エスパータイプは“ヒト”にはいらねぇっ!   作:初心者マーク付き社会人

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閑話 運営さんは大忙し

 

 胃が痛い。

 

 そんなことを思いながらも仕事の手は止まることなく、絶えずキーボードを打つ音が鳴り続けている。

 ここはコガネシティジム執務室。個々人がオフィスチェアーに腰かけ、パソコンの画面と格闘している。その大半は年若い女性ジムトレーナーだが、今はバトルで見せる凛々しい姿は鳴りを潜め、ブルーライトカットのメガネを掛けパソコンと格闘している姿はOLそのものだ。

 その執務室の奥の席。他の席よりも造りの良いオフィスチェアーと、可愛らしいポケモンのぬいぐるみに囲まれたデスクで仕事をしているのが、コガネシティジムジムリーダーのアカネである。冒頭の胃が痛い発言をしたのは彼女である。

 

 ジムリーダーたるもの、ジムの看板を背負う者として並々ならぬ精神力を持ち合わせているものだが、しかし思わぬ方向から刺されれば意外に脆いもの。過去に似たような状況になったのは、バトルも何も関係ないお笑い番組への出場を打診された時だったろうか。結局悩んだ末に出場を決め、ちゃんと笑いをとれたからよかったものの、あれで滑っていたらどうなっていただろう、と偶に思ってしまうくらいにはトラウマである。

 

「ああぁぁぁぁぁ。この大会どうやって収拾つけたらええねん」

「愚痴ってもいいけどちゃんと仕事してよねー、アカネちゃん」

「まぁその気持ちもわかるっちゃわかるけどねぇ」

 

 ジムリーダー・ジムトレーナーを問わず、泣き言の一つも言いたいという空気がこの執務室に流れている。

 K・Jつよつよトレーナーカップ。通称つよつよ杯はジムリーダーが解説を務めるということもあり、運営は各ジムに一任されている。つまり資材や人員の手配、日程調整といった準備も全て、ジムトレーナー含めた全員でやらなければならないのだ。しかも普段の業務と並行して行わなければならないので、割とここ暫くデスマーチが続いている状態だった。

 

「んぁ?」

 

 そんな空気の中、アカネのスマホに着信が入る。

 その画面には、見知った人物の名前があった。

 

「はいもっしもーし。アカネちゃんやでー」

『お、出た出た。よぉ、アカネ。仕事は捗ってるか?』

「おどれの所為でぜんっぜん捗っとらんわ、グリーン」

『はははっ。やりがいのある仕事になってよかったじゃねぇか』

「やかましいわ!」

 

 電話口から聞こえる軽妙な声の主は、トキワシティジムのジムリーダー、グリーン。一時期チャンピオンの座についていた屈指の実力者であり、アカネの胃痛の原因を作った一人でもある。

 

『そうは言ってもよぉ、知ってる面子だけ参加するより、全員集めて参加する方が面白くねぇか?』

「そんな理由でジムリーダー大集合みたいなことされたら大会が成立せんわ。運営のウチの気持ちも考えろや」

『えっ? 参加側が楽しめればそれでOKじゃん?』

「しばくぞコラ」

 

 事の発端は今日の昼頃。アインの掲示板へチャンピオンが要らぬ入れ知恵をしたことから始まった。

 あの書き込みを受けて続々とジムリーダーが参加申し込みをしだす中、更に話を大きくしたのがこの男だった。

 

『今年のつよつよ杯に結構なジムリーダーが参加するらしいけど、実際どれくらい参加するんだ?』

 

 そんな投稿をジムリーダーのグループチャットに書き込むものだから、掲示板を知らなかったジムリーダーまでもが事態を把握することになってしまった。その結果各ジムリーダーから続々と参加申請が来て、今ではほぼ全員が参加申請をしている事態となった。

 

 チャンピオンの書き込みから数分以内にチャットに投稿したあたり、この男は間違いなくわかってやっている。

 

「はぁぁ。まぁチャットでも言うたけど、ウチが用意できる枠は4つが限界やかんな?」

『オッケーオッケー。その4枠はこっちで選抜戦やって決めるから大丈夫。因みに今リニアでそっちについたんだけど、他の面子はどれくらい集まってるんだ?』

「もうほとんど来てるで。後はカツラの爺さんくらいやな」

『あの爺さんなら仕方ないか』

 

 そして当然だが、両地方のジムリーダーに全員集合されれば大会が成立しなくなる。旅を経て研鑽を重ねてきた一般参加者を蹂躙し、準々決勝がジムリーダー全員で埋め尽くされた日には、視聴者を含めて白けた雰囲気すら出てしまう可能性もある。大会の規約にジムリーダーの参加制限が明記されている訳ではないが、それでも自重というものは必要である。

 

 そのため今回は折衷案としてトーナメントのシード枠4つをジムリーダーにすることで運営に支障がないように手を打ったのだが、今度はその出場枠に誰が出るのかという話になった。議論は荒れるかと思われたが、しかし彼らはポケモントレーナー。バトルの結果であれば文句を言うはずもなく、アカネが音頭をとって急遽大会出場枠を賭けた選抜戦を執り行うことと相成った。それが決まってその日の内に集まれるのだから、ジムリーダーのフットワークは軽い。

 

「ほな、そろそろ切るでー。…………はぁぁぁぁぁ」

 

 そして通話が終わったと同時に、アカネはデスクに突っ伏した。

 

「うぅぅぅ。あいつら自由人すぎひんか?」

 

 既にアカネは涙目なのだが、そうなってしまうのもむべなるかな。

 

 なにせ安価が行われたのは今日。

 ジムリーダーが一斉に申し込みしたのも今日。

 そして選抜戦を行うことになったのも今日である。

 

 運営として捌かなければならない案件が一気に押し寄せてきて、彼女の胃は悲鳴を上げっぱなしである。

 

「まぁ実際、大会運営するならジムリーダーはシード4枠が精一杯よねぇ」 

「あんまりジムリーダーを出し過ぎると、一般参加者が結果を残せないからね」

 

 ジムリーダーがぬいぐるみに顔を埋めてしょげているのを尻目に、ジムトレーナーたちは自分たちの仕事を片付けながら同じく愚痴をこぼす。問題が起きてるのは、何もジムリーダーだけではないのだから。

 

「で、一般参加者の方はどう?」

「予想通りよ。参加者のリスト見る?」

「はいコレ、もう出してあるわよ」

 

 そして渡された参加者リストをざっと眺めていけば、口端は徐々に引き攣っていく。

 見覚えのある顔写真と、そのバッジ所持数の項目が否応にも目を引いてしまう。

 

「うわぁ。バッジ5個以下の人全然いないじゃん」

「バッジ6個の参加率も落ちてるわね」

「というか、7個持ちとか8個持ちも出てきてるってどういうことよ」

 

 愚痴をこぼす彼女たちの声は、若干震えている。

 本来この大会はジムリーダーの解説がつくこともあって、実力が上位になりたて(バッジ4~5個)のトレーナーがバトルの駆け引きを学ぶために参加する大会であった。実力が上振れた(バッジ7~8個)トレーナーたちは戦術を公開されるのを嫌ってか参加を見送ることが多く、実力でいえば中堅かそれより少し上くらいのレベルに留まっていた。

 

 けれどそれはこれまでの話。今回は明らかに在野に潜んでいた実力者が腕試しのために参加してきている。

 それもこれも、例の安価があった直後から。原因は言うまでもなく明らかだった。

 

「十中八九あの娘の影響よね……」

「あの掲示板、表に出ないだけで実際に結構な人が見てるでしょ」

「でなきゃこんな一気に申し込みは殺到しないわよ」

 

 ホウエン地方出身の家出幼女。しかも引き連れてるのは歴戦の個体で、理論型主体の現代バトル理論に真っ向から歯向かう天才型。これだけ見ても強いトレーナーなら食いついてくるのだが、しかも配信も毎回イベントが起きるのだから自然と見続けてしまうという……。

 おかげで彼女のリスナーは表立って明かしてないだけで、実際はかなりの数がいる。

 

 そんな中で行われた安価では、なんと上位クラスの大会への出場が決まったではないか。しかもジムリーダーも参加表明をしているし、大会のレベルは否応なしに上がるだろう。これは俺も出るっきゃねぇ!

 そんな悪意のない童心のワクワク感から作られた地獄の様相は、運営側からしたら悪夢そのものである。

 

「で、こんなレベルのトレーナーがわんさか出てくるってことは……」

「当然だけど解説の難易度も上がるわよねぇ」

「バッジ6個くらいまでなら解説はなんとかなるとしても、それ以上は……」

「ぬわぁぁあ!!言わんといてくれや!!それずっと気にしてるんやからぁ!!?」

 

 涙目で泣き叫ぶ幼児退行したジムリーダー。その姿はさながら某駄女神のよう。

 続々と参加表明をする在野の強者たち。シード枠で参加するジムリーダー。大会は当然盛り上がるだろう。これまでにない事態に、世間も大賑いだろう。

 そして期待が高まると同時に、解説にも重圧がのしかかってくる。バトルを成立させるのはポケモンとトレーナーだが、バトルを盛り上げるのは実況と解説なのだ。

 

 視聴者の心に訴えかけるリアクションをする実況。

 視聴者にわかりやすく短い言葉で説明する解説。

 

 彼らなくして大会のバトルは語れない。特にこの大会ではジムリーダーの解説に重きを置かれているため、解説コーナーでバトルで使用した戦術の強みと弱み、対策までしっかり答えなければならないのだ。

 そして大会のレベルが上がれば上がるほど、解説に求められるレベルも上がってくる。バッジ7個・8個レベルにもなれば、ジムリーダーですら読めない戦術を使ってくる。彼らよりジムリーダーの方が実力は上なのかもしれないが、その差は手を伸ばせば届くくらいしかないのだ。

 今回のために初見の戦術を出してくる者もいるだろう。十数手先を読んで手を打つトレーナーもいるだろう。そんな彼らを、アカネは初見だろうがぶっつけ本番できっちり解説までしなければならないのだ。

 

「あぁ……胃が痛い……」

 

 今度から胃薬を常備しておこう、そんなことを頭の片隅で思いながら、アカネは再びパソコンと格闘を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





そしてこの後、アカネのデスクには胃薬の差し入れが置かれていた。
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