの煙幕を吹き飛ばし、視界を晴らす。その中で一瞬、ガスマスクをした忍の姿がチラついたが、すぐさま煙に紛れて姿を消してしまう。
そのまま二匹は風を送り続け、煙を完全に晴らす。けれど、煙が晴れた場所に彼らの姿は全くなかった。
「危なかったね。あの煙幕には毒が混じってるんだよ。眠らせるタイプの毒がね」
「えっ!?」
「連中の常套手段だよ。最後の最後に油断させてこっちを眠らせてくるんだ」
老婆はやられた経験があるのか、苦々しい記憶に眉を顰める。
かつて彼らといざこざがあったのだろう。
「ん……もう、平気そう、かな?」
「えぇ、そうね。連中も退いたし、あんだけ音を出せば本家の人もこっちに……って、ちょっ!?」
完全に撤退して気が抜けたのか、その場に倒れそうになったアインをサザンカが慌てて抱きかかえる。かなり無理をしていたのか、体に力は入っておらず、呼吸もだいぶ細くなっている。見るからに大丈夫な状態ではなかった。
「やれやれ。やっぱり無理してたのかい……サザンカ、悪いけど部屋まで運んでくれるかい?」
「わ、わかったわ!」
アインを背負い直したサザンカが、キクヨに続いて部屋に上がる。
密猟者の襲撃を防いだ二人だったが、彼女たちの仕事はまだまだ終わりそうにない。
長い夜になりそうだと、キクヨは一人溜息を吐いた。
キクヨ プロフィール
・元四天王のキクコの姉
・幼少期はバトルジャンキーな妹に突き合わされてバトル三昧な日々を送る
・キクコのバトルの才能はピカイチだったが、性格に難があるため要職には彼女が就くことになった。当主の打診もあったが、これを辞退して漢方屋を継ぐことにした。
・キクコが攻め主体のため、自然と防りの力が伸びてしまったが、おかげで防衛戦なら右に出るものはいないほどの実力を持つ。
・妹に連れ回されて色々な場所に赴いたため、かなり見聞が深まった(とされている)。そのおかげか柔軟な思考を持っているため、今は一族の中で相談役の立場にいる。実は柔軟な思考はネットに染まっているためだったりするのだが、本人はそれを言っていない。。