エスパータイプは“ヒト”にはいらねぇっ! 作:初心者マーク付き社会人
ふと、目が覚める。月明りで照らされた薄暗い空間。自分はどこにいたんだったかと、半覚醒の頭で考え、そういえば“ソファ”で寝ていたのだったと思い出す。丸くなっていた体から首だけ動かして周囲を確認する。部屋の中に特にこれといった異常はない。いつも寝床にしている部屋と変わらない、掃除の行き届いた床や机があるこじんまりとした部屋だ。唯一違うとすれば、周期的に部屋全体がゆったりと上下していることだけだろう。
ここは人間が作った“船”という乗り物らしい。陸地に住む人間が海の向こうに移動できるようにと作ったものだそうだが、なかなかどうして居心地は悪くない。群れにいた頃は洞窟の固い地面が寝床だったが、寝心地は人間の寝床とは雲泥の差だ。住みやすい環境を作るという点では、ポケモンは人間には到底及ばないのだろう。
思えば、群れにいた頃とは随分違った生活をしているものだ。昔は適当に年をとって、そこらで野垂死にするんだろうとばかり思っていた。が、今では主人のポケモンとして、生まれた地を離れ海の上。この年になって初めての経験の連続とは、何があるかわからないものだ。
ふと、視線を今の主人に向ける。主人は“ベッド”という人間の寝床で横になり、静かに寝息を立てている。元々の黒が抜けて褪せた茶色の髪に、やや痩せ気味の細い肢体を布で包んだ幼い主人。出会った時は病気のような酷い状態だったが、毎回食事する横で肉も野菜も食べるよう口出しした結果、少しだが肉付きはよくなった。それに少しだが、運動もさせている。疲れは休めばとれるが、休みすぎは逆効果だ。いつも通りが健康なら、運動もいつもの範囲内でするべきだ。
おかげで体の方は回復に向かっている。
だが、根っこの部分はそうすぐには治らない。
“やらなきゃ……やらなきゃいけないんだ。言われたなら、ちゃんとできなきゃ”
あの日、助けた自分に頭を下げたときの主人の顔は、今でもはっきり覚えている。何かに追い詰められたような、義務と恐怖に追われて震えている顔。何があったかは知らないし、聞くつもりもない。ただ、助けてほしいと頼まれた。老骨に何ができるかは知らないが、どうせこの先長くはない。頼まれてやるのも一興かと、気まぐれに主従関係を結んだに過ぎない。
だが。この主人は存外に面白い人間だった。
相手の心を見通せるのだ。それも寸分の差異もなく完璧に、だ。
初めは妙だな、と思った。腕試しの最初のバトル中に、こちらが判断する前に指示を出したのだ。作戦かと思えば、妙に具体的な指示。最初から細かく行動を指定するのは愚策だ。だが、主人が言うならと思い、従った。
結果は見事的中。そのまま相手に何もさせずに完封した。
こういうこともあるのか、とその時は思った。だが、その指示が何戦にも渡って飛んでくるなら疑念は確証に変わる。決め手は人間が言う“あくタイプ”の相手には、決してそんな指示は飛んでこないこと。何でも、“あくタイプ”は“エスパータイプ” が効かないタイプだとか。
これは面白い。だが、同時に勿体ないと思った。
相手の動きを察知して対抗策でいく。それは正道だが、毎回それなら自然と後手に回ってしまう。これでは対策はできても攻め手に欠ける。心が読めるなら、そこから今後の全体の動きを考えて指示を出さなければならない。対処法ならいくらでもある。避けるのか、相殺するのか、利用するのか。はたまた心が読めるなら相手の行動を誘導するのも手だ。
主人はまだその選択肢を知らず、そして選択決定までの時間が掛かり過ぎている。だからバトルをする時は、どう対処をしたのか、それを見て相手はどうするのか、それがどう結果につながるのか。これらがわかるように動いている。幸いにも、言葉は通じずとも意図に気付いているのか、例の“タブレット”とやらで調べて理解したのか、バトルの度に学習し、指示が上手くなっているのは良い傾向だった。
だが、その力には悪い面もあった。
主人は周りに人間が大勢いる時、いつも苦しそうにしている。それもそうだ、相手の心が見通せると言っても、大勢の情報を一気に持ってこられても対処はできない。使わなければいいのに、と思ったが、そんな簡単な話でもなかった。
力の制御が利いていないのだ。切り替えができないから、常に相手の心が流れ込んでくる。便利な力だが、その代償は無視できないほどに大きい。全くもって難儀な力だ。
だから少しでも負担を減らせるように、気配遮断のやり方を教えた。自分への言葉というのは、存外に心にくる。その負担を減らせるだけでも、心持ちは大分楽になるはずだ。
「……っ、―――!」
ベッドの方から聞こえる魘される声。
あぁ、またか。そう思い、ソファから移動する。物音を立てないのには慣れている。だから主人も、そこの棒に掴まって寝ている新入りのダンバルも寝入ったままだ。
ベッドに向かえば、やはり主人は魘されていた。寝苦しそうに「やめて……やめて……」と寝言をこぼしている。
昔にあった何かを、夢の中で思い出しているのだろう。叩き起こすのも手だが、こういう苦しそうな時はそっと横に居てやればいい。群れに居た時も、生まれたての子供には親がこうして寄り添っていた。
自分が主人の傍で横になれば、すぐに赤子のように飛び込んでくる。そしてしばらくすれば、また静かに寝息を立て始める。
自分には子供は居なかったが、赤子が生まれればこうしてあやすこともあったのだろうか。確かに子供を育てるのは大変だが…………存外、愛着が湧けばそこまで苦でもないものだな。
そうして主人が寝付いたのを確認してから、自分も再び瞼を落とした。それから朝になるまで、主人が魘されることはなかった。
◆◇◆◇
「はぁ~い。それではマッサージやっていきますね~」
何やら主人が気を利かせて“マッサージ”なるものに連れてきてくれたが、なるほど、存外これも悪くないあぁ~もう少し下もう少し下。あぁ~そこだそこだ。
あ゛ぁ゛~~^効っくぅ^~~
ママソルプロフィール
アブソル(メス) 年齢:86歳
・20歳で早くも狩猟部隊の主力兼リーダーとして実力を発揮
・30歳でボスの補佐役に抜擢
・40歳という若さで異例のボスに就任(普通は50を過ぎてからなるもの)
・5年周期で行われるボスの座を奪い合う“戦いの儀”で異例の8連続防衛を達成。40年間ボスの座に座り続けた生きる伝説。
・晩年は後進の育成と相談役として活躍
・若い世代が育って群れも安定し、自分の居場所はないと悟る。
・悪天候の日に失踪すれば事故死と判断されるだろうと思い、密かに群れを出る。
・老後はどうしようか、と思った矢先に主人公に出会う。←今ここ